●リプレイ本文
●グリーランド南部〜タシーラク
かつては極北の小さな町に過ぎなかったタシーラク。いまやその地下に建造されたアンマサリク研究所の存在、及び各国要人を招いて挙行されるカンパネラ入学式により一躍世界の注目を集める土地となっているが、それは皮肉にもグリーランド北部を占領したバグア軍の最優先攻撃目標となる事をも意味していた。
来るべきバグア軍の本格攻勢を前にして、タシーラク周辺に配置された敵の新型ワーム「マインドイリュージョナー(MI)」をより多く破壊しておく必要がある。
朝方から吹き荒れるブリザードが収まるのを待って、傭兵達のKV10機は陸戦形態でタシーラク北方への移動を開始した。
「今回のMIは幻覚をみせるという戦術をとると同時に、収束フェザー砲を有する砲台ともいえるわけだ。これにFRの瞬間制圧能力とCWの電子戦能力が組み合わさったら最悪の連携となるな」
がっしりした雷電の脚で雪原を踏みしめ、緑川 安則(
ga0157)はグチをこぼしつつもレーダーと目視で周辺を警戒した。
そう。壊滅した先発の正規軍部隊から唯一生還したウーフー搭乗員の証言によれば、MI掃討にあたったKVを妨害するためCW、そしてゾディアック「蟹座」――ハワード・ギルマン(gz0118)のFRまで出現したという。
「どうにも半端なくハードねぇ、全く」
S−01改の操縦席から一面の銀世界を望みつつ、皇 千糸(
ga0843)も思わずため息をもらす。今回の任務はFR撃墜ではないが、こちらがMIを掃討しようとすれば向こうから妨害してくるのは確実であろうし、ましてメインの目標であるMIじたいが未だ多くの謎に包まれたワームなのだ。
「視界を媒介にした幻覚攻撃か‥‥」
R−01搭乗の時任 絃也(
ga0983)は、生身でMI掃討任務にあたり、大きな損害を被りつつも生還した別の傭兵部隊による報告書を思い返した。
2mの巨大キノコと見まがうMIは、実物のキノコさながらに傘の下から胞子を散布し能力者を幻覚に陥れる。ただしその胞子はある程度の距離に接近した時点で効果を発するのでガスマスクはもちろん、KVの防塵フィルターさえ身を守る役には立たない。
なお先発隊が回収した「胞子」はアンマサリク研究所で分析中だが、現段階では「人類には未知の技術で製造された超小型機械」という事くらいしか解っていないという。
「‥‥考えた所で門外漢な俺には手に余るか」
今の所CWからの怪音波は感知されないが、南方にバグアの一大拠点を抱えたグリーランドは常時強力なジャミングに晒されている。それでもレーダーや無線機が正常に機能しているのは、赤崎羽矢子(
gb2140)のウーフーによるジャミング中和の恩恵だ。
真っ先に狙われやすい虎の子の電子戦機だけに、ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)の雷電が羽矢子機とペアを組み直衛にあたっていた。
「幻覚キノコか‥‥なんだか秋にクマに殴られた恨みがあるような‥‥いや、関係ないか」
他のKV8機も2機ごとにペアを組み、ウーフー班の前後左右を守る十字型の陣形で一行は前進する。
「しかし全員から守られてお姫様みたいだね。そこまでか弱いつもりもないんだけども」
と、思わず苦笑いする羽矢子。
「幻覚とは厄介ですね。ここで何らかの手掛かりは掴みたいところです」
安則と組んで前衛に立つアンジェリカの中で、ティーダ(
ga7172)が覚醒した猫目を光らせて油断なく周辺を警戒した。
吹雪が止んでいるため視界は良好だが、目に入る光景はただ周囲を覆う白い雪と灰色の空。
「この雪でMIも埋もれてしまったかな? ただでさえ面倒な相手、またそれに面倒な奴が出てくるかもしれないというのに‥‥」
メンバー中では漸 王零(
ga2930)と並びエース級の実力を誇る南雲 莞爾(
ga4272)さえも緊張を隠せない。
ましてや生来の引っ込み思案に加え、能力者としての経験も比較的浅いミスティ・グラムランド(
ga9164)に至っては、
「そ、その‥‥新鋭機と対峙するのは初めてで、その‥‥」
ガチガチになっている。
それでも覚醒による高揚感で精神を奮い立たせ、
