●リプレイ本文
●出会いと問題
カンタレラ(
gb9927)は報酬目的でこの依頼を受けた。
「‥‥だけど、蓋をあけたらファナちゃんや真夜ちゃんも一緒で、とても楽しい依頼になりそう」
ファタ・モルガナ(
gc0598)や相澤 真夜(
gb8203)が面子に含まれているのを知り、仕事への期待感を高めていた。
「私もカンちゃんがいるとは思わなかったよ〜」
「こんな形で真夜ちゃんとご一緒できるなんてねっ! 嬉しいです」
盛り上がる女性二人。
さらに、カンタレラやファタの小隊仲間、ゼンラー(
gb8572)まで加わっていた。
「拙僧、豪華客船には一度乗ってみたかったんだよねぃ」
依頼主には悪いが、彼はバカンス気分であった。
「はいおまたー」
ファタの声に振り向き、皆が少なからず驚かされた。
乗船するなり自室へ向かった彼女は、いつも目深にかぶっているフードを脱ぎ捨てて、ビシッとしたウェイター服へと、劇的に変わっていたからだ。
そんな傭兵達を乗せて、豪華客船は出航する。
1F、通路。
「やだねえ、成金ってのは」
一人なのをいいことに、湊 獅子鷹(
gc0233)が呆れてつぶやく。
「まあ、セレブ気取りの成金連中に品位求めるのが無駄だわな」
防災室に向かっていた彼は、その入り口で押し問答をしている優(
ga8480)を見かけた。
「‥‥武器の所有だって大目に見ているんだ。そうまで船の図面にこだわると、不審人物として拘束するぞ」
警備員が強い口調で優を拒む。
仕事のために船の構造を知りたかったのだろうと、獅子鷹自身も似たような用件で来たから、事情は察せられた。
「取り越し苦労なんてしないで、客なら客らしくしていろ!」
荒事に対する警戒心もなく、対応する客に感化されたのか高慢な態度だった。友好的な対応を期待するのは無理だろう。
「すまんっ!」
ただの通りがりと思えた獅子鷹が、唐突に土下座したため、優も警備員もあっけにとられた。
「今は諦めるから、せめて、非常時にはここを使用させてくれ! もちろん、図面も! 何も起きなかったら忘れてくれていいから!」
その勢いに押されたのか、警備員があいまいに頷く。
「あ‥‥ああ。なにか起こったらな」
かろうじてふたりはその言質を得たのであった。
●楽しい船路
1F、甲板。
藤村 瑠亥(
ga3862)は右目を鑑みてパーティ参加を自粛していた。
風に当たろうとして甲板に出たところで、彼は先客と遭遇する。
「パーティーに参加しなかいのか?」
「お金持ちの人が嫌いなんです」
夜の海を眺めていたハルトマン(
ga6603)が嫌悪感を示した。
瑠亥が懐から取り出したタバコをそのまま戻すのを目にして、ハルトマンが笑いかけた。
「吸ってもいいですよ」
「すまねぇ」
風下に回った瑠亥が、タバコの煙をくゆらせた。
ちなみに、少し離れてアリス・ターンオーバー(gz0311)の姿もある。
彼らが依頼人家族と離れ、のんびりとしていられる時間は、それほど長くはなかった。
2F、上映室。
「貴方と同じ名前の家族が、いるんですよ。‥‥貴方と一緒で、優しい人です。優柔不断ですけどねっ」
カンタレラの言葉で親近感を抱いたのか、アレックスは好意的に受け入れた。ブラウン家の中では彼が一番常識人なのだ。気が弱いという短所もあったが。
カンタレラと真夜がアレックスにつき、その彼も妹に付き添っている状況だった。
「ちょっと、あなた。アップルジュース持ってきなさい」
「はい、お嬢様」
アイリーンの高圧的な指示に応じて、リチャード・ガーランド(
ga1631)がグラスを差し出した。
「‥‥ですが、1つ、ご忠告を。あまり傲慢な態度を示し男に嫌われると、貴方のお父上の財産にしか目のない愚か者しか呼び寄せることができませんよ。せっかく素敵な顔なのに」
