●リプレイ本文
●「オリオン」作戦決行3日前〜UPC本部
「‥‥何だって?」
エメリッヒ中佐はデスクから顔を上げ、目前に立つ月神陽子(
ga5549)へ聞き返した。
「ですから、ダム・ダル(gz0119)への『決闘状』を作り直して頂きたいのです。差出人をこのわたくし、月神陽子の名前に書き換えた新しい内容で送信してください」
「松本少佐から説明を受けていないのかね? 決闘状などダム・ダルを誘き出すための方便にすぎない。別に君ら傭兵が馬鹿正直に一騎討ちする必要もなければ、我々もそんな命令を下した覚えはないが?」
UPC軍少佐で傭兵達と正規軍のパイプ役を果たす松本・権座(gz0088)の名前を出し、エメリッヒが問い質す。
「存じております。ですからこれはUPCと無関係‥‥わたくし個人が一介の傭兵として、全ての責任を負った上でダム・ダルと決闘したいと申し上げているのです。あの決闘状の内容では、わたくしが敗れた場合、UPC全体の敗北となってしまいますから」
「‥‥」
エメリッヒは呆気にとられ、まだ女子高生のような傭兵の少女を見つめていたが、やがて根負けしたようにため息をついた。
「‥‥松本少佐の許可はとってあるのかね?」
「はい」
「いいだろう‥‥今日中に新しいデータを作らせ、春日のバグア基地に送信しよう‥‥奴らがその意味を理解するかは保障できないが」
同じ頃、リヒト・グラオベン(
ga2826)は同じ本部内の別室で、SIVA側指揮官のラザロ(gz0183)と面会していた。所属組織こそ違うが、同じ能力者傭兵としてこの男とは過去に依頼を通して面識がある。
「ウーフーを出してくれって? ああ、構わんよ。‥‥というか、別に頼まれずともこちらから飛ばすつもりだったがね」
ラザロは特別作戦「オリオン」の舞台となる北九州の大地図を広げた。
「あんたらが『牡牛座』を迎え撃つのが伊万里北東のこの辺り。そして俺達SIVAの部隊が待機するのが有田‥‥距離としては10kmも離れちゃいない」
ラザロの話によれば、伊万里での戦闘中は戦況のモニターも兼ね、双方の中間地点となる5km圏上空に自部隊のウーフーを飛ばす予定だという。
今回は傭兵側にも霧島 亜夜(
ga3511)のウーフーがいるのでわざわざSIVAに頼む必要もないのだが、当日の戦闘で亜夜機が撃墜される最悪の可能性も考慮し、万一の「保険」としてラザロと交渉に来たのだ。
「判りました。では、当日はよろしくお願いします」
「ときに、そっちはKVを何機出す予定だ?」
「12機です‥‥俺のディアブロも含めて」
「たとえ120機でもまともに戦いたい相手じゃないがねえ」
ラザロは大仰に肩をすくめた。
「まあ俺達はいわば補欠選手だ。せいぜい、ベンチの方から観戦させてもらうさ」
●「オリオン」決行当日〜九州・伊万里郊外
「すまねぇな、必ず生きて返すわ‥‥」
リヒトから機盾「レグルス」と人工筋肉γを借りたスコール・ライオネル(
ga0026)は、礼を述べてから自らの愛機、獅子のエンブレムを描いたミカガミへと装着した。
挌闘戦を重視し高い運動性を誇るミカガミではあるが、その代償として装甲と装備力を犠牲にせざるを得なかった。それらのウィークポイントを、機盾と人工筋肉により可能な限り補完するのが目的だ。
普段は自由気ままなスコールも、ゾディアックとの決戦を前にしてさすがに緊張を隠せない。
(「そう、必ず生きて返す‥‥でねえと、好物のピザやコーラともおさらばだしな」)
伊万里近辺は全般的に山がちな地形であるが、北東部に1箇所開けた平野部がある。
