タイトル:命の選択マスター:遠野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/19 22:22

●オープニング本文


 その村は小さいながらも豊かな村だった。
 自然豊かな場所で、山は青く、水はどこまでも澄んでいた。幸いな事に戦場からは遠く、キメラでさえ滅多に見かける事はなかった。

 あの日までは――。

 レンガ造りの家の陰からアルフはそっと広場の様子を窺った。その広場は村の集会所として使われており、中世の時代には断頭台があって公開処刑が行われてたとか。
(‥‥二十人くらいか)
 アルフが視認しただけでは、広場には二十人ほどの人間が座り込んでいる。
 そして、その周りには突撃銃や刀らしきものを装備したバグア兵がぐるりと取り囲んでいた。バグアの数は八人ほど、しかしおそらく他にも村を巡回するものもいるだろうし、ここまで潜入するときも頭上を飛び回る孔雀のようなキメラに発見されるのではないかとびくびくしていた。たぶん人を発見するとバグア兵に知らせるのだろう‥‥と思う。
 アルフは恐怖で荒くなる息をなんとか抑えようと胸に手を当てた。
(‥‥というか初任務が単独潜入だなんてむちゃくちゃでしょ)
 アルフはこうなった経緯を回想する。

 飾り気の無い部屋。長机の前に彼女は座っていた。
「君がアルフ・グランツか。ようこそ第37小隊へ。私が隊長のリニアだ」
「は、はいっ! 不束者ですがよろしくお願いします!」
 アルフは今日、この小隊に配属されたばかりなのだ。リニアは一瞬眉をひそめる。
「別に肩に力を入れる必要はない」
 アルフはしどろもどろに「す、すみません」と言うと、相手の表情を窺った。
 リニアは結構な美人で抜けるように白い肌、腰まで流れ落ちる金髪。その容姿から、一瞬軍人なのかと疑ってしまうがその瞳に宿る、絶対零度の冷たい光がそんな疑問を吹き飛ばす。見つめられると心の内まで見透かされそうでアルフは視線を下に逸らすが、それはそれで彼女の豊かな胸を凝視する形になってしまい見にくい。何度か視線を行ったり来たりしたが結局、リニアの首筋あたりに視線を固定した。
「さて、君は能力者だな?」
「は、はい‥‥」
「ここから近くの村がバグアに占領されてしまっているらしい。単独で調査に向かってくれ」
「はい‥‥え?」
 アルフは思わず聞き返した。
「調査に向かってくれと言ったのだが」
「一人で?」
「人は少ないほうがいいだろう。それにこの小隊には能力者が君と私で二人しかいないのだ。能力者では無いものがいってもすぐに発見されキメラとでさえ、まともに戦えないだろうからな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はまだ新人ですよ!?」
「だから?」
 彼女が視線を合わせる。刹那、アルフは血管に冷水を流し込まれたような感覚に襲われた。
「新人だから戦えないのか? ならば一生使い物にならんな」
「あ、あの――」
 リニアが突然立ち上がる。アルフはびくりとした。
「今すぐ偵察に行く準備をするか、それとも――」
 アルフの横を通り過ぎ、部屋から出て行く直前に彼女は言った。
「家に帰る準備をするんだな」

「怖すぎだろ‥‥」
 今思い出しても寒気がする。仕方なく簡単な装備だけで村に潜入した、たしかにエミタの力は偉大で本来運動が得意ではないアルフでさえ超人的な動きで監視をくぐり抜ける事ができた。いや、単に運がよかっただけかもしれないが。
「ねえ、おにいちゃん」
「‥‥!!」
 危うく叫びそうになった。慌てて横を見ると、いつの間にか少女が立っていた、見た目小学生ほどの年に見える。ゆるくウェーブのかかった薄い緑がかった髪に小柄な体。アルフはフランス人形を連想した。
「き、君‥‥人間だよね?」
 少女は黙って広場の方を指差した。
「おかあさん」
「‥‥捕まっているの?」
 少女はかくりと頷いた。アルフは言う。
「とりあえず君だけでも避難しよう。俺と一緒にさ」
 途端、少女の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「‥‥おかあさんと一緒がいい」
 いまにも泣き出しそうな少女。ここで泣き声を上げられれば気づかれてしまう。アルフは慌てた。
「わ、わかったから! ‥‥じ、じゃあどこかに隠れてて。かならず助けに来るから、ね?」
「本当?」
 アルフはできるかぎりの笑顔を作る。しかし無理に作ったので随分と頼りない笑顔になってしまった。
「ああ」
「じゃあ、待ってる」
 そう言って少女はアルフが止める間もなくどこかに走り去っていってしまった。
「‥‥大丈夫かなぁ」


