●リプレイ本文
●内憂外患
エミタと安国寺天善(gz0322)は転移システムの微調整にかかりきりとなっていた。
その制御室へ、榊 兵衛(
ga0388)が飛び込んでくる。彼の目的は二人の手伝いなどではなく、所内に散った仲間達への援護だ。
監視カメラの映像を頼りに、彼は館内放送を通じて仲間達へ指示を送り始めた。
迫り来るワームに対し、KVの格納庫には6人が能力者が姿を見せる。
「大丈夫ですか?」
ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)が不安そうに、負傷しているD・D(
gc0959)を気づかった。
「動けない訳では無い以上、今出ない能力者に価値は無い」
彼は前回の作戦で受けた負傷を押してKVへと乗り込んだ。
『接近するのはアースクエイク2体のようだ。よろしく頼む』
兵衛の言葉を受けて、彼らは口々に力強い言葉を返した。
「エミタ様の研究の成果である私たちが、今この場を守りきらなくてどうするんですか」
そう応じたのは御崎 緋音(
ga8646)だ。
「希望を繋ぎとめる為の活路、見事拓いて御覧に入れる」
ゲシュペンスト(
ga5579)の乗るリッジウェイが先頭に立った。
「さて、ミミズ狩りと行こうか!」
高性能すぎるために実戦で出番がなかったKVも、能力者という存在を得てようやく活躍の場を得ようとしていた。
いきなり、獣兵衛(
gb4393)が遭遇したのは、人間サイズのゴーレムだった。
自慢の二刀小太刀「松風水月」が頑丈な装甲に阻まれたため、獣兵衛は攻め方を変える。
「如何に小型カラクリ人形と言えども、関節や目のセンサー、首などには効くでござろう」
狙いづらい的めがけて切っ先を向ける獣兵衛に対し、ゴーレムは力任せにハルバードを振り回して、自分の力を見せつける。
身をかがめた獣兵衛は、ひざ裏関節部に剣を突き立てた代償に、真上から振り下ろしたハルバードで、床にたたきつけられた。
さらなる追撃を、床を転がることで何とか防ぐ。
彼の戦いを止めたのは兵衛だった。
『入り口を抑えているのが、ファルロス一人だけだ。そっちの援護を頼む』
「‥‥拙者、まだまだ未熟者故、榊殿の指示に従い動き申す」
本人の戦意はくじけていないが、刀を納めた獣兵衛は身を翻した。
「時間稼ぎ‥‥ですか。この結果がどうなるかは‥‥成功してから考えましょう」
自らがすべき事はキメラの撃退だと思い定め、鳴神 伊織(
ga0421)は1Fの通路でキメラを待ち受ける。
「‥‥今は悠長に事を構えている暇はありませんね」
現れた山猫キメラを目にして、伊織は手にした小銃「スノードロップ」で銃撃を浴びせる。
山猫キメラは爪を立てて壁を駆け上り、天井から逆さまに伊織へと襲いかかった。
鋭い爪を受け止めるのは、彼女が手にした直刀・鬼蛍。
頭上から降ってきたキメラの体をかわして、彼女はスノードロップを投げ捨てる。空いた手は代わりに、機械剣「ウリエル」を握った。
爪で引き裂こうとする山猫キメラに対し、彼女の2刀を用いてキメラに応戦する。
同じく、1F通路。
霧島 和哉(
gb1893)の動きが悪いのは、キメラによる負傷が原因ではない。埋め込まれたエミタに障害が発生したのだが、彼自身が不調時のデータを取得すべきだと主張し、正常なエミタとの交換を後回しにしていたのだ。
そのおかげでエミタの完成度を高めることには成功したものの、現状ではそれが彼の足かせとなっていた。
山犬キメラの放つ咆哮から彼を救ったのは、彼が身に纏うバハムートの装甲である。
そして、彼に替わってキメラへ攻め込むのは、彼が姉御と慕うカンタレラ(
gb9927)だ。
「‥‥あは‥‥」
自身も傷を負いながら、彼女の口元には妖艶な笑みが浮かんでいる。嗜虐だけでなく、被虐だけでもなく、その双方に彼女は酔っているのだ。
