●オープニング本文
前回のリプレイを見る●ラスト・ホープ〜UPC本部内
『相馬さん‥‥いえ相馬・展也は親バグア派です! 何ですぐ拘束しないんですか!?』
「報告は受け取った。奴がバグアと通じているのは確かだろうな」
電話の向こうで叫ぶ高瀬・誠(gz0021)に対し、EAIS(東アジア軍情報部)部長のロナルド・エメリッヒ中佐は冷静な口調で答えた。
『なら、何で――』
「落ち着きたまえ。奴はキメラを操ったのだろう? つまり単なるバグアのシンパとは格が違う。他にも護衛役のキメラを‥‥あるいは、相馬自身がヨリシロか強化人間という可能性もある。無闇に突入すれば、君ら傭兵の危険はむろんのこと、一般市民にまで被害を及ぼす怖れがあるのだ」
『‥‥』
「もちろん、いま現地の警察やUPC軍とも調整し、相馬のオフィス近辺の住民避難、周辺地域の封鎖を行った上での拘束作戦を準備中だ。そのときは改めて応援の傭兵を送るから、君はそれまでの間、奴が逃亡しないか監視を続行したまえ」
●日本国内某市
「‥‥はい。了解しました」
雑居ビルの1室で電話を切ると、誠は改めて窓辺に近づき、閉じたカーテンの隙間からそっと双眼鏡を覗いた。
道路を挟んだ向かい側に、相馬の経営するベンチャー企業「アルコーン」のオフィスビルがある。
『なあに、これはちょっとしたゲームさ。たまたま千分の一の宝クジに当たったおまえ達と、自らの力で優秀な頭脳を手に入れた僕の、どちらが真の超人に値するか――それを確かめるためのね』
あの晩、社員に持たせた携帯から能力者達に公然と「挑戦」してきた展也。
だがその後も本人は自社ビルに閉じこもったままこれといった動きを見せず、情報部のエメリッヒ中佐もまた、「拘束には時期尚早」として誠以外の傭兵達をいったんL・Hへ呼び戻してしまった。
つまり再び応援の傭兵が来るまで、誠は1人で展也の監視を続けなければならない。
「‥‥じれったいなあ」
覚醒を控え練力を温存すれば、能力者にとって数日くらいの徹夜は何でもない。
とはいえ日がな一日、外出もせずただデスクのPCに向かっているだけの男を、ひたすら監視しし続けるなど退屈な事この上ないが。
ちなみに相馬の替え玉を演じた社員は現在UPCに拘束され事情聴取を受けているが、本当に何も知らないらしい。相馬が自社ビルに籠もっていることについては、「銀河重工がヤクザを雇って嫌がらせしてくる。自宅にいると身が危険だ」と説明されていたという。
「だいたい超人だの、宝クジだのいわれたって全然実感湧かないよ。僕だって好きで『適性者』に生まれたわけじゃないし、それに会社社長の方が傭兵よりずっと稼ぎがいいじゃないか‥‥!」
妙な事に腹を立てつつ、殺風景な空き部屋で独りカップ麺を啜る誠。
気分が苛立つ理由はもう一つあった。
誠自身は、展也のいう「ゲーム」などに付き合う気はさらさらない。あの社長が親バグア派ならば、さっさと拘束してUPCに引き渡すまでの事だ。
(「そうだよ。こんな任務さっさと終わらせて、早く真弓を捜さなきゃ‥‥」)
もう10日以上前、同じ街の病院から忽然と姿を消した友人の萩原・真弓。情報部エージェントとして相馬の件を片付けたら、誠は暫くこの街に留まって彼女の行方を捜索するつもりだった。
「にしても‥‥毎日毎日飽きもせず、何やってるんだろう‥‥?」
ここ数日、誠は殆ど睡眠も取らず展也の監視を続けている。すなわち、展也の方も数日間休みなく2階のコンピュータルームで何か作業をしているということだ。
相馬の親バグア派容疑がはっきりしてからUPCも何度か「アルコーン」の社内コンピュータにハッキングを仕掛けたらしいが、元銀河重工のエンジニアだけあり、独自のセキュリティプログラムに阻まれ尽く失敗しているという。
(「ひょっとして、あの人もう人間じゃない‥‥ヨリシロか強化人間?」)
そう疑った時、双眼鏡の視界の中でおもむろに展也が立ち上がり――。
窓からこちらを見つめて、ニヤリと笑った。
