●リプレイ本文
●サムライズ
深夜の峠道を登る自動車。
オフロード車の外観は山道にぴったりだ。
それを何故か不満そうに見つめる霧条 カイナ(gz0045)。
「大丈夫ですか、霧条さん。ひょっとして酔いました?」
「ん? それは良くないな。安全運転をしていたつもりだったが‥‥窓を開けるといい。九条院、酔い止めは持っていないか?」
「ちょっ、違げーって!」
心配する九条院つばめ(
ga6530)と白鐘剣一郎(
ga0184)にムキになって否定するカイナ。
「そうじゃなくって‥‥なあ剣一郎、このジーザリオお前の?」
「‥‥? ああ、そうだが‥‥」
そのやりとりに耳をぴこんと立てる宗太郎=シルエイト(
ga4261)。
頭部の横についている耳ではない。黒髪に埋もれている尖った獣耳。
ビーストマンじゃあるまいしそんなものは生物学上ありえないが、確かに宗太郎の頭部からそれが生えた――ように見えた。
「わかります。やっぱり車は男のロマンですよねえ」
「‥‥ちくしょー、剣でも身長でも‥‥その上車まで持ってるなんて‥‥ずりぃ」
「身長?」
霧条カイナ、154cm。結構気にしていたようで。
「大丈夫、霧条さんもすぐに大きくなりますよ」
「うっせー」
ふてくされるカイナ。こういうとき女の子の慰めは逆効果なのだ。
「‥‥見てろよ、あと二年したらオレも車だってKVだって‥‥!」
「ん?」
「はい?」
「え?」
聞きとがめた様に反応する三人。いや、聞きとがめたのだ。
「KVって?」
「うるせーな。どうせ16だから車もKVも乗れねえよ」
「霧条さん、KV乗ったことないんですか?」
「んだよ。お前だって乗ったことねーだろ?」
「‥‥ありますけど」
「何!? つばめお前無免許運転かよ!? 結構ワルなんだな!」
「――カイナ、その話、誰から聞いた?」
「ちっっくしょーーーーー!!」
青空に咆哮するカイナ。
『KVは18歳になってから試験を受けなければ乗ってはいけない』
そう姉代わりであるUTL職員シェリー・バーレイに教えられていたという。
「まあ、心配してのことだったんでしょうね」
自分の命を投げ出すような戦いを繰り返していた少年。
そんな彼をKVに乗せたくないと考えるのは三人にも容易に理解できる。
「でも、普通気付きません?」
「いや、ほらその‥‥」
言葉を濁す宗太郎を尻目に、
「傭兵仲間がいなかったからな」
「‥‥うわ、言っちゃいましたよこの人」
「だがそれも過去形だ」
「――そうですね。もうバラしても構わないでしょう」
今の少年になら――。
「霧条さん、車楽しみにしてますよ。買ったら乗せてくださいね」
「バ、バッカ! なんでおめーを‥‥!」
「?」
つばめの何気ない言葉に赤くなる。
彼にとって女の子を乗せるのは結構一大イベントのようだ。
●スナイパーズ
そしてこちらも4WDのオフロード車。
ただしレンタカー。
運転手は篠崎 公司(
ga2413)。
「楽しそうでありますね、向こうは」
窓から身を乗り出して剣一郎達のジーザリオを眺める美空(
gb1906)。
「こっちはこっち。女の子達だけで楽しみましょうね」
「美影、自分がいるのですが」
妻、篠崎 美影(
ga2512)に抗議と呼ぶにもささやかな合いの手を入れる公司。
だが美影はあまりにしれっと、
「あら、いけない私ったら。公司さんが隣にいるのなんて当たり前過ぎて失念してましたわ♪」
「うわー! うわー!」
顔を真っ赤にして諸手を上げる戌亥 ユキ(
ga3014)。
なんというかもう『ごちそうさま』という感じだった。
