タイトル:ラゴンの刺青マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/27 02:52

●オープニング本文


●ラスト・ホープ〜未来科学研究所
「ナタリア君、ちょっと‥‥」
「はい?」
 上司の蜂ノ瀬教授に呼ばれたナタリア・アルテミエフ(gz0012)は、仕事の手を止めデスクを立った。
「何かご用でしょうか?」
「これを見たまえ。昨日、私の旧い友人から送られてきたものなんだが」
 そういって蜂ノ瀬が差し出したのは、昔撮られたものなのか、かなり色あせた一枚のカラー写真だった。
 撮影場所は、広大な草原にまばらに木の生えた、おそらくアフリカのサバンナ地帯。
 写真の中には、現地の民族服と思われる赤いマントをまとった、20代くらいの黒人夫婦と思しき男女が立っている。
 不機嫌そうなむっつり顔の男とは対照的に、白い歯を見せて笑う女性の方の腕には、まだ小さな赤ん坊が抱かれていた。
「あら? この男の方のほう、どこかで‥‥」
 眼鏡の位置を直しながら写真を見つめていたナタリアは、間もなくアッと声を上げそうになった。
「気づいたかね?」
 上司にいわれるまでもない。
 身の丈2mを超すがっしりした体格。その容貌と、顔に施された独特の刺青。
 間違いない。
 バグア軍エース部隊「ゾディアック」メンバー。「牡牛座」の称号を持つ男、ダム・ダル(gz0119)だ。
「え? でも、この写真が撮影されたのは‥‥」
 現在、アフリカ大陸は全土がバグア占領地域と化している。また写真の色あせ具合から見ても、撮影されたのがそれ以前の時代であることは明らかだ。
「こいつを送ってきたのは天野次郎。私とは大学時代の同期で、今は九州の医大で教鞭を執っておる」
 古き良き時代を思い返すかのような表情で、蜂ノ瀬が説明した。
「次郎には一雄という兄貴がいてな、こっちはフリーの文化人類学者として活動していたんだが‥‥その研究テーマがちょっと変わっていて、『ラゴン族』について調査していたそうだ」
「でもラゴン族の目撃記録は‥‥19世紀に英国の探検家が遺した、あの1件きりなんですよね?」
「うむ、そういうことになっておる。そもそもダム・ダルがバグア軍のエースパイロットとして出現するまで、ラゴン族の存在自体疑われていたほどだからな」
「そのラゴン族の実在を信じて、天野一雄氏は研究を続けていたと?」
「まあ学会からは異端視されていたようだが‥‥文化人類学者の研究手法は、基本的にフィールドワークによる現地調査だ。今から20年近く昔、一雄は独りアフリカ大陸の奥地に分け入って‥‥どうやら、ラゴン族の末裔と接触することに成功したらしい」
「それが本当なら、大発見じゃないですか? 何で今まで‥‥」
「時期が悪かったのだよ。一雄はいったん帰国し、中間報告のレポートと資料を弟の次郎に預けた。そのすぐ後に、バグアの侵略が始まって世界中が大混乱。それでも彼は調査を続行すべく再びアフリカに赴こうとしたが、運悪く乗り合わせた旅客機がHWに襲撃されて‥‥な」
「まあ‥‥」
「預かった次郎の方は全く畑違いの医学者だから、民俗学的資料の価値などよく判らない。最近になって兄の遺品を整理している最中に偶然この写真を発見して――『何かの参考になれば』と未来研にいる私に郵送してくれたのだよ」
 ナタリアの視線は、改めて写真の中の赤ん坊に向けられた。
 バグアによる地球侵略が開始されたのは、今からちょうど18年前のこと。この赤ん坊がダム・ダルだとすれば――年齢は合う。
「残りの資料も拝見できますか? もしかしたら、ダム・ダルとバグアの関係について何か明らかになるかも知れませんわ!」
「それなんだがなぁ‥‥」
 蜂ノ瀬は困ったように頭を掻いた。
「学生時代からそうだったんだが‥‥どうも、天野の家は兄弟そろってものぐさでな。亡くなった兄貴はアフリカ各地でかき集めた民俗資料をろくすっぽ整理もせず書斎に積み上げ、弟は18年間それをほったらかしていた。最近になって屋敷の改築の話が出てきたもんで、慌てて遺品整理を始めたが‥‥偶然発見されたのがこの写真一枚。他の資料は、どこにあるのか見当もつかないそうだ」
「はあ‥‥」
「と、いうわけで‥‥君、ちょっと九州まで行って天野博士の遺品整理を手伝ってやってもらえんか? 手伝いが要るようなら、ULTに依頼を出しても構わんから」

