●オープニング本文
前回のリプレイを見る●ラスト・ホープ〜UPC本部
「まだ輸送機は出発できんのか!?」
EAIS(東アジア軍情報部)のオフィス内で、部長のロナルド・エメリッヒ中佐は苛立ちを隠せぬ様子でデスクを叩いた。
「既に空軍基地には輸送機、及び護衛のKV部隊が待機しておりますが‥‥あいにく、海上エネルギープラント周辺海域が荒天に見舞われまして‥‥」
「――くそっ。よりによってこんな時に!」
気まずそうな部下からの報告を受け、エメリッヒは吐き捨てるように怒鳴ってから煙草に火を付けた。
一連の事件の元凶であった相馬・展也は死亡したものの、バグア軍の改造KV「ダークエンジェル」を大破状態で鹵獲。また洗脳・改造された強化人間の萩原・真弓の首輪爆弾を外して保護に成功。
とりあえず「大戦果」といえよう。このまま両者を無事に回収できればの話だが。
問題はこれから先だ。バグアが自軍からの鹵獲兵器や投降した強化人間に対し徹底した奪還、もしくは抹殺を企てるのは過去の事例からも容易に推測できる。
そのため、現地の高瀬・誠(gz0021)から一部始終の報告を受けたエメリッヒは直ちに正規軍とULTへ要請を出しKVの護衛を伴う輸送部隊を編成したのだが、出発間際になって季節外れの嵐が発生。肝心の海上EP周辺が大シケになっているため、KVを含む航空機や艦船を近づけられないのだ。
これに対し、バグア軍のワームは大気圏内の悪天候など一切お構いなく行動可能。
こんな単純な事実に、科学者ではないエメリッヒでも未だ敵との技術力に大きな隔たりが存在することを実感せざるを得ない。
「過去の記録を見ても判ると思うが、バグアは自軍からの技術流出に対して過剰なほどの反応を示す。今回もなりふり構わず‥‥場合によってはゾディアック級のエースを投入してくる怖れもあるぞ」
それから部下の情報士官へ向き直り、
「‥‥現在、あちらのプラント内にいる我が方の戦力は?」
「はっ。高瀬他の傭兵部隊‥‥それに銀河重工所属のプラント守備隊ですね」
あれからおよそ一昼夜が経過している。傭兵達のうち負傷した者はプラントに常駐する銀河重工の医師(能力者のサイエンティスト)から治療を受け、またKVの破損も銀河側の手を借りて応急修理が済んでいるという。
銀河側の守備隊については、阿修羅4機がDAに破壊されたものの、残りのKVは健在とのことだった。
「嵐の方はどれくらいで収まりそうだ?」
「最新の気象情報によれば、あと2時間もすれば‥‥とのことですが。ただし気象衛星を全てバグアに破壊されてますし、あまり正確な所は、ちょっと」
「2時間か‥‥」
エメリッヒは煙を吐きながら、卓上の海図に視線を落とした。
「とにかく、嵐が止みしだい輸送部隊を発進できるように待機させておけ。それまでは‥‥何とか彼らだけで凌いでもらうより他ないな」
●「銀河エネルギー開発」メタンハイドレート採掘プラント
250平方kmに及ぶメガフロート上に建造された巨大プラントは、激しい風雨の中で揺らぎもせず悠然と浮かんでいた。
ただし甲板上のKVは大破したDAも含め、全てエレベーターで甲板下の格納庫へ退避させてある。
ちょうど大型空母の飛行機格納庫を思わせるそのコンクリート床に座り込み、誠はぐったり横たわる真弓の体を抱きかかえていた。
周囲には仲間の傭兵達や銀河側の関係者もいるのだが、2人に気を利かせてか少し離れた場所で額を寄せ合い、今後の事をあれこれ検討しているようだった。
「‥‥ここ‥‥前に来た覚えがある‥‥」
