●リプレイ本文
●説明の補足
「榊さん。世の中にはバグア災害に対応する保険があります。今回の条件は保険会社への妨害だし、保険と弁償の二重取りの疑いもかかる」
依頼の詳細を聞いて、瓜生 巴(
ga5119)が気になる点を指摘した。
「この船にかけてある保険は、バグア災害に対応していないわ。世界中どこにでもバグア保険があるわけじゃないし、補償内容だって様々なのよ? バグア保険に限らず、どんな保険にも言える事ね」
オペレーターのしのぶが本来ならば不要なはずの説明まで行う。
「傭兵到着前にキメラが沈没の原因を作っていても弁償になるし、こんな条件を受けるような慣例を作ると、キメラが出たと嘘ついて、傭兵が間に合わないように船を沈めて責任負わせるという詐欺を可能にさせます。オペレータも、グルでね」
「事件の調査はきちんと行うし、ULT内でも監査しているから、まず無理ね」
「傭兵個人やULTが、一市民の財産を補償するべきじゃない」
「注意を払ったにも関わらず、不可抗力で船に傷がついたのなら、罰金を科すつもりはないわ。ただ、過失によって船を沈めたのなら、その責任を負うのは当然じゃないかしら? 財産を守るのも、傭兵の大事な仕事だと私は思っているわ」
「このような依頼の場合、傭兵の戦い方を見た上で、報酬を減らすのが一般的な罰則です。勉強になりましたか? ULTも規定作ってないんでしょうね、トップがそうだから、末端のオペレータも‥‥ああいえ、べつに」
最後は独り言のようだが、しのぶの耳にもそれは届く。
さすがに彼女のこめかみにも血管が浮かんできた。
「‥‥つまり、瓜生さんは依頼条件に納得できないから、仕事をキャンセルするというのね?」
「でも、バグア保険は加入条件が厳しいかもしれないし、経済的にも、安全面でも、漁業が困難になると社会的にマイナス。仕事自体の価値は高いと思ってます」
「仕事を受けると言うなら、損害時の条件も飲んでもらうわよ」
「‥‥仕方ありませんね」
肩をすくめながら巴が了承した。
角をつき合わせるふたりの女性を見て、同席者達は若干退き気味だった。
●海の上
キメラの乗り込んでいる漁船へ向かって、8人の傭兵達を乗せた漁船が出港した。
「覚醒後の姿が黄金毛並み羆な俺としては、一緒にされたくねぇし‥‥。ここは気張って倒しておくべきだよな」
Loland=Urga(
ga4688)が同意を求めて七市 一信(
gb5015)へ話を振る。
「なあ、そこのパンダドラグーンもそう思うだろ?」
「白黒熊は‥‥パンダだけでいいっ!」
本来ならパンダカラーであるはずの彼のリンドヴルムは、シマクマとの識別用に蛍光色のマーキングが施されていた。
「白黒模様のクマ。‥‥パンダの亜種か? 何ゆえに大人しくパンダにしなかったんだ?」
九条・命(
ga0148)が首を傾げる。
「泳ぐ上にちょっとやそっとの場所は登ってくる。あらゆるクマの特徴を備えている相手と見るべきかな」
事前情報を元に、白鐘剣一郎(
ga0184)はキメラの能力をそう分析した。
「現場の詳しい情報を教えてもらえる?」
アズメリア・カンス(
ga8233)が質問をぶつけたのは、漁船の持ち主である船田本人だった。彼はキメラ退治後の船を回収するために、同じ船に乗り込んでいたのだ。
彼の所有している漁船の構造は、簡単に言ってしまうと甲板に大きなプールが存在するようなものらしい。出入り口のようなものは存在せず、甲板上から船倉の全景がほとんど見渡せる。
「海に逃げられると追うのが難しくなるから、船上で仕留めておきたいわね」
逃亡しやすい状況だと考え、アズメリアが注意を促した。