「あなたは対象外だから、いいのよ」
せっかくの忠告も、彼女にはまるで届かなかった。
傍らで優がため息をついていた。
2F、遊戯室。
映画に興味がなかったゼンラーは、妹の警護を仲間達に任せ、ブラックジャックを楽しんでいた。
「‥‥んー。ダブルダウンだねぃ」
20を引き当てて、ゼンラーはさらに勝ち分を増やしていた。
正確な確率計算と、勝負師としての直感と幸運が、この成果を導いていた。彼はそれを自覚しているから、このゲームを選んでいた。
「おー、そこのお嬢ちゃん、こいつをお父さんに渡すと良いよぅ!」
それでいて、現金には執着がないらしく、他の客に分け与えていく。
彼を肘でこづいてきたのは、ウェイケル・クスペリア(
gb9006)だった
「‥‥おい、あんた何やってんだよ。仕事しろ、仕事」
「そう言うウェイケルさんは一人なのかねぃ?」
「え、あたし? あたしはほら‥‥交替時間?」
「拙僧以外の誰と交替したのかねぃ?」
ウェイケルが交替するというなら、それはゼンラーのはずだった。
「いいんだよ。こまけぇことは」
彼女自身も遊ぶつもりで抜け出したのだから、強引に話題を押し流す。
「あたしにもチップよこせ」
そう告げて、ゼンラーの隣に腰を下ろしていた。
7F、デッキ。
とっくに日は沈んでいたものの、パーティーが盛り上がるのはこれからだった。
ジョージとキンバリーに従い、6人の傭兵もこの場に顔を出していた。
「楽な仕事かと思えば‥‥とんだハズレくじでしたね」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)のつぶやきが聞こえたのか、叢雲(
ga2494)が応じる。
「‥‥ま、これもお仕事ですしね」
執事姿の彼は、周囲を警戒しつつも、依頼人のために給仕まで行っている。
表面上は礼儀を保っているが、傭兵のほとんどが依頼人家族に対して批判的だ。
(「何時も何時も思うけど、成金はどうしてこんなに田舎者が多いのかしら。おまけに周りから認められていると勘違いしているし」)
優雅な物腰の御剣雷光(
gc0335)も、内心ではこんなものだ。
「僭越ながらお傍に付かせて頂きます。御用命の際は何なりと」
ファタは最初の宣言通り、キンバリーにかしずいている。かなり高い躾が身についているようだが、内心では裕福層の人種に嫌悪している。
ジョージに数歩遅れて従っているキア・ブロッサム(
gb1240)も、目当てはお金であって、依頼人そのものにはまったく興味を持っていなかった。
その事に気づいたのは、夜空を見上げていた客だった。
照明に霞んでいた星が、塗りつぶされたように消えていく。雲ではない何かが、星を隠していたからだ。
ガフッ。グルルル。ガウゥ。
楽団の演奏に紛れて、海上ではありえない獣のうなり声が降ってきた。
須佐 武流(
ga1461)も空を振り仰ぐ。
照明の届く位置にまで降下してきた緑色のHWは、檻をつり下げていた。
●獣の降る夜
エレベーター内。
映画鑑賞中に気分が悪くなったというアレックスに付き添い、真夜とカンタレラも同行していた。
かごがわずかに上昇したかと思うと、ガクンと急停止する。
「あれ‥‥? エレベーター止まっちゃいましたね?」
真夜が視線を向けると、階数表示は『3』であり、まだ到着していない。開ボタンや各階ボタンを押してもまったく反応しなかった。
「電源が止まったわけじゃなさそうね‥‥」
カンタレラは操作パネルに収納されている非常用電話を開いて、受話器を取り上げる。
電子音が呼び出しているようだが、なかなか応答してくれない。
「なにをやってるのよ‥‥」
カンタレラが苛立ちを見せる頃、ようやく防災室の保安要員が応対した。
