●リプレイ本文
「此処からが本番じゃ」
大きな滝の傍へとやってきた一行は、そう言った老人の言葉に小さく頷く。
滝は名所と言われる事もあってか、その高さも水量も立派なものであった。
そのせいか、此処までは、ハイキングコースとなっていて、道も整備されており、よっぽどの格好でなければ辿り着けるものであった。
尤も、最近は、キメラの噂もあってか、一行以外の人間は見かける事は無かったのだが。
そんなハイキングコースも、滝の手前で、整備された道は終わっており、滝壺への転落防止の柵が立てられている。
「その滝の奥に、洞窟があってな、そこから、山の奥に行けるんじゃ」
「そうなんですか? 隊長」
そう、レジーノ・クリオテラス(
ga9186)目を輝かせて言う。
隊長とは、警備対象となる老人の事で、警備と言う点では彼に権限は無いが、それでも、目的は、水晶の谷を見つける事であるから、この部隊は探検隊で、そうなると、必然的に彼が隊長となる。
それに関しては、特に異論も無く、皆、それを受け入れているのは、依頼人だから、と言うだけではない、年長者としての風格を彼に見たからであろう。
「隠し通路?」
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)がその表情は変えない迄も、そう問えば、レジーノが、更に目を輝かせる。
「そうじゃ。‥‥と言いたい所じゃが‥‥わしだけが知っておる訳じゃない。
ただ、その細い道は滑りやすいからな。きちんと装備を整えたものしか、使えんよ。
選ばれた者の、道、じゃな」
確かに、道は、人一人が通れる幅で、勿論、柵などは無いから、この老人、元へ、隊長のように、山歩きに慣れた者でなければ、使う事もないだろう。
「他に、道は?」
ルフト・サンドマン(
ga7712)が問うと、
「あ〜、洞窟とかで襲われると、逃げ道無いと困るしなぁ」
御剣 真一(
ga7723)が、その真意を伝えるように言葉を補足すると、隊長は指を指しながら答える。
「無い事も無いが、その辺の茂みから、崖を上るように上がっていかないとならんな」
「それはそれで、無防備になるな」
筋肉 竜骨(
gb0353)は、別ルートとして示された場所を見る。
「空を飛ぶキメラが相手なら、格好の餌食よね」
トレイシー・バース(
ga1414)も、筋肉同様、茂みからその奥の崖へと視線を向ける。
「隊長、この洞窟って、何度も通ってるんですか?」
「ああ、じゃが、歩き難い場所もあるから、全部を調べた訳じゃないが‥‥」
七瀬 蜜子(
ga3911)の言葉に、隊長が答えると、
「んじゃ、此処を詳しく調べるってのも、アリ?」
レジーノが興奮したように言うと、
「宝が洞窟にってのはよくある話だが」
ルフトの言葉に、
「んじゃ、先行部隊が、危険が無いか見てくるってのは?
崖上るよりは、足場が確保されてて、いいかもしれないだろ」
増田 大五郎(
ga6752)が提案すると、レジーノ、御剣、筋肉、リオンが先行部隊となり、先に洞窟の奥へと入る事となった。
「こういう冒険って浪漫を追いかけた若い頃を思い出すなぁ〜♪」
「レジーノ、楽しむのはいいが、気をつけろよ」
そして、本格的な探険へと進んでいくのであった。
「しっかし、すげぇな」
一足先に洞窟へと足を踏み入れた筋肉が、広けた空間に驚きの声を上げる。
滝の裏の洞窟。
暫く進めば、滝の音が気に成らないほど深く、幾つかに枝分かれした道が伸びている。
確かに、それだけの空間を有する山ではあったが、此処には、何かが隠されているような気配を感じる。
隊長が、この山へ、あると言う水晶の谷に引かれる理由が分かった気がする。
「それぞれの枝分かれの道を調べる必要あるよな。隊長が見逃したものがあるかもしれないし」
レジーノが、そう言って、時折、壁を叩きながら、秘密の抜け穴でもないだろうかと、耳を澄ませる。
「けど、キメラにも気をつけろよ。何が潜んでいるかわからない」
御剣が言う。
水晶の谷を見つけるのは隊長が望ましい。
危険を排除するのが先行部隊の役目である。
「でも、僕も、宝物、見つけてみたいな」
リオンが、笑みを見せると、筋肉が、その頭をくしゃりと撫でる。
「そうだな」
「ああ、燃えるよ燃えるよ! トレジャーハンターの血が騒ぐ!!」
「って、違うだろう。まぁ、気持ちは分かるがな」
テンションの高いレジーノに、御剣が突っ込みを入れる。
勿論、気は抜けないし、これは、任務ではあるが、殺伐とした戦いの合間に出会った隊長は、皆に、一時の夢とロマンを与えた。
隊長がいない、この先行部隊でも、このような調子である。
恐らく、彼と行動を共にしている面々も、きっと、同じ思い、更に感じているのだろう。
この冒険が、無粋なキメラに邪魔されないよう、そして、水晶の谷を見つけられるよう、洞窟内を探索する先行部隊であった。
「もう、皆さん、宝探しに熱中しすぎですよ」
洞窟内で追い抜いていたらしい先行部隊に呆れ顔で、七瀬が夕飯の支度をする。
隊長を要する後発部隊が、一通りの探索を終え、今日のキャンプにと選んだ、洞窟を抜けた所の開けた場所で、準備をしていると、洞窟を出てきた先発部隊。
陽の傾いた空に唖然とする面々に、後発部隊は、溜息を漏らすも、それを頼もしいとばかりに、腕を振るうのは隊長であった。
「いいじゃないか。私の為に、あの洞窟を隈なく調べてくれたのじゃろう?