「うらやましいくらいに熱々なのですね」
若い二人の少女には刺激が強すぎたか。とはいえ美影も20前半。充分に若いのだが。
こちらの面々を便宜上『スナイパーズ』と呼称しよう。
狙撃手でない者もいる? そういう意味ではない。
「うん、この熱々をカイナ君にも届けてあげたいよ」
「――やはり弄るでありますか?」
「弄らいでか」
ほくそ笑むユキと美空。
二人の頭からぴこんと生える獣耳。
それは宗太郎のものと同じ。志を共にする者達にのみ生える意志の具現化。
「うふふ、キャンプ場には温泉もあるんです。混浴でいかがですか?」
「えー! えー!」
「み、美影さん大胆なのであります!」
美影の頭にもぴこんと生える。
「ふふ、美影、おいたはいけませんよ‥‥」
視線は動かさぬまま窘める公司。
「――ほどほどにね。カイナさんを泣かさない程度になさい」
にこりと笑う公司。その笑みはまるで獲物を狙うかのような――。
霧条カイナを狙うもの(スナイパーズ)。
報告書にはルビがふれないのが残念だ。
●藍色の空の下
一行が辿り着いたのは九州・開聞岳。
剣一郎の薦めだった。
「‥‥流石に早過ぎませんか? 夜明けまでもうしばらくありますし。いくらキャンプの準備があるからといって‥‥」
「ああ、済まない。皆に見せたいものがあってな」
美影の問いに爽やかに答える剣一郎。
「山頂に登ろう。あそこでの朝日は最高だ」
『まてーーーーい!!!』
全員がツッコんだ。
「か、片道三時間くらいかかります。登りきる前に日が明けちゃいますよ?」
「――なるほど、読めましたよ、彼方の計画が」
つばめの当然の疑問に逆にピンとくる公司。なんという知力の無駄遣い。
そして剣一郎はさも意を得たとばかりに、
「ああ、覚醒して登っていく。いい訓練になるだろう?」
「た、確かにそうかもしれませんが‥‥」
覚醒して登山。趣があるんだかないんだか‥‥。
「えー、やだやだやだー! おなか減ったー! ご飯食べようよー!」
「登山の後ならもっと美味い食事になるぞ」
駄々をこねるユキにもマジレスする剣一郎。そう押されてはやらざるを得ない。
「行こうか。体力に自身のある者は競争だ」
「くっ‥‥そ‥‥この‥‥!」
覚醒状態で急勾配を駆け上るカイナ。
技術では仲間達に劣る彼だが、育ち盛りの男子の体力はひけを取るものではない。
しかし、
「ははっ、元気がいいな、カイナは」
前を行く剣一郎にはどうしても追いつけない。自分の身の軽さをもってしても離されないのが精一杯である。
「早いですね、白鐘さん」
そういうつばめも負けてはいない。そう、身の軽さというのなら彼女はカイナよりさらに軽い。
それでも――カイナにとっては女の子に負けることはいつもながらに屈辱的だった。
女性差別と正論を吐かれようが、年頃の少年とはそういうものだ。
「山登りは体力だけでするものではありませんよ。小さな頃から父に連れられましたから」
流石は武門の家柄。そこにいくとカイナの両親は研究者。意外と文科系なのであった。
「バランス感覚を鍛えるのにも山登りはいいかもしれないな。――だが、怪我人は無理をするな!」
剣一郎が見るのはカイナのさらに遥か後ろ。声を張り上げなければならない距離にいるのは――、
「だい‥‥じょうぶ‥‥だ。これくらい‥‥で、弱音吐けねえ‥‥よ」
本来なら剣一郎やつばめ達と肩を並べる筈の宗太郎。先日の戦いで重傷を負ったようだ。
普通に歩く事もしんどいのではないかという身体を覚醒させ、土を蹴る。
「宗太郎! マジで無茶すんなよ!」