エレベーターを緊急停止させたのは、防災室で緊急停止を行ったかららしい。そして、その理由も彼女等は聞かされるのだった。
B1F、自販機コーナー。
獅子鷹は槍が近くにないと落ち着かないため、警備室近くにある自販機コーナーのベンチに腰を下ろしていた。
考えているのは、新しい火炎瓶や爆発物の製法である。傭兵としての仕事とは無関係に、純然たる趣味だった。
慌てた様子で警備員が飛び出していくのを獅子鷹は目撃する。
「おい、何があったんだ?」
「あ、あんた、傭兵なんだろ! ハイエナが船を襲ってきたんだ」
「はあっ!?」
意外な返答に獅子鷹は詳しく聞き出そうとするが、慌てた警備員の説明はまるで要領を得ない。
諦めた獅子鷹は、警備室に飛び込んで自分の武器を要求する。
「俺の仲間が来たときには、そいつらにも武器を渡してやってくれ。頼んだぞ!」
1F、廊下。
甲板にいた瑠亥とハルトマンは7Fデッキで生じた異変をすぐに知ることができた。悲鳴と獣の咆哮に、銃声が混じっていたからだ。
「そうやすやすとは行かなかったか‥‥」
瑠亥は、ハルトマンと共に、装備を入手しようと警備員室へ向かっていた。
船内放送を耳にしたのはこの時だった。
『キ、キメラが船内に侵入しました! 最寄りの室内に逃げ込んで、通路を出歩かないでください! 繰り返します! キメラが船内に侵入しました!』
突如として館内に流された放送は、何も知らずにいた人間にまで、パニックへ叩き込んだ。
●船上の戦場
7F、化粧室。
「奥方様。緊急事態につき失礼します。至急避難を」
駆け込んできたファタが、呆然としている婦人を促す。
「そんな‥‥、キメラなんているはずないじゃない」
身の危険を受け入れようとしない婦人を、ファタは強引に室外へと連れ出した。
「この混乱では依頼人との合流は難しいですね」
雷光は階段へ殺到する集団を見て諦めた。デッキへ戻るには人の流れを逆行する必要がある。
「打ち合わせ通りに、客室へ向かいましょう」
雷光は婦人の手首を握り、ルートから外れて空白地帯だったこの場所から、人混みの中へ身体をねじ込んでいく。
1階分降りたところでファタが声を張り上げた。
「操船室は私が。奥方様を頼みます」
「わかりました」
婦人の了承は得ずとも、雷光の返事を聞いて、ファタは人混みから抜け出した。
彼女はすぐさま蝶ネクタイを緩める。
「あーっ! 息が詰まったよチクショウ!」
1F、防災室。
駆け込んできた獅子鷹は無傷である。幸い、動き出すのが早かったため、キメラと遭遇することなく到着したのだ。
この前は土下座までしたが、彼らの様子を見ると獅子鷹に反発する余裕もなさそうだった。
「とにかく、落ち着け! 俺達傭兵が乗っているんだから、むしろあんたらは運がいいんだ!」
一喝した獅子鷹は、並んでいるモニター画面をざっと眺めて改めて怒鳴っていた。
「とにかく、キメラの数と現在位置を放送で伝えろ! 傭兵に情報を伝えるのが最優先だ!」
設置されている機材の操作法がわからない獅子鷹は、大まかな指示を出して監視員に作業させる。
「船が止まったらまずい。キメラを動力室へ近づけないように、防火壁なんかで塞いでくれ」
B1F、警備室。
獅子鷹が言い残していたことから、後続の傭兵達はすぐに武器を入手できた。
瑠亥は愛用の二刀小太刀「疾風迅雷」を握ってすかさず飛び出していく。アリスはライフルだった。
服を脱ぎ捨てて、戦闘服のスクール水着姿となったハルトマンは、、SMG「スコール」を手に7Fを目指す。
「‥‥ちっ、メンドくせぇ。遊んでられりゃ楽だったってのに‥‥!」
次に現れたのは、2Fの守りを同僚に任せたウェイケルだった。
「とりあえず、こいつだけ持ってくか。デカブツ使いが軽装備じゃ心許ねぇだろうし」
彼女は自分の盾扇を回収するだけでなく、ファタのためにガトリング砲を持ち出した。
