●リプレイ本文
『沖縄周辺でHW、及びCWの行動が活発化――』
東シナ海上空で哨戒にあたるUPC軍電子偵察部隊からの報告を受け、宮崎県・新田原基地で待機していた傭兵達のKV部隊は、囮役の輸送機C−1改1機と共に滑走路を離れた。
「ふむ‥‥こちらの撒いた餌にかかったか?」
雷電の操縦桿を操りつつ、漸 王零(
ga2930)は独りごちた。
一計を案じた彼はこの待機中、UPC軍の松本・権座(gz0088)少佐の協力を得て、新田原基地の正規軍KV部隊にも、わざとバグア側の目につくよう大がかりな出撃準備の態勢を取ってもらった。
もし沖縄バグア基地にいるダム・ダル(gz0119)のFRがそれにつられて出撃したとすれば、奴の目的地はこの九州ということになる。もちろんまだ決めつけるのは早計だが。
「奴とまともに遭遇するのは久しぶりだな。奴は我の名を覚えているだろうか? とはいえ、目的は目印付けか」
その通り、今回の任務はカメルから沖縄へ移動が確認されたダム・ダルの最終目的地を探ることにある。監視と追尾はUPC空軍が担当するとして、その前にFRの光学迷彩をペイント弾で(一時的にせよ)無効化しておく必要があった。
「正直、めんどくせー依頼だよな」
赤いウーフー、愛機「緋閃」の機上で霧島 亜夜(
ga3511)がぼやく。
強いてFRと戦う必要はないのだが、もしダム・ダルがペイント弾射撃を「挑戦」と受け取ればその場で交戦状態に突入する可能性もある。
こちらが撃墜されては割に合わないし、FRに中途半端なダメージを与えて沖縄基地に引き返されても依頼は失敗となるのだ。
色々な意味で、慎重な判断を要求される作戦といえた。
「‥‥ま、牛に模様を付けるって響きは面白いけどな」
「牡牛座、彼とは戦域で会ったことはあれど、直に交戦するのは初めてですね‥‥」
ディアブロの操縦席で、如月・由梨(
ga1805)は自問自答していた。
「戦士としては敬意を表するに足る人物と伺っています。ですが、戦士の在り方と、戦争とが相容れるか否か‥‥」
かつては自分も前者を求めていた。が、傭兵になって考えが変わってきた様な気もする。
人類対バグア――無辜の民間人さえ町ごと消し飛ばす冷酷非情な異星間戦争の中にあって、果たして「戦士の誇り」などというアナクロニズムの入り込む余地が存在するのだろうか?
あのラゴン族の若き戦士の目に、この戦争はどう映っているのか?
「今回は戦闘が主任務ではありませんが‥‥とは言え、全力で掛からないと。狩られてしまう側が私たちになるかもしれませんから」
九州でラゴン族に関わる資料探索にあたったエメラルド・イーグル(
ga8650)は、引き続きダム・ダルへの個人的興味からこの依頼に参加していた。
彼女にとってはFRとの戦闘より、むしろダム・ダルと間近で接し、生の情報を得る事に関心がある。
「仮にゾディアックを1人倒したところで、また別の者がその座につくのであれば、堂々巡りでしょう‥‥」
何故、バグアに与する者が出るのか?
如何にして彼らはゾディアックとなるのか?