能力者の中で、現状を一番楽しんでいるものは、おそらくこのカンタレラだろう。
●能力者達
研究所の心臓部とも言えるBFのSES炉には、白鐘剣一郎(
ga0184)が先回りしていた。
はやくも彼の視界には山犬キメラが姿を現した。おそらくは、真っ先に所内への侵入したキメラのうちの一体。
放たれた咆哮を受けて、剣一郎の皮膚が切り裂かれた。
「ここから先は通行止めだ。一歩たりとも通しはしない!」
SES炉を守るためにも、剣一郎にはかわすという選択肢はない。それどころか、SES炉への損害を恐れた彼は、より遠くで敵を迎撃すべく、間合いを詰めながら超機械「ブラックホール」で応戦を開始する。
「貴様らバグアと戦う為に手に入れた力だ。例え僅かであろうとも、一矢報いてみせよう」
「美紅・ラング(
gb9880)ただいま現場に到着したのである。これよりバグア軍の迎撃に当たるのである」
BFへ降りてきた美紅は誰にともなく宣言すると、倉庫から机やロッカーを運び出していく。
「クローンでもいれば、作業も簡単に進むのである」
とこぼしながらも、美紅は淡々と作業を進めていく。
SES炉を目指すキメラの足止めを目的として、急造のバリケードを設置するつもりなのだ。
階段脇の防火扉を半開きにして障壁としつつ、身を守りながらホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は超機械「雷光鞭」で応戦を繰り返していた。
「‥‥過去に転移、ね」
実現性にとどまらず、タイムパラドックスによる影響も疑問に思うところだ。歴史を改変できるかどうか、自然と興味が沸いてくる。
「さて。始まりの時は変えられるだろうか?」
好奇心や期待に思いを巡らせていたホアキンの耳に、兵衛から嫌な警告が飛び込んできた。
『ゴーレムが東階段に向かっているぞ』
所内に侵入した敵戦力の中で、おそらくは最大の敵である小型ゴーレムが、ハルバードを手に襲いかかってきた。
ホアキンは左手に握る紅炎で斬り結ぶ。
大振りのハルバードをかわして、間合いへ飛び込んだホアキンは、豪破斬撃を使った流し斬りで急所突きをしかけた。紅炎の切っ先が潜り込んだ脚部関節で火花が散る。
手応えを感じた瞬間、ハルバードがホアキンを襲う。危ういところで紅炎が受け止めたが、圧倒的な膂力で彼の体が後方へ弾き飛ばされた。
正面から対峙したゴーレムに向けて、ホアキンはアラスカ454を発砲し、カメラと思える部分にペイント弾を撃ち込んで視界を封じようと試みた。
ゴーレムに気を取られた彼は、頭上から接近した山猫キメラに奇襲を受けた。
残念ながらゴーレムに対する足止めはここまでだった。
すでにキメラの侵入を許してしまったが、わずかでも敵の増援を阻止すべく、ファルロス(
ga3559)は研究所の入り口でキメラを迎え撃っていた。
「とりあえずは、俺の相手からしてもらおうか」
先手必勝を使用したファルロスが、強弾撃を使用したM−121ガトリング砲で、群れなすキメラに向けて銃弾をばらまいていく。
キメラの数が多い分だけ彼の弾丸は分散し、戦力差は自然と広がっていく。
弾切れを起こしたタイミングで飛びかかった山犬キメラに、傍らを走り抜けた人影が挑みかかった。
「拙者が抑える間に、リロードするでござるよ」
装填を終えたファルロスは、獣兵衛が押させているキメラに砲口を向けて、蜂の巣に変えてやった。
後衛を担当する、布野 あすみ(
gc0588)のビーストソウルと、D・Dのスピリットゴーストは、左右に広がって地殻変化計測器を設置する。
前衛となる4機側でも、緋音の雷電とシャーリィ・アッシュ(
gb1884)の翔幻が、間隔を空けて計測器を取り付けた。
「これで地中からの接近を探知できるはず」
つぶやいたシャーリィは、ただ接近を待とうとせず、地表に向けて強化型ショルダーキャノンを発砲し、振動で敵を誘い出そうと試みた。