「獅子鷹! ファタはどこにいる?」
船内通話で問いかけると、獅子鷹が返答した。
『6Fの操船室だ』
7F、デッキ。
楽しげだった談笑は消え、阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
投下された檻からあふれ出たハイエナキメラが、目についた人間達を餌として牙にかけていったからだ。
「これはキメラです! 皆さん避難を‥‥!」
セレスタは叫びながら、所持していたクルメタルP−38をキメラに向けて発砲する。
キメラは強敵との戦いを恐れ、力無き獲物を追って船内へ侵入を果たす。そのためデッキ上のキメラの数が減ったのは、皮肉な結果と言えた。
逃げまどう客をかばうため、武流がキメラに挑みかかる。ミドル、ローキック、回し蹴り、膝蹴りと、脚爪「オセ」を駆使してキメラを蹴り飛ばす。
「戻れ! 貴様が守るのは私だろうっ!」
「お前の護衛として俺はいるが‥‥、俺に命令するな。少し黙っていろ‥‥!」
依頼人を相手に武流が怒鳴り返した。
「避難中も、他の連中の指示に従って言われたとおりに逃げろ‥‥! 急げ、早くしろ!」
「私たちは自室に戻りましょう。奥様もお待ちしているはずです」
「そうするべきです」
キアの勧めに叢雲も同意し、ジョージを囲むようにして彼らは階段へ向かった。
●危機に際して
2F、遊戯室。
「拙僧はULTの傭兵だ! 安心してくれぃ! 事態の解決に十分な数の能力者がここにはいる!」
即座に大音声で叫んだのは、ゼンラーの好判断だった。居合わせた客達はパニックに陥る前に、理性を取り戻す。
「ここを避難場所にするよぅ、準備を手伝ってくれぃ!」
狼狽えるだけの民間人相手に、ゼンラーが様々な指示を出していく。
椅子などは壁際にどかして部屋を広く使い、動かせるテーブルをバリケードにして余分なドアを塞ぎ、カーテンを卓上に敷いて治療台にする。
船内電話を取り上げたゼンラーは、防災室にも負傷者をこちらに回すように伝えるのだった。
2F、上映室。
「敵襲か。なるほど、ドロームの支店長やらのお偉いさんがいるからな。政治的にも狙われやすいか」
事態を知ったリチャードのつぶやきが、アイリーンの不安を誘う。
「しかしまあ、警備の責任者どもが。無線機1つも持たせないとは。メンツごときで護衛戦力を減らすか?」
「助かると願っていてください」
アイリーンの不安を取り除こうと、優はプロミスリングを付けてやった。
「なによ、こんな安っぽいもの」
けなしつつもアイリーンは拒まない。その手は震えているからだ。
「私達は勿論、この船の船員の方達が皆を助ける為に尽力を尽くしています。怖いだろうけれど、私達を信じて下さい」
『避難場所は遊戯室だ。そこで治療も行う』
獅子鷹の放送を聞いた優達は、居合わせた客と共に遊戯室を目指した。
「とにかく走ってもらいましょうか、お嬢様。キメラどもにとっては、金持ちも貧乏人も美味しそうな餌ですからね」
先導するリチャードが、進行方向のキメラへエネルギーガンを向ける。
アイリーンの手を引く優は、残りの手で月詠を振るいソニックブームを叩きつけた。
同じ階であったこともあり、一行は一人も欠けることなく遊戯室へ駆け込んだ。
「中は任せる。こちらは外敵の掃討戦に入る」
リチャードと優はこの部屋を守るために外へ飛び出した。
エレベーター内。
「ひらけっごまー!」
気合いと共に、真夜が強引に内扉を開く。階の境目で停止しており、脱出は難しそうだ。
「天井に上った方が、扉を開け易そうだね」
真夜は手すりを足場にすると、点検口から天井へ身体を引き上げた。
「次はアレックスくんの番だよ」
狭い点検口から、手を差し伸べるものの、アレックスは行動を起こそうとしない。
