●リプレイ本文
●望むのは戦いか、それとも‥‥
「うなぎ‥‥、夏の味覚で高級品ですよね。きっと美味しいものが食べられると思いまして‥‥」
うっとりと想像する沢渡 深鈴(
gb8044)は、持ち帰って恋人と共に食べる場面までも思い描いた。
「うなぎ食わせろうなぎ。まぁ夏だし、うなぎくらい食ったっていいじゃない」
「鰻ニャ! 退治してひつまぶしにして食べるニャ〜☆」
期待感を露わにしている龍鱗(
gb5585)とアヤカ(
ga4624)。
アリス・ターンオーバー(gz0311)にはわかりかねるが、退治後を楽しみにしている人間ばかりがそろっていた。
「うなぎか〜。今の時期だと美味しいよね〜。何か大きいみたいだし料理をするのが楽しみだ〜」
矢神小雪(
gb3650)は手にしたフライパンを熱心に磨いている。
「能書きは良い‥‥、捌かれてくれ。‥‥で、鰻は何処だ?」
調理人魂に火がついている周太郎(
gb5584)の第一声。
「いや、冗談だ‥‥。しっかり料理する為にも綺麗に狩らねばな」
「鰻か‥‥」
夜十字・信人(
ga8235)が暗い表情で川面を見つめる。
上半身は黒ジャケット、下半身は水着という服装が、陰のある表情との組み合わせでシュールな雰囲気を醸し出していた。
彼は、鰻の養殖に手を出し、断念した過去がある。鰻のぬるぬるを『アレな悪戯』へ利用したかったのに、粘液には人体に有害だという事実を知ってしまったからだ。
「‥‥そう言えばよっちー、鰻に怨みでもあるのか? その様子」
「逆恨みする気は無い。‥‥だが、容赦はせん」
周太郎に答えた信人の瞳に、ほの暗い炎が揺らめいた。‥‥本人がどう言おうと、やっぱり逆恨みと言えよう。
「はっ!? あ‥‥ち、違いますよ。食い意地だけではありません‥‥!」
我に返った深鈴が弁解する。
「キメラ退治の自覚はあります! 皆さんと一緒に美味しくいただくために頑張ります!」
どちらにせよ、ゴール地点に変わりはないらしい。
持ち込んだキャンプ用のテントを張って、ラフィール・紫雲(
gc0741)が手早く着替た。
身につけているのは、いつもと同じスイレンを模した眼帯と、水色と白のモノキニ。
「手持ちがこれしかなかったですけど、派手すぎましたかね?」
先ほどまでノースリーブのワンピースで締め付けていたためか、少しばかり胸が大きくなったように見える。
テントを借りて、女性陣も次々に着替えを終えていく。
アーシュ・シュタース(
ga8745)もマントやドレスを脱ぎ捨て、紫色のビキニ姿になった。
「水着は恥ずかしいですので‥‥、なるべく露出の低いものを‥‥」
深鈴の水着は、上が長袖ラッシュガード風、下はハーフパンツタイプだった。大切なペンダントとブレスレットは少し悩んだが、外さないことに決めた。
大胆な水着を『布きれ』と称することがある。そして、アリスにとっては、姫川桜乃(
gc1374)が着ているのは、比喩を抜きにして『ただの布』にしか見えなかった。
「‥‥水着が買えなかったの?」
「漁って言ったら褌だもの。上はさらしね。溺れた時なんかは、褌の部分を持って持ち上げられるし、意外と機能的なのよ」
桜乃は日本文化を堂々と主張する。
ちなみに、アリス本人はライム色のビキニ姿だ。
「うなぎだけど相手はキメラよね‥‥油断は大敵。引き締めていくわよ!」
「ウナギだから血には毒があるのかしら。キメラだから毒性が強いとか言わないわよね?」
桜乃の言葉を受けて、アーシュがあらためて思案する。
