タイトル:【Da】闇に招かれし者マスター:対馬正治

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/07 03:06

●オープニング本文


「全人口、わずか0.1%の適性者‥‥何の努力も苦労も知らず、エミタ移植を受けただけで『超人』の力を手に出来る特権階級‥‥」
 深夜のオフィスビルの一室。灯りの消えた暗いフロアの一角で、そこだけ蛍光灯が煌々と照らすデスクに向かい、黒い人影が手慣れたマウスさばきでPCを操作していた。
「バグアなどより、おまえ達の方がよほど人類の脅威だ‥‥能力者どもめ」
 PCのモニターには、過去に発生したバグア絡みの事件に関するデータが次々と表示されては消えていく。
 やがてとある1件のデータを前にマウスの動きがピタリと止まり、デスクの主はニヤリと笑った。

『海上エネルギープラント襲撃事件:2007年11月発生』

●ラスト・ホープ〜UPC本部ビル内
「相馬・展也(そうま・のぶや)‥‥銀河重工社員の人ですか?」
「『元』社員だな。今年の夏頃に退職し、今は自分で起業した小さなソフトウェア会社を経営している」
 渡された写真に映る、整った顔立ちだがどこか神経質そうな若い男を眺めてきょとんとする高瀬・誠(gz0021)に対し、EAIS(東アジア軍情報部)部長、エメリッヒ中佐が説明した。
「今年で27歳。日本の一流大学を首席で卒業。銀河社員だった頃は同期の出世頭。KV開発部門に所属し、次々と斬新な企画を提案して『若手エンジニアのホープ』として将来を期待されていた人物なのだが‥‥」
「それって、すごいエリートじゃないですか! 何で辞めちゃったんですか? もったいない‥‥」
「色々と複雑な事情があったようだな。表向きは『一身上の都合』となっているが‥‥どうやら、年下の部下に出世で追い越された事が原因らしい。ちなみにその部下は、能力者のサイエンティストだ」
「‥‥」
 それを聞いた誠は、何となく気まずい気分になった。
「現在、君も含めて大半の能力者は傭兵やUPC軍人として対バグア戦争に従事している。だからあまり実感はないかもしれんが‥‥一般社会の中ではケタ違いの『超人』なのだよ。君ら能力者は」
「そんな、超人だなんて‥‥」
「それでも我がUPCでは、今の所一般人兵士の士気を保つため、能力者だけを特別扱いすることはしない。能力者の軍人であっても、一般人の上官に反抗すれば然るべき処罰を受ける‥‥しかし民間企業は徹底した能力主義、営利第一だからな。いかに優れたエリート社員だろうが、より優秀な能力者の社員がいれば、当然押しのけられる。何しろ能力者と一般人では努力や勤勉さとは別次元の、決して超えられない『壁』があるのだから」
 自らも一般人であるエメリッヒは、特に表情を変えることもなく、淡々と語った。
「一般人社員10人を養うくらいなら、高給を払っても能力者1人を雇った方が遙かに効率がいい‥‥そんなものだよ、企業の論理なんて」
 話を聞くにつれ、益々複雑な心境になる誠。
 つい1年前まで、彼もまた平凡な日本の中学生であり、「あの事件」さえなければ、今頃はクラスメイト達と高校入試のため受験勉強に励んでいたことだろう。
 だがもし、そんな一般人としての「努力」が全くの無意味だといわれたら――。
「それで‥‥僕は、これから日本へ行って、その相馬さんの身辺を調査するんですよね? この人に、何か問題でもあるんですか?」
「どうやら親バグア派の地下組織と接触があるらしい‥‥銀河の方から内密に調査依頼が来た」
 KV開発といえば、各国メガコーポの中でも最高レベルの社内機密だ。退職社員にも当然守秘義務が課せられるが、万一の事態を警戒した銀河重工は興信所を使い、相馬・展也の素行をそれとなく調査していた。
 その結果、確証はないものの、いくつかの点で「不審な行動」が目立つというのだ。
「銀河側の監視に気づいたのか、近頃では相馬の方も警戒して殆ど表に姿を見せなくなってしまった。警察を動かすには物証に欠けるし、民間人の探偵ではとても手に負えん‥‥というわけで、我々にお鉢が回って来たというわけだ。とりあえずはあまり表沙汰にならない様な形で、彼の動向を探って欲しいと」
「‥‥相馬さんは、いま何処に?」
「自分の経営する会社のビルに閉じこもりだそうだ。場所は日本の――」
 その街の名を聞いて、誠はドキリとした。
「ああ、知ってる。君の出身地だろう? つまりは土地勘もあるだろうと思って、この依頼を任せることにしたのだ。むろんサポートの傭兵もこちらで手配する‥‥まあ、一足早い帰省と思ってよろしく頼む」