「‥‥やだよ。外にはキメラがいるんでしょ」
キメラと対峙することを恐怖し、彼は震えていた。
「キメラならこんな扉なんて簡単に破りますよ。ここでは逃げ場もありません」
カンタレラが諭すとアレックスが泣きそうな顔をする。
「‥‥‥‥」
「‥‥あなたは、どうしたいですか? 妹さんは、下ですよ?」
「僕を‥‥手伝ってくれる?」
「そのために私たちは雇われているんです」
まずアレックスが、続いてカンタレラのトランクケースが、最後にカンタレラ本人が天井へ上った。
カンタレラはケースから取り出した天鎧「ラファエル」で全身を包み込む。
準備が整ったのを確認し、真夜は外の扉に武器を叩きつけてこじ開ける。
●人獣同舟
5F、高級客室。
夫婦の合流は果たしたものの、護衛が4人もいるのはさすがに過剰と言えた。
「ここで我々護衛から数名でも船内の事態収拾に力添えすれば、旦那様の評価もあがるかもしれません」
「‥‥旦那様。心配なされるより、胸をお張り下さい‥‥船が陸に着く頃には貴方のなさった契約が皆様を御救いした事と、なります‥‥」
叢雲とキアが依頼人の説得を試みる。
「キメラの数はもっと多いじゃないか! 4人でも足りないかも知れないだろう!」
「電話をお借りします」
セレスタは船内回線を通じて、防災室の獅子鷹からいくつかの情報を知らされる。
「キメラは船中に散っていますから、危険度はどこにいても変わりません。この部屋に籠もるのが一番安全でしょう。お子さんも仲間が守っています」
セレスタが説明して、ようやく依頼人が承知する。
「ならば、お前達ふたりで私達を守ってみせろ」
「それが契約ですから」
キアが涼しげに言い残し、傭兵達が室外に出た。
雷光と叢雲が廊下に駆け去り、扉の前に残ったのはキアとセレスタだ。
武流が合流したなら入れ替わりに遊撃に回るつもりだったが、こうなってはセレスタが守り通すしかない。
「今日は本当にツイてないです‥‥」
彼女の口からは嘆きが漏れていた。
4F、階段。
「邪魔だっ、こっちは急いでんだよ!」
そう口にするも、好戦的なウェイケルに見逃すという選択肢はない。
預かっているガトリング砲をキメラに向けて発砲しつつ、手にした鉄扇で流し斬りする。
ギャウン!
悲鳴を上げて逃げ出したため、さすがに追いかけるのは諦めた。
「ちっ! 運のいい奴だ!」
ファタとの合流を果たすべく、彼女は階段を駆け上っていく。
6F、通路。
叢雲の元には、頼りの兵装が未だに届いていない。
通路の狭さを利用して、やってきたキメラに攻撃を加えているが、超機械「クロッカス」では最後まで押し切ることができずにいた。
警備員を見つけて、警備室に預けた武器を届けてくれるよう頼んだのだが、これは相手が悪かった。
キメラの走り回る中を、対抗手段のない一般人が歩き回ることなど、怖くてとてもできることではない。
だから‥‥。
「‥‥持ってきた」
大きな複合兵装「罪人の十字架」を肩に担いで持ってきたのは、避難誘導を行っていたアリスだった。
警備員から話を聞いた彼女は、誘導を警備員に任せて、彼女が運搬を引き受けたのだ。
「助かりましたっ!」
3F、階段。
機械剣「莫邪宝剣」を手に、キメラへ斬りかかるカンタレラ。
「大丈夫ですよ! 大丈夫ですからね? カンちゃんは強いんですから!」
キメラとの戦闘を目撃して身をすくませるアレックスを真夜が励ます。
背後に出現した2体をを見て、真夜がアレックスを背中にかばう。
「わあああ、敵多すぎです! カンちゃーん! たすけてー!」
真夜が泣き言を漏らすものの、あいにくカンタレラも忙しい。
「‥‥これでこそ、ね! もっときなさい‥‥!」
眼前の敵を倒すことに夢中のようだ。
『雷光。その階段の下で真夜がキメラに狙われている。手を貸してくれ』
「わかりました」
