●リプレイ本文
●グリーランド南部〜UPC軍タシーラク基地
「こいつはひどいな‥‥」
救護所に運び込まれてきた傭兵達の姿を見るなり、正規軍の将校は憮然として呟いた。
重体者5名。重傷者2名。残りの3名もかなりの深手を負っている。
「重体者は直ちにゴットホープの病院へ運べ。他の者は、申し訳ないがこの場で応急手当を受けながら報告を頼む。一刻も早く『奴ら』に関する情報が欲しいのだ」
幸い、傭兵の1人が私物として装備していたデジタルビデオカメラが無傷で回収されている。
早速救護所のPCにケーブルで繋がれ、モニターに戦闘の記録画像が再生された――。
●その数時間前
「皆目理解出来ない、なぜ真冬に入学式を? この状況で軍は何を考えてる」
雪交じりの寒風が吹きすさぶ中、藤田あやこ(
ga0204)は指先で額を押さえ、眉根に皺を寄せた。
ここグリーランドは北部をバグア軍に占領され、しかも「カンパネラ」入学式会場予定地であるタシーラク周辺にはキノコ型の怪物体が頻繁に出現し、警備にあたる正規軍兵や傭兵に少なからぬ損害が出ているという。
常識で考えれば、のどかに入学式など開催できる状況ではない。
「グリーンランドの情勢悪化に合わせるような入学式‥‥バグアからすれば露骨なまでの挑発行為と映るだろう‥‥」
レールズ(
ga5293)もまた、UPC側の真意を計りかねていた。
「それにしても‥‥何故入学式の開催地が此処なんでしょう‥‥」
当のカンパネラ生徒である月影・白夜(
gb1971)でさえ、訝しげに周囲の雪原を見回しながら首を傾げる。
(「軍上層部に‥‥何かあるんでしょうか‥‥」)
疑い出せばキリがないが、各国要人を招いて華々しく挙行される今回の式典には、単なる入学式以上の重大な「秘密」があると見て間違いないだろう。
ともあれ傭兵として依頼を受けた以上、任務は任務だ。
そしてもう一つ気がかりなのは、なぜか能力者ばかりを狙い、幻覚による同士討ちを引き起こさせるという「怪物体」の存在である。
「何もしなくても寄って来るという話でしたよね。一般人と俺達の違い‥‥エミタやSESのエネルギーに反応して区別してるんでしょうか?」
辛くも生還した能力者兵の証言を思い出し、リュドレイク(
ga8720)が推測を述べる。
既にCWという前例が存在する事を思えば、バグア軍が新たな対能力者兵器を投入してきた可能性は充分にある。
「問題は『奴ら』が如何にして能力者に幻覚を見せているかって事ね‥‥」
今回の依頼目的は会場建設を妨害する怪物体の掃討だが、同時に未知のバグア新兵器に関する調査の意味合いも兼ねてる事を、鯨井昼寝(
ga0488)は強く意識していた。
今の所キメラともワームともつかぬ敵新兵器だが、「キノコの様だった」といわれるその形状から、傭兵達の間では「何か毒性の胞子を散布しているのでは?」という予想が主流を占めている。
そのため参加メンバーは通常の寒冷地用装備(ドラグーンのAU−KVには防寒装置が標準装備)に加え、胞子対策として各自が花粉症用のマスク等で鼻と口をガードしていた。
あやこはタオルを顔に当てアイマスクで固定する手製の即席マスク、白夜や翠の肥満(
ga2348)に至っては潜水用エアタンクを背負うという重装備だ。
レギュレータを口にくわえているため、喋るに喋れない。従って無線は受信のみ、意思疎通はハンドサイン等で行うことになる。
「しゅーこー、しゅーこー」
呼吸音のみを立てつつ、翠が親友であり弟子でもある雑賀 幸輔(
ga6073)へ手を振った。
「大丈夫ですか? 動き辛そうですけど」
「しゅー‥‥(牛乳飲みたい‥‥)」
ただしこれらは全て「胞子が呼吸器から体内に侵入するのを防ぐ」ための備えだ。もし敵の幻覚攻撃が「別の手段」で行われている場合は、殆ど意味をなさない事になるが。
「敵の正体がわからない‥‥殲滅するにもまずは相手を見極めないと始まらない‥‥待ちの策が吉と出るか凶と出るか‥‥」
幸輔は恋人の葵 宙華(
ga4067)と視線を交わし、互いに無言で頷き合った。
「――ともかく、作戦開始だ」
内陸部は完全な氷雪地帯。辛うじて人間の居住できる沿岸部でさえ凍土に覆われた冬季のグリーランドにおいてはあきこの持ち込んだジーザリオでの走行もかなわず、結局傭兵達は徒歩でタシーラク郊外を目指して移動と哨戒を開始した。
歩き続けること、およそ30分。次第に雪と強風が収まり、視界も開けてくる。
「やっぱり寒いわね‥‥流、あんたAU−KV貸しなさい」
道すがら、宙華が後輩の鮫島 流(