同じ目的で、ロゼアもまた強化型ショルダーキャノンを、D・Dは固定武装の200mm4連キャノン砲を地面に撃ち込んでいく。
「南西40mにEQAを発見」
後方で計測器をにらんでいたあすみが、ターゲット補足を告げる。
「出現まで‥‥3、2、来る!」
地を割って頭部を突き出したアースクエイクを視認して、シャーリィがブーストを噴かせた。
「初撃で‥‥流れを掴む!」
装輪走行で土煙を巻き上げた翔幻が一気に間合いを詰めた。直前で機体を回転させると、遠心力を乗せてヒートディフェンダーを叩きつける。
反対側からほぼ同時に攻撃を加えたのは、ゲシュペンストのリッジウェイ。試作型機槍「アテナ」がアースクエイクの胴体をえぐった。
拘束を試みたロゼアのスパークワイヤーだったが、胴体やブレードをくねらせることでアースクエイクは糸をふりほどいてしまう。
「‥‥止める‥‥なんとしても。これ以上の絶望はいらない」
シャーリィはヒートディフェンダーを手に格闘戦を挑んだ。
●バグア猛攻
「もう一体も、引きずりださないとな」
D・Dが別な地点へ砲撃を加えて、ワームの誘い出しを行う。
前衛達の下をすり抜けたはずの2体目は、より近い地点で地上へと這いだしていた。
あすみはプラズマリボルバーを向けると、積極的に弾丸を撃ち込んで牽制する。
「ほら、こっち。あんたの相手は、このあたし!」
負傷したD・Dを矢面に立たせるわけにはいかないため、あすみは注意を引きつけようと試みる。
剛装アクチュエータ『インベイジョン』Bで移動力を引き上げると、敵の至近距離へ踏み込んでいた。
ビーストソウルの装甲を削るブレードに狙いを定め、あすみは膝蹴りと肘鉄を浴びせた。同時に2点へ攻撃を加えたことで、てこの原理が働きブレードが根本からへし折れる。
「あんたの武器、いただき。自分の刃に討たれてもがけ!」
突き立てようとしたブレードだったが、残念ながら赤い障壁に阻まれてしまう。
代わりに体表をえぐったのは、ナックル・フットコートγによる拳であった。
D・Dもまた、守られる状況に甘んじているつもりはなく、スナイパーライフルD−02であすみを援護する。
しかし、後衛側は戦力が乏しく、破綻はすぐ近くにまで迫っていた。
制御室に接近するキメラを発見した兵衛が、マイクを通じて皆に告げた。
「しばらく指示が出せなくなる。その間は各自で対応してくれ」
天善に対する疑念は晴れていないものの、今はこの場を切り抜けるのが先決だと兵衛は決断する。
「この場は頼む。俺が出たらすぐに鍵をかけてくれ」
「まかせい」
鳳煉槍を手に部屋を出た兵衛は、通路を走る獣の足音を耳にする。
「ここから先へは一歩も進ませる訳にはいかぬ!」
壁や天井を足場に攻め込んでくる山猫キメラに対し、彼の振り回す槍は壁のように隙間無く空間をふさいで壁となった。
山猫の爪に皮膚を裂かれながらも、槍の穂先はキメラの体により多くの傷を刻む。
「戦うことしか出来ぬ俺にとっては、最後の見せ場になるかも知れぬのでな。悪いが付き合って貰うぞ」
赤銀の刀身がキメラの胴体を串刺しにして、壁へと縫い止めていた。
しかし、兵衛の希望に添うかのごとく、次なるキメラがこの場に姿を見せていた。
山犬キメラの体当たりを受けたカンタレラは、扉ごとホールへと押し込まれていた。
「やらせ、ない‥‥よ‥‥誰にも!」
後続のキメラを押しとどめようと、和哉はSMG「スコール」を撃ち続けた。
爪を立ててしがみつこうとする山猫キメラに対し、彼は機械剣「サザンクロス」を手に応戦する。
「‥‥このォォ!!」
彼の願いを具現化するように、まばゆいレーザーの刀身が生み出されて山猫キメラの爪を防ぐ。
しかし、もとより体調不良だった和哉は、キメラの群れに押し負けて、カンタレラと同じくホールへ転がり込んでいた。
