●リプレイ本文
●滝の下 1
滝を登るべく群がっている鯉キメラを、諫早 清見(
ga4915)が眺めている。
(「生態系を壊さないようにって話だから、周辺環境も壊さないように戦いたいところだね」)
考えてみれば、鯉キメラの被害とは、世界情勢の縮図とも言える。地球人という在来種の生活圏が、バグアという外来種によって脅かされているのだ。
「待たせたね」
そう告げた森居 夏葉(
gb3755)の横に、キョーコ・クルック(
ga4770)も並んでいた。
ふたりは林の中で水着に着替えてきたところだ。
ものものしくエアタンクを装備しているのはキョーコひとりだけである。
(「ちょっと重いけど仕方ないか‥‥息継ぎなんてけっこうな隙になるし‥‥」)
キョーコは所持品のほとんどを濡れないようにカバンへ詰めながら、すぐに必要となる着替えやタオルはあらかじめ出しておいた。彼女の準備の良さは、メイドとして培った経験によるものだろう。
「さて、はじめようか」
キョーコはふたりを促して、ひんやりとした水の中へと足を踏み入れていた。
●滝の上 1
「たまには釣りもいいものだ‥‥」
滝の下をのぞける位置で石の上に腰掛けたUNKNOWN(
ga4276)は、滝壺へ向けて釣り糸を垂らしていた。
彼の服装は、黒いスリーピース・スーツにコートを羽織り、革手袋にシルクのロングマフラー。夜会であれば、人目を引きつけて離さないダンディな装いだ。‥‥が、真っ昼間の森の中では場違いと指摘されても仕方がない。
弓と矢を傍らに置いているあたり、仕事を忘れているわけでもなさそうだ。
すでに覚醒状態なのは、釣りのために隠密潜行を使用しているためだ。
すぐにアタリがある。
「お、大物だ‥‥」
続けて、夏葉の悲鳴。
どうやら、釣り針が引っ掛けたのは夏葉の水着らしく、彼女の苦情が耳に届く。
「これは失礼」
帽子を取って軽く謝罪すると、夏葉をキャッチ&リリース。
タバコの煙をくゆらせながら、彼は釣りを再開する。
「どうかね、UNKNOWN君? 成果の方は〜?」
今回の相棒であるドクター・ウェスト(
ga0241)が尋ねた。
その問いに応えるように、彼が釣り竿を引き上げると、糸の先に鯉らしき魚影がぶら下がっている。
「それなら調度‥‥」
不意に釣り竿が軽くなり、釣り上げたはずの獲物が宙を舞って水中に没していた。
スナイパーである彼の目は、釣り針が噛み千切られているのを見て取った。
「‥‥取り逃がした所だ。どうやらあのキメラは釣りに向いていないらしい」
●滝の下 2
滝壺は予想以上に視界が悪かった。流れ落ちる水の気泡や、かき回される泥のせいだ。
鯉キメラは傭兵達に興味はないのか、あるいは負けると理解しているためか、滝登りを優先している。
夏葉は味方の位置関係に気を使いながら、水中用拳銃「SPP−1P」で狙い撃つ。味方が側面に位置した状況ならば、流れ弾が味方にあたる心配はない。
わずか4発の弾丸はすぐに尽きた。成果は2匹だ。
滝の上のUNKOWN達にかかる負担を軽減すべく、清見は登り出しそうな動きの鯉キメラから優先的に狙っていた。
彼が閃かせた水中剣「アロンダイト」は、切っ先が敵に届かずとも、キメラの注意を引くことはできたらしい。アロンダイトが水中で翻り、こちらに向かってきた1匹目と、さらに2匹目も両断する。
夏葉も清見も身軽に動けるものの、その代償として頻繁に息継ぎが必要だ。
水面で呼吸中のふたりを狙った鯉キメラを、キョーコのSPP−1Pが射抜いた。
(「お前達の相手はこっちだよ!」)
至近距離に迫る鯉キメラに、彼女が引き抜いたアロンダイトで応戦する。
呼吸の不安こそ無いものの、エアタンクを背負っていると動きそのものは制限を受けてしまう。
(「ちっ水中戦は慣れないから勝手が‥‥」)
水の抵抗を考えて、突きを主体としているが、それでもキメラの数に翻弄される。3匹は倒したはずだが、まだ彼女にまとわりつくように数匹のキメラが泳いでいる。
(「さすがに数が多すぎるって」)
毒づいたものの、彼女とて一人ではない。
呼吸を終えた夏葉と清見が再び潜り、それぞれ手にしたアロンダイトでキメラへと斬りかかった。
●滝の上 2
ピーヒョロロ‥‥。
青空では鳶が円を描いて飛んでいる。
タバコの煙を吐きながらUNKNOWNがつぶやいた。
「のどかだな」
「うむ。同感である」
滝の上はのんびりとしたものだった。
●滝の下 3
