●リプレイ本文
●開園
「‥‥開園初日とあって‥‥かなりの来場者数ですね」
窓から見下ろした奏歌 アルブレヒト(
gb9003)があらためて実感する。
「‥‥今度客としてイリ姉様とデー‥‥遊びに来ましょう」
「ユウも遊んでみたいケド、今回はタウン内で一生懸命働くんだー! 働くのもきっと楽しいよねっ?!」
眼下の人混みに混じりたいと思いつつ、ユウ・ターナー(
gc2715)は気持ちを切り替える。
「ん、こういうのもありかな。戦ってばかりだと、それ以外のことを忘れちゃいそうですしね」
「たまにはこういう依頼を受けて、息抜きを楽しみますわ」
イーリス・立花(
gb6709)もミリハナク(
gc4008)も、それなりにこの仕事を楽しむつもりだ。
「いよいよULTタウンがオープン! 盛り上げていきましょー♪」
鼓舞する要(
ga8365)に、ユウが楽しそうに応じる。
「よぉし、頑張っちゃうんだカラ☆」
点呼を終えたマルコ・ヴィスコンティ(gz0279)も含めて、参加者一同がそれぞれの職場に散っていった。
要はブレザーやスカートという受付らしい服装で、総合案内所に腰を下ろしていた。
通路を埋め尽くすような人混みの中で、適性検査に向かう人物を見て彼女は首を捻る。
このビルには医療関係者も常駐しているが、今回はここに辰巳 空(
ga4698)も医者として加わった。学業や傭兵の仕事もあって、常駐はできないものの、自分にしかできないやり方で参加しようというわけだ。
要が見かけた人物に、彼も遭遇した。
「君は適性検査を受ける必要なんてないでしょう?」
指摘を受けた沖田 護(
gc0208)がバツの悪そうな表情を浮かべる。
「妹が来てないか気になったんです。エミタの適性検査に外れた後も、『再試験』を目指しているみたいで‥‥」
本人の意思を曲げることになっても、兄として諦めさせたいと彼は訴えた。
「もし、妹を見つけたら教えてもらえますか?」
特徴を伝えて頼み込んだ護が、ようやく自分の受け持つ4Fへと向かう。
「‥‥まあ、家庭内の問題ですしね」
空は苦笑を浮かべながらそれを見送った。
「ん。ドキドキしてきちゃった。‥‥ユウにちゃんと出来るかなァ」
可愛い給仕服にフリフリの白いエプロン姿。機動力を高めるためにローラーブレードを装備していた。‥‥一般客はビル内で使用禁止のため、よい子はマネをしないように。
「えへっ、憧れだったんだよー。‥‥似合うかなァ?」
その場でくるっと回転して、大きなガラスに映った自分の姿を確認している。
「きゃあ♪ 可愛い子猫ちゃん達に囲まれてのお仕事なんて素敵ですわ」
歓声を上げたミリハナクは、同じ店員達の視線を浴びて表情をあらためる。
「‥‥他意はありませんわよ。お姉様と呼ばれるのは大好きですけど、ここにいるのは本当の猫ちゃんですからね。他意はありませんわ。ええ」
口にする弁解が弁解になっていない。むしろ、不安を煽るような内容だ。
自前の黒いロングドレスに身を包んだミリハナクは、黒い猫耳と猫しっぽを装備して、気分はもう親猫ウェイトレスであった。
活気溢れるビル内だが、開店直後にレストラン街を訪れる者は少なく、比較的余裕がある。
しかし‥‥。
「今日はオープン初日。修羅場になると予想できますが、約束しましょう。問題無く成功して終わると、ね」
自信満々に言い切ったソウマ(
gc0505)が不敵に笑う。
店が空いているのを見越してか、レストラン『レインボー』へ雑誌記者が取材に訪れた。
「いらっしゃいませ、お客様」
応対に出たソウマが内心で安堵する。
