タイトル:【お節】明太子を守れ!マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/14 01:57

●オープニング本文


●プロローグ
 UPC本部食堂――それは、軍人、事務職員、傭兵たちのみならず、広く一般にも利用されている、一種の社員食堂である。
 そんな食堂の秩序を守り、纏め上げている人物――それが、飯田 よし江(gz0138)であった。

「いえ、ですから、無理です!」
「無理や無理やってアンタ、上に言うてもおれへんのに、やってみなわからへんやないの!」
 先生だって走り回っちゃう師走のある日、ヒョウ柄のセーターに身を包んだよし江は、UPC本部内の経理の姉さんに詰め寄っていた。
「傭兵の子らだって、今年は戦い通しやったやないの。労ってあげなアカン!」
 迫るヒョウ。タジタジで身を引く経理の姉さん。
「まあ落ち着きなさい。何の騒ぎですか」
 その様子に、偶々通り掛かったハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将が、何事かと仲裁に入った。
「ブラット准将! はあ‥‥実は、ULTに依頼を出そう思てるんですけど、承認が下りへんのです」
「依頼? どのような依頼ですかな?」
「それが、オセチの食材集めなんですわ」
 准将を前にして、少しずつ事情を話し始めるよし江。
 戦い赴く度、傷ついて戻ってくる軍人や傭兵たちに、せめて新年くらいは明るい気持ちで迎えてほしいと、食堂でオセチを出したいのだということ。
 そして、折角作るなら、皆で協力し合って各地の食材を集め、豪華なオセチにしたいのだということも。
「なるほど。偶には、そのような催しも良いかもしれませんな。兵の士気も上がる事でしょう」
 ブラット准将は、根気良くよし江の話を聞き終えると、一つ頷いてそう口にした。
「えっ‥‥ほな‥‥!」
「わかりました。私が承認し、ULTに食材集めの依頼を出しましょう。企画書を回してください」
「ありがとうございます!」

 こうして、ブラット准将の承認のもと、UPC本部食堂より、ULTに新たな依頼がもたらされたのであった。
 『オセチの食材募集。正月グッズ提供歓迎!』

●数日後、九州南部の某市
「さあ、てめぇら! いよいよ今年も師走だ。気合い入れていくぜっ!」
「おおーっ!!」
 ここ「(株)寺根津食品」工場では、年末のかき入れ時に向けて早朝から主力商品の「博多明太子」の生産に大わらわであった。
「博多って福岡じゃないの?」と不思議に思われる向きもあるだろうが、その福岡市は現在バグア軍の占領下に置かれている。福岡でも博多明太子の老舗と知られる同社であったが、バグア侵攻時に会社ぐるみで南九州へと疎開し、現在に至るもかつての伝統そのままに「博多明太子」の生産・販売に励んでいるのであった。
 無添加醤油、純米酒、唐辛子といった厳選素材を秘伝の方法で調合した出汁が旨さの秘訣である。
 ちなみに原材料であるスケトウダラのタラコは輸入物なので、製造場所は別に博多でなくとも構わないのだ。
 ともあれ暮れのお歳暮、そして年明けはお節料理の具と、この時期明太子の需要はぐっと上がる。会社の売り上げも大事だが、それ以上に長引く戦乱で荒んだ人々の心をせめてお正月だけでも和ませるため、工場長以下職人一同は今年も天下一品の「博多明太子」を増産しようと意気込んでいたのだが――。

