タイトル:【Da】目覚めた少女マスター:対馬正治

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/22 17:32

●オープニング本文


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●ラスト・ホープ〜UPC本部
『やあ、はじめまして。僕だよ、相馬展也だ』

 電話の向こうから響く若い男の声を聞くなり、EAIS(東アジア軍情報部)部長、ロナルド・エメリッヒ中佐は部下に素早くメモ書きで録音と逆探知を命じた。
『この間は随分と好き放題やってくれたねえ。おかげで僕の会社が台無しじゃないか』
「それは気の毒だったな。しかし社員をキメラに改造したのも、ビルを爆破したのも我々ではない」
 UPCでも限られた人間しか知らない情報部のナンバーを「奴」がどこで知ったのかは判らない。だが情報収集と逆探知の時間を稼ぐため、エメリッヒ中佐は務めて穏やかな声で会話の引き延ばしを図った。
「まあ会社が潰れたのは気の毒だったな。何なら再就職先について相談に乗ろうか?」
『遠慮しとくよ。‥‥しかしブザマだねえ。能力者9名、KV4機まで動員して、結局僕を捕まえられなかったんだから』
「これは手厳しい。そういえば、あの時邪魔に入ったアンジェリカは君が改造したとかいう話だが‥‥本当かね?」
『ダークエンジェルのことか。どうだい、気に入ってもらえたかい?』
 男の言葉に、妙に得意げな調子が混じった。
(「フン。ドローム社の鹵獲機体にバグアの技術‥‥別に貴様が設計したわけでもないだろうに」)
 内心で鼻白むエメリッヒだが、この際相手をおだて上げるのも尋問テクニックの1つだ。
「いやあ、大した兵器だ。あの記録映像を見て、研究所のサイエンティスト達も大いに関心を寄せているよ。よかったら、データの一部だけでも公開して欲しいそうだ」
『‥‥断る。能力者の連中に技術を教えてやるなんて真っ平だね』
 何が癇に障ったのか、展也の声が一転して不機嫌に変わった。
『そんな事より、ゲームの続きだ。彼らから聞いてるだろう? 次は僕の手番だと』
「報告は受けてるよ。しかし、ゲームといわれてもこちらには何のことだか――」
『萩原・真悟』
「‥‥何?」
『銀河重工の子会社、銀河エネルギー開発の常務取締役、萩原・真悟‥‥あの能力者どもが捜していた萩原・真弓の父親だよ』
「それは知っているが‥‥」
『その男を殺害する。期限はまあ‥‥5日以内、ってとこかな?』
「ちょっと待て! 彼に何の恨みがある!?」
『別にないよ? ただ聞くところによれば、仕事にかまけて娘の見舞いにもろくに来ない悪い父親だそうじゃないか? そうだなぁ‥‥天罰として、ひとつ真弓自身に手を下してもらおうか。なかなかドラマチックな趣向だろう?』
「貴様‥‥正気か?」
「ああ、いっておくが今回KVはなしだ。君らだって一般市民を巻き込みたくはないだろう?」
「待て! もう少し詳しく――」
 そこで電話は切られた。
「奴の居場所は判ったか!?」
「バグア占領地域からの発信のようですが‥‥それ以上詳しい位置は、残念ながら‥‥」
 逆探知にあたっていた部下の情報士官が、気まずそうに答える。
 エメリッヒは叩きつける様に受話器を置いた。
「鹵獲アンジェリカ‥‥いや、ダークエンジェルか‥‥あれのパイロットが萩原・真弓だというウラは取れたか?」
「はい。父親の萩原氏にボイスレコーダを聞かせたところ、おそらく間違いないと」
「‥‥高瀬・誠(gz0021)はどうしてる?」
「はっ。あれから兵舎の自室に閉じこもったきり、一歩も出てこないそうですが‥‥」
「呼び出せ。彼に萩原氏の身辺を護衛させる」
「ええっ? しかし、それは――」
「もちろん応援の傭兵も依頼で集めるがな。相馬の予告通り、娘の真弓が暗殺者として送りこまれてくるなら‥‥彼女の顔を直接知っている傭兵は、高瀬しかいない」
 通常、依頼を受けるか否かはあくまで傭兵の自由意志による。つまり望まない依頼は最初から拒否する権利があるということだ。
 だが誠の場合、既にEAISの外部エージェントとして「いかなる依頼にも応じる」という契約書にサインしてしまっている。
「彼には気の毒だが‥‥情報戦に関わるとは、そういうことなのだ」

