●リプレイ本文
●孤独な少年
「あ、あはは‥‥まさか、こんな展開になるとは思いませんでした‥‥」
乾いた笑いを浮かべ、霞倉 那美(
ga5121)は呟く。
「同感。面白いコトするね、アンタら」
目はおろか口元すら笑っていない霧条カイナ。
二人の手首は鉛色に光る『それ』によって繋がれていた。
「復讐の為、か。
能力者にしては‥‥本当にありがちな動機だな」
「あ?」
崎森 玲於奈(
ga2010)。
出発前、気まずい沈黙を破ったのは、意外にも普段無口そうな彼女。
話し掛けた――のではないかもしれない。ひとりごちるように。
あるいは彼女なりに皆に気を遣った結果か。
「――誰に聞いたか知んねぇけどさ、何? ケンカ売ってんの、アンタ?」
修羅場を抜けたカイナの眼光は鋭く相手を威嚇する。
が、それ以上の死地を乗り越えた崎森からすれば年相応の少年のそれと大差はない。
「図星を突かれ逆上か? それもまたありがちな反応か」
「―――ッ!!」
激昂しかけるカイナをクラウド・ストライフ(
ga4846)が手で制する。
「復讐、ですか。否定は、できませんね‥‥。私も同じ立場なら復讐を考えずに生きるなんてことは‥‥」
如月・由梨(
ga1805)のそれはフォローではない。
純粋な彼女の本心だ。
(「気持ちはわからないでもないですけど‥‥」)
それは宗太郎=シルエイト(
ga4261)も同じ。
(「彼を助ける言葉を私は持ち合わせてません。
どうしたら‥‥」)
「カイナ」
如月、宗太郎らの気遣いをよそに煉条トヲイ(
ga0236)は短く告げた。
「部隊の決定には必ず従う事。独断先行は厳禁だ」
それに、あくまでカイナは皮肉るように、
「何でオレにだけ言うワケ? アンタがリーダーかよ?」
そんなつもりはない。
態度だけで仲間を糾弾するつもりなど彼らにはない。
だが、『だけ』でなくなってからでは遅いのだ。
そして手錠。
葵 宙華(
ga4067)は監視役を買って出た那美の手首に自前の特殊合金製の手錠をプレゼントした。
もう片方は当然カイナに。
「‥‥ここまでするとは思わなかったよ。マジで誰に聞いたワケ?」
流石に受付嬢の名は出せない。
このタイミングではまるで手錠まで彼女の指示と思われそうだ。
「エリク兄が言ってたよ。依頼を受ける容態じゃないってね」
出発前、カイナに応急手当を施したエリク=ユスト=エンク。
寡黙な為か、会話はほとんどなかったが、巻き直した包帯から伝わる温もりに身体よりも心が癒されたのを覚えている。
それに流されまいと抗った事も。
「依頼を受けたなら、一蓮托生。
アナタが自分の保身をしないというコトは、いずれ仲間をも死に至らしめる」
僅かに怯むカイナをこの中で何人が気づいたか。
「肝に銘じときなさい、アナタや私には、人を殺し、人を活かす力があるって事を」
少し強引かもしれないとは思った。
それでも放っておけないのは葵も同じ。
戦乱により家族を失ったのはカイナだけではない。
あるいはこの少しだけ年下の少年に亡くした弟の面影を見たか。
(「似てないけどね」)
「アナタはただ『護ってる』つもりで『護って』なんかいない。
己を、仲間を、皆を『死』に差し出してるだけよ?」
歯を軋ませるカイナ。
もう皆がわかる。カイナにとってはそれこそが『怖れ』なのだと。
「己に因果の鎖が繋がってる事を理解なさいな」
「‥‥‥」
少年は言葉を返さない。返せない。
「その辺にしておこうぜ」
空気を和ませようとクラウドが口を挟む。
「カイナ、俺はお前が好きなようにさせたいと思う。
だが死ぬことは許さない、それは今もこれからもずっとだ」
「‥‥‥」
少年は返さない。
トヲイは思い出す。
出発前、カイナと話したランドルフの言葉を。
(「‥‥彼はむしろ『生きたがって』いるように見えます」)
(「アレではすぐに死ぬことになるぞ」)
(「生きるといっても肉体的なことばかりではありませんよ」)
「‥‥‥」
確かに、ランドルフの言う事もわかる気はする。
葵の言葉に揺れる少年。
死を望む者は迷わない。
●作戦開始
見取り図を元に突入の態勢に入る。
