●リプレイ本文
●作戦準備
下水施設入り口。小まめに清掃されているのか施設の壁は純白に保たれ、働く職員も、こんな職場だからこそ余計清潔には気をつけているようだった。しかし、施設から漏れ出す悪臭は防げない。地下に入ればこんなものでは済まないのだろうが‥‥。微弱な悪臭に顔を顰めながらも、一同は一般玄関へと歩を進めた。待ち構えていた職員が、不安げに視線を投げる。
「あの、もしかして‥‥」
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
「ああ、やっぱり!傭兵の方々でしたか!」
余程、切羽詰っているのだろう。ドクター・ウェスト(
ga0241)が、場にそぐわぬ高笑いを上げても、大して気にならなかったようだ。職員は、一秒たりとも惜しいと言わんばかりの焦りようで、早速、現場へと案内した。
‥‥現場から扉一枚挟んだ廊下に、宇宙服を着た謎の男が立っている。男は、一同を一目で傭兵と見抜くと、すぐに事情を説明し始めた。施設の地図を広げる。
「キメラはスライムだ。攻撃はしてこないんだが、増殖のスピードが厄介でな。発生場所と思われるBブロックを中心に広がって行っている。現在は、隣接しているA、C、Dブロックに配置された我々が他ブロックへの流出を防いでいるが‥‥それも、いつまで持つかわからない」
「なるほど、‥‥それで俺達が呼ばれたと」
終夜・無月(
ga3084) が事情を悟った。ムーグ・リード(
gc0402) が指でBブロックの中心部を示す。
「ココ、ヲ、目指せば、イイ、ノ、DEATH、ネ?」
横からずずいと割り込み、ウェストが覗き込んだ。地図に見入り、既に何かを考察している。
「増殖ね〜。発生原因くらいは見当がついているのかね?」
宇宙服の男が首を横に振った。
「いや、今の所、防衛だけで手一杯だ」
「今回は退治するけど、毎度発生していたらとても手は回らなくなるな。‥‥何か対策があればいいんですけどね」
エシック・ランカスター(
gc4778)が困ったように言った。ソウマ(
gc0505)が皮肉交じりに同意する。
「いくら仕事でも、下水に入り浸りたくはないですからね」
ノブへと手をかける。扉を開けると、凄まじい臭気が入り込んだ。おそらくBブロックとの境目なのだろう。同じく宇宙服のようなものを着た人々が、山と詰まれたスライムを相手取っていた。
‥‥なるほど、これだけ人手がいるのも頷ける。それなり広い下水道を横目一杯、高さにして人間の平均身長頭上まで、ぎっしりとスライムが詰まっていた。先ほどの男が声をかける。
「そう焦るな。向こうに、お前らの分の作業服が用意してある。少し動きにくくはなるが、どろどろになるよりマシだろ?まずはそれに着替えてから‥‥」
「私は必要ありませんが、皆さんはどうしますか?」
和槍「鬼火」を握り、秦本 新(
gc3832) が聞く。一同の答えは、新と変わりない。それぞれの武器を取り出す。
「ちょっと待った。ここから奥の汚さは半端ないぞ?着て行った方がいいんじゃないか?せめて、そこのお嬢ちゃんくらいは」
『お嬢ちゃん』と呼ばれるのは、七人の中で一人しかいない。リズレット・ベイヤール(
gc4816) は、振り向くと、静かな声で言い切った。
「リゼだけが汚れないわけにもいきませんし‥‥戦闘になった時障害になりますから‥‥」
戸惑いもなく下水道に踏み入る様は潔い。男は、頬を引き攣らせた。
「成功率優先って奴か。‥‥カッコいいねぇ」
その後、男が作業服を脱ぎ捨てるのにそう時間はかからなかった。
‥‥そして、一同。スライムの山の前で、無月が見上げた。
「随分とまぁ‥‥邪魔な奴等が‥‥」
ウェストが山の一角をつんつんとつつく。
「スライム系キメラはあまり珍しくないのだがね〜‥‥。余程、ここの環境が合うんだろうね〜」
ムーグが、拳銃「ケルベロス」の引き金に指をかけた。
「見つケタ、以上、ハ‥‥排除、スル、マデ、DEATH」
ソウマが一同へ確認をする。
「ところで、一点突破で構いませんね?」
竜斬斧「ベオウルフ」を握り締め、エシックが同意した。
「ええ、あまり時間もかけていられないようですし‥‥」
リズレットも頷く。
「他に方法が有りそうにも思えませんから‥‥」
新は槍を構えると、大きく振りかぶった。竜の咆哮。FFを纏ったスライム達が花火のように光を散らして弾き飛び、山の上に積み重なっていく。正面でまともに攻撃をくらった数匹は、それだけで消滅したらしかった。人が一人、立てるくらいのスペースが空く。
「では、行きましょうか」
●休む間もない!
