●リプレイ本文
カメルの首都ザンパに面し、同国では最大の港に輸送船が入港したとき、埠頭には既に「戦時捕虜」として抑留されていた600名を超すUPC軍将兵が、カメル軍監視の下に集められていた。
「なんだか、すごく緊張するですね〜」
両手を胸の前で組んで港を眺めるアイリス(
ga3942)の隣では、
「はぁ‥‥我ながら、乞われたぐらいでこんな死地に赴くなんざな‥‥ま、やれるだけやるか」
とゼラス(
ga2924)が肩をすくめて苦笑い。
「ま、乗せられた船でも構わんさ。須らく俺らしく‥‥推し通す!」
今回、「軍使」としての体裁を整えるべく傭兵達はUPC軍服を着込み、襟には情報部から貸与された階級章を付けている。
代表役のリディス(
ga0022)は中佐、副官役ゼラスが大尉。その他の者も、軍使に相応しく各々士官や下士官クラスの階級に扮し、事前に「正規軍人としての立ち居振る舞い」もレクチャーされていた。
問題は、メンバーのうち何名かがカメル駐留バグア軍司令官・シモン(gz0121)に顔を知られている事だ。新条 拓那(
ga1294)に至っては、まだ人間の親バグア能力者だった頃のシモンを倒した本人である。
これについては現在のシモンに生前の記憶がどれだけ残っているかが不明なので、実際会ってみない事には何ともいえない。それでも用心に越したことはないので、拓那はサングラスをかけ、他の傭兵も髪型を変えるなどして一応のカモフラージュはしていた。
輸送船が入港すると、まず本物の正規軍士官が船を降り、出迎えのカメル軍将校と捕虜返還の具体的な段取りについて打ち合わせる。UPC側としてはまず捕虜の人数確認、未帰還兵リストとの照合等を行う必要があり、これには急いでも1時間以上はかかりそうだ。
その間、リディスを代表とする「軍使」一行は首都の大統領官邸へ赴き、カメル政府主席・ゲラン元帥、そしてバグア側代表のシモンに会う手筈となっていた。
港を降り立った能力者達を、「MP」の腕章を付けたカメル軍憲兵隊が取り囲んだ。
「誠に失礼ですが、会談の安全のためですので‥‥」
表向きは慇懃な態度で憲兵隊長が一礼すると、傭兵達の身体検査を始めた。
ゲート型の検査装置でスキャンされ、武器、無線機その他情報収集に使えそうな道具は有無を言わせず没収される
ゼラスは拳銃を取り上げられる時、ちらっと横目でリディスを見た。
「中佐‥‥」
「構わない。渡してやれ、大尉」
「上官」の言葉を受け、渋々といった感じで差し出す。
むろんこれらはUPC軍人らしく見せるための演出であるが、気になるのは、周囲のカメル兵達が構えている武器が人類側の自動小銃とは明らかに違う、異質な形状の銃であることだ。
おそらくバグア製兵器と思われるが、具体的にどの程度の威力があるかは撃たれてみないと判らない。
もちろん、身を以て確かめたいとは誰も思わなかったが。
「では、これらの品は出国時にお返しします。よろしいですな?」
一通り検査が済むと、一行はカメル軍の幌付きトラックに乗せられ市内へと向かった。
「捕虜の方々はこれで全員なのですか?」
櫻小路・なでしこ(
ga3607)の質問に対しては、
「我が国で保護したUPC軍兵士はこれで全部です。他は戦死したか、密林地帯に逃亡したか‥‥そこまでは我々も関知しません」
と、素っ気ない回答だった。
間もなくトラックは停まり、降車した一行は宮殿のような大統領官邸を見上げた。
官邸の庭にはカメル陸軍による厳戒態勢が敷かれていた。その殆どは旧式の人類側兵器だが、一部にはやはりバグア製と思しき武器も混じっている。