見ると、山犬の牙をプロテクトシールドでふせいだカンタレラが、がら空きとなった首筋を機械剣「莫邪宝剣」で斬り裂き、とどめを刺したところだった。
キメラの群れを見て、閃光手榴弾を使おうとしたカンタレラだったが、手元に無いことに気づきほぞを噛む。
そこへ、新たに入り口から駆け込んできたのは伊織だった。彼女はキメラの後方からソニックブームを放って山猫キメラへ斬りつける。彼女の手にする二振りの刃が風切り音とともに相手を屠り去った。
広いホール内で、3人の傭兵と4体のキメラが乱戦状態に突入した。
戦いの中で、視界に映った制御室へ意識が引かれたカンタレラは、そのことに気がつく。
ホールの壁に爪を立てた山猫キメラが、見下ろす位置にある制御室へ這い登っていたのだ。
「‥‥私は彼女の傍にはいけない、それは他の人に任せます」
エミタの苦労を間近で見てきただけに、緋音は彼女の成功と安全を願っていた。
「だけど‥‥私はこの『力』を使って、エミタ様に近づく害を一つでも多く取り除いてみせます!」
彼女はアースクエイクの鼻先でゼロ・ディフェンダーを振るい注意を引きつける。
「前に進む力が強いほど横からの力には弱いってな!」
リッジウェイが横腹めがけて試作型機槍「アテナ」を突き立てた。ゲシュペンストは槍で動きを封じたまま、零距離でガトリング砲の20mm弾を撃ち込み、さらに追撃をかけた。
「究極! ゲシュペンストキィィィック!」
脚部のレッグドリルがうなりを上げて、アースクエイクの体をえぐる。
「後衛も心配です。なんとか、このアースクエイクを‥‥」
ロゼアの3.2cm高分子レーザー砲と、シャーリィのMSIバルカンRが同時に火を噴いた。
身をよじったアースクエイクが、眼前に来た翔幻を牙にかけた。メキメキと装甲がひしゃげる音と、火花が散る炸裂音を、シャーリィは耳にする。
シャーリィは動かなくなった機体を諦めて、巨人達が暴れる戦場に身を晒した。彼女は自分に残っている力を活かそうと、研究所へ向かい竜の翼を使って走り出した。
●生死の境
甲高い音と共にガラスが割れ、制御室へ山猫キメラが飛び込んできた。
破片を浴びて倒れたエミタをかばいつつ、天善はスパークマシンαを山猫キメラに向ける。錬成強化と錬成弱体を駆使ししてようやくキメラの息の根を止めた。
「おいっ! 何があった!?」
異変を察して駆けつけた兵衛は、天善に鍵を開けてもらいようやく状況を把握できた。
エミタは天善の錬成治療でなんとか命を取り留めたようだが、失血により顔色が真っ青だった。
「転移計画に踏み切らせようとして、敵の攻撃を誘ったのだがな‥‥」
暴露する天善に兵衛が怒りの視線をぶつける。
「わし自身が過去へ行って研究を続けるつもりだったが、この状態ではエミタに装置の調整はできんだろう。エミタをホールへ連れて行け。わしが過去へ送ってやる」
「信用してもいいのか?」
「信用するしかあるまい?」
質問に質問で返され、兵衛は舌打ちを漏らしつつマイクを握った。
「ホアキンと伊織は制御室に来てくれ。エミタをホールまで移動させる」
「‥‥おぬしはどうするつもりだ?」
天善の前で「スノードロップ」を引き抜いた兵衛は、先ほどのようにホールの壁を駆け上ってきた山猫キメラを撃ち落とした。
「決まっている。この制御室を守り抜く」
バリケードを押しのけようとするゴーレムへ、美紅は屠龍銃「滅火」を向ける。銃口から吐き出された貫通弾が、次々とゴーレムの装甲に穴を穿つ。
制圧射撃で敵の動きを制限し、彼女は突貫した。水平に振られたハルバードをかいくぐり、装甲が開き気味の下方から貫通弾を交えてブリットストームを撃ち込んだ。
こちらの状況に気づいた剣一郎もこちらへ駆けつけた。
「天都神影流、白鐘剣一郎‥‥推して参るっ」
愛用の月詠を抜刀し、彼は鍛え上げた剣技でゴーレムに挑んだ。
「天都神影流・降雷閃っ」
彼の豪破斬撃は、雷のように頭上からゴーレムの頭部を襲った。