放送に答える声が上から降ってくる。
「どうやら躾が必要なようですね。お痛も過ぎると駄目だと言う事を教えましょう」
姿を見せた雷光は、ドレスの裾を跳ね上げて、ふくらはぎに束ねてあるチェインウィップを手に取った。
「さぁ 調教の時間です」
逆に人間側がキメラを挟撃する形となり、雷光の鎖鞭が打ち据え、真夜のエーデルワイスが切り裂く。
ようやく2体を葬り、真夜が安堵する。
カンタレラの方も、真夜が信頼した通り、キメラの全身を許さずに始末したようだった。
●獣の一掃
7F、デッキ。
負傷して動けない人間を狙う4匹のキメラを相手に、格闘武器しか持たない武流は、自由に動く余裕がなかった。
乗員乗客をかばうために、自分の身体を囮にしていた武流は、いくつもの傷を負っていた。
そこで銃声が鳴り響く。
「さて、ハイエナさんたち‥‥漆黒の黒猫がお相手してあげますよ」
「スコール」を手にしたハルトマンと、十字架型兵装のステークを握る叢雲が姿を現した。
叢雲は自身に向かってくるキメラの頭部に弾丸をぶち当てる。一発では止まらず、同じ箇所に数発撃ち込むことでようやく動きを止めていた。
逃げだそうとしたキメラの後ろ足を、武流がむんずと捕まえていた。ハンマー投げの要領で投じられたキメラは、悲しそうな声を発しつつ、派手な水音を立てて海中に没した。
「さぁ、かかって来い‥‥!」
援護を託せる仲間が駆けつけたことで、再び武流は前に出た。
敵を誘う必要もないため、大振りな攻撃もせず隙のない踏み込みで、キメラに肉迫する。
床に叩きつけるつもりの蹴りで、キメラの身体が横へ弾け飛ぶ。
「‥‥浅いか!?」
しかし、腰を痛めたキメラがわずかに足をふらつかせる。
回避の鈍ったキメラの頭部を、蹴り込んだ「オセ」が粉砕する。
餌をむさぼろうとした残りの1体は、ハルトマンの銃弾を受けてボロ屑となっていた。
1F、防災室。
「キメラがこっちに向かってます!」
悲鳴を上げた監視員がモニターを指さしていた。
「ちっ、ここにも来やがったか!」
獅子鷹は立てかけておいた槍を手にして扉へ向かう。
「さっきまでの要領で、みんなに指示を出してやってくれ。替わりに、俺があんたらを守ってやる」
機材や監視員に損害を出すことを嫌い、獅子鷹は自ら室外へ飛び出した。
迫り来るキメラの鼻っ柱に、槍斧「ゲリュオン」を叩きつける。
槍を握る腕に噛みついてきたキメラに対して、忍刀「鳴鶴」で斬りつけ、膝蹴りで突き放す。
さらにもう一体が出現したのを目にして、獅子鷹は不敵に笑っていた。
「悪いがここから先は一匹も通さねえ」
6F、操船室前。
心許ないものの、ファタは小銃「M92F」を手に、操船室を守ろうと陣取っていた。
目的が拠点防御であるため、強弾撃での応戦も、キメラを追い払うのが目的だ。
迫り来る2匹を前に、ファタは制圧射撃を試みる。壁にも大量の弾痕を刻むが、この際お構いなしだった。
「冥界から地獄の一丁目へ直送便だぜ! 受け取りな」
怒鳴り声と共に投じられたのは、ファタのガトリング砲だった。
受け取った彼女は、噛みついてくるキメラの牙を、ガトリング砲の砲身で受け止める。
ファタは銃口をキメラに向け、至近距離から大量の弾丸を浴びせていた。蜂の巣になったキメラの身体が床に崩れ落ちた。
盾扇で身を守りつつ、ウェイケルは鉄扇を翻らせる。
切り裂かれたキメラの首筋から、噴水のように血が飛び散っていた。
2F、遊戯室前。
「火力が乏しいな。まあ、デザイン重視のタキシードな上、へヴィラーヘルムで増強している錬力がないからな。継続戦闘がきつい」
不満を口にしながらも、リチャードはこの場を離れようとしない。遊戯室を守る意義を十分に理解しているからだった。
二人の傭兵に連れられて、息も荒く駆けてくるのはアレックスだった。