●参加者一覧

香原 唯(ga0401
22歳・♀・ER
ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
荒巻 美琴(ga4863
21歳・♀・PN
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD
天小路桜子(gb1928
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

「ボクは荒巻美琴(ga4863)。ヨロシクね♪」
「お元気でしたでしょうか、夏の海以来でございますね。今回は遺品整理のお手伝いがんばりますのでよろしくお願い致します」
 蜂ノ瀬教授の指示で九州へ派遣されたナタリア・アルテミエフ(gz0012)に対し、初対面の美琴が元気に挨拶し、既に依頼で面識のある天小路桜子(gb1928)は上品な物腰で一礼した。
「こちらこそ、今回はご協力感謝しますわ」
 文化人類学者の故・天野一雄の旧宅、現在は弟の医学教授、天野次郎の所有する目的地の屋敷は、高速移動艇を降りて小一時間ほど歩いた閑静な住宅街にあるという。
「重要な情報ってのはどこにあるか分からないものだね。今の所、物理的な意味でもどこにあるか分からないけど‥‥」
 天野邸へ向かう道すがら、フィオナ・シュトリエ(gb0790)はラゴン族関連資料が眠るという故・一雄氏の書斎に想いを馳せた。一雄の弟で蜂ノ瀬教授の旧友である次郎が例の写真に気づかなければ、陽の目を見る事もなく埋もれたままだったろう。
「今まで『ゾディアック』と聞いても私のような一介の傭兵には縁がない、雲の上的な存在の人々だと思っていたので、お恥ずかしながら、あまりお勉強したことが無かったのですけれど‥‥古代文明を髣髴とさせるラゴン族は、サイエンティストの探究心をくすぐります」
 香原 唯(ga0401)の言葉に対し、同じサイエンティストであるナタリアも「同感ですわ」と頷いた。
「私は畑違いの医学者ですけど‥‥これまで殆ど現代文明との接触を持たず、しかも独自の文化を築いて生きていた幻の民族‥‥ゾディアックやダム・ダル(gz0119)の件を別にしても、実に興味深い存在です」
「えーと、ラゴ‥‥昔、そんなかいじゅーいたよね? まあ、多分関係ないだろうケド‥‥」
 その傍らで、ミア・エルミナール(ga0741)が首を傾げて考え込む。
 彼女自身は、特にダム・ダルと因縁があるわけではない。たまたま以前の戦闘で受けた負傷が快復したばかりなので、「ちょうどいいリハビリ」と思って今回の依頼に参加したのだ。
「以前から疑問だったのですが、何故ダム・ダルさんはバグア側に就いているのでしょうか?」
 訝しげにいうのはセラ・インフィールド(ga1889)。
 彼は東南アジアの密林地帯において、戦闘以外の形でダム・ダルと接触した数少ない傭兵の1人である。
「洗脳やヨリシロにされているというのなら分かるのですが、以前話をした限りではどうも違うようですし。強い相手と戦いたいなら人類側に就いた方がよほど相手に恵まれていると思うのですが‥‥」
「‥‥ダム・ダルとは一回大規模作戦の時やりあったし、それ以外では一緒に酒を飲んだこともある」
 セラと同じ依頼でダム・ダルと出会ったカルマ・シュタット(ga6302)が呟く。
「今回の依頼であいつのことがもっと知ることが出来たらなって思うよ」
「もし、今回の結果、ラゴン族に関する資料が見つかったとしても、今後のダム・ダルとの戦いが有利になるとは思えません」
 単純な知的好奇心から依頼に参加したエメラルド・イーグル(ga8650)が、淡々とした口調で自らの見解を述べた。
「ただ、閉鎖的な環境の中で暮らしてきたラゴン族が、何故よりによってバグアに与したのか‥‥金銭や名誉といった俗な欲求ではないことは確かなだけに、非常に気になっています」
「エメラルドさんの仰るとおりかもしれませんが‥‥情報が多いに越したことはありませんわ」
 ナタリアがハンドバッグから一枚の写真を撮りだし、視線を落とす。
「地道なデータ収集により意外な真実が明らかになるのは、科学や医学の世界でもよくある事ですから」
「その写真、もう一度拝見してもよろしいですか?」
 桜子はナタリアから写真を受け取り、改めてしげしげ見やった。
 色あせた写真の中に広がる、広大なサバンナ。むっつり口を結んだダム・ダル似の若い男と、幼い赤ん坊を抱いて笑うその妻らしき女性。
 19世紀、英国のとある探検家が遺した手記を除き、ラゴン族に関する記録は殆ど存在せず、これまでその存在すら「夢物語」と学会からは一笑に付されてきた。
 撮影された正確な日付は不明だが、おそらくは20年近く昔の事だろう。その後バグアの襲来、アフリカ占領という動乱の中で、この夫婦がどういう運命を辿ったか定かではない。
(「この赤ん坊の成長した姿があのダム・ダルだとすれば‥‥あるいは、彼こそ地上に残った最後のラゴン族かもしれませんね」)
 ふとそんな事を思う桜子であった。