答えのない問いかもしれない。だが真実を知る一端でもつかめれば――そんな思いが、彼女にはあった。
目下の問題は、沖縄を発ったFRの目的地が中国(北京)か九州(福岡)、どちらの方面かという点にある。そのため、囮の輸送機を伴い沖縄から見て北京と福岡の中間にあたる空域へ向けて飛行、敵編隊の動きに応じてFRの予測位置を割り出す――というのが当面の作戦行動だった。
むろんHW、CWの妨害が予想されるし、輸送機の安全を守るため、そちらにも護衛のKVを回す必要がある。
ここで肝心なのは、あくまで「輸送機護衛の途中で偶然遭遇」を装うことだ。こちらの意図が悟られた場合、ダム・ダル自身の意志はともかくバグア軍上層部の命令で沖縄に帰還されてしまう怖れがあるので、それだけは避けなければならない。
またダム・ダルにペイント弾命中までの時間を稼ぐため、こちらもある程度相手を「本気」にさせる必要がある。それがどれほど危険な事か、これまで戦場で「牡牛座」のFRを相手にした経験のある者達は充分承知していた。
「こちら『白狼』。皆さん‥‥今の内に手順を確認しておきましょう。タイミングを誤れば命取りになりますから‥‥」
「今回で彼と会うのも4度目ですからね。もう充分強さは分かっているつもりです」
通信によるリヒト・グラオベン(
ga2826)の呼びかけに、周防 誠(
ga7131)が応えた。
いよいよ沖縄本島に近づいた頃、亜夜のウーフーがそのレーダーにバグア機らしき編隊を捉えた。
小型HWらしき機影、9。同じくCW、8。
そして形式不明――1。
単なる哨戒目的には多すぎる兵力だ。
位置的には北京方面と福岡方面、まだどちらに向かうかは定かでない。
「さて、どう動くかね?」
足の遅い輸送機を伴う飛行に苦労するが、幸い敵編隊の行く手を塞ぐ位置まで持って行くことに成功した。
敵もこちらの存在に気づいたらしく、接近するに従いKVのレーダー・通信機能が著しく低下。同時に激しい頭痛が能力者達を見舞った。
CWのジャミングだ。
KV側も対HW・CW班、輸送機直衛班、そしてFR対応班に素早く分かれた。
既に敵影はレーダーに頼らずとも視認できるほど近づいている。
3機1組ずつの編隊を組んで急接近してくる小型HWと、その後に続くCW群。
そして、さらにその後方に――いた。
「牡牛座」のFRは、赤い機体を素のままで太陽に光らせている。
光学迷彩を使わないのは、長距離飛行に備えた練力の節約か、それともダム・ダルの気紛れなのかは定かでない。だがこちらの意図が「戦闘ではない」と感づけば即座に姿を消す可能性もあるし、いわばそれまでが勝負といえよう。
「行きますわよ!」
朱塗りのバイパー改「夜叉姫」を駆る月神陽子(
ga5549)を先頭に、対HW・CWを担当するハルカ(
ga0640)のR−01改、エメラルドのディスタンが輸送機から離れる。
次いで最も重要なFR対応班の王零、由梨、セラ・インフィールド(
ga1889)のディスタン、リヒトのディアブロ、カルマ・シュタット(
ga6302)のディアブロも動く。
ただし誠のワイバーンは亜夜機と共に輸送機直衛として残った。
自分達はあくまで輸送機護衛部隊であり、この遭遇は偶然のこと――と、バグア側に思わせなければならないからだ。
少なくとも無人機のHWはこの策にかかったらしい。「KV10機が護衛する輸送機」を人類側の重要物資と判断したか、9機のうち3機は突入してくるKV部隊とすれ違うようにして輸送機へと向かってきた。
残る6機のプロトン砲が陽子機へと集中するが、機体装甲はもとより知覚攻撃に対する抵抗も大幅に強化した「夜叉姫」は淡紅色の火箭をものともせずくぐり抜け、HWすら無視してその後方に展開するCW群へと襲いかかった。