現在の彼は、髪をオールバックに固めたり、紫のカラーコンタクトをつけたりと、容姿を誤魔化した上に、給仕服を着て大人っぽく装っている。
親しい人以外には傭兵であることを秘密にしているため、変装セットを使用していたのは好判断と言えるだろう。
●喧噪
各種ゲームで埋め尽くされている3Fはどこもかしこも騒がしい。
『現在の依頼ゲーム参加者は三名。まだ七名の参加が可能です。ゲーム毎にアドバイザーによる作戦と兵装のアドバイスが受けられます。気軽にどんどん参加しよう』
マイクを手に案内していたエシック・ランカスター(
gc4778)は、他の階の催しについても宣伝を行った。
『2Fイベントホールでは今話題のニューヒーロー『ナナレンジャー』が上映中! 各種グッズも販売中、ナナレンジャーの活躍を見逃すな!』
エシックは予定の十人が揃うとブース内へと案内する。
大型ディスプレイを前に説明を進めると、子供達は熱心に耳を傾け、ディスカッションにも積極的に参加する。
ホログラムのキメラを相手に奮戦する彼等の様子は、ブースの外にも映し出されており、中でも外でも大いに盛り上がった。
ホストを演じたエシック抜きでは、この活況はなかっただろう。
『作戦終了、勇敢な戦士達を拍手でお迎えください』
見物客の拍手を受けて、子供達が誇らしげに姿を現した。
彼等に寸評を告げたエシックは、多くの家族連れを見て再び宣伝を口にする。
「レストラン『レインボー』では、只今カニキメラフェアを実施中! ぷりっぷりのカニキメラを、自慢の美人ウェイトレスが給仕します。楽しい屋台も沢山並んでいるぞ。運がよければナナカーキーに会えるかも!?」
「さぁさぁいらっしゃい! フードコートはおなじみナナカーキーの特設屋台だ。元気爆発、おっとどっこい火気厳禁なんちゃってな」
テキ屋のような呼び込みをしているのは三島玲奈(
ga3848)だ。『カーキー元気院』という店名は、彼女らしいネーミングと言える。
「さぁさ、まずカーキー自慢のファングバイツだ! 今日は蟹のフェアだね、そこで蟹の鋏をカーキーの武器に見立てたカニグラタン。『蟹のファングバイツ』だ」
自分の役柄や技名まで宣伝に組み込んでいる。ちなみに、使用している蟹キメラは非常に大型なので、ついてるハサミは別物であることを補足しておこう。
「はいはーい、今から蟹のオーブン実演行きます。3Fの依頼へこれから出撃の方は腹ごしらえはいかが? お急ぎの方は任務終了後に寄っとくれ。いくぞ蟹キメラ私が相手だ。カーキー元気ん!」
立て板に水のごとく言葉がこぼれ出る。
「あっ、カーキーだっ!」
上映を見てきたらしい子供達が、彼女を指さして騒ぎ出した。
「ナナレンジャーを応援してくれる良い子には、柿とオレンジシャーベットをサービスしちゃうよ」
ナナレンジャーの拠点(という設定)のレストランでも同様のことが起きている。
「‥‥ようこそレインボーへ。‥‥ご注文は‥‥如何致しますか?」
『ウィスタリア』こと奏歌も子供達に人気だった。リボンブラウスや裾にフリル付きスカートという制服は、ウイスタリアらしく藤色のアクセントが鮮やかだ。
素っ気ない応対ながらも、内装や接客に必要な業務は全て暗記しており、奏歌はうまく客をさばいていく。
「頑張ってるみたいね、カナ」
空いた時間で訪れたイーリスに、奏歌が頷きで応じる。
実のところ、奏歌が何やら企んでいるのでは? と警戒していたイーリスは、その心配は無用らしい。
ほっとした彼女には悪いが、奏歌の計画が発動するのはイーリスと共に客として来演した時のものなので、苦労するとしてもそれは未来の話であった。
店内の一画で、ちょっとした騒ぎが起きた。物陰で奏歌へ襲いかかろうとした人間をソウマが取り押さえたのだ。
