●オープニング本文
前回のリプレイを見る●日本国内〜バグア軍秘密拠点
『相馬よ、なぜ勝手な真似をした?』
年齢も性別も定かでない、機械的な合成音。にもかかわらず、その言葉には明らかな叱責と失望のニュアンスが感じ取れた。
まだ直に会ったことさえないが、スピーカーの向こうにいるのは、いつも「彼」に指令を下す幹部クラスのバグアだ。
『さして重要人物でもない男を暗殺するため、独断で貴重な強化人間を送り込むとは‥‥正気の沙汰とも思えぬ。我々がおまえに力を貸したのは、おまえのお遊びにつきあうためではないぞ?』
「お待ち下さい! あれはUPCや銀河重工への心理的揺さぶりを兼ねた実戦テストです。現に真弓は1人で9人の能力者どもを手玉に取り、うち1人を消したじゃないですか!?」
スーツ姿の若い男――相馬・展也は額に冷や汗を浮かべ、必死に弁明した。
『だが、暗殺には失敗した。ついでにいえばその娘が倒したとかいう能力者も死んではいない。重傷は負ったが、その後軍の病院に運ばれて一命を取り留めたそうだ』
「何だって‥‥?」
展也は慌てて振り返り、背後に控えるまだ中高生のような少女を睨み付けた。
全身にフィットした黒いボディスーツに身を包む萩原・真弓。その表情は虚ろで、マネキン人形のごとくその場に佇むだけだ。
「とどめを刺さなかったのか!? この間抜け!!」
握り締めた拳で力一杯、少女の顔面を殴りつける。
普通の人間ならそのまま吹き飛んでもおかしくない打撃。だが赤い光が閃き、真弓は無表情のまま2、3歩背後によろけただけだった。
「ちっ、FFか‥‥忘れてた」
『問題はそんな事ではない。ハーピーの喪失はまだ大目に見るとしても、もしあの時、その娘が敵の捕虜にでもされていたら‥‥始末せねばならなかったろう。当然、おまえも一緒にな』
「――!」
背筋に悪寒を覚え、展也は思わず自らの首に手をやった。
一見、チョーカーに偽装した黒いベルト。だがそれは、強化人間である彼の裏切りや逃亡を防止するために付けられた遠隔操作式の「首輪爆弾」だ。
同じベルトは真弓の細い首にも装着されている。
「も、申し訳ございません‥‥この埋め合わせは、必ずや」
『ほほう。どう埋め合わせるつもりだ?』
「ダークエンジェルを出撃させます。以前にバグア軍がキメラで攻撃し、結局撃退された人類側の重要施設を‥‥我々で占拠してご覧に入れましょう。この真弓はプラント運営会社役員の娘。施設内部の構造にも詳しいですし」
『よかろう、やってみろ。‥‥だが条件がある。今度はおまえ自身も戦闘に参加すること‥‥そしてもう1つ。これでしくじった時は、おまえ達2人とも消えてもらう。強化人間の素体など、捜せば他にいくらでもいるからな』
「か‥‥畏まりました」
汗の滲んだ掌を握り締め、渋々同意する展也。
『我がバグアは公正だ。能力者適性などとは関係なく、優秀で戦功を挙げた者に対しては地球人であっても相応のポストを用意しよう。‥‥ただし』
感情を表さぬ合成音でありながら、その「声」には――。
どこか皮肉と憐憫が込められているようでもあった。
『能なしが切り捨てられるのは、どこの世界でも同じなのだよ? 地球でも、バグアでもな』
(「‥‥!」)
ギリリッ――固く噛みしめられた展也の唇から、一筋の血が糸を引いた。
●ラスト・ホープ〜UPC本部
「あの黒いアンジェリカがまた現れたって?」
未明に電話で叩き起こされたEAIS(東アジア軍情報部)部長、ロナルド・エメリッヒ中佐は、オフィスに駆け込むなり当直の部下に確かめた。