(「気づかれてる‥‥!?」)
慌てて窓際から離れ、床に置いた蛍火を手元に引き寄せる誠。
その直後、何処か遠くから爆発音が響き、雑居ビルの屋内が小さな地震のごとく震えた。
●UPC東アジア軍司令部
「KVが民間の工場を破壊してる? いったいどういうことだ!?」
日本政府からの抗議電話を受け、当直の将校が喚き散らした。
「至急、現地の映像を回せ! それと正規軍・傭兵を問わず、軍に登録されているKVの所在を全て確認しろ!」
間もなく司令部のモニターに、炎と黒煙を上げて炎上する広い工場の敷地と逃げ惑う工員達、そしてその奥で、容赦なくガトリング砲や淡紅色の光線を乱射する人型KVの機体が映し出された。
黒と赤を基調に禍々しくカラーリングされているものの、どこか女性的で優美なその機体の種別は一目瞭然だった。
「PM−J8『アンジェリカ』‥‥いったい何処の所属だ!?」
現地のUPC軍基地からスクランブルをかけたKV部隊の到着を待たず、黒いアンジェリカは飛行形態に移行するや何処かへ飛び去っていった。
当直将校の手元に、襲われた工場の所在地データが転送されてくる。
「銀河重工支社工場‥‥この街は、確か親バグア派の活動拠点としてEAISがマークしている場所だったな?」
その後の調査の結果、工場を襲ったアンジェリカの識別番号は、アジア決戦の際北部インドで撃墜された機体のものと確認された。
●リプレイ本文
●日本某市・銀河重工支社
「『アルコーン』は‥‥僕と相馬先輩が2人で設計した様なKVでした。本社から開発中止命令が来たのは、試作1号機の製造に入る直前のことで‥‥」
(「本当に似てらっしゃいますね‥‥」)
応接室でおどおど証言する開発主任、桐野・雅文を前に、櫻小路・なでしこ(
ga3607)は改めて驚いていた。
実年齢は5歳も上なのに、高瀬・誠(gz0021)と双子といわれても違和感がないほど似ている。もっとも2人に血縁関係は全くないので、所謂「他人のそら似」というやつだろうが。
むろん、なでしこが支社を訪れ雅文に面会を求めた理由は別にある。
相馬・展也が銀河重工を退職する原因となったKV「アルコーン」の開発中止。その陰に何らかの「裏事情」が隠されているのではないかと推測したのだが。
「中止の理由は‥‥要するに『アンジェリカ』の方がKVとして優れていたという事です。先輩、いえ相馬さんは最後まで認めたくなかった様ですけど‥‥」
「桐野、もういい。君は仕事に戻りたまえ」
監視役の様に同席していた支社長が険しい口調で告げると、誠と同様に内気そうな能力者の社員は「は、はい‥‥」と頭を下げて退室した。
「全く‥‥相馬の件といい、バグアの鹵獲KVに工場まで襲われて‥‥当支社は踏んだり蹴ったりですよ。こんな騒ぎは、早々に解決して頂きたいものですな!」
「尽力致します。本日は、ご協力ありがとうございました」
丁寧に礼を述べ、なでしこは応接間を後にした。
●作戦準備
銀河重工支社を出たなでしこは、表で待っていた誠のインデースに乗り、街の郊外にあるUPC軍基地へと移動した。
既に相馬・展也の身柄拘束についてはUPCから正式の命令が出ている。明朝に決行される拘束作戦に備え、基地内の会議室では、KVや生身で参加する仲間の傭兵達が最後の打ち合わせのため集合を終えていた。
「‥‥ったく巫山戯た野郎が‥‥何がゲームだ、俺は遊び気分で命を弄ぶ奴が一番反吐が出るんだ!」
前回の身辺調査にも参加し、携帯を通して展也の「挑戦」を受けた1人、ゲック・W・カーン(
ga0078)が吐き捨てるようにいった。
「超人ですか‥‥また、愚にも付かぬことを仰る方ですこと」
「相馬がやっているのは、人を貶める事に優れているだけの証明に過ぎません」
ゲック同様、前回の依頼から継続して参加の緋桜(
gb2184)やリヒト・グラオベン(
ga2826)も憤りを隠せない。
「とにかく、相手の居場所は判ってるんです。一刻も早く拘束してUPCに引き渡しましょう!」
