●リプレイ本文
●到着
傭兵達はUPC軍航空基地に一度寄って状況の確認を行った。
状況変化はないらしく、ジョンは未だに酔っぱらっているらしい。
「ちょっと待ってください」
KVへ向かう途中、秋月 祐介(
ga6378)が鷹谷 隼人(
gb6184)を呼び止める。
「先程、軍医に会って鎮痛剤を頂きました。本当は、もっときちんと治療したいところですが、時間がありませんからね。これだけでも、無いよりはマシでしょう」
基地内で入手した痛み止めを、前回の仕事で負傷したという隼人に手渡した。
「お心遣い‥‥有り難う‥‥」
パイロットスーツを締めて圧迫したりといくらか対応しているものの、隼人は好意をありがたく受け取った。
「身体が本調子じゃないんだ。無茶はしないようにね〜」
傍らで会話を聞いたキョーコ・クルック(
ga4770)が注意を促す。
「でも怪我をしたからといって‥‥本分を疎かにはできません‥‥よ。其れが‥‥我が伝統であり誇りです‥‥勿論生還することも」
隼人の覚悟は傭兵として理解できるため、それ以上強く言う者はいなかった。
だが、傷を負っている仲間に無関心でいるわけにもいかず、彼等はきっとあれこれ配慮するに違いない。
燃料を補給して8機のKVが出撃する。
「酔っぱらいを増産するキューブワーム? バグアって一体何を考えているんでしょうね〜?」
乾 幸香(
ga8460)はどこか楽しそうに見えた。
「通称、ヘベレケワームですか。これでもお酒は強い身ですから、そんなに影響は受けないでしょう」
酒が強い者の常として、番場論子(
gb4628)は自分が酔いつぶれるなどとは想像していなかった。
「‥‥誰でも酔ってしまうなんて、何か怖いわね。とにかく、平常心で‥‥」
反対に、紅 アリカ(
ga8708)は体質的に飲めないため、自分の酔った姿が想像できない。
彼女等の会話を中断させたのはセレスタ・レネンティア(
gb1731)による報告だった。
「こちらセレスタ‥‥。レーダーに感あり、接敵します」
●酩酊前
「あなたがいい気分なのはわかるけど、そこにいると攻撃に巻き込まれるから危険よ」
アリカがの説得に対するジョンの返答はこうだ。
「大丈夫、大丈夫。まーかせて」
何が大丈夫なのかまるでわからない、まさに酔っぱらいのセリフである。
「大した腕だね。そんな難しい機動は実戦でなかなかできるもんじゃない。一目でわかったよ、さすがUPCのエース」
キョーコは褒めちぎる事から始めて、ジョンの自尊心をくすぐってみた。
「君のための装備が基地に届いてるんだ。さっそく装備してきたらどうだい?」
「それなら帰ってからでもいいかなぁ。今はこうしてるのが気分いいし」
傭兵達の心配をよそに、取り合おうとしない。
「ベイルアウトって‥‥気持ちがいいらしいですよ‥‥」
仕方なく隼人は脱出を勧めていた。そうなればS−01の回収が面倒になるものの、この場はジョンを保護を優先したのだ。
「某オメガ隊パイロットは‥‥一度の出撃で必ずした‥‥とか。今なら‥‥きっともっと気持ちよくなれるはず〜‥‥」
「じゃあ、お前が先にやったら、俺もやる」
「む‥‥」
わかっているのかわかっていないのか、ジョンのための説得を全て拒絶で返してくる。
傭兵達がうんざりするのも仕方がない。誰だって酔っぱらい相手は疲れるものだ。
「仕方ありませんね。敵を撃破してしまった方が早いんじゃないでしょうか?」
このまま接近したなら戦闘を免れないただろうし、幸香の提案に皆が乗った。
ピンク色のヘベレケWを可愛いと感じつつも、月森 花(
ga0053)は現実的な判断を優先した。