「‥‥あれ?」
探査の眼で異常を察知し、瞬天速で駆け寄ったのだが、襲撃未遂犯が子供だと知って、ソウマ自身が驚いている。
話を聞くと、ナナレンジャーの実力を知るための奇襲だったらしい。
これもまた、彼のキョウ運の現れといえるかもしれない。
●遊行
(「献血もしてみたいですけど、年齢制限にひっかかるのでしょうか‥‥。生ジュース‥‥」)
生ジュースに釣られていた要は、客の質問を受けて我に返った。
説明を終えた相手を見送りながら、要は首から下げた幸運のメダルを握る。先日、広場の商店で見かけたときに、マルコがしていたことを思い出して購入した品だった。
(「メダルさん、要がうまくご案内できるように見守ってくださいね」)
客の求めに応じて『能力者ノススメ2010』を手渡し、要は熱心に検査の必要性を訴えていく。
医務室の空は、訪れる怪我人や病人を相手に、簡単な治療や健康対策を指導していた。当初は、献血や検査の担当も考慮したのだが、常駐するわけではないので遠慮したのだ。
清潔であるかわりに部屋が無機質なため、空は訪問者が落ち着ける雰囲気作りを心がけていた。
やはりと言おうか、ナナレンジャーの一人ということもあって、空は訪れる子供達に大変受けが良かった。
『4F資料室では、世界中の詳細な戦況データが沢山揃っているぞ。今回使った武器や、戦場のデータをチェックして次の依頼に備えよう。美男美女が案内している。要チェックだ!』
エシックの宣伝によるものか、4Fの来場者が増えてきた。
イーリスは、戦史を辿りながらKVの映像データを表示する。
「KVの開発や発展には、技術の生み出される要因が必ずあるんです。詳しく事例を上げて追っていきますね」
将来的には、この中からKVの開発者が出てくるかも知れない。‥‥と期待してイーリスは熱心に説明を進めていく。
護が案内しているのはAU−KVを展示している一画だ。
「僕のバハムートは砲塔を外し、強化パーツで重装甲と高機動を両立させたカスタムタイプです。先頭に立って、皆を守るドラゴンですね」
傍らにあるリンドヴルムを指さして、護は別な可能性も提示した。
「この機体は、海辺のゴミ掃除依頼でも活躍したんですよ。バグアがいなくなったら、こういう平和な使い方ができる優しい竜になる事を目指してます」
昨夜は、寝る時間も削って資料を読み返しており、護は上手く説明できたことに安堵する。
(「人にものを教えるって、大変だな。でも勉強になるよ」)
2Fのイベントホールは、『ウィスタリア』が顔を出したことで子供達の歓声が沸いた。
ウェイトレスを切り上げた奏歌である。
「‥‥こちらでは現在、ナナレンジャーを上映中です。‥‥関連グッズの販売も‥‥行っております」
質問への受け答えやスキンシップに応じたり、持参武器のレプリカを見せて楽しませたり、口数こそ少ないが彼女なりに工夫をこらしていた。
今回は、他のメンバーが各自の仕事に従事しており、彼女の責任は重大である。
「‥‥皆さんも、‥‥ナナレンジャーの様な誰かを護れる立派な人に‥‥なって下さいね」
『ウィスタリア』の教えに、子供達の元気な声が応じていた。
●行楽
フードコートは基本的にセルフサービスなのだが、調理が遅れたりすると番号札を渡される。
「お待たせしましたー♪」
接客は可愛らしく元気良く。そんな方針のもと、ユウはテーブルの間を縫うようにしてコート内を走り回っている。
「有難う御座いましたなの! 是非イベントホールにもどうぞ」
上映しているナナレンジャーのチラシも手渡して、告知に努めている。