EAISの情報部員として今回の件を担当する誠が、いつになく強い口調でいった。あの後交代要員に展也の監視を引き継ぎ、基地で休養を取ったので、今は練力もすっかり回復している。
「まるで『来い』と、言わんばかりの相馬の様子と黒い鹵獲アンジェリカ‥‥やはり、何か繋がりがあると考えるべきか?」
煉条トヲイ(
ga0236)は、やはり例の工場襲撃事件が気がかりだった。
「工場が襲われた時、相馬自身は会社にいたそうだが‥‥あるいは、社内のPC通信を介してパイロットに指示を下していたのかもしれない。いざとなれば、援軍として呼び寄せる怖れもあるな」
「あり得ますね‥‥その場合は、KV搭乗の皆さんに対応をお願いします」
「なでしこの話じゃ、相馬の後釜になった桐野って社員、おまえに瓜二つだそうだな?」
失踪中の友人、萩原・真弓の件もあってか、逸る気持ちを抑えきれない様子の誠にゲックが尋ねた。
「僕は直に会ったわけじゃないですけど‥‥そんなに似てるかなぁ?」
資料に添付された雅文の写真を眺め、首を捻る誠。こういう事は、案外当人にはピンと来ないものらしい。
「とんだ逆恨みとはいえ、相馬にとっちゃ自分のポストを奪った憎い相手だ。誠の顔を見て逆上しないとも限らねえ。おまえは、なるべく奴と直に会わないよう注意しろよ?」
「そうだな。誠、おまえは直接突入せず、正面玄関で待機してもらえないか?」
「え? でも‥‥」
「私もそれがよろしいかと思います。ビル正面の見張りと、無線連絡での突入班への指示‥‥司令塔をお願いできますか?」
トヲイや緋桜らの提案に対し、
「そうですね‥‥突入班とKV部隊との連絡役も必要でしょうし‥‥」
誠は暫く逡巡した末、頷いた。
●「アルコーン」ビル付近
「昔々、お人好しの能力者がいました」
「‥‥え?」
水雲 紫(
gb0709)の言葉に、誠はワンテンポ遅れて振り向いた。
待機役といえ自らも戦闘装備に身を固め、作戦決行を前に緊張していた少年は、傍らから話しかける彼女の声にすぐ気づかなかったのだ。
「能力者は村人から忌嫌われていましたが、必死に笑い、護っていました。何故なら能力者には、大事な人がいたからです」
「ええと‥‥それって、もしかして水雲さんの‥‥?」
「人は、支えになるものがあると強くなるという話ですよ。余り一人で溜め込まないで下さいね」
紫の声は普段と変わらず穏やかだったが、その表情は狐の面に隠され判然としない。
(「思い出さなければ、気ままな狐で居られたものを‥‥」)
まだ会ったことさえない、相馬・展也という男。だがあの夜、携帯から響いてきた彼の声は、彼女が自ら棄ててきた様々な「過去」を蘇らせた。
(「思い出させた報い、必ず受けて貰います」)
黒い和服姿の少女から、殺意にも似た気配が揺らめき立つ。
作戦決行の時間は刻一刻と迫っていた。
正規軍の誘導により、既に周辺住民の退避は完了。KV4機が数百m離れた街区でビルの陰に機体を隠している。
監視役のエージェントによれば、展也の姿は窓から確認できないものの、少なくともビルから出た気配はないという。
「そろそろ時間ですね。昔話の続きは、また後ほどという事で‥‥」
「はい。水雲さんも、ご無事で‥‥」
少年の言葉を背に受け、紫は己の担当である裏口へと向かった。
「あのアンジェリカ‥‥色々と気になるな。さて、お前には誰が乗っている‥‥?」
陸戦形態で待機したディスタンの中で、リディス(
ga0022)は正体不明の敵パイロットに思いを馳せていた。
短時間の襲撃という事もあり、幸い工場の被害は少なく、一週間もすれば元通りの操業が可能だという。逆にいえば攻撃の目的は生産ラインの破壊ではなく、むしろ銀河やUPCに対する示威行為だったのかもしれない。
そしていかに展也が天才技術者であろうとも、KVは遠隔操作だけで動かせるシロモノではない。つまり、彼に協力する何者かが操縦しているということだ。