●L・H〜傭兵用兵舎
「そういえば、あの街に帰るのも1年ぶりか‥‥」
 兵舎の自室に戻り、武器や身の回りの物を旅行カバンに詰めながら、誠はふと独りごちた。
 その間にも日本へは度々依頼で行っているのだが、潜入調査やKV戦ばかりだったので、とても実家に顔を出す暇などなかったのだ。
 両親はもちろんだが、誠にはもうひとつ心残りがあった。
 あの「海上エネルギープラント襲撃事件」で彼と共に生き残り、その時に受けた心の傷が原因で、未だに病院で療養生活を送る元クラスメイトの少女、萩原・真弓。
(「僕が顔を見せたら、またあの時のこと思い出させちゃうかなあ? でも‥‥」)
 それ以前のバグア東京占領時に母親と姉を喪い、唯一の肉親である父親は仕事が忙しく、見舞いに訪れるのは月に数回くらいと聞く。
 ちょうど1年前の冬、傭兵としてL・Hに赴く直前に誠は真弓に会った。
 彼女は生きた人形のように無反応だったが――そのとき、自分は誓ったのだ。

『もう誰も、君を傷つけたり、怖がらせたりしないようにして見せるから』

 ――と。
 だが、現実は甘くなかった。
 太平洋の孤島に封印されたキメラ「アビス」の犠牲者達。
 九州の「分校」で命を落とした「SIVA」の能力者キム。
 自分の身代わりのように敵ワームのパーツに組み込まれ、壱岐水道に散った稲垣・夏彦。
 そしてつい先日、中国上空で遭遇したゾディアック「射手座」のステアー。

 次々と目の前で喪われる命。
 そして、あまりに強大すぎる敵――。
(「あの時も、あの時も‥‥結局、僕は何もできなかった‥‥とても真弓に合わせる顔なんか‥‥ない」)
 荷造りの手を止め、がっくりうなだれる誠だったが、やがて思い直して電話を手に取った。
 病院に問い合わせ、面会可能な様なら、やはり真弓に会っておくことに決めたのだ。
 自分が真弓の友人だと知っている、顔見知りの看護士を呼び出す。
 だが、電話口にでた看護士の言葉は意外なものだった。
「真弓がいなくなった? 病院から?」
 最初の数秒、誠にも何が起きたのかよく理解できなかった。
「‥‥あの、彼女、1人で出歩けるほど快復してたんですか!? え、違う? 1週間前、突然病室から消えた? それじゃ、いったい――」

 電話を切った後も、誠はしばらく部屋の中で放心していた。

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

「超人? ‥‥そう書いて、なんと読んでるんでしょうね。その方達は」
 日本へと向かう移動艇の中。ULT職員から配布された依頼内容を読み終え、水雲 紫(gb0709)は思わず声に出して呟いた。
「――化け物、でしょう?」
 淡々とした口調の中に、既に達観と諦念にも似た響きが籠もっている。
「ま、能力者だってそんなに良いものでもないと思うんだけどね」
 鯨井起太(ga0984)もまた、ため息をもらした。
「この一件‥‥持つ者と持たざる者の確執と言えるでしょうか。‥‥俺達も他人事では済ませられませんね」
 依頼の背景に横たわる問題の根深さに、リヒト・グラオベン(ga2826)も眉をひそめる。
「あの、エメリッヒ中佐からの言付けです‥‥」
 艇内の末席に座っていた高瀬・誠(gz0021)が、おずおず口を挟んだ。
「『相馬・展也が能力者に対しどんな感情を抱いていようが関係ない。問題は、彼がバグアと通じているかどうかの1点のみだ』って‥‥」
 今回、傭兵でありながらUPC情報部のエージェントとして参加している誠だが、その表情はどこか暗い。
 これは他のメンバーも周知の事だが、調査現場である同じ街の病院で療養中だった誠の友人、萩原・真弓が病室から行方をくらましているのだ。
 現段階で展也の件と関係しているかは定かでない。しかし現地の警察が捜査しても何ら進展がなく困惑しているため、人員に余裕があればそちらの調査を行う許可も降りていた。
「行方不明になった級友の安否も心配だろうが、だからって本来の目的が疎かになっちゃいかんな」
 誠が訓練生だった頃からの付き合いであるゲック・W・カーン(ga0078)が、先輩として忠告する。
「あ、はい。判ってます‥‥ですから、真弓の件は皆さんにお任せして‥‥僕は、相馬さんの身辺調査に専念しようかと」
「萩原様の消息は私達で調べて参ります。何かしらの手がかりを得られる様に尽力致しますので、ご心配でしょうがお任せください」
 過去何度か依頼を共にした櫻小路・なでしこ(ga3607)も、誠を励ますように声を掛けた。
「‥‥置いて行かれる覚悟と、放られる覚悟。しておいた方がいいですよ。その方が、色々壊れなくて済みます」
「――え?」
 誠は驚いた様に紫を見やった。
「貴方、溜め込んで潰れるタイプな気がしましたので。壊れたら――戻りませんよ?『自分』を捨てたくないのなら、空気を抜く余裕ぐらいは持つ事です」
 一見辛辣とも取れる言葉だが、彼女は初対面となる少年の思い詰めた様子に、内心で同情とある種の「危惧」を感じていた。
(「昔どこかで破裂した、馬鹿で愚かなお人好しの二の舞には‥‥なって欲しくないものです」)

