●リプレイ本文
●寒空の下で
土手の斜面を降りた11名の傭兵が、河川敷に降り立った。
「初めての、依頼。緊張してるのかな、胸がドキドキする」
初々しい様子のシュナ・バルシュナ(
gc6590)。
(それぞれの思いを胸に能力者になった人達‥‥。特技を生かして、活躍できるようしっかり守らなければ)
新人や女性を守りたいと考えている沖田 護(
gc0208)にとって、彼女はどちらの条件にも当てはまる。
シュナより少しだけ年上で、少しだけ経験のあるトゥリム(
gc6022)もまた、同様である。
「‥‥‥‥」
物静かなトゥリムだが、求められたスナイパーとしての役割を果たそうと意気込んでいるのが、傍目にもわかった。
似たような立場のアリス・ターンオーバー(gz0311)もまた、無駄口を叩くことなく淡々と戦闘準備を整えている。
アリスの持つ、英国人で金髪という断片的な共通点が原因なのか、記憶を刺激されたドクター・ウェスト(
ga0241)は失った妹のことを思い出す。
(今の我輩には必要のない感傷だ‥‥)
己の意志で、彼はその想いを心の奥へと押しやるのだった。
「やれやれ、寒いのぅ‥‥。一刻も早く片付けて暖かい飲茶にありつきたいものじゃ」
煌 輝龍(
gc6601)のぼやき声に、夕風 悠(
ga3948)が戦意も高らかに熱く語る。
「すぐに極北に行かなければいけないことを考えれば、これくらいどうってことないよっ」
ちなみに、絶斗(
ga9337)が黒鎧「ベリアル」や特注の「狂戦士の鎧」やアーマージャケットまで装備しているのは、防御力向上よりも防寒を目的としてのことだった。
「ライフライン、か‥‥。このつり橋を守り抜く事で人々の暮らしも守れるんなら、絶対に成功させないとね」
サーシャ・クライン(
gc6636)が背負うものに言及すると、護が言葉を添えた。
「それぞれが力を発揮すれば、必ず勝てます。がんばりましょう」
冷気の中で水着姿をさらしたレイ・ニア(
gc6805)に、もふもふわんこパーカーを着用しているシュナが問いかけた。
「寒くないの?」
自分の身体を抱きしめたレイは、瞑目しながら手を合わせた後、涼しげな表情を浮かべた。
「‥‥?」
小首を傾げるシュナ。
「心頭滅却すれば火もまた涼し?」
言いたいことを代弁してくれた悠に、レイがこくこくと頷いた。
橋の下に転がっていたらしい錆びた一斗缶を、輝龍が拾ってくる。バーベキューにでも使用されたらしい残骸に、もう一度同じ役目を課そうと、放り込んだ小枝に火をつける。
「やれやれだな。クラス特性からいっても水中戦は避けたいのだが‥‥やむをえんか」
エリク・バルフォア(
gc6648)達へ、声をかけて護が送り出す。
「水の中はお願いします」
「何か温かいものを用意しておいてくれないか? 風邪でもひいて喉をやられるとまずいのでね」
エリクがハーモナーらしい心配を口にすると、シュナが笑顔で応じる。
「あったかいココア持って来たから、終わったら、みんなで飲んで温まろうね」
「我輩には熱い紅茶をお願いするよ〜」
言い残したウェストは、レイと手分けして数枚のシーツを川底へと運んでいく。
ちょっとした仕掛けのために、戦闘前から3人は水面下へと身を沈めた。
川下に位置したレイがシーツの片端を川底に錘で固定すると同時に、上流側がロープで余裕を持たせると、水流を受けたシーツが膨らむように持ち上がる。
川を遡る魚にとっては、川が急激に浅くなったように思えるはずだ。
「時間があれば堰を作るのだがね〜」
「‥‥‥‥」
ウェストの無茶なセリフに、レイは無言で応じるのだった。
●空中と水中
水中作業の手伝いも考慮に入れていた悠だが、キメラの到達時刻が正確にわからないので、これは断念していた。