「人の心配より自分の事を考えたらどうなのでありましょうか、カイナさん」
カイナの先を行くもう一人、美空。
愛機・ミカエルを身に纏い――。
「ちょっと待て! それズルだろ!」
「ズルとは失敬な。ミカエルは美空の手足も同然なのでありますよ」
「アリかよそれ? 訓練にならねえじゃん!」
「鍛えられるとは言いましたが訓練とは言ってませんからねえ‥‥。それに覚醒可にしてAU−KVは駄目というのも‥‥」
公司の言うことも尤もなので認めざるを得ない。
「訓練にはなってますよ? AV−KVもKVでありますからね。バランス制御は難しいのであります。
オートバランスに頼りっ放しでは実戦での柔軟性に欠くでありますから。特にこのような山での戦いなどあっては。
あ、これは失礼。『KVと同じ』ではカイナさんにはわかりづらかったでありますか?」
ぴしっ、と音が聞こえた気がした。
美空は既につばめに車での会話を聞いている。つばめにとっては『KVに乗るんだって張り切ってましたよ』というほほえましい内容のつもりではあったのだが。
「テ‥‥メエ‥‥」
「その意気なのでありますよ!」
と、美空は再びくるりと山頂に――カイナに背を向ける。
そこには――、
「おいぃぃぃぃ!! ちょっと待てぇぇぇぇい!!!」
美空の背には、ぺったりと張り付いたむすめさんが。
「ふぃ〜、快適だよ〜」
AU−KVは一般人救助等を想定しておぶれるように排熱場所に工夫がされてたりするものも少なくない。
そんなミカエルの背に一般人ヅラして背負われているなまけもの。
「あれは反則だろあれは!!」
「だから訓練じゃないんだってば。それに美空ちゃんの訓練に付き合ってあげてるだけだよ〜」
いけしゃあしゃあとのたまう。
「要救助者を背負って登坂の訓練なのであります。ご協力感謝なのであります、ユキさん」
本気で言っていた。結構真面目な美空。
「訓練じゃないんだから疲れたらおぶってもらってもいいんだよ? ね、剣一郎さん」
「ああ、無茶をする必要はない。元々朝日を見ようと言っただけだ」
剣一郎は真面目に答えるが、ユキの目にはイタズラっ気が満々だ。
「疲れたんですか、カイナさん。よろしければ私がおぶってあげましょうか?」
手を差し伸べたのは美影。
「―――!」
(「うわ、青筋って初めて見たよ私」)
「な め ん な あぁぁぁぁ!!!」
前行く連中をごぼう抜きするカイナ。
「カイナさん! バテますよ!」
公司の言葉も届かない。
「‥‥やりすぎちゃったかしら?」
「ねー」
藍色の空の下、夜明けには少しだけ早く山頂に辿り着いた能力者達。
「大丈夫ですか? 霧条さん」
「‥‥うるへー」
女の子のなぐさめがナイーブな少年のハート(笑)をちくちくと傷つける。
「返事が出来るのなら問題ないな。お前は大丈夫か、宗太郎」
宗太郎は当然ながら皆より少し遅れで到着。明らかに無理をしているのがわかる。
「その根性は大したものだが、怪我に障っては元も子もないぞ?」
「ふふ‥‥侍の言葉とも思えませんね‥‥臨戦の心は時に身体よりも重要ですよ」
「‥‥宗太郎」
その姿をカッコいいと思ったのは無知な少年故だろうか。
お世辞にも正しいと言えぬその在り方が――少年には――、
「朝日です‥‥なるほど、剣一郎さんの言うとおり‥‥これを見られただけでも‥‥怪我押した甲斐はあります‥‥ね」
山頂から見下ろすささやかなれど眩しい柔らかな日差し。
その美しい光景が――少年にはまるで宗太郎のように見えた。
(「オレも――いつか――」)
●キャンプ開始
「わーいわーい! ようやっとご飯だよー!