「ジャミングは厄介だから、さっさと片付けるのが一番だね」
当初の打ち合わせ通り、長距離からK−02小型ホーミングミサイルでヘベレケWを一掃を狙う。
「まずいですね。距離が遠くて一度にロックオンできません」
同じくK−02を装備していた論子が眉をひそめる。4機のヘベレケWが離れているため、同時に2機目以降を捉えられないのだ。
照準に手間取っていると、2機のHWが先にプロトン砲で攻撃してきた。
衝撃に操縦桿が震え、即座に花が決断を下す。
「南側のヘベレケを狙うわ」
「わかりました」
「咲き乱れろ‥‥、傀儡劫火(ゴーストインフェルノ)」
冷たい笑みと共に花がトリガーを引くと、幸香もまたタイミングを合わせる。
ウーフーとロジーナの搭載しているK−02が射出された。総計500発のミサイルが各標的を追尾し、ヘベレケWと近くにいた2機のHWに向かった。
「さ〜て、行くよ! 『修羅皇』」
キョーコの操縦に従って、艶消しの黒に赤い縁取りで塗装されたアンジェリカが敵へ挑みかかる。
G放電装置でヘベレケWに電撃を浴びせたアンジェリカだったが、HWが背後に回り込もうとした。
彼女と組んでいる隼人が、スナイパーライフルで牽制し、HWの傍らを通り過ぎる。
「‥‥やるしかないわね。行くわよ、黒鳥(ブラックバード)」
アリカがシュテルンの機首をヘベレケWへ向けるが、やはりHWが立ちはだかった。
彼女のロッテを務める幸香が、イビルアイズの対バグアロックオンキャンセラーを起動させたため、ポジトロン砲はシュテルンを捉えられない。
アリカのレーザーライフルがようやくヘベレケWを捉えた。
「まだ破壊できないの?」
「実験兵器みたいですし、採算を度外視して防御力をあげているんでしょうか?」
ヘベレケWを守ろうとしてHWが傭兵の接近を阻んだ。
「バグアがこの空域を死守する必要性は薄いですから、あくまでも実験が目的なのでしょうね」
祐介が骸龍の特殊電子波長装置γで、戦況における電子戦を優位に運ぶ。
セレスタはヘベレケWへの攻撃を断念し、シュテルンのバルカン砲をHWに撃ち込んだ。
違和感を自覚し彼女が皆に注意を促す。
「何か気分が‥‥ワームの能力です、注意を」
交戦状態に陥った彼等は、ヘベレケWの効果範囲へと突入していた。
●酩酊中1
「効くかどうかわからないけど‥‥、一応入れておくわね」
ウーフーのジャミング中和装置を起動させた花が、艶やかな、あるいは、危険な笑みを浮かべる。
覚醒時は感情が消え去るはずなので、彼女がヘベレケWの影響下にあるのは確実だった。
「花さん、聞いてください」
「なぁに?」
「聖吾さんはとても素敵なんですよー。あ、聖吾さんっていうのはわたしの夫なんですけどね。一回り年上なのに小回り効いて、いろいろと気づかってくれるんです」
相棒の論子が聞いてもいない家族の話題を持ち出してくる。
「女の価値は、どれだけ男を惹きつけるか‥‥だものね」
「違いますよ。私は聖吾さんの魅力を知って欲しいだけなんですから。聖吾さんは武道師範だから格好よくて、本当に頼り甲斐有って‥‥」
どうやらこの先も続くらしい。
「あははっ〜。なんか楽しい気分になってきちゃいました。こんな楽しいのに、戦場でKVに乗っているなんて何だかつまらないですよね〜」
ケラケラ笑っているのは幸香である。こちら笑い上戸らしい。
「だから、目障りなお邪魔虫さん達には消えて貰っちゃいましょう」
凄まじい論理の飛躍で彼女は結論づける。
「さぁて‥‥、今日の私は最初から最後までクライマックスだぜ!」
こちらはアリカだ。とてもそうは思えないがアリカであった。
傭兵達の中で、非常に好戦的なロッテが動き出す。
