●リプレイ本文
●泥試合
高級チョコレートの試食権を賭けた泥レス大会‥‥のはずが、提案したマルコ・ヴィスコンティ(gz0279)にとっては非常に残念な状況となっていた。
参加希望していた者の大半が、それぞれの事情から来られなくなってしまったのだ。
「実家の兄貴たちへのチョコは、もう宅配してもらったからね。僕だってあまーいもの食べても罰は当たらないでしょ♪ ‥‥ってことで、折角だし参加してみるんだよ♪」
やる気を見せているのは、当日にレストラン『レインボー』の仕事を受けていた鷹崎 空音(
ga7068)のみ。
同じく臨時スタッフである終夜・無月(
ga3084)などは我関せずといった様子で、まるで興味を示してない。
そんな事情から、マルコは『レインボー』の主要メンバーへ参加を頼み込んでいた。
「‥‥高級チョコには興味はありますが‥‥泥レスですか。‥‥こういう体力が物を言いそうな事は‥‥苦手なのですよね‥‥」
気乗りしない様子の奏歌 アルブレヒト(
gb9003)。
性格面でも身体的にも向いていないとは思うのだが、マルコとしては他に頼める相手がいないのだ。
「せっかく準備したわけだし、これも客寄せの一環だからな。能力者に親しみを持ってもらうという意味でも、有意義だと思うんだ」
マルコの懇願に押し切られる形で、奏歌は仕方なく参戦を承諾したのだった。
「実戦に比べて危険度は低いでしょうけど、気の緩みは怪我につながりますから、準備運動だけは怠らないようにお願いします」
辰巳 空(
ga4698)が出場選手の二人に注意して、それぞれを控え室へと送り出す。
ULTタウンの医務官である彼はリングドクターを引き受け、応急手当用の道具を持参して会場の隅っこに陣取るのだった。
「春節の次はバレンタインですか‥‥。医者にとってバレンタインとは、只の聖人の名前なんですよね」
ため息混じりに空がつぶやきを漏らす。
「世間一般からすると、ここから6月迄は『恋人達の修羅場』ですけど、私にとってみれば‥‥花粉症の苦情受付や各種スポーツのトレーニングキャンプのレポートと色々と忙しい訳で、バレンタイン所じゃないのは確かです」
見物は無料ということもあって、泥をたたえたリングは多くの来場者達によって取り囲まれている。参加者二人が女性であるため、中には邪な視線も混じっていることだろう。
責任者としてレフェリーを行うマルコがマイクを握った。
『赤コーナー! 身長147 cm。機体演習終了生のグラップラー! 鷹崎 空音!』
ばっとジャケットを脱いだ空音が、高校時代のスク水姿となってリングへと飛びこんだ。
『青コーナー! 身長153 cm。ナナレンジャーのウィスタリア! 奏歌 アルブレヒト!』
背中まで隠すシンプルな水着はいいとして、奏歌はペンダントとカチューシャを身につけたままリングに登る。これは彼女にとって必要な補助装置であるため、やむを得ないところだろう。
共に17歳の少女であり、似たような体格の二人が対峙する。
カーン!
甲高いゴングの音が会場内に響き、二人の活躍を期待した観客がエールを送る。
相手の力を利用しようと考えていた空音だったが、もともと体力に自信のない奏歌はこれ幸いと動こうとしない。
膠着状態に観客から不満が漏れるよりも早く、空気を読んだ空音が自分から仕掛けた。
「格闘戦ならグラップラーの十八番っ、負けられないね♪」
空音の突き出した両手から逃れた奏歌だったが、空音は低い姿勢で飛びこんで奏歌の右足にしがみつく。自ら体を投げ出した空音は、奏歌の体を巻き込むようにしてグラウンドに引きずり込んだ。
二人の四肢が互いの肌の表面で滑り、泥に汚れる面積が見る間に広くなっていく。
右腕を背後にひねろうとした空音に対し、奏歌は上手く力点をづらして抜け出すことに成功する。
わずかな攻防で呼吸に乱が出ている奏歌は、体力の無さを自重するように嘆いていた。
「‥‥頭脳派なんですよ‥‥奏歌は‥‥」
その自覚があるため、無茶な攻撃は控えて、あくまでも防戦に徹するつもりだ。
しかし、攻撃の手を緩めない空音の前に、奏歌は応戦せざるを得ず、絶えずスタミナを削り取られていく。
泥の化粧を纏いながら躍動する二人の少女に、見物客からは歓声が上がった。
「医者としては、怪我人が出ないことを祈るのみですね‥‥」
落ち着いた声色でつぶやいたのは空である。
対戦の盛り上がりに水を差すような形で、館内放送が流れた。