8倍に増幅された怪音波による頭痛に顔をしかめる陽子だが、何をおいてもCWから先に片付けないことには友軍機が全力で戦えない。
後に続くエメラルドもまたCWを優先目標と定め、ヘビーガトリングの掃射により、広域に展開した立方型のワームを黙々と駆逐していった。
輸送機撃墜に向かった3機を残し、6機のHWが反転する。
前衛を突破したKV、ことに先のアジア決戦においてバグア側に凄まじい損害を与えた「夜叉姫」の機体データは、無人機である彼らのAIにも「最優先目標」としてプログラミングされているのだろう。
そんなHWの1機を狙い、
「アンタたちの相手はこっち!」
ハルカがSライフルD−02を撃ち込み、バランスを崩した敵機に立ち直る暇を与えず至近距離から螺旋弾頭ミサイルでとどめを刺した。
支援ワームとして独自の兵装を持たず、HWに比べて回避も鈍いCWは陽子とエメラルドの攻撃で瞬く間に数を減らしていく。
急速に頭痛と電子ジャミングの効果が薄れ、またHWが「夜叉姫」へ気を取られた隙を衝き、5機のKVがFRへと迫った。
まずは長距離バルカンの射程にFRを捉えた由梨がペイント弾を発射する。
だが、これは慣性制御を使うまでもなく容易にかわされてしまった。
「また戦場で会いましたね」
かつて東南アジアの密林で盃を交わし、デリー上空では敵味方として相見えたカルマがオープン回線で通信を送った。
『‥‥おまえか。久しぶりだな』
ダム・ダルも彼の事は憶えていたのか、その声に心なしか嬉しげな響きが混じる。
「酒宴の席でも名乗ってなかったですね、カルマ・シュタット‥‥一つ相手してもらいましょう」
『カルマか‥‥悪いが、俺は先を急ぐ。決闘は次の機会にしてくれ』
「あの輸送機には俺たち人類の命運を賭けた重要物資が積まれてます。あなたに戦う気があろうとなかろうと、あれを見られた以上は‥‥行かせるわけにいかないんですよ」
『‥‥』
数瞬の沈黙。ダム・ダルのFRはおもむろにその機首をKV側へと向けた。
『ならばその挑戦――受けて立たねば無礼になるな』
次の瞬間、HWなど比較にならぬ強化プロトン砲とバグア式ガトリング砲の猛射が傭兵達を見舞った。
「おい、気をつけろよ!」
誠と共に輸送機を守ってHWと戦う亜夜は、妙な胸騒ぎを覚えて対FR班の僚機に通信を送った。
「目的はあくまでマーキングだ。こちらが墜とされても困るし、逆にやりすぎて沖縄に逃げ帰られても失敗なんだからな」
「ご心配なく」
ひどく穏やかな声で、セラから返信が来た。
「私の機体なら本気でやってもその心配は低いでしょう‥‥自慢するような事じゃありませんけどね」
既にCWの怪音波は沈黙していた。
「夜叉姫」のソードウィングがHWの機体を切り裂き、ハルカとエメラルドが連携して1機、また1機とHWを墜としていく。
その間、王零をはじめ5機のKVはFRを包囲し、ペイント弾と実弾を織り交ぜた弾幕を張り続けた。
一連射でも命中し、奴の機体を染められれば、後は離脱するだけだ。
――が、それが当たらない。
時折慣性制御を交えつつも驚異的な運動性で攻撃を回避し続けるFRは――ダム・ダルの技量もあろうが――明らかに性能が向上している。
(「やはり5機では無理か――?」)
それでもブーストで肉迫、煙幕装置により零距離からのカラーペイントスモークを狙った王零の雷電に、立て続けにプロトン砲の連射が直撃した。
損傷率、8割超。強化した雷電でなければ撃墜されていたところだ。
「ぐっ‥‥。やむを得ん――ここで死ぬわけにはいかん!」
王零は大きく高度を下げ、人類側領域である台湾方面へと離脱する。
セラのディスタンはアクセルコーティングで防御を固め、仲間の盾役を務めながらもミサイルで牽制、ガトリング砲を連射するが、FRの猛反撃によりみるみる装甲が削られていく。
「このままでは、時間を稼ぐ前に墜とされてしまいますね‥‥」