「天都神影流・斬鋼閃!」
鋼をも断たんとする攻撃が、ゴーレムの急所めがけて一閃する。
それでもゴーレムのハルバードの動きは鈍ることなく、暴風となって吹き荒れていた。
「さすがに手強いか」
動きは早くないが、その膂力はさすがに脅威と言えた。
美紅の制圧射撃で動きの鈍ったゴーレムに、剣一郎も決着をつけるべく剣を向けた。
「‥‥天都神影流『絶技』剣嵐舞闘」
紅蓮衝撃と豪破斬撃を併用した彼の切り札が炸裂する。渾身の一撃を繰り出しながらも、見事な残心が次の一撃を可能にする。
続けて繰り出されたのもまた『絶技』剣嵐舞闘。そして、3撃目。さらに4撃目。
その数は8連撃にまでおよび、ハルバードを振り上げたゴーレムは、糸が切れた操り人形のように地に倒れ伏した。
研究所へ向かおうとしたアースクエイクを見て、あすみは防御すら忘れてビーストソウルをしがみつかせた。
「い、行かせない。絶対行かせない!」
多くの攻撃を受け続けた彼女の機体は機動性が明らかに低下しており、アースクエイクが身をよじった拍子にふりほどかれてしまう。
さらに、一本のブレードがビーストソウルの胴体を貫いた。運の悪いことに、その刃はコクピットを通過しており、操縦者の腹部を切り裂いていた。
「ま、負けない、んだから‥‥。あんたら、なんか、に」
あすみは血を吐きながらも最後の力を振り絞る。
指された状態のままビーストソウルは前進し、ブレードをさらに深く突き刺すことで抜けないようにするつもりだった。
さらに、ナックル・フットコートγで両の拳を撃ち込んで、しがみついた体勢で関節を固定させる。あすみ本人が解除しない限り、この機体はアースクエイクの重石となってくれるはずだ。彼女にできるのはここまでであった。
あすみの覚悟を目の当たりにし、今度はD・Dが囮を引き継ぐことになる。
ブーストを駆使してなんとかアースクエイクの牙を回避する一方で、アースクエイクの注意を引くためにR−P1マシンガンで銃撃し続ける。
距離を保っていたスピリットゴーストに、突進しようとしたアースクエイクへ向けて20mm弾が叩き込まれる。
「お前の相手は俺達だ!」
リッジウェイに続き、ようやくEQAを撃破した3体がこちらへ到着した。
「今度こそ‥‥」
ロゼアのシュテルンがスパークワイヤーを放つ。今回も拘束を目的としたものだが、先ほどと違って彼女は成功を確信していた。
ワイヤーが絡んだのはEQBの本体ではなく、元操縦者に従って体表に取り付いているビーストソウルだった。2体のKVが重しとなって、明らかにアースクエイクの進撃は鈍る。
ロゼアはPRMシステムを稼働させて知覚力を引き上げると、EQBに向けて3.2cm高分子レーザー砲を照射する。
「ふふっ、もう逃がしませんよ。これに‥‥耐えられるかしらっ!?」
雷電を接近させた緋音は、零距離にてスラスターライフルの銃弾を撃ち込んでいく。
これはシャーリィのための敵討ちでもある。
D・Dもゲシュペンストも加わって集中砲火を浴びせた。
●時間遡航
2刀を手にキメラを斬り捨てて、道を切り開く伊織。それに続くホアキンは、傷を負ったエミタを両腕で抱え上げて、1Fホールを目指していた。
進路を塞ぐように姿を見せたのは、キメラ達の猛攻に押されて後退してきたファルロスと獣兵衛だった。
「エミタさんはもう長くありません‥‥」
伊織に促されて、エミタに視線を向けた二人が表情を引き締める。
目に見える範囲に居る人は絶対死なせたくないと願っていたファルロスは、無念さに唇を噛みしめた。
「それなら‥‥、せめて彼女の願いだけでもかなえないとな」
自分が盾となってでも、エミタを送り届けようと決意する。
「獣兵衛もそれでいいのか?」
傍らでやる気を見せる仲間に問いかけた。
「拙者も不器用な生き方しかできんでござるからな。精いっぱいに能力者として動くでござるよ」
