●リプレイ本文
●災厄は突然に
日曜都心のショッピングモール。
一組の男女の姿を見ればそれは微笑ましいものを想像する。
「軽ネジ君ってば! メット取ろうよ怪し過ぎっ!」
月森 花(
ga0053)に詰め寄られるラグナ=カルネージ(
gb6706)。
「カルネージだっての。店ん中入らなきゃいいだけの話だろ。俺は入り口で待ってるぜ」
「それじゃ意味ないじゃない!」
「ちゃんと荷物は持つよ。それでいいだろ?」
ラグナの一言にブチ切れる花。
「‥‥全っ然わかってないっ!」
「マフラーは3つくらいにしておくか‥‥お、新しいストラップか、これも買っとこう」
一人ショッピングを楽しむ鈍名 レイジ(
ga8428)。
「藤村さんも来ればよかったのにな‥‥ま、昨今、喫煙者も大変だ」
同情しつつジャケットのコーナーに。そろそろ冬物の季節だ。
「――いいデザインなんだけどちょっとデカいかな。藤村さんに持って行ってやるか」
黒系の趣味は友人とよく合う。
その友人からの着信が響いたのはすぐ後の事だった。
セラ・インフィールド(
ga1889)は遅めの昼食を取ろうと店を散策していた。
目に留まったのは高層ビル。中にはレストラン街もあった筈だ。
「――報酬も入った事だし、久しぶりにちょっとだけ贅沢でもしましょうか」
予定にはなかったが、足をビルの方に向けた。
「おや?」
ふと上空に顔を向ける。飛行機よりは遥かに小さい『それ』に初めに気付いたのは彼だった。
「‥‥あれは――」
次に見つけたのは峯月 ココナ(
gc4931)。
連休をビル内のホテルで過ごしていたココナが眺めがいいと評判のスイートで目にしたのは――。
部屋着から即座に着替え、クローゼットに仕舞ってあった大鎌を取り出す。
「ここじゃ駄目だね、屋上で迎え撃たないと!」
そしてココナは駆けて行く。
何の為? 決まっている。
能力者が戦う理由など一つしかない。
●集まる仲間達
「――そうだ、キメラだ。鈍名、お前は一般客の誘導を頼む」
『藤村さんは!? そっちには得物が――』
「得物ならあるさ。間に合ったならおこぼれくらいくれてやろう」
煙草を揉み消し、通話を切る藤村 瑠亥(
ga3862)。
手にはアンティークとして似合いそうな横笛。カチャリと回すと中から刀身が覗く。
刃渡りは30cmもない。
「――やれやれ、頼りになる相棒だ」
キメラが4体。幸い、屋上に留まったこちらに殺意を向けてくれている。屋上の避難は問題なく終わるだろう。
(「大きいな‥‥急所に突き立てないと仕留めるのは難しいか‥‥」)
「こいよ、化物共。悪いが練習台として付き合ってもらう」
『皆さん、只今当ビル最上階にて火災発生。落ち着いて速やかに非難して欲しいのであります』
スピーカーから流れる少女の声にざわめきつつも誘導に従う一般客。
敢えて火災と流すのは勿論混乱を防ぐ為。火や煙も見えないのが幸いしてパニックにはならない。
更には放送が少女の声という事も緊張を和らげる結果となった。
「一般客には伝えず、ただちにUPCに連絡して戴きたいであります」
警備員達に的確な指示を出す少女傭兵・美空(
gb1906)。
彼女の愛らしい容姿と声はパニックを抑えるのにこれ以上ないほど適切だ。
初めは動揺した警備員達も、少女の実力を訝しむよりも、年下の少女の前でみっともない真似は出来ないと克己したようだ。
「お客様には最寄りの避妊器具を利用して落ち着いて‥‥
ま、間違い間違い間違いなのであります!!
