●リプレイ本文
●会場前
傭兵であることを隠すという条件から、能力者達はそれぞれが別な肩書きを持って現場に向かっていた。
「技術的優劣だけで種族としての優劣をうんぬんする主張は、腑に落ちないですね‥‥」
三枝 雄二(
ga9107)はプロテスタントの牧師としての参加だ。
「‥‥興味深い論ではあるな」
フリールポライターとしての参加するホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、シモン・モラレスと偽名まで使っている。
彼はルポライターらしく、事前に風見の出身大学へ赴いて、経歴・専攻・私生活について調べたり、当時の先生や同窓生に聞き込み行っていた。
残念なあがら目立った経歴はなく、公開討論での結果に期待するしかない。
「彼は自然保護の立場で、人間に失望し、バグアに望みをかけるような経験をしたのだろうか?」
レールズ(
ga5293)はバグア研究家という肩書きで、サクリファイス(
gc0015)は環境保護派を名乗って風見を『師』と持ち上げるつもりだ。
ブレザー姿の旭(
ga6764)は、大学生でもあるため学生証も用意してきた。トランシーバーは鞄の二重底に潜ませてある。
また、サクリファイスや旭は身分を保証するものとして、ブラドダーム博士(
gc0563)に書いてもらった紹介状を持参している。どれほどの効果があるかは不明だが、万一疑われた際に時間を稼ぐ程度の事はできるかもしれない。
「ふむ、環境問題などはよく大学の講義などで聞いたものだ」
ローゼ・E・如月(
gb9973)もまた学生時代を思い出している。
「戦争をやっているからどうしようもないとは思っていたが、いやはや。こんなことをいう批評家がいるのか」
何事も勉強だと思いつつも、本当にバグア側だと判明したなら容赦しないつもりである。
地球人の側に立って戦っている傭兵達としては、批判的な意見が多いのも仕方のないことだろう。
「入場前に無線機のチャンネルを合わておこう」
潜入班である禍神 滅(
gb9271)は会場班とともに無線機を設定すると、イヤホン差し込んだ状態でポケットにしまい、目だたないようにする。
「てっきりテレビ局だと思ったんだけどな‥‥」
公開討論と聞いて期待した彼が、残念そうにつぶやいた。
収録が行われるのは、地方の文化会館だ。テレビ局よりは潜入し易いことだろう。
「侵入か‥‥昔よくやったなぁ。懐かしいね」
イタリアンマフィアの暗部に携わっていた綾河 零音(
gb9784)は、侵入作戦の経験が多くあった。暗殺などではなく、『セキュリティを掻い潜って内部に入り込む』ことだけなら、今でもゲーム的な魅力を感じてしまう。
「さて‥‥一仕事するとしますか」
●会場内
滅は正面フロアの案内板を眺め、いざと言う時の逃走経路を頭に入れておく。
彼は新人アイドル役。男装した零音はマネージャーの『綾瀬 怜央(あやせ れお)』という設定だ。
ホールへ向かう傭兵達の姿を見かけても、この場では接触を避けてお互いに無視を決め込んでいる。
人の流れから外れた二人は、周りの人間に怪しまれない様に何気なく振る舞いながら、逃走経路や人員などを確認した。
「このセキュリティは‥‥まだまだザルの範疇だね」
「借りてるだけの施設だしね」
零音も滅も侵入に関する不安はほとんどなく、仲間の一人に合図を送った。
「なんじゃい。なぜ邪魔する。ワシは討論会の参加者じゃぞ」
「ここには機材を置いているから、関係者以外立ち入り禁止なんです。会場は向こうですよ」
二人の警備員が老人を追い返そうとするが、ホールへの道順を教えても素直に応じようとしない。
「そうかい、案内してくれるか。ありがたいのう、イッヒッヒ」
案内を強要され、仕方なく一人が従い、もう一人が見送っている。
(「うまく証拠を見つけとくれよ、若者たちよ」)
囮として動いたのは、傭兵の一人であるブラドダームであった。
この隙に滅と零音が控え室へ潜入していく。
『これから公開討論を始めます』
場内アナウンスが壇上にいるゲストの名を紹介していく。
並べられたパイプ椅子は200席ほどが埋まっており、その中には傭兵の姿も混じっている。
「うまくいったぞ。こちらはこれからじゃな?」
一仕事終えたブラダドームもこの場に加わった。
「どうも、わしは『‥‥じゃ』という言い方は爺むさくて好かんな」
ブラドダームよりも年上のくせに、いや、年上だからこそ安国寺天善(gz0322)が変なこだわりを見せた。
「そのあたりは、ひとそれぞれじゃな。ヒッヒ」
年寄りが年寄り同士で話にぼそぼそと話し合っている。
潜入班であるはずの朧・陽明(
gb7292)も端の席に腰を下ろしていた。
●討論開始
『それでは、客席で質問のある方は挙手願います』