「そしてお次は、カーキー特選のふりかけごはん『ガンザード』だ。栄養満点ナナレンジャーフリカケをそれっ! パラパラっ。皆さんもご一緒に! それ、カーキーガンザード!」
ポーズと共に振っていく玲奈。
「はい、ご唱和ありがとうございましたー。これからもナナレンジャー、とくにカーキーを応援してね!」
そこまで告げた玲奈は、お仲間の姿を発見した。
「カーキーさんのふりかけ、食べてみたかったんです!」
笑顔で答える要。
すぐに『スカイブルー』だと周囲に気づかれて、彼女は恥ずかしい思いをしながら食事をする羽目になった。
「はい、いらはーい。カーキー色の憎いヤツ、元気院で出撃前に腹ごしらえ、凱旋打上げはいかがー?」
イーリスは印象に残っている二つの仕事のデータを、依頼ゲーム用に持ち込んだ。
一つは、グリーンランドで行われたKVによる水中戦。もう一つは、生身で行った落下輸送機の爆破任務だ。
「さて、どの程度クリアする子が出てくるやら‥‥」
アドバイスまでは行ったものの、彼女はマイクパフォーマンスだけは断固として拒否した。
このあたりはエシックが代行して上手く盛り上げてくれた。
手の空いたイーリスは、シューティングゲームで挑んできた子供達を相手に、大人げなく真剣勝負で応じる。‥‥可愛そうな大人と見られても、彼女は受け流してゲームに熱中していた。
マイクを握るエシックは、例によって施設の宣伝を口にする。
『空腹時には5Fレストラン街がオススメ。疲れた時は癒し空間、猫喫茶『ネコといっしょ』で休憩しよう』
「ミリハナクおねーちゃんは此処で働いてるんだよね?」
休憩時間を利用して、ユウが猫喫茶に顔を出した。
「いらっしゃいませ」
親猫ウェイトレスの案内でユウは子猫達と触れあった。
「えへへ‥‥、どの子も可愛いの‥‥っ」
抱き心地だけでなく、見た目でも癒されるユウ。
「ねーこねこねこねーこねこ♪」
常時ご機嫌のミリハナクは、客以上に楽しんでいるように見える。
「ねーこねこねこねーこねこ♪」
ユウの歌声がそれに続く。
やるべきことはやりそれ以外では人生を楽しむ。それが彼女のポリシーだった。
奏歌が抜けた『レインボー』では、ソウマがこれまでの経験を活かして、接客業務に従事している。
「依頼で色々経験してきましたからね。普通の喫茶店、執事・メイド、神父等。ホント、多くのイロモノ喫茶を‥‥」
少しばかり遠い目をして、記憶を辿るのも致し方のないことであった。
待ち伏せには有効な探査の眼も、アクシデントには無効だった。
飛び出した子供を避けた拍子に、ソウマはトレイを手放してしまう。
周囲の動きをスローモーションの様に感じながら、皿をつかみパスタを受け止め、フォークやスプーンを確保する。床面すれすれで全てを受け止めた彼に、客達の拍手と歓声が向けられた。
接客とは無関係に彼は賞賛を受けることとなった。
「今日一日お疲れ様でしたってコトで」
仕事を終えて、イーリスが皆を労った。
「戦ってばかりが私たちじゃない、と、そう思えるコトは大切ですよね」
「やっぱり、人の幸せのための能力者ですよね」
護は先日、力を悪用して一般人を苦しめた能力者と戦い、その町の人々から冷たい視線を向けられてしまった。
ULTタウンの賑わいは、彼の悲しみを癒してくれたようだ。
マルコは事務仕事や折衝業務で店内をほとんど回れなかったが、合間を見て店内を巡った空が助言する。フロア上に見つけた段差や、水回りにおける衛生面に関してのことだ。後々の事故を防止するためにも有益な情報と言える。
「‥‥今度、家族でULTタウンに来ようかな。きっと喜びますね」
ソウマの浮かべる微笑を目にして、マルコはULTタウンの成功を予感するのだった。