それまで死んだように眠っていた真弓が、うっすら瞼を開き小声で呟いた。
「あたし‥‥何でこんなとこにいるんだろ? 何だか、すごく‥‥嫌な夢を見てた様な気がする‥‥」
バグア側による洗脳は、皮肉な事にこれまで自分の殻に閉じこもっていた少女の心を半ば強引にこじ開けた。そしてその洗脳も、人類側能力者達との戦闘で受けた激しいショックから解除されたらしい。
それじたいは喜ばしい事――なのかもしれない。
しかし正気に戻った真弓に対し、彼女自身の肉体に起こった事、洗脳中に相馬・展也の手駒として利用されていた事などをどう説明したらいいのか、誠にも正直判断がつかなかった。
「心配しなくていいよ‥‥もうすぐ迎えが来るから。君のお父さんも待ってるよ?」
「父さん‥‥そうよね‥‥早く帰って、あたしが晩ご飯作ってあげないと――」
ふいに真弓の言葉が止まった。
おもむろに上半身を起こし、ボロボロになった自分の着衣――DA用パイロットスーツを凝視する。
「なに、これ? あたし、何でこんなの着てるの? ‥‥何で‥‥」
少女の細い肩がガタガタ震え出すのが、誠の体にも直に伝わってきた。
●海上EP付近上空
『おまえがゾディアック・メンバーにまで取り立てられていたとはな。元上官として鼻が高いよ』
「世辞はいいから、少しは迷惑を考えろ! 俺だってカメルの基地警備隊長の仕事で忙しいんだ!」
嵐をものともせず超音速飛行するファームライドのコクピット内で、ハワード・ギルマン(gz0118)は無線機のマイクに怒鳴りつけた。
相手が「元上官」というのは確かだが、それはこの惑星へ侵攻する遙か以前の昔――もう何百年前のことか、ギルマン自身もよく憶えていないほどだ。今では向こうも別のヨリシロに乗り換え、当時とは全く別の姿になっているだろう。
『すまん。‥‥だが、こちらも緊急事態なのだ。鹵獲された改造KV‥‥何としても奴らの根拠地へ運ばせるわけにはいかん』
「まあ事情はだいたい聞いたがな。そちらでワームなりキメラなり送り込めばすむ話だろうが?」
『こちらも大っぴらに兵を動かせぬ事情があるのだ。こんな失態がウォン様のお耳に入ったら‥‥それこそ私の立場も危うい』
「それで、こっそり俺を呼び出したわけか‥‥」
銀色の鉄仮面の下から、うんざりしたようなため息がもれる。
アジア・オセアニア地域総司令官、ジャッキー・ウォン――確かに幹部バグアの首ひとつ飛ばすなど造作もない事だろう。
「で、任務にしくじった強化人間どもはどうする?」
『一応、首輪爆弾の作動は確認したが‥‥万一という事もある。もし生き残っているようなら始末してくれ』
FRのモニター画面にプラント内部の構造図、それに展也と真弓の身体特徴など各種データが転送されてくる。
「フム。意外と厄介だな‥‥やはりあいつらを連れてきて正解だった」
FRの後方に続いて飛ぶ補給機兼輸送用HW。その内部では、特殊ガスで半ば眠らされた対人キメラの群が低い唸り声を上げていた。
●リプレイ本文
●海上EP地下1階〜KV格納庫
「‥‥お加減は如何ですか?」
リヒト・グラオベン(
ga2826)の問いかけに、高瀬・誠(gz0021)の手を借りてノロノロ立ち上がりながら、萩原・真弓は怯えたような表情でリヒトを、そして周囲を取り巻く能力者達を見回した。
つい前日までバグアの洗脳下にあった少女は、まだ己の身に何が起こったのか詳しく知らされていない。ただ自分が何か「ただならぬ事態」に巻き込まれた事は、この一昼夜の間におぼろげながら理解しつつあるようだ。