司会の言葉を受けてローズが手を挙げた。
「人類の驕りと言われれば、それまでかもしれませんが。人間という種もまた自然の一部です。我々人類の工業活動などが環境を破壊したとしても、それは自然の結果ではないのでしょうか?」
「それを仕方で済ますのかね? 環境を良くしようと努力するのが人間というものだよ」
「では、貴方の仰る自然とは何でしょうか? もし、田畑などの原風景が浮かべば、それもまた人の『造った』自然ですが?」
「もちろん、それも含まれる。私が問題視しているのは、乱開発や公害汚染についてだよ」
端の席にいた陽明が、観念的な質問をぶつけてみる。
「地球は泣いておるのかの?」
「泣いているだろうね。地球に生まれた人類が環境を悪化させているのだから。恨まれても仕方がない事だろう」
話を振るだけで聞く気のなかった陽明は、すでにホールから姿を消していた。
通路に陣取っている警備員は二人。それぞれの死角を同時について、眼前をすり抜けるというのは、さすがの陽明でも不可能な芸当だった。
滅達と一緒に行動しなかったことを後悔しても、もう遅い。
仕方なく外からの侵入を企んだ彼女は、換気のために開いていた小窓を発見した。子供では届かない高さであり、大人では入れない大きさだ。
体術を学び能力者となった彼女は、造作もなく飛びついて侵入を果たす。
次は旭が手を挙げた。
「現在、原生生物をキメラに改造して放つなど、動植物の生態系に多大な影響を及ぼしていると言われている。地球が降伏したとして、これらの対処をしてくれると言えるのか?」
「戦争が終われば対処するだろう」
「軍属でない民間人まで殺害されている。一部の地域では、民間人に爆弾を埋め込むなどの行いがあったと聞くが、大丈夫なのか?」
「それも戦争が原因だよ。だいいち、その情報が正しいとも限らないじゃないか」
呆れたことに、信憑性を理由にして風見は答えを拒んでしまった。
「優れた技術があるから、というのは根拠にはならない。地球環境を、人類を保護する理由が分からない。彼らの目的を知り、人類が提示できる彼らへのメリットがなければ、ただ踏みつぶされるだけになるのではないか。我々の未来がかかっている問題に意見を述べるのなら、まず真っ先にその具体的根拠を示すべきである」
「根拠を得るまで動こうとしないのは、怠慢というものだよ、君」
精神論で押し切ろうとする風見に、我慢できずに天善が割って入った。
「おぬしの主張は、バグアにしてもらいたいことを並べ立てた、願望の羅列にすぎん。言わば妄想だな」
「自分ができないからといって、妄想扱いとは失礼でしょう。ご老人」
「ふん。地球人に守られて平和に暮らしながら、その地球人相手に難癖つけて、金を稼ぐとは気楽な商売だな。小僧」
「失礼なっ! おい! このじーさんを追い出せ」
風見が怒鳴ると、数名のスタッフが天善に駆け寄った。
「なんだ、貴様ら! わしの話は終わってないぞ!」
できるかぎり時間を稼ごうと、天善は椅子にしがみついたり、騒ぎ立てて嫌がらせをする。
事前に追い出される可能性を指摘されておきながら、彼は追放第一号となってしまった。
滅は部屋に入るなり、捜し物の成功確率を上げるのと、罠への警戒のために、GooDLuckと探査の眼を使用する。
滅は使い捨てカメラを購入してきたが、枚数の限界もあるため、文字情報についてはメモ魔の零音に頼ることになりそうだ。
扉の開く音に振り向いた二人は、陽明の姿を目にして安堵する。
陽明が最初に想像していたような、カッシングの演説CDや反人類的な著作本等は見あたらず、手分けした三人は、携帯電話の通話記録や手帳などを覗き込み、地道な確認を進めていった。
●討論中
今度はレールズが質問する。
「我々の間で最も有力なのはバグア寄生虫説です。バグアは寄生した生命体の知識と経験を得るとも推測される。しかし、それ故にバグア自身の創造性が低いとすれば疑問は解決します。彼等は宇宙のイナゴのような存在だということです。イナゴ(バグア)がこの畑(地球)の環境を守る根拠はなんです?」
「それは前提がおかしいだろう。バグア自身がイナゴに似ていると主張したわけじゃあるまい」
「近年バグアの兵器には弾道ミサイルや、CIWS(ファランクス)など人類の兵器を模したものが登場しています。何光年も離れた恒星間移動を行える文明が、何故、隣の惑星にすら行けない地球人の兵器を真似るのか?」
「ファランクスの技術が優れているから、地球人が優秀だと主張する気かね? それならば私は、恒星間航行ができるのだからバグアが優秀だと言わせてもらおう。人殺しの道具が優秀なんて、自慢できることではないよ」
嫌味たっぷりに応じる風見へ、サクリファイスが尋ねた。