『○×製菓工場がアリ型のデガスキメラによって襲撃を受けました。ULTタウンにまで被害が及ぶ可能性は低いと思われますが、万一に備えて館内放送にご注意ください。繰り返します‥‥』
回線を奪われてしまったため、マイクを諦めたマルコが大声を張り上げる。
「出場者が迎撃に向かいますので、申し訳ありませんが、泥レスはこれで中止となります! 以降のことは、ULTタウンのスタッフが対応します!」
奏歌を動かすために事情説明をしたものの、マルコとしては不安が拭えない。
「まずいな‥‥」
その焦燥を、実況席に駆け寄った奏歌も共有する。
「‥‥奏歌と空さん以外、‥‥この近くにはナナレンジャーがいないんですよね?」
マルコの頷きが事態の深刻さを物語る。
「ナナレンジャーって何? さっきも言ってたけど」
話に割って入ったのは、奏歌と対戦していた空音だった。
「ナナレンジャーというのは、対デガスキメラ用特殊部隊である七色戦隊の通称です」
合流した空が彼女への説明役を買って出た。
「ウィルスを散布するデガスキメラへ対抗するには、戦隊が使用する専用スーツが必要になるんです」
「‥‥ふふっ、面白そうだね。いいよ、僕もやってみる!」
空音はリングに登ったときと同じような表情で申し出た。
「地下の研究室に予備はあるけど、‥‥いいのか?」
笑顔で頷いた空音は、もっと突っ込んだ話題を口にする。
「ナナレンジャーのスーツ色にはどんなのがあるの?」
指折り数えてマルコが告げると、うんと頷いて空音が決断する。
「青系の人多いし、鳥つながりで『カナリヤ』にしてみようかな。最近は女性レンジャーもイエローやるからねぇ」
「私はスノーホワイトでお願いします」
聞こえてきたのは5人目の声。試合の見物に来ていたらしい無月がいつの間にか傍らに立っていた。
●工場戦
蔓延しているであろうウィルスから安全な距離を保ち、タイヤを軋ませながら停車するビフロスト。
飛び降りた空の体が青い光に包まれて、ナナレンジャーのプルシャンブルーへと変身する。
製菓工場の敷地には、幾つかの建物をつなぐための道路が存在し、アスファルトの路面には黒光りする巨大な蟻が30匹ほど闊歩していた。中には、一体だけ2mにまで達する個体が存在している。
「‥‥落ちたチョコに群がる‥‥アリは見た事がありますが‥‥キメラにもなると‥‥工場にまで群がりますか」
ウィスタリアこと奏歌が目の前の光景に呆れていると、空はあえて問題点を指摘した。
「女王のみを相手にするにしても、タイムリミットには注意しなければならないでしょうね。‥‥まあ、蟻キメラって普通にキメラとして最悪の部類なんですよね‥‥実際」
「これがデガスキメラ‥‥。何でだろう、不思議と怖くない。‥‥うん、僕だって‥‥‥‥デガスキメラと戦える!」
わき上がる戦意を実感しながら、空音が気合いを入れていた。
「打ち合わせどおり、一発かましてやれ」
励ましの言葉と共に、マルコが無月へ手渡したのはバレーボールサイズの球だった。
4人が同時に行動を起こす。
「行きます」
無月が明鏡止水で斬りつけることが、この攻撃の起点となる。
豪力発現を付与されて飛ぶボールを、空音が爪で受け流して疾風脚を上乗せする。
この連係に不慣れな二人が序盤に参加し、経験者の二人が後半を引き受けて修正を行う。
奏歌の電波増強に続き、空の紅蓮衝撃が加わった。
ピンボールの球の様に跳ね回るボールは、メンバーが触れるたびに威力を増加させていく。
一同は、ナナレンジャーの必殺技であるレインボー・アークを、敵への先制攻撃として繰り出したのだ。
レインボーと呼ぶには少し色が足りないため、名づけるならば『カルテット・アーク』だろうか。
身を盾にして防ごうとした小型キメラ2体をものともせず、標的のアリデガスキメラへ炸裂したボールから、白、黄、藤色、紺青と、四色の光が弾けた。
ギ、ギ、ギ。
大きな傷を負ったアリデガスキメラは、呻きつつも未だ倒れず。
「4人なのだから、威力が足りないのは予測済みです。初めてのメンバーを入れて成功したのは、人数が少ないからとも言えますしね」
空の言葉に奏歌が頷く。
「‥‥混戦になってからだと‥‥条件が厳しくなるから、‥‥賭けは成功です」
彼等にとって一番の標的は、ウィルスを生み出す母体であるデガスキメラだ。それさえ果たせれば、拡散しかできない小型デガスキメラは一般の傭兵達にでも対処は可能となる。
「穢れ無き白‥‥其の意味を訓えてあげましょう‥‥」
