●リプレイ本文
●集合
「あなた、母様の写真に映ってたけど、少しも変わっていないね。‥‥不老不死?」
「なに言ってるんすか? こんなに大きくなってるじゃないですか」
指さしてきた少女に、男は飄々と応じる。
「‥‥たぶんそれは親父だと思うよ? 正規の傭兵だったみたいだからね」
彼は漸 王零(
ga2930)の息子、王 壱刃と名乗った。
「私は『katze(カッツェ)』よ。ドイツ語で猫という意味なの」
彼女もまた、写真に映る母親の月森 花(
ga0053)と似ているという自覚があった。
「あんたが漸氏の息子? 似るもんだねー!」
父親と面識のある綾河 零音(
gb9784)が、いささか大げさに反応する。
「王零の息子か? ‥‥何か妙な感じがする」
怪訝そうに見たのは『剣聖』と呼ばれる六堂源治(
ga8154)だ。
「六堂さんも元気そうで何より。‥‥そっか、知らないんだね」
挨拶した零音の最後のつぶやきは、源治の耳に届かなかったようだ。
「『壱刃』君、『父親』の様な活躍を期待しているね、くっくっくっ‥‥」
意味ありげに声をかけたのは、蛇を思わせる雰囲気の錦織・長郎(
ga8268)だ。
フリーの情報工作系の傭兵として今回の計画に加わり、顔合わせの場を準備したのは彼である。
「思えば20数年前貴様が都市を虐殺してまわっていた以来の縁か‥‥」
年齢は50前後。眼帯をつけた堺・清四郎(
gb3564)は、ピョートルの記憶を思い返して苦い思いを噛みしめる。
「担当していた新人傭兵たちを殺され、その後も仕留めきれずそして人類は負け続けた。だが、いい加減ここで決着をつける!」
この場にいる半数がベテラン勢なのは、ピョートルの因縁を振りまいている証と言えるだろう。むしろ、月城 紗夜(
gb6417)の様に関係性の薄い人間の方が少数派だった。
零音に見とれていたユウは、源治に紹介されショックを受ける。
「嘘だろ‥‥。実年齢40歳以上で外見がアレって‥‥詐欺だ‥‥!」
30歳そこそこと見ていたのに、師匠である源治の方が年は近いのだ。
のんきそうに見えるユウだが、彼は父親である那月 ケイ(
gc4469)の敵討ちを目的に参加していた。
他の若手メンバー達と同じように。
「戦争で死亡するのは日常茶飯事と、割り切ってるつもりなんだけどね‥‥」
母親のアリエイル(
ga8923)が『必ず帰ってきますよ』と言い残した場面が、フェリエイルの見た最後の姿だった。
アデルが胸につけるつけるドッグタグは二つだ。一つは父親、ライン・ランドール(
gb9427)の物。もう一つは損傷が激しくて判別できない代物だ。
「オッサン達、本当に大丈夫なのか?」
年長メンバーに対して、アデルが失礼な言葉を投げかける。
「剣聖なんて呼ばれちゃ居るが、少々体力的にはキビしいかもな‥‥。ま、それでもやるしかねぇ」
気分を害することなく源治が返す。
まだ若いアデルは、この年齢まで『現役を続けている』という事実を、正確に理解できていないようだ。
皆が泰然としているのは、言葉で諭したところで納得させられないと知っているからだろう。
ただし、零音だけがアデルに釘を刺す。
「私はおばさんじゃないからね? お姉さん、だからね?」
●潜入
地質調査用の機材を搬入するために、トラックと共に十名の作業員が市庁舎を訪れた。
「さてと‥‥ちゃちゃっと悪い奴らをやっつけて帰ろうよ」
「偽装してるとはいえ、随分とあっさり入れたもんだな‥‥気に食わねぇ」
軽いフェリエイルとは対照的に、アデルの表情が曇る。お膳立てした長郎が、うまく手続きを済ませたと考えるのが一番早そうだが。