登山の後だからおなかぺこぺこだーい!」
「お前ずっと美空の背中にしがみついてただけじゃねーか」
朝日も拝んでキャンプ開始。
「さて、本日もみなさんのお食事はこの不肖、美空が担当させていただくでありますよ!」
ざわっと、一瞬にしてユキに浮かぶジンマシンをカイナは確かに見た。
「私と公司さんも参加します。大人数なら人手は必要ですし。キャンプ食なら公司さん結構凄いですよ?」
「そうですね、数少ない私の特技です。見せ場くらい欲しいところですが‥‥宜しいですか、美空さん?」
「ん、確かに見せ場独り占めはよくないのであります。お手伝い感謝なのです」
上手い事割り込む篠崎夫婦。
「あ、飯盒炊飯なら私も経験あります。混ざりたいんですがいいですか?」
つばめも参加。まるでヤバい調味料を出来るだけ数で薄めようとしてるかのようだ。
「では俺は雑用を担当させて貰おう。男子厨房に入らずという訳ではないが、細かい作業は得意ではなくてな」
「ああ、オレも手伝うよ。料理とか作ったことねーし」
剣一郎とカイナがキャンプ場の設置に向かう。
「では私はおなかをすかしたユキさんのお相手をしてましょう」
「ありがとー。ごはんごはんー、楽しみー♪」
「‥‥ちょっとまてこら」
「どうしたんですか、カイナさん? 怖い顔して」
「お前料理とか駄目だったっけ? いや、駄目だとしてもオレ達手伝えよ」
「怪我人に働かせる気ですか?」
「てめー山道駆け上ってたじゃねーか!!」
「大声出さないでください。あいたた! ライオネルさんからカイナさんを庇った傷が‥‥!」
「庇われてねーし! てゆーかお前遠くから弓撃っただけで攻撃されてねーだろが!!」
「怪我してるのは本当なんですよー!」
わずかの間でも憧れの眼差しで見つめた少年はとても後悔したという。
そして食事後は腹ごなしの戦闘訓練。
「やだよ〜、めんどくさいよ〜、遊ぼうよ〜」
「お前なあ‥‥マジでナマケモノになるぞ?」
「あは、冗談冗談。流石に訓練ならキチッとやるよ」
とても冗談には聞こえないユキだったが、そんなこんなで訓練は始まる。
「腕を上げましたね、霧条さん」
つばめの額には玉の汗が浮かんでいる。
カイナの重い剣戟に槍は軋み、両腕は悲鳴をあげていた。
「でも‥‥まだ負けてあげるわけには行きません、よ」
「ぐ‥‥ちくしょう‥‥!」
そう、それでも――勝者はつばめだった。
逸材揃いの能力者達の中でもさらに飛び抜けた一線級の傭兵。
カイナがいかに腕を上げたとしてもその実力差を一朝一夕で埋めることはならない。
そしてカイナの成長と共につばめも強くなる。むしろ開く事さえあり得るのだ。
それでも、
(「楽しい――他人の成長を見て取れるのがこんなに楽しいなんて。私に弟子なんて10年20年早いですけれど――」)
自分を鍛えてくれた父や祖父もこんな感じだったのだろうかと自然笑みがこぼれる。
「見違えたな、カイナ」
剣一郎も笑顔で祝福する。
「だがまだまだ。技術は勿論、基礎体力も。お前は無い方ではないが、成長期だ。身体能力は高過ぎて困るものではないからな」
「わ、わかってら!」
指図するなとむくれるカイナ。その負けん気も明日への力となるだろう。
「――で、お前は本当に無茶するなよ、宗太郎」
料理はサボる癖に訓練には参加する宗太郎。
ここまでくると褒めるべきか呆れるべきか。
「大丈夫‥‥自分の限界くらい心得てますよ‥‥」
それは勿論信頼しているからこそ、案ずれど止めはしないのだが。
「その限界を見極める為の機会です‥‥やらせてください」
負傷したときにどう戦うべきか。
不利な状況でどう動き、どこで引くべきか。
「これで雑務もこなせばカッコよかったんだけどねえ」
「それは怪我人の尊厳にかけてお断りします。大体一緒にサボってたユキさんに言われるのは心外です」
●戦場名・露天風呂
訓練後にはさらに移動。
「キャンプ場の傍の温泉はある意味穴場ではあるが、せっかくだから指宿まで足を延ばしてみるか?」
温泉を楽しみにしていたのは皆同じ。
せっかくならより良い場所でと剣一郎の提案に賛成したのだった。
「えーーーっ!? そ、そんなあっ!?」
公司の車で悲鳴を上げるのはつばめ。
