●リプレイ本文
●故郷を後にして
「師匠、お久しぶりです。近くまで来たんで寄らせてもらいました。ついでに一本お願いできますか?」
育った孤児院を訪れたセージ(
ga3997)は、剣の師匠である院長と剣を交える。
稽古の後、セージは皆伝の証である刀を差し出した。
「空に上がるのにコイツは重すぎます。帰ってくるまで預かっててくれませんか?」
院長は何も言わずにそれを受け取った。稽古をしている時、すでにセージの覚悟を察していたのだろう。
「では師匠、お元気で」
セージの手を院長の手が強く握る。昔と変わらない、温かく頼もしい手だった。
挨拶に訪れた榊 刑部(
ga7524)に対して、口にするか迷っていた従兄は結局尋ねた。
いつもと違ってわざわざ挨拶に来たのは、戻らないつもりではないか、と。
その疑問を刑部は笑い飛ばす。
「あなたとの勝負がまだ着いていませんから、きちんと戻ってきます。戻ったら、また一勝負お願いしますね」
「行ってくるぞ。従兄弟殿、めぐみ。責務を果たすため星を砕いて見せる! 武門の誉れ、緑川一族の最後、見せつけてくれる!」
緑川 安則(
ga0157)は妹や従兄弟の墓に触れながら思いを告げた。
そして、決意を示すかのように紅の鉢巻きを締め、軍刀拵えのナイトソードを持って基地へと出向くのだった。
キムム君(
gb0512)は誰かに挨拶したりはしなかった。
だが机の上には、彼の遺書と、彼のしたためた教則本が残された。
『人々の希望という夢幻想を護るために生んだこの技、誰でもいいから俺の意志を継いでくれれば、これ以上の幸せは無い』
それが彼の願い。
教則本のタイトルは『夢見幻想』といった。
切り札とも言えるSESミサイルは、ただの一発で兵装ラックを占めるほど大型だった。それが各機体に2発ずつ搭載される。
懐かしのスペースシャトルのように、KVに大きなロケットが取り付けられた。
「このKV用ロケットとバーニア。そして大型ミサイルがあれば、バグア共に乾坤一擲の一撃を与えれたものを‥‥」
乗り込もうとした安則が、悔しさを滲ませながら雷電をそっと撫でる。
「だが、この技術が世界を救うなら耐えよう」
「‥‥さぁてと、最期の最期まで、とことん生き足掻かせてもらおうかねぇ」
風羽・シン(
ga8190)がコバルトブルーに塗装されたシュテルンへ向かう。
シートに身を預けた天原大地(
gb5927)が、フェニックスのキャノピーから空を見上げる。
彼は、仲間、友人、そして亡くした友と自分の故郷の為、死を覚悟して自ら志願した。
想い人もいたが、負担をかけたくないと考えて、彼はその想いを封じて、何も告げなかった。
セージがコックピットに貼り付けたのは、孤児院で師匠や子供達と撮った写真だった。
「帰るべき場所、護るべきもの。か‥‥」
番場論子(
gb4628)もまた家族の写真を眺めていた。
バグアをも凌駕する危機。しかし、人類にとっては脅威の対象が変わっただけで、たいした違いにはならない。
「わたしが未来を護ります。だから、後の事はお願いしますね」
未来を残したい子供達と、彼等を託す夫に話しかけていた。
通信機から安則の飛ばす檄が飛ぶ。
「作戦目標は巨大隕石の破壊。計算上11発を叩きこめば、大気圏への突入時に隕石は燃え尽きるだろう。だが、我々にあるのは16発。しかも、急造のミサイルは正常に動作しない可能性もある。それでもやらねばならない! 愛する者たちのために!」
今回の作戦は、確かに責任重大ではあったが、決死の作戦とは言えなかった。
しかし、多くの者がそう感じたのは、何かの予感があったからなのだろうか?