「あの、あたし‥‥これから、どう‥‥なるんですか?」
「さっきも言ったろ? みんなでL・Hに行くんだ‥‥お父さんも、待ってるから」
「まだ、しばらく大変な事が続くと思いますが、一緒にがんばりましょう」
誠に続き、傍らの櫻小路・なでしこ(
ga3607)も励ました。
「誠さんだけでなく私たちも真弓様の支えとなります。そして、落ち着きましたら皆様でお花見でも致しましょう」
緊迫した状況にも拘わらず、どこかおっとりしたなでしこの言葉に、真弓の強ばった表情が僅かながら緩む。
L・Hからの援軍と輸送機が到着するまであと2時間余り。その間、予想されるバグア側の刺客から少女の身を護るため、誠を始め鯨井起太(
ga0984)、水雲 紫(
gb0709)、緋桜(
gb2184)らが付き添い、地下2階にある警備室へ立てこもる。武装した警備兵を除き、プラントの一般職員達は地下5階へ避難済みだった。
そして残る傭兵達――リヒト、なでしこ、ゲック・W・カーン(
ga0078)、鷹見 仁(
ga0232)、煉条トヲイ(
ga0236)らは各自のKVに搭乗し、銀河重工プラント守備隊のKV部隊と共に襲来する敵機を迎え撃つ。
(「この戦力で、どれだけ持ち堪えられるか‥‥」)
リヒトは再び真弓の方へ向き直った。
「貴女に頼みがあります。貴女も俺達と共に戦って頂けませんか?」
驚く仲間達を片手で制し、
「誠も俺達も貴女を手助け出来ます。ですが‥‥心の闇には自分で打ち克たなければいけません」
「誠やみんなが、もちろん俺も、君を守るから安心してくれ」
前日、甲板上の闘いで身を以て真弓の刃を受け止めた仁も口添えした。
もちろん洗脳中の出来事なのでどこまで憶えている判らないが、仁にしてみれば男が一度交わした約束である。
そんな彼らの決意を、真弓の方も肌で感じ取ったのであろう。
それまで誠に縋り付くようにして立っていた少女の震えが止まる。
改めて傭兵達に向き合い、
「よ、よろしく‥‥お願いします」
そういって深々と頭を下げた。
「怖くなったら誠の背中だけを見てろ、そして見届けてやれ。護るべきものの為に戦う事を選んだ‥‥あいつの覚悟と決意をな」
そう真弓に告げたゲックは、続いて誠にそっと耳打ちする。
「惚れた女だ‥‥必ず護れ。だからって、お前の命と引換になんて捨鉢にもなるなよ?」
「え? ほ、惚れたなんて、そんな‥‥」
耳まで赤くなった少年の肩を、思いきりどやしつけた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
起太に促され、誠と真弓は護衛班の傭兵達と共に格納庫を出て行った。
●地下2階〜警備室
「御機嫌よう真弓さん。初めまして‥‥の方が適切でしょうか?」
防災センターを兼ねた警備室に落ち着いた真弓に向かい、開口一番で紫がいった。
正気に戻ったあと紫の般若面を見た真弓は少し驚いた顔をしたが、かつての洗脳時の様な過剰反応は見せなかった。むしろこの場でなぜそんな面を被ってるのか、そちらの方を訝しんでいる様である。
それでも、2人には詫びなければならない――紫はそう思った。
(「たとえ自己満足だとしても、知って貰いたい事もある‥‥」)
ゆっくり般若面を外すと、額の右から頬に抜ける大きな傷痕が現れた。
誠と真弓が思わず息を呑む気配。
同じく顔に傷痕を持つ緋桜は、痛ましげに目を伏せた。
「優しかった能力者は、大事だった人の形見を被り現実から逃げた。だが、悪夢によって目を覚まし、今度は過去から逃げた‥‥」