温泉までの道程はスナイパーズにつばめを加え、代わりに美空はバイク形態のミカエルにカイナを乗せている。
「な、なーんかカッコワリいなあ‥‥」
「ふっふっふっ、強がりは良くないでありますよカイナさん。声が上擦ってるではありませんか」
剣一郎の車やKVにあれほどの興味を示したカイナだ。バイクに興味が無い訳が無い。
「べ、別に‥‥こんなスピードじゃ自転車とかわんねーよ」
「ほほう、さらなるスピードをご所望で?」
イタズラっぽく美空が笑う。
喉を鳴らすカイナの身体が震える。武者震いで。
「やれるモンならやってみな!」
「いい根性でありますよ!」
そういう経緯でカイナを完全に引き離し、わるだくみをするスナイパーズ。
「や、やっぱりやるんだ?」
ほんのりと頬を染めるユキ。一応彼女も年頃の女の子なのだ。
「だって交流会じゃないですか」
上機嫌な美影。
「混浴‥‥ですか」
おそらく女性陣で一番真面目で一番内気であろうつばめはあわあわと慌てる。
交流といっても女性四名、男性四名、当然分かれるものと考えていた。
「大丈夫です。勿論水着着用ですから」
「み、水着なんて持ってきてないですよっ?」
「私が持ってきました。皆さん全員分!」
やられた。
そういえば合宿前に皆のパーソナルデータを集めていたが、その中に3サイズ等が混じっていても同性ということもあって気に留め損なっていた。
折角水着を着るのならば自分で選びたいところなのだが、
「ど〜しても嫌ってんなら無理強いはしませんが‥‥公司さん、ごめんなさい。一緒に入りたかったけど」
「仕方ないですよ。つばめさんの意思を尊重しましょう」
わざとに違いない。
なし崩せる自信があるからこんなドッキリを仕掛けるのだろう。
そしてその通りであるお人好しな自分を呪う。
「うう‥‥わかりましたぁ‥‥」
「わぁ、ありがとう、つばめさん♪ ユキさんは?」
「‥‥そこで私が拒否するわけにもいかないじゃない」
「ま、ま、ま、まてーーーーい!!!」
あまりに予想通りの反応を示すカイナ。
「なにをうろたえてるんですかカイナさん、こんなチャンス喜ばなくてどうするんです?」
「ちょ、ふざけんなお前!」
とっても男らしい宗太郎に比べて真っ赤なカイナ。先程のつばめよりも赤くなっている。
「もしかしてカイナさんは男性の裸に興味がありましたか? 私達だけの空間を汚されるのがご不満だったとか‥‥?」
シリアスな顔でほざく宗太郎。
「む‥‥なんと‥‥!」
「私は妻がいるので‥‥カイナさんのお気持ちは嬉しいですが‥‥」
「ちげぇーーーーーー!!!」
露天風呂で合流する八人。
男達は腰に、女達は胸からタオルを巻いている。
「よ、よう」
ぎこちないことこの上ないカイナ。
「わお、カイナさん結構たくましいのでありますね」
照れ半分、興味半分の少女達。
「みなさんこそとっても綺麗ですよ」
逆に堂々と言ってのける宗太郎。
「それっ!」
「きゃあっ!?」
美影がユキのバスタオルをひっぺがす。
「ちょっ、わっ、待てっ!」
顔を覆いながらも指の間からこっそり見るというマンガの女の子みたいな真似するカイナ。
そこには、
「バカッ! 何してんだお前ッ‥‥って――」
タオルの下には雪の様に白い肌。
胸は更に白く――白過ぎるくらいで――レモン色のプリントが――。
「――あ?」
白とレモン色のセパレーツが胸と腰を覆っている。
「水着でも恥ずかしいな‥‥って、どしたの? マサカキタイシタ?」
照れながらもニヤリと笑うユキ。
「馬ッ――!」
「あれ? てゆーかカイナさんは水着着用と聞いてないでありますか?」
水色と白のストライプの水着に身を包む美空。こちらもセパレーツ。
「言ったら楽しくないじゃないですか」
宗太郎言い切った。
「テ‥‥テメエ‥‥ら‥‥!」
噴火寸前のカイナ。ゴゴゴゴという擬音が聞こえてくるようだ。
だがすぐに気付く。怒るどころではないということに。
「――というコトはカイナさんタオルの下にはナニもつけてないというコトでありますか?」
露天風呂に――突き刺すような冷気が立ち込めた。
つばめはエメラルドグリーンのワンピースを着て湯につかる。
物思うのは――、