バグアとの戦乱で見る影もなく荒廃したその大地に、既に12機のKVは陸戦形態により集結を終えていた。
「ダム・ダル‥‥やつのような男は嫌いじゃないが‥‥これも戦争か」
ディスタンの操縦席で、リディス(
ga0022)が呟いた。既に覚醒した彼女の銀髪は漆黒に染まっている。
「インドでの借り、返さないとね」
ファルル・キーリア(
ga4815)の指揮する小隊はアジア決戦の際、ダム・ダルのFRと交戦し大きな損害を受けた。そのツケはこの機会に何としても払わせたいが、かといってダム・ダル個人が憎いかといえばそうでもない。
「罠だと分かっているのに出向いてくる‥‥、か。私には無理だけど嫌いじゃないわね」
「彼」もこれが罠である事は百も承知であろう。それでもなお単機でやって来るとすれば――それは余程頭が悪いのか、でなければ恐るべき真の実力者か。
自分達がこれから戦う相手は、紛れもなく後者だ。
「牡牛座のダム・ダル‥‥一緒に酒も飲んだこともある仲だ、できれば殺したくは無いけどな」
KVの操縦席で、カルマ・シュタット(
ga6302)も思う。
沖縄近海では撃墜され重体の憂き目を見たものだが、それでもなお、敵味方を超えて奇妙な友情を結んだあのラゴン族の若者を憎みきれない。
雑念を払うため、カルマは己の新たな搭乗機をコクピット内から改めて見回した。
CD−016シュテルン――カルマ自身がコンペ段階から実戦テストまで関わり、つい先日ようやくロールアウトした、クルメタル製の最新鋭KV。
「俺からしてみれば子供のような愛機だ‥‥今までの俺とは一味違うことを見せてやろう」
●戦士の誇り、傭兵の誇り
UPC側が指定した「決闘」の刻限まで、あと5分を切った。
地上で待機する傭兵達の頭上を、佐世保基地から出撃した正規軍のKVと在来型機の混成部隊、計50機余りが轟音を上げて通過する。
傭兵達と「牡牛座」FRの交戦中、バグア側のHWやCWの邪魔が入らないよう、半径およそ10kmに渡る防衛ラインを形成するのが彼らの任務だ。
「ザコどもに手出しはさせねえ。思う存分やれよ!」
「俺のダチはカメルであの野郎に墜とされたんだ! 仇を討ってくれ!」
傭兵達のKV無線に、友軍機からのエールが次々と送られてくる。
正規軍部隊が上空を通過して間もなく、赤くカラーリングされた亜夜のウーフー「緋閃」のレーダーが、こちらに急接近する1つの機影を捉えた。
やがて肉眼でもはっきり見えるほど近づいた異形の機体は、ちょうど真上に来たところで空中静止し、陸戦形態に変形しつつ降下してくる。
「本当に単機で来るとは‥‥」
レールズ(
ga5293)の口から、思わず感嘆の声が洩れた。
予め地上に描いた半径50mほどの円の中央に立った陽子のバイパー改「夜叉姫」が片手を挙げて合図すると、FRの方もやや降下軌道を修正し同じ円内へと降り立った。
『13機‥‥これだけか?』
「牡牛座」の紋章を掲げたFRから、例の無愛想な声で通信が入った。
敵も手練れの戦士だ。ただ誘き出されたように見えて、この近辺にいる人類側KVの数を瞬時に把握したらしい。
「いいえ、12機です。あそこに停まっているのは‥‥負傷者を収容するための機体で、戦闘には参加しませんわ」
サイエンティストの軍医と医療班を乗せた正規軍のリッジウェイをKVの片手で示し、陽子が説明した。
『なるほど。で、どうする? 1機ずつか? まとめて来るのか? ‥‥俺はどっちでも構わん』
「【天衝】が一片、葵 宙華(
ga4067)と申します」
FRを油断なく取り囲むKVのうち、イビルアイズ搭乗の宙華が通信を送った。