●調査1〜聞き込み
「誠の友達が行方不明か。今回の依頼と関係があるかどうか判らないが、何とかしてやりたいな」
「そうですね。そのためにも、相馬様の調査に早く目処をつけなければ‥‥」
 目的地の街に到着後、鷹見 仁(ga0232)となでしこ、そしてリヒトの3人は、まず手近の喫茶店で依頼主の銀河重工支社からUPCを通して提供された資料を広げ、相馬・展也の個人的経歴や銀河社員時代の業務内容・実績・風評、そして現在彼が経営しているというIT系ベンチャー会社に関する洗い出しから手を付けた。
 国内の某一流大学で電子工学を専攻。銀河入社後は花形ともいうべきKV開発部門に配属され、20代の若さでこの街の銀河支社内・新型機開発チームの主任に抜擢――と、ここまでは技術者として順風満帆の人生だったといえよう。
 その出世街道に陰りが差したのは、この春先の頃。展也は次期UPC軍の主力を目指す新型KVの企画案を提出した。
 XF−08EZ「アルコーン」。「知覚重視の砲撃型KV」というコンセプトは当時としては斬新で、本社の方も大いに乗り気だったという。
「あら? でも、それは確か‥‥」
 なでしこが首を傾げる。
 そう。ちょうどその直後、ドローム社から同様のコンセプトを持ち、なでしこ自身の現在の愛機でもあるPM−J8「アンジェリカ」が発表されてしまったのだ。
 競合を避けるため銀河本社の方針は一転。別の開発チームから提案されていた「防御重視の局地戦空挺KV」XF−08D「雷電」を制式採用した。
 初めて味わう挫折に、展也のショックは大きかったという。その頃から精神的に荒れて度々上司と衝突するようになり、結局開発主任のポストから外され、後任には彼自身の部下だった能力者のサイエンティストが据えられた。
「これを読む限り、必ずしも『一般人だから出世コースから外された』とも言い切れませんね‥‥おや?」
 資料を手繰っていたリヒトの手が、ふと止まった。
「みなさん、ちょっとこれを‥‥どこかで見覚えのある顔とは思いませんか?」
 それは、展也に代り主任となった能力者社員の顔写真だった。
 桐野・雅文――実年齢は19歳というが、写真だけ見るとまだ高校生、いや中学生といっても通用しそうな童顔の若者である。
「言われてみれば‥‥」
 仁となでしこにも、思い当たる節があった。
 もちろん本人に面識はない。だが、雅文の顔は3人の共通の知人――高瀬・誠と兄弟の様に似ていたのだ。