求められた狙撃に専念しようと、悠は狙撃班の一員として橋の上に立っている。
手にしているのは、弓のレインボウ。
「見繕ったけど、いいものが見つからなかったし、自信のある弓にしたんだよね」
「いいんじゃないか? 俺は新しく造ったウィングカッターの試し撃ちが目的だしな。それに、報酬も欲しい」
バツが悪そう告げた悠に、絶斗は悪びれることなく、依頼への取り組み方はそれぞれだと言い切った。
「わあ、高い高い! 落ちたら痛そ〜」
初依頼による緊張も忘れたのか、シュナは橋からの眺めにはしゃいでいる。
雪がちらほらと舞う中、最初に敵を察したのはサーシャであった。
「来た!」
川面に弾ける幾つかの水でできた王冠。それは、飛び跳ねた跡と、飛びこんだ跡だ。
「さぁて、稼ぎますか」
主の絶斗に、バックル型のAI機能拡張ユニットが応じた。
『オープンコンバット!』
静かに深呼吸して目を開いたシュナが覚醒する。ほんの一瞬で、数年分も成長したかのような変化が生じ、身長はレイを上回るほどだ。
手始めに、シュナは近くにいた輝龍と悠へ練成強化を施した。
宙を飛び跳ねるトビラニアを、射程に捉えた人間から順に銃弾や矢を撃ち込んでいく。
この距離では命中率も今ひとつだが、ダメージを負った何匹かはバランスを崩して水中に没している。
狙撃眼で射程を伸ばしつつ、プローンポジションでの射撃を行っていた輝龍は、小銃「WM−79」を傍らに置いて立ちあがった。
彼女が脱ぎ捨てたコートの下からは、ビキニを纏った彼女の肢体が現れた。ちなみに、パレオも装着済みだ。
長い髪は、邪魔にならないよう、最初から二つのお団子型にまとめて結い上げてある。
水中用の銃を胸や腰に突っ込んで、剣はベルトを使って背中に背負う。
「上は任せた。行ってくる」
そう言い残した輝龍は、橋の欄干を蹴って、空中へと身を躍らせるのだった。
「ニア、力を貸して」
到着してから誰も耳にしていないレイの声が、亡くした兄の名をつぶやく。
覚醒した彼女は、仲間達と共に潜水を開始する。
「ごぼっごぼっごぼっ、ごぼぼぼぼ、ごぼぼぼごぼぼぼぼぼぉ」
いつもの『けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜』という名乗りが、泡となって川の流れに消し飛ばされる。
川を遡る魚群がシーツの斜面に押し上げられるように、浅い位置へ、傭兵の正面へと誘い込まれる。
まずは、ウェストの水陸両用アサルトライフルが、敵の鼻っ面目がけて銃弾を撃ち込んでいく。
「防具も無いので距離を取りたいんだが‥‥それもままならんか」
現在の状況において、自身の格闘や射撃の技術では倒すのは難しいと考えていたエリクは、決定打を与えるのは仲間に委ねるつもりだ。
エリクは水中用拳銃『SPP−1P』を発砲し、トビラニアの側面から追い立てて、ウェストの方へ押し込んでいく。
その射線をかわした一匹が、エリクに迫る。
しかし、彼の替わりに傷を受けたのは、目の前で誰かが傷つくのを嫌って、ボディガードを使用したレイであった。
噛みついたトビラニアの牙は、わずかな伸縮の繰り返しでより深く噛みつこうとする。
エリクのアロンダイトが閃いて、レイに噛みつくキメラの胴体を半ばまで切り裂いた。しぶとく食いつくキメラを、ウェストの銃弾が抉って絶命させる。
(冷たいっ! 寒いっ!)
戦闘の邪魔にならないよう、離れた場所へ飛びこんだ輝龍の声にならない声。
「ん〜っ!」
浮かぶ不満をうなり声に込めながら、輝龍は背中から引き抜いた水中剣と、胸の間から取りだした水中銃を武器に、群れへと襲い掛かった。
「‥‥っ!」
(魚なんぞ串刺しじゃ!)