「なら、行こうか」
ファルロスは貫通弾を装填済みの小銃「シエルクライン」を引き抜き、獣兵衛は「松風水月」の2刀を構えてキメラへ突撃していった。
背後の仲間を守るためにも回避するわけに行かず、ファルロスはガトリング砲を盾代わりに山犬キメラの咆哮を受け止めていた。
伊織とホアキンはエミタをかばいつつ、その後方を走り抜ける。
この場に残った二人は無茶な行動の代償として、進退きわまった状況で戦い続けねばならなかった。
だが、キメラ達の後方から援軍が駆けつけた。
「ミカエル」に身を包むシャーリィが、竜の爪を付与したバスタードソードで山犬キメラを横殴りに斬りつける。
獣たちに動揺が走るのを見逃さず、獣兵衛とファルロスは攻勢に転じていた。
過去への転移を行うのは、エミタとホアキンだ。
(「過去に調整が可能な研究所は無いでしょうし‥‥。転移してもエミタのメンテナンス不足になるでしょう」)
転移後へ思いめぐらせ、伊織は不安を拭えなかった。だからこそ、過去へ向かう二人の勇気を尊いと思うのだった。
しかし、能力者達い別れを惜しむような余裕は許されなかった。
(「‥‥ありがとう、エミタ。貴方のお陰で、私は自分の望みを叶える事が、出来た」)
駆け込んできたキメラに応戦しながら、カンタレラは感謝の思いでいっぱいだった。地球人の敵であるキメラと戦えるだけの力を得られ、こうして存分に力を奮うことができるのだ。
「恩に報いるためにも‥‥、過去へと送り届けなくちゃ、ね」
山犬が頭を向けた先を確認し、和哉は竜の翼で即座に回り込む。エミタが受けるはずだった傷を、代わりに和哉が引き受けることとなった。
「こんな、所で‥‥。いや、生き残るん‥‥だ。絶対、に‥‥!」
己が家族の笑顔を絶やさぬために。彼の『ココロからの願い』に応えた機械剣「サザンクロス」は、噛みつこうと飛びかかった山犬へ向かって走る。水平に振り抜いた機械剣は、山犬キメラの首を両断した。
しかし、彼の生きたいという願いはかなわずに終わった。
「まだかっ! 天善!」
和哉が眼前で倒れたのを目にして、さすがのホアキンも声を張り上げた。
「もうすぐだ。少し待て!」
制御室からも怒声が返ってくる。
舌打ちしながら、ホアキンはアラスカ454でキメラへ追い払おうとする。
伊織を押し倒した山猫キメラに、後背から銃弾が撃ち込まれた。
「できる事なら、人が過去に飛ぶ現場を見てみたいと思ってたんだ」
聞こえてきた声の主はファルロスだった。
残存する4機のKVがキメラの掃討に移ったため、敵の侵入が絶たれてこちらへやってきたのだ。
「よしっ、いけるぞ! 60秒後に稼働だ!」
天善がカウントダウンを始めていく。
ホアキンとエミタの傍らに、駆け寄ったシャーリィが並んだ。
「私も飛びます。‥‥どの道長くない‥‥違う歴史のために死ぬも一興です‥‥」
キメラはまだ2体も残っていたが、能力者が4人もいれば無事に倒せることだろう。
「5、4、3、2、1、0!」
装置可動の瞬間、まばゆい光が放たれた。これでキメラの目を眩まさられたのは、思わぬ福次効果と言えた。
キメラを打ち倒したホール上に、エミタ達3名の姿はどこにもなかった。
「最後の希望をこのまま無に帰す訳には行かぬからな。せめてこの身に代えても時間を稼がねばなるまい」
天善に告げた通り、兵衛は制御室の外で戦い続けていた。
低い姿勢で迫る山犬が、兵衛の右膝に噛みついて音を立てて関節をかみ砕く。
うめき声を漏らしつつ、兵衛は垂直に立てた鳳煉槍に体重をかけ、真上から山犬キメラの胴体を貫いてやった。
兵衛は応戦する力をほとんど失いながらも、扉に立ちふさがり、1秒でも長く制御室を守ろうとする。
『成功だ。‥‥転移に成功したぞ! カカカカカ』
誇らしげな笑い声が研究所内に響き渡った。
「‥‥これで良い。‥‥最後の希望は繋がるはずだ」