「敵に利用されているとは言え、元々は俺達の仲間が使っていたモノだ。場合によってはKVだけでなく仲間も一緒に利用されている可能性もあるな」
やや距離をおいて待機するディアブロの操縦席で、鷹見 仁(
ga0232)もそれを案じていた。
「或いは‥‥あり得ないワケじゃない。あまり考えたくはないがな」
「自分の企画を無為にしたアンジェリカを改造して銀河の工場を襲わせれば、相馬にとっては格好の復讐‥‥そして時期を同じくした萩原の失踪‥‥まさか、パイロットは‥‥」
白いディアブロのリヒトも仁と同じ不安を覚えていたが、かぶりを振って外部カメラのモニターに映るアルコーン社ビルを凝視した。
(「‥‥いえ、迷いを抱えたまま戦っては自分だけでなく、仲間も危険に曝してしまう‥‥今は作戦に集中しなければ」)
「今、電力会社が『アルコーン』ビルへの送電を止めました!」
正面玄関前で待機する誠からの無線連絡を受け、2名×2班に分かれた突入班がそれぞれ動き出す。
停電となったビル内では、監視カメラなど通常の警備システムは殆ど機能を停止しているはずだ。展也やその他の社員達が異変に気づいて動き出すまでの、僅かな時間が勝負となる。
トヲイと緋桜は隣接するビルの屋上でその瞬間を待っていた。
アルコーン社より1階分高いそのビルは2m弱の狭い路地を挟んでいたが、覚醒した能力者ならば造作もなく飛び移れる距離と高さだ。
緋桜が探査の眼によりトラップや待ち伏せに警戒しつつ、屋上の扉を破壊して侵入。狭い階段を降り、2階のコンピュータルームに出たとき。
蛍光灯の消えた薄暗い室内。立ち並ぶサーバ機の陰から、ユラリと現れた人影が2つ近づいて来る。ネクタイにスーツという出で立ちからしてアルコーン社員らしい。
トヲイは拘束用に用意してきたロープに手を掛けたが、その必要の無いことにすぐ気づいた。
服装こそ会社員だが、丸く開かれた両眼は魚のようにドロリと濁り、顔の皮膚は固そうな鱗に覆われている。かつて人間だったろう「それ」は、いまや鋭い牙と爪を剥いた半魚人の様なキメラへと変えられていた。
甲高い奇声を上げ、2体の魚人キメラが襲いかかってくる。
「気の毒ですが‥‥もはや殲滅あるのみですわね」
敵の接近を許さず、緋桜がサイクロンのトリガーを引く。
銃弾を浴びたキメラは悲鳴を上げて一瞬たじろぐが、番犬役として完全に洗脳されているのか、傷から噴き出す鮮血にも構わずさらに突進してきた。
「‥‥随分と手厚い歓迎だ。だが、ゆっくりしている暇は――無い!」
炎のごとき赤いオーラがトヲイの全身を包む。
強大な練力を付与されたシュナイザーの爪が、紅蓮の衝撃と化して魚人キメラを袈裟懸けに叩き斬った。
「‥‥行きます!」
時を同じくして裏口から突入した紫となでしこも、トラップの類を警戒しつつ慎重に1階フロアを捜索した。
やはり電灯が消え薄暗い1階オフィスに人影はなかった。業務用デスクやPCの並ぶその光景は、一見普通の会社と何の変わりもない。
2階で銃声が轟き、間もなくトヲイと緋桜がオフィスに飛び込んできた。
「社員はもうキメラに改造されてる! 相馬本人はいなかった」
「すると、やはり相馬の居場所は‥‥」
合流した4人は、その足で地下室に降りる階段へと向かった。
●漆黒の天使
地上待機するKV班4機のレーダーが、ほぼ同時に上空から接近する機影を捉えた。
IFFの表示こそ「友軍機」を示しているものの、西の方角から超音速で飛来するや、街の真上でピタリと静止。そのまま垂直降下してくる動きはむしろHWに近い。
リディス、ゲック、仁、リヒトらの目に、人型形態に変形しゆっくり舞い降りてくる黒いアンジェリカの姿が映った。
ビルの谷間に堂々と舞い降りた黒いKVに対し、散開した傭兵側KV4機が接近する。
初撃を仕掛けたのはリディスのSライフルRだった。
射程距離ギリギリから放たれた一弾を、アンジェリカは素早く回避。僅かに擦った装甲にFFの赤光が閃く。
逸れた砲弾が後方のビルに命中、壁面を抉った。もちろん周辺の市民は退避済みなので無人であるが。