FRの矛先が後方の由梨機に向かった瞬間を狙い試作G放電を放出。この雷撃が初めて命中し、敵の動きが僅かに鈍ったところにブーストオンでソードウィングの斬撃をかけた。
だが乾坤一擲の吶喊は紙一重でかわされ――風防越しの目と鼻の先で、セラが見たのは空中で陸戦形態に変形するFRだった。
バグア式機槍、3連撃――コクピットを僅かに外し、二つに裂けたディスタンが眼下の海面へと落下していく。
「俺には貴方と対峙する力や資格はないかもしれません‥‥しかし、仲間を護るためにも退くわけにはいかないのです」
バレルロールで攻撃を避けつつ、緩急つけたマニューバで何とかFRをひきつけようと図るリヒト。だが機体に負った損傷も徐々に積み重なっていく。
リヒトの作り出した隙に乗じ、カルマ機が肉迫。再び試作G放電の足止めからガトリングの弾幕を張り――ついにFRの機体をペイント弾で染め上げた。
一瞬、訝しげに眉をひそめるダム・ダル。だが、すぐさまカウンターで放ったガトリング砲でカルマ機の機関部を粉砕した。
「成功だ! もういい、全機離脱してくれっ!」
ようやく3機目のHWを撃墜した亜夜が叫んだ。
輸送機を先に逃がし、自らも誠のワイバーンと共に台湾方面へと撤退を開始した。
リヒト、由梨、そしてちょうどHWを全滅させたエメラルドとハルカもそれに習う。
『‥‥』
その光景を追撃するでもなく、無言で見守っていたダム・ダルだったが、もはや相手に戦意なし――と判断したのか、単機で再び北へと機首を戻す。
「お待ちなさい。ダム・ダル」
凜とした声が「牡牛座」のFRを呼び止めた。
朱塗りのバイパー改――「夜叉姫」だった。
「そろそろ輸送機が安全圏まで離脱するようです。そうなれば貴方とも戦う理由は無くなるのですが‥‥」
『そのようだな』
「――戦士として、あと10秒間だけお相手願えますか?」
『思い出した‥‥おまえとは、確かインドで戦った』
FRは慣性制御により、旋回することなく180度方向転換。その機体が、赤く妖しいオーラに包まれた。
『10秒か‥‥判った』
奇しくも同じ真紅のエース機が、互いにブーストをかけ急速に間合いを詰めていく。
陽子は螺旋弾頭ミサイルを2発発射。これは牽制であり、敵の機動をある程度限定させるのが目的である。
相手の懐に飛び込むやコクピットを狙いヘビーガトリングを発射、大量のペイント弾でダム・ダルの視界を遮ると同時に空戦スタビライザーを発動、「本命」である剣翼の一撃を叩き込んだ。
FRの機体表面を切り裂く、確かな手応え。
だがその代償として、「夜叉姫」もまた空中変形したFRの機槍3連撃をまともに浴びていた。
激しい衝撃で耐Gシートのベルトが千切れ、陽子の体はコンソール盤に叩きつけられた。視界を覆う一面の朱――己の血の色が、眼前のFRと溶けて混じる。
それでも「夜叉姫」は墜ちなかった。
強化されたバイパー改の機体が、ダム・ダル渾身の一撃を紙一重で耐え凌いだのだ。
『この技で墜ちないか‥‥腕を上げたな』
感嘆の籠もったダム・ダルからの通信が、ひどく遠くから響く。
「――わたくしは陽子、月神陽子です」
朦朧とした意識の中で、少女は口許に微笑みすら浮かべて答えた。
「牡牛座の戦士よ。運命が許すのならば、次は、大地駆ける戦場でお会いしましょう」
『ああ、楽しみに待とう‥‥赤き翼の勇者よ』
陽子の意識が失われた後、エミタAIが操縦をオートパイロットに切替え、バイパー改の機体を旋回させて台湾方面へと向けた。
眼下の海上では、待機していたUPCの艦艇によりセラとカルマの救助作業が始まっている。
カルマのペイント弾、「夜叉姫」の一太刀で刻まれた傷に光学迷彩を封じられた「牡牛座」のFRは、そのまま北を目指して飛び去っていく。
UPC空軍の追跡結果――その行く先は九州・福岡バグア拠点と判明した。
<了>