(「ライオネルさん‥‥」)
先日、命をぶつけ合った元傭兵。
(「『戦う理由がなくなった』あの人はそう言っていた。
けれど彼は確かに霧条さんの為に戦っていた。私はそう思う。
そうなんでしょう――ライオネルさん?」)
「カイナさん、つーかまえた♪」
「この‥‥いい加減に――!」
「きゃっ!」
組み付く美影を振りほどこうとしたカイナの腕が美影のビキニブラを掴む。
大切なものを守ると誓ったその腕(かいな)は美影の大切な部分をむしりとり――、
「わわ! カイナ君、それは反則だよ〜!」
「ち、違‥‥!」
「カイナさん! その胸は自分のですよ!?」
「あらやだ、公司さんたら」
どさくさに紛れてなに言っとるかおっさん。
そして妻もうっとりしてないで隠せ。
「むぅ‥‥俺も妻を連れて来たかったな。カイナに会わせられないのが残念だ」
昨年迎えた剣一郎の妻。
何故かカイナとは会えない大人の事情。
(「後でリフレクソロジーを紹介してみようかな」)
剣一郎のお気に入りの足ツボマッサージ。
そこでまたカイナの悲鳴が聞けるのは別のお話。
「カイナ君のえっちー!」
「ケダモノでありますか!?」
「ちげぇーーーーー!!」
温泉は静かに入るものとするならば彼らは確かにマナー違反だろう。
だけどその遠慮のない騒がしさがつばめにはちょっと嬉しかった。
●準備も戦場
風呂上りに散歩中の公司と美影。
夫婦水入らず、正真正銘のデートだ。
「ポロリはやり過ぎでしたね」
「あら、妬いちゃいました?」
「ちょっとだけ」
一回り年上の夫が素直に子供っぽく口にする。
「カイナさん反応いいからつい楽しんじゃいました」
「――子供が出来たらああいう子がいいですか?」
「あら、気が早い」
夜はキャンプファイヤー。
夕食も兼ねている。
材料の買出しは美空とカイナが。メモ書きを渡すのを忘れない篠崎夫妻。
美空はミカエルを温泉に向かった時以上のスピードですっ飛ばす。
後ろにカイナを乗せて。
「――やるでありますね」
遠慮ないスピードを出しても物怖じしないカイナに美空は素直に賞賛の言葉を贈る。
「カイナさんがKVに乗る日が楽しみなのでありますよ」
「おう、そん時ゃ待ってやがれよ!」
「やれやれ、材料が台無しじゃないか」
荒いツーリングを遠目に見ながら、ジーザリオに予備の食材を買い込ませた篠崎夫妻の用意の良さに感心する剣一郎だった。
夕食の準備にはユキも参加した。
「せっかくならおいしいもの食べたいからね」
作れるのにサボってたのかという突っ込みは華麗にスルー。
「――では準備が出来たら起こしてください」
「‥‥お前」
それでも堂々と休む宗太郎。
「シロップなんて何に使うんですか?」
「カレーに入れるでありますよ。先日は辛過ぎたと反省してるであります」
「‥‥‥‥あ、ちょっと公司さん手伝ってきてくれます? 私、今手が離せないので」
「了解であります!」
場を移動する美空。そして美影は動く。
「つばめさん!」
「はいっ!」
「ユキさんはシロップを処分して! 全部使ったとしておきます!」
「はいなっ!」
ちなみにこのシロップは後でお菓子作りにおいしく利用いたしました。
●星に誓いを
「さあ、キャンプファイヤーの始まりであります。みんなニューヨークには行きたいでありますかー!?」
日が暮れてもテンションの落ちる様子は全くない美空。
「おーっ!」
そして応えるユキ。
ニューヨークはともかくアメリカ自体には結構皆行った筈なのだが。
「――そしてオリオンは女神アルテミスに射殺されたのです」
公司は冬の星座を眺め語る。
山の中、炎の傍でも星空はよく見えた。
「女難の相ですね。カイナさんのようです。弓が苦手なんですね」
「こら、宗太郎っ!」
「私そんなことしないよっ! あ、でも女難はあってるかも」
「おいっ!?」
そしてカイナはやはりいじられるようだ。
「あちらのこいぬ座、先程アルテミスの話をいたしましたが、彼女の水浴びを覗いたアクタイオンの話は有名ですね。彼の猟犬の一匹がこいぬ座と言われております」「そっちもカイナ君みたい! こいぬじゃなくてアクタイオンね。ギリシャ神話ってカイナ君だらけだねっ!」
「ちょっ、待てユキ! あれはワザとじゃ――てか覗いてねえ!」