避難器具を用いて‥‥」
どっと和む一般客。
「わざと? わざとなの?」
思わずツッコミを入れてしまう蒼河 拓人(
gb2873)。
美空に放送を任せ、拓人のしている事は、
「――藤村瑠亥くん――」
屋上に備え付けのカメラに映る同業者の姿。
「レイジくんも――美空ちゃん、自分らだけじゃない。なんとかなるかもしれないよ!」
状況把握。最悪、自分達二人だけでキメラを討たなければならないかもしれない。その可能性の方が高い。
拓人の見つけた二人はまさに希望の光。
「重畳なのであります! しかし――」
「うん、屋上に一人だけってのは危険だね。一刻も早く助けに行かないと――」
避難と救援を天秤にかけた拓人の前に、
カメラは三人目の影を捉えた。
屋上では異様ともいえる立ち廻り。
「――ッ」
体長5m、四足獣のキメラは巨体からは考えられぬ俊敏さで男を襲う。
四つの顎と八つの爪が狙うのはたった一人の人間。常人には一つですら避けられない。
だが、
「遅いな」
死角から背後に回る瑠亥。
「俺を捉えたいならその倍は動け」
腹に刃を突き立てる。
獣は人より迅い。これは生物学上の絶対だ。
そしてキメラは獣よりも迅い。
ならばそれを上回る瑠亥は最早、疾風と呼ぶ事すら謙遜に値する。
しかし、
(「――それでも、攻撃をかい潜りながらこいつで仕留めるのは骨が折れるか――」)
腹に根元まで突き立てれば大きなダメージを与えられた。
だが深く突き立てた刃を抜こうとすれば隙が生まれる。
(「相棒を見捨てれば――待つのは死か
――ッ!?」)
どんなに迅く動ける人間でも、それは永遠には続かない。
「ぐ‥‥っ‥‥!」
ましてや敵は四体。立場は一瞬で逆転する。
脇を抉られた瑠亥の上に圧し掛かろうとするキメラ。
「しまっ‥‥」
その時、
飛び掛かる獣の肩を掴む大きな爪。
いや、爪に見えたそれは――鎌だった。
「ギッリギリ、セーフ!」
覆い被さろうとしたキメラを文字通りひっぺがした鎌の少女。
「――心強い援軍だ」
「ありがとっ! さぁ、第二ラウンド、始めよっか!」
藤村瑠亥&峯月ココナ。
2対4の仕切り直し。
●バトル&レスキュー
「月森さん」
「セラさん? もうULT対応したの!?」
追いかけてきた青年の姿に驚く花。
「いえ、残念ですが私もたまたま――」
(「セラ、わかってると思うが――」)
(「『火災』でしょう? 放送聴きました」)
一般客に気取られぬよう情報交換をするラグナとセラ。
「とにかく一般客を――」
――誘導しようとした花の目前、
来訪者の手によって窓ガラスが破られた。
「――キメラ!?」
「チッ、やべぇな! 空気読めよケモノ共!」
響く悲鳴。場内は一気にパニックとなる。
振り下ろされる爪をナイフで弾き、セラが叫んだ。
「UPCです! 落ち着いて避難して下さい!」
(「ナイス、セラさん! 傭兵よりは軍人の方が混乱も少ないよね」)
ガラ空きの頭部に回し蹴りを見舞い、一般客からキメラを逸らす。
瞬時に体勢を直すとともに床を蹴るキメラ。
「巨体だけあってこれくらいでは効きませんか――」
構え直すセラ。
その身体に爪が届くよりも速く、キメラの巨体が横にブレた。
「助っ人はいるかい?」
現れた拓人の手元から噴く第二射。
派手な音を立てキメラが更に弾き飛ばされる。
「ええ、喉から手が出そうなほどね」
「そいつはよかった。
――キメラは自分らで引き受けます! 皆さんは避難を!」
敵から目を離さず、得物を構え直す拓人とセラ。
「屋上に二人いる! キメラを引き付けてるが苦戦中だ、誰か援護頼む!」
「軽ネジ君、行って! ここはボクが引き受けるよっ!」
拓人と同じ銃をキメラに向かい構える花。
「了解だ、無茶はするなよ!」