「人質を取るか‥‥知恵をつけたな」
 村の裏手の山。そこに小隊の全員が集まった、といっても数は二十人程の文字通りの「小」隊だった。
「どうしますか?」
 部下に聞かれ、リニアは淡々と言う。
「いっそ、村ごと焼いてしまおうか」
「ちょ‥‥!?」
 驚くアルフにリニアは一瞥をくれる、彼女は無表情だ。
「考えられない話ではない。われわれの戦力では真正面から戦っても勝ち目は低いだろう。かといって援軍を待ってもたもたしていたら、麓の町を攻撃する可能性もある。二十人程度の犠牲ですむなら安い物だと思うが?」
「で、でも‥‥見捨てるなんて‥‥そんな」
 リニアは小さくため息をつく。
「選ばなければいけない時もある。迷えばその間にもっと悲惨な事がおきるかもしれない」
 アルフは考えた、リニアの言う事も分かるがやはり、アルフはその選択をしたくなかった。その選択を選ぶ覚悟が無かった。
「え、えーと‥‥あ! じゃあ傭兵の方達に協力してもらうっていうのはどうでしょうか!」
 殆ど苦し紛れの答えだったがリニアは思案する顔になった。
「ふむ、たしかに軍よりは機動力があるかもしれないな。失敗したらしたで、その後に攻撃をしてもいいか」
 ふむふむと、頷きリニアは言った。
「すぐに募集をかけよう。誰か連絡を」
 アルフはほっと胸を撫で下ろした。少なくともこれで住民が見捨てられる事は無くなった。
「アルフ、君が傭兵に説明をしろ」
「は、はいっ!」
 今度は胸を張って答えるアルフであった。

●参加者一覧

メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
リリナ(gc2236
15歳・♀・HA
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
シルヴィーナ(gc5551
12歳・♀・AA
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
ミスティア・フォレスト(gc7030
21歳・♀・HA
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

「ここが敵の占領している村です」
 アルフの案内の下、傭兵達は村の入り口に辿り着いた。敵に発見されぬよう、姿勢を低くしている。
「人質を取るなんて、ユウ、許せないよっ!」
 ツインテールが印象的な女性、ユウ・ターナー(gc2715)が鼻息を荒くしながら言う。彼女は卑怯な手段を使うバグアに憤りを感じていた。そんなユウを横目で見ながらトゥリム(gc6022)は静かに呟く。
「人質を取る卑怯な手、あれは序章」
 トゥリムはもっと悪質なバグアを知っている。彼女は長い髪を束ねポニーテールにすると近くの建物に入る。偵察をするためである。
「よーするにだ。敵を全員ぶっつぶせば終まいだろ?」
 空言 凛(gc4106)は自分の手のひらをパン、と拳で打つ。そしてばん、と思い切りアルフの背中を叩いた。
「だろ? オチビちゃん? 案内期待しているぜっ!!」
「ち、ちっちゃくないですよ!」
 背中をさすりながらも、アルフは事前に説明していた村の状況をもう一度繰り返す。
「なるほど‥‥それではやはり、陽動作戦が一番効果的かもしれませんね」
 提案したのはミスティア・フォレスト(gc7030)だ。彼女が言うには取り合えず広場の敵を分断して人質を救出する作戦らしい。
「村の人には誰ひとりとして怪我人を出さないことですね。その為なら盾にだろうが何でもしましょう‥っ」
 リリナ(gc2236)は胸の前で手をぎゅっと握る。村人がどんな恐怖に怯えているのかと思うと、心がきゅっと痛む。そして同時に、絶対村人を助けるという決意も高まっていく。
 同じ思いをマキナ・ベルヴェルク(gc8468)も胸に抱いていた。
(戦場では弱い者から死ぬ――でも、そんなのは認めない、認めたくない)
「‥‥必ず助けます」
 マキナは決意する。あの英雄のように絶望を砕くと。
「それでは皆様、そろそろ参りましょうか?」
 メシア・ローザリア(gb6467)は優雅な仕草で、村の方を手で示す。
「先方も待ちくたびれている事でしょう‥‥と、あちらから見ればこちらは迷惑なゲストになるのでしょうが‥‥ね」
 艶やかな笑みを浮かべ、村に入るメシア。その後を長い白銀の髪をなびかせながらシルヴィーナ(gc5551)は付いていく。その佇まいは幽鬼のようでシルヴィーナの武器である鎌と相まって、その姿は死神の様に見えた。
(こ、怖い‥‥ここに来る途中まであんな雰囲気じゃなかったのに‥‥)
 アルフは覚醒時にはあんなに性格が変わる能力者もいるのだと初めて知った。
「さ、私達も潜入しましょうか」
 ミスティアの一言で、はっ、と我にかえる。
「わ、分かりました。皆さん健闘を祈ります」
 アルフの敬礼に送られながら、傭兵達は村に侵入した。