そういいつつ、再び面を被り直す紫。
「現実から逃げ、過去から逃げ、そして今は‥‥死神から逃げている。近いうちに来る『その日』に怯えながら」
般若面の左目から、金色の瞳が少年を見据えた。
「誠さん。護りなさい。悔やまぬように。そして利用しなさい。全てを」
警備室に隣接したロッカー室に女性陣が入り、真弓の着替えを手伝う。ボロボロになったバグア軍パイロットスーツからプラント従業員の作業服へ。影武者役を務める緋桜も同じ服装になり、真弓と同様に作業帽を目深に被った。
「いざとなったら私が身代わりになって追っ手を引きつけます。その時は『緋桜』の名をお貸ししますね」
「は‥‥はい」
「例の首輪爆弾をみても、バグアの強化人間に対する扱いは良く分かる‥‥彼らは必ず真弓の生死を確認するだろうし、生きてるとなればタダでは済ませないだろうね」
着替えを済ませた真弓達も交え、起太は今後の対策を話し合った。
「問題は、バグアが真弓の生死についてどういう認識でいるのか――何らかの技術で既に察知しているならともかく、未確認の状況なら逆にチャンスだ」
仮に真弓の生存を悟られたら、たとえこの場を切り抜けても、バグアはそれこそL・H内にまで暗殺者を送り込んで来るだろう。
「ど、どうすればいいんでしょう?」
途方にくれる誠に対し、
「うん。真弓の存在を隠し通し、彼女は死んだという情報を持ち帰らせることで、今後の安全も確保できればいいんだけどな‥‥」
いずれにせよ、真弓を捜索する目的に巨大なワームは不適当。あり得るとすれば、生身か中小型キメラによるプラント内への突入――それが起太の推測だった。
仮にキメラが使われたとして、さして知能の高くない奴らが「標的」を識別する手段として一番可能性の高いのは体臭だろう。そのため、真弓と女性傭兵達は同じ匂いの香水を体に振りかけカモフラージュする事にした。
「さて、後はどんな手段を使って来るか‥‥実際に敵が攻めて来ない事には――」
起太がそういいかけた時、頭上から響く鈍い爆発音と共に警備室全体が揺れた。
●KV格納庫
上甲板から通じるエレベーターの天井が紙のごとく破られ、吹き込む強風と雨水の中、異形の赤い機体が格納庫の床面に着地した。
陸戦形態FR――掲げるは「蟹座」の紋章。
『一度だけ言う!』
既にKVへ搭乗し、臨戦態勢を整えた傭兵や守備隊の無線に低い男の声が響き渡った。
『貴様らが鹵獲した改造KV、それに強化人間どもの死体を渡せ! そうすれば今日の所は見逃してやる!』
「お久し振りにございます。申し訳ございませんが、早々にお引き取り頂けませんでしょうか」
聞き覚えのある声の主――ハワード・ギルマン(gz0118)に対し、なでしこのアンジェリカがR−P1マシンガンの砲火を浴びせた。
『フン、また傭兵どもか――悪いが、今日は貴様らと遊んでいる暇はない!』
薄暗い格納庫の空気に溶け込むかの様にFRが姿を消した。
傭兵達のKVはトヲイの雷電、仁のディアブロを中心に左右両翼に広がるV字陣形を取っていた。その後方では、壁際に寄せたDAの機体を銀河側KV部隊が守っている。
虚空から繰り出された斬撃に、トヲイの機体が装甲の一部を裂かれ大きく揺れた。
UPC側から警告を受けていたといえ、実際に出現したゾディアックのFRを前にして銀河側KVがあからさまな動揺を見せる。
「確かに強敵です。しかし‥‥決して倒せない相手ではありません。九州では俺を含めた12機のKVで『牡牛座』を墜としました!」
