●リプレイ本文
●秋空の元
「‥‥天気も良いですし、絶好のまつり日和ってとこかな」
「私は施設の方しかお手伝いした事がありませんでしたけど‥‥。野外でのイベントも良い、ですね」
自然溢れる景色を眺めて、ソウマ(
gc0505)や石動 小夜子(
ga0121)が口元をほころばせている。
「うわー、季節モノだと思ってる果物もなってるんだね! 色々あって目移りしちゃうね!」
ビニールハウスを眺めて、鈴木悠司(
gc1251)は心底楽しそうだ。
「秋はいいよね。果物も美味しいし、天気もいいし。絶好のピクニック日和だよね」
(「そうね‥‥。是非楽しんでいきなさいな」)
八葉 白雪(
gb2228)に声なき声で語りかけるのは、双子の姉・真白のものだ。心に宿る姉だけでなく、兄の八葉 白夜(
gc3296)と妹の八葉 白珠(
gc0899)も参加者に混じっていた。
「果物狩りですか。‥‥経験した事はないですが面白そうですね」
「わたしたちの事をわかってもらうための大事なお仕事‥‥、頑張ります!」
兄や姉とは違い、白珠は非常に意気込んでいる。
「そうですね。能力者に偏見を持たれないように精一杯がんばるとしますか。ULTまつりを成功させるために」
ソウマが頷いた。
早速着替えてきたアーク・ウイング(
gb4432)の衣装は、バニーガール衣装から耳や尻尾などのパーツを流用したものだ。年齢や容姿を考慮し、完璧なバニーガールに扮するのは自粛した結果である。
他のメンバーは、有村隼人(
gc1736)のように私服でULTの腕章をしめる人間が多いようだ。
仕事を分担しようとしたところで、戸惑いをみせたのが白珠である。
「あの‥‥、行っちゃうんですか‥‥?」
寂しそうな妹を、兄に代わって白雪が慰める。
「三人で固まってると皆さんを手伝えないからだってさ」
エシック・ランカスター(
gc4778)が担当するのは、屋台にある無料配布コーナーだった。
「ご来場頂いた方々に満足して頂きましょう」
ふわふわクッションや膝掛けようのカラフルストールを自前で持ち込んだのも、来場者に快適に過ごしてもうための配慮だ。
大人にはお茶とおしゃべりで、子供のためにも一工夫して、彼は客を待ちかねていた。
「果樹園、広そうだし、夢中になってたら迷子にもなるよね。折角の楽しいイベントだもん、迷子で泣いてちゃ勿体無い!」
迷子相手に専念しようとする悠司。
「さて、裏方業務に徹するかな」
沙玖(
gc4538)も彼と同じように考えていたが、恥ずかしがり屋の彼は素直に表せないようだ。
今回の担当は菓子作りだけに絞った小夜子は、気合いを入れるかのようにエプロンを締める。
「取れたてはそのまま頂くのが一番、なのですけれど‥‥日持ちしませんものね。簡単に出来るものを幾つか作ってみましょう」
屋台を担当する職員相手に、小夜子は料理指南をするつもりだ。
「作り方を覚えておけば、帰ってから余った果物が出なくて安心、ですものね」
兄と別れた姉妹は林檎のタルト作りの担当だった。
「たまちゃん、そこの卵割っておいて!」
「は、はい! 雪姉さま!」
白雪の指示に張り切って答えた白珠が、山のような卵を割って白身と黄身に分けていった。
●果実の森
入園するとすぐに運営テントが目に入る。
「自分の選択肢を広げる為にとか、軽い気持ちで良いと思いますよ。適正があったからと言って、能力者にならなくてはいけない訳ではないですからね」
黒いビジネススーツ姿で、ソウマが適性検査をアピールしていた。
「僕なんか、普通の学校に通いながら傭兵している変り種ですよ。だから、テスト期間中傭兵は休業なんです」
ソウマがウィンクしながら訴える。
テント内にいた沙玖などは、自分には無理そうだと感心しながらそれを眺めていた。
「りんごやミカンなら、甘煮が出来ますね。お砂糖とお水だけでも充分美味しく出来上がりますし、時間も掛からないので、ご家庭で手軽に出来る料理、です」
次に小夜子が指さしたのは、いちごやブドウだ。
「こっちはゼリーでしょうか。普通にゼラチン等を使うゼリーも良いですし、カロリーが気になる方は寒天を使うのも良い、ですよ。リンゴやミカンの甘煮を入れても良いので、手間が掛かるけど応用が効くお菓子かも、です」
「桃や梨は使わないんですか?」
スタッフの問いに小夜子が答える。
「砂糖漬けならどれも使えます。時間は掛かりますけど、砂糖とレモン汁を使うだけで漬物とほぼ同じ手順ですので、手軽に出来るお菓子だと思います。ただこれは‥‥ダイエットの敵なので、お気をつけ下さいね‥‥」
そんな調理場へ、白夜が顔を出した。
「白雪も白珠も精が出ますね。お前達のお菓子、楽しみにしていますよ」
