タイトル:たとえ泥にまみれてもマスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/24 03:31

●オープニング本文


「今回の通報者は、米作りをしている稲田さん(48歳・男)」

 オペレーターのしのぶがいつも通りの切り出し方をする。

 多くの傭兵が予想した通り、キメラが出没するのは田んぼとの事。

「稲田さんはもう田植えを始めてるんだけど、翌日になると植えた稲が全部消えていたらしいのよ。何度か同じ事件が起きたから、見張りを続けていた稲田さんはようやく犯人を見つけたの」

 果たして、その犯人とは?

「それが、ムツゴロウだったのよ。誰かの愛称とかじゃなくて、有明に生息している魚のムツゴロウね。どうも、植えた稲は全部食べられてしまったらしいわ。本物が九州から飛んできたはずもないし、キメラに違いないと思うのよ。このキメラ退治が今回の仕事ね」

 彼女が皆の前に並べたのは、田んぼの写真や地図だ。

「ムツゴロウキメラが出没するのは、稲田さんが所有しているこの区画にある10面の田んぼだけ。普段は泥の中に隠れているから、キメラの個体数はまったくの不明なの。どこの田んぼにどれだけいるかまったくわからない状態よ。釣りも可能だと思うんだけど、泥を掘り返すのが一番確実じゃないかしら? 端から端まで全部掘り起こすと、長時間作業となりそうね」

 時間が長いだけでなく、非常に地道な作業となるだろう。

「小型だけど敏捷そうにも思えないし、キメラとしては弱いと思うわ。いつもは、殺伐とした仕事が多いだろうし、のんびりと農作業風の仕事を楽しんでもいいんじゃないかしら。泥で汚れるだろうから、重装備は避けた方がいいと思うけど、このあたりは本人にお任せね。それと、ムツゴロウを郷土料理にしている所もあるし、その気があるなら、チャレンジしてみたら? 調理法としては蒲焼きが一般的みたいよ」

 次に見せたのは、一軒の田舎風な家の前に立つ、麦わら帽子をかぶったおじさんの写真であった。

「この人が稲田さんよ。稲田さんの自宅がすぐ目の前にあって、トイレとか体を洗う水なんかは貸してくれるらしいわ。一般家庭にあるような品なら貸してくれるらしいし、困った事があったらお願いしてみて」

●参加者一覧

水瀬 深夏(gb2048
18歳・♀・DG
幻堂 響太(gb3712
19歳・♂・BM
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
ヨーク(gb6300
30歳・♂・ST

●リプレイ本文

●泥を被りに

 本来ならば、のどかであるはずの農村に、縁が遠いはずの傭兵達が訪れていた。
「天原さんとは地下水道の掃除以来だな、お久しぶり」
「ああ、よろしくな。だけど、あんたも泥合戦が目的なのか?」
 長谷川京一(gb5804)の挨拶に、天原大地(gb5927)が質問を返したのは、少しばかりイメージに合わないと感じたからだ
「食えそうなキメラがいると聞いてね」
 京一の主たる目的はこちらの方らしい。
 6人の傭兵が訪れたのは、依頼人である稲田さんの元だ。仕事後にも世話になるため挨拶をするのが目的だった。
 そもそも、ムツゴロウキメラの出没する田んぼは稲田家の正面にある。
「稲田さん、アンタの依頼は俺たちが完璧に達成してやるぜ!」
 出迎えた当人に、水瀬 深夏(gb2048)がキメラ退治を力強く請け負った。

●泥にまみれて

 10面ある田んぼには、暫定的に番号を振ってみた。道路側に近い田んぼで西から順番に1番から5番。2段目の列で6番から10番だ。

 西側の1番には幻堂 響太(gb3712)が足を踏み入れていた。
「とりあえず、裸足は噛まれたらいやだから‥‥」
 彼は汚れるのも構わず靴を履いたままだ。
 着込んでいるツナギはお尻に切り込みが入っているため、普段着として使用するのは難しいだろう。
 しかし、覚醒状態でリスの尻尾をだすには、この方が都合がいいのだ。
「‥‥洗濯が大変そうだなぁ」

 もう1段奥にある6番は、ヨーク(gb6300)が担当する。
「‥‥‥‥」
 彼は口に出すような感想は、何もないらしい。

 大地は、大剣のコンユンクシオを引き抜いて、2番へ入った。
「そっちまでは跳ばねぇと思うけど、泥がかかったらカンベンな」
 隣の田んぼを担当している響太に声をかけると、「わかったー」という言葉が返ってくる。
 大地はスマッシュを使いつつ、大剣の腹を泥の水面へ叩きつけた。
 地面が相手ではいつものような手応えが感じられない。
 スマッシュによる効果はあまり期待できないようだが、叩いた衝撃によって泥の中から追い立てられるだろうと、彼は考えを切り替えた。