「時が赦せば我が長も貴方と剣を交えたいと望んでおりました。『汝の事は戦士として尊敬し忘れはしない』との事です。確かに蒼天蝶姫、お伝えしました」
『そうか、あの男が‥‥』
僅かに思案するような間を置き、
『なら俺からも伝えておこう――次に相見えた時は、互いに心ゆくまで雌雄を決しようとな』
その言葉を聞き、傭兵達の胸中にそれぞれ複雑な思いが過ぎる。
ダム・ダルにもはや「次の機会」を与えないための殲滅作戦「オリオン」――彼らはそのために招集されたのだから。
「あと、まだお伝えしたい事が‥‥」
宙華が通信を続ける。
「UPC本部がどのような誘いを掛けたか存じませんが、私達は一騎討ちをせよという命令を受けてもいませんし、意に添う必要はないと伺っております」
『‥‥だろうな。春日の連中にもそういわれた』
ダム・ダルの声に、初めて苦笑いが混じった。
「しかし、私達は貴方の戦士としての誇りを尊重し、こちらの月神機が貴方のお相手を務めます」
『ツキガミか。そういえば、2度目の挑戦状はおまえが差出人だったな』
FRが音もなく向きを変え、改めて「夜叉姫」と向かい合う。
「これは‥‥わたくしの我侭です。この決闘だけはUPCの為でなく、一人の戦士として貴方と戦うために」
『いいだろう。相手にとって不足はない』
「それと‥‥1つ約束して下さいますか? もしわたくしが敗れた時は――残りの方々と総当たりで戦う事を」
『望むところだ。ここで逃げ出すようなら、俺の願い‥‥シェイドと戦う事を魔神は許さないだろう』
「私は傭兵としての誇りにかけて戦闘中は手を出さないけど、アンチジャミングだけはさせてもらうわ」
「夜叉姫」の後方にいたファルルが、両者の側面に移動しつつ、無線で告げた。決闘開始の合図を告げるのは彼女の役目だ。
「元々、そっちの妨害電波だし、文句は無いでしょ?」
『好きにしろ』
「私のD−02の発砲を開始の合図とするわ。二人とも準備はいいかしら?」
双方の承諾を得た後、ファルル機はSライフルの銃口を空に向けた。
「――待って下さい」
ふいに陽子が無線でファルルを呼び止め、他の僚機にも通信を送った。
「ありがとうございます‥‥皆さん」
(「くっ‥‥分かってた事だけど、手が出せないっていうのは苦しいわね」)
S−01改の操縦席で、ファルルは唇を噛む。
もちろん、FRが着地した瞬間に全機で集中攻撃を仕掛ける手もあった。
だがその場合、ダム・ダルはFRの機体スキル(その中には、UPCでも未だ解析不能の能力も存在する)を全開、全力を以て反撃して来ただろう。それこそ、12機程度のKVでは1分も保たずに全滅してもおかしくない。
だからこその一騎討ち――ダム・ダルとしてはこの後の総力戦に備え、なるべく機体練力を温存する戦術を心がけるはずだ。その間に可能な限りのダメージを与え、FR最大の武器である運動性を封殺する。
そしてその役を自ら申し出たのが「夜叉姫」の陽子だった。
どう考えても無謀な一騎討ち。しかし、その「賭け」に成功すれば、傭兵側はこの戦いで大きなチャンスを得ることになる。
それは皮肉にも、友軍中で最強の戦力を失う事をも意味していたが。
(「月神さん‥‥死んだらいかんで」)
万一の救助役を担当する篠原 悠(
ga1826)が、祈るような気持ちでワイバーンの操縦桿を握り締める。
対峙する陽子とダム・ダルを残し、他のKVは「決闘場」となる円の外へと後退した。
むろんこの後に控える総力戦に備え、各々の配置や準備を整える意味もある。
亜夜はウーフー搭載のカメラでデータ収集のための撮影を開始。FRの損傷具合や動きの癖などをリアルタイムで分析、友軍機にも送信できる態勢をとった。