友軍の士気を保つべく、リヒトが呼びかけた。
「ぐっ――俺の命に代えても、死守してみせる!」
トヲイが照明銃を撃つと、一瞬明るく照らし出された格納庫の壁に姿無き敵機の「影」が浮かび上がる。
そこから位置の見当を付けたゲックが、イビルアイズの片手に持った大きな袋を投げつけ、ガトリング砲で撃ち抜いた。
周辺に飛び散る粉塵――プラント側に要請して準備しておいた産廃の海底泥である。
砲撃で細かく飛び散った汚泥が、嵐の中を飛行してきたFRの機体に張り付く。
「ズブ濡れな分、そう簡単には取れやしないぜ!」
再び姿を現わしたFRに対し、V字陣形の両翼を閉じる様にしてKV部隊の砲火が集中した。
今回の目的はFR撃破ではなく、あくまで時間稼ぎ。
だが、敵の実力を思えば防御に徹した所で喰われるだけだろう。
ならば――。
「攻撃は最大の防御。刺し違える覚悟で挑むまで‥‥勝負だ、ギルマン!」
予め格納庫内に並べたコンテナ等の遮蔽物を利用しつつ距離を詰め、機槍ロンゴミニアトによる一撃離脱を繰り返す。
『そんな動きではかすりもせんわ!』
機槍の間合いを読んで巧みにかわすギルマンを狙い、最大射程から試作リニア砲で狙撃。
『今のが本命か? そんな見え透いた――』
だが、これこそトヲイの狙っていた瞬間だった。
リニア砲を回避したFRの軌道をさらに先読みし、ブースト&超伝導アクチュエータ起動。試作剣「雪村」を実体化させ、一気に吶喊をかける。
その動きに感づいたFRは、バグア式機剣を振り上げカウンターの斬撃を浴びせてきた。
「肉を切って骨を絶つ――人間を舐めるな‥‥ッッ!!」
雪村の切っ先がFRの機体を穿った直後、敵の刃もまた雷電の装甲に食い込んだ。
「全身の骨が砕け様と、血反吐を吐こうとも‥‥堪えてみせる。ここを護りきれずに、何が能力者か‥‥!」
『ぬぅっ‥‥!』
至近距離から放たれたバグア式ガトリング砲の猛射が強引に雷電を弾き飛ばす。
横合いから斬りつけた仁のハイ・ディフェンダーを機剣で受け流し、FRは慣性制御による急加速で壁際のDA目がけ突進した。
●地下1階〜エレベータ前
「敵も機転が利くかも知れません。B1エレベーターの扉を開けて固定して置いて下さい」
警備室を出た紫は、無線でB5のCRに要請した。
中型サイズのキメラが侵入するとすれば、おそらく人間や荷役用のエレベータ。昇降路を伝って一気にB5まで侵入されるのを防ぐための対策だ。
「各員、階段とエレベーターに注意を。どっちから来るか分かりませんよ」
紫自身は扉を開放したB1エレベータホールの前に座し、じっと警戒していた。
やがてエレベータ内の天井が赤く灼熱し、背中にフェザー砲を埋め込んだ犬型キメラが飛び降りてくる。
(「‥‥相馬、道連れにするなら私にしておきなさい。2人は‥‥連れて行かせませんよ」)
覚醒した紫の周囲を黒い蝶が舞った。
敵が改造キメラと知れた時点で正面に立つのは避け、側面から月詠で斬りつける。
後方に待機していた守備隊の能力者達も、一斉にSES拳銃を撃ち始めた。
同じ頃、B2警備室前では誠と起太が階段から侵入した機械化キメラを迎え撃っていた。
作業服姿の緋桜は「逃げ遅れて怯える一般作業員」を装い、真弓を庇う形で抱き締める。
「そう、顔は上げずに‥‥私の陰に隠れてください」
小銃シエルクラインでキメラを射殺した起太は、その頭部に移植されたアイカメラに注目した。
「画像認識か‥‥もしかしてFRにもデータを転送しているのか?」
廊下の向こうからもう1体のキメラが近づいてくる。