 同じ頃、錦織・長郎(ga8268)は銀河重工支社が初めに展也の素行調査を依頼した、民間興信所の所長と面会していた。
 元内閣情報調査室出身。いわば情報の「プロ」でもある長郎としては、興信所がなぜ展也に「親バグア派」との疑いを持ったかに興味があったのだ。
「まあ銀河さんとしては、相馬が他のメガコーポに社内機密を売りつけたりしないか、そちらの方を心配なさってたんですがね。だから我々も、初めはその線で調査を進めていたわけです」
 応接間で茶を勧めながら、所長は長郎に証言した。
「相馬は銀河を退職後、同社から引き抜いた社員10名と共にIT系のベンチャー会社『アルコーン』を設立しました。仕事は法人向けのHP制作が主体で‥‥規模は小さいですが、技術レベルが高いので業績は好調のようですな」
 興信所が調査した限り、「アルコーン」自体はありふれたIT企業。その登記や業務内容、取引先にも違法な点は一切見られないという。
「それなら、なぜ彼に親バグア派の疑いをもたれたんですか?」
「いやね、取引先の会社を回って色々話を聞いてるうちに‥‥ちょっと、彼の言動に問題が見つかりまして」
「と、いうと?」
「どうも、能力者に対して並々ならぬ敵意を抱いていた様で‥‥普段は表に出さないものの、商談のあと酒の席などになると途端にまくしたてていたそうです。『千人に一人の適性者しかいない能力者が、他の999人の一般人と平等といえるか?』とか、『たとえバグアを撃退しても、いずれ人類は全人口の0.1%に満たない能力者に支配される』だの‥‥挙げ句の果てはこうですよ。『それなら、いっそバグアに支配された方がマシだ』なんぞと」
「ほう‥‥それは、穏やかじゃありませんね」
 日本茶を一口啜り、長郎は眉をひそめた。
 殆ど逆恨みといえ、能力者にポストを奪われる様な形で前の会社を辞めたのだから、当然いい感情は持たないだろう。とはいえそれ自体は単なる「酒の上のグチ」であり、これだけで親バグア派と決めつけるわけにもいくまい。
「そのうち、こちらの調査に感づいた相馬は警戒して、住居も兼ねた自社ビルへ引きこもってしまいましてね。うちじゃこれ以上調査のしようがない。そういうわけで、とりあえずその時点の報告をまとめて銀河さんの方へ提出した次第で」
 UPCへの通報を決めたのは銀河の支社長だった。
 およそ1年前、この街の銀河重工支社にヨリシロのスパイが紛れ込み、工場はキメラの襲撃を受けている。その件もあり、相馬の言動にただならぬものを感じて通報したらしい。
(「僕ら能力者に恨みを抱く秀才技術者‥‥まあバグアにしてみれば、多いに利用価値はありそうだね」)
 ただし自分達に相馬を傷つけさせる事で、世間における能力者の心証を悪化させるバグア側の陰謀――という可能性も捨てきれない。
(「ともあれ‥‥もう少し証拠固めが必要か」)

 その後、長郎はリヒトら他の聞き込み班と合流。4人で相馬の取引先会社などを回って一通り調査を続けたが、その結果は先の興信所所長の言葉を裏付けるのみに終わった。
 その際、リヒトは念のため萩原・真弓の写真を関係者に見せ、
「失礼‥‥この女の子に見覚えはありませんか?」
 と尋ねてみたが、結局得られたのは「心当たりはない」という返答だった。

 翌日、聞き込み班4名は相馬の身辺調査を進める傍ら、真弓が入院していた病院を訪れた。
 彼女が姿を消した日時。目撃者の有無。病院内やその周辺地域などでの聞き込み――。
 残念ながら、地元警察の捜査同様、これといった成果は上がらなかった。
 真弓が失踪したのは深夜。その晩、病院全体に原因不明の停電が発生し、自家発電に切り替わった後も何故か防犯システムだけは復旧しなかった。その騒ぎの間に彼女は病室から消えていたという。
「やはりこれは‥‥萩原様を狙った計画的な誘拐でしょうか?」
 なでしこの言葉を、他の3人も否定できない。
(「場合によっては‥‥真弓が拉致されたのは誠の関係者だから、という可能性もあるな」)
 仁は思ったが、さすがに今の段階で口に出すのは憚られた。

●調査2〜張り込み
 一方、誠を含む張り込み班5名は、「アルコーン」自社ビルの真向かいにある雑居ビルの1室を借りて、社内に閉じこもりという展也の監視を続けていた。
 2名が室内から窓と正面玄関を。1名は裏の駐車場に停めたジーザリオから裏口を。そして2名は休憩というローテーションで、24時間に渡る監視態勢である。
「相変わらず動きはなし、か」
 カーテンの影から双眼鏡を覗き、起太が呟いた。
 自社ビルといっても2階建ての小規模な建物で、1回が応接間兼事務所、2階がコンピュータルームと展也の自宅(といってもせいぜい寝起きができる程度)となっている。
 双眼鏡の視界の中では問題の人物、相馬・展也が何やら熱心にPCに向かっているが、仕事に没頭すると時間を忘れるタイプなのか、食事は宅配のピザ、用足しに立つ以外はろくにデスクから離れようとしない。
「もっとも油断は禁物だがね。相馬ほどの技術者なら、PC1台あれば自室からバグアと連絡を取り合うことも可能だろうし」
 そんな起太の背後では、
(「と、殿方と2人でしたか‥‥」)
 ローテーションで一緒となった緋桜(gb2184)が、やや戸惑いつつも外の車から裏口を見張る紫と無線機で定時連絡を取っている。
 誠とゲックは部屋の隅で毛布を被って仮眠中だ。根気のいる長丁場である。
 時刻が夕方の6時を回ろうとした時――。
「お‥‥?」
 ふいに起太が小さく声を上げた。
 朝からろくに休憩も取らずPCに向かっていた展也が、急に立ち上がるなりデスク上の書類を鞄に詰め、コートを羽織って部屋を出て行く。
 数分後、紫から「マスクにサングラス、コート姿でカバンを抱えた男が裏口から出て来ました」との連絡が入った。
「――動いた!」
 一同が色めき立つ。
 眠っていたゲックと誠を起こし、聞き込み班4名も無線で呼び戻した。
 念のため誠は引き続きビルの監視に残し、8名の傭兵達が展也の尾行を開始した。