「話は蜂ノ瀬から聞いてますよ。さあ、どうぞ、どうぞ。ご遠慮無く上がってください」
 屋敷の主・天野次郎は気さくな笑顔で能力者達を出迎えた。
 九州の医大で教鞭を取り、普段は多忙な次郎だが、今日は亡き兄の遺品整理を手伝って貰えるとあり、わざわざ講義を休んで自宅で待っていたのだ。
「家の改築が決まって、1階と私の私物はもう片付けたのですが、問題は兄が生前使っていた書斎兼研究室で‥‥」
 その言葉どおり、古びた2階建て洋館の1階は殆どの家具や荷物が運び出され、既にガランとした空き家のようになっている。
 次郎の案内でギシギシ軋む階段を昇り、書斎のドアを開けた一行は、思わず「うわぁ!」と声を上げた。
 小中学校の教室くらいの広さを持つその部屋は、壁際にズラリと並ぶ本棚の中はもちろん、その上の天井にまで文化人類学・民族学・考古学関連の専門書や学会誌がぎっしり詰め込まれ、床の上にはダンボール一杯に詰め込まれた書類やらノートやらファイルやら、その他壺やら土器やら民芸品やら、得体の知れない「資料」が所狭しと並んでいる。
 奥に置かれた研究用のデスクがなければ、単なる倉庫か物置にしか見えない。
「ボクのお義兄さんの蔵書もすごい量だったけど、こっちはそれの数倍はあるね‥‥」
 室内を眺め回し、呆れ果てたように美琴が呟く。
「亡くなられたお兄様は、どのような方だったのですか?」
 桜子の問いに対し、
「そうですなあ。典型的な研究バカというか‥‥一度研究に没頭し始めると、もう周りが見えなくなるタイプでしたねえ」
 そういってワハハと笑う次郎。あまり恥ずかしがる様子もない所を見ると、彼もまた死んだ兄貴と同類の研究バカに違いない。
「しかし人当たりはよかったですよ? 何せ単身アフリカ奥地に踏み込んで、外部の人間には警戒的な少数部族とも家族みたいにうち解けるほどでしたから」
(「なるほど‥‥あの気難しそうなラゴン族の殿方が、撮影を許すはずですね」)
 妙に納得してしまう桜子。
「他の荷物は業者に依頼して殆ど運び出したんですけどね。兄貴の遺品ばかりは、ひょっとしたら貴重な資料もあるかと思うと下手に手が付けられなくて‥‥実際、いくつかの大学や博物館から『ぜひ鑑定させて欲しい』という要望も来てますし」
 どうやら次郎にしてみれば、ラゴン族の件はどうあれ「遺品整理さえ無事済めば万事OK」という様子だった。
「じゃあ、頑張って捜すとしますか!」
 フィオナがパンッ! と手を叩くのを合図に、能力者達は作業にかかった。