gb1867)にちょっかいを出す。
「え、いや、これはドラグーン専用なんですってば」
「ちっ‥‥使えない奴」
「姐さん酷い‥‥」
そんな会話を横で聞きつつ、同じドラグーンの白夜は乗り換えたばかりの新型AU−KV「ミカエル」を装着した己の掌を見つめた。
「この外側は随分寒いんでしょうね‥‥」
その時。
「――あれを見て!」
あきこの声に、全員の足が止まった。
前方数百mほどの白い雪原に、異様な円錐型の物体が林のごとく立ち並んでいる。
高さ2m余り、数はおよそ30前後。樹木や岩には見えない。
「どうやら、捜す手間が省けた様ですね」
翠がヘルメットに装着した小型ビデオカメラによる録画を開始。
傭兵達は迂回して風上へと回り込み、
A班:宙華、流、白夜
B班:昼寝、翠、リュドレイク、ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)
の2班に別れて慎重に「怪物体」への接近を開始した。
その間、あやこ、レールズ、幸輔は後方待機。付近の岩陰に身を隠し、あやこは双眼鏡で改めて「物体」を観察した。
その形状は噂通りキノコ、喩えれば「傘を閉じたベニテングダケ」といったところか。
ただしキノコでいえば傘にあたる部分の表面には黄色い小型アンテナらしきものが複数生え、明らかに人工的なそれは、キメラとは毛色が異なる様に思える。
「生物の様には見えないわね‥‥新手の小型ワーム?」
あやこはA班B班の仲間達に無線で警告を送るが、今の所幻覚症状を感じた者はいないという。
万一幻覚攻撃を受けた際の識別方法として、幸輔は自らのアサルトライフルに緑色のペイント弾を装填していた。
「緑のペイントを撃たれたら、幻覚を疑ってみてくれ。俺の意識が正常なら目安になるだろ」
仲間達にそう通信を送る。
リュドレイクは「探査の眼」を使い周囲を索敵したが、風下でじっと動かないワーム群以外に伏兵はなさそうだ。
「とりあえず奇襲は免れましたね。これで幻覚を抑えられれば‥‥」
片腕に弾頭矢を番えたライト・クロスボウを装着し、もう片手でエンジェルシールドを構えたハインが緊張した面持ちで囁く。
有効射程まで接近した傭兵達が、2方向から射撃武器による十字砲火を浴びせようとした、その矢先。
ふいにキノコの様なワームの「傘」が一斉に開くや、その内側から何か霞のようなものが湧きだした。
本物のキノコなら「胞子」にあたるであろうそれは、奇妙な事に風向きに逆らう形で、意志あるもののごとく能力者達を押し包んで来る。
「――っ!?」
次の瞬間、傭兵達は我が目を疑った。
たった今まで銃口の先にいたはずのキノコの群も、周囲の仲間達も姿を消し――いつの間にか、自分1人が傘を広げ、低空をクルクル回転するキノコ型ワームの群に取り囲まれている。
否。正確にいえば、彼ら1人1人が「キノコに包囲された」という幻覚に陥っていたのだ。
彼らの予想は半分正しく、半分誤っていた。
敵ワームの幻覚攻撃は確かに「胞子」に似た何かを媒介にして行われる。しかしその「胞子」は風向きに逆らうほどの自律推進機能を備え、しかもある程度の距離に接近すれば能力者の肉体に直接触れずとも彼らの視覚を狂わすことが可能だったのだ。
つまり、マスクやエアタンクによる防御は無効。おそらく全身を覆う化学防護服を着込んでいても結果は同じであったろう。
「こちら待機班、様子がおかしいです。注意してください!」
後方から友軍の異常に気づいたレールズが無線で警告を送る。
幸輔も仲間達に向け、合図のペイント弾を発射した。
「B班の鯨井よ。どうやら敵の幻覚にはめられたみたい――自分以外はキノコばかりだわ」
意外に冷静な昼寝の応答が返った。「幻覚」はあくまで視覚に対する干渉で、意識まで錯乱させる性質の攻撃ではないようだ。
「そっちからはどう見える? 可能なら敵の位置情報をちょうだい」
だがレールズがそれに答える余裕を与えず、傘を広げたキノコ型ワームが7、8機、クルクル回転しながら宙を飛んで岩陰の待機班へも向かってくる。
出発前にリュドレイクが推測した通り、敵はSES、もしくはエミタのエネルギーを追尾する何らかのセンサーを備えているらしい。
「飛んでるなら敵のはず‥‥傘を狙撃してみます」
アサルトライフルを構えるレールズだが、彼らの上にもあの「胞子」が粉雪のごとく覆い被さってきた。
まだ訓練生のドラグーンから、ベテラン傭兵まで――その場にいる全ての能力者が幻覚に囚われたまま、謎のワームとの交戦が始まった。