8機のKVが皆の希望を乗せて、彼等の故郷である地球を飛び立った――。
●天に迫る災厄
有史以来、誰よりも遠くへ彼等は辿り着いていた。地球人が現実的に手の届く、世界の果てとも言える場所。
「これが、宇宙。或いはここが墓場に‥‥」
「不吉な事は言わない方がいい。隕石を破壊して帰るんだろ?」
キムムのつぶやきを、アレイ・シュナイダー(
gb0936)がたしなめる。
「どんなに無様を晒そうが、最期のその一瞬まで生き足掻いて活路を見出すべきだ」
シンが語ったのは自分のポリシーである。
「破片の接近を感知しました。気をつけてください」
索敵を行っていた論子の警告に、皆が気を引き締める。
「地球の運命がかかってんだ。簡単に墜ちてたまるかよ」
セージは姿勢制御バーニアを駆使し、機体をロールさせて破片を回避する。
その向こうから新たに出現する大きな破片。
「当たりそうになったら避けろよ。リゲル、フォックスツー」
警告と共に、セージはI−01『パンテオン』を放って破片を破壊する。
「邪魔だ!」
キムムが対戦車砲で弾幕を張りながら突き進む。
「これをついに使うときが来たか‥‥夢幻創世!」
彼の残した教本にある最終奥義らしい。完全に回避に撤して、飛び交う破片の間をすり抜けていく。
弧を描くように破片へ接近するフェニックスが、高速型AAMで破砕を試みる。
「破片が多すぎだぜ」
避け損なった破片にぶつかって、大地が悔しそうに漏らした。
「左下方向は障害物が少ないようです。そちらから向かいましょう」
皆を促して先行した論子は、K−02小型ホーミングミサイルを2連射して手近な破片を一掃する。
いち早く応じたアレイは、スナイパーライフル『稲妻』とホーミングミサイルで進路を確保していく。
「対ワーム用の強化型ライフルだ。隕石ごとき!」
安則が自慢のスナイパーライフルD−03を向ける。
破片をくぐり抜けてようやく視界に捉えた隕石に向かって、キムムが宣告する。
「さぁ‥‥最後の戦いだ」
●宇宙に消えゆく星
「まずは俺から行かせてもらうぜ!」
先陣を切ったのは大地だ。
シンの提案により、落下軌道を浅くする方向から隕石を狙う。最悪の事態に備えて、少しでも可能性を上げるための判断だ。
大地の放ったSESミサイルは、命中したものの成果は予定の半分だった。
「くそっ、不発かっ!」
使用数2。爆破1。
より確実な撃破を狙って、安則は隕石へ過剰な接近を試みる。
「いけ! 人類の未来のために!」
射出された2発のSESミサイルは、見事に隕石表面で炸裂した。
だが、無理な接近がたたって、爆発で飛んできた破片と衝突してしまう。
「‥‥バーニアがっ!?」
破損したのは電装系のようだが、バーニアが無事であってもこのままでは隕石を回避できない。
「上等だ! ヤクザムービーみたいに相討ちに持っていこうか!!」
彼は最後の瞬間まで、残された者のために行動した。
激突の直前までスナイパーライフルを打ち込み、わずかでも隕石の破壊をなそうとしたのだ。
そして、彼の雷電は隕石表面で火花と散った。
「安則! 応答しろ! 応答しろ!」
事態を把握しつつも、キムムが希望にすがって必死に呼びかける。
だが、無情にも通信機は応えてくれなかった。
使用数4。爆破3。
「貴方の覚悟受け取りました。決して無駄には致しません」
沈痛な表情を浮かべて、論子はロジーナのストームブリンガーを起動させる。
残念ながら、片側は発射されず、1発のみが隕石へと向かう。
彼女が狙ったのは、まさに安則が激突した箇所。彼の行為を意義あるものとするためだ。
使用数5。爆破4。
「くそっ、なってこった!」
アレイが思わずコンソールに拳を叩きつけた。
スイッチを入れても、SESミサイルはなんの反応も示さなかったのだ。それも2発とも。
言ってしまえば運であり、アレイ本人には何の責も無いというのに、彼は唇を噛み締めずにはいられなかった。
無念のアレイにシンが代わった。
「こいつはどうだ!」
彼の放ったミサイルにも不発弾が混じり、隕石表面で爆破したのは一発のみだった。
使用数7。爆破5。
(「‥‥やんぬるかな」)
キムムのSESミサイルは1発だけ発射された。
だが、彼はそれだけで満足できない。
「護るべきものを護るため、俺は能力者となった。その役目を果たせるなら‥‥」
寮機が搭載しているSESミサイルはまだ残っている。しかし、不調のミサイルが残っている確率は非常に高い。
キムムはブーストを点火させた。
「この命など惜しいことがあるかッ!」
誰かに決断を押しつけるのを良しとせず、彼は自分の持つSESミサイルを活用するために覚悟を決めた。
咆哮とともに隕石へ突っ込んでゆくディアブロ。
「キムムーっ!」
アレイの叫びも振り切って、キムムは己の意志で隕石へ突っ込んだ。
仲間達は隕石の破壊に必要な代償を、まざまざと見せつけられたのだった。
光の中で誰にともなく、彼は問いかける。
「俺は、人々の夢を護れたか‥‥?」
使用数9。爆破7。
「‥‥あなたの犠牲は決して無駄にはしませんから。どうぞ、天上より作戦の成功を見守って下さい」
少しだけ黙祷をささげながらも、刑部は機種を隕石へ向けた。
必中を期して、なるべく距離を詰めて発射する。
彼の願い通り命中はしたのだが、うち1発は不発に終わった。
使用数11。爆破8。
「俺達にはまだやる事があるんだっ! リゲル、フォックスワン!」