武装のチェックを済ませたカルマは、あえて風防を開き、これから始まる両者の決闘を己の目で見届けるつもりだった。
正直、陽子を羨ましいと思う。
経緯はどうあれ、人類側とゾディアックの正式な一騎討ちなど、今後あり得るかどうかも判らないのだから。
●死闘
「貴方の隣で共に槍を振るう事ができればと思っていました‥‥」
仲間達が散開する僅かな時間を使い、陽子はダム・ダルに語りかけた。
「人類はいまだ絶望的な戦いを続けなくてはいけません。貴方が強者との戦いを望むのであれば‥‥わたくし達と共に戦ってはいただけませんか?」
『残念ながら、それはできない。もし立場が逆だとして、ここで寝返るような男をおまえ達は仲間として信用できるか?』
「牡牛座」の戦士から返ってきたのは、全く予想通りの答えだった。
(「やはり‥‥言葉だけで、彼の心を動かすことはできませんわね‥‥」)
陽子も意を決し、「夜叉姫」全兵装のセーフティを解除した。
上空に向けられたファルル機のSライフルから発砲音が轟く。
――戦闘開始の合図だ。
「戦士の言葉とは拳で語るもの‥‥我が心、我が槍に託し、貴方を貫いてみせます!!」
ロンゴミニアトを構え、陽子はFRに向けて一気に肉迫する。
だがダム・ダルも「夜叉姫」の機槍の威力を知っているだけに、横滑りに移動して間合いを外すと、距離をおいてバグア式ガトリング砲を浴びせてきた。
いってみれば様子見のフェイントだが、たとえ機関砲でもFRのそれは人類側の同種兵装とは威力がケタ違いだ。
咄嗟に受けた機盾「レグルス」さえ貫通した砲弾が装甲を削り、間もなく機盾そのものが砕け散った。
陽子は試作リニア砲を発射し、FRが回避した隙を衝いて間合いに飛び込んだ。
セミサキュアラーによる牽制を交えて機槍を放つタイミングを狙うも、逆にバグア式機槍の2連撃を受け、機体ごと大地に叩きつけられる。
「――げふっ!」
一般人なら即死レベルの衝撃に内蔵が破れ、陽子は口から血の塊を吐いた。
この時点で既に「夜叉姫」の損傷率は7割を超えている。
「‥‥まだですっ!」
激痛に耐えながら再び立ち上がると、陽子は半月刀と翼刃を以てなおも白兵戦を挑む。
FRが訝しげに後退し、再びガトリング砲の射撃に専念し始めた。
陽子がなかなか機槍を使わない事、彼女の攻撃が機体の上半身に集中している事に不審を抱き始めたようだ。
(「不味いですわ‥‥このまま逃げ切られては、こちらの機体が保たない‥‥!」)
「そうやってウロチョロ逃げ回るのが、戦士の決闘ですか!?」
安い挑発に乗るような相手ではないと知りつつも、陽子は通信機に向かって声を荒げた。
「あなたには失望しました! そんな体たらくでシェイドと戦おうなど、全くお笑いぐさですわ!」
『‥‥』
FRがふいに回避行動を止めた。
ガトリング砲の回転が止まり、代って機槍を構え直すと、空いた方の手で「来い」というように差し招く。
(「そう。それでよろしいのです‥‥」)
覚醒変化により般若の如き形相に変貌した陽子は、それでも口許に微笑を湛え、自らもロンゴミニアトの穂先を上げた。
ブーストオン。スタビライザー起動。
――真の狙いは、FRの高機動を司る下半身。
己と「夜叉姫」の全能力を賭け、少女は身も心も鬼神と化して吶喊した。
「ただ一撃‥‥貴方にこの槍(ことば)が届けば良い!!」
ロンゴミニアト3連撃。続けざまに叩き込まれた刺突が、3発目にしてついにFRの左脚部を深々と貫いた。
『最初からそれが狙いだったか‥‥』
通信機から流れるダム・ダルの声。