「明けましておめでとうございますーーーーッ!!」

 朝の静寂を破るスピーカー越しのダミ声。
 何事かと外に出た職人達の目に、工場の玄関付近に止まったスピーカー付きの黒いワゴン車。そしてその屋根に仁王立ちとなってハンドマイクでがなり立てる男の姿があった。
 年齢は判らない。蟹をモチーフにしたような仮面‥‥というか被り物で顔の上半分を隠し、身の丈190cm近い筋骨隆々の逞しい肉体。
 ‥‥問題は、彼が褌一丁のほとんどマッパに近い姿であることだ。
 股間のあたりに、蜜柑に伊勢海老、扇をあしらった関東風注連飾りをくくりつけている。
 ‥‥寒くないのか?
「うわっ! へ、変態っ!?」
「変態ではない、強化人間と呼べ! 我が名は『正月魔人』――偉大なるバグアの命により、貴様ら下等な人類から正月の愉悦を奪い去るのが我が使命!」
「はぁ? 何いってるんだてめえ? まだ年は明けてないだろうが。来年のことを話すと鬼が笑うぜ!」
「ならば問う。貴様らはなぜ、年が明けないうちに年賀状を出す? しかも文面には『明けましておめでとうございます』だの『謹賀新年』だの書くだろうが!」
「え? だってそりゃ、年内に出さないと元日に届かな――」
「語るに落ちたな。それ、者どもかかれっ!」
 正月魔人の号令と共に、ライトバンの中からそれぞれ海老、蒟蒻、イクラを模したキメラ達が飛び出し、止めようとした警備員を蹴散らし工場へと迫る。
 さらにどこから取り出したのか、正月魔人が羽子板型ランチャーから羽根付きのロケット弾を発射すると、工場の庭に派手な爆煙が上がり、工員や職人達は慌てて建物の中に避難した。
「フハハハッ! 貴様ら下等生物が正月を祝おうなど百万年早い! まあ初日の出代りにせいぜいバグア本星でも拝む事だな!」
 車の屋根で、ふんぞり返って呵々大笑する正月魔人。
 だが、ふんぞり返りすぎた拍子に注連飾りの重みで褌がポロリと落ちた。

●L・H〜未来科学研究所
 TVのニュース画面がプツリと途絶え、お花畑を背景に「しばらくお待ち下さい」という静止画像に切り替わった。
「‥‥何だったんだ? 今のは」
「さあ‥‥暮れになると、妙な変質者が出没しますからなぁ」
 半ば呆れ、半ば気の毒そうな顔つきで口々にいうと、彼ら医療セクションのスタッフは何事もなかったかのように朝の業務へと戻った。
「‥‥」
 ナタリア・アルテミエフ(gz0012)もまた、務めて平静を装いつつ、自分のデスクに戻りPCの電源を立ち上げた。
 正確にいえば、何やら胸騒ぎを覚え「この件には関わりたくない」と気づかぬフリをしていたのだ。
 だがそんな彼女の肩をポンと叩く者がある。
 上司の蜂ノ瀬教授だ。
「ナタリア君。見たろう? 今のニュース」
「え? ええ‥‥典型的な変質者ですわね。迷惑な話ですわ‥‥」
「『バグアの強化人間』と名乗ってたじゃないか。キメラみたいのも連れてたし。‥‥そういうわけで、君ちょっと退治に行ってくれないか?」
「いえあの、私、変態の相手はちょっと‥‥」
「‥‥私は博多明太子に目がなくてねぇ」
 蜂ノ瀬はナタリアの言葉なんか全然聞いてない。
「普段のメシもそうだが、特にお節料理にアレがないと、正月を迎えた気がせんのだよ」
「はあ‥‥」
「本部でも『お節の食材が足りない』と依頼が出ていただろう? それとも何かね? 君は自分さえ良ければ、L・Hの傭兵諸君が‥‥いや日本全国の人々が正月を祝えなくなってもいいと?」
 そこまでいわれてしまうと、さすがに断り切れないナタリアであった。

 ていうか教授、あんた自分が博多明太子食べたいだけじゃないのか?

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
張央(ga8054
31歳・♂・HD
宮明 梨彩(gb0377
18歳・♀・EP
シヴァー・JS(gb1398
29歳・♂・FT
翁 天信(gb1456
13歳・♂・SF
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
神凪 刹那(gb3390
15歳・♀・SN