「アクタイオンは皆そういうのでありますよ」
「恥ずかしがる事はないですよ。私は胸を見られてもアクタイオンさんを鹿に変えたりはしません」
「みなさん、そんなにアクタイオンさんをいじめないでください!」
「アクタイオンって言うなぁぁぁ!!」
カレーも食べ終わり、続けて星を見る者、デザートを食べる者、美空は甘くないカレーに首を捻っていたり。
「拗ねないでくださいよ、アクタイオンさん」
「テメエまで言うか!」
「みんなカイナさんが好きなんですよ。弄るのも愛です。――ちょっとだけ、いいですか?」
茶化しつつも宗太郎の声が少しだけ大事な話をしようとするそれに変わる。
「ライオネルさんの話です」
カイナの表情も変わる。ただしいつもの激情ではなく、静かな――憂いにも似た――。
「彼は言いました。『守れなかった』と。
少なくともカイナさんの御家族に敵意はなかった。もしかすると――」
「わかってる」
小さく、しかしはっきりと呟いた。
「思い出した。今まで忘れてた。きっと思い出したくなかったんだ。
父‥‥オヤジの仕事場で会ってた。
何度か‥‥妹がよくなついてて‥‥それがちょっと気に入らなくって‥‥」
「わかった。もういい」
「すみません‥‥」
剣一郎と宗太郎は少年を気遣い、
「カイナさんは復讐を誓う為に『過去』を殺した。カイナさんにとって『過去』のものは死んだものでなければならなかったんでしょう。
そうしなければならない程の想いがあったことを自分達は知っています。責める必要はありません」
公司の言葉に少年は応えない。
「俺はライオネルはカイナに仇を討たせたいのだと思っていた。
それはある意味正しく、ある意味逆だった。
おそらく彼はカイナに復讐をさせたくなかったのだろう。
だから自らを仇とする事でカイナの復讐を終わらせようとした‥‥」
「――お前らも、オレはそうした方がいいと思うか?」
その声は迷う少年のそれだった。迷っていて、だがそれでも――。
「正直に答えるならYESです。
ライオネルさんが庇っていたのはおそらくはカイナさん。それはつまり、敵はカイナさんが立ち向かうには危険過ぎる相手だという事です。だから偽りの仇を演じてカイナさんの復讐を終わらせようとした‥‥。
そんな危険な相手の前に友人を向かわせたくはありません」
少年を案ずるならば正しい答えだろう。
しかし少年の想いを酌むならば思慮に欠ける答えだったかもしれない。
それでも――宗太郎は少年に嘘を吐きたくはなかった。
「そっか‥‥」
それは少年に通じたのか、少年は静かに、
「ごめん。
それが正しいってわかってる。ライオネルがオレの為に命を懸けたってのも。
――でもオレ、それでも――忘れたくないんだ」
仇を諦める事が忘れる事では決してない。
けれど、少年の中ではそれは譲れぬものなのだろう。
「だから、みんなには悪いけれど――」
「わかってますよ」
いともあっさりと宗太郎は応える。
「え?」
「『戦って欲しくない』それはあくまでカイナさんの意向を無視した私個人の意見です。意見であって意志じゃあない。
私の意志は決まっています。
『カイナさんにとことん付き合う』です」
「『私達の』だろう?」
剣一郎がそれに続く。
「そうでしたね。
大体カイナさん――いつから私達の意見を窺う程、殊勝になったんですか? いくらなんでもらしくないですよ?」
「――――!」
●冬が過ぎ――
「そういえば剣一郎さん、いつの間にか呼び方が『カイナ』になってるね」
原っぱで四つ葉のクローバーを見つけたみたいに嬉しそうにユキは言う。
「ん‥‥そうだな。変か?」
「全然」
「私も昔は『霧条さん』でしたね。何、仲良くなってきた証拠ですよ」
「‥‥私も名前で呼んだ方がいいでしょうか?」
「それはやめておいた方が賢明であります」
「そうですね。つばめさんにいきなり名前で呼ばれたらカイナさん、倒れちゃいますもの」
皆の笑い声をカイナが聞きつける。
「お前ら人を除け者にしてなに話してんだよー」
「今日はカイナさんは誰の水着を狙ってるのかって話してただけですよー」
冬ももうすぐ過ぎ去る。
春の到来も、そろそろ近いのかもしれない。