『全ては、後に続く仲間のため‥‥おまえの槍(ことば)、確かに受け取った』
永遠とも思える一瞬の中で、FRが機槍を振りかぶった。
周囲で見守る傭兵達の耳に、忌まわしい打撃音が立て続けに響く。
脱出カプセルが強制イジェクトされた次の瞬間、「夜叉姫」の機体は爆炎に包まれ大地にくずおれた。
「勝負は合ったわ! もうやめて!」
半ば悲鳴のような声で宙華が叫ぶ。
FRは炎上するバイパー改から静かに離れると、そのまま円の中央へと戻った。
(「まぁ、彼が怪我人を襲うことはないでしょうが‥‥」)
周防 誠(
ga7131)は思ったが、それでも万一の事態に備え、悠がカプセルから救出した陽子をワイバーンでリッジウェイの方へ搬送する間、同じワイバーンでFRの動向を監視していた。
「いかんな‥‥錬成治療だけではとても追いつかん」
陽子に応急措置を施した軍医が、急ぎ部下の衛生兵へ指示を下す。
「司令部にヘリの要請を! すぐ佐世保の軍病院に――」
「‥‥待って下さい」
全身朱に染まりながらも、微かに意識を留めた陽子が弱々しく声を上げた。
「ごめんなさい。この戦いが終わるまで‥‥戦場に居させてもらえませんか?」
アンジェリカの外部カメラから、叢雲(
ga2494)もまたFRの動きを注意深く見守っていた。
「夜叉姫」との決闘により、FRにどれだけのダメージが与えられたのか?
その結果如何で、これから始まる全機による攻撃を電撃戦で決めるか、持久戦に持ち込むかを判断する必要がある。一歩読みを誤れば、それは部隊の全滅をも招きかねない重要な選択だ。
陽子が救助されている間、ダム・ダルは己の機体脚部に刺さった「夜叉姫」の機槍を引き抜いていた。具体的にどれだけの損傷を与えたかは定かでないが、あれだけ深く突き立った陽子の槍が、FRの外部装甲だけでなく内部機構にまでダメージを与えた事はほぼ間違いない。
亜夜のウーフーから転送されてきたデータも、その事実を裏付けていた。
「最後の一撃はかなり効いたはずです‥‥電撃戦で行きましょう」
叢雲は決断を下すと、暗号通信で友軍KVへその旨を通達した。
やがて、陽子を収容したリッジウェイが安全圏へ退避するのを待ち――。
「全機突入! Go AHEAD!」
11機のKVが一斉に動き出し、死闘の第2幕が始まった。
「さぁ、餞のダンスの開始だ‥‥!」
前衛班として真正面からぶつかったリディスは、より多くの攻撃を命中させる事を重視した。
大破とはいかずとも、FRの動きは確かに鈍っている。その証拠に、以前なら軽々かわされていたであろうスラスターライフルの何発かは確実に命中し、FFの赤光と外部装甲の破片が飛散する。
できれば陽子の与えた破損部、もしくは駆動部あたりを確実に射抜きたかったが、まだピンポイント射撃を許すほどダム・ダルも弱っていない。
それでも勝機と見たリディスはハイ・ディフェンダーでガトリング砲弾を防ぎつつ前進。
被弾に耐えきれず真っ二つに折れたハイ・ディフェンダーを放り出すと、主兵装のグングニルでFRの破損した脚部を狙い刺突をかけた。
狙いはわずかに逸れたものの、ディスタンの機槍は確かにFRのボディを穿った。
カウンターでバグア機槍の反撃が返ってくる。1発ごとに機体が分解するかと思うほどの衝撃だ。
「いい加減気づけ! 月神が命がけで貴様に何を伝えようとしたのかを!」
Aコーティングで防御を高めたリディス機はさらにソードウィングでタックルを加えFRのバランスを崩そうと図ったが、そこでダメージが機体の耐久値を超え、操縦席ごと脱出カプセルで強制イジェクトされてしまった。
