●リプレイ本文
●九州〜伊万里湾・久原港
「能力者って、やっぱり化け物よね‥‥。あの時、あれだけの傷を負わせられたのに、もう悠々とその機体を探索できるんだから」
出発を前にしたKF−14の操縦席ですっかり回復した己の体に触れ、ファルル・キーリア(
ga4815)は思わず独りごちた。
「牡牛座」FRとの死闘からはや1週間。瀕死の重傷を負い、KVの脱出カプセルから救出された彼女はその後5日間、軍病院のベッド上で殆ど身動きできぬ体となった。一般人なら間違いなく即死は免れない状況である。
だが今はこうして全快し、あの戦いで撃墜した同じFRの捜索に参加しているのだから、やはり超人的としか言い様がない能力者の生命力だ。
「今度はちゃんと解析までに漕ぎ着けないと‥‥」
とはいえこの1週間、UPCによるFRの機体捜索は難航していた。
自爆の余波が収まった直後から湾内に多数の水中ワーム・水中キメラが侵入し、陸上から目と鼻の先にある墜落地点に手出しができなかったのだ。
「墜落地点に敵影‥‥。まだFRの残骸があるってことか、それとも罠か‥‥」
ビーストソウル(BS)のコンディションをチェックしつつ、伊佐美 希明(
ga0214)はそれを思案していた。
仮にバグア側がFRの残骸を既に回収済みなら、キメラはともかくメガロ・ワーム4体が未だに湾内の海底に留まっている理由は何か?
「ま、蓋を開けないとわかんねぇーか」
「個人的にはゆっくり眠らせてあげて欲しいのですが‥‥仕方ありませんね。もしバグアに回収されて、ヨリシロとして復活させられでもしたら、それこそ彼の魂に対する冒涜です」
海底に没したダム・ダル(gz0119)に思いを馳せつつ、W−01改テンタクルスの操縦席からセラ・インフィールド(
ga1889)が仲間達に通信を送る。
「ゾディアックのメンバーは、どこまで人間なんだろうか‥‥?」
「牡牛座」最後の戦闘を記した報告書を読んだ井出 一真(
ga6977)は、ひとつの疑問を覚えていた。
同じゾディアックのシモン(gz0121)はどうなのか――と。
UPCが公開した情報を信じる限り、シモンは既にバグアに憑依されたヨリシロ、ダム・ダルは強化人間――つまり肉体改造は受けたが最期まで人間だった事になる。
バグアのヨリシロとされた場合、元の人間性はたとえ一片でも残されているのか?
これついては未だ諸説があり、謎の部分も多い。
有り体に言えば、これまで人類は目前の脅威であるキメラやワームへの対策に手一杯で、肝心の「敵」であるバグアに関しての解明は殆ど進んでいないのが実情だ。
「‥‥まずは、目の前の任務に集中だ」
湾内の敵にはどうやらあのEQもいるらしい。気持ちを切替えた一真は、過去に自分が水中型EQと遭遇した時の戦闘データを参考として僚機のコンピュータへ転送した。
「さすがに水中キットで電子戦機持ち込むのはきつそうですし。よろしくお願いします」
今回、乗り慣れたウーフー「緋閃」ではなくW−01での出撃となる霧島 亜夜(
ga3511)は、上空で警戒にあたる正規軍KV部隊のウーフーパイロットと連絡を取り合っていた。
浅い湾内といえ、KVの機動力が制限される水中戦においては迅速な行動・一瞬の判断が成否を分ける。
そのためUPCに現場海域のデータ提供を申請、また上空のウーフーに搭載のカメラからデータを転送してもらうなど、自分達水中調査班と上空班の間でリアルタイムの情報交換が可能なよう入念に打ち合わせてある。
やがて佐世保基地から指揮を執るUPC軍少佐、松本・権座(gz0088)から出発を指示する通信が入り、傭兵達は各々8機の水中用KVで港から湾内の海中へと着水した。
●伊万里湾内〜海底
「久しぶりの水中戦ですね。クルス、また力を貸してください」
水鏡・シメイ(
ga0523)が搭乗のテンタクルスに愛称で語りかける。
同じくW−01改を操縦する音影 一葉(
ga9077)は、
「ディスタン以外は一年振りになるでしょうか‥‥巧く使えると良いんですけど‥‥」