「はい。銀河重工系列の海上エネルギープラントが、例の鹵獲KV及びワーム編隊の襲撃を受け――守備隊として常駐している銀河重工私兵部隊も反撃してHWを何機か撃墜したものの、鹵獲KV‥‥ダークエンジェルですか? アレにかなり手こずっている模様です」
「海上EP‥‥?」
エメリッヒは訝しげに呟くと、FAXで送信されてきた最新情報に目を通した。
「銀河エネルギー開発‥‥メタンハイドレート採掘プラント?」
僅かに考え込んでから、
「確か‥‥1年ほど前にもキメラの襲撃を受けた施設だな。そして、相馬から狙われた萩原氏は同社の役員か‥‥」
先に展也から動機不明の殺害予告を送られ、暗殺者として娘の真弓を送り込まれた不幸な父親は、現在このL・HでUPCの厳重な保護下に置かれている。
「パイロットの萩原・真弓に指示を下してるのは相馬ですから、一応繋がりはありますが‥‥何だか脈絡がないですね。海上プラントが狙いなら、最初からそちらを襲えばいいものを」
「さてね。脈絡といえば‥‥今回は予告がなかったな」
自作KV(といっても殆どの技術はドロームとバグアの借り物だが)による重要施設の襲撃。あの自己顕示欲旺盛な展也なら、当然得意満面で何らかのメッセージを送ってきそうなものだが。
「‥‥暗殺失敗の責任を取らされたかな? まあバグアの連中も、奴の悪趣味なゲームにいつまでも協力してやるほど物好きでもないだろうし」
「如何致しましょうか? 銀河重工本社はULTに傭兵派遣の依頼を出した様ですが‥‥」
「残念ながら、こうなってはもう我々情報部の出る幕ではない。せめてあの少女の身柄だけでも保護してやりたかったが‥‥」
そこまでいいかけ、エメリッヒはふと気になって尋ねた。
「そういえば、高瀬・誠(gz0021)の容態は? あれから忙しくて、見舞いにも行けなかったが」
「そ、それが‥‥」
PCのモニターで情報をチェックしていた部下が、戸惑うような声を上げる。
「依頼の参加者リストに、彼の名前が‥‥」
「何だと? そんな命令を出した覚えはないぞ!」
驚いてモニターを覗き込んだエメリッヒは、ダークエンジェル迎撃の依頼参加者に名を連ねる誠の名を確認し、舌打ちした。
「こちらからキャンセルできんのか?」
「無理ですよ。あの契約では、彼が傭兵として個人的に依頼を受ける事までは禁じてませんし」
「まずいな‥‥いくら体力が回復してるといっても、今の彼の精神状態では何をしでかすか判らん」
急ぎ誠の兵舎へ電話したが、返ってきたのは素っ気ない留守電のメッセージだった。
●L・H〜UPC空軍基地
KV用ハンガーのシャッターが開き、12枚の翼を持つ最新鋭戦闘機――CD−016シュテルンが滑走路に姿を現わした。
「機体はドローム社で強化済み。ご希望通り兵装も揃えたぜ?」
正規軍の整備兵が、笑いながら軽く口笛を吹く。
「しっかし豪勢な買い物だなぁ、ボウズ。明日からのメシ代は大丈夫かよ?」
「‥‥いいんです。お金なんて、もう必要ないから‥‥」
少年の視線はこれから己が搭乗する最新最強のKVではなく、どこか遠い場所へと投げかけられていた。
●リプレイ本文
「‥‥ったく、どいつもこいつも‥‥頼むから早まった真似だけはやらかしてくれるなよ!?」
海上エネルギープラントへと急行する8機のKV――その1機、イビルアイズの操縦席でゲック・W・カーン(
ga0078)が叫んだ。
彼らに先行して出撃した高瀬・誠(gz0021)からは「EP付近上空で銀河重工守備隊とHWが交戦中」との連絡を最後に通信も途絶えてしまった。
(「‥‥ったくよ。誠、あれがお前のしたかったことかよ?」)
ディアブロの機上で鷹見 仁(