カルマとレールズはリディスの突撃に合わせ「雪村」による連係攻撃を図ったが、これはFRがリディス機撃墜と同時にツインブーストで後方に逃れたため、タイミングを逸してしまった。両者が乗るシュテルンは配備後間もない新型KVだけに、ダム・ダルも初めから警戒していたのだろう。
やはり前衛班の1機、スコールは機盾「レグルス」で身を護りつつ前進、ペイント弾を交えた20mmバルカンでFRを染め上げる。
「悪ぃがこちとら不良でね、ペンキ使っての落書きはお手の物だぜ!」
FRのカメラアイ潰しを狙った作戦でもあったが、これは重力波センサー装備のバグア機体に対して有効とは言い難かった。
その重力波センサーを潰すため、宙華のイビルアイズが後方からRキャンセラーによる重力波ジャミングを仕掛ける。通常のHWなら充分有効な攻撃だが、あいにくFRは人類型のレーダーも装備したハイブリット機だ。逆にジャミングに気づいたFRから射程の長いプロトン砲による反撃を浴びてしまう。
接近戦マニューバを駆使しヒット&アウェイの攻撃を繰り返していたスコールは、FRがイビルアイズに気を取られた一瞬の隙を衝き、ミカガミの切り札・内蔵雪村を発動、コクピット部分を狙い一気に斬り込んでいった。
「これが俺の‥‥ライオンの爪だぁぁぁぁーー!」
カウンターの機槍が唸り、ミカガミの半身を打ち砕く。だが乾坤一擲の斬撃はFRのボディに確かな爪痕を刻んでいた。
「俺の全力がどこまで通用するか‥‥勝負です。白狼‥‥参ります!」
一撃の威力よりも手数の多い近接兵器――チタンファングやバニシングナックルで生身のグラップラーさながらの肉弾戦を仕掛けたリヒトだが、回避が落ちたとはいえ元々の防御が固いFRを仕留めるのは難しい。
それでも敵のダメージが蓄積したタイミングを見計らい、それまでのフットワークを活かした動きから直線的な攻撃に変更、機盾「アイギス」を構えてブーストオンで吶喊をかけた。
当然のごとく繰り出されたバグア機槍により機盾もろとも左腕が吹き飛ばされるが、そのままの勢いで激突し、逆にFRの片腕をサブミッションのごとく抱え込んだ。
「貴方の角を折るためには‥‥こちらも相応の覚悟が必要です!」
『‥‥』
ダム・ダルは動じる気配もなく、無言のままガトリングの砲口をリヒト機に向ける。
対するリヒトもAフォースを発動し、温存していたショルダーキャノンを発射。
互いに密着した状態で、零距離からの凄まじい砲撃戦――やがて力尽きたディアブロは大地に倒れるが、FRの機体表面にも数多くの弾痕が穿たれ、その全身から白煙を立ち上らせていた。
ファルルは後方からヘビーガトリングで牽制射撃を加えつつ、敵と味方の位置関係の把握に努め、亜夜のウーフー「緋閃」を通じ僚機への警告や回避方向の指示などを行っていた。
だがその動きから「隊長機」と判断されたか、前衛班をほぼ排除したFRはにわかに速度を増し、中衛班の間隙を擦り抜け突進してきた。
「こっちへ来るのね‥‥。私じゃ相手に不足かもしれないけど、応じてあげるわ。来なさい!」
バグア機槍の一撃で片腕を吹き飛ばされ、S−01改の機体が大きくよろける。
だが、この程度は彼女の想定内だった。
「この機会を待ってたのよ!」
残る片手で試作剣「雪村」を起動、スキル併用で捨て身の刺突を加えた。
「私に出来るのはこれが精一杯。傭兵の意地、思い知りなさい!」
続く機槍の連撃でKVの機体が激しく揺れ、不気味な軋みを上げる。
脱出カプセルで空中にイジェクトされた瞬間、ファルルの目に映ったのはバラバラになって崩れ落ちる己のKVと、FRのボディに柄まで突き立った「雪村」の光の刃だった。