口先では「中立」を唱えつつ、既にカメル軍がバグアの傀儡と化しているのは火を見るよりも明らかだった。
「貴官らの来訪を心から歓迎します」
官邸内の大広間。
厳つい顔つきに顎髭を伸ばし、礼装の軍服を勲章で飾ったゲラン元帥が、にこやかに両手を広げた。
「UPCのリディス・アレクセイ・ラヴロフ中佐です。それと彼らは私の部下です。今回はこのような捕虜返還の場を設けていただき感謝しています」
対するリディスも、表向きは微笑を湛え挨拶する。
「ゲラン元帥閣下でありますね? お会いできて光栄です」
ゼラスもまた、感謝の辞を述べて一礼した。
(「おい、眼のグルグルが増えてんぞオッサン」)
確かに元帥の目はどこか虚ろだ。
「操り人形」――そんな言葉が傭兵達の脳裏を過ぎる。
もっとも彼らの注目はゲランよりも、むしろその背後に立つもう1人の男に注がれていたが。
「こちらが駐留バグア軍司令官、シモン閣下であります」
恭しくゲランが紹介する人物は、黒いマントを羽織り、黒髪を長く伸ばした若い男――らしいが、顔の上半分をフェイスマスクですっぽり覆っている。
そのため詳しい顔形や表情、それどころか本物のシモンであるかさえ判らない。
これは傭兵達にとって想定外だった。できればこの機にシモンの腹を探りたい所であったが、向こうもその点を警戒し手を打ってきたようだ。
「北京ではお世話様でした。あの時はご気分を害されたのでしたなら、申し訳ございませんでした」
なでしこは思い切って仮面の男に話しかけた。ある意味で危険な賭けだが、彼がシモン本人であるかどうか確かめる必要がある。
「‥‥ああ、あの時のパイロットか」
仮面から覗く口許に、薄い笑みが浮かんだ。
「別に気にする事はない。優秀な兵士は、敵味方を問わず敬意に値する存在だ」
あの時なでしこが発した「質問」に関する言及はない。
(「こいつ、本当にシモンなのか‥‥?」)
拓那は微妙な違和感を覚えた。
男の声は過去に彼が聞いたシモンに似てはいる。
が――何かが違う。
もっとも現在のシモンはバグアのヨリシロと化しているはずなので、その意味では既に別人と入れ替わっているとも考えられるが。
(「本当に化け物になっちまったのかな‥‥もう、人として語る余地はないのか?」)
一方、ゼラスの方は仮面の男のすぐ傍らに控える、喪服のような黒いドレスの少女を見下ろしていた。
今回、事前交渉の窓口を務めたバグア工作員の結麻・メイ(gz0120)だ。
(「あれが‥‥ね。『狐』の趣味はわからんな」)
この依頼への参加を自分に頼み込んだ「仲間」の事を、ふと思う。
(「さて‥‥シモンの目はどこを向いてるのかね‥‥もっとも、こいつが『本物』ならの話だがな)
「今回はこのような捕虜返還の場を設けていただき感謝しています。さて、時間もありませんし早速よろしいでしょうか?」
「同感ですな」
リディスの言葉にゲランが頷く。
「既に連絡は行っていると思うが‥‥自分達は街の様子を見物してみたい。よろしいですか? 元帥」
普段は後ろで結った長い銀髪を降ろし、眼帯の代りに包帯で右目を覆ったイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)がゲランに確かめた。
「ああ、その件は了解しています。兵士に案内させましょう」
「(『監視』の間違いでしょう?)」
叢雲(
ga2494)は内心で失笑したが、むろん表には出さない。
「なら、あたしもそっちに行こうかしら? 大人同士の会談に付き合ったって、退屈なだけだもんねー♪」
一見無邪気な笑顔を浮かべ、メイがいう。
かくしてリディス、ゼラス、霧島 亜夜(