●リプレイ本文

●人、それを変態という
「(株)寺根津食品」からの緊急通報を受けた能力者達が、とるものもとりあえず九州の辛子明太子工場へと駆けつけたとき、工場の庭先からはしきりと爆発音や「キキィーーッ!」という奇声、さらには中年オヤジと思しきダミ声の高笑いまで聞こえ、容易ならぬ事態であることは外の道路からでもすぐに判った。
「まあ年末は、事件が多い時期ですけど、よりによって変態ですか? 厄介ですねえ」
 敵の姿を見る前にもううんざり――といった面持ちで、神森 静(ga5165)がため息混じりに呟く。
「私、変態って大嫌いなんです。え、変態じゃなく正月魔人? 変態魔人の間違いでしょう?」
 赤と青のオッドアイを光らせ、神凪 刹那(gb3390)もクールな口調でいう。
 対照的に、翁 天信(gb1456)は闘志満々である。
「ご飯の友四天王である明太子の工場を襲撃するとは‥‥変態許すまじ!」
 ちなみに残りの三天王は何であろうか? 海苔、佃煮、納豆、キムチ、沢庵‥‥いやそんな事はこの際どうでもいいが。
「あんな変態な人に明太子を台無しにされるなんて許せない!」
 今回が傭兵としての初依頼となる宮明 梨彩(gb0377)が、拳を握り締め決然と言い放った。
「おせちから無くなるのは寂しいし、年末の年越しラーメンにあの九州とんこつラーメンのお店の全部乗せが食べられないなんて最悪です!」
 どうやら彼女、明太子には個人的にも思い入れがあるようだ。
「日本は九州の地に、博多明太子なる美味ありと熱く語る同僚がおりましてね。興味を持って来てみた訳ですよ」
 と、のんびりした口調で張央(ga8054)。
 現在、福岡の地はバグア占領下にあるといえ、いまもって博多明太子は明太子のブランド品だ。
「では年の瀬の大掃除も兼ねた変態退治を始めようか!」
 白鐘剣一郎(ga0184)の言葉を合図に、いよいよ工場の門から敷地内へ乗り込もうとする傭兵達だが――。
「あら、赤崎羽矢子(gb2140)さんはいらっしゃらないのですか?」
 未来研から応援として派遣されたナタリア・アルテミエフ(gz0012)が、手元にある今回の参加者リストを照合しつつ首を傾げる。
「さっきまでいたんですけどねぇ‥‥?」
 シヴァー・JS(gb1398)も辺りを見回すが、移動艇を降りるまで一緒だった羽矢子の姿は忽然と消えていた。
 ともあれ、事態は一刻の猶予も許されない。
 彼女を捜すのは後回しにして、能力者達は九州名産、そしておせちの食材・明太子を守るため工場の門を潜った。

●師走の平和を乱す者
 工場の敷地に踏み込むなり、梨彩はまず正月魔人が乗ってきたというワゴン車を捜した。タイヤをパンクさせるなどして逃走防止の工作を施したかったのだが、残念ながら車は庭の奥へ移動してしまったようだ。
 やむを得ず、次は周囲にトラップ・時限爆弾等が仕掛けられてないか「探査の眼」を使い確認。
「あの変態にそんな頭脳はないと思いますけど、念には念を入れておかないといけませんしね」
「まぁ、それはそうで‥‥」
「あ。ありましたわ!」
「は? 見つかった?」
 梨彩の言葉にシヴァーは驚く。というか全員がとても驚く。
 ――入り口付近の地面に大量にばらまかれた画鋲。
(「小学生の悪戯かよ‥‥」)
 思わず脱力し、ガクっとモチベの下がる一行。しかし明太子を、来年のおせちを守るため気分を奮い立たせると、画鋲を足で蹴飛ばしさらに奥へと進む。
 間もなく庭の向こうにTVニュースにも写された黒のワゴン車が、そしてその屋根に――いた。
「うげっ‥‥本物の変態ですわ」
 ひと目見るなり、気分を悪くしたように両手で口許を押さえる梨彩。
 無理もない。蟹型マスクで顔の上半分を隠し、褌一丁の姿でふんぞり返ったオッサンの尻がいきなり目に飛び込んだのだから。
「うぬっ。貴様らは!?」
 変態、もとい正月魔人も傭兵達の姿に気づいて振り返った。かなり鍛え込んだ筋肉質だが、体型や肌の色から判断して、どうやら日本人らしいが。
「ぬぅ。ワシの仕掛けた死の罠を突破してくるとは‥‥敵ながら天晴れ!」
(「あんなのに引っ掛かる奴がいるか――っ!?」)
 思わず全員で怒鳴りたくなるが、そこはじっと堪え。
「貴方に怨みはありませんが――いえ訂正します。今怨みができました。目の毒です精神に毒です。とにかく天誅を」
 淡々とした口調の中にも怒りを込めつつ、覚醒した刹那の瞳が紫へと色を変える。
「食文化を危機にさらす輩は誅戮あるのみ‥‥」
 やはり覚醒で両眼を紅く輝かせた張央が機械剣αの鞘を払った。
「それにしても日本の正月はアグレッシブですな」
(「それは誤解だ‥‥」)
 日本人の1人としてやるせない思いを抱きながらも、剣一郎は月詠と機械剣「莫邪宝剣」の二刀流を構え魔人を睨んだ。
「美味い明太子の邪魔はそこまでにして貰おう」
「ぬはは、猪口才な! おまえらの相手をするのは、我が忠実な僕達よ!」
 魔人が手招きすると、それまで工場に向かっていた海老・蒟蒻・イクラの3キメラが「キィーッ!」と奇声を上げて引き返し、主を守る様に立ちふさがった。
 対する傭兵側もスパークマシンαを構えたナタリアを後衛に下げ、いよいよ両者の戦闘が始まろうとした、その時‥‥!