 手始めに、一同は作業の段取りを決めた。
 具体的には膨大な遺品を書斎から運び出して部屋を掃除、その後大まかな仕分けと細かな整理・分類を流れ作業で進める。幸い、1階の広い応接間がほぼ空き部屋になっているので、そこが仕分けの作業場として使えそうだった。
「『時は金なり』という言葉もあるから、さくさく進めていきたいところだな」
 その言葉どおりスキル「先手必勝」を発動させると、カルマは長身を活かして本棚の上に積み上げられた書籍の運び出しから手を付けた。効果の程は不明だが、まあ気持ちの問題という所か。重い荷物の持ち運びには「豪力発現」を使用。
 20年近く放置されていた部屋だけに、積もり積もった埃はオーダーメードの白羽扇で軽く払っていく。
「‥‥本当はこんなことに使うつもりじゃなかったんだけどな」
 と思わず苦笑い。
「パワーと体力なら任せとけーい!」
 ミアもまた、サイズの似通った資料はひとまとめとし、嵩張る物や重量物からテキパキと書斎から運び出していった。キメラとの戦闘に比べれば遙かに楽だが、結構な力仕事なので能力者のリハビリとしてはうってつけだ。
「にしても学者サンって、プライベートはものぐさな人多いのかな?」
 ちょっと共感を覚えたりもする。

 一通り大荷物の運び出しが終わってスペースに余裕が出た頃を見計らい、唯や美琴は部屋の掃除に取りかかった。
「さすが文化人類学者の遺品だけあって、へんてこ‥‥もとい、興味深いものがいっぱいですね」
 アフリカ産の民芸品と思しき木彫りの仮面を手に取り、
「‥‥このよくわからない感じのお面とか、床の間に飾ったら素敵かも」
 と、妙に嬉しそうな唯である。
 とはいえ、これらの品物にもどんなトリックがあるかも判らない。壊さないよう気をつけつつ、一つ一つ慎重に確認していく。
 美琴は掃除の傍ら、本棚の後ろや机の引き出しの奥に何か隠し物がないかを確かめていった。
「研究者ってどうして身の回りの整理整頓が苦手な人が多いんだろ?」
「あら? 傍目に散らかっているようでも、必要な資料はすぐ見つかるよう手元にまとめてありますわよ?」
 当然のような顔で答えたナタリアは、次の瞬間赤面してあたふた手を振った。
「わ、私じゃありません! 知人の話ですわ。ホホホ‥‥」

 やることは普通の大掃除といっても、能力者の体力だけにスピードが違う。当初の段取りの良さもあり、ものの1時間とかからぬうちに物置同然だった書斎は綺麗な空き部屋へと戻っていた。
 桜子が淹れてくれたお茶で一服した後、一同は運び出された資料類を1階応接間へと降ろし、ひとまず大雑把な分類作業を開始した。
 書籍、ノート、資料、映像(ビデオ)、写真、道具(工芸品など)、その他、といったカテゴリで仕分けていく。中にはもう市販品では見かけない旧式のビデオテープやFDD、壊れたPC等もあるが、これらは一度未来研に持ち帰ってデータを復元するより他ないだろう。
「整理整頓の大切さを教えられるねぇ。‥‥人の事言えなかったりするけどさ」
 フィオナは資料の表紙や内容を片っ端から覗き込み、内容別に分類していく。
 ただしあまり時間はかけずに、素早く分類するように。また、パラパラ飛ばし読みしつつも、一部ではなく内容全体を見て判断するよう心がけた。
 ミアも書籍やノートを中心にざっと中身を調べていった。頁の間に何か挟まってないか? ノートのタイトル、付箋のついた頁は要チェック。
「‥‥へそくりとか出てきたりして」
 とはいえノートだけでも千冊以上はあろうかという量だ。おまけに本人にしか判読できないようなひどいクセ字なので、中身を読み取るだけでも一苦労であった。