(「というか、普通に食用にできるキメラをよくみかけるけど、本当にバグアは何を考えてるのか分からないわね」)
「家庭的に見えないでしょうが、実はお料理得意なんですよね」
そう口にしながら如月 葵(
gc3745)は、ナイフで木の枝を削っている。串を自作するその様子は‥‥。
「まるでサバイバル、ですね」
「はいよ、頼まれてたタレ」
龍鱗が葵の傍らに一本の水筒をおく。
ある意味において、今回の依頼でもっとも重要な品と言えた。
それは‥‥蒲焼きのタレである。
●うなぎの群れと傭兵達
「出来るだけ傷つけないように、ってことは迂闊に武器使えないわね」
アーシュが口にしたのは、食材と考えている彼等に共通した認識だった。
龍鱗やラフィールは網を準備できなかった事を悔やみながら、川の中央へ泳ぎ始めた。
ウナギを追い立てる彼等に続き、狩るための班も川に足を踏み入れる。
しかし、周太郎は浅瀬に陣取って動こうとしなかった。
「悪く思うな、俺は泳げんのだ」
彼は同じく残っていた深鈴に視線を向けた。
彼女はウナギを追い込むために、石で囲いを作ろうと奮闘中だ。
手の届く範囲にウナギがいないため、周太郎も彼女と共に土木作業に精を出すことにした。
「ほらほら、そっちに行っちゃ駄目だってば」
ウナギに思い入れのないアリスは、いささか乱暴に銃弾を撃ち込んでウナギを誘導する。
「鰻の血は猛毒ニャから、倒したときとか捌くときに付いた血がついた手で目をこすっちゃ駄目ニャよ〜! 口に入れたりはもちろん、ケガしてる人はその鰻の血には要注意ニャ!」
退治班に加わる者として、アヤカが仲間に念を押しておく。
「粘液もだ」
信人も言わずにおられない。
傭兵達の奮闘を前に、腐ってもウナギ‥‥いや、キメラなので、当然のごとく反撃してきた。
狙いすぎたのか、二人はウナギに先手を奪われる。
「ニャニャニャニャ〜ッ!」
電撃を受けて、アヤカの猫耳や尻尾の毛が逆立った。
「水の中では、流石に電撃は利くな。だが」
信人がソニックブームを派手に水面に打ち込み、ウナギを牽制する。
身体に絡みつかれた桜乃は、もうなりふり構っていられずに、アロンダイトで容赦なくウナギをバラバラにする。一匹のウナギは虚しく川底に沈むこととなった。
調理道具は安全な場所においてきたはずなのに、小雪の装着したミカエルはフライパンを握っている。彼女の特注品、フライパン・アサルトはれっきとしたSES搭載兵器だった。
「水の中だろうが小雪のフライパンは場所を選ばず調理してあげますよー」
彼女はしゃがみこむと、すくい上げるような攻撃を加え、返すフライパンで頭部に一撃を加えた。
「ひぅっ!? こ、この‥‥ぬるっと、どこに潜り込もうして‥‥ひゃぃぃぃい!?」
悩ましい姿態でウナギを押さえ込むアーシュに、
「今の俺は、修羅だ。鰻を狩る修羅だ」
信人は念仏の様に繰り返して自制を試みる。
彼がウナギに望んでいた状況が実現したというのに、今はそれを投げ捨ててウナギを始末せねばならない。なんという、運命の皮肉。なんという、世界の不条理か。
「っぁ!? び、ビリッと‥‥ちょ、私が我慢してるんだから、さっさと首落としなさいよ!」
アーシュに怒鳴られた信人が、両断剣とともにカトラスを振るって、ウナギの頭部を斬り飛ばした。
ラフィールを襲ったウナギはさらに質が悪い。
「きゃ! キメラが水着の中に! うーりん君ー取ってください!」
懇願されても、男の身としてはさすがにはばかられる。
「取ってくださいよ〜!」
躊躇していた龍鱗も、涙目で押し切られてしまう。
「‥‥あぁ、もうしょうがねぇ、動くなよ?」
