タイトル:橘薫の頼もしき先輩達マスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/09 14:25

●オープニング本文


 呼び集められた傭兵達の前に、一人の女性オペレーターが姿を現した。
「あなた達と会うのは初めてかしら? 私は榊しのぶっていうのよ。よろしくね」
 今回の依頼には少しばかり面倒な事情があると前置きしてから、彼女は説明を始めた。
「依頼したいのは野犬退治なの。ある山に犬型のキメラが出没していて、村人が少人数で山へ入ると襲われるらしいわ。1m程の個体が8頭だから、あなた達なら問題ないでしょう。人数が多いと警戒するらしいから、3人ぐらいを囮にして、おびき出してから退治するのがよさそうね」
 そこまで告げてから、しのぶはなぜかため息をつく。
「話は変わるんだけど‥‥。あなた達は橘薫という能力者を知ってるかしら?」
 初めて聞く名に、傭兵達は首を振って否定を示す。
「今回の依頼者はその父親なのよ。結構な資産家らしくて、これまでも過保護に育ててきたみたいね。わざわざ、子供に経験を積ませるための手頃な事件を見つけてきて、同行者に熟練の傭兵を手配しろって言ってきてるの。親心ってのもわからないではないんだけどねぇ」
 彼女が困った表情を浮かべるのも無理からぬ事だろう。
「そのうえ、親が絡んでいる事を本人に知らせるのは厳禁だってさ。自立心がどうこうって言ってたけど、子供に嫌われるのがイヤなんだと思うわ」
 しのぶの説明を耳にして、傭兵達は一様に呆れていた。
 それはそうだろう。
 そもそも、戦場へ出る資格とは、身を守る力を備えている事なのだ。
 親がでしゃばる時点で、傭兵に向いていない。
「本人とも会ってみたんだけど‥‥。言ってしまえば、ワガママな子供ってところかしら。悪気はなさそうだけど、世間知らずなのよ。親にも殴られた事ないんじゃない?」
 評価は低いようだが、彼女の表情に嫌悪感は見あたらなかった。
「教育方法はあなた達にまかせるわ。懇切丁寧に教え込んでもいいし、スパルタ方式でばしばし鍛え上げてもいい。面倒な依頼だと思うけどよろしくね」

 出発当日に、傭兵達は問題の当人と顔を合わせる。
「あんた達が仕事仲間なわけ? 僕は今回が初仕事だけど、新人だからって甘く見ないでよね」
 橘薫(14歳・男)がそんな言葉を口にして、皆を呆れさせた。

●参加者一覧

MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
美海(ga7630
13歳・♀・HD
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
ルーイ(gb4716
26歳・♂・ST

●リプレイ本文

●前準備

「村で聞き込みしても、新しい情報なんてないじゃないか」
 愚痴をこぼした薫に、美海(ga7630)がやんわりと告げた。
「現地の人間から聞いた生の言葉には、いろいろな情報が含まれているであります。聞き込みから入る薫さんの姿勢は正しいであります」
「‥‥ま、まあ、傭兵として当然の行動だしね」
 美海を相手に年上ぶるのが気持ちいいらしく、薫はどこか嬉しそうだ。