とやや心配そうに操縦桿を操った。
KV使用の依頼は全体として空戦・陸戦の割合が多いので、水中用KVはサブ機体として所有する傭兵も多い。
海中へと入った8機のKVは左翼・右翼・後衛と3班編成をとり、さらに3班でV字陣形を描いてローラー式に海底の調査を始めた。
「FRほどの質量が上空から落下したとなれば、痕跡はそこそこ目立つはずよね?」
希明機と共に後衛についたゴールドラッシュ(
ga3170)が、僚機に通信を送った。
「泥に沈んでいて『ある』場合は当然として、既にバグア側に回収されていた場合でも、『あった』跡は残っている筈‥‥」
バグアが回収した跡をわざわざ隠すとも考えにくいので、彼女としてはまず湾内の落下ポイントから重点的に捜索するつもりだった。
上空班のウーフーと連絡を取り合いつつ、亜夜はFRの残骸はもちろんだが、可能ならダム・ダル自身の遺品も発見できればと内心で思っていた。
(「あん時は自爆の事まで頭に浮かばなかったからな‥‥せめて、彼の生きてた証を持って帰ってやらねーとな」)
問題の落下ポイントは、港からおよそ1km沖合の地点。航行形態ならば巡航速度でもあっという間の距離だ。
しかし海中に入って間もなく、当然の様に邪魔が入った。
全長5mほどの海蛇型キメラが音もなく海中を突き進んでくるや、群れをなしてKV各機に襲いかかってきたのだ。
水中キメラのシーサーペントである。
「水の中は静かね‥‥。こいつらさえいなければ最高なんだけど」
ファルル機を始め、KV各機はガウスガンや水中ガトリングにより迎撃した。
「折角落としてもまた使われていては意味がありませんしね。しっかりかたを付けておきましょうか‥‥!」
久々の水中戦となる一葉も、ガウスガンでキメラを掃射する一方で、サーチライトとサブアイカメラにより海底の捜索を続行。
細く長い水泡の尾を無数に引いて掃射された砲弾がシーサーペントに次々命中し、ダメージを負ったキメラが苦しげにのたうちながら海底に沈んでいく。だが敵も数が多いだけに、弾幕を突破した何匹かがFFを展開して魚雷のごとく体当たりをかけてきた。
その度にKVの操縦席が大きく揺れるが、一般の船舶ならいざ知らず、通常のKVよりも防御の高い水中戦機の装甲にさしたる損害は与えられない。
問題は同じ湾内に潜むという水中ワームだが――。
今の所、上空班からの監視にも、水中班KVのセンサーにもそれらしき敵影は確認されていない。おそらくEQは地中に、メガロは海底で動きを止めて息を潜めていると思われた。
(「これは‥‥、誘い込まれた‥‥??」)
人型に変形し、接近してきた大海蛇を「氷雨」で返り討ちにしつつ、ファルルの胸を不安が過ぎる。
キメラ群の襲撃に応戦しつつ、一行が落下ポイントのほぼ真上に到達したとき、サブアイカメラの水中映像がコンソール盤のモニター画面に映し出された。
海底の一部がすり鉢状に大きく陥没し、FRの機体は影すら見あたらない。
「‥‥やっぱりね」
ゴールドラッシュが呟いた。
FRは――どの程度原型を留めていたかはさておき――墜落直後の時点で、既にバグア軍に回収されていたのだ。
その直後。白い航跡を引いて撃ち込まれた魚雷2発が、前衛左翼に位置していたシメイ、亜夜、セラ機の間で炸裂した。
わずかの間を置き、今度は後衛の2機を狙った魚雷攻撃。
爆発で湧き上がる水泡に数秒、KVの水中センサーが遮られる。上空班からの報告によればMWらしき機影が4つ、湾口方面からこちらへ接近しているという。
「どうみてもただのAIだとは思えないわ。注意して!」
咄嗟に僚機へ警告を送るファルル。
その言葉通り、2機1組に分かれ、互いに時間差をおいて巧みに魚雷を放ってくる鮫型ワームの動きは無人機のそれではない。
「包囲からの連携波状攻撃‥‥。群狼戦術(ウルフパック)みたいね!」
前世紀の大戦時、複数の潜水艦が連携して敵国の輸送船を狙った古典的戦術。だが、なぜ異星人であるバグアがこんな戦法を用いるのか?