「邪魔ァッ!」
スキル「流し斬り」。薙ぎ払う快感に身を委ね、表情に笑みを貼り付けたエシックが大きく斧を振り下ろすと、周辺のスライムが一気に消え去った。しかし、新しく生まれた空間に、次から次へとスライムが転がり落ちてくる。埋まらない為に、一同は一瞬たりとも気を緩ませず攻撃するしかなかった。エシックが空けた空間に、無月が躍り出た。携帯していた小銃「ルナ」を構え、スキル「ブリットストーム」を放つ。小銃から放たれた銃弾が手当たり次第に前方の敵を襲い、消滅させた。二回分の攻撃で空いた大穴を、リズレット、ソウマ、ウェストがそれぞれの武器で死守する。
「探査の眼」を発動していたリズレットが、はっとしてスライム山のある一部に銃口を向けた。異常を察した一同が、同じ場所へと目を向ける。そこでは、他のスライムよりも15倍大きいスライムが、ぶるぶると身を小さく震わせていた。かと思うと、ぽんっ!と音が出そうなほど軽快に、二つの塊に分かれる。その瞬間を見逃さず、リズレットはSMG「ターミネーター」を発砲した。
「‥‥今の見ましたか‥‥?‥‥どうやらあのようにして数を増やしていたようです‥‥」
「ええ、核から生まれるだけじゃなかったんですね‥‥」
道理で、と呟き後ろを見れば、先ほど突破したはずの道に、来る前と変わらない量の山が再び出来上がっていた。自らの足元でおかしな動きをする核を、新は迷わず叩き潰す。中に含まれていた汚水が飛び散るも、一同は、既に少々の汚れなど気にならない状態になっていた。
「AUKVを着ているとはいえ、あまり長居はしたくありませんね‥‥」
全く今更ではあるが、切実だ。ウェストが核を摘み上げる。
「そうかい?我輩は、そう悪くはないと思うのだがね〜」
ウェストにとっては、研究対象がある場所こそが楽園である。ウェストは、早速、考察に入っていた。
スライム山には、実質、二種類の異物が積み重なっている。液体状でありながら動く、ごく一般的なスライムと、透明な殻をした手のひらほどの大きさの核。核の中には汚水が入っており、殻の中で徐々に透明度を高めると、汚水だったものは殻の外に滲み出て、小さなスライムになった。スライムは、一切の攻撃をしてこない。あちらこちらに身を伸ばして、手近にあった核を取り込んだ。中の汚水を浄化し吸収すると、大きさが二倍になる。
「う〜ん、コレは機能が分化する前の細胞かもね〜。クラゲ細胞のように集まって一つの体を成すのではないかね〜」
次に、機械剣で一部を切ってみる。端の方を少し切ると、切り離された部分は消滅した。
「ふむ、どうやら繋がっているようだね〜。中心となる部分を潰せば一気に倒せるかもしれないね〜」
ぽいっ、と小さなスライムを山へ投げ込んで、核を一つ検体に確保する。ソウマの機械剣が、スライムを切り裂いた。
「ウェストさん。遊んでないで、ちゃっちゃと戦ってくださいよ。後が詰まってますよ!」
「遊ぶ?とんでもない。我輩は、人類に貢献する偉大な研究をだね〜」
「気、ヲ、つけて、クダ、サイ!崩れ、マス!」
そう叫んだのはムーグだった。前方から、何か大きな波が来ていた。ただでさえ高いスライム山がもりもりと天井へ盛り上がり、一同へ襲い掛かる。
ムーグは貫通弾をセットし、スキル「ブリットストーム」を発動した。エシックは、大きな手ごたえを予兆して斧を振るう。無月は小銃「ルナ」で再度「ブリットストーム」を発動し、ウェストがエネルギーガンを構えた。新が槍を大きく振り被り、リズレットは‥‥愛らしい二つの瞳を見開いて、波の正体を見極めていた。盛り上がる核の隙間から漏れている、一面のスライム。おそらく、液状であることを利用して、隙間を伝って移動しているのだろう。これだけの一斉攻撃でも、波を回避できるかどうか疑問が残るが‥‥逃げ場もない。リズレットはSMGを構えた。
一同の攻撃は全てスライム山へと命中する。前方の波はごっそりと消滅したが、まだ奥に第二波があった。一同は、再び構える。その時だ。先ほど、皆が一斉攻撃をした瞬間、スキル「両断剣」を発動しようとしていたソウマは、足元の核に躓いていた。堪えられず、ジャンプするようにムーグの背に激突する。
「す、すみませっ‥‥!?」
立ち上がろうとしたソウマは、再度、核を踏んだ。転ぶままに上げられた足が、ムーグの隠し持っていた物を蹴り上げる。第二波へと飛んでいったそれは、天井にぶつかって割れた。スライム達は、一斉に動きを止めると、降り注ぐ物に集中した。少量のそれを吸い、核を作る。
エシックが言った。
「あれは‥‥スブロフですね」