シュテルンに発射できた1発は爆発することなく、隕石上で弾かれた。
セージの背筋に冷たいものが走る。
「冗談じゃない! 残りは発射できないミサイルばかりなんだぞ!」
虚しく抱え込んでいるミサイルを使用するためには、必ず犠牲が必要となる。
くり返し発射スイッチを押していたセージが、決然と隕石を睨みつけた。
「生ある限り最善を尽くす、決して犬死はしないッ! リゲル、フォックスゼロ!」
セージはシュテルンそのものをミサイルと化して、隕石に命中させた。
使用数13。爆破9。
攻撃を1巡し、未だ隕石は健在であった。
周囲には、傭兵達が為した破壊によって、砕けた破片が舞っていた。
そのうちの一つが、互いに激突して軌道を変える。
危険を察した大地は、サイズからミサイルでの破壊が不可能と見て、『SES−200』オーバーブーストを点火する。
フェニックスに異様な振動が起きた。
破片との激突によって、エンジンが不調を起こしたのだろう。このまま全開運転を行えば大爆発しかねない。
「それでも‥‥、構わねぇっ!」
わずかな恐怖心をねじ伏せるようにして、彼はフルスロットルにする。
急加速したフェニックスは、トゥインクルブレードの一撃で寮機に接近した破片を破壊した。
だが、フェニックスは止まらなかった。止められなかった。
エンジンそのものを焼き尽くすような暴走が起こり、炎の尾をたなびかせてフェニックスは宇宙空間を横切る。
それはまるで、一筋の流れ星のようだった。
その流れ星は地球へ辿り着くことなく、何もない虚空で爆散した。
『天原大地は依頼に怖気づいて故郷へ逃げ帰った』
もしもの事があったなら知人にはそう伝えてくれと、彼はオペレーターに頼んでいた。
だが、大地という人間を知っていればこそ、その言葉を信じる者はいないだろう。彼がそのように指示した真意を悟り、涙するに違いなかった。
「この機体はまだ2発のミサイルを搭載している」
アレイのディアブロが機種を隕石へ向けた。
大地がこの機体を守った意味、そしてアレイがこの機体に乗る意味。
全てはこのためだと確信できた。
「最後までつき合わせて、悪いな『ファントム』」
彼の言葉に応えるかの様に、ディアブロが震える。
愛機は最後までアレイと行動を共にした。
「‥‥こいつが、11発目だ!」
SESミサイルが炸裂し、アレイと『ファントム』は閃光の中へと消えた。
使用数15。爆破10。
生みだされた破壊力はミサイル1発分でしかなかった。
「また不発なのかっ!?」
アレイの捨て身の攻撃を無為にしてしまう、ミサイルの不備。
技術者陣とて全力を尽くしたのはわかっているが、シンは嘆かずにいられなかった。
「まだ終わってはいません。もう1発だけ残っています」
論子の言葉に、刑部は表情を曇らせる。
「あなたにはお子さんが‥‥」
「その子が住む地球を守るためです。後の事はおふたりにお願いしますね」
彼女は微笑すら浮かべてふたりに言葉を残した。
バレルロールで破片をかわすと、SESミサイルを抱えたロジーナがブーストを噴かせて突撃を敢行する。
使用数16。爆破11。
最後の一発によって隕石は破壊されたのだが‥‥。
「あの隕石‥‥少し、大きくないですか?」
「ちっ! もうミサイルは残ってないってのに!」
刑部の疑念に対して、歯噛みするシン。
ロジーナとシュテルンは、すでにSESミサイルを使い切っているのだ。
「あの質量ならば、この機体をぶつけて軌道を変えられるかもしれません」
「待てよ! 何もお前が‥‥」
「軌道計算のプログラムはそちらにしか積んでいません。ならば私が先にしかけるべきです。失敗した場合のフォローはお願いしましたよ」
「刑部‥‥」
「ここで命を賭けないで、いつ命を賭けるというのでしょう! 私は命を失うためではなく、明日を掴む為に進むのです!」
そう言い残してロジーナが隕石へ向かう。
対戦車砲を撃ち尽くした彼は、ソードウィングで突撃をしかけた。
これが、星空に起こる最後の爆発となった。
「軌道変更を‥‥確認‥‥」
出撃機8。うち、未帰還数7。
地球へ向かう機影は、シュテルン1機のみ。
「生還したら呑もうと思っていた年代モノが、無駄にならずに済んだな‥‥」
そう口にするも、シンの表情は晴れない。
地球人類全てを守るためとはいえ、やはり代償は大きかった。
「‥‥お前等の分まで、これからも地球を護っていくさ。俺の命が尽きるその最期の一瞬まで、な」
それが、命懸けで地球を守った彼等に対して、生き残った者の果たすべき責務。
シンは彼等の死を悼み、黙祷を捧げた。
●そして、陽は昇る
「はうあっ!? ゆ、夢か、幻か‥‥」
机の上で眠っていたキムムが、真に迫った夢に慌てて飛び起きた。
机の端には読みかけの『死亡フラグの立て方』なる本が乗っている。おそらく、夢の原因はこれだろう。
自分が死ぬという夢を見た起き抜けの彼は、こんな感想を漏らした。
「‥‥いい夢だった」
彼は陶然たる表情を浮かべていた。
カーテンを開けると、朝日が目を眩ませる。
目を細めて、暖かな日の光を見る論子。
平和な家庭に訪れた、いつもと同じ日常。
先程まで経験した戦場がまるで夢のようだった。‥‥真実、夢なのだが。
それでも、そこにあった自分の覚悟は本物で、戦いに臨んだ皆は全てを賭けて危難に立ち向かったのだ。
幻の戦士達が散った空。
彼女は朝日の昇る空に向かって敬礼を捧げていた。