●戦士の還る場所
FRの機体が、FFとは明らかに異質な赤いオーラに包まれた。
練力消費により機体性能を一時的にアップさせる特殊スキルらしいが、これを使うということはFR側も相当追い込まれている証拠だ。
ダム・ダルはその場で円を描くように方向転換しつつ、ガトリング砲とプロトン砲で凄まじい全周囲掃射を開始した。
生き残った傭兵達のKV8機も、遠近の区別なくたちまち被弾・損傷していく。
FRの槍の射程外からレーザー砲の支援砲撃を続けていた亜夜の「緋閃」も、プロトン砲の直撃を受けガクリと膝を突いた。
駆動系を破損した様に動きを止めたウーフーに、のっそりとFRが迫る。
その危機を救うため、叢雲と誠がダム・ダルの前に立ちはだかった。
当初はエンハンサー併用のレーザー砲撃でFRを迎え撃っていた叢雲だったが、いよいよ敵の機槍が眼前に突進してくると、その切っ先に全神経を集中、かわし損ねてアンジェリカの脇腹が抉られるのも構わず強引にスパークワイヤーを巻き付けた。
「これなら外しません‥‥!」
その状態のまま、残る練力を注ぎ込んだ練剣「羅真人」を逆手に持ち替え、FRの頭部から肩口にかけて一気に貫き通す。
アンジェリカの機体をガトリング砲の零距離射撃で弾き飛ばしたFRに、続いて誠のワイバーンが迫った。ブースト&マイクロブーストで2段階の加速、叢雲の練剣攻撃にふらつくFRに最高速度で体当たりをぶちかます。
その衝撃はFFと慣性制御によりほぼ相殺されてしまったが、まだ誠は切り札を残してあった。
「これで‥‥吹っ飛べ!」
零距離からの「アグニ」2連発。
発射の反動で離れようとした瞬間、機槍の追い打ちを食らってワイバーンのボディは真っ二つに裂かれたが、FRの動きも目に見えて鈍ってきた。
なおも態勢を立て直そうとするダム・ダルの機体が、大きく揺らいだ。
稼働不能と思われた亜夜の「緋閃」がすっくと立ち上がり、至近距離からブーストオンでM−12帯電粒子砲2連発を撃ち込んだのだ。
『おまえ、まだ‥‥?』
「策士には策士の戦い方があるんだよ!」
再びFRの機槍が唸り、ウーフーの機体を打ち砕いていく。
だが亜夜は本当に機体が動かなくなる最後の瞬間まで、レーザー砲とディフェンダーによる反撃を止めようとはしなかった。
亜夜機への攻撃に気を取られたFRの背後から、2つの機影が迫った。
カルマとレールズのシュテルン。
先程はリディスと連携しようとして失敗したコンビネーション攻撃――それを使うチャンスが再び巡ってきたのだ。
まだ余力を残した宙華と悠の援護射撃に紛れてブーストで急接近、PRMシステムにより命中を上げた状態で――。
「極めろ! シュテルン!」
「ダブル流星撃――これが俺達の全力全開だぁああ!!」
2機のシュテルンは鏡合わせのごとくシンクロして試作剣「雪村」を抜き放ち、ほぼ同時にFRの機体を貫いた。
FRを包んでいた赤いオーラがふいに消え、同時に機体そのものも動きを止める。
――練力が尽きたのだろう。
激闘を制したのは、人類側傭兵だった。
「ダム・ダル! もう勝負はついてる‥‥負けを認めろ」
レールズが通信を送って暫く後――FRのコクピットが開き、中からダム・ダルの巨体が姿を現すと、転げ落ちる様に大地へ倒れ込んだ。
その全身は血に染まり、己の機体同様ボロボロに傷ついているのは明白である。
「‥‥俺の‥‥負けだ」
それだけいうと、ダム・ダルは苦しげに咳き込み、大量の吐血で地面を染めた。
勝利したといえ、傭兵側も12名中8名が重体。自力で機体を降り、ダム・ダルを取り囲んだ4名も立っているだけでやっとという有様だった。