扉一枚隔てただけの兵衛も、館内放送越しにその事実を知らされた。
「‥‥この時代ではバグア共に破れはしたが、‥‥エミタを得た過去の俺たちがバグア共に一泡吹かせてやれるのなら、ここで倒れるのも悪くないかもな」
天善の声は、KVで戦っていた仲間の元にも届いていた。
「‥‥人類は勝利への道を手に入れた、か‥‥。ならば守ってくれ‥‥世界を、私の故郷を‥‥」
D・Dは過去へ向かった仲間に、現在と未来を託すのだった。
天善だけでなく、能力者だけでなく、地球に生きる皆に喜びをもたらすために。
●始まりの終わり
天善の座標設定がどれほど完璧だったかは、転移した人間達にはよくわかった。
彼らが目にしたのはSPに囲まれた一人の老科学者だった。
テレポートでもしたかのように眼前に出現した4名を見て、SP達は取り押さえようとするがそれがかなうはずもない。
彼らのうち2名は能力者なのだから。
「おっと、落ち着いて俺達の話を聞いてもらおうか」
「地球人同士で争う意味はありません。地球のために大切な話をしにきました」
たった2人によってSP全員が制圧されてしまう。
彼らの行動よりも、口にする内容よりも、傍らに倒れる女性の存在に、老人は意識を奪われていた。さらに、彼女が重傷を負っていることに気づいて狼狽を見せる。
「あなたに‥‥聞いて欲しいことがあるの‥‥」
エミタは弱々しい声で、命の続く限り己の知る事実を告げる。
それは、消滅するはずの彼女たちの過去。そして、辿っては行けない未来の話であった。
この遭遇からしばらくして、トマス・スチムソンは『エミタ』の移植技術を大々的に発表する。
これが、バグアへ反抗する反撃の狼煙となるのだ。
それから、3年の月日が流れた――。
何人かの傭兵達の元へ手紙が届いた。
「‥‥一体何が目的なんだ?」
「本人に聞くのが一番早いのである」
首を傾げた剣一郎に、美紅は単純な解決策を口にする。
「まあ、ただメシが食えるなら、文句はないがな」
即物的な天善の台詞に、集まった傭兵の何人かが頷いていた。
彼らは届けられた招待状の指示に従って、こじんまりとした三つ星レストランを訪れていた。
「店には名前が通っているらしいし、間違いじゃなさそうだね」
和哉が口にしたとおり、全員の席が予約されており、16名の傭兵達がテーブルを囲んでいる。
「私としては差出人の方が気になります」
「本物なのか?」
伊織と同じような疑問をゲシュペンストも感じたようだ。
「‥‥でも、偽物とも考えづらいです」
ロゼアが推測を口にする。
その疑念は、当人が姿を見せたことで氷解する。
彼らを招いたのは、歴史的な偉人とも言えるトマス・スチムソンその人であった。
「招待に応じてくれてありがとう」
謝意を告げながら、トマスは感慨深そうに皆の顔を眺めた。
「俺達が呼ばれたんはなんでだい?」
ファルロスが物怖じせずに尋ねていた。
「今日この日に、君らに感謝の言葉を告げたかったのだよ」
トマスも伝聞で知るのみだし、傭兵達にとってはなんの心当たりもない。しかし、架空の未来、あるいは、異なる世界では、ある重要な分岐となった日なのだ。
トマスの招待を蹴って立ち去るなど許されるはずもなく、饗される料理は絶品揃いのため、傭兵達も覚悟を決めて舌鼓を打っている。
テーブルの様子はカメラで撮影され、別室にいる2人の人物が眺めるモニターに映し出されていた。
2人にとっては非常に懐かしい面々だったが、2人は彼等や『本人』との面識が無く、関わることも許されない立場にあった。トマスのおかげでエミタのメンテナンスも可能となったが、未来から過去へ戻ってきた2人には戸籍や知人もなく、様々な面でトマスの援助を受けていた。
多くのものを失って、この時間軸にやってきたが、2人に後悔など無かった。
地球陣営がバグアと互角に渡り合っている『現在』は、失った同僚達と共に夢見た『未来』なのだから。