船倉には、船首側と船尾側に梯子があり、船倉へ下りる事が可能らしい。漁の開始直後だったため、イワシを積み込んでいるのは船首側だけのようだ。
「船倉が解放された状態なら、船で接近する以上はどうしても音で気づかるだろう。完全な不意打ちは難しそうだ」
サルファ(
ga9419)の意見に皆が納得する。
配置も含めて作戦は修正する必要がありそうだ。
「‥‥ん。もうそろそろ」
最上 憐(
gb0002)が船の接近を皆に告げる。
「あれが熊のよじ登った痕かしらね」
船首側の縁を見て巴がつぶやいた。
重量物で押し潰されたようにひしゃげており、船体側面には爪を立てたと思われる真新しいひっかき傷が残っていた。
●船上の熊狩り
船尾側から乗り込んだ傭兵達が、船倉の様子を眺めている。
剣一郎が双眼鏡を覗き込むと、キメラは一心にイワシをむさぼり食っていた。船の接近や彼等が乗り込んだ事も気づいているだろうに、まるで動じていない様子だ。
当初の予定通り先陣を切ったLolandが、先手必勝と瞬速縮地を使って甲板を駆け抜け、船倉へと飛び降りた。足場が悪ければ転倒の可能性もあったが、ここでは速度を優先したのだ。
先手必勝と瞬天速、さらに限界突破まで使用した命がそれに続く。
完全に気取られずに接近するのは難しいため、速さに物を言わせた先制攻撃を選択したのだ。
イワシの山を食い散らかしているシマクマの背中を、Lolandがエリュマントスで殴りつける。振り向いたシマクマの腹を、命がキアルクローでえぐった。
熊の反撃に対して、ふたりは意図的に大きく下がった。熊の背後へ回り込めるよう、イワシの山から引き離す作戦だった。
「さて? 被害をどの程度抑えた状態で沈黙させる事ができるか? 勝負!」
命の挑発に乗ったかのように、敵意をむき出したシマクマは、船倉中央部分へとおびき出された。
背後に空いたスペースへ、船首側の梯子を下りた剣一郎や巴やアズメリアが回り込んだ。
生臭いのはシマクマに踏み潰されたイワシのせいだと巴は気づいたが、愚痴っても仕方がないので我慢する。
アズメリアは確実に当てる事を念頭に置いて接近戦を挑んだ。
剣一郎もまた彼女に並んで突き技を繰り出した。
「こんな狭い場所で横に薙いで、仲間まで斬っては洒落にならないからな」
熊に突き立てられた二振りの月詠。
シマクマの右前肢がアズメリアを弾き飛ばしたものの、左前肢は豪力発現を使った剣一郎が盾で受け止める。
好機をうかがっていた巴が、瞬時に踏み込んでキメラへ斬りつける。
船尾側で船倉に降り立った一信も、竜の爪を使用してシマクマを殴りつけた。
振り向きざまの攻撃を屈んでかわした一心は、竜の鱗を使用しつつそのまま腰へとしがみつく。
「でかいな。流石はシマクマ‥‥でいいのかね? こいつの呼び名は」
つぶやいたサルファは、左舷で弓を構えたままタイミングを計っている。右舷の憐も同様だ。
的を外して船倉に被害を与えるのも問題だが、攻撃中の味方に当てるのはもっと問題だ。
現状ではチャンスを待つ他なかった。
寸勁の要領で至近距離の戦闘を行っていた命だったが、直立したシマクマの体長が高いため、効果的な一撃を狙うには眉間が遠すぎた。
シマクマがわずらわしそうに一信を振り払うと、今度はLolandが脚へのタックルを試みた。
しかし、叩きつけようと振り上げた左前肢は、巴の機械剣αで斬りつけられる。
さらに、側面へ回り込んだアズメリアが流し斬りで追撃した。
シマクマは怒りをぶつけるように、しがみついたLolandの背中へ体重を乗せた右前肢を振り下ろす。
「がはっ!」
叩き潰された彼は、床を転がって後方へ待避する。