暗視スコープの申請は間に合わなかったようだ。
「優先事項は施設の調査と生存者救出。キメラ殲滅は二の次で良い」
トヲイが全員に確認する。
いや、全員ではない。
那美とカイナは退路確保の為、待機となった。
体のいい戦力外通告だが、カイナの状態を考えれば無理からぬ事かもしれない。
それに流石に手錠を嵌めたまま戦闘行動は危険だ。
「ふてくされない。退路確保は重要な任務よ。
あたし達が突入できるのもあなた達を信頼しての事だと覚えなさい」
雪村・さつき(
ga5400)の言葉にカイナはふてくされるしかない。
「‥‥偉そうに、ガキの癖に」
「お生憎様、あんたよりゃ年上よ」
普段ならキレるさつきだが、年下に言われても腹も立たない。
(「ツンケンしてる割には口喧嘩下手ね、この子」)
「お喋りはここまでだ。いくぞ」
崎森が懐中電灯を握り締める。
スイッチは入れていない。先導は暗視スコープを持っている者達に任せる事にした。
「‥‥D区画、生存者なし‥と」
僅かな明かりを頼りに見取り図をチェックするさつき。
「予測はしていた事ですけれど‥‥」
陰鬱に呟く如月。
施設内はキメラに食い荒らされた職員達の姿しか見えなかった。
「カイナ君を置いてきたのは正解だったかもしれませんね、こんな惨状を見ては‥‥」
「だが特別扱いが過ぎるのも問題だぞ。キメラを憎むのは奴だけではあるまい?」
同情的な宗太郎に対し、崎森の言う事も尤もだ。
「あいつにだって心配してくれる人間がいるんだ。死なせちゃいけない。
‥‥けど‥‥どうすりゃよかったのかな。何が『正解』だったのかね‥‥」
それはクラウド自身にもわからない。
先導のトヲイの声がした。
「おい! 生存者だ!」
待機状態のカイナ。
不満は見せるが、決定には従っていた。
「‥‥意外でした。大人しいんですね」
那美が思わず本音を洩らしてしまったのも無理はない。
「‥‥手錠引きちぎれるならそうしたかもな」
流石に特殊合金製の手錠は武器を使ってもどうにもならない。
「‥‥それに‥‥女に乱暴出来るかよ‥‥」
(「はい?」)
きょとんと少年を見る那美。
ふてくされているようだが、よく見れば頬がわずかに赤い。
(「わりと‥‥いい人なのかも‥‥」)
すこしだけ安心した。
「カイナくん」
「‥‥なんだよ」
「‥‥少し‥‥お話しませんか?」
トヲイが見つけた生存者は子供二人。
床上3メートルの大きめのロッカー。脚立を使わなければ届かない場所に子供達は隠れていた。
兄は10歳前後、妹はもう少し下だろうか。
心身ともに衰弱しきっている。
無理もない。飲まず食わずでキメラの恐怖に晒されていたのだから。
「もう大丈夫ですからね。‥‥喉渇いたでしょう? ゆっくり飲んでくださいね」
宗太郎がミネラルウォーターを飲ませながら兄妹を介護する。
外傷はなかった。尤もキメラに見つかれば外傷では済まないが。
大人にここに押し込まれたのだろう。子供が上れる場所じゃない。
兄の方が口を開く。
「‥‥おとうさんは‥‥?」
「君達の事を心配していますよ。早く帰りましょう」
宗太郎は嘘をついた。
ここに押し込めたのが彼らの父親なら、助けを求める要請がある筈だ。
それがないのならまだここにいるのだろう。
息子達を放って隠れている筈もなく。
おそらくは――もう会ったのかもしれない。
さっき、ここに来るまでに。
(「‥‥せめてこの子達だけでも‥‥」)
そんな宗太郎の想いを汚すかのように、
父親の仇『達』は現れた。
●後悔に囚われて
少女は少年に語っていた。
一つの悲劇を。
バグアに両親を殺された少女の話を。
バグアから命を懸けて護られた少女の話を。
「それで、その子の両親が事切れる前に遺した言葉があって‥‥
”生きて”っていう一言だけでした」
少年は黙って聞いている。
その表情からは想いは窺えない。
「誰かを残して死んでいく人が、残される者の死なんか望んでない。
だから、その子は必死に生きてる‥‥自分も生きて、同じ思いをする人が少しでも減るように戦いながら‥。
‥‥やりたいだけやって死んでしまうなんて、単なる逃げに過ぎない‥‥そう思います‥‥」
言い過ぎたろうか?