あの洞窟は、わしも色々と調べたが、違う人間の目を通せば、違うものが見えてくるかもしれないからな。
で、何か、変わったものはあったかい?」
「ぅぅん。でも、宝探しって‥‥なんだか、わくわくしたよ。おじいちゃんも、わくわく、した‥‥?」
リオンが、隊長の隣に腰を掛け、増田が渡してくれた水で喉を潤す。
「ああ。勿論じゃよ。皆のおかげで、久しぶりに堪能できた。
息子があまり興味無いからの。仲間も、引退したものが多いから、こうやって、皆といれて楽しかったし、楽しいよ」
「そうやって言って貰えると嬉しいぜ。隊長にとって、水晶の谷ってどんな存在なの?」
レジーノも同じように水を手に、反対側に腰を掛ける。
「そうじゃな。今まで色々な冒険をしてきたが、これが唯一、達成が出来なかったものじゃからな。
けれど、それを楽しみに生きてきたから、わしの長生きの秘訣じゃろうなぁ」
そう話始めた隊長の周りに、皆が、集まってくる。
「あ〜〜〜、ちょっと待って下さい。私も、隊長さんのお話聞きたいですぅ」
そんな七瀬の叫びに、暫し、話は中断し、七瀬がトレイシーが、料理を配る。
「いただきます」
「ねぇねぇ、さっきの続き、聞かせてよ」
リオンが、強請ると、少しづつ語られる体験談。
非日常と言えば、能力者として、傭兵として、恐らく、常人が経験する事が出来ないであろう事を多く経験したであろう面々。
それでも、それは、出来れば、経験したくないような、命のやり取りがメインである。
戦いが、男のロマンと言う者もいるだろうが、多くの死に立ち会ってくれば、それは、ロマンと言う言葉だけでは片付けられないだろう。
そうなれば、純粋に、己の夢を追い、幻想を追い、それを現実としてきた隊長の生き方こそ、ロマンと言えるかもしれない。
「息子さんと、一緒に、来たかったですか?」
七瀬がそう問うが、意外にも隊長は首を振った。
「来たく無いと言えば嘘にはなるが、わしは、人それぞれ、じゃと思っている。それが親子でもな。
じゃから、息子が、わしが、冒険に生き甲斐を感じているように、それが、仕事でも何でも構わない。
わしが生き甲斐を感じているような何かを見つけてくれていれば、それだけで満足じゃよ」
「重い言葉だな」
ルフトが、言葉の重みを噛み締める。
「そんな立派なものじゃないよ。好きな事をやっているだけじゃよ」
「それが、中々、難しいんですよ」
増田の言葉に、筋肉も頷く。
夜空に現れ始めた星のように輝く隊長を見て、明日からも、無事に、この探険が出来れば良いと思いながら、それぞれの持ち場を確認するのであった。
「この辺りへは、何度も来ているのですよね?」
朝食を終えて、昨日のように、二班に別れての探索。
トレイシーが、隊長の傍を歩きながら問う。
「ああ、随分と、歩き回って、庭みたいなものなのじゃが‥‥」
「それでは、何処かに隠しの何かがあるとか?」
隊長を挟むように、七瀬が歩きながら問うと、そう思うのじゃが、と、首を傾げる。
「何せ、情報が少ないからの。だから、伝説だったり、幻だったりと言われるのじゃろうがな」
「キメラだっ」
少し先を歩いていた御剣の叫びに、トレイシーと七瀬が、隊長を庇うように、周りを警戒する。
鬱蒼とした茂みから現れたのは、狼型のキメラで、野生のそれよりは一回り程大きいだろうか。
餌となる動物を見つけたような本能剥き出しの目は、何時、襲いかかろうかと窺っている。
「やれやれ、平和に冒険とはいかないか‥‥戦うのは好きじゃないんだけどね。」
「トレイシー、隊長を安全な場所へ」
御剣が先陣を切り、ルフトが叫び、跳ね上がった一体のキメラを薙ぐと、その隙を縫って、トレイシーの先導で、キメラのいない方向へと走る。
が、奥に進むと切り立った崖が行く手を遮った。
足を止めたトレイシー達に、それを追っていた一体のキメラが、大きな咆哮と共に、息を吐き出す。
と、それは、冷気で、崖の割れ目から噴出す水が辺りを濡らす飛沫を凍らせ、氷の粒を降らせる。
それが、キメラの目眩ましにもなったのか、怯んだ隙をついた増田の攻撃。