「氏の話は大変興味深い。して、バグア方も弾道ミサイル等を利用するとの話を聞きましたが、まさか知らないなどと言うことはございますまい。氏の見解はいかがでしょう?」
「地球人と同じ武器を使うのに、バグアだけが悪いと責めるのは不公平だよ」
ホアキンは取材の体裁を保ち、メモを取りながら質問を向ける。
「バグアは異星人です。価値判断の基準からして、我々地球人類とは異なるのではないでしょうか?」
「だからいいのだよ。地球人と同じでは改善されないのだからね」
次は雄二からの質問だ。
「技術的、こと純軍事的には、バグア側に優位性があるという主張には、一応賛成しておきます、ただ、向こう側の文化的、道徳的優位性というものは、皆目聞いたことがありません。 環境保護という観点から考えますと、そういったところが重要だと思いますが、そこのところ、どうお考えでしょうか?」
「では道徳的に劣悪なのかね? 地球人には環境を悪化させた前科がある。だから、別な者に任せてみようと言っているんだ」
「端的に言わせてもらえば、バグアの目的が、地球の環境資源を根こそぎする、という可能性もあります、技術の発展によって環境に悪影響が出るのは、我々の歴史が示していますゆえ、向こうがそうでない保証はないと思いますが?」
「それは地球人の歴史だろう。バグアがそれをなぞる可能性の方が低いよ」
「別な生態や別な文明を持つ異星人じゃから、違う行動と考える方が自然じゃろうな」
ブラドダームは主張を受け入れるフリをして、話を引き出そうとする。
(「ネタを洗いざらい吐いてもらうぞ、ヒッヒ」)
どうやら、親バグアに走る者の行動や考え方を知るサンプルにするつもりらしい。
雄二が神父らしい質問を口にした。
「主イエス・キリストは右の頬を叩かれたら、左の頬を出しなさいと述べられております、では、左の頬をも叩かれたら、どう対応するべきか、お聞かせねがいたい」
「私はキリスト教徒ではないが、地球を守るためなら喜んで右の頬を差し出すよ。君だってそうだろう?」
口先だけなら何とでも言えるのだ。むしろ、傭兵である雄二の方が、厳しい指摘を受けてしまう。
「では、バグアに降伏するとしたら『どのような言葉』を『誰に』かけますか?」
「ん? 『停戦したい』で十分だと思うが? 相手は誰でもかまわんだろう。有名なエミタ・スチムソンではどうだ?」
サクリファイスの質問に、風見の口から新しい名が出ることはなかった。
「仮に停戦したからといって、彼等が我々地球人類に友好的に接してくれる保証は何処に?」
ホアキンの質問に、いっそ堂々と風見が応じた。
「では、勝てる保証もないのに戦い続けているのは正しいのかね? どちらの保証もないのだから、平和的に解決しようと私は提案しているのだよ」
●討論後
討論後、控え室に戻ろうとした風見を、サクリファイスが追いかけた。
「どうしても、『師』の話をもっと聞いておきたいんですよ」
潜入班の脱出連絡を受けていないため、彼は足止めを試みるつもりだった。懐に小銃を忍ばせているため、身体検査をされると非常に危険ではあったが。
強引なサクリファイスの態度に、警備員が駆け寄ったのを確認して、滅と零音は扉の隙間から滑り出た。
逃げ去るのも怪しいため、滅と零音はあえて風見に接近して、顔つなぎ目的だと思わせてこの場を乗り切った。
少数に分かれようと、陽明は小窓から脱出を果たしていた。運が悪いことに警備員に見つかったが、目に涙を溜めて必死に耐えることでやり過ごしていた。
「証拠を見つかれば、壇上で取り押さえたかったんですが‥‥」
残念そうに漏らしたレールズに、天善が懐疑的に応じる。
「それは難しいだろう。どうとでも言い逃れはできるだろうし、あやつ個人を捕まえるより、泳がして背後関係を絞り込んだ方がいいだろう」
「軍が掴んでいない名前が出るとありがたいのですね」
サクリファイスは願望を込めて情報部の働きに期待をかけた。
「バグアと和解する可能性はゼロではないと信じていますが、対話の席に着くためにも今は戦うしかないでしょうね」
レールズ自身は、バグアが人間らしい感情を持ちそうな場面に何度か遭遇してる。だが、肝心の共存の方法は未だ見えず、内心にモヤモヤしたものを抱えていた。
「‥‥生き残れば、どちらかが滅びる以外の未来だって見えてくるはずですから」
しかし、零音にはそのような思想には反対の立場だった。
元暗部として人を『狩って』暮らしてきた彼女にとって、バグアは『新たな獲物』に過ぎない。さらに言えば、大切なものを悉く奪った、憎い仇である。
彼らと共存、ましてや傘下に入ることなど言語道断で、未だに冷静に見つめ直すことができずにいる。
「地球は妾達の友、友は自らの手で守るのじゃ」
陽明の口にした言葉は、おそらく地球人全てに共通する思いだあった。