ga0232)はもどかしげに唇を噛む。
(「だいたいよ、刺されるなら刺されるでそのまま彼女のこと抱きしめるくらいのこと‥‥」)
「無謀な行動を取るのは若者の特権。それを諌めるのが年長者の特権――あんなコトがあった以上、誠がへこむのは当然さ」
仲間達の苛立ちを感じ取った鯨井起太(
ga0984)が、アンジェリカから通信を送った。
「だが自棄になろうが何だろうが、現場へ急行したことだけは評価できる。まあ彼を叱るのは、ことが無事済んでからでも遅くないだろう?」
銀河重工からの依頼は「DAの無力化」だが、起太自身はそう考えていない。
(「今回の最優先事項は『誠と真弓を死なせない』――コレだ」)
その思いは、リヒト・グラオベン(
ga2826)や櫻小路・なでしこ(
ga3607)も同じだった。
「あの時救った命を‥‥貴女も‥‥誠も死なせはしません。それが、俺が貫く意思です!」
出撃前の僅かな時間、なでしこは萩原・真弓の父親に連絡を取ろうとしたが、現在UPCの保護下にある彼の居場所は厳重に秘匿されていた。
そこで、情報部のエメリッヒ中佐を通して慎吾にメッセージを託したのだ。
『真弓様は必ず無事に連れ戻します。そのときは、ぜひ優しく抱き締めてあげて下さい』――と。
「しかし誠君の身も心配だが、相馬・展也の動向も気がかりだね。今回の襲撃、今までの彼の行動パターンと比べてどうも余裕が感じられない‥‥」
岩龍改で編隊の電子支援を担当する錦織・長郎(
ga8268)が疑問を口にした。
「この期に及んで立場が追い詰められたのが見え見えだね。しかし油断は禁物だ。もし彼が名誉挽回のため自ら戦場に現れたとして――その返してきた力は尋常なものでないので、速やかに切り返して思惑を断ち切らねばならない」
そんな中、水雲 紫(
gb0709)は新たに乗り換えたシュテルンの機内で言葉少なに操縦桿を握っていた。
いま彼女が被っているのはかつての狐面ではなく、鬼気迫る般若の面。さらに覚醒変化により体の周囲には影の様に黒い蝶が舞っている。
(「私の昔話は無意味でしたか? ‥‥彼女を追い詰めた私に、心配する資格など最初から‥‥」)
狐を已めた日から、心の中は相馬への殺意、真弓への憐憫、そして誠への謝罪の気持ちが渦巻いていた。
(「誠さん‥‥今こそ利用しなさい‥‥私は利用する。何故なら――」)
予感がする。
長郎の様な論理的分析とは異なるが、何故か外れる気はしなかった。
『奴』は居る。奴は来ると――。
「前方約30km、10時の方向――複数の熱源を探知!」
ワイバーンのIRSTで前方をチェックしていた緋桜(
gb2184)が叫ぶ。
間もなく長郎の岩龍改、そして銀河重工所属ウーフーのジャミング中和圏が重なり、他のKVのレーダースクリーンも入り乱れる様に飛び交う20個近い光点を映し出していた。
遙か海上に点の様に浮かぶ巨大プラント。その手前上空で、小型HW8機を10機のKVが迎え撃ち、激しいドッグファイトを繰り広げていた。
銀河重工所属のウーフー×1、雷電×4、阿修羅×4――そして誠の乗るシュテルン。
海上EPを目指して単機で飛び出したものの、ここでバグア軍と銀河側守備隊の空戦に巻き込まれてしまったのだろう。
リヒトはK−02ミサイルのセーフティを解除、モニター内で乱舞する敵HW群のうち5機にマーカーを重ねる。
「‥‥マルチロック完了。道を切り拓きます!」
カプロイア社職人の「工芸品」とまで噂される小型ミサイル250発が嵐のごとき勢いで発射され、虚空に無数の噴煙を引く。