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

「どうも‥‥この度は、娘がとんだ事を‥‥」
 萩原・真弓の父親、慎吾は傭兵達の顔を見るなり、腰を折り深々と頭を下げた。
 まだ48歳と聞いたが、白髪交じりで憔悴しきった顔つきはまるで60過ぎの老人の様だ。
「いきなり大勢で押しかけてすまんが‥‥あんたを守る事が最優先だからな」
 ゲック・W・カーン(ga0078)の言葉に対しても慎吾は首を振り、
「いえ、とんでもありません。私は皆さんのご指示に従いますので‥‥どうぞ家の中もご自由にお使い下さい」
 萩原邸は高級住宅街の一角にある庭付き一戸建て。庭はそれなりに広いが、2階建ての母屋は思いの外こじんまりしていた。10年前のバグア大侵攻時に妻と長女を亡くし、父娘2人きりとなった萩原家にはそれほど広い屋敷は必要なかったのだろう。
「親孝行したい時に親はなし、と言いますのにね‥‥嘆かわしい」
 屋内を案内する男の背中を見つめ、緋桜(gb2184)がため息をもらす。
「それにしても、なぜ相馬様は荻原様の命を狙うのでしょう?」
「‥‥それが、情報部でもよく判らないそうなんです」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)の疑問に、EAISエージェントとして参加している高瀬・誠(gz0021)が小声で答える。表向き任務のため冷静に振る舞おうとしているものの、それでも内心かなり動揺しているのは明らかだった。
「確かに真弓のお父‥‥いえ萩原さんは銀河重工系列会社の役員ですけど、バグアからみてわざわざ暗殺しなくちゃならないほどの重要人物ってわけでもないですし‥‥」
「理由なんか何だっていいのさ。相馬・展也は典型的な愉快犯だ。本人が電話で言った通り『娘が父親を手に掛ける』悲劇をドラマチックに演出して、自分が楽しめればそれで満足なんだろう」
 理路整然と状況を分析する鯨井起太(ga0984)。
「自分自身の力だけで成しえた訳でもないくせに、悦に入って調子に乗る、正に小物の典型的なパターンだな。早々にあのガキから玩具を取り上げんと‥‥」
 バグアから「力」を与えられた事で有頂天になっているであろう展也に対し、ゲックは怒りを隠せない。
「真弓は‥‥ただ操られてるんです! だいいち、病院にいた頃はKVの操縦どころか1人でろくに出歩けない状態だったのに‥‥!」
「誠さん、ご自分の立場のみに囚われる事はありませんが、今すべき事については見誤らないで下さい」
 青ざめた顔で肩を震わせる少年を気遣うように、なでしこが声をかけた。
「その通りです。まずは萩原氏の身の安全‥‥それに真弓の身柄を無事保護できれば、UPCの施設で洗脳を解くこともできるでしょう」
「‥‥はい」
 リヒト・グラオベン(ga2826)の励ましもあり、ようやく誠も落ち着きを取り戻したようだった。

 警護体制は基本的に3名が慎吾の傍について直衛、その他屋内警備に3名、庭を含む屋外警備に3名。各班3名のうち1名は6時間交替で休憩というローテーションである。
 屋敷のさらに外周は正規軍兵士や情報部のエージェントが巡回しているので、警護対象身辺、及び邸宅の内外に能力者2名を常駐させる体制となった。
 とりあえず家の間取りを把握しようと鷹見 仁(ga0232)が2階に上がると、花柄のドアプレートに『MAYUMI』と書かれた部屋の前でぼんやり佇む誠の姿があった。
「なあ、誠。お前‥‥彼女のことが好きなのか?」
「‥‥え?」
 一瞬の間を置き、少年の顔が耳まで赤くなる。どうやら図星のようだ。
「いえ、そんな! か、彼女クラスでも人気者だったんです。明るくて勉強もスポーツも優秀で‥‥だ、だから僕のことも‥‥多分、単なる友だちの1人じゃなかったかと‥‥」
(「ま、女の子としてか、友達としてか、それとも失われた平穏な日常の残滓としてかは知らないが‥‥」)
 一つだけ、分かっている事がある
「大切なんだろ? だったら、取り戻さないとな」
「‥‥」
「したいことがあるなら今の内決めとけ。戦いの中で迷ったら‥‥死ぬぜ?」
 僅かの間、誠はじっと考え込んでいたが、
「僕‥‥1階の様子を見てきます」
 そういい残し、廊下の階段を降りていった。