●陽動班
「ん? なにか騒がしいな」
 広場に居るバグア側の兵士は鳥が騒ぐ声を聞いた。騒いでいる場所は複数だ。
「進入者か‥‥あるいは住民か?」
 数名が広場から離れ様子を見に行く。そして鳥が騒いでいる地点まで辿り着いた時――。
「そおらよっ!」
 突如物陰から出て来た凛にヘッドロックをされる。
「がっ‥‥っ!」
 ゴキリ、と鈍い音がしてバグア兵は崩れ落ちる。
「いっちょあがりっと」
 そして曲がり角からやってきた敵の一人を出会い頭に殴り飛ばす。
「‥‥!!」
 応戦しようと銃を構えるバグア側兵士の銃の銃身を掴むとぐいっと引き寄せる。体勢が崩れて前のめりになる敵の顎に綺麗な横フックが決まった。めしゃりと嫌な音がして崩れ落ちるバグア側兵士。さらに凛は、上空に居る鳥キメラに向かって不敵な笑みを浮かべ挑発をした。
「来いよ鳥公。恐怖心なんか捨ててかかって来い!」
 その挑発がきいたのかどうかは分からないが、突撃してくるキメラ。
「そうこなくっちゃなぁっ!」
 にやり、と笑い凛は地面を蹴って跳躍した。
 一方、他の場所でも傭兵達の奇襲が始まっていた。
「くっ、見つかったか!」
 マキナは舌打ちをして走り出す。
「待て!」
 バグア側三名が銃を乱射しながらマキナを追う、そして道の曲がり角を曲がろうとした時。
「な‥‥」
 歌が聞こえた。途端、バグア側の兵達は身動きできなくなる。バグア側兵士は自分の身に何が起こったか理解できずに混乱した。
「な、なんだこれは!」
「わからないのですか? 待ち伏せされたのですよ。あなた達は」
 いつの間にかミスティアが敵兵の背後に立っていた。そして敵の頭に銃口をぴたりと付け、間髪入れずに引き金を引く。吹き飛ぶ頭。
「そういうことなんです‥‥すみませんバグアさん」
 若干申し訳なさそうにしているリリナ。彼女は屋根の上に立っている、そしてタンと弾みをつけ飛び降りバグア側兵士を思い切り踏みつける。
「ぐぇっ!」
 そして今まで逃げる振りをしていたマキナも方向転換し、そのままの勢いでバグア側兵士の胸元に飛び込み小太刀で胸を貫いた、倒れる敵兵をちらりとだけ見て呟く。
「さて、それではうるさい鳥もたおしてしいまいましょうか? 救出班の人が動きやすくなるためにも」