●敵か味方か? ミス・レッド参上!
「――とぅっ!!」
 工場の屋根を蹴って宙に舞う黒い影。それは空中で膝を抱えて一回転し、キメラの背後、魔人のちょうど目の前にシュタッ! と着地した。
【蓬莱】掃霞衣の上に戦闘用旗袍を重ねた中華風装備に、近頃L・Hで評判の『ナイト・ゴールドマスク』。
 仮面の女は【OR】鉄パイプに板を取り付けた自作の羽子板を、バグアの怪人にビシっと突きつけた。
「あたしの名前はミス・レッド。互いのマスクを賭けて正月魔人に羽根つき勝負を申し込む!」
(「あの人、赤‥‥」)
(「羽矢‥‥さん?」)
 そんな囁きが傭兵達の間からヒソヒソ洩れるが、とりあえず固唾を呑んで「彼女」の行動を見守る。
「ぬぅ‥‥その姿‥‥」
 正月魔人も警戒するように一歩後ずさった。
「さては貴様――中国から来た変態かぁ!?」
(「おまえだけには言われたくないっ!!」)
 羽矢子、もといミス・レッドは内心で叫んだが、ここで怯んでは負けである。
「ふっ。正月魔人の癖に羽根つきを逃げるとは片腹痛い。所詮バグアに正月の楽しみを奪うなんて無理って事ね」
「何だとっ!? よかろう――少々早いが、正月前の軽い腕慣し。かかって来るがよい!」
 車から飛び降りるとロケットランチャーとして使用していた羽子板を握り直し、人差し指でクイクイ差し招く。
 っていうか、来年も現れる気なのか? このオヤジは。
「ふふ、後悔しないことね? 幼い頃に『羽矢ちゃんと羽根つきすると顔を真っ黒にされる〜』と近所の悪ガキに畏れられたこの羽矢子さ‥‥げふん。あたしの名はミス・レッド。今の話とは関係ないから!」
「いっておくが、この羽根は爆弾も兼ねておる。正確に打ち返さないとその場で爆発するから、覚悟せい!」
 かくしてミス・レッドvs正月魔人のデンジャラスな羽根つき勝負が始まる一方で、工場の庭では能力者達と3キメラの死闘が幕を開けていた!