「あんた‥‥『シェイドと戦いたい』そうゆーてたよな?」
辛うじて半身を起こしたダム・ダルに対し、最初に口を開いたのは悠だった。
「強い相手と戦いたいなら、やっぱりうちらの方に来ない? まあ、当分は軍の監視やら何やらで窮屈やろうけど‥‥」
「魔神の決めた運命なんて跳ね返せ! おまえの運命はお前が決めろ!」
レールズが叫んだ。
「神は人を創り無知のまま飼おうとした‥‥そして人は知恵の実を食べる事で神の掟に逆らって初めて人になった‥‥それが人類だ。おまえはラゴン族の末裔かもしれないが、俺たちと同じ人類でもあるんだ!」
「バグアの戦士としてここまで戦ったあなたを、誰にも裏切り者とはいわせない。わたし達は‥‥きっと共に歩む戦友になれると思う」
宙華も言葉を尽くして訴える。
「彼」に人の心があるなら、必ず説得の余地はあるはずだ。
人の心が動かねば戦況は何も変わりはしない。だから伝える為に自分達が――傭兵がいるのだから。
ダム・ダルは暫く無言で考え込んでいたが、やがてポツリといった。
「バグアと人類がどう違うのか、俺には判らん‥‥ただ、仲間のバグアといる時より、おまえ達と戦っている間に感じる懐かしさは何なのか‥‥ずっと不思議に思っていた」
「なら‥‥!」
「残念だが‥‥」
男は逞しい腕を差し上げ、その手首に嵌められた腕時計型の機械を示した。文字盤に相当する画面で、傭兵達には意味不明の表示が刻々と変化しつつある。
「春日の連中が、FRの自爆装置を作動させたようだ‥‥あと3分もすれば、この辺りは火の海になる」
傭兵達の間に戦慄が走った。ダム・ダルの言葉が本当なら、爆弾の解除はおろか、重体の仲間を避難させる事さえ不可能だ。
ダム・ダルは立ち上がると、FRに向かいヨロヨロ歩き出した。
「まだあれを、少し飛ばすくらいの練力は残っているはずだ‥‥」
その意味を解したレールズは思わず抱拳し、敬意を表する中国語を口にした。
「佩服‥‥佩服!」
立ち去ろうとするダム・ダルをカルマが呼び止める。
「もしよければ、この機体の愛称を付けてくれませんか? ‥‥尊敬に値するあなたにつけて欲しいんです」
「‥‥ウシンディ」
カルマのシュテルンを眩しげに見上げた戦士の口から、1つの言葉が洩れた。
「ラゴンの言葉で‥‥『勝利』という意味だ」
再びFRの操縦席に戻った「牡牛座」の戦士は、改めて傭兵達の顔を見渡した。
「俺は槍を向ける相手を誤ったのかもしれん‥‥だが後悔はない。おまえ達のような勇者と戦えた事を誇りに思う」
音もなく離陸したFRの進路は福岡ではなく、西の伊万里湾方面。その遙か彼方には、奇しくも「彼」の生まれたアフリカ大陸が在る。
無数の弾痕に穿たれ、半ば焼け焦げたFRの機体では各所で小爆発が発生していたが、それでも辛うじて宙に浮き、ふらつきながらも海の方角へ飛ぶ。
あたかも、渡り鳥が故郷を目指すかの様に。
ちょうど伊万里湾上空に出たところで、ついに力尽きて墜落。直後、海面に閃光が走り巨大な水柱が立ち上がった。
リッジウェイの傍で錬成治療と点滴を受けるリディス達の目にも、海上から空へと昇る黒煙は見えた。
「本当に強かった‥‥戦士として貴様と戦えたことは一生忘れないだろう。その誇り、私も受け継ごう」
●特別作戦「オリオン」結果報告
戦果:ゾディアック「牡牛座」FR撃墜(ダム・ダルは死亡と推定)
リディス
スコール・ライオネル
篠原 悠
叢雲
リヒト・グラオベン
霧島 亜夜
葵 宙華
ファルル・キーリア
レールズ
月神陽子
カルマ・シュタット
周防 誠
上記の者を「牡牛座撃墜者」と認定、褒賞する。
<了>