 待ち合わせしていた山の麓にはすでに皆がそろっており、薫と美海の到着が一番最後となった。
「情報収集は無駄だと思ってる?」
 瓜生 巴(ga5119)の皮肉めいた言葉に出迎えられて、薫が不満そうに顔を歪めた。
「橘さんはきちんと自分の仕事をこなしたであります」
 年下という立場を活かし、薫をフォローするのが美海の役割だ。それを知っている皆が苦笑を浮かべる。
「全員がそろったんだし、一度概要をまとめてみたら?」
 ルーイ(gb4716)が話を振ると、緑川安則(ga4773)が頷いて応じた。
「敵戦力は野良犬キメラだ。問題は知能が高く、人数が多いと姿を出さない事。そこで囮を出し、引きつけ、待機している部隊の場所へ誘導。合流し、包囲殲滅。これぞ薩摩島津の釣り野伏だ」
 薫にわかるように簡潔に説明したつもりだが、当の薫から疑問が上がった。
「釣り野伏って、なに?」
(「そこからか!?」)
 安則が呆れていると、堺・清四郎(gb3564)が冷静に補足する。
「戦国時代に考案された戦法の一つだ。囮を使って敵を誘い出し、こちらの優位な場所で迎え撃つ」
 キメラが里まで出てこない以上、麓で待ち伏せするのは難しい。
 戦場に選んだのは、山腹にある比較的平坦な場所。村人からの情報では、芝生のように短い草しかないため、最も戦いに適していた。
 待機班は待ち伏せ箇所へ直接向かい、囮班は森へ分け入ってキメラを誘い出すのだ。
 ペンを取り出した巴が、地図上に待機場所や移動ルートを書き込んで、よりわかりやすい説明を試みる。
「俺は囮班をやるからね」
 薫の主張に皆が苦笑を浮かべた理由を、本人だけが気づいていない。
 活躍したがりな彼ならば『志願するはず』というのを前提に、皆は計画を練っていたのだ。
「薫はアーミーナイフしか持ってないのよね? これをプレゼントするわ」
 MAKOTO(ga4693)が差し出したのは小銃「S−01」だった。
「べ、別にいらないよ」
 彼にだって羞恥心もあれば意地もある。ほどこされるというのは避けたいらしい。
「ナイフだけではキツイぞ? いいからもらっておけ」
 清四郎が助言する。
 彼もMAKOTOと同じように、所有している武器を貸そうと考えていたのだ。
 しかし、薫の体格を考えると、装備品が重すぎるように思えて考え直した。今の彼には、小銃の方が向いているかも知れない。
「私は傷が治りきってないから、実戦には参加できないでしょ? 私の替わりに連れていってくれないかな?」
 先日の大規模な作戦で負傷したため、彼女は完治が間に合わなかったのだ。
 今回はここに設置したテントで、仲間達の帰りを待つ予定となっている。
「‥‥それなら仕方ないね。後で返すよ」
「ええ。ちゃんと返してね」
 実用性を考慮しただけでなく、無事に戻ってこいという願いを込めて小銃は渡された。
「エクセレンターのようなオールラウンダーが求められるのは、足りないポジションの穴埋めと戦術要所のフォローだからね。今は無理でも将来的には一通りの事態に対処できるようになってもらいたいのよ」
 MAKOTOの助言にルーイも同意する。
「戦いにおいて大切なのは『何が出来るか何をするべきか』だと思うんだ。自分の出来る事の中からするべき事を見つけて、それに全力を注ぐ。そうすれば、焦らなくても結果は付いてくると思うよ。あとはどんな時でも美しくスマートに、かな」
 小銃を握る薫に、今度は清四郎が忠告した。
「銃の動作確認だけはしておくんだ」
 MAKOTOの整備能力に疑問を疑うつもりはない。
「それは武器であると同時に自分の命を預ける相棒だ、どれだけ腕があっても武器を大切にしない奴に生き残れないぞ? 新しい武器を手にした時は、信頼できる品だと実感を持てるようにしておけ」
 彼が口にしたのは、兵士としての心構えだった。
 薫が試射を終えるのを待って、6人は森へと向かい、MAKOTOだけがお留守番となる。
(「ヤクザの流儀に習い、全力でぶん殴って凹ませた所で、思いっきり抱きしめて持ち上げる。‥‥なんて事を考えていた時も有りましたとさ〜〜」)
 彼女も飴と鞭で上手く使って、薫に傭兵としての基礎を教え込みたかったのだ。
(「少しでも多くの事を学んでくれれば良いけど‥‥」)

●囮班

 薫以外に囮班を志願したのは、安則と清四郎だった。
 彼等は特に気配を殺したりはしていない。
「釣り野伏の一番重要なのは囮。如何にうまく引き付けるかだ」
 安則が告げる。
 通常の狩りとは違い、標的に気取られるのが最優先だ。
「無力な一般人のフリをして、おびき出せばいいんだろ。上手くやってみせるって」
 緊張を見せずに軽い調子で薫が応えた。
「中々気合が入っているな」
 そうつぶやくものの、清四郎は頼もしさなど感じてない。
 薫には意欲よりも、それに伴う無謀さを強く感じるからだ。
(「教えなければ、戦場を。戦う意味を。こいつが取り返しのつかない過ちを犯す前に‥‥」)
 それが、先輩の果たすべき役割のはずだった。