両手で引き剥がしたまでは良かったが、発電されてしまい龍鱗の身体に痺れが走る。
「しゅしゅしゅ周太郎‥‥」
「‥‥何だ?」
突然の呼びかけに、こちらを振り向く。
「ななな投げるぞ」
「‥‥投げる?」
了承も得ずに、龍鱗はそれを放り上げた。
周太郎は抜刀・瞬でパイル「犀牙」に持ち替え、空中で身をくねらせるウナギに一撃を加える。
とっさのことで狙いが狂い、水中へ逃がしたウナギをアロンダイトで葬った。
「ちゃんと食えるかー?」
『‥‥少しでも残ってれば良いんだろう』と言い返したいところだが、泥水に埋まったのは遠慮したい。
「次はどうするー?」
「今度ははずさん」
挑発的に問われて、周太郎は再挑戦を望んだ。
「いくぞー、ちゃんと狩れよー」
次のウナギをひっつかまえて、龍鱗が再び放り投げる。
「これで‥‥串刺しだッ!」
狙い澄ました杭の一撃が、ウナギの頭部を確実に貫いた。
注目の金色ウナギは、確実に仕留めべく三人がかりで、深鈴特性の石囲いへ追い込んでいく。
「この時を待っていました」
満を持して出迎えた深鈴は、ウナギに錬成弱体をかける一方で、桜乃達に錬成強化を施した。
漬物石位の大きさの岩を抱えた葵は、大きめの石めがけて叩きつける。
「放浪時代、道具が無かったのでこの方法でお魚を捕まえていました」
衝撃が波紋とともに水中を広がり、金色ウナギがプカリと浮いてきた。
世に言うガッチン漁法。禁止されているところもあるのでご注意を。
アヤカが拾い上げるより早く、ウナギは目を覚まして暴れ始める。
「もう一度頼むニャ」
請われた葵が再び石を振り下ろす。
キメラだけあって耐性が高いらしく、もう一度どころか、気がつくたびに何度も岩を打ち鳴らす羽目になる。
電撃以外で手を痺れさせたのは、葵一人だけだ。
アヤカが機械剣「莫邪宝剣」でウナギの首筋へ斬りつけると、身もだえしたウナギが粘液で石の壁を這い登ろうとする。
それを許さなかったのは、桜乃の機械剣β。その一撃が、ウナギの首を斬り飛ばした。
●土用の丑の日
乾いた服に着替えても、彼等にはまだ一仕事残っている。
「待ってました! 小雪ちゃん〜。私にも何か手伝わせて」
桜乃だけにとどまらず、料理長的立場の小雪は皆から指示を求められた。調理師免許を所持し、飲食店を経営しているのは伊達ではない。
「少しでも美味しいものを作れるようになりたいので‥‥」
深鈴は技術を盗む気満々だった。
「アーシュさんはどうするの?」
「い、一応料理出来なくはないわよ。小さい頃から自炊してたしね。食べれなくはないでしょうけど、味までは保証しないわ」
不安を誘う説明を受けて、小雪は手伝いに回るよう申し渡した。
「矢神さん、天ぷらを作りたいんだが、コンロなんかを借りていいか?」
彼女の了承を得て、龍鱗は道具一式を借り受けた。
「‥‥見事までに傷ついて無い」
桜乃は満足げにウナギを眺めるが、姿焼きにしようにもこの長さでは焼くのが困難だ。残念ながら切り分けるしかない。
「アリスさん、手伝って頂けますか?」
「あたし? やったことないよ」
葵の誘いに驚きの表情を見せる。
「自分で調理した物なら、食べやすいかもしれませんしね」
にこやかに誘われて、アリスも調理に加わった。
「目打ちをします。首を刎ねているので、通常とは少し位置が違いますね」
エラの後ろの背骨に当たる辺りまで切れ込みを入れ、背骨に沿って少しずつ開いていく。
「‥‥こう?」
おぼつかない手つきなので、葵は手取り足取り教えていく。