負傷している隼人を気づかって、キョーコはブーストの使用を自粛している。
そのためか、ふたりはHWに背後を突かれて、攻撃にさらされたいた。
「ぅ‥‥あたしが何をしたって言うんだい‥‥」
いきなり涙をこぼすキョーコ。
「被弾‥‥またですか。そうですか‥‥怪我は僕の役目ですか‥‥」
隼人も陰鬱な表情となっており、こちらのロッテはネガティブ思考に陥っている。‥‥かと思いきや。
「やたらと‥‥食いつかれる‥‥そんなに僕が弱く見えてると‥‥?」
負傷している事実を考えるなら、むしろ当然と言えるのだが、隼人は我慢ならなかったらしい。
「そーですか‥‥貴様らまとめて落としてやるっ!」
「‥‥あたしに、喧嘩売るとはいい度胸してるじゃないか!」
ふたり揃って性格ががらっと変わり、逆撃に転じようとしていた。
「‥‥フフフ‥‥ククククク‥‥」
キラリと光る眼鏡の奥で、祐介の目が据わっている。
彼を追い詰めているのは、脳裏にフラッシュバックする己の過去。
「何が『いい人』だ! 困った時だけ頼りに来て『都合のいい人』じゃないかッ! 人がいつも何とかしてやってるからって巫山戯るなッ!」
具体的な描写はなくとも、過去を察してしまえるセリフだった。
「アッハハ‥‥ワームを捕捉。ウィングマン援護を! 奴等を全部叩き落すわ!」
セレスタもまた豹変ぶりが顕著である。
こちらもまた目が据わり、口調や性格が変わっていた。
人というものは、苦痛には耐えられても、快楽には弱い。
その意味で、ヘベレケWのコンセプトは間違っていないはずだが、おそらく想定外だったのは症状の個人差なのだろう。
今回の傭兵には攻撃的な反応を示す者が多かった。
それが原因で実験が破綻したとしても、全てバグア側の自業自得と言えよう。
●酩酊中2
爆煙と共に1機のヘベレケWが爆散した。
「あはははは。アリカさんの流れレーザーが外れたのに当たっちゃいましたよ〜」
幸香の指摘通り、HWを狙ったアリカの攻撃が、思わぬ戦果を生んでいた。
ちなみに、撃破されたのは最初に標的としていた南側のヘベレケWである。
「まあいいわ。どうせ全部墜とすつもりだ‥‥もの?」
これまでの高揚感が嘘のように消え去って、アリカが困惑を露わにする。
「あ、あの‥‥私‥‥?」
「混乱するのはわかるけど全て後回しです。さっさと敵を退治しましょう」
幸香が叱咤して2機は再び酩酊空間へ飛び込んでいく。
後方のHWを引きつけておいて、ハヤブサが機首を跳ね上げた。
進行方向へ機体下部を向けて、上を向いたまま前へ進むコブラという荒技である。
対応が遅れてオーバーシュートしたHWに対して、隼人は後方から短距離用AAMを叩き込む。
「あははは。コブラなんて、無茶するね〜。それじゃあ私も」
ひとしきり笑ったキョーコは、HWの下方へ潜り込みつつコブラを披露し、機首が上を向いた状態でG放電装置を放っていた。
「次はどいつだい? くず鉄にしてあげるよ♪」
性格がコロコロ変わるらしく、現在の彼女は非常にご機嫌であった。
「人に仕事を押しつけて自分はデートだと!? 何奴も此奴も巫山戯やがって! ‥‥自分は便利屋じゃないぞッ!」
血の涙を流しそうな祐介は、八つ当たり気味にヘベレケWに向かってトリガーを引き絞る。
「うるさい蝿が‥‥これでも喰らってさっさと墜ちなさい! ‥‥FOX2!」
セレスタの射出したUK−10AAMがヘベレケWに命中して四散させた。
「なんだ、なんだ!?」
良い気分で空を漂っていたジョンは、周囲で起きる爆発に右往左往していた。
「当たっても責任は取らないわよ」
花の無情な宣告と共に、エネルギー集積砲が火を噴いた。