ga3511)の3名が官邸での会談。他の者はメイを伴い市内視察のため、傭兵達は二手に別れることになった。
「カメル共和国は『中立』を宣言しているが、それならなぜバグア軍の駐留を許しているのです?」
テーブルを挟んだ席上、単刀直入に問い質したのは亜夜だった。
だが仮面を被ったシモンは全く無反応、ゲランの方は苦笑いを浮かべた。
「我が国が中立を宣言したのは、国外におけるUPCとバグアの戦争に対してです。ですがカメル本国の安全のためどちらの陣営と友好を結ぶかは、また別問題。主権国家として当然の権利でありましょう?」
「‥‥我々バグア軍がカメル国内に留まっているのは、カメル政府からの要望に基づくものだ。『UPCの侵略から守って欲しい』とな」
冷ややかにシモンが口を挟む。
「つい一ヶ月前、UPCは空母部隊を送り込み、我が軍の警告を無視して領内へ侵攻した。だからこそ私はバグア軍に救援を要請したのですぞ!」
「(こいつら、ぬけぬけと‥‥!)」
その同じ戦闘に参加したリディスと亜夜は内心で憤るが、ここで感情的になってはバグア側の思うつぼだ。
「今回の捕虜返還に関して、何か要求はありますか?」
リディスの質問に対しては、
「いわば最後のメッセージですな。UPCがカメル現政権を承認するか否かの」
「しかしバグア軍が駐留し続ける限り、UPCとしては敵対的行動に出ざるを得ませんが?」
くっくっく‥‥。ふいに、シモンが笑い出した。
「好きにするがいい‥‥おまえ達に落とせるかな? このカメルが」
1個小隊のカメル軍に案内されるまま首都の街角に出ると、そこではあたかも能力者達に見せつけるかのごとく駐留バグア軍の軍事パレードが行われていた。
大通りをのし歩くゴーレムとタートルの陸戦ワーム部隊。
色とりどりの鎧を纏った女神型ワームの群が、翼を広げ低空を舞う。
さらにその上空を、ゆっくり通過する大小数十機のHW。
「はわ、こうやって近くで見ると、凄いのですよ」
驚きながらも、アイリスはその装備や兵力をめざとくチェックしていた。
1ヶ月前のカメル戦に自ら参加した彼女だが、その時に比べてさらにバグア戦力が増強されているのは一目瞭然だ。
沿道には大勢の市民が詰めかけ、不安と好奇心が入り交じった表情でバグア軍の威容を見つめている。
本来なら彼ら一般市民から実情を聞き出したかったが、カメル兵が目を光らせているためそれは難しそうだ。
そのカメル兵にしても、岩のように口一つ利かない。洗脳されているのか、それとも単に上官の命令なのかは定かでないが。
「あの、少しいいでしょうか」
それでも叢雲は傍らの兵士に話しかけてみた。
「個人的な質問ですが、貴方達にとって能力者とはどのように見えるのでしょうか?」
「‥‥」
「一般の兵士にとって、今のカメルという国はどう感じますか?」
「‥‥」
「おい、貴様!」
突然、背後から監視していた小隊長に怒鳴りつけられた。
「何をコソコソ話している? ‥‥怪しいな」
路地裏に連れ込まれ、ビルの壁に両手を付けた姿勢でボディチェックを受ける。
(「とんだ言いがかりですね‥‥」)
うんざりした叢雲の耳に、囁くような小隊長の声が伝わった。
(「すまん。そのまま、黙って聞け‥‥」)
「‥‥?」
(「俺たちカメル人が、みんなバグアに与した訳じゃない‥‥帰ったら、これをあんたの上官に渡してくれ」)
軍服のポケットに、素早く何かが押し込まれる感触があった。
「メイ様‥‥これを」
なでしこは道すがら、没収を免れた一枚の写真をメイに手渡した。
怪訝そうに受け取った少女の顔が、ふとしかめられる。
それはあの「山の分校」から救出された子供達の集合写真だった。