 1階の玄関前で、誠はいつものごとく狐面を被った水雲 紫(gb0709)と出くわした。
「あ、水雲さん‥‥今回もよろしくお願いします」
「――昔々、お人好しな能力者がいました」
「え?」
 どこかで聞き覚えのあるフレーズ。すぐに誠も思い出した。
「ああ‥‥『アルコーン』ビル突入の前に聞いた、あのお話の続きですね?」
「ある日、能力者の居た村に大量のキメラが襲って来ました。能力者は奮戦するも、所詮は独り。多勢の波に追われ村を護りきれず、心と体に消えない傷を負ったのでした」
「そんな‥‥」
「人は、一人で出来る事に限度があるという話ですよ」
 狐面の下から紫の声が響く。それは普段の飄々とした彼女の口調と微妙に変わっていたが、その時は誠自身、それに気づく心の余裕がなかった。
「誠さん。助けたいのなら、譲ってはいけません。必ず、貴方自身の手で助けなさい。例え無理だったとしても、手遅れだったとしても。後悔しない行動をしなさい。その為に皆を利用して下さい」
「で、でも、利用だなんて――」
「貴方は独りじゃないんですから‥‥それと最後に」
 屋外警備を担当する紫は、踵を返し玄関に向かいながら告げた。
「絶対に、私だけは頼らないように。私は‥‥もう『ダメ』ですから」

「部屋の中の状況が把握できない様、カーテンは閉めておく。いきなり外から襲われるかもしれないから、くれぐれも窓とドアの前には立たないでくれ」
 リビングのソファで向かい合い、ゲックとなでしこは慎吾に警護期間中の注意点を逐一伝えていた。
「トイレの際も、まず先に入ってから中と外の様子を確認してから使用してもらう。できればドアも開けておいて欲しい所だが‥‥」
「構いません。今さら恥ずかしがる歳でもないですし‥‥」
 ビジネスマンらしく、几帳面にメモを取りながら慎吾が頷いた。
「ただ、できればトイレの監視は男の傭兵さんにお願いしたいですね。さすがに、そちらのお嬢さんでは‥‥却って失礼になりますから」
 それを聞いたなでしこが、思わずクスリと笑う。
「上の娘がもし生きていれば‥‥ちょうど貴方くらいの歳でした」
 慎吾は眼鏡を外し、片手で涙を拭った。
「東京の戦災で妻と長女を亡くして‥‥私に残されたのは真弓だけでした」
「あの、真弓様はどの様なお嬢様だったのでしょうか? 差し支えなければ伺いたいのですけど」
「とても優しく‥‥気丈な子でした。本人も辛かったろうに、そんな素振りもみせず、妻の代りに家事の面倒も見てくれて‥‥あんな事件が起きて、私はとてもあの子に合わせる顔がなかった。高額な入院費を負担する必要もありましたが‥‥それを口実にして、仕事に逃げ込んでいたのかもしれません」
 男はそう呟くと、肩を落とし再び涙ぐんだ。