論子のロジーナが、ブーストを使用しつつバレルロール機動でHWに接近。ソードウィングで切り裂いた。
「‥‥それで双子の伯位と爵司は、聖吾さんの血を引いてますし、きっと大成しますよ。凛々しくてやんちゃで、今が一番可愛い盛りですね」
何事もないかのように論子は家族自慢を続けていた。
隼人が『隼』と呼んでいる愛機は、コバルトブルーとスカイブルーの洋上迷彩柄だったが、レーダーに捕捉された状態で視覚上の効果は薄い。
ヘベレケWへの攻撃中に、HWが隼人機の後方に回り込んでいた。
敵の意図を察したキョーコは自機を盾として、ポジトロン砲による攻撃からかばう。
「邪魔だっての! あたし等の狙いはそいつなんだって!」
彼女はバレルロール中にラージフレアをばらまいて敵を攪乱する。
「こいつでどうだ!」
隼人はHWよりもヘベレケWへの攻撃を優先し、短距離用AAMを射出した。
さらにキョーコがHWの間をすり抜けて、G放電装置を2連射。
これで3機目のヘベレケW撃墜となる。
戦場に響く歌声‥‥、などと言えば映画の題材になりそうなフレーズだが状況は少し違う。
通信機を入れた状態で、唐突に幸香が歌い出したのだ。
彼女の歌声をBGMに、幸香とアリカは攻めあぐねている。
「こいつで3枚に下ろしてあげるわ。行くぜ、私の必殺技!」
アリカのソードウィングがヘベレケWを確かに捉えた。
「くっ、まだ足りない!?」
最後のヘベレケWを守ろうと、HWが殺到してきたため、彼女は再攻撃は断念する。
ロックオンキャンセラーを稼働させながら、幸香は使用を控えていた螺旋弾頭ミサイルを放った。ちなみに、今も歌唱中のままだ。
直撃を受けたのは身代わりのHW。
ヘベレケWの圏外へ脱していた祐介が、敵機の位置関係を算出して遠距離兵器を搭載する花と論子を誘導する。
初撃と同じく、ウーフーとロジーナのK−02小型ホーミングミサイルが降り注ぐ。その数、500発。
最後のヘベレケWだけでなく、さらに2機のHWが撃墜された。
やっかいなヘベレケWを排除した以上、残り3機のHWなど強敵ではあり得なかった。
●酩酊後
「‥‥レーダーに敵影を認めず、殲滅した様です」
セレスタがこの空域における戦闘の終了を告げた。
傭兵達は覚醒を終えて覚醒した。詳しく告げるなら、『能力者の覚醒状態を終えて、酩酊状態を脱して覚醒した』という意味だ。
航空基地へ向かって帰投中に、ジョンは開口一番で傭兵達に謝罪した。
「今回は迷惑をかけてしまってすみません」
拍子抜けするほど素直な態度に、傭兵としても強く出られない。人事ではないという意識もある。
「あたしらにはともかく、戻ったら上官にあやまるんだね」
キョーコが現実的な助言を行う。
「僕も‥‥迷惑を‥‥かけたみたいで‥‥すみません」
隼人もまた泥酔による失態を悔やみ謝罪する。
「いやはや、酷い悪酔いでした‥‥」
隼人に対してではなく、自分の行動を省みた祐介がげんなりした様子でつぶやいた。
「口直しに今夜は飲み屋にでも行くとしますか‥‥」
普段ならば見せないはずの醜態に、傭兵達もややヘコみがちだ。酔って暴れた翌日に顔を会わせたと考えたなら、気まずい心境も理解できるだろう。
「あまり聞きたくないんですが、私もなにかしましたか?」
おずおずと幸香に尋ねたアリカは、聞かされた事実に身の縮む思いだった。
こうして、何人もの傭兵が心に傷を負った不幸な事件は終わった。‥‥かに見えた。
作戦後に冷静さを崩さなかったセレスタだったが、彼女のショックは時間差で訪れたのだ。
帰還後にフライトレコーダーをチェックした彼女は、おぼろげだった記憶を蘇らせて愕然とする事になる。