 残る3人は東側から作業を開始する。
 東西から追い立てていけば、ムツゴロウキメラを一網打尽にできるという計画だ。

 アンジェラ・ディック(gb3967)の担当は、東側に位置する5番。
「たとえ泥にまみれても、要請有れば進むのが傭兵しての務めね」
 傷だらけの筋肉質な上半身に身につけているのは、迷彩柄のホルターネックビキニ。
 気恥ずかしさを感じるでもなく、頭にバンダナを締めて彼女は任務へ挑む。
「コールサイン『Dame Angel』、丁寧にキメラ除去作業開始よ」

 東端の10番を担当するのは深夏だった。
 端の方から重点的に泥を掻き分けるように探しまくる!
 深夏の意気込みは充分だ。
 だが、不安もある。
「でも時間掛かると途中で飽きそうな気がするな、俺‥‥」
 彼女は自分をよく知っていた。

 京一は4番の田んぼの傍らで腰を下ろす。
「俺だけ、モグラ叩きだねぇ」
 深夏やアンジェラが追い立てたキメラが、隣の田んぼへ移動したら狙い撃とうと彼は考えていた。
 さらに、4番の田んぼには、コーンポタージュやぶどうジュースをエサ代わりに撒いている。分解されて、てんてんと置かれているマトリョーシカは疑似餌のつもりだった。
 運がよけりゃ食いつくかもしれんしな‥‥。

 場所を9番へ移した深夏がぽつりとこぼす。
「‥‥飽きた」
 肝心のキメラが出現しないまま、単純作業を続けるのは非常に苦痛だった。

 アンジェラの姿は8番にあった。
 兵士となって長い彼女は、泥濘地における作業はお手の物だ。
 肉体を無駄に酷使する事はせず、適度のストレッチで体をほぐしながら、水筒での水分補給も怠らない。
 泥除けのスタイリッシュグラスも複数用意しているため、随時交換して作業効率を維持していた。

「ここもハズレかなぁ」
 響太はふたつ目となる7番へ移動したが、未だにキメラが見つからない。
 パタパタと地面を刺激しているリスの尻尾は、すでに泥でべったりと汚れている。
 ファンシー好きな女性陣がいたら、悔し涙を流していただろう。

 しらみつぶしにしようと丹念に探していたヨークは、6番を終えて3番へ移動する。
「‥‥‥‥」
 相変わらず無言のままだ。

「出やがった!」
 大地の叫びが皆の注意を引いた。
 確かに小さな魚影が泥の上を飛び跳ねている。
 大剣では狙いづらいと判断した大地は、武器をメイルブレイカーへと持ち替えた。
 刀身は短いが、だからこそ小回りが利く。
 さくっと、あっさり貫く事に成功した。
「1匹目ゲットー!」

 運が悪かったらしい京一は、皆と同じように泥の中に足を踏み入れていた。
 隠密潜行を交えつつ、少しずつ泥をかき分けていく。
 ぽこりとかすかに気泡の弾ける音を耳にして、鋭覚狙撃を発動させる。
「一意専心‥‥‥‥そこだっ!」
 様子をうかがおうとして顔を出したキメラは、その頭部をスコーピオンで吹き飛ばされていた。

「くそっ! 俺のとこにもいないのかよ」
 キメラを仕留めたふたりを羨ましく思い、深夏はさらなる熱意を持って泥を掘り返していく。
 その願いがかなった。
 びちっ、びちっ。
 姿を現して飛び跳ねるキメラに、深夏が激熱を握った拳を叩きつける。
「ようし! これで一匹目だ♪」
 汗を拭った拍子に、泥で頬が汚れたのに彼女は気づいた。
「ミカエルを着用しなくて良かったぜ」
 乗機であるAU−KVを持ち込んでいたら、泥だらけになって清掃は一苦労だったろう。
 この程度のキメラなら、自身の力だけで何とかなりそうだ。

 アンジェラの踏み込んだ足によって、キメラが巣穴から逃げ出した。
 2匹いる。
 キメラ達を一箇所に追い立てようとも考えていたのだが、どうやらそこまでするほど強い敵ではないらしい。
 小銃「S−01」とスコーピオンの二連射で、2匹のキメラをあっさりと始末した。