続いてもう1連射。既にダメージを負っていたらしき小型HWのうち3機がフラフラと墜落、海面に爆発の水柱を上げた。
「援護を感謝する!」
ウーフーに搭乗する銀河側指揮官から通信が入った。
「残りの連中は我々で片付ける。諸君らはプラントの方へ向かったアンジェリカを追ってくれ!」
プラント上は阿修羅4機で守っているが、数分前から連絡が途絶えたきりだという。
誠のシュテルンを加え9機となった傭兵側KV部隊は残存HWの始末を銀河側守備隊に任せ、海上EPへと機首を向けた。
「誠さん、心配をさせないで下さい。‥‥お姉さんは本当に怒りますよ」
「‥‥すみません‥‥」
なでしこからの通信を受け、コクピット内で少年がうなだれた。
「でも‥‥真弓がこれ以上罪を重ねる前に、何とか止めなくちゃと思ったら‥‥」
「小さき刃も束ねれば偽りの天穹すら穿ち断ち切る刃となる。故に己を信じ他を信じ己が為すべきことを成せ」
立場は違えど同じ情報戦に携わった先達として、長郎は共通の友人から託された言葉を伝える。
「捨て鉢では何もなせん‥‥。彼女が大切なら彼女を泣けせるようなことはするなよ‥‥我汝の事を信じている」
「はい。‥‥ありがとうございます」
「共通の友人」が誰を指すのか察しがついたらしく、誠は深く頭を下げた。
傭兵達が海上EP上空に到達したとき、あの黒いアンジェリカ――DAは既に陸戦形態となってメガフロートの甲板上に降り立っていた。
周囲には3機の阿修羅が大破して横倒しになり、最後の1機が背中に装着したKVスピアで果敢に抵抗を続けている。
「施設への被害は殆どないな‥‥狙いはプラントの破壊じゃなく占拠か?」
起太や他の傭兵達が戦闘に加わるべく着陸態勢に入ろうとした、そのとき。
一見何もない空間から淡紅色の光線が放たれ、KVの機体を掠めた。
「――光学迷彩か!?」
傭兵達が慌てて目を懲らすと、あのFRほど完全ではないものの、周囲の風景に半ば溶け込むような形でカモフラージュした小型HWらしい影が1機、さかんにプロトン砲を放って攻撃をかけてくる。
直ちにゲック、長郎、紫、緋桜が迷彩HWに応戦する一方、残りの傭兵達はそのままプラント上へ着陸、陸戦形態に変形した。
起太、リヒト、仁、なでしこ、そして誠のKVが甲板上に舞い降りたとき、守備隊の阿修羅がDAの振り下ろしたBCアクスの1撃で頭部を潰され、黒煙を噴き動きを止めた。
「もし真弓の目的が施設の占拠だとして、彼女はどう動くと思う?」
「そうですね‥‥」
起太の質問に誠はわずかに考え込み、
「地下5階に集中制御式のコントロールルーム(CR)があります‥‥多分、そこを抑えるつもりじゃないかと」
忘れるはずもない。つい1年前のキメラ襲撃事件の際、誠自身が真弓と2人で避難した場所だ。
「いずれにせよ、彼女を助けるにはDAを止めて機体から降ろす必要がある。誠も協力してくれよ」
「はい!」
起太となでしこのアンジェリカが連携して試作G放電、レーザー砲等で牽制するが、敵も同じアンジェリカ改造のバグアKVだけに、知覚攻撃への耐性はかなりのものだ。
「空へは逃がしません!」
ちょうどDAの頭を抑える形で、リヒトのディアブロがスラスターライフルの炎を吐く。
仁のディアブロ、誠のシュテルンが突進し、DAのプロトン砲を浴びつつもハイ・ディフェンダー、クレセントアクスで近接攻撃を図った。
撃破よりも行動不能を目的とする仁は、敵の機関部、次いで手足を狙う。
強化人間といえパイロット経験の浅い真弓の反応はエースと呼ぶにはやや鈍く、一瞬の隙を見出した仁は試作剣「雪村」の刃を実体化させ、DAの左脚部に斬り込んだ。