 大まかな仕分けが一通り済むと、最後に改めて全ての資料を詳細にチェック。
 調査に先立ち、ラゴン族資料発見の確率を上げるためエメラルドが「GooDluck」を発動。ついでに「探査の眼」も使えれば良かったのだが、あいにくこのスキルは敵の待ち伏せやトラップ等の発見率を上げるためのもので、宝探しには使えない。
 この段階になると、唯やナタリアらサイエンティストの本領発揮である。
「なんとしても資料は探し出したい所だけど‥‥こりゃ大変だ」
 とぼやきつつ、フィオナも膨大な量のノートを一冊ずつ手に取り、1頁を1頁、漏れがないようしっかり目を通していった。
 他の傭兵達も手を貸し、黙々と調べる事さらに1時間――。
「ありました!」
 ふいに唯が叫んだ。表紙に「ラゴン族調査に関する覚え書き」と題された1冊のノートを掲げ、仲間達に示す。
 その後も1時間ほど調査は続けられたが、応接間を埋め尽くすような資料と蔵書の中でラゴン族に関係しそうなものは、黄色く変色したそのノート1冊だけだった。

「みんな〜。お疲れ様。簡単だけど食事を用意したよ♪」
 天野家の台所を借りて作ったサンドウィッチと紅茶を並べ、美琴が仲間達を労う。
「いやあ、本当に助かりました。兄が残した文献や資料は後で専門家に鑑定してもらう予定ですが、ラゴン族関連のものはどうぞお持ち帰り下さい」
 当主の次郎も上機嫌で、近所から買ってきたケーキを一同に振る舞った。
 傭兵達は残りの資料もきちんと分類した上で応接間の隅に片付けたので、これらはいずれ専門の学者が調べれば学術的価値も明らかになるだろう。そのとき、生前は学会で異端視されていた孤高の研究者・天野一雄の功績も正当に評価されるに違いない。
「終わったー。並の戦闘より疲れたかも‥‥」
 ホッとしたように紅茶に口を付けるフィオナ。ミアは蜂蜜入りの紅茶で疲れを癒している。ちなみにマーマレードやジャムを入れる飲み方は彼女の好みではないらしい。
 その間にも、唯やセラ、カルマらはナタリアと興味深げにノートを読み耽っていた。

 結論からいえば、ラゴン族とバグアとの直接的な関係は判らなかった。
 一雄がアフリカ奥地でラゴン族の家族と遭遇したのはまだバグア襲来以前の時代なのだから、これは仕方のないことだろう。

『太古の時代、赤き月より降臨した魔神が最初のラゴンを創った。そして世の終わり、再び魔神は降臨して地上を焼き尽くし、ラゴンは戦士として魔神の元に召されるであろう』
(故・天野一雄の研究ノートより)

「ラゴン族の末裔であるダム・ダルは、この『予言』に従って自らバグア側の戦士になったと?」
「何ともいえませんわね。似たような神話や伝説なら、どこの国にでもありますから」
 首を捻るカルマに、ナタリアが答えた。
「あるいは‥‥現代文明と一切関わらず育ったダム・ダルにとっては『敵と味方』という区別はあっても『人類とバグア』を分ける発想がないのかもしれません。そもそも、人間が肌の色や宗教を問わず等しく『人類』という概念を共有するに至ったのは、20世紀も後半になってからのことですから」
「それは厄介ですね‥‥予想はしていましたけど」
 ティーカップを置いたエメラルドが、ため息をついた。
「個人的な動機でバグアに寝返ったなら、そこを衝く事で相手を精神面から揺さぶるのも可能でしょうが‥‥何の邪心もない、『裏切った』という自覚さえないのなら、『彼』を言葉で説得するのはまず不可能でしょう」


「ラゴン族は、本当に彼1人を残して滅んでしまったのでしょうか?」
 1冊の研究ノート、そして未来研で分析するPCや記録媒体を預かり天野邸を後にした一行の中で、唯がポツリと呟いた。
「謎が深まるラゴン族について、もっと知りたくなりました。アフリカはバグア支配地域になってしまいましたが、これほど強く賢い彼らはまだどこかで生き残っていると信じたいです」

<了>