メイにとっては一時といえ、クラスメイトだった少年少女達である。
「こいつら‥‥いまどうしてんのさ?」
「UPCの施設で保護されています‥‥皆さん、お元気ですよ」
「‥‥どうせ、恨まれてるんでしょ? あたしは」
憎まれ口を叩きつつも、どこかメイの表情は複雑だ。
「メイ様、私と一緒にお戻りになりませんか?」
突然のなでしこの言葉。
ハッとした様に目を見開くメイだが、すぐ顔を背けた。
「そんなのできっこないって‥‥あんただって判るでしょ?」
「申し訳ありません。今の事は聞かなかった事にして頂けますでしょうか」
「そっ。‥‥ま、折角だから貰っとくわ。後で捨てちゃうかもしれないけどね」
いいながら、メイは写真をポシェットにしまい込んだ。
「捕虜の扱いが人道的かどうか、チェックさせて頂けませんか?」
仲間達と別行動を取った拓那は一足先に港へ戻り、乗船を待つ捕虜達から直接話を聞こうと試みたが、当然のごとく監視役のカメル憲兵隊に制止された。
「彼らから話を聞くなら、帰りの船中でお願いします」
「(仕方ないな‥‥)」
こんな事もあろうかと用意しておいた1万C紙幣を取り出そうとしたとき。
「やめておけ。人類側の金なぞ、ここでは紙屑同然だ」
振り返ると、そこに軍帽を目深に被った若いカメル軍将校が立っている。
だが軍人にしては妙に髪を長く伸ばした、その男は――。
「シモ‥‥っ!?」
咄嗟に覚醒した拓那は先手必勝のスキルを発動させたが、それさえ上回る素早さでシモンの姿が眼前から消え、気づいたときには背後から腕を極められ、冷たい刃物の感触が喉元に押し当てられていた。
「特殊合金のナイフだ。能力者の喉でも容易く掻き切る」
シモンの髪の色に変化はない。つまり覚醒しないまま、グラップラーをも凌ぐ俊敏さで背後を取ったことになる。
「‥‥!」
「いつか話したろう? 七つの時に父親を殺したと。それから『組織』の中で暗殺者としてあらゆる訓練を叩き込まれ――生まれながらの殺人者なのだよ。このシモンという男は」
まるで他人事の様にいうと、シモンは無造作に拓那を地面に突き飛ばした。
「まあ丸腰の貴様を殺っても面白くないから、今日の所は帰してやる。だが忘れるなよ――今の私は、もう貴様らがDF−02と呼んだあの男ではない」
「そういえば、シモン殿。傷は癒えましたかな? 私も一度ああいう機体には乗ってみたいのですがね。操縦は大変でしょう?」
会談も終わりに近づいた頃、亜夜がシモンに尋ねた。
深い意味はなく、単にパイロットとして敵エース機の操縦法への興味から出た質問だ。
「傷‥‥?」
仮面の男が訝しげに呟く。が、すぐ何事もなかったように、
「ならば、我がバグア軍に加わるがよい。もっともFRやステアーとなると、そう簡単には乗せられぬがな」
男の見せた一瞬の逡巡を、能力者達は見逃さなかった。
(「ちっ。やっぱり影武者か‥‥!」)
ゼラスは内心で舌打ちする。
「建設的な意見を交わすことが出来て嬉しく思います。また機会があれば、相応の場で」
リディスが儀礼的な謝辞を述べ、およそ1時間の会談は幕を下ろした。
カメルの港を離れた輸送船の上。
「やっぱり何かに書いておかないと、忘れちゃうのですよ〜」
ごく一部とはいえ、この目で見たカメル国内の現状やバグア軍の配備状況を大急ぎでメモするアイリス。
その傍らでは、イレーネが返却された武器やアイテムに何か細工されてないかを慎重にチェックしている。
「何せ、預けたのは諸手を挙げて仲良くできそうにない相手だからな」
叢雲はあの小隊長から密かに託された物をポケットから取り出し、じっと見つめた。
それは掌にすっぽり収まりそうな、小さなメモリーカードであった。
<了>