●待ち伏せ班

「美海さんは薫と一緒で疲れなかった?」
 歩きながら巴が尋ねる。
「橘さんは割と年の近い人なので、親しみを覚えるでありますよ」
「でも、薫はアマチュア気分が抜けていないでしょう?」
 薫本人の言動を見れば、巴が問題視するのも仕方がない。
「きみは彼の事が嫌いなのかな?」
 ふたりの顔合わせを思い返して、ルーイが尋ねる。
『一人前の仕事ができるって解釈でいいのかな』と口にした巴は、握手のついでに合気道の技術で薫の体勢を崩し、『まだエミタに馴染んでいないのかな』と皮肉を口にしたのだ。
「そんなつもりはありませんけど、向こうは嫌っているかもしれませんね」
 相手にどう受け止められるか、彼女はすべて自覚した上での行動らしい。
「年齢から考えても、反抗期みたいなものだと思うんだ。やりこめてしまうと、反発を招くんじゃないかな」
「一人前の口を聞くから、一人前としての行動を要求してるだけですよ。甘やかしたりせずに」
「それもわかるんだけどね。問題は彼に受け入れる余裕や思慮があるかどうかだよ」
 薫に対する意見を交えつつ、3人は待ち伏せ地点へ到着した。
 どうやら、野犬キメラと遭遇せずに済んだらしい。
 MAKOTOの欠員によって、待ち伏せ班も3名となった事に多少の不安があったのだ。
 囮班と違って移動距離が短かったのと、森の中央へは向かっていないため、こちらが襲撃される可能性は低いと判断して作戦は決行された。
 こちらには足手まといが存在しないし、合流するまでなら持ちこたえられるという判断だ。
 作戦は順調に進んだらしく、囮班からキメラと遭遇したという連絡が入った。

●遭遇戦

 グルルル。
 姿を見せて威嚇する野犬の群れ。
 薫は小銃「S−01」を取り出して発砲するも、銃弾がえぐったのはキメラの後方にある木の幹だ。
「落ち着け。ここで戦う予定ではなかったはずだろう?」
 清四郎がたしなめると、薫は威勢のいい言葉を返した。
「こんなキメラに負けるもんか」
「自分は強いとか、そういうことを見せるために戦うのは止める事だ」
 薫の見せる戦意が虚栄心によるものだと、清四郎は看破した。
 ゴツンと後ろから小突かれて、振り向いた薫がギョッとなる。
 そこにいたのは、竜の頭部を持ち、安則らしき服装を纏った存在だった。
「驚かせたか。ビーストマンの中にはこういう覚醒もあるんだよ」
 安則は笑って見せるが、薫を安心させる効果はなかった。
 容貌に気押されているらしいので、その隙に薫の考えを正しておく。
「そもそも、ここで下がるのは作戦行動に過ぎない。逃げるなどという勘違いはやめておけ」
 彼は薫の右手を捕まえると強引に引っ張った。
「すまないが、後ろを頼む」
 薫を引きずっている安則は、後方から狙われないように、しんがりを清四郎に任せた。
「了解した」
 覚醒した3人はキメラとの適度な距離を保ちながら、合流地点へと向かう。
 昂奮が醒めて落ち着いたのか、薫も素直に併走していた。
 それを確認した安則は、トランシーバーでこちらの状況を待ち伏せ班へ告げたのである。

●釣り野伏

 茂みに身を潜めていた3人の眼前で、森の中から3人の人間が駆け出してきた。
 追いかける野犬の数が、1頭。2頭。3頭。‥‥8頭!
 囮班というエサに食いついて、野犬キメラが全て釣り上げられたのだ。
 キメラ達は美海達の存在に気づかない。
 足を止めた囮班を襲撃すべく、8頭で取り囲んでいた。
「今から使うぞ。目と耳をかばえ!」
 中央に立つ安則の叫びが、仲間達の耳に届く。
 知性のない獣と敵対する時のメリットは、言葉から意図を知られずに済む事だろう。
 事前に打ち合わせていた通り、安則が閃光手榴弾を炸裂させる。
 飛びかかろうとしていたキメラの機先を制する、絶妙のタイミングだ。
 包囲していただけに、強烈な光と音を受けた8頭全てが目と耳を封じられた。