「こいつは箱のまま持ち込むのか?」
荷卸しを監視していた警備員から質問が飛んだ。
中身は紗夜のミカエルや各自の武器であるため、能力者達の間に緊張が走る。
「壁などにぶつけるとまずいのでね。倉庫内に持ち込んでから開梱する予定だよ」
事務手続き担当である長郎がそつなく応じて事なきを得る。
格納庫への出入りは許可されておらず、当面は倉庫への荷物運びだ。
「実はな‥‥もう少しで子供が生まれるんだ」
難民キャンプに残してきた清四郎の内縁の妻が、出産間近らしい。
「この戦いが終わったら、子供と妻を抱きしめてやるんだ」
「子供‥‥ね」
零音の表情にかげりが生じる。
本来であれば彼女はシングルマザーなのだ。ピョートルに娘を殺されていなければ‥‥。
「陽動部隊が出動する時間だね」
長郎が指摘してから、しばらくすると市庁舎内に警報が響きだした。
接近するKVに対して、ここに配備されている機体が迎撃に出る。
「さて、『クリーニングオフ』の時間だね」
慌ただしくなった廊下へ皆を送り出すと、長郎は設置されているパソコンに向き直った。
明日以降も続く抵抗活動のために、多くの情報を仕入れておこうというのだ。
警備システムにもハッキングして発覚を後らせたのだが、不審者の行動は敵にも察知されてしまい、手動らしい別種の警報が鳴り響いた。
槍を装備したリザードマンキメラの群れに、katzeが瞳を輝かせる。
「さぁ、ショウタイムよ。跪いて喚き哭き叫びなさい」
大きな柱を遮蔽物に使い、迅雷で瞬時に間合いを詰めると、死角から急所突きを繰り出した。
致命傷でなくとも、攻撃力を削ぎ落とすことが彼女の狙いだ。円閃を駆使した二刀からしたたる血しぶきが、円の軌跡を描いて宙を舞った。
「導きの天使2世‥‥フェリエイルが断罪するよ!」
覚醒によって、彼女には天使を思わせる特徴が生じる。
「ママが遺してくれた‥‥この槍で‥‥薙ぎ倒す!」
彼女の『セリアティス』は、リザードマンの装備する槍を軋ませながら薙ぎ払った。
「遅ぇ! 丸見えなんだよ!」
アデルの覚醒は父とほぼ同一のものだ。視界内での敵の動きを瞬時に把握する。
スコーピオンで射撃をしながら、仲間達に練成強化を施していった。
戦友の息子、そして、自身の弟子であるユウを気づかいながら、源治は走る。
「その程度じゃ、ロートル一人止められねぇぞ!」
膂力こそ落ちたが、経験に裏打ちされた剣術の腕は、針の穴を通す様な正確さを誇る。
零音も身体能力の低下を自覚していて、洞察力や直感を頼りに技巧を振るった。明るい性格は変わらずとも、思慮深さを増した彼女に無鉄砲な行動は見られない。
そんな戦いぶりに、アデルは開始前のセリフを思い出して、いささかバツの悪い思いをしていた。
「戦争で死ぬのは当たり前なんだ‥‥。だから感情に流されるのは駄目だってママが言ってた」
フェリエイルは、零音達の戦いに母親の姿を重ねていた。
「必ず生きて帰ろう‥‥それが教えなんだ」
復讐心や怒りの感情で動かないように自分を律しながら彼女は先を急ぐ。
●対峙
飛び込んだ格納庫には二機のFRが残っていた。
「まだ、中にいるみたいだね」
その事実を知って紗夜がほくそ笑んだ。
「こんなところまで入り込まれるとは、使えねぇやつらだ」
吐き捨てた声の主は、ピョートル・ペドロスキ(gz0307)。
傭兵達の『敵』である。
「貴様との因縁‥‥ここでケリをつける。‥‥ピョートル・ペドロスキィィィ!」
咆哮した清四郎が獅子牡丹で斬りかかる。