一時的に味方が離れた事で、甲板上の憐の射線に障害が無くなった。
「‥‥ん。動きが。止まった。今なら撃てる」
動きが少なく狙いやすい大きな胴体へ、彼女の放った矢が深々と突き刺さる。
シマクマの視線が甲板に向けられたのを見定めると、剣一郎はシマクマの喉めがけて急所突きを仕掛けた。
一信も腰へしがみついて、再びシマクマの動きを止めようとする。
脚を止める事には成功したのだが、シマクマは白い冷気を吐き出していた。
空気中の水分を煌めく氷に変えながら、霧は一信と命と、さらに後方のLolandまで襲う。
振り向いたシマクマは、船首側へも冷気を吹きかけた。冷気に蝕まれて剣一郎と巴の体力が削られる。
唯一かわせたアズメリアは、流し斬りでシマクマの脇腹を切り裂いた。
シマクマの冷気は、接近戦を挑んでいる人間にとって迷惑この上ないが、冷気を吐いている瞬間は熊の動きが確実に止まる。
そこを狙って、憐とサルファが矢の雨を降らせた。
サルファの放つ弾頭矢がシマクマの肩で爆発する。
冷気が使える事には驚かされたものの、そのようなキメラの報告事例は少なくない。
彼等は冷気の射角に注意して、シマクマへ正面から挑むのは避けるようになった。
Lolandのようにわざと間合いを詰めて、冷気を吐こうとした瞬間にアッパーで顎を強引に塞ぐという方法もある。
8人の攻撃にさらされたシマクマは、敵が強いと判断して逃亡を決断したようだ。
Lolandや剣一郎のいた左舷側の壁に取りついた。
ふたりの攻撃も意に介さず、シマクマは甲板上へ前足をかける。3mの体長を持つシマクマにとって、甲板の高さは障害とはならない。
無防備に背を向けているシマクマに、巴やアズメリアが傷を負わせていく。
だが、シマクマが壁に接した状態では、攻撃できる人間が限定されてしまい、傭兵達にとっては非常に不都合だ。逃げようとしているシマクマは、そこまで気づいていない。
右舷に立つ憐が背中へ射かけるのも無視して、シマクマが甲板へとよじ登った。
シマクマにとって唯一の障害となるのはサルファだ。
シマクマの吐き出した冷気を正面からあびながら、サルファが不敵に笑う。
「この瞬間を、待っていた!」
事前に口を狙おうと考えていた彼にとって、息による攻撃はむしろ望ましかった。
至近距離で放った弾頭矢は、シマクマの口中で炸裂した。
ぐずぐずに破壊された顔の中で、憎悪に燃える双眼がサルファに向けられた。
サルファは鰐神の名を持つ両手剣に持ち替えて挑発する。
「よう、シマクマさん。熊と鰐、どちらが強いか‥‥」
『力比べといかないか?』と言い終える時間は与えられなかった。
四つ足で突進したシマクマが、体重に物を言わせてサルファを押し倒した。
サルファの頭を噛み砕こうとしたシマクマだったが、肝心の顎が全く動かない。噛みつくことを諦めたシマクマは、サルファに向けて前肢を叩きつける。
瞬天速を使用した憐が、猛スピードで甲板を回り込み、シマクマの背後へ襲いかかった。
「‥‥パパ!」
慕っているサルファを救うために、持ち替えたタバールを瞬即撃で叩きつけた。
振り向いたシマクマが、攻撃対象を憐へ変える。
そこへ、狙い澄ましたアズメリアのソニックブームが直撃した。甲板上を狙える角度を取るために、彼女はわざと右舷側の端まで下がっていたのだ。
立ち上がったサルファが、シマクマの左側面からスマッシュを叩き込む。
バランスを崩したシマクマは、海へ逃れるどころか、再び死地へと転落する事となった。
背中から落ちた巨体が船倉の底をたわませる。
ふらつきながら、シマクマは四つ足で身を起こした。
「狙えるっ!」