 覚醒した待ち伏せ班が、野犬たちの後方から襲撃する。
 美海が振り回すのは、身長の倍はあろうかという両手剣。キメラを屠るその凄まじい攻撃を目にしたら、薫はきっと自信を喪失していたことだろう。これまで、年下だと侮っていただけに。
 巴の戦いぶりは美海と対照的だった。美海を動とすならこちらは静。彼女が振るう機械剣αはほんの短時間しか発動しない。最小限の行動で最大限の効果を狙う、そういう戦い方だった。
 中央でも、安則が攻撃に転じていた。
 獣の皮膚で防御力を向上させた彼は、瞬速縮地で間合いを詰めると、引き抜いたイアリスで流し斬りする。
 その戦いに薫も触発されたのだろう。レイ・バックルを使用した右手にアーミーナイフを握って、キメラの体に突き立てた。
 ガフゥッ!
 浅いながらも傷を負った獣が、血走った瞳を薫に向ける。
 咆哮するキメラの顎に光る牙。
 貪欲に生きようとするキメラの気迫に、初陣である薫の身がすくむ。
 しかし、襲いかかった牙を受けたのは、棒立ちの薫をかばった清四郎だ。
「よく見ておけ、これが戦いだ!!」
 血が出るのも構わず、左腕に噛みついた犬を思い切り引き剥がす。
 紅蓮衝撃を発動させた清四郎の全身を、炎のようなオーラが包み込む。彼の一撃は眼前のキメラを簡単に絶命させた。
「いいか? 大切なのは間合い、そして退かない心、だ」
 言い残した清四郎は手近なキメラへ向かって走った。
 皆が戦っている中で、薫の足は止まったままだ。清四郎が傷を負った先ほどの場面が、薫の動きを萎縮させている。
「薫! 小銃で支援を行え!」
 彼の様子に気づいた安則がそう助言する。それならば敵に接近しなくて済む。
 薫は小銃を手にすると、仲間を援護するために引き金を引いた。
 自分の事で精一杯の彼は気づいていない。
 薫を気づかったルーイが、いつの間にか練成弱体や錬成強化を使用して、彼のサポートを行っていた事を。
 敵と派手に斬り結ぶだけが戦いではないと、薫が自覚するのはいつになるのだろうか‥‥。

●仕事を終えて

 負傷者の手当を終えたMAKOTOへ、薫は預かっていた小銃「S−01」を差し出した。
 笑顔で受け取った彼女が当然の質問を口にする。
「初めての仕事の感想はどうだった?」
「別に。ヘマもしてないしね」
 彼の言葉はギリギリで嘘ではない。失敗する前に止められていたから。
 それを知る面々が微妙な表情浮かべている。
「どう、怖くなかった?」
 戦闘中も様子を伺っていたらしい巴が、意味ありげな笑顔で尋ねる。
「まあ、ちょっとは驚いたけどね。怖くなんかないさ」
「お前は勇敢さを取り違えている。虚勢を張るというのは、心の弱さの表れだ」
「‥‥‥‥」
 助けてくれた清四郎に言われては、薫も口をつぐむしかない。
 今回の戦果を振り返ってみよう。
 倒したキメラの数は、巴が2頭。美海が2頭。安則が2頭。清四郎が1頭。ルーイが1頭。言うまでもないだろうが、薫はゼロだ。
「今回の作戦は僕に合わなかったんだよ。もっと、僕を上手く使ってくれれば‥‥」
 ゴン!
 いつの間にか背後に立っていた巴によって、薫はゲンコツの洗礼を受けた。
「決められた作戦をこなせてようやく一人前。作戦に不満があるなら、ミーティング中にもっと優れた作戦を提案するべきね。それができたら優秀だと認めてあげる」
「‥‥殴る事ないだろ」
「大丈夫。脳挫傷や頚椎骨折じゃ即死しないから、練成治療で治るわ」
 甘ったれた不満など彼女は気にもとめない。
 薫を慰めるつもりか、MAKOTOが腕の中に抱きしめた。
「先ずは自分の現状スペックを正しく把握する事。その能力で何ができて何ができないか、徹底的にね」
 豊満な胸に顔を挟まれて、真っ赤になった薫が慌てて飛び退いた。
「でも、重大な失敗もなく、キメラ退治を果たせたのだから仕事は大成功なのです。無事に能力者としての責務を果たせたであります」
 美海の口にした話題に安則も乗っかった。
「エミタに選ばれた能力者の肩には、999人の命がかかっているからな。能力者は残り999人のために働く責任がある」
 ふたりの口にした一般論が、誰に聞かせるためなのかは明かだろう。
「それがノブレス・オブリージュなのです」
 元はフランスの言葉であり、英語読みならばノーブル・オブリゲーション。権限や地位を持つ者の責務を説いている言葉だ。
 その点を強く自覚させるために、ルーイがさらに続ける。
「能力者とバグアの強化人間て、力の向かう先が違うだけで似たようなモノだと思うんだよね、僕は。そんな僕たちが『特別だから一般人より偉い』なんて考えを持ったりしたら、大変な事になっちゃうかもね」
 彼等の言葉を、薫が自分なりに解釈した。
「とにかくキメラを倒せばいいんだろ。わかってるさ」
 要約しすぎなために、どこまで自覚しているのか不安の残るセリフである。
 これから先も、彼の先輩達は苦労し続けるのだろう。

 橘薫の成長はまだまだこれからだ。第1話・完。
 橘薫の次の成長にご期待ください。