●3大キメラ・南国の決闘
「足止めとは言うが‥‥仲間の援護を待つまでもない。俺が貴様を捌いてやる」
 3キメラの中では一番戦闘力の高そうな海老キメラに間合いを詰め、剣一郎が宣告した。
 ちなみに「裁く」の誤りではない。料理の腕にも自信のある彼は、巨大な伊勢海老にも似たキメラを文字通り捌いてみせるつもりだった。
「包丁捌きは手馴れたものだからな」
 序盤はキメラの繰り出す鋭い鋏を二刀で受け流しつつ、相手の動きを見極める。
 ずんぐりした体型に似合わぬ俊敏さ。加えて固い甲羅による防御も高そうだ。
「確かに素早いな。その姿も伊達ではないか」
 ある程度動きの癖をつかめたところで、剣一郎も攻めに転じた。
 わざと隙を見せ、海老が突っ込んできた所を狙い――。
「天都神影流・斬鋼閃」
 スキル急所突きを発動、鋼をも断つ剣閃一刃をカウンターで叩き込む。
 敵が怯んだ所でさらに豪破斬撃を用いた「天都神影流・降雷閃」で追い打ちをかける。
「ギィーーッ!?」
 さすがに相手が悪いと悟ったか。
 海老キメラはクルっと横を向き、そのまま逃走を開始した。
 ‥‥ちょうどイクラキメラを相手にしている女性傭兵達の方向へ。

 張央、シヴァー、天信は蒟蒻キメラの担当だった。
「短期決戦といきましょうか。変態が後に控えてますからな」
「取り巻きに時間をかける訳にはいきません。行殺‥‥もとい秒殺といきましょう」
 板蒟蒻を巨大化させ短い手足を生やした様なキメラ目がけ、張央とシヴァーがそれぞれ機械剣αと蛍火で斬りかかっていく。
 キメラの動きは鈍く攻撃もよく当たるのだが、プルプル弾力性のある体が物理攻撃を吸収するらしく、刃物系の武器を使用する3人にあまり相性の良い敵とは言い難い。
 それでもナタリアから錬成弱体の支援を受けつつ、3人は果敢に手数で勝負を仕掛けていった。
「いただきます! ‥‥じゃない、行きます!」
 張央のサポートを務めつつ、なぜか飢えた目をギラギラさせた天信が素早く側面に回り込み、キメラの片脚をファングで抉る。
 さらに布斬逆刃でその威力を知覚攻撃に変えた張央の刃が、追い打ちをかけた。
「肉を斬らせて骨を断つっ!」
 いや、骨はないけど。
 ガクっと傾き動きを止めた巨大蒟蒻に傭兵達の刃が降り注ぎ、文字通りなます切りに切り刻んだ。

「この忙しい時期に、余計な手間かけさせて、覚悟は、できているんだろうな?」
 覚醒により銀髪に変わり、性格も冷酷に豹変した静は、氷の女王のごとく冷然と告げるやイクラキメラに対し月詠の刃を振った。
 大粒のイクラが葡萄のごとく集合した群体生物ともいうべきキメラは、仲間の蒟蒻とは対照的に刃物や銃弾の攻撃を受けると他愛もなくブチブチと潰れていく。
 ただし体を幾つかに分離した状態で挟み込むような形で体当たりをかけて来るので、威力はともかくプヨプヨひんやりした感触が気色悪いことこの上ない。
 梨彩が勇気を出してイアリスで突き刺すと、「ブチッ」という音と共に潰れてキメラの体液が体に降りかかってきた。
「きゃあっ!?」
 慌てて走り寄ったナタリアが錬成治療を施そうとするが、梨彩の体にはこれといってダメージもない。どうやら毒性のない、単なるイクラ汁のようだ。
「イクラって潰すと汁が‥‥、べとべとになるんでしたよね‥‥」
 不定形の敵に対し、ブラッディローズの散弾で広域射撃を加えつつ刹那がいう。
 その瞬間、一陣の赤い疾風が吹き抜けた。
 剣一郎から逃れてきた海老キメラが、ついでとばかりに女性能力者達の衣服を切り裂いて行ったのだ。
「いやぁあ〜〜っ!!」
 ナタリアが白衣の袂を押さえ、ペタリと座り込む。
「こちらは、見ないで下さい。敵の方に集中して下さい」
 赤面した静は、それでも怯まず戦闘を続行。
「負けません! イクラの体液でヌレヌレになろうと、海老に服斬られようと、明太子は守り抜きます!」
 梨彩もまた、レイシールドで前を隠しつつ、果敢にイアリスを振う。
「変態が連れて来たキメラも変態なんですか‥‥」
 怖いくらい満面の笑みを湛えた刹那が、ブラッディローズの零距離射撃を海老にお見舞いした。
「この変態海老‥‥。貴方の殻も剥ぎ取ってあげましょうか? ねぇ?」
 その必要はなかった。
「大丈夫か、怪我は?」
 恋人のナタリアの肩にジャケットを掛けてやった剣一郎が、再び海老と対峙する。
「貴様はやってはいけない事をした。最早後悔する間も与えん」
 その全身から、怒りの炎のごとく赤いオーラがゆらぁ‥‥と立ち上る。
「悪・即・斬!!」
 天都神影流「奥義」白怒火――紅蓮衝撃&豪破斬撃&急所突きを同時発動し、如何なる物をも両断する紅の一閃が虚空を走るや、海老キメラの頭から尻尾までを見事真っ二つに両断していた。