いや、彼にだって待っている人がいる。
言うべきチャンスは今しかないから。
「だから‥死んだらダメです。
気持ちはわかるけど‥‥生きている人が果たさなければならない義務は‥生きることなんです。
死ぬことじゃない‥‥」
それが那美の偽らざる気持ち。
「‥‥そうなのかな?」
「え?」
(「腕(カイナ)、お前の名前はな――」)
「オレも‥‥生きていていいのかな‥‥?」
「カイナく――」
突如、爆音が。
研究所の一区画。
そこから煙が上がり――。
「――ッ!! 何でこんな無駄にデカい部屋で!!」
毒づくトヲイ。
猛獣型キメラが四体。
三体以上で撤退予定。
「‥‥釣りは払えんぞ」
愛刀・蛍火を構えるトヲイ。
「シルエイトさん、子供達を!!」
同じく月詠を抜き、宗太郎達を庇うよう立ち塞がる如月。
「すみません! 後は頼みます!」
子供達を抱え、キメラに背を向ける。
衰弱が激しい為抱きかかえるしかなく、武装すらできない。
襲いかかる炎弾を宗太郎は己の身体で受け止めた。
「――ッッ!!」
無防備な背を紅蓮が焼く。
アーマーがなければただでは済まなかったろう。
「やらせねぇよ‥‥俺がいる限り、こいつらには火の粉の一粒も触れさせねぇ!」
子供達を庇う背に再び焔が襲おうかという時、神速の拳がキメラを殴りつける。
「宗太郎! 大丈夫!? 無茶は――」
なお炎弾を放とうとするキメラの顎を強引に逸らすさつき。
「今の内に! 早く!!」
「助かった! そいつらは任せたぜ!」
金色の髪をなびかせ、宗太郎は駆ける。
敵を倒す為ではない、抱えた二つの命を護る為の覚醒。
逃げる獲物を追う本能か、キメラは宗太郎達に狙いをつける。
「そうはいかん」
トヲイの右半身に真紅の紋様が浮かぶ。
鍛えぬかれた愛刀が紅蓮の一撃を以ってキメラとぶつかり合う。
赤い炎のキメラをより紅い紅蓮の焔で打ち据える。
「はあっ!!」
もう一体を相手するのは如月。
キメラの視界から消えた刹那、死角からの斬撃。
回避はおろか、反応すら間に合わない。
「あなたの相手は私です!」
一方で宗太郎の背を護るさつきの一撃はキメラを倒すには事足りない。
「く‥っ、このデカブツ‥‥!!」
「どいていろ」
さつきを庇うように前に出るのは蒼き瞳の二刀の女。
崎森玲於奈。
炎の中、なお蒼く輝く瞳が赤いキメラを射抜くように見据える。
鞘から抜き放たれた刃は猟犬の如く野獣の皮膚を食い破る。
「逃がしはしない――これが、渇望の王の剣と知れ‥!!」
獲物に飢える二匹の獣は蒼い光と共に舞踏に興じた。
「ちっ、来んなってのよ!」
葵のスコーピオンが火を吹く。
子供達を逃がす為には一体も後ろにやるわけにはいかない。
宗太郎を抜いて6対4。
キメラのサイズから考えてもややきつい。
「二人置いてきたのは‥‥まずかったかな‥‥」
いたとして、戦局がどうなったかはわからないが。
銃弾をかいくぐり葵を赤い牙が襲う。
それを光る刃が食い止めた。
「無事か、葵!」
「クラウド!