水深2mというのはつくづく中途半端だった。水中戦を行うには、地面と水面が近すぎて、動きづらいことおびただしい。
鯉キメラそのものは弱いというのに、仕留めるとなるどうしても手間取ってしまう。
キメラへの応戦にかまけている最中、キョーコは滝へ向かった一群に気づいた。
手にしたアロンダイトに練力を注ぎ込み、ソニックブームの衝撃波を放つ。
一番近い個体を倒せたものの、残りは射程外に逃げられてしまった。
遅れて気づいた清見が水面へ顔を出した時には、すでにキメラが滝の中程まで登ったところだった。
(「届かないかもしれないが‥‥」)
準備しておいた通常装備の爪をキメラに向けて振ると、発生した黒い布のような衝撃波がキメラを撃ち落とす。続けて、2発目、3発目。
残念ながら、最後の真音獣斬は届かなかった。
果たして、何匹の滝登りを許してしまったのか‥‥。
●滝の上 3
一瞬だけ水面に姿を見せたキメラが、再び水中へと姿を消した。
「私には龍とは思えないんだが‥‥。そっちはどうだ?」
「我輩の辞書にも『龍』としては載ってないね〜」
UNKNOWNの質問に、ウェストが首を振って答える。
滝の上に姿を現したのは、2m近い巨大魚に蜥蜴の四肢が生えた生物。とても、龍とは言えぬ存在だった。
水面下に潜られると、敵の位置を特定できないため、ふたりは川の中へと踏み込んでいく。
一人は白衣。一人は黒のコート。
水に入るには相応しくない格好だったが、ふたりとも譲れない美学というものがあるらしい。
「私の称号を知っているか?」
「今回は『らいおんさん』だったかね〜」
「つまり、――らいおんさんとして、落とさないと、ね」
見つけたキメラへ向かって、UNKNOWNはショートボウで弾頭矢を放った。
水中用ではないため爆発の威力は小さかったが、バランスを崩したキメラが川の急流に転がっていく。キメラも変態したばかりで動きに慣れていないようだ。
(「‥‥そういえば爆弾漁業という方法もあったな」)
この場に不必要な知識が彼の頭をかすめる。
「キメラを千尋の谷へ突き落とすのは結構だが、戦友達に押しつけるのはいかがなものかね〜。我輩としてもキメラとは戦いたいのだよ〜」
軽い口調のセリフだったが、キメラに対する憎悪がかすかに感じられた。
「ならば、私達の手で倒すとしようか」
彼の意を汲んで、UNKNOWNが頷く。
「けひゃひゃひゃ、さあ、キメラどもよ、上ってくるがいい〜!」
●滝の下 4
「さっきの1匹が最後みたいだね」
最終確認を終えた清見の言葉に、同じく水面に顔を出していた夏葉が悔しそうな表情を浮かべる。
「せっかく、GooDLuckを使ったのに、意味がなかったかなぁ」
「どうしてGooDLuckなんかを使ったのさ? 特殊な攻撃をしかけてこないし、幸運を上げても意味がなさそうだけど?」
「なんか、いいことあるかなと思って」
おどけるように夏葉が答える。
「たとえば、滝の上のUNKNOWNさんが叩き落した鯉が偶然掲げた剣の上に‥‥」
夏葉がアロンダイトを真上に突き上げた時のことだ。
大きな物体が頭上から降ってきて、夏葉のすぐ後ろで水面に激突する。
激しい水音がしたかと思うと、弾けた大量の水があたりへ降り注いだ。
剣が突き刺さる事は無かったものの、夏葉が『これ』の下敷きにならなかったのは、幸運と言えるかもしれない。それならば、先ほど使用したGooDLuckも無駄ではなかった。
「なっ‥‥」
目の当たりにしたキョーコが絶句する。
「な、なんだ、これは!?」
清見の問いに答えられる者はいなかった。
大きな尾で水を叩いているのは、蜥蜴の四肢が生えた巨大な鯉なのだ。
しかし、予想だけはつく。
龍と言うのは誇大表現に思えるが、これが鯉キメラの成長した姿なのだろう。
「とにかく、キメラには違いないね。あんのんからの追加注文なら、さっさと始末しようか」
キョーコの言葉に清見と夏葉が頷いた。
噛みつきしかできない鯉型と比べると、四肢の爪による攻撃は鋭く、それなりに強くなっているのは間違いない。
しかし、3対1では結果が見えていた。
とどめとなったのは、キョーコの紅蓮衝撃による一撃だ。
彼女は頭上を振り仰いだが、再びキメラが降ってくることはなさそうだ。
「これがラストオーダーだったのかな?」
●滝の上 4
ウェストがキメラと戦いたい理由は、キメラを殺すことだけが目的ではない。
キメラの容姿、大きさ、能力、外見から分かる攻撃性能、フォースフィールドの強度等、それらの観察にある。戦うことで入手できる情報は多い。