気合いを込めた輝龍が、向かってくるキメラへ切っ先を向けて迎え撃つ。
傭兵4人から受けた圧力で、動き回るスペースを減らされた魚キメラは、より自由に泳げる空へと飛び立った。
●寒風と冷水
「相対速度算出、そこっ!」
約4か月ぶりに装着するバハムートも、手にした超機械「ヘスペリデス」も、護の信頼に応えて、飛び交うキメラの一体に電磁波を命中させる。
「‥‥夜空を照らす星々よ、気紛れなる風に幻惑の歌を乗せて彼の者を惑わせ‥‥」
サーシャがほしくずの唄を歌い上げると、ワイヤーへ向かおうとしたトビラニアが、進路を変えて手近な敵へ噛みついてきた。
危険を招くことにつながるが、傭兵達にとっては橋を守ることこそが優先される。
絶斗に噛みつたトビラニアが歯を軋ませるが、三重に纏った鎧が受け止めて肉体にまでは届かない。
ぶら下がっている魚を無視して、絶斗はワイヤーを狙う個体目がけてウィングカッターを向けた。羽根のような形状の弾丸がトビラニアを撃ち抜き、持ち主を納得させるだけの威力を発揮した。
受けた痛みで反射的に振り向いたシュナは、逆立ちするように肩へ噛みついた魚を目にする。歯の構造がわからなかったため、引き剥がすのは避けて、彼女は仲間の援護を期待して耐えることを選んだ。
「痛い。痛いよぉ‥‥」
彼女を救ったのは護だった。電磁波を魚に浴びせて始末すると、練成治療によって傷を回復させる。
水中班の成果なのか、飛来するトビラニアが増しているようだ。
守りへ専念するために、護はボディーガードと竜の鱗を発動させて、トゥリムへ向かった魚をその身に受ける。
「敵の牙は僕が防ぎます。射撃と支援に集中を」
全てを自分一人で守りきるのは不可能だろうが、ここには彼が実力を知っているウェストや悠や絶斗といった先輩が居合わせているのだ。
ボチャン、ボチャンと音を立てて、水上で迎撃されたトビラニアが川へ降り注ぐ。
「音は即ち震動‥‥水中は論外だが水面付近なら‥‥。試してみるか」
水面に顔を出したエリクの口から、ほしくずの唄が流れ出す。
橋の上でも、サーシャが歌い上げているため、ハーモナーによるハーモニーが奏でられた。
今にも飛び立とうした一匹が、傍らに並ぶ同族を敵と誤認して、いきなり噛みついていた。2匹が互いの尾を飲み込むように噛みついている。
傷ついた2匹を、エリクのアロンダイトが屠る。
それぞれの役回りは違うが、これもまた漁夫の利と言えるかも知れない。
『歌』が水中の敵へ与える影響を目にして、ウェストがかすかな微笑を浮かべる。最近は、十字架の形状をした良心を手放したこともあって、仲間の能力者すら研究対象とする悪癖が生じていた。
息継ぎをした輝龍が、再び水中に没する。
最後の一発を撃ち終えた『SPP−1P』を胸の間に納めなおすと、今度は腰に差した一挺を引き抜いた。
乏しい弾丸をやりくりする彼女の前で、ウェストはまさにばらまくようなノリで弾丸を撃ちまくる。あれで、まだ予備のアサルトライフルを持っているのだから、彼女にとっては羨ましく思える。
「っ!」
(逃さぬっ!)