「アイリーンさんの手を握って安心させて下さい。今それが一番出来るのはアレックスさんです」
優の言葉に頷いて、彼は遊戯室の扉を開いた。
彼の妹はなんの言葉も発せず兄にしがみつくと、そのまま泣きじゃくっている。
「家族、って、いいですよね」
思わず胸が熱くなるカンタレラ。
キメラに追い立てられ、あるいは傷を負わされて、この場に逃げ込んできた客達も同じ思いを抱いているようだ。
過日の依頼において見過ごしてしまった人達を想起し、ゼンラーはより多くの人を救いたいと願っていた。そのため、今回はキメラと対峙することなく、治療に専念していたくらいだ。
そんなゼンラーも、二人の様子に思わず頬を緩めていた。
●闇夜を越えて
5F、高級客室前。
動いているキメラが確認できなくなったため、手の空いた傭兵達が船内を探索していた。
その結果が、獅子鷹の声で船内に流された。
『侵入したキメラの掃討を確認した。この船は助かったんだ』
「作戦終了ですね」
セレスタが安堵して、キアと視線を交わした。
どこか遠くで歓声が上がったように聞こえた。
1F、防災室。
「ありがとな、おっさん達が居なかったら‥‥俺はなんにも出来なかったよ」
自分と共に働いてくれた監視員に謝意を告げる獅子鷹。だが、この場にいる人間の中で、彼だけがキメラと直接戦っており、幾つもの傷を負っていた。
彼に土下座までさせた監視員達は、恥ずかしさに身のすくむ思いだった。
5F、ロビー。
「命の値段は貴方方が高いわけではありません、皆と一緒です。其の点を勘違い成されない様にして頂きたいと思っております」
雷光がジョージをたしなめる。
「我々が居なければキメラの餌になっていた、此れが現実です」
「フン。私がいなければ、貴様らも乗ってはない。多くの人間が助かったのは、私が依頼したからだ。思い上がるなよ、傭兵風情が」
傲慢な発言に、聞いていた武流が思わず拳を振り上げると、慌ててセレスタが制止する。
「私が怪我をしたら、護衛の担当者全てが仕事を放棄したことになるぞ! そんなにただ働きがしたいのか?」
挑発するようなジョージに、キアが歩み寄る。
「契約は信用が大事‥‥それを反故する人に情けはかけない。‥‥おわかり?」
彼女にとって、それは禁句なのだ。
「だ、だから、そっちも契約を守れと言っているんだ!」
「ええ、それはもちろん。契約‥‥ですから」
キアの冷たい視線が、今度は武流に向けられた。
「‥‥クライアントの指示は絶対‥‥御仕事の基本、かな」
「‥‥わかってるさ」
自分だけならまだしも、仲間を巻き込むわけにもいかず、武流は怒りを飲み込んだ。
2F、遊戯室。
「よくがんばったねぃ。拙僧が治療するから、もう大丈夫だよぅ?」
相変わらずゼンラーの治療は続いていた。
手の空いた傭兵達も治療に加わる。
優もそのうちの一人だった。犠牲者を悼むのは後にして、今は苦しんでいる人を救おうと思ったのだ。
傭兵達とのやりとりを忘れたかのように、ジョージは負傷者に声をかけていた。
傭兵達が動いたのも、まるで自分の手柄のように。
「君らに対しては、我が社から見舞金を出そうじゃないか」
会社の金で名声を得ようとする図太さに、傭兵達も呆れるしかなかった。
UPC軍によって、客船は翌朝には保護された。
乗員512名のうち、負傷者129名、死者47名という被害が発生した。それでも、傭兵が乗り合わせたからこそ、この程度で済んだのである。
人間的にどうあれ、ジョージがいたからというのも否定できない事実だった。
「あの異星人どもめ‥‥。この地球上から一掃してやるぞ」
ジョージ本人はバグアへの憎悪をかき立てられ、強力な兵器開発を命じるようになる。
そういう技術開発を促すことがバグアの目的だと、彼自身は理解していなかった。