沸いてくるように現れるキメラと 激しく繰り返される戦闘。
戦闘が激しくなるにつれ、周辺の気温が下げられていく。
一匹のキメラの一際激しい息が吐き出されると、滝の様に流れ落ちていた水が大きな氷柱と変わった。
「綺麗じゃ」
戦いの中、そんな余裕を見せたのは、唯一戦闘に参加していなかった隊長で、太陽の光を浴び煌く様に魅入っていた。
それを見逃さなかったキメラの咆哮が、隊長を襲う。
しかし、筋肉によって、それは空振りとなり、もう一筋の水の流れを氷柱へと変えた。
ルフトによって、安全な場所へと運ばれながら、隊長が呟く。
「もしかしたら‥‥」
「えっ?」
「これが、伝説の水晶の谷かもしれん」
そんな言葉は、戦闘中の他の面々の耳に届くも、聞き返すことは、勿論、その真偽を検証する余裕は無い。
それでも、時間の経過と共に、その数は減り、数匹が残るのみとなった。
キメラの知能でも、自分の危機は分かるのだろう。
戦闘から離れた場所にいたキメラから、戦闘を離脱していく。
それを追おうとした、リオン、筋肉を隊長が止める。
「ああ、もう、追わんでも良い‥‥」
「しかし‥‥」
「確かに、あのキメラは、わし等を襲った。しかし、これを見せてくれた‥‥」
崖から伸びる幾本もの氷柱。
そして、辺りを濡らしていた水飛沫が木々に纏い氷のオブジェへと変化させていた。
陽光を受け、光り輝き、眩しい程である。
が、それも、少しづつ、元の姿へと戻ろうとしている。
「これが、水晶の谷の正体かもしれんの。
今の時期は、水が少ないが、水の多い時期は、此処も、それなりの滝となるんじゃ。
そして、此処を川となって下流へ流れていく。
冬の時期は、雪に覆われて、中々此処まで入ってくる事は適わん。
が、もし、冬になり、此処を流れる水が、このようになるなら、太陽が覗く時は、このように輝くのじゃろう」
「‥‥だから、普段は見つける事が出来ないんだね」
リオンが、消え行く氷柱を眺めながら呟く。
「推測でしか無いがな。これを見つけたとしても、雪深いこの山では、麓に降りるのも、命懸けじゃろう。
じゃから、呪い等と‥‥」
「複雑ね。キメラのお陰で見れたってのは‥‥」
トレイシーが、複雑な表情を見せる。
「そうじゃなぁ。しかし、本当にありがたいのは、皆に、此処まで連れて来て貰った事じゃよ。ありがとう。
もし、この光景が、本物の水晶の谷で無かったとしても、わしには、それ以上の宝じゃよ」
そう、感謝の言葉を述べ、頭を垂れる隊長の表情は、キメラに襲われた恐怖など、まるで無く、輝く瞳は、少年のものである。
「あっ、氷がっ」
七瀬が、名残惜しそうに、何かを掴むように手を伸ばすと、ふわりと形が崩れ落ち、七瀬の掌の上で、その輝きを終えると、それを見ていた隊長が寂しそうな顔を見せる。
「さぁ、戻ろうかの。今なら、少しは安全じゃろうて」
一番名残惜しそうな顔をしていた隊長がそう言って、元来た道を戻ろうとする。
これが、最後の冒険なら、一番此処に留まりたいのは彼で、けれど、戦う術を持たない彼が、此処まで付き合ってくれた皆の為に出来る唯一で。
「ちょっと待って。記念写真撮りませんか?」
トレイシーがカメラを取り出す。
「水晶は、残念ながら残っていないけれど、この探検隊の記念に」
「ありがとう。そうじゃな。最後の記念に」
涙ぐむ隊長を囲むように、全員が納まっての記念写真。
「隊長様、また一緒に冒険させてください、ね」
寂しげな隊長に、七瀬が声を掛ける。
「隊長、楽しかったぞ。また宝探しに行きたくなったらいつでも呼んでくれ。力を貸すぞ」
そう、ルフトがそっと肩に触れる。
「そうじゃなぁ。この世から、キメラが、バグアの侵攻が無くなった時、冬に、もう一度、此処へ来る事にしようかの」
「なら、俺達が頑張らないとな」
「ああ、そして、もう一度、探検隊を結成する時は、また、呼んでくれよ」
「勿論じゃよ。楽しみじゃ」
そうにっこりと笑顔を見せた隊長の笑顔が、今回見つけた、一番の宝かもしれない。
隊長以外の面々は、そう思い、何時か、キメラの心配などをせず、この谷を見に来れるよう、心の中で誓うのであった。