「やだね、そういうのって死亡フラグだよっ?」
悪戯っぽく花は微笑む。
苦笑し、ラグナは階段に向かった。
「――さて、後方支援は任せて。セラさんは前衛お願いね」
声は静かに、瞳を金色に染める花。
「ナイフ一本で前衛ですか。努力はしましょう。当てないでくださいね?」
そして――セラの顔からも笑みが消えた。
●エレベータ・アクション
「――参ったな」
思わぬ足止めをくらうラグナ。
一般客でどの階段も埋まっている。
「こっちもか‥‥他に通路は――」
「おい、あんた!」
AU−KVを装着している為、非常時でもラグナの姿は一際目立つ。そこに呼びかける男がいた。
「確か月森さんの友達だよな。そんな格好で避難ってワケでもなさそうだ」
得物らしき刀剣袋を肩にかけ、同志を確認する黒ジャケット、レイジ。
「屋上にキメラがいる。俺の仲間が戦闘中だ。来てくれると助かる」
「蒼河の言ってた奴らか。元からそのつもりだ。ただ――」
人の群れに舌打ちするラグナ。
「仕方ねえ、多少荒っぽくいくか?」
壁伝いに駆ける。能力者なら可能だ。
ただ、必然的に騒ぎは大きくなる。
「背に腹は変えられないな」
二人が腹を括った時、
「――荒っぽくいくならもっといい手があるのでありますよ」
銃撃が金属を叩く音が響いた。
セーラー服の少女、美空。手には黄金の小銃。
それでエレベータのドアをぶち抜いた。
「災害時につきエレベータはストップしているのであります。
現在、ここは吹き抜けの通路。貸切なのでありますよ」
ラグナとレイジにも美空の言わんとするところがわかった。
「同じ無茶するならこっちだな」
「同感だ。礼を言うぜ、美空さん」
ラグナはパイルバンカーを撃ち込み、レイジは身の軽さで壁を駆け上を目指す。
「何、作戦行動指示は軍人の花形なのでありますよ」
壊れたエレベータの入り口に呟いた美空は、すぐに呆然とする一般客へと向き直り、
「現在上部階は煙防止の隔壁が下りているであります!
消火活動の為お騒がせ致しました!」
ぴしっと可愛らしく敬礼。
堂々と言い張れば案外バレないものだ。
●赤と青の輪舞曲
銃弾に追い立てられるキメラ。
二丁拳銃の拓人と素早い動きで逃げ場を塞ぐ花に持ち前の機動力を奪われる。
その弾幕の中、まるで自分だけには当たらないかとでもいうようにかい潜るセラ。
キメラは銃撃に肉を抉られながらも接近する獲物に爪を振るう。
セラはその爪に自ら飛び込み――しかし、爪は服だけを掠めて、身体は懐に潜る。
キメラの背に回ったセラはその細い腕をキメラの首に絡め――、
「終わりです」
もう片方の手に握られたナイフをキメラの眼球に深く突き立てた。
轟く咆哮。
断末魔かと思われたその叫びの主は翼を羽ばたかせると、
「――がッ‥‥!」
「セラ!」
天井に押し潰される華奢な肉体。
「‥‥最期の足掻きってやつですか‥‥!」
叩きつけられながらもセラは腕を緩めない。
だからキメラももう一度天井を離れ、
(「‥‥ッ! 二度は不味い‥‥」)
――そのキメラの目、突き立てられたナイフの柄に、こつんと刃が当てられる。
「哀れな魂‥‥もう誰も貴方を傷つけないわ。
――おやすみ」
花の一撃がセラのナイフを深々と押し込み、
巨体は力無く床に落下した。
「無事? セラさん」
「なんとか‥‥」
覚醒を解いた花がセラに駆け寄る中、拓人はキメラの骸を見ている。
「蒼河君‥‥?」
「こいつ‥‥違う‥‥」
拓人は覚醒を解いていない。
視線はキメラの後ろ脚。
「屋上で逃がしたキメラは‥‥爪が一本欠けてたんだ‥‥!」
●反撃完了
「‥‥ッ、こんのぉっ!」
爪を避けて死角からキメラに斬り込むココナ。
だが経験浅い彼女に象並のサイズのキメラとの一対一は荷が重い。