スノーホワイトの人影が、女王蟻の前に立ちはだかる壁へ、白刃の如く斬り込んで行った。敵の殲滅撃破を狙う無月は、明鏡止水で小型キメラを薙ぎ払っては、刀の届く空間を自陣として切り取っていく。
無月は敵の弱さを侮るつもりはなかったが、こちらの手数を上回る頭数には辟易するしかない。
泥レスが原因なのか体力の落ちていた奏歌は、後方に控えて無月の援護にザフィエルを撃ち込んでいる。
代わって、カナリヤとプルシャンブルーが、それぞれの装備した爪を振り回して女王蟻へと迫った。
空音は身軽さを活かして敵を翻弄するつもりだったが、どこへ移動しても敵が存在し、しがみつかれ噛みつかれてしまう。
「食べ物の恨みは空よりも高く、海よりも深いってこと、よーく味わわせてあげるよっ!」
力こそ強くとも、体の軽い小型キメラを蹴り剥がすようにして、空音が派手に動き回る。意図的に目立つ行動を取ったのは、あくまでも敵の注意を引きつけるため。
彼女の後方から青い影が飛び出した。
女王蟻に対して、空音をブラインドにしながら、空はさらに三角飛びの要領で敵の意表を突いた。
錐もみ式のドロップキックは、紅蓮衝撃がスーツの影響を受けて青く輝いていた。
「プルシャンブルー・バーストインパルス」
反射的に下がった女王蟻だったが、彼の足から伸びたソニックブームがそれでも届き、地面へと叩きつけた。
十分な手応えを感じた空に、大技の代償としての隙が生じ、蟻達が噛みつくことになる。
厄介な敵から距離を稼ぎ、安堵したであろう女王蟻へ、疾風脚と瞬天足を組み合わた空音が追いすがった。
「避けてもいいよっ‥‥避けられるならね! カナリア・イリュージョン!」
黄色い輝きと共に、両手の爪が女王蟻の体表を抉る。
女王蟻は回避を許されなかったかわりに、傷を負わせた敵への逆撃へと転じた。
吐き出された蟻酸を至近距離から浴びて、さすがに空音の手も鈍る。
小型キメラへ容赦のない斬撃を浴びせた無月は、切り開いた視界から空音の状況を目にとめた。
瞬天速で敵の合間を駆け抜け、無月は瞬時に女王蟻の元へと達していた。
一転してチャンスが訪れたと察し、空音も呼吸を合わせて攻撃を繰り出した。
無月の豪力発現が白く輝き、空音の二連撃が黄色に輝く。
「これぞ必殺っ、『ツインカラー・シュヴァルベ』ッ!」
空音が即興でつけた連携技の名は、ツバメ返しをイメージしたものだった。
手酷い傷を負って黒く濁った体液をこぼしながら、女王蟻は逃走に移る。
しかし、その先には奏歌が立っていた。
彼女にとっても思わぬ流れだったものの、足を止めたまま奏歌は迫り来る女王蟻へ属性変化を施した。
自身が水属性に変化していたことも、奏歌の武器が雷属性であることも知らず、女王蟻は邪魔者の排除を試みる。
「‥‥ウィスタリア‥‥ライトニングスラッシュ」
彼女の機械爪「ラサータ」が袈裟懸けに女王蟻の胸部を抉った。
致命傷と思われるダメージを負いながらも、虫らしいしぶとさを見せて女王蟻は奏歌の首筋へ牙をむける。
彼女が突き飛ばすよりも早く、一陣の風が吹く。
女王蟻を追ってきた無月が、風ごと切り裂くように明鏡止水を振るい、その首を斬り飛ばしたのだった。
残った体が崩れ落ちるのを視界の片隅に捉え、それでも彼は警戒を解こうとしなかった。
「戦いの帰趨は定まったようですが、仕事はまだ残っているようですね」
周囲には未だ小型キメラ達が残っており、4人はその包囲下にある。
さらに、戦闘開始から十分が経過したことで、エネルギーの尽きたスーツが解除されてしまった。ウィルスが消滅したと言っても、下着姿で敵と対峙するのはさすがに心許ない。
「‥‥重い傷を負ったら、‥‥奏歌が治療します」
皆を不安を払拭しようと口にした奏歌だが‥‥、そこまでの心配は要らなかったようだ。
包囲網の外周に位置する蟻キメラが、一匹、また一匹と倒されていく。
「なんとか5人の傭兵が間に合ったから、後のことは彼等に任せよう」
マルコの言葉通り、かけつけた援軍が戦いに加わっていた。
4人のナナレンジャーは、離脱のついでに幾匹かの蟻キメラを葬りつつ、無事にビフロストの元へ戻るのだった。
そんな一件があって、その数日後。
○×製菓会社からお礼として、ナナレンジャーのもとへ高級チョコレートが山ほど届けられた。
あまりにも大量なため、女性陣が嬉しい悲鳴を上げた。
戦いは少人数で苦戦したのだからと、残りのチョコレートを消化するのは、不在だった仲間達にも手伝わせようと一同は思うのだった。