「わ、私が何処まで戦えるかは分かりませんけれど、その、粉骨砕身の覚悟で臨みますですっ!!」
気を取り直しディスタンの操縦桿を握り締めた。
「可能なら、まずCWから排除したいですね‥‥」
絃也と並んでディアブロで進む大和・美月姫(
ga8994)が、KVに標準装備されたノクトビジョンで改めて雪原を探査しようとしたとき。
モニター画像が乱れ、激しい頭痛が能力者達を襲った。
たれ込めた雲を突き破り、5機のCWが円を描いてゆっくり周りながら降下してくる。
「――来たかっ!」
CWのジャミング範囲には個体差もあるといわれ、未だにはっきりしないが、地上のKVを攻撃するには敵もそれなりの低空に降りる必要があるのだろう。
KV部隊はスナイパーライフル等の長射程兵器を構え、頭痛に耐えながらCWが射程内まで降下してくるのを待った。
「一番厄介なのはお前さんたちなのでね」
安則の雷電を皮切りに、頭上数十mまで迫った立方型の小型ワーム目がけて一斉に対空砲火を打ち上げる。
敵の怪音波のためなかなか命中しないが、それでも集中砲火により1機、また1機と撃墜し、徐々にKVのレーダー機能も回復してくる――はずだった。
「‥‥!?」
レーダースクリーンを注視していた羽矢子は、妙な違和感を覚えて目を擦った。
CWの数が減るに従い確かにレーダーは回復しつつある。にもかかわらず、目の前のスクリーンが――というよりコンソール盤じたいがぼやけてよく見えない。
彼女だけではない。KV各機のパイロット達は、周囲を肉眼で見回した途端、心臓が止まるほど驚いた。
ついさっきまでウーフー中心に陣形を組んでいたはずの僚機が姿を消し、その代りあの忌まわしい赤い悪魔――FRがズラリと周りを囲んでいたのだ。
千糸は慌ててIFFを確認したが、やはり視界がぼやけてモニターの表示じたいが読み取れない。
「うはぁ‥‥参ったわね、これ」
だが意識ははっきりしている。喩えていえば、度の合わない眼鏡を無理やりかけさせられたような感じだ。本物の幻覚キノコと違い、脳ではなく視神経のみに直接干渉してくるらしい。
「大体でいいから移動するなら方向と距離教えて! 互いの位置を把握して同士討ちだけは避けるよ!」
幸い無線(声)によるコミュニケーションは可能だ。羽矢子はウーフーのデータリンクを介し、僚機に警戒を呼びかけた。
千糸は故意に狙いを外し、回避速度など相手の反応により敵味方を識別した。
「今、足元に実体弾が飛んできた人いる? ‥‥よし、いないならアレは敵ね!」
無線で確認後、左側面のFRに長距離バルカンの砲撃を浴びせると、鈍い爆発音に続いて何かが地面に落下する音が聞こえた。
「ま、本物のFRならこう簡単にやられるはずないか‥‥」
王零と莞爾の場合、いちいち確認の必要はない。最後列に位置していた彼らから見て、後方に見える幻覚は無条件で攻撃して構わないからだ。
(「やけにあっさりCWが現れたと思ったが‥‥ひょっとして罠か?」)
スラスターライフルの掃射で幻も実体もまとめて叩き落としつつ、嫌な予感が王零の脳裏を掠める。
間もなく予感は現実となった。
「厄介だねえ。幻覚という攻撃は。新型の電子戦機にはこいつの対策をしてほしいものだ」
ぼやきながらも安則が前方のFRをSライフルで撃とうとしたとき。
『自ら死地に踏み込むとはな。勇気と無謀の区別もつかんのか? 貴様らは』
淡紅色の閃光と共に、雷電の機体が衝撃に揺れた。
「ハワード・ギルマン(gz0118)!?」
傭兵達の間に衝撃が走る。
やはり「奴」は来た。CWの怪音波、MIの幻覚攻撃の混乱に乗じて光学迷彩で忍び寄っていたのだろう。
「無茶は承知だ。だけどな、今は貴公の相手をしている余力がない。戦略目標はMIなんでな。妨害するなら邪魔させてもらう」
『あいにくだが、それを妨害するのが俺の任務だ』
安則はティーダを庇いつつ超伝導アクチュエータを起動、ライトニングハンマーの一撃を狙うが、その寸前に再びFRは光学迷彩で姿を消し、虚空から放たれたプロトン砲の光条が再び雷電を打ち据えた。
対FRを担当する王零と莞爾も前衛に出るが、肝心のギルマンの居場所が判らない。
周囲を取り巻くもの、全て「蟹座」のFR。
敵か? 味方か? それともただの幻か――?