しかし、らしくもなく追撃を控え、逆にピョートルのグルカナイフを受けてしまう。
「生きるにも飽いただろう、蜥蜴」
紗夜は青眼に構える蛍火で刃を弾き、受けづらい角度から機械剣「ウリエル」で斬りかかる。
無言で剣を突き出すのは源治だった。
眼前のピョートルに恨み言も口にせず、ただ刃をもって敵と対峙する。涙も言葉も、もう枯れるほど流し発したのだから。
「バグアを許すなって‥‥アタシの中の血が騒ぐのよ」
katze自身にピョートルに対する怨恨は無かったが、母が抱いていた反バグアは深層心理に根付いていた。
服を染める血すら考慮せず、眼にした獲物へ冷たく告げる。
「だから、悪いけど消えてよ」
katzeの二刀小太刀「月下美人」を、ピョートルは二本のグルカナイフで押し返す。
負傷を押して参加していた彼女に、清四郎が手を貸した。
「馬鹿が‥‥。若いのが死に急ぐな‥‥」
そう叱る清四郎自身も、負傷を抱えた身だった。
人類・バグアを問わずに仕事をこなしてきた壱刃だったが、なぜか不殺を貫いてきた。それも、いまこの場では除外される。
彼の魔剣「ティルフィング」で傷を受けたピョートルは、怒りに任せて壱刃を斬り捨てる。
「ふん。群れたところで、俺には勝てないみたいだな」
嘲弄するピョートルにユウが激発する。
「もともとリザードマンの数はそっちが上だろう!」
不用意な攻撃はピョートルの反撃を受けてしまう。自身障壁を使用していなかったら危ないところだった。
「ユウ‥‥お前の親父さんは、本当に強い男だった。お前も強い心を持つんだ」
たしなめられたユウは、あらためて自制する。
(「どうもオレは挑発に乗りやすいみたいだ。よく注意されてるのに‥‥」)
遅れて格納庫に到着した長郎は、人数が多いものの押し切れない状況に、戦いの流れが蜥蜴座へ向いているように思えて憤然となった。
「所詮は蜥蜴、大蛇に飲み込まれるべきなのだよ」
彼の手にする真デヴァステイターが火を噴いた。
ピョートルのナイフは合計六本。
そのうちの一本を、零音は薙刀を回転させて叩き落とす。
「娘の命の対価、支払ってもらおうか!」
この時、ピョートルは傍らのリザードマンを、傭兵達に向けて蹴り飛ばした。
「20年以上追い続けてきたんだ、貴様のことは貴様以上に知っているんだよ!」
一歩先んじた清四郎が包囲の穴をふさぐと、長郎までもがピョートルの行く手に回り込み、逃亡を許さなかった。
「ママの事‥‥覚えてる訳無いか。‥‥それが戦争なんだ‥‥けど!」
抱えていた、怒り、悲しみ、復讐心が溢れ出し、フェリエイルは感情を抑えられなくなった。
「滅び散れぇ! 消えて‥‥無くなれぇ!」
攻撃のみに集中した彼女は、強刃を込めた槍の一撃でピョートルの心臓を貫いた。
●終結
キメラ達の死体に混じり、倒れている人間が二人いる。ピョートルと、‥‥そして、壱刃である。
仲間に駆け寄ろうとした皆は、新たな声に足を止めた。
「親父を殺してくれて助かったよ。おかげで俺は手を汚さずにすんだ」
『蜥蜴王子』と呼ばれるイワンだ。
「‥‥なるほどね。都合のいい情報が入ってきたのはそのためか」
疑念が払拭されて長郎が納得する。
「ピョートルと同じ事を繰り返すつもりか?」
ユウの質問に、イワンは悪びれずに答えた。
「まさか! もっと効率よく安全に殺していくよ」
「それなら、見逃すわけにはいかない。ここで逃してしまったら、また同じ事が起こるかもしれないから‥‥」
「親の死を利用して‥‥ふざけるなぁ!」
フェリエイルは父親を葬った槍をイワンへと向けていた。