‥‥あなたは先に行って。宗太郎を護る奴がいないと危険よ」
「‥‥っ、けど‥‥!」
「あたし達はこのまま撤退する! だから早く!」
「‥‥わかった、無茶するなよ!」
覚醒のままクラウドは駆けた。
仲間を護る為。
仲間の想いに応える為。
●護る為
「‥‥参ったね」
仲間の援護で、4体のキメラから子供達を引き離した宗太郎。
だがここにもう一体、闇に赤く輝くキメラが。
「‥‥まとまってろってんだ、全くよ‥‥!」
毒づくが状況は絶望的。
一人ならば逃げるのも戦うのも選ぶ事が出来る。
けれど今、宗太郎は武器を構えることすらままならない。
(「子供を置いて‥無理だな、せめて自分で歩けるくらいならまだマシだったが‥‥」)
それどころか子供達は意識すらあやふやだ。
(「どこまで逃げきれるか‥‥せめて外に出られれば‥‥」)
独り活路を見出そうとする宗太郎を狙い、キメラが顎を開く。
その時、
ありえない方向からありえない助っ人が。
赤い獣に一撃を与える黒髪の少年。
「カイナ!?」
「大丈夫ですか!? 宗太郎さん!」
那美が宗太郎に駆け寄る。
手錠はしていない。
「お前等‥‥そうか‥‥」
それ以上は聞かない、聞く暇もない。
「動かないで! 今手当てをします!」
カイナが食い止めている隙に。
だが、そのカイナも一対一では劣勢だった。
「どうして‥‥どうしてお前等は‥‥!!」
(「あいつ‥‥マズい、冷静さを失いかけてる‥‥」)
そこに致命的な隙が生まれ、
(「しまっ‥‥!」)
カイナは気付くが間に合わない。
彼とて死にたい訳ではない。
ただ――。
「カイナァーーッ!!」
カイナを庇い牙を腕に食い込ませたのは宗太郎ではない。
無論、那美でもない。
「クラウド‥‥アンタ‥‥!」
「間一髪‥ってトコだな‥‥!」
痛みを堪え、ニヤリと笑うクラウド。
対するカイナは、
「なんで‥‥庇うんだよ‥」
「カイナ?」
「オレが‥やられちまえばよかったんだ‥‥また‥オレのせいで‥‥オレが護れないから‥‥!!」
(「だから――お前が命(ミコト)を護るんだ――」)
「護れなかったのに‥‥オレ‥!!」
「しっかりしろ! 俺らはお前の仲間なんだ!
仲間ってのは庇いあうもんだろ! 違うのか!?」
怯えるカイナにはその声が届いたのかはわからない。
しかし、
「クラウド、カイナ、隙作ってくれてありがとうよ」
頭部を狙った矢はキメラの顎を射抜き、クラウド達から突き放す。
放った宗太郎は獲物を槍に持ち替えていた。
身体を回転させ下に潜り込んだ一撃でキメラの顎を狙う。
「我流・偃月! 吹き飛べぇ!」
●癒えない傷
二体のキメラを倒し脱出に成功する。
子供達は無事だったが、カイナの表情は晴れない。
それはキメラを倒せなかったからではなく、
「心配すんなって、お前が誰かを護りたいように、俺もお前を護りたかった。
それだけの事だろ?」
クラウドの笑みが心に染みる。
だが、それでも、
(「そうだよ‥‥結局‥オレは‥‥誰をも護る事なんて出来なくって‥」)
だから仲間を作らないようにしていた。
なのにまた、傷つけてしまった。
「‥‥目を背けるも、現実を受け入れるもオマエの自由だ。
だがこれだけは言える‥‥これが、傭兵というものだ」
崎森の言葉が胸に刺さる。
わかっている。
本当は赦しが欲しいだけ。
あの時、護れなかったあの自分に。
勝たなければならない。
その甘えに。
これ以上――誰も傷つけない為に――。