そう判断した命が踏み込んで、それまで届かなかった眉間をキアルクローで殴りつけた。
流れる血が視界を奪った瞬間、続けて巴が袈裟懸けに斬りつける。
ガヴァァァ‥‥。
シマクマが吐き出せたのは血の霧だった。もはや、冷気も使えなくなったらしい。
白と黒で鮮やかだった毛並みは、血によって真っ赤に染め変えられた。
凄惨と言っていい光景だったが、このキメラを見逃すわけにもいかないのだ。傭兵達は手負いの獣がどれほど危険かよく知っている。
命や一信の爪と、Lolandの拳と、剣一郎や巴やアズメリアの剣と、サルファと憐の矢を受けて、それでもシマクマは暴れていた。
驚くべきスタミナと頑丈さである。
だが‥‥。
「もう、放っておいてもシマクマは死ぬでしょうね」
巴が冷静な観察眼でそれを察すると、アズメリアも頷いた。
「‥‥苦しませないように、早く楽にしてやるべきだわ」
「俺が一撃で仕留めよう」
進み出た剣一郎に、皆は任せる事にした。
敵への敬意を払い、彼は研鑽を積んだ己の剣術を披露する。
「天都神影流、狼牙閃・紅破っ!」
スキルを同時使用した片手平突きは、動きの鈍いシマクマの心臓を狙い違わず刺し貫いた。
●戦いを終えて
「皆、お疲れ様だ。期せずして熊殺し達成‥‥。1対1なら相応の誉れにもなるのだろうが」
剣一郎としては残念であったが、傭兵である以上、仕事を優先するしかない。
「とりあえず破損状況の確認はしておこう」
船内を見て回った結果は次のようなものだった。
「キメラが暴れたために、船倉内にはへこみや浅い傷があるな。船そのものには深刻な損傷はなさそうだ」
Lolandが持ち主である船田に報告する。
「戦いで周りに被害を出さないのはほぼ不可能。俺達は被害を最小限に食い止めたつもりです」
補足した一信に言い訳のつもりはない。
傭兵達が注意していたため、彼等自身による直接的な損害は皆無だった。それは断言できる。
「‥‥すまん!」
謝罪したのはなぜか船田だった。
『‥‥は?』
事態がつかめず傭兵達が呆気にとられる。
「傭兵の事をよく知らなかったもんで、いきなりミサイルで船を沈めるような荒っぽい連中だと思ってたんだ」
船田が賠償条件を言い出したのは、それを警戒しての事らしい。
「あんたらが気を使ってくれたのはわかってるし、船を取り戻してくれただけで満足だよ」
彼の偏見は少し気になったものの、こうして仕事ぶりを認めてくれたのだから、傭兵達もそれで十分だった。
「熊肉か‥‥。久しく食べてないな。この際、キメラのでいいから持って帰れないだろうか?」
サルファのつぶやきにLolandが苦笑する。
「いいんじゃないか? キメラの死体は邪魔だろうし、残りは海へ投げ捨てようぜ。跡片付けはサービスってとこだ」
食い意地の張っている人間は他にもいる。
「‥‥ん。イワシ。おいしそう。食べられるかな」
船倉を覗き込む憐へ、船田が声をかけた。
「なんだ、嬢ちゃん。腹減ってるのか?」
「‥‥ん。お腹。減った」
「だけど、あのイワシはキメラが食い荒らして傷んだ奴だから、捨てちまうぞ」
「‥‥ん。火を。通せば。何でも。食べられる」
この小さな少女が、先ほどまで救急セットを手に、仲間達の治療で忙しく働いていたを彼も見ていた。
傭兵達は彼にとって恩人である。あんなイワシでもてなすのは失礼というものだ。
「港へ戻ったら、俺がみんなにご馳走するよ。イワシに限らずな」
「‥‥ん。飯ごうも。持って来た」
「いいって、いいって。炊いたご飯なら事務所にあるし、網焼きで良ければすぐに食べられるぞ。たっぷり食ってくれよな」
港へ戻った彼等には、漁師達の男の料理が振る舞われた。