 響太は手にした風天の槍を、杖のようにしながら泥を掘り返していた。
 尻尾で泥を刺激するのも忘れない。
 ビチビチと体をくねらせるムツゴロウキメラを見て、響太は獣の皮膚を使用する。
 急所突きを狙った自慢の槍が、ぷすりと、大した手応えもなく貫いていた。
 警戒しすぎたという思いも頭をかすめたが、敵を侮るよりはよっぽどマシだと思い直す。
(「強力なキメラが混じっているかも知れないしね」)

 ぴょんと跳ねたムツゴロウに、超機械を向けてあっさりと倒すと、彼は側に置いてある桶へ放り込んだ。
「‥‥‥‥」
 ヨークが倒したのは、これが2匹目。
 実のところ、1番最初に倒したのは彼だったのだが、全くの無言で事を済ませた事から、誰にも気づかれていなかった。

 どうやら、傭兵達が追い立てるまでもなく、中央部分の3番や8番にキメラは集中していたようだ。
 全員が2面の田んぼへ集まって、キメラ狩りを行う。
 仕留めたムツゴロウキメラは、全部で34匹だった。

●泥との戯れ

 キメラを見逃した可能性を考慮して、大地の主導で再確認してみたものの、その心配は無用だったらしい。
 彼等は全キメラの駆除に成功した。
 唯一、ヨークだけが軽い傷を負ったものの、京一の準備した救急セットによって治療できた。
「万が一、破傷風にでもなったら洒落にならんからな。要注意だぜ」
「‥‥‥‥感謝する」

「よーし、泥合戦をやるぜ!」
 深夏の言葉に大地と響太が参加を表明する。
「それなら私が審判をするわ」
 そうアンジェラが申し出た。
「それで、どんなルールがあるの?」
『‥‥ルール?』
 3人がお互いに顔を見合わせた。
「言われてみれば、泥合戦ってどんなルールなんだ?」
 深夏と同じく、響太も首を傾げた。
「スポーツじゃないしねぇ。明文化されたルールはないと思うし‥‥」
「最低限、武器に使うのは泥だけってぐらいだろ?」
 ふたりのかわしている討論を、大地が強引に決着させる。
「細かい事はいいんだよ。とにかく、相手に多くの泥をかけた奴が勝ちだ」
 否定する根拠もなく、ふたりもそれを受け入れた。
 聞いていたアンジェラが話を総括する。
「それなら、泥合戦が終わった後に、泥による被害を確認して私が勝者を判断するわ。それでいい?」
 参加者達が自分の勝利を言い張っては収集がつかなくなるので、3人はアンジェラの裁量に任せようと決めた。

「スタートっ!」
 アンジェラの宣言によって、3人が行動を開始する。
 泥団子を投げ合いながら、お互いの牽制を忘れない。
 1対1ならいいのだが、3人となると残りの一人への警戒を怠れないのだ。
 泥団子を投げると同時に、フェイントを駆使して間合いを外す。
 そういう攻防が面倒になってきたのか、大地が奇襲攻撃を試みた。
「ダーイナミーックボディーアターック!」
 叫んだ彼は、泥の中へ腹から飛び込み、泥を飛び散らせる。
 覚悟している本人はまだしも、被害を受ける側はたまったものではない。
「ちょっ、待て! こら!」
 深夏の不平に対し、大地は言葉ではなく行動で返した。
 大地の体から深紅の光が吹き上がっているのは、彼が覚醒している証拠であった。
 手にした泥をマシンガンのように高速で投げつけてくる。
「だあっ!?」
 慌てて両腕でガードするも、その隙間を抜けた泥が、深夏の顔を汚していく。
「隙あり!」
 仁王立ちする大地の胸や腹に、こちらも覚醒した響太が泥団子をぶつける。
「すでに泥だらけの俺には痛くも痒くもねえぞ」
「それなら、これでも喰らえ!」
 覚醒を終えた深夏が、両掌ですくった泥を大地の顔目がけて投げつける。
「ぶへっ! じゃりじゃりする」
 深夏が宣言した通り、口の中へ泥が潜り込み、大地は慌てて吐き出した。
「こっちは俺から」
 大地の背後へ回り込んだ響太が、大地の背中へ泥団子をぶつけていく。
「これで、大地の負けは決まったんじゃねぇ?」
「そうだね。じゃあ、残るは俺と深夏ちゃんの勝負かな」
 ふたりが向け合った視線でバチバチと火花が散った。
「まだ、勝負はついてねーっ!」
 へこたれない大地が、泥を手にしてふたりへ向かって投げつける。
 逃げながらも、ふたりが応戦し、田んぼ一面を使っての負いかけっことなっていた。