むしろ攻撃をギリギリで躱す彼女のセンスを褒めるべきだろう。
(「ここで死なせるには惜しい人材だ」)
ココナを襲うキメラの顎を蹴り飛ばす瑠亥。
攻撃が大分雑になってきている。
(「得物さえあれば――」)
満身創痍の瑠亥の僅かな隙をキメラは見逃さない。
もう一匹のキメラの顎が瑠亥の背後を狙う。
「――くっ‥‥!」
響くのは金属音。硬いもの同士がぶつかる音だ。
「苦戦中だな、相棒」
「遅いよ、相棒」
「瑠亥!」
仲間の無事に安堵するココナ。
そして彼女に対するキメラにも――。
「!!」
腹から白刃が突き抜ける。
キメラの背には赤い甲冑。
「食らいやがれ‥‥クリムゾン――ディバイダァァァーーー!!」
そのまま剣を横方向に巨体を跳ね飛ばした。
「助かったよ」
「まだだ! 終わっちゃいねえ!」
ラグナに応えるように背から腹部を貫かれなお立ち上がるキメラ。
血を零しながら飛びかかる凶獣をラグナは真正面から受け止める。
「うん――やっぱり、助かったよ――!」
キメラの懐に飛び込むココナ。そこは先程までは潜れなかった『あと一歩』。
「これで‥‥終わりだよッ!!」
「ほらよ」
刀剣袋から日本刀を一振り投げるレイジ。
「とっととカタをつけるぜ」
「心得た」
瑠亥が応え、鞘を掴み、抜く。
鞘が二つに割れる。
刀の左右から一対の小太刀が引き抜かれる。
「疾風――迅雷」
「そら、いくぜ――!」
レイジの剛剣が文字通り火を噴く。
「お前らなんかにやらせはしねェよ」
エネルギーの斬撃が力ずくでキメラを吹き飛ばす。
「同感だ。――互いに運が悪いな」
二刀で迫る瑠亥。
しかし刀身は先程のものより僅かに伸びた程度。いかほどの違いが?
(「簡単なコトだ」)
レイジに案ずる気持ちは無い。
ただただ余裕を以って剛剣にてキメラを追い詰め、
(「鍛え方が違う」)
瑠亥の二刀はキメラの鋼の皮膚をバターのように斬り裂いた。
「休暇を潰された俺達も、
俺達のいるビルに迷い込んだお前達も――」
●最後の希望
美空の言うとおり、シャッターは下りていた。
煙を止めるか、キメラを止めるかの違いはあれど。
そして、逃げ遅れというのは出るものだ。
「あ‥‥あ‥‥」
上にも下にも逃げられず、年端もいかぬ少年少女は追い詰められていた。
目の前のキメラと違い、窓から出入りする事も叶わず。
後ろ脚の爪の欠けたキメラは容易き獲物に爪をかけ――、
エネルギーガンの一撃によって、それを阻まれる。
「美空、見つかった」
『了解であります! セラさんと月森さんにもお伝えするのであります』
「‥‥どうやらそれを待ってはくれなさそうだ」
銃撃の距離を一気に詰めるのに十秒の時間すら必要としないキメラ。
「まあいい、最低限の目的は果たせた」
あとは引き離したコレをどう始末するか、だが――。
「!?」
キメラは拓人の直前で止まった。
青の鎧に止められた。
『――そして美空も到着してるのでありますよ』
通信機から愛嬌混じりの声。
「助かった。蜂の巣にしていいか?」
「美空に当てないでくださいね」
「ほら、もう大丈夫だからね。お母さんのところに帰ろ?」
小さな兄妹を落ち着かせる花。
「屋上も片付いた。もうキメラはいないのでありますよ」
美空が最後に得た情報を皆に伝える。
「それはいいんですが‥‥この階にものんびりしてはいられないですね‥‥」
上層階は戦闘の余波で崩落が激しい。
ならば――、
「仕方ないね。――セラさん」
頷くセラ。拓人は少年の方に、
「妹を守れるかい?」
「う、うん‥‥」
「GOODだ。ならお兄ちゃんからだね。カッコいいところ見せなよ」
そう言って、少年を抱きかかえる。
青い瞳は再び虹色となり、
「I Can Fly――ってな!」
地上約300m、紐無しバンジーの決行だ。