「同士討ち」という最悪の事態を防ぐため、傭兵達が考案したのはペイント弾や照明銃など、能力者にとっては殆どダメージのない武器と無線機の活用だった。
まず射程内のワームに向けペイント弾を発砲、「自分は味方だ」と返信があればそこで攻撃は取り止める。逆に無反応、もしくは反撃が来れば敵とみなし実弾による射撃に切替える。
ペイント弾を撃ち込まれた翠は、相手に照明弾を打ち返し自らの存在をアピールした。
「眩しいなぁ。誰よ?」
「失敬、僕です。撃たないでくださいね、折角のビデオが壊れたら困ります」
もはや不要となったレギュレーターを外して返信する。
これらの方法は同士討ちを避ける上で有効だった。しかし、本物の敵を見分けて攻撃に移るまで、どうしても後手に回ってしまう形となったが。
宙華はエマージェンシーキットの万能ナイフで自らの体を傷つけ、その痛みで幻覚から抜け出そうと試みたが、皮肉な事に能力者の超人的な肉体は、普通のナイフ程度でそこまでのショックを感じることができない。
いつの間にか周囲のキノコ型ワームは初めの3倍くらいに数が増えている。おそらく敵は幻覚により実体のない「影」を作り出すことも可能なのだろう。
ワームの傘に生えたアンテナ(らしきパーツ)が怪しく紫色に輝き、次の瞬間それは光の矢となって傭兵達に撃ち込まれてきた。
収束フェザー砲――プロトン砲に比べれば若干威力は落ちるといえ、HWにも標準装備されているバグア独自の知覚兵器だ。
未だ幻覚の中を彷徨い、敵味方の識別にやっきとなっている傭兵達目がけ、情け容赦なく紫の光線が降り注いだ。
「ぐぅっ‥‥!?」
ミカエルの装甲を貫き肉体を灼かれる苦痛により、最初に目を覚したのは白夜だった。
次いで流が、ハインが正気に戻る。
慌てて周囲を見回すと、仲間達は後方の待機班も含め、ワーム達に分断され殆ど一方的にフェザー砲の攻撃に晒されていた。
「中々厳しい状況ですね‥‥」
ハインはまだ幻覚に囚われている翠と昼寝に呼子で合図する一方、スキル併用による弾頭矢で「本物」のワームを狙撃した。
弾頭矢を受けたキノコワームは再び傘を閉じ、防御を固めてフェザー砲で反撃してきた。
「僕達の入学式‥‥邪魔はさせません‥‥」
ドラグーンの誇りを賭け、白夜と流はそれぞれM−121ガトリング砲、小銃「シエルクライン」のトリガーを引き続ける。
敵ワームの幻覚はCWの怪音波と違い、永続的なものではないようだ。
白夜達に続いて宙華が、やや遅れて翠と昼寝も幻覚から目覚める。
その時点で殆どの者が重傷状態だったが、傭兵達は各班ごとに固まり、互いの背中を守るようにして応戦を続けた。
翠のショートボウが放った弾頭矢が最後のキノコを撃破し、ようやく30機近い小型ワームを全滅させた。
しかし傭兵側の被害も大きい。特に20機を越すワームから集中砲火を浴びた前衛の2チームは、翠と昼寝を残し5名が重体で殆ど虫の息となっていた。
「しっかりしろ!」
自らの負傷も忘れて駆け寄った幸輔が、雪の上に倒れたまま身動きの取れなくなった宙華の体を抱き上げる。
撃墜されたワームは全て自爆していた。できれば破片だけでも回収して持ち帰りたいところだが、今は重体者の搬送が一刻を争うし、グズグズしていると能力者達の存在を嗅ぎつけ新手のワームが集まってくる危険もある。
取り急ぎあやこが錬成治療による応急手当を施し、余力のある者が重体者を背負う形で傭兵部隊はタシーラクへと後退した。
●未知なる脅威
「なるほどな‥‥」
戦闘記録のビデオ映像を停止し、正規軍将校が腕組みした。
「敵はキメラでなく小型ワーム‥‥しかも幻覚攻撃はガスマスクでも防御不能か‥‥厄介だな。視覚のみへの影響と判れば、対策の立て様もありそうだが‥‥もし他の種類のワームと連携されたらどうする‥‥?」
それから不思議そうに傭兵達の顔を見回すと、
「この記録を見る限り、幻覚症状から立ち直ったのは諸君らの中でも比較的傭兵経験の浅い者が早かった様だが‥‥何か理由に心当たりはあるかね?」
それは傭兵達にも答えようのない謎だった。
翠のビデオカメラが記録した映像、また昼寝のスカーフに付着していた「胞子」は直ちにタシーラクの地下にあるという研究施設(この存在も傭兵達には初耳であったが)に送られ、分析にかけられる事になった。
マインドイリュージョナー(MI)――UPCはキノコ型ワームに対しこう命名した。
来るべきグリーランドにおける大規模戦闘で、必ずや無視できぬ脅威になるであろうバグアの新兵器。
だが、その幻覚攻撃への抜本的な対策は、未だ見つかっていない――。
<了>