利用された事と、自分の親の死をも利用するそのやり方に、彼女の怒りは静まりそうもなかった。
レイピアを振るっていなすイワンへ、次の剣が向けられる。
遠間にいた源治は、両断剣・絶を乗せた渾身のソニックブームを連続して叩き込む。
力尽きた彼を守ろうと、駆け寄ったユウがリザードマンからの警護に回る。
ユウにもイワンを倒したいという望みはあったが、彼にとって大切なのは師匠の方だった。
作動までの時間を逆算していた紗夜が、イワンの鼻先に閃光手榴弾を投げつけた。
「人間もくたばったが、バグアも我は憎くてな」
紗夜の暗い感情が今はイワンに牙を剥いた。竜の瞳で敵を捉え、竜の角で効果を上げた機械剣「ウリエル」で斬りつける。
ここで、死体と思われたうちの一体が跳ね起きた。
イワンの背後を取ったのは、気配を断って死体に扮していた壱刃だ。
スキルを重ねがけして襲いかかり、イワンの背中へ袈裟懸けに斬りつける。
傷を負ったイワンのレイピアが壱刃に向けられる。
しかし、深々と貫れたのは、間に割って入った零音であった。
「何やってるんだ、漸‥‥」
朦朧としているのか、壱刃ではなく父の名を呼んでいた。
「長い夜が明けるよ‥‥ほら、もうそこに見える‥‥」
次の時代に未来を託すことを願い、最後に浮かべた彼女の笑みは、凛と咲いた花が散るようにはかなく消えた。
「ひとついいこと教えてやるよ。‥‥人間ってな、本気で怒るととんでもねぇ力を発揮するんだよ」
目の前で失われた命に、アデルは怒りを見せた。
「じゃ、サヨナラだ!」
小型超機械αの電磁波を浴びせられ、イワンは絶叫と共に黒こげになっていた。
「汝は知らんだろう雑多な事だが‥‥息子の仇はとらせてもらった」
王零の子である壱刃は、イワンの起こした事件で命を落としていた。ここにいたのは、息子の仇を討とうと願ったその父親だったのである。
そして、その正体に気づいていた古くからの戦友を、彼は失ったのだ。
「外の戦闘が早くも終わりそうだ。陽動の機体が少なかったのだろう」
長郎に促されて脱出を開始した彼等を、数多くの警備兵達が追った。
「ここは俺が抑える。先に行けぇ!」
皆の心配を笑い飛ばし、清四郎一人が廊下で足を止めた。
爆発物を抱えていた彼は、仲間の安全を確保するために命を散らすつもりなのだ。
この作戦に参加する前から負傷していたため、もはや脱出も不可能となった。
「子供に名前をつけてやりたかったな‥‥」
能力者達は彼の思いに応えるため、後ろを振り返ることなく逃走を優先した。
「終わったんですよね‥‥」
つぶやきながらも、ユウの気持ちは晴れやかな気分にはほど遠い。
「ただ、やっとひとつ終わったって実感はある。‥‥なんで泣いてんだよオレ」
自分の感情をもてあましているユウを優しく見つめながら、源治がぽつりとつぶやいた。
「また生き延びちまったか‥‥」
彼が別れたのは、清四郎と零音。
代わりに、王零との再会が待っていた。
「常々人間離れしてると思ってはいたが‥‥。全然変わってねぇな、お前は」
「やっぱり、不老不死じゃない」
katzeの指摘に源治が笑い出した。
一仕事終えて、紗夜が煙草を吹かしている。
「‥‥今年で42か。まだ、弟の願いは果たせていない」
だから、彼女は死ねなかった。
憎むことが生きる力になるのならば、何を憎んででも生き延びると、思い定めて‥‥。
息子の墓前で、王零は仇討ちの達成を報告する。‥‥ところで目を覚ました。
「『壱刃』か‥‥。ふむ、息子の名前には確かにいいかもしれんが‥‥。まぁ面白い夢だったな」
そんな感想を漏らしていた。