大きく左に傾き甲板に膝を突くDA。
このチャンスを窺っていた起太がSESエンハンサー起動、コクピットをわずかに外した位置にやはり試作剣「雪村」の刺突を叩き込む。
「皆様、下がってください!」
なでしこもまたエンハンサーを起動させ、温存していたM−12強化粒子砲を発射した。
『あのガキが悪いんだ!』
ゲックのペイント弾で染め上げられ、光学迷彩の機能を喪失したHWから展也の通信が入った。殆ど悲鳴にも似たその叫びに、かつて「超人」を気取った男の余裕は欠片もない。
『僕だって、最初からバグアに与しようなんて思っちゃいなかったさ! 初めの内は、ただ軍のデータベースをハッキングして憂さ晴らしするだけで満足だった――この海上EP襲撃事件のデータを、生き残った中学生の顔を見るまでは!』
「誠の事か? いったい、あいつに何の恨みがあるってんだ!?」
Rキャンセラーで敵ワームのセンサーを攪乱しつつ、ゲックが怒鳴り返す。
『僕のポストを奪った桐野と同じ顔をしたあのガキ――なぜだ? なぜあんな苦労知らずの子供が地球を救う能力者で‥‥血の滲む様な努力を重ねて銀河重工に入社したこの僕が、開発主任の職から追われなくちゃならないんだ!?』
「そんなつまらない理由で‥‥正気の沙汰ではありませんわ」
心底呆れつつ、緋桜が放電ミサイル「グランツ」の発射ボタンを押す。着弾と同時に発生した雷がHWを包み込み、その機体にさらなるダメージを与えた。
こいつはまともじゃない――通信を聞いた傭兵達の誰もが思う。だが少なくとも展也の脳内では、自分の後任となった後輩社員と瓜二つの誠の顔写真を見た瞬間に、何かが「繋がって」しまったのだろう。
「戯れ言は軍警察の取り調べで喚くがいい。叱責かここで果てるか、どちらかを選びたまえね」
引導を渡す言葉と共に、死角から接近した長郎のSライフルD−02がHWを狙撃。
『黙れ! 僕は貴様らを倒してバグア幹部の地位を得る! そして今度こそ――』
「自身で来るなんてヤキが回りましたね?『ハズレ引き』」
慣性制御でKV部隊の攻撃から逃げ回る展也へ紫が通信を送った。
『だ、誰だ!?』
「さぁ、貴方のハズレだらけの人生に幕を引いてあげます‥‥来い! 相馬ァァッ!」
僚機の一斉射撃に合わせ、シュテルンのPRMシステムに可能な限りの練力を注いで威力を高めたギガブラスターミサイルを叩き込む。
爆発の煙も薄れぬうち一気に距離を詰め、差し違え覚悟でさらにガトリング砲を浴びせかけた。
「貴様を屠れるなら、五体など要るものか! 首だけになってもその喉笛、噛み千切ってやる!」
だがこの時点で、展也のHWが先に力尽きた。
脱出カプセルらしき物体をプラント方向へ射出した直後――小型HWは大爆発と共にその破片を海上へまき散らした。
「く、くそぉ‥‥勝負はまだだ‥‥」
甲板上に転がったカプセルから呻きながら這い出し、展也は負傷にもめげずEPのエレベーターを目指す。
「地下CR‥‥あそこさえ抑えて、増援を呼べば‥‥」
男の動きが止まり、目の前に立ちはだかる和服に般若面の女傭兵を凝視した。
「‥‥おまえは?」
それはシュテルンの垂直降下機能で緊急着陸した紫だったが、展也自身にそんな事は判らない。ただその視線は、彼女の携えた抜き身の月詠に釘付けとなっていた。
「ま、待て‥‥判ったよ、投降する。僕が知る限りのバグア情報を提供しよう。そうすりゃ君らだって大手柄――」
適当な甘言を並べつつ、ポケットに隠した小型プロトン銃を探る展也。
だが、紫は男の言葉など聞いていなかった。
「‥‥」
無言のまま手にした狐面を叩きつけ、怯んだ展也を面ごと斬る!