「現状況下で彼の説得が無理は明らか。むざむざとゲームに乗るのは心外だが‥‥先の手がかりを掴むにはやむを得ない、か」
 同じ屋内班の仁と誠が警備に当たっている間、錦織・長郎(ga8268)は予めUPCに依頼しておいた調査報告に目を通していた。
 すなわちアルコーン社ビルの設備保守を担当していた業者への聞き込み。
 例の突入作戦よりおよそひと月前に地下室を保守点検したビル管理会社の証言によれば「地下道なんかありませんでした」との事から、おそらく地中キメラかサンドワームを操り掘り進ませた即席の脱出口だったと思われる。
「さて、今回も地下から来るか。それとも――」
 萩原宅周辺には正規軍が地殻変化計測器を設置し常時監視、また近隣のマンホールには工事業者を装った情報部エージェントがチェックを入れているが、今の所怪しい気配はない。「探査の眼」で屋外周辺を一通り調査した紫と緋桜からも「特に異常なし」との連絡が入っている。
 惜しむらくは、申請していた暗視スコープの貸与が「物資不足」を理由に却下されてしまった事だが。
「こうなると怖いのは夜襲だが‥‥ともあれ休める時に休んでおこう」
 簡単な食事を済ませると、長郎は仮眠室として割り当てられた空き部屋で簡易ベッドの上に寝転がった。


 5日目の夜が過ぎようとしていた。
「いよいよ山場だな‥‥」
 寝室のベッドで横たわる慎吾の疲れ切った寝顔を眺めつつ、ゲックは呟いた。
 明日の朝になれば、警護対象は正規軍の護衛付きでL・Hへと移送される事になる。
 展也が狙ってくるとすればその直前――全員が心身共に疲れ、同時にゴール前の安堵感から隙の生じやすい今夜の可能性が高い。
 同じ頃、防寒服に身を包んだ起太は屋根の上からスナイパーライフルを構え、油断なく周囲を見回していた。近辺に高いビルもない住宅地のため、この場所は塀を乗り越え侵入して来る者をいち早く発見できる絶好のスナイプ・ポジションだ。
「‥‥?」
 異様な気配を感じ、ふと視線を上げる。
 冬の星空を背景に近づいてくる鳥の群――いや、鳥や蝙蝠にしては大きすぎる。
 翼を広げて滑空してくるそれは、やがて女の顔を持つ半人半鳥の姿を露わにした。
「あれはハーピー‥‥ちっ、空から来たか!」
 全てのメンバーに無線で非常事態を伝え、すかさず対空射撃の体勢に入る起太。
「といっても、これは陽動だな」
 展也の偏執的な性格から考えて、キメラに慎吾を暗殺させても満足はすまい。「娘が父親を殺める」――自ら筋書きを作ったこの1点に固執するはずだ。

 一方、玄関正面で立哨していた緋桜も空からハーピーの襲撃を受けていた。
 甲高い叫びを上げ急降下してくる飛行キメラに小銃S−01の銃撃を浴びせ、さらに接近する敵にはイアリスの一閃。
「何が来ようが、ここは死守させて頂きます‥‥!」
 そんな彼女の視界の隅に、隣家の塀からよじ登ってきた小柄な人影が、道路を飛び越え萩原邸の塀に乗り移る姿が映った。
「あれは――!?」

 外の騒ぎで目を覚した紫は素早く寝床から立ち上がり、身支度を調えた。
 正直、彼女の神経はすり減っていた。相馬・展也の声を聞いたあの日から、紫の心の中で少しずつ崩れかけてきた何か――それが今、決定的に音を立てて決壊しようとしていた。
(「さよなら狐の私。初めまして、修羅の私」)
 いつもの狐面を外し、変わって鞄から取り出した般若の面を被る。
 玄関の扉を開けるなり、数匹のハーピー相手にイアリスを振るう緋桜の姿が飛び込んだ。
(「‥‥さぁ、私を長く留めなさい。一秒でも長く」)
 自らの方にも襲いかかってくるハーピーの胸を、紫の月詠が瞬即撃で深々と切っ先を埋め込む。大きく刃を抉った後、悲鳴を上げる怪鳥を無言で蹴り放した。
「水雲様‥‥?」
 異変に気づいた緋桜が訝しげに呟く。
 紫の覚醒変化は、緋桜が知っているそれではなかった。長い髪が金色に変色し、体の周囲を影の様に黒い蝶が舞う。
 夜よりも深く冥く、惑う者を死に招くかの様に――。