彼はもう一人の妹へも話しかける。
「真白、お前もたまにはこのようなところにも顔を出したらどうですか? きっと楽しいですよ」
「あの‥‥、どうしても私はこういう席が苦手で‥‥はい。善処します」
表に出てきた真白は、拒みきれずに調理へ参加することに決めた。
「白珠‥‥そうね。オーブンを温めておいて頂戴」
「はい! わかりました真白姉さま!」
真白との共同作業に、白珠は嬉しそうに笑顔で応じていた。
「スキルの実演ですか? かしこまりました」
林檎の木まで案内した隼人が、短剣の蛇剋を取りだした。
黒い刀身が赤く光ったのは両断剣の証だ。
軽く飛んだ隼人は、林檎を斬り落として再び着地する。
「‥‥はい、どうぞ」
実演に適したスキルがないアークは、客の前で野草の知識を披露していたのだが‥‥、どうやら、子供達はすぐに飽きてしまったらしい。
「それじゃあねぇ、使えるスキルはないけど‥‥」
頭上を見上げたアークが子供に言い聞かせる。
「ちょっと、ここに立っててね」
その場から10歩ほど離れたアークは、振り向くとエネルギーガンを上に向けて発砲した。
手の中に落ちてきた蜜柑に、子供が喜びの声を上げていた。
「そんな遠くから、お疲れでしょう。ジャムとクラッカーです。甘いものは疲れにいいですよ」
英国暮らしによるものか、エシックはまるで執事の如く客をもてなしている。
「僕、ノド渇いてない? ジュース飲んでいきなよ。チョコもあるよ」
子供達へ差し出すのは、個人的に持ち込んだ菓子類だった。
「退屈だったら、双眼鏡も貸し出すよ」
そんな応対をしながら、エシックはなにげなく紅茶の蒸らし時間を計っている。
あらかじめポットとカップは暖めておく。
お湯は95度以上を厳守。
沸騰から大体一分で火を止める。
これだけこだわったのだから、途中で手抜くわけにはいかないだろう。
「どうぞ、お好みで砂糖とミルクをご利用ください」
●祭りの喧噪
迷子を見つけたソウマは、取りだしたメダルを子供の前に差し出した。
「ほら、こうするとメダルが増えた。これは『幸運のメダル』なんだよ」
大道芸をしていた経験があるので、昔取った杵柄と言うやつだ。
「大事なものだけど、少しの間貸してあげるよ」
子供を案内した迷子センターでは、悠司が笑顔で出迎えた。
「お迎えが来るまで、一緒に遊んでようね!」
彼が生やしている犬の耳と尻尾は、特別な扮装などではなく、覚醒による状態変化だ。
「ちょっと面白いし、珍しいでしょ。でも本物だから引っ張ったりしちゃ駄目だよ! 引っ張った子にはくすぐってお仕置きだー!」
「子供達はアークが相手してあげるね」
年格好はこどもそのものながら、果物狩りに忙しい親たちへアークが請け負ってみせる。
「こんな道具を使って戦ってるんだよ〜」
見たこともない小型超機械αへ面白そうに手を伸ばす子供達。
ぎょっとした親たちへ、アークが慌てて弁解する。
「これは今動かないようになってるんだよ! ホントだってば!」
騒いでいた子供の一人を、隼人が呼び止める。
「あ、服が。‥‥少し待ってくださいね」
無理矢理袖を引っ張られたのか、ほつれていた肩口を隼人はソーイングセットで繕ってあげた。
遊びたくてそわそわしている子供に、苦笑しながら声をかける。
「これで大丈夫です」
「ありがとう」
一言告げるなり友達とはしゃぎ始める。この調子では、何度でも袖を破りそうだ。
「こういったのんびりとしたイベントはいいですね‥‥」
微笑みを浮かべつつ、隼人が自然につぶやきを漏らした。
休憩を待って、白夜の元へ姉妹が差し入れにタルトを持ってきた。
「あの‥‥お味はどうですか‥‥?」
おずおずと問いかける白珠に、白夜は笑顔で応じる。
「ふむ‥‥。美味しいですね。これなら皆さんもさぞ喜んで下さる事でしょう」
「お兄ちゃんが進んでお菓子食べるのって珍しいよね」
そう指摘しつつも、妹への気づかいを感じて白雪は嬉しかった。
「気をつけて。また困ったら、ここに来るといい」
沙玖が治療を終えた客を送り出したところへアークが老人を連れてきた。
「練成治療で怪我は治したけど、疲れているみたいだから休ませてあげて」
怪我人が少なくいと沙玖は感じていたが、アークが、あるいはソウマあたりも、発見したその場でスキルによる治療を行っていたようだ。
「少し、うるさいかも知れない」
沙玖が念を押したのは、悠司が子供達とは騒いでいたためだ。
「ほら、ウサギみたいで可愛いでしょ?」
兎型に切った林檎で子供達を楽しませている。
「いやいや、楽しそうでいいですなぁ」
気づかう沙玖に、老人は笑顔で応じた。
「あっ。どっちが長く皮をむけるか勝負しませんか?」