彼にしてみれば、こうしてキメラと戦うこともフィールドワークの一環と言えた。キメラの生態を知るための、貴重な情報源というわけだ。
彼が私設研究所で所長を務めているのも、ダテではないのだ。
「さあ、がんばっていこうかね〜」
ウェストは錬成強化を用いて、自身とUNKNOWNの持つ武器の攻撃力を上昇させる。UNKNOWNは水中用の武器を持っていないため役に立つはずだった。
ウェストはキメラの行動を観察しながらも、試作型水陸両用アサルトライフルの銃弾を撃ち込んでいく。
UNKNOWNが手にしているのは、先ほどのショートボウとは違い、エネルギーガンだ。ウェストの錬成強化によって淡く光っている。
彼は何の感慨も見せずに、射程に入ったキメラへ容赦なく攻撃を加えていった。
滝登りを果たした鯉は、全部で5匹。内1匹は最初に落とされている。
残りの4匹は、ふたりでちょうど半分ずつ始末する事となった。
●食事会
河原の側にある平坦な場所で、一行は食事の準備に取りかかっていた。
濡れた服もすでに着替えを済ませているし、負傷した人間はウェストの錬成治療によって回復している。
今の彼等は、キャンプを楽しんでいる一団にしか見えないだろう。
キョーコが携帯品の包丁で鯉キメラを見事に捌くのを見て、夏葉が尋ねる。
「キョーコは鯉料理なんて良く作るの?」
「まさか。今回のために事前に調べておいたんだ」
そう答えながら、彼女は夏葉の並べた紙皿に、鯉のあらいを盛りつけていく。
戦闘で倒した鯉だから、身が多少崩れているのはご愛敬というものだ。
河原にいるウェストも、巨大魚にナイフを突き立てている。
やっていることはキョーコと似ているが、彼がしているのは解剖に近い。キメラの弱点を探るという目的のために、細胞サンプルを採取しているのだ。
UNKNOWNはたき火の前に腰を下ろしていた。
竹の串を刺した鯉は、彼の持参した岩塩で味付けされ、丁寧に火加減を調整されている。
清見は、キョーコの指示で中華鍋を使うためのコンロを準備していた。彼女はあらいだけでなく、から揚げや中華風甘酢あんかけまで作るつもりらしい。
ラスト・ホープへ戻るまでが仕事です。‥‥などと主張する人間はいない。
酒やビールや紅茶を、思い思いに自分の紙コップへと注いでいる。
「さ〜て、仕事も終わったことだし一杯いこうかな〜」
キョーコにとっては、キメラ退治よりもこの宴の方が、仕事としての比重が大きかったかもしれない。メニューの調理だけでなく、この場にあるポットセットやミネラルウォーターも彼女自身が準備した品だった。
「ぷは〜、仕事のあとの一杯は最高だね〜」
彼女は満足感溢れる感想を口にする。
「たまにはキャンプでも皆でしてみるかね?」
いつもと同じくクールなUNKNOWNだったが、そんな言葉を漏らすあたり、この食事を楽しんでいるのは確かなようだ。
「塩焼きはシンプルだけど、素材の味を引き立てて美味しいね」
夏葉の論評に、清見が笑って返した。
「そうなると、キメラを作ったバグアにも感謝するべきかなぁ」
皮肉な話である。
「ところで、このコイノボリキメラが故事になぞらえてるなら、相変わらず地球の文化をよく調べてくる敵だよね」
神話や伝説ならまだしも、故事や逸話を元にするのは、ずいぶんと地球について勉強しすぎだと感じられた。
人を脅かすという目的だけでなく、地球人の文化や知識にも興味があるという事だろう。
「龍と言うには無理があるけどね」
成長した姿が腑に落ちず、夏葉が思わずつぶやいていた。
「そうとも言えんよ〜」
疑問を呈したのはウェストだった。
「このキメラが変態‥‥つまり成長したのは、諸君もわかっているはずだね〜?」
「それがどうかしたの?」
彼の指摘が何を差しているのかわからず、夏葉が首を傾げる。
「つまりだね〜。あれが完成形ではなく、成長過程にすぎない可能性もあるんだよね〜。わかりやすく言えば、カエルになる前の、手足の生えたオタマジャクシというところかな〜」
「ほう‥‥。ならば、完全な成体となる前に倒せた我々は、運が良かったのかな?」
UNKNOWNのつぶやきに、ウェストがため息で答える。
「我輩個人としては残念だがね〜。貴重なサンプルは多ければ多いほど嬉しいのだよ〜」
そうこぼすのは彼だけだ。
他のメンバーにとっては、仕事も達成できたし、美味しい食事にもありつけたため、満足のいく結果なのだから。