 泥んこになって遊ぶ傭兵達の様子を眺め、のんびりとお茶を飲んでいる方々がここにいる。
「みなさん元気ですねぇ」
 呆れと言うよりは、感心を込めて稲田さんがつぶやいた。
 バグアとは無縁に生きてきた彼は、戦場で活躍する傭兵達に、荒々しい兵士としての印象を抱いていた。
 こんな光景を目にすると、ずいぶん偏った考えなのだと思い知らされる。
「‥‥‥‥彼等」
 ヨークがどのような意図で口にしたのか、稲田さんが首を傾げる。
 どうやら、元気なのはヨークを除く面子だと言いたいらしい。
「彼等は元気ですねぇ」
 訂正した稲田の言葉に、ヨークがこっくりと頷いて、再び湯飲み茶碗に口を付ける。
「‥‥‥‥美味い」

 泥合戦の方は、ようやく決着を見たようだ。
「大地殿は論外ね。自分から泥まみれになっているし、ルール違反で失格みたいものだわ」
 この判定には誰も反対しない。本人さえも。
「へへっ。楽しんだ者勝ちってやつさ。だから、俺の中では俺の勝ちだ」
 ヘッドスライディングまで行ったため、全身泥だらけだというのに、彼は楽しそうに笑っていた。
 亡くなった友人への思いに縛られていた彼にとって、こんな風に素直な感情を出せるのはいい兆候に違いない。
「残るふたりは微妙なところだけど、‥‥僅差で深夏殿の勝ちかな」
「やったぜ!」
「うーん。残念。野生に帰れて嬉しかったけどね」
 勝敗が分かれたものの、ふたりの顔にも大地と同じ種類の笑顔が浮かんでいた。
「それじゃあ、賞金の5万Cは深夏殿のものだね」
『‥‥‥‥はあっ!?』
 アンジェラの言葉を受けて、3人の驚きの声が重なった。
「な、な、なにそれ!?」
 深夏本人がアンジェラに詰め寄った。
「勝った方に渡す賞金よ。‥‥言ってなかった?」
「言ってないだろ!」
「いらなかった?」
「いる!」
 女性ふたりの交渉をよそに、膝から崩れ落ちる男がひとり。
「くっ。最初から知っていれば、もっと頑張ったのに」
「まあまあ。大地は勝ったんでしょ?」
「そのはずなのに、なんだ、この敗北感‥‥」

「‥‥お前ら、まだやってたのか?」
 この場にいなかった京一が、大皿を持って姿を現した。
 彼は稲田家の台所を借りて、退治したムツゴロウで蒲焼きを作っていたのだ。
 ヨークと稲田さんがお茶をしていたテーブルに、大皿が置かれた。
「おいしそう♪」
「そうか? ちょっとグロくねぇ?」
 響太のつぶやきに、深夏はいささか不審気だった。
「この料理はもともとこうなんだよ」
 ウナギの蒲焼きみたいに割かれておらず、ムツゴロウの原型を留めているのだ。初見の人間が躊躇するのもむりはない。
「それに、大概のキメラは元の生物と同じ味がするから心配しなくていいぜ〜♪ ん、中々いける」
 実際に蒲焼きに口を付けて、京一は自画自賛する。
 それが主観だけでない事はすぐにわかった。
「‥‥‥‥美味い」
 普段寡黙なだけに、ヨークの言葉には千金の価値がある。
「こりゃいい。こうして食べるのが、わしにできる仕返しかな」
 稲田さんも満足気だ。
「確かに美味いね。いい腕だよ、京一殿は」
 アンジェラもまた賞賛して舌鼓を打つ。
『早っ!?』
 傍らにいたはずの彼女が、いつのまにか手を洗い終えて、唐揚げをつまんでいる姿に3人は驚かされた。
 泥合戦に参加していなかったアンジェラは、比較的泥の汚れも少なかったのだ。
「だろ? やべぇ、酒が欲しいね、こりゃ」
 味が濃い目なため、酒やご飯があればきっと合う。絶対に合う。
「日本酒でよければ持ってくるよ」
 稲田の言葉に京一が飛びついた。
「いいんですか!? ぜひ、お願いします!」
 ご馳走になる一杯を思い描き、京一の顔がにやけてくる。
「お前らも早く来ないと、全部無くなっちまうぞ」
 京一の忠告を受けて、3人はその危険性に思い当たった。
 泥だらけのままでは、食事どころではない。
「やべえぞ、あいつら本当に食っちまう!」
 危機感溢れる深夏の言葉に、3人は慌てて蛇口の元へ駆けていった。