リディスはハイディフェンダーを盾代わりにして、リヒト、仁と共に白兵戦へと移った。
「アンジェリカとのダンスは初めてだな‥‥付き合ってもらおうか!」
後方で援護するゲックはイビルアイズによるR・キャンセラーを使用したが、残念ながらさしたる効果は見られなかった。
「人類側のレーダーも残してあるのか‥‥面倒な奴め!」
仁はソードウィングで斬りつける瞬間パイロットを確認しようと試みたが、あいにくスモークガラスの風防に遮られ内部が見えない。
対する鹵獲KVはプロトン砲、それにバグア式BCアクスで反撃してくるが、その動きは傭兵達の攻撃を受け流しつつ、明らかに街のある一角を目指していた。
「貴様の目的は一体なんだ‥‥乗っているのは誰だ!?」
リディスが繰り出すグングニルの刺突をかわしざま、ふいにブーストをかけアンジェリカが傭兵側の包囲網を突破した。
その向かう先は――アルコーン社ビル。
「――ッ、直撃コース!? やらせるわけには!」
咄嗟に追いすがるリヒト機の音響センサーに。
そしてちょうどビル正面で待機していた誠の耳に。
鹵獲KVの外部スピーカから、まだ中高生の様な少女の声が響き渡った。
『お久しぶりね、高瀬君』
●アルコーン社・地下室
本来は倉庫として使われていたらしい地下室に、まるで祭壇のごとく蝋燭が並べて灯されていた。
扉を蹴破った傭兵達の前に、今度はOLらしき制服を着た魚人キメラが2体向かって来る。
「邪魔だ‥‥!」
振り下ろされた敵の爪を紫が盾扇で捌き、月詠の切っ先で胸を突く。
数ではこちらが優勢だが、狭い室内の戦闘だけに2体のキメラに行く手を阻まれ、中々部屋の奥まで踏み込めない。
そこに、スーツ姿の男が口許を歪めて嗤っていた。
薄暗いので顔が判然としないが――おそらく相馬・展也だ。
「‥‥力には責務が付き纏うもの。お前にはあるのか? 宿命を背負う覚悟が‥‥」
キメラの片腕をシュナイザーで切り落としながら、トヲイが展也を睨み付ける。
「宿命? 利いた風な口を利くね。エミタに頼らなけりゃ何もできないくせに」
「貴様が何を企んでいようが知るものか。相馬、貴様の存在は、今の私にとって邪魔でしかない」
狐面の下から、怒りに震える紫の声が洩れた。
「何とでもいいたまえ。僕はねえ、おまえら能力者に支配される未来なんか断じて認めない。そのためならバグアだって利用するさ!」
「人を見下し粗末に扱う方には負ける訳に参りません。逆恨みとしか思えない事に付き合うつもりもありません」
アラスカ454の銃口を向け、なでしこが凜として質した。
「萩原様は何処にいらっしゃいますか?」
「真弓かい? あの子ならもう来てるよ。アンジェリカ‥‥いや、僕の改造したダークエンジェルに乗ってね!」
「気をつけて下さい! この部屋には、爆弾が仕掛けられてますわ!」
探査の眼で周囲を探っていた緋桜が、仲間達に警告を発した。
「さて、君らの手番はここまでだ。この次は、こちらから仕掛けさせてもらうよ?」
いうなり、展也の姿が魔法のごとくかき消える。足許のコンクリート床に、人1人が潜れる広さの抜け穴が口を開けていた。
2体目のキメラを仕留めた傭兵達が急いで地下室から脱出する。
わずか1分足らずの後、地下室で発生した大爆発がビル全体を崩落させた。
ビル倒壊で巻き起こった粉塵に紛れるように、黒いアンジェリカも再び西方へ飛び去っていた。
突入班の4名は無事脱出し、市街地への被害も最小限に食い止められたものの、アルコーン社崩壊により展也を追う手がかりも失われてしまった。
「あの声‥‥確かに真弓だった‥‥ど、どうして‥‥?」
瓦礫と化したビルの前に跪き、震えながら誠が呟く。
「誠‥‥貴方にはまだやるべき事があるでしょう? ここで挫けている暇はないはずです」
ディアブロから降りたリヒトが、気遣うように声をかける。
しかし少年は虚ろな目で、黒い天使の飛び去った空の彼方をただ見上げるだけだった。
<続く>