●救出班
「見回りのやつ遅いな‥‥」
 広場に残っていた四名のバグア側兵士も異常に気がつく。
「侵入者か? 一応準備を――」
 しかし、バグア側兵士がすべていいきることはできなかった。声を発声させようにも首が鎌に刈り取られてしまったのだから。
「失せろ。人類の敵」
 シルヴィーナ。まるで野獣を思わせるような目。目の前の対象を確実に狩る瞳だ。
「き、貴様!」
 混乱するバグア側の兵士達。しかも、トゥリムの狙撃が混乱に拍車をかける。しかし突然の奇襲は住民たちにも同じ影響を与えた。
「きゃーーーーー!」
 パニックを起こした女性や男性が逃げ出す。逃げられるくらいなら殺してしまおうとでも思ったのかバグア側の兵士が銃を撃つが、間一髪。メシアが間に入り銃弾を受け止めた。
「ローザリア侯爵家子女、メシア推参ですわ」
 勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、メシアはパニックになる村人を統率しようと声を張り上げる。
「みなさんもう安心してください! わたくし達がきたからにはもう不安に怯える必要はありませんわ!」
「くそ!」
 苦し紛れに近くの女性を羽交い絞めにし、銃口を女性の頭につきつける。
「貴様ら動くとこの女をぶっ殺すぞぉおおおおおおお!」
 ひゅん、と空を切り裂く音。次の瞬間には矢がバグア側兵士の目に深々と突き刺さる。
「ああ、目がぁぁぁ! 目がああああああああ!」
「見えなければ何も出来ないでショ?」
 建物の陰から射ったユウはくすりと愛らしく笑う。戦場にいるせいか少々物騒な笑みに見えなくもない。
 目を押さえよろめくバグア側の兵士、この隙を逃すトゥリムではない。
「これで終わり」
 頭を撃ちぬき止めをさす。広場は完全に傭兵達が制圧した。

●黒幕?
「みなさんご協力ありがとうございました!」
 アルフは傭兵達に向かって深々と頭を下げた。村人達は軍の擁護を受け山中で手当てなどを受けていた。
「皆さんもお疲れでしょうから、どうぞ休んでください」
「あの、いいですか?」
 リリナが手を上げる。
「私は村の復旧を手伝いと思うのですが構いませんか?」
「えっ‥‥でも」
 リリナはアルフを制し、悪戯っぽく笑う。
「いいんです。アフターサービスが大事なのですよ?」
「おお! それはありがたい! 能力者の方がいれば心強い」
 近くで聞いていた村人も喜んだ。
 そんな笑顔をみて、地面にぺたりと座っていたシルヴィーナは己の得物である鎌を見やる。刀身には自分しか映っておらず、もう狼の幻影は見えない。
(私は、いざと言う時には村人を殺そうとしました‥‥)
 その選択自体は間違いではないだろう。時には選ばなければならない命もある、今回は偶々運がよかっただけかもしれない。
「少数と多数、選ばなければいけないのなら、わたくしは多数を選びます。選択は常に、強者の義務よ」
 いつの間にかメシアがシルヴィーナの傍に立っていた。まるで心を読んだかの様な事を言われシルヴィーナはドキリとする。そう言う彼女の態度は一片の迷いもなく自信に満ち満ちていた。
「でも、今回は全員救えた。めでたし、めでたしでいいじゃない? 素直に喜びましょ」
「そ‥‥そうですよね」
 今回初めて微笑みを浮かべるシルヴィーナ。そう、全員救えた、それがベスト。選ばなかった選択についてクヨクヨ悩んでいても仕方がない。

(でもこの胸のざわめきはなに?)

「ねぇ、お姉ちゃん」
 トゥリムは振り返った。見ると少女が立っていた、無表情で。トゥリムはフランス人形みたいだなと思った。
「なに?」
「お人形好き?」
「?」
 質問の意図がわからず首を傾げるトゥリムの答えを待たずして少女は言う。
「私は好き。おままごとも好きだし、着せ替えも楽しいね。でね、お人形がたらなくなっちゃたの、男の子のお人形でね壊れちゃったから新しいのが欲しかったの」
 トゥリムは突然背筋が寒くなった。見た目には愛らしい少女、こちらが怯える要素など皆無なはず。
「なんの話――」
 少女は笑った。まるで表情が動かないはずの人形が無理やり口を吊り上げたような笑み。
「でも邪魔されちゃった。お姉ちゃん達に。必ず来てといったのに、おまけまで連れてきちゃって。あのヘタレ」
 そして急に無表情に戻る。
「私の名はエスカテリーナ。次は楽しく遊べるといいなぁ」
 少女はだっと駆け出す。トゥリムは――動けなかった。