「内蔵を傷つけない様に慎重に‥‥。つぎは、切れないように気をつけながら、背骨を外します」
背骨の少し上から、斜めに背骨に沿って刃を入れ、少しずつ尾の方に向かって刃を進める。
鰻は焼き方も捌き方も東西で違うものだ。
アヤカは捌き方も焼き方も、今回は関西風にチャレンジするつもりだった。
「串打ち3年、裂き8年、焼き一生って言うから、素人が上手く捌けるとは思えないニャが、何とか焼いてみせるニャ☆」
ウナギを火であぶり始めると、煙と共にいい匂いが立ちこめる。
「鰻で炊き込みご飯をやってみるのもアリか?」
「あたいはひつまぶしが食べたいニャ☆」
飯ごうでご飯を炊いている周太郎へ、アヤカが要望する。
「ならばそれで」
「ネギ、海苔、山葵の薬味もあるし、土瓶には鰹出汁も入れてあるから、鰻を刻んでごはんに載せれば‥‥完成ニャ☆」
「美味しそうですね〜」
盛りつけを手伝ったラフィールが、楽しげに料理を並べていく。
うな重。
うなぎと夏野菜のさっぱりうどん。
ひつまぶし。
うなぎの天ぷら。
うなぎの骨のカリカリ煎餅
う巻き。これは、うなぎの蒲焼を厚焼き玉子で巻いたものだ。
そして、飲み物各種。
龍鱗がもう一本の水筒を出して、小皿に天つゆをついでいった。
「そう言えば、金色のうなぎはどうなったんだろう?」
「みんなが食べられるように切り分けてうな重にしてるよ〜」
桜乃の疑問に小雪が答えた。
「全体がキツネ色に、皮も少し焦げた位まで焼いて完成です」
葵に手伝ってもらったものの、手際の悪いアリスはようやく仕上げに取りかかる。
「タレをつければ完成です」
「じゃあ、食べようか?」
「あの、私は食べられないんです」
「自分で調理したのに?」
誘われた時の言葉を思い返し、はてなとアリスが首を傾げる。
「食べる度に骨が喉に刺さるので、トラウマになってしまって‥‥」
葵が隣で鯉を捌いていたのはそれが原因だ。ガッチン漁法は彼女にありがたい余録を授けてくれたのだ。
「そしてこれが、よっちー専用メニュー」
小雪が信人の前に並べたのは以下のとおり。
うなぎのカレー。
うなぎの骨煎餅サラダ。
うなぎアイス。
サルミアッキ。
彼女が信人に恐れられるのは、このあたりが原因だろう。
「うぁ、本当にうなぎパフェ作ったんだ‥‥。よっちー頑張ってね‥‥」
「‥‥‥‥」
桜乃の励ましにも信人は絶句したままだ。
(「少なくとも、サルミアッキはウナギ料理ではない」)
心中でつぶやきながらも、信人は拒むことなく、黙々と食べ続けた。
「酷い目にあったわね〜」
アーシュは戦闘時の鬱憤を晴らすかのごとく、食材となったウナギとの格闘を開始した。ちまたではこれを自棄食いという。
「土用の丑の日ニャ☆」
みゃ〜☆
アヤカに応じるように、籠の中から小さな鳴き声が聞こえる。
「最初はそのまま、二杯目は薬味、三杯目はだし汁かけて〜☆」
味の変えつつ、アヤカがひつまぶしを堪能する。
「うまうまニャ〜☆」
みゃ〜☆
籠の中では、白猫のだいふくと茶色い仔猫のきなこがウナギの骨にかじりついていた。
「小雪ちゃんはいい御嫁さんになりますね〜」
舌鼓をうちながらラフィールが賞賛する。‥‥信人は同意しかねるようだった。
「そういえば、うなぎ持って帰るとかいう話があったような‥‥」
「本部の人への土産分は切り分けるのか?」
龍鱗と周太郎の気配りに、肝心のアリスが視線をさまよわせる。
「‥‥あっ! うん。しのぶさんに持って帰らないとね」
すっかり忘れていたようだ。
騒がしかったこの依頼を、桜乃の一言が締めくくる。
「こうして、うなぎ祭りは幕を閉じるのであった」