無数のFRが、KV兵装でいえばウィンドナイフに似た短剣状の近接武器を振り上げた。
特殊部隊の兵士のごとく接近するなり、一斉に傭兵側KVへと斬りつけて来る。
傭兵達は鈍い衝撃と自機の装甲が切り裂かれる忌まわしい音を感じたが、いったいどれが「本物」の攻撃なのか区別がつかない。
MI対策のため密集した陣形を取ったことも災いし、瞬く間にKV各機のダメージが蓄積していく。
もはや全滅は必至かと思われた時――。
「‥‥え?」
最初に正気に戻ったのはミスティだった。
見回せば周囲の雪原のあちこちにぽっかり穴が開き、そこから低空に浮き上がった50機近いキノコ型ワームから盛んに胞子が散布されている。
そして初めの通り羽矢子のウーフーを中心に陣形を組んだ友軍機に対し、ギルマンのFRが一撃離脱の攻撃を繰り返していた。
「王零さん、あなたの右前方にFRがいます!」
急ぎ警告の通信を送り、自身はウーフーを守るためセミーサキュアラーを構える。
その異変に、まずギルマンが気づいた。
『貴様っ、なぜ幻覚が効かん!?』
ミスティ機を潰すため方向転換したFRの横腹を、王零のハイディフェンダーの切っ先が抉った。
「久しぶりだな‥‥ギルマン‥‥元気そうで何よりだ」
ひとたび居場所を見破れば、たとえ幻覚に紛れ込もうと能力者の優れた動体視力は見逃さない。
「悪いが汝の思い通りにはさせないよ‥‥漸王零‥‥闇天雷推して参る!!」
再び繰り出された王零の斬撃を、ギルマンのナイフが辛くも弾いた。
その頃には、ミスティに続いて美月姫も幻覚から解放されていた。
「周りはMIばかり‥‥やっぱり、CWは囮だったんですね」
なぜ自分達が先に目覚めたのかは判らないが、ミスティと美月姫はまだ幻覚に囚われた仲間達のため、ウーフーのデータリンクを介して敵味方の正確な位置情報を送り始めた。
『――させるかっ!』
情報の要であるウーフーを狙ってFRのプロトン砲が放たれる。
だが凶暴な光の槍は、電子戦機のレドームを破壊する前にジュエルの雷電が身を以て受け止めていた。
この瞬間から戦況は一変した。
王零、莞爾、安則、ティーダの4機が位置の判明したFRを足止めし、他の6機が周囲のMI掃討を開始する。
目隠ししたままチェスを指す様な戦いだが、羽矢子からの通信だけに神経を集中させれば幻覚に惑わされる事もない。
「まったく、コイツらがいる限りオレらは絶好の的ってわけだな!」
ジュエルがヘビーガトリングを乱射すると面白いようにMIが撃墜されていった。
MI側も収束フェザー砲で反撃するが、所詮は小型ワームの哀しさ。KVの敵ではない。
「こうも数が多くては、単体で弱かろうが意味が無いな、鬱陶しいかぎりだ」
絃也もまた、美月姫と連携しバルカン砲でMIを墜としていく。
一方、対FR班の持久防衛戦も凄絶を極めた。
MIの幻覚を破られたといえ、FRが怪物機であることに変わりはない。しかもギルマン機の性能は、明らかにアジア決戦当時のそれを上回っていた。
「これを受けてみなさい!」
ティーダはM−12帯電粒子砲を撃ち込むが、これはいわば見せ球。
易々と回避し斬り込んできたギルマンのナイフを機盾アイギスで受け、それでもなお機体を軋ませるダメージに歯を食いしばりつつ――。
「これも‥‥、耐えられますか?」
カウンターの一撃。SESエンハンサー併用の練剣「雪村」を叩き込む。
『‥‥!』
ツインブーストをかけ、なりふり構わず回避するギルマン。
『さすがに今のを食らってはシャレにならんな――だが、遅いっ!』
雪村装備のアンジェリカを「脅威」と見たか、目にも止まらぬ速さで間合いを詰めると続けざまにナイフで斬りつけてきた。
メトロニウムの装甲を裂いて吹きだしたオイルが、黒い血のごとく雪原を染める。
戦闘不能に陥ったティーダを間一髪で救ったのは、莞爾による後方からの支援砲撃だった。
「俺の相棒だ、信用してるぜ‥‥アグレッシブ・フォース、起動」
スキル併用で放たれたレーザーが凍土を溶かし、FRが後方に飛び退く。
返礼とばかりプロトン砲がディアブロを貫くと同時に、安則と王零、2機の雷電が差し違え覚悟で突撃していく。
死闘のさなか、いつしか雪が降り始め、間もなくそれは再びブリザードとなって吹き荒れた。
唐突に、MIの生み出していた幻のFR群が姿を消した。
ある程度の推進力を有しているとはいえ、幻覚を生む例の「胞子」があまりの強風に耐えきれず吹き飛ばされてしまったらしい。
『ちっ、こんな時に‥‥!』
悔しげに舌打ちし、ギルマンはブーストをかけ北方に撤退していった。
紙一重でもたらされた大自然の恵み。対FR班全機はその時点でほぼ機体大破、王零、莞爾、安則、ティーダらは重体で身動きもままならぬ状態であった。
『そうか、FRは撤退したか‥‥今からリッジウェイに医療班を乗せてそちらへ送る。すまんが、余力のある者はその間に残りのキノコを片付けといてくれ』
タシーラク基地で報告を受けた松本・権座(gz0088)少佐から返信が入る。
絃也が救急セットで重体者の応急措置にあたる一方、残りの傭兵達はMI掃討任務を続行した。
フェザー砲でなおも抵抗するMI群だが、強風で胞子を飛ばされた小型ワームはもはやCWより回避の鈍い「宙に浮くキノコ」に過ぎない。
結局、医療班到着までにMI全機の駆除に成功したが、この際に羽矢子はある「実験」を試みた。わざと覚醒を解いた状態でMIに接近してみたのだが、たちまち幻覚状態に陥り僚機に連れ戻された。
MIの幻覚攻撃に覚醒状態の有無は無関係――というか、抵抗が下がる分むしろ覚醒時よりかかりやすい事が、この時証明された。
この日得られた数々の戦訓が、後の大規模作戦で多くの友軍兵を救った事はいうまでもない。
<了>