●調査3〜追跡
 中身は余程重要な書類なのか。コートの男は大事そうに鞄を抱え込み、時折警戒するように周囲を見回しながら、オフィス街とは反対方向の路地を小走りに歩いていく。
(「どこに行くつもりだ‥‥?」)
 男が向かう先は住宅街――しかも、1年前にある屋敷でバグア絡みの事件による犠牲者が出て以来、近隣の住人も「薄気味悪い」と次々引越し、半ばゴーストタウンの様になった一角だった。
 まさにその事件現場であり、今は完全な廃屋と化した屋敷の手前で立ち止まると、男はおもむろに携帯電話を取り出し、何者かと会話を始めた。

「確保致しますか? もしあの男が親バグア派でしたら‥‥」
「いや、もう少し様子見だ。どうやら誰かと待ち合わせてるようだしな」
 既に覚醒し、右目を藍色に光らせた緋桜をゲックが止める。
 その時、起太の無線機に誠からの緊急通信が入った。
『相馬さんがオフィスに戻って来ました! 皆さんが追ってるその人、相馬さんじゃありません!』
「何だって?」
 既に日も暮れた闇の中、付近の路地の奥から異様な気配が近づいてきた。
 野犬サイズの獣型キメラが5体。赤い眼を爛々と輝かせ、牙の間から涎を垂らして駆け寄って来る。
「いけない、待ち伏せです!」
 すかさずリヒトが機械剣αを抜き、他の傭兵達も各々武器を取って臨戦態勢に入った。
 地面を蹴って襲いかかるキメラの攻撃をかわしざま、紫が夏落の一太刀で足の腱を切り裂く。
「――下衆が、空気を乱すな」
「その命‥‥花のように散らして差し上げますわ」
 冷ややかに囁き、サイクロン21を構えた緋桜がキメラの頭部を撃ち抜く。
 他の傭兵達とも連携し、長郎は両断剣で強化したデヴァステイターの銃弾をキメラの土手っ腹に叩き込んだ。
「くっくっくっ‥‥人を侮るものでないね」
 戦闘のさなか、30mほど先で悲鳴が上がる。
 例のコートの男が、同型のキメラに襲われ地面に腰を抜かしていたのだ。
 リヒトとゲックが瞬天足で救援に向かい、すんでの所でキメラを屠る。

 間もなく、人気のない夜の路上にキメラ達の亡骸が横たわっていた。
「トカゲの尻尾切りか‥‥哀れなものですね」
「な、何の事です?」
 長郎の言葉に困惑しつつマスクとサングラスを取った男の顔は、展也とは全くの別人だった。
「私はただ、社長の指示で、この場所に来たら社に電話しろと‥‥」
 男の正体は「アルコーン」の一般社員。本人は何も知らず、ただ展也の命令に従って行動していただけらしい。鞄の中身は空だった。
 だが、彼のかけた携帯がキメラ襲撃の「合図」だったとしたら――?
「やれやれ‥‥こちらの動きに感づかれていたか」
「だが、これではっきりした。あの野郎、完全なクロだな」
 ため息をつく起太に、ゲックが言った時。
 地面に落ちた携帯が鳴った。
 リヒトが慎重に拾い上げ、受信ボタンを押すと。
『どうだい、少しは楽しんでもらえたかな?』
 含み笑いと共に響く、若い男の声――相馬・展也だ。
『コソコソ嗅ぎ回らないで、用があるならいつでも来るがいい。僕は逃げも隠れもしないよ? なあに、これは一寸したゲームさ。たまたま千分の一の宝クジに当たっただけのおまえ達と、血の滲む様な努力で優秀な頭脳を手に入れた僕の、どちらが真の超人に値するか――それを確かめるためのね』
 能力者達の返事も聞かず、嘲笑と共に電話が切られる。
「下衆が‥‥っ!」
 紫はもう一度、小声で吐き捨てるように呟いた。

<了>