銃撃をかわしたキメラを追うとした輝龍。
しかし、輝龍が追いつくよりも早く、橋脚の前に陣取っていたレイが照準に捉える。トビラニアへとどめを刺したのは、レイの発砲した『SPP−1P』であった。
「痛いじゃないか、まったく」
相変わらず、敵の攻撃へ積極的に身を晒しながら、護は複数のトビラニアを引き受けている。
傍らにいたトゥリムが、武器をパイレーツフックに持ち替えて、そのかぎ爪で魚を引き裂いた。
「‥‥呪いを纏いし亡者の歌よ、黒き風に乗って彼の者を縛れ‥‥!」
支援を目的としたサーシャの呪歌が、魚の羽ばたきを麻痺させて、橋の上にぼたりと落とす。
「焼き魚になれ〜」
シュナが『あかね色のお兄ちゃん』から貰った、お気に入りの超機械「白鴉」で電磁波を放ち、魚をこんがりと焼き上げようとする。
麻痺の解けたトビラニアは、身をくねらせるようにして川をめざして這いずる。
しかし、それを許さずに悠の放った矢が、焼き串のごとくトビラニアを貫いた。
ワイヤーに噛みつこうとした魚に気づき、悠は即射を用いて矢継ぎ早に射かけることで、その意図を阻むことに成功した。
「危なかった‥‥」
被害を避けたというだけでなく、誤射をせずに済んだことに悠が安堵する。
数が減り余裕ができたことで、サーシャが超機械「扇嵐」を向ける。
「‥‥吹けよ風、轟け嵐、仇為す者へ烈風の裁きを‥‥。巻きこんじゃったらごめんね。行っけー!」
「さあ、一気に行こうか!」
絶斗の意図を汲んでBRAVEが呼応する。
『ウィングカッター! フェイタルモーション!』
限界突破を使用した絶斗が、狙い定めた敵へ瞬く間に2発の弾丸を命中させ、その標的を四散させる。
すかさず、新たな敵を見つけると、絶斗が雄叫びをあげてウィングカッターの銃口を向ける。
「ブレードディストラクション‥‥! せいやあああああ!」
●温もりの元で
橋の上、川の中、共にキメラが死に絶えたことを確認し、ようやく彼等の仕事は終わりを向かえた。
「‥‥陽光よ、優しき風に乗りて我らを癒やせ‥‥」
サーシャの歌うひまわりの唄や護の練成治療が、負傷者の回復を行う。
足りない分は、トゥリムやシュナが持参した救急セットが補った。
水中にあった4名も、軽い手当も済ませて岸へと上がってきた。
ウェストは例のごとく、キメラの生態に関する情報と、肉片のサンプルも入手できたため、ホクホク顔のようだ。
自身の荷物に駆け寄ったレイは、余分に準備しておいたタオルを、ずぶぬれとなった仲間達に無言のまま配っている。
輝龍が急いで取りに戻ろうとしていたコートやその他一式は、気を利かせたアリスが河川敷まで持ち帰ってくれた。
「‥‥これ」
「おお、助かった」
体を拭き終えて服を着た輝龍は、焚き火の傍らにしゃがみ込みんで丸くなる。
「あぁうぅぅぅ‥‥へくしっ!」
ガタガタと震える輝龍に、シュナが自分の入れたホットココアを差し出した。
「‥‥はぁ、おいしー。温まるねー」
体内に染みいるようなココアの温もりを実感するサーシャ。
「おお〜、紅茶だ〜。温まるね〜」
ウェストも誰の差し出したカップに飛びついた。
「‥‥ん」
「‥‥ん」
トゥリムの渡したコーンポタージュを、アリスがありがたく受け取った。発した言葉は少ないが、コミュニケーションに問題はないらしい。
焚き火に当たる彼等の上で、今も橋は無事な姿を見せている。誇るべき成果と言えるだろう。
「俺はおでんが食いたいな。おでん、ない?」
「飲茶が欲しい」
絶斗に続き、輝龍が要望を漏らす。
「ある程度暖まったら、暖かい食事のできる店でも探しますか?」
悠の提案に皆が頷く中、間の抜けた声が聞こえた。
「あ、アルコールが、入ってる〜」
臭いに気づかなかったらしいウェストが、真っ赤になってへにゃりと崩れ落ちた。
気づかいだったのか、はたまた悪戯か。
急速に酔いが回った彼を連れて、一同は帰還するのであった。