 二階の窓が雨戸ごと破られ、驚いて飛び起きた慎吾と、彼の身辺を守るリヒト、ゲック、そして駆けつけてきたなでしこらの前に、その人影はすっくと立ち上がった。
 全身にフィットした漆黒のボディスーツをまとう、まだ中高生の様な少女。黒髪を肩まで伸ばしたあどけない顔で、大きな瞳が虚ろに見開かれている。
「‥‥真弓!」
 父親の掠れた叫びには応えず、少女は刃渡り30cmほどのサバイバル・ナイフをホルダーから引き抜く。
「これは貴女の本心からの事ですか? 貴女は何をしたいのですか?」
 なでしこの呼びかけにも一切反応はない。
 ナイフを構えるなり、脇目もふらず父親を狙い突進してきた。
 だが、先にリヒトが動いていた。
 目立つ天剣「ラジエル」を左手に構えつつ瞬天速で接近。突きと見せ掛けて剣を捨て、片手爪装備の右手で瞬即撃の掌底を放つ。
 が、真弓は瞬時に身を引き、紙一重でその一撃をかわした。
 速い。その動きは覚醒した能力者――しかも上位クラスのそれさえ上回る。
 咄嗟になでしこがアラスカ454で真弓の足許に威嚇射撃。
 態勢を崩した真弓に、ゲックが瞬天足でタックルをかけた。
 少女の全身を包む赤い光が衝撃をガードするも、身の丈2m近い大男の体当たりに、小柄な真弓はFFごと窓外へ弾き出された。

 屋内班の3名も加え、庭でハーピーを迎撃していた傭兵達の前にガラスの破片もろとも落下した真弓は、すかさず受け身を取って立ち上がった。
 その表情は相変わらず能面の様に無表情だ。
「自力かね、傀儡かね?」
 デヴァステイターを構えた長郎の問いにも答えず、少女はグラップラーさながらの俊敏さで手近の仁へナイフで強襲をかける。
 蛍火と白雪の二刀流で迎え撃った仁は流し斬りと二段撃のコンボを狙うが、強化人間の素早いフットワークに翻弄され、繰り出されてくるナイフの刺突を受け流すのが精一杯だった。
 そのとき、玄関前のハーピーを始末した紫と緋桜も駆けつけてきた。
 紫は間合いに入るなり、無言のまま躊躇なく袈裟掛けに斬りつけた。
「ま、待って下さい、水雲さん!」
 彼女の殺気を感じ取った誠が、慌てて両者の間に割って入った。
「真弓の武器はナイフだけです! あれさえ奪えば――」
 素早く飛び退いた真弓の動きが、ピタリと止まった。
 その視線は誠を素通りし、紫の般若面に釘付けとなっている。
「‥‥死神‥‥」
 無表情だった少女の顔が露わな恐怖に歪んだ。
「追いかけて来た‥‥あたしも殺される‥‥母さんや姉さんみたいに‥‥」
 ナイフの柄を握り締めたまま、立ちすくんでガタガタ震え始める。
(「洗脳が解けた‥‥?」)
 傭兵達は各々武器を構え、警戒しつつ真弓を包囲した。
「嫌‥‥嫌‥‥死にたくない‥‥」
「大丈夫だよ、真弓‥‥みんな、君を助けるために来たんだから」
 月詠の刀身を降ろした誠が、おずおずと歩み寄る。
「さあ、ナイフを置いて。僕らと一緒にラス――」
 少年の声が途絶えた。
 背中から突き出したナイフの切っ先。そこから広がる鮮血がみるみる足許にまで流れ落ちる。
「アハハハ! 死ぬもんか! 死ぬもんか! あたしを殺そうとする奴は――」
 眼窩一杯に開かれた両眼。収縮した瞳孔。
 豹変した真弓はゲタゲタ笑いつつ、誠を蹴り放した。
「みんな消してやるッ!!」
 銃声が轟き、少女の手からナイフが弾け飛ぶ。
 屋根の上から起太が狙撃したのだ。
「やられっぱなしは性に合わなくてね。そろそろ反撃させてもらいたいところだ」
「‥‥」
 真弓は元の無表情に戻ると、再び斬りつけてきた紫の刃をヒラリとかわして塀の方へと駆けだした。
 入れ替わる様に上空から舞い降りる生き残りのハーピー達。
 
 傭兵達がキメラを始末した時、少女の姿は既に夜の闇へと溶け込んでいた。

<続く>