月詠の刃が狐面を割り、強化人間の顔面から胸部を叩き斬る確かな手応え。
次の瞬間、展也の首に嵌められた首輪爆弾が炸裂し、紫は爆風で数m後方へ弾き飛ばされていた。
「水雲君!」
「紫!?」
路面に倒れ、僅かに遅れてKVを降りた仲間達が駆け寄る足音を聞きながら――。
「‥‥っ」
紫は声を殺して泣き始めた。
同じ甲板上で、リヒトを始め傭兵達の一団が、機能停止したDAから脱出した真弓を取り囲んでいた。
「来るな! 来るなぁーーっ!!」
黒いパイロットスーツのあちこちが裂けて血が流れ落ちている。
一般人ならとうに死んでいる程のダメージを負いながらも、強化人間の少女は憎悪に顔を歪め、なおも特殊合金のナイフを振り回していた。
「落ち着け、真弓!」
駆け寄ろうとする誠を、背後からゲックが羽交い締めにする。
「‥‥お前が能力者に成りたての際に忠告したよな。能力者になった以上、苦しい目に会うかもしれんってな」
おそらく今の真弓なら、全員で抑え込み身柄を拘束するのは可能だろう。問題は、彼女の首に嵌められた「黒いベルト」にある。ついさっき爆死した展也の死に様から考えても、それが何なのかは明らかだ。
「一時の感情に流されて自殺みたいな真似はするな! ここで安易に死を選んじまったら、この先お前が助ける筈だった命を見捨てる事になるんだ! 力を得るって事はそれだけの責任と覚悟も一緒に背負う事なんだぞ!」
「DAの方は‥‥自爆の心配はなさそうですね」
探査の眼で調べていた緋桜が報告する。知覚攻撃の影響で装置が壊れたか、それとも最初から付けていなかったのかは不明だが。
真弓と対峙していた仁が、不意に武器を捨てて彼女に歩み寄った。
「‥‥!」
恐怖に我を忘れた少女が迷わずナイフで突いて来るが、仁は僅かに体を動かし急所を外す形でその刃を受け止めた。
脇腹あたりに深々とナイフを突き立てたものの、それ以上押すことも引くことも出来なくなった真弓を両腕で優しく抱き締める仁。
「大丈夫、誰も君を傷つけないし誰からも傷つけさせない。俺が、俺達が、誠が、君を守るから。だからもう怖がらなくて良いんだ」
「ゲック、ジャミングだ! バグア側からの遠隔自爆を防げるかもしれない」
起太の発案に、誠を諫めていたゲックが急いで自機へと走る。
Rキャンセラー起動の合図と共に、プラント技術者から工具を借りた緋桜が首輪爆弾の解除作業にかかった。
ただしバグア製爆弾の正確な解除方法など誰も知らない。有り体に言えば、切除と同時に爆弾を真弓から遠ざける一発勝負の賭けになるが。
「幸せにも貴女を待っている方がいらっしゃるのですから希望を捨ててはいけませんよ‥‥私も、絶対に貴女を助けます」
探査の眼で爆破装置の部位を確認、緋桜はニッパーで慎重にベルトを切る。
――バチッ。
切断の瞬間、急いで首輪を宙高く放り出す。
空中からの爆風で全員がその場になぎ倒されるが、幸い爆発の規模はさほど大きくなかった。
「真弓! しっかりしろ!」
飛び起きざま、元級友の元に駆け寄る誠。
「‥‥」
少年の腕の中で、真弓は糸の切れた人形の様にガクリと頭を垂れた。
いつの間にか空が暗雲で覆われ、波が荒い。
季節外れの嵐がEPに近づいていた。
<続く>