「ソウ、DEATH。何カニ、使える、カト、持って、キテ、イタ、ノ、DEATHが‥‥」
なかなか使う隙が見出せなかったのだ。マッチに火をつけて投げ込むと、スライムに吸収されたアルコールが発火した。FFがある為に直接はダメージを受けないものの、揮発性が高いらしいスライムは、気熱であっという間に蒸発していく。その水蒸気を目当てに、次々とスライムが炎へ突入していく。後は、まるでゴキブリほいほいだった。
●対BOSS
スライムは、違和感を感じていた。沢山の核から誕生した沢山のスライム。それは皆、このスライム一匹だけの為の手足代わりだった。いっぱい生まれた手足に、次の水場を探して来いと命令した。なのに、もうあんまり手足が残っていない。‥‥何か、危険なことが起こったのだろうか? そう本能で感じることはできても、それ以上の思考は持ち合わせていなかった。本体を守る為に、生まれたスライムを周囲に密集させる。高々と詰まれるスライムの壁。そこから少し離れた場所に、一同は居た。
リズレットが、小銃「WI−01」に持ち替える。スキル「紅蓮衝撃」+「二連射」。怒涛の銃撃が、壁周囲のスライムを撃ち落した。
「‥‥これがリゼの出来る最善の行動‥‥だから‥‥あとはお願いします‥‥」
「ええ、任せてください」
願いを引き継いで、エシックが駆けた。敵の山を目の前にして、途端に表情が笑顔に歪む。両手のリーチを最大限に使い、右へ左へ、まるで扇風機のように続け様に薙ぎ払った。そこへ、ムーグが援護に入る。
「‥‥道、ヲ、拓く、ノガ、務め、デスノデ‥‥ご退場、願イ、マス」
貫通弾をセットし、「ブリットストーム」を発動した。スライムの壁が大きく抉れる。その反動で崩れ落ちた上方のスライムを、ソウマが叩き切った。
「僕達の邪魔はさせませんよ」
「自身障壁」を発動し、不敵に笑む。そうしている内に、壁はだんだんと薄くなっていった。散り散りになったスライムが、再び壁になる為に本体へと近づく。流れを見極め、ウェストは、エネルギーガンを構えた。
「道をこじ開けるかね〜」
電波増強で知覚を上昇させ、連射する。――おそらく、本体であろうスライムの表皮が見えた。スキル「猛火の赤龍」を発動させ、新が飛び込む。渾身の一撃を振り下ろすも、既の所で壁スライムに阻まれてしまった。だが、これでいい。ほぼ前面が露になったボススライムに、新はスブロフを投げ込んだ。ライターを付けっぱなしにし、スライムの上に置くと、すぐ場を離れる。無月が、スブロフに狙いをつけていた。
「さっさと片付けましょうか‥‥」
後は、引き金を引くだけなのだから。
小銃「ルナ」から発砲された弾丸は、スブロフを的確に打ち抜いた。ぶちまけられたアルコールが火に引火する。気化という名の消滅は、スブロフを被ったスライムにとって、最早、逃れようのない死であった。
●作戦終了
「おつかれさん!」
そう言ったのは、あの宇宙服のような作業服を着ていた男だった。結局、脱いだらしく、一同と同じようにどろどろになっていた。
一同はそれぞれ任務終了の挨拶をするが、ただ一人だけ、ウェストはがくりと項垂れたまま、身動ぎ一つしなかった。口から魂が出ている。
「まさか‥‥!まさかサンプルまで消滅するなんて‥‥!」
狙い通り、本体が消滅後、他のスライムや核も消滅した。検体も例外ではない。
ソウマが、張り付いた前髪をピッと払って、クールに言った。
「こんな姿、人に見られたくありませんね。早く風呂に入りたいですよ」
中に入れば鼻が麻痺しわからなかったが、一同は既に激臭のレベルにまで達していた。おそるおそる服をくんくんと嗅ぎ、新は眉を顰めた。
「う‥‥、臭いがすごいな。‥‥シャワー、借りても宜しいでしょうか? 」
「おー、着替えも用意してあるらしいぜー。シャワーは順番待ちみたいだけどな」
ちなみに俺は5人待ち、と男が笑う。今回の作戦には、相当の人数が参加していたらしい。では‥‥、とエシックが言った。
「あなた、先にいかがですか?まだ少しかかるようですが、やはり女性ですから、少しでも早く入りたいでしょう?」
「‥‥いいんですか?」
提案されるとは思わず、少々驚いてリズレットが聞いた。エシックが頷く。
「もちろん、レディーファーストですよ」
一同に反対する者はいない。ムーグは作戦が終了したことに大きく息をついた。
「外で、新鮮、ナ、空気、ヲ、吸って、来、マス」
ずっと篭っていたものだから、外の空気が恋しくて仕方ない。無月は、それぞれの様子を黙って聞いていた。
「そうですか。じゃあ‥‥俺は洗面所で手や顔だけでも洗ってきますね」
それは、まさしく名案だった。