こちらに気づいた悠司が老人に挑戦し、迷子センターはさらに騒がしくなった。
「何見てんだよ。ああっ!?」
持ち込んだ酒で酔っぱらっているらしい男が、首根っこを押さえられた。
「な、なにしやがる!」
男が目にしたのは、微笑を浮かべているソウマだった。
「あんまり度が過ぎると、このままお手玉始めますよ」
眼は笑っていない。
彼の豪力発現ならば実行も不可能ではない。
怪我をさせても蘇生術を使えばいいかなぁなどという思考が伝わったのか、男は必死で首を振って自分が反省したことをアピールするのだった。
●憩いの一時
「八葉流壱の型‥‥萌芽」
覚醒の影響で、白雪が刹那を発動させると花びらが舞った。
居合い抜きした血桜が林檎を切り落としたのを見て、見物客から拍手が起こった。
「えへへ、これだけは昔から得意なんだよね」
誇らしげな白雪に、内心では真白が突っ込んでいる。
(「じゃ、他の型は?」)
周囲へ聞こえないのをいいことに、白雪は聞こえないふりをした。
妹の方もスキルの実演に挑戦中だ。
「えっと、探査の目!」
敵や罠が存在せず、成果はなさそうだ。
「‥‥グットラック!」
運は良くなったものの、見た目ではわかりっこない。
「あの‥‥蘇生術で‥‥」
きょろきょろと見渡しても、怪我人が見あたらなかった。
落ち込んでうつむく白珠の頭が、誰かに優しく撫でられた。
「兄として、『八葉』の当主として、私がお見せしましょう」
「白夜兄さま?」
「よく見てて下さい。この驟雨が‥‥あっという間にクリスダガーに持ち換わります」
ソウマの手品ではないが、白夜は抜刀・瞬で武器の持ち替えを実演する。
地味なために今ひとつ受けが良くないようだ。
「では、八葉流壱の型‥‥萌芽」
抜く手も見せぬ居合い斬りが、先ほどの白雪と同じく林檎を切り落としていた。
「大丈夫だ、ここで待っていれば迎えは来るからな。‥‥子供をあやすというのは慣れないな」
沙玖は子供が嫌いではないし、上手くやりたいと思うのだが、性格的に上手く表現できない。てらいなく騒げる悠司を羨ましそうに眺めた。
子供に不安に与えないためにと、沙玖は思い切って覚醒を決断する。
「ふはは、LHの救世主と言われている俺が相手をしてやろう。遠慮せずに来るといい!」
性格を豹変させ、どこからともなく取りだしたマントを翻させる。覚醒終了後に羞恥でヘコむのはわかっていたが、この場は子供を優先した。
「この俺が肩車をしてやろう、俺の目線で物事を見れば世界が広がるぞ!」
親探しのことも忘れ、子供を楽しませようと沙玖は奮闘するのであった。
終了まで時間があると見て、隼人も調理場へとやってきた。
「せっかく包丁を持ってきましたしね‥‥」
手に馴染んだアルティメット包丁で菓子作りを開始する。
しばらくして屋台に並んだのは、数量限定のお手製アップルパイだった。
「甘いものはどうですか、そこの屋台でお菓子を作ってるんです。希望があれば取り寄せますよ」
テーブルの間を縫って、エシックは宣伝にも余念がない。
「紅茶に合う果物といえば、リンゴに蜜柑に梨‥‥皆ココで取れますね。果樹園では果物狩りをしてるんですよ」
不足の事態に備えてか銃を隠し持っていたが、態度や動作からは一般人に見破れるものではなかった。
「そのジャム美味しいですよね。お土産に向こうでプレゼントしてるんですよ。帰りに貰って行ってくださいね」
エシックが示した先では、小夜子がジャムの説明をしていた。
「市販のジャムより日持ちしませんので、早めに召し上がってくださいね」
ここで収穫される果物の種類だけ、色とりどりのジャムが並んでいる。煮込むために時間や手間がかかったものの、小夜子としては自慢のデキだった。
「記念にどうぞ。また次のおまつりにも来て下さいね」
お土産を配るソウマの笑顔は、あくまでも演技力によるものだ。
(「ふふ‥‥後でゆっくり味わいたい、です」)
小夜子自身もお土産用のジャムを幾つかお持ち帰りする予定であった。
閉園時間を過ぎると、来場者も消え、職員達も仕事も腰を落ち着けていた。
「これで片付けも終わりかな」
アークの言葉に沙玖も頷いていた。
「こういった催し物はいいですね。一般の方に楽しんでもらえれば幸いです」
隼人が満足そうに一息ついている。
「時々嘘のように思えますよ。こうやって、お前たちと肩を並べる事が出来るのが‥‥。昔の私では考えられませんでした」
白夜が寂しそうに思えて、白珠は熱を込めて訴えてしまう。
「あの‥‥えっと、その‥‥。わたしずっと白夜兄さまと雪姉さまの傍にいます! ぜったいにいます!」
「も〜。たまちゃんってば本当に可愛い!」
いじらしく感じた白雪は、妹を思わずぎゅっと抱きしめるのだった。