「何でこんな所に敵が!? 鹵獲したKVは格納庫だろ!」
起太はわざと大袈裟に驚く様な素振りをしつつ、キメラへ銃口を向けた。
――遠隔でモニターしているであろうギルマンに見せるために。
●KV格納庫
守備隊のKVを蹴散らしてDAまでたどり着いたギルマンは、突如奇妙な行動を取り始めた。
機剣を振り上げ、足元に転がるDAを切り刻み始めたのだ。
(「何をやってるんだ、こいつは?」)
一瞬不審に思う傭兵達だが、すぐ敵の目的を悟った。
いかなFRでも、大破した鹵獲KVをまるごと運び出すわけにはいかない。
おそらく相馬が改造を加えた、バグアにとって人類側に入手されると不都合な部分だけを回収するつもりなのだろう。
「つまり、それまでは動けないってこったな!」
背後から接近したゲックが至近距離から対戦車砲を全弾叩き込む。
天井すれすれまでジャンプしたリヒトのディアブロは、ファランクス・アテナイの弾雨を浴びせつつ、Aフォース併用の機槍グングニルによる降下突撃。
タイミングを合わせ、なでしこもSESエンハンサー併用でM−12強化粒子砲を撃ち込んだ。
「墜ちろぉーーっ!!」
仁もまた雄叫びを上げハイ・ディフェンダーによる刺突を繰り返す。
集中攻撃により外装甲を傷だらけにされながら、FRはまだ倒れない。ステアー、シェイドには及ばぬといえ、やはりその防御力は怪物としか言い様がなかった。
やがてバラバラにしたDAの胴体部分を片手で抱え上げると、FRはバルカン砲を乱射して傭兵達のKVを牽制しつつ、宙を滑る様な高加速で侵入してきた上部エレベータ口まで移動。そのまま嵐の中へと飛び出して行った。
●L・H〜UPC本部
「ああ、そうだ。未来研にも連絡を取れ。投降強化人間保護プログラムを適用するから、その準備を――」
受話器を置いて大きくため息をつくエメリッヒ中佐に、部下の情報士官が輸送部隊出発を報告した。
「しかし、DAは残念でしたね。もし再鹵獲できていれば‥‥」
「いや‥‥彼らはよくやったよ。ゾディアックのFR相手に、萩原1人だけでも守りきったのだから」
吸い殻が山となった卓上の灰皿を見つめ、中佐がいう。
「勲章とはいかないが‥‥彼らの報酬に上乗せするよう、ULTに申請したまえ。その分は情報部で負担すると、な」
●海上EP
嵐が過ぎ去り晴れ渡った海上を、赤い夕日が染め上げていた。
FR撤退とほぼ同時に、プラント内に放たれた改造キメラ達も機械部分が自爆して全滅していた。
誠と真弓、そして傭兵達は上甲板に昇り、後はL・Hから迎えの輸送部隊を待つばかりである。
「綺麗‥‥」
おそらく何ヶ月ぶりかで見るであろう夕焼けの光景に、作業服姿の真弓が呟いた。
「最近‥‥誠は笑っていませんね」
「え?」
リヒトの言葉に、驚いた様に誠が顔を上げた。
「現実に理想が潰されて苦しい‥‥だけど、だからこそ笑うのです。自分を想ってくれる人のために‥‥自分が想う人のために」
「そう‥‥ですよね」
答えながら、誠は夕映えの海を眺める真弓を見つめた。
バグアの粛清を免れたといえ、強化人間の少女を待つ前途は険しい。おそらくこの戦争が終わるまで、彼女はL・H内の施設でUPCの監視下に置かれるだろう。
「ねえ、高瀬君。L・Hって、どんな場所なの?」
振り返った真弓に訊かれ、一瞬口ごもる誠。
だが間もなくにっこり笑い。
「いい所だよ。君も、きっと‥‥気に入ると思う」
(「こりゃ、あの嬢ちゃんは失恋だな」)
以前「山の分校」で会ったある少女の事を思い出し、ゲックは肩をすくめ苦笑した。
<了>