●明太子防衛戦・決着!
(色んな意味で)手こずったものの、3体のキメラを葬り去った傭兵達は直ちに庭の奥、正月魔人の元へと急ぐ。
 相変わらずミス・レッドと羽子板勝負を続ける魔人にシヴァーが叫んだ。
「そこの正月に備えて門松を購入した帰りと思しき老夫婦! 正月を目の敵にしている不審人物が居るのですぐ避難して下さい!」
「なにっ? 下等生物の分際で正月の支度とは不届き千万ッ!」
 一瞬気を取られた魔人の顔面をミス・レッドの打ち返した羽根が直撃、爆発を起こす。
「ぐおおっ!?」
「いや、まさか今時こんな手に引っ掛かるとは‥‥」
 呆れ果てるシヴァー。
「ぬぬ、卑怯な‥‥真剣勝負に水を差すとはっ!」
「変態相手に正々堂々戦う気なんて無いっ!」
 隙アリと見たミス・レッドが、羽子板の【OR】鉄パイプで正月魔人の腰を飾る注連飾りを急所突きで一撃。
「ぎょわら!?」
 奇怪な悲鳴を発し、魔人は股間を押さえピョンピョン跳びはねた。
「年貢の納め時だ。貴様らに正月を妨げさせはしない!」
 剣一郎の合図と共に、一斉に変態怪人をフクロにする傭兵達。
「‥‥ナタリアさん、練成強化お願いしてもいいですか?」
 にっこり笑ってアラスカ454を差し出す刹那に、
「ええ、どうぞ」
 やや強ばった微笑を浮かべ、ナタリアも快く強化を施す。
「それではさようなら変態魔人さん」
 次の瞬間、刹那の全スキルを注いだ45口径弾が魔人へと叩き込まれた。
「ぬぉおお! 何の、これしき!」
 腐っても強化人間。これだけの攻撃を受けてもなお立ち上がり、意味もなくマッスルポーズを決めるが、その直後剣一郎の放った天都神影流・斬鋼閃を浴び、背後のワゴン車まで吹き飛ばされる。
「うむむ‥‥今日の所はこの辺で許してやるわっ!」
 どの口でいうか? という捨て台詞と共に運転席へ飛び乗るや、そのまま急発進し、凄いスピードで走り去った。
「逃げられたか‥‥」
 悔しげに呟く剣一郎だが、ともあれ明太子工場は守られたのだった。

 その後服を裂かれた女性達は工場の女子更衣室を借りて着替え、傭兵達は壊された建物の修理や庭の後片付けを手伝った。
 マスクを脱いだ羽矢子が何食わぬ顔でメンバーの中に戻っている事については、あえて誰もツッコもうとしなかったが。
「いやあ、危ない所を助かりました。御礼と言っては何ですが‥‥」
 工場長と職人一同が深々頭を下げ、L・Hへの納品物とは別に高級博多明太子のパックを傭兵達に配った。

 ところで倒されたキメラ達の死骸はどうなったであろうか?
 一説には天信が何やら大きなビニール袋を抱えて帰還したとも、
「蒟蒻はステーキ、イクラは炊き立てのご飯にのせて、海老はフライにでもしようかな〜♪」
 と楽しげに呟いていたとも伝えられるが、全ては謎である。

<了>