『残念だったな。貴様らの捜しものは、とうにこちらで回収した』
KV全機の無線に割り込んでくる、若い男の声。
だがそれは、傭兵達がかつて遭遇したバグア軍エースの誰でもなかった。
『あのゾディアックを墜とした能力者の傭兵――どんな怪物かと思ったが、所詮はその程度か。水中では隙だらけだな!』
声に被さるように飛来した新たな魚雷が、3班に別れたKV部隊の中央で炸裂する。
激しく沸き立つ気泡に紛れ、海底の泥を跳ね上げ浮上した巨大な影が、前衛右翼に位置する一真機へと体当たりした。
シーサーペントなどとはけた違いの衝撃。全長20mを超す巨大な影が海面から差し込む陽光を遮る。
「こいつ‥‥EQか!?」
だがその動きはかつて一真が戦った水中EQに比べ、機動力が格段に上だ。
「皆さん、気をつけて! こいつはエース機です!」
タイミングを合わせるように突撃に移るMW4機。
左翼と後衛、5機のKVがMWに、右翼の3機がEQと相対する形になった。
(「外敵なんて無い‥‥戦う相手は常に、自分自身のイメージ‥‥」)
急速に距離を詰めて来る先頭のMWにSライフルD−06の照準を合わせ、生身のスナイパーさながらに呼吸を整える希明。
トリガーを引くこと2回――狙い通り頭部付近に直撃をうけたワームの巨体が、水中でもんどり打つ。
ガウスガンでは威力不足とみたシメイは、接近しつつ高分子レーザークローを実体化させるや光の爪による斬撃でとどめを刺した。
さらに後方から迫るMWを亜夜がガウスガンの弾幕で牽制、セラは熱源探知Hミサイルで攻撃する。
やはりHミサイルでMWを迎撃しつつ海底のモニター監視を続けていたゴールドラッシュの目に、ちらりと赤い破片の様な物体が映った。
「あれは‥‥?」
だが、今はとても回収できる余裕はないので、とりあえず位置情報だけをコンピュータに記録しておく。
その間、一真、一葉、ファルルは地中から出現したEQの抑えに回っていた。
「直接戦うのって初めてかも‥‥負ける気はありませんけどね!」
一葉が振るうレーザークローの刃をかわし、長い胴体のあちこちから突き出したブレードで反撃するEQ。
「どこの誰かは知らないけど、やってくれるわね。でも、リモート操作の大鮫如きにやられる私達じゃないわよ?」
KF−14の高速で追いすがりながら、ガウスガンの弾幕を浴びせるファルル。
EQが例の呑込み攻撃をかけてきたら、すかさずその口内に対潜ミサイルをありったけ撃ち込むつもりでいたのだが――。
『悪いがその手には乗らんよ。こちらも過去の戦闘記録くらいは調べてある』
ドリル状の牙を貝のように閉じたまま、エース機EQは近接しての体当たりだけで勝負を挑むつもりらしい。
「厄介ですね。何とか動きを止められればいいんですが‥‥」
一葉もいったんクローは引っ込め、一真と共にガウスガンを応射しつつ防御に専念する。
やがてMW4機を撃破した左翼・後衛の5機が駆けつけ、ようやくKV全機による包囲体制が整った。
希明のBSがアンカーテイルを大きく振りかぶり、すばしこく攻撃と離脱を繰り返すEQめがけて投擲する。SES搭載の銛が水中を走り、初めて大型ワームのどてっ腹に突き立った。
「捕まえたぞ、ナマコ野郎! これなら、外さねぇ‥‥だろッ!!」
チェーンを掴んで何としても本体にとりつこうとするBSを、驚異的なパワーで振り回すEQ。
しかし回避が落ちるのは如何ともし難く、勝機と見た傭兵達は温存していたレーザークロー、水中用太刀「氷雨」、そして試作剣「蛍雪」などを振りかざしEQへと向かっていった。
「蛍雪、アクティブ! とっておきだ!!」
一真が叫び、セラやゴールドラッシュとタイミングを合わせてレーザー剣の一閃を叩き込んでいく。
この知覚攻撃のコンビネーションは相当堪えたらしく、EQは血のようなオイルを水中にまき散らしながら巨体を身もだえさせた。
『ちっ‥‥!』
自ら外部装甲の一部を爆破し、強引にアンカーテイルを分離。
同時に、海底に沈んでいたMW4機が一斉に自爆した。
浅い湾内の海中が舞い上がった泥と水泡に覆い尽くされる。
『まあいい。貴様らの戦力データは充分採れた‥‥いずれまた会おう』
MW自爆の余波が収まったとき、地中へ逃亡したのかEQの姿はかき消えるようにいなくなっていた。
●残された紋章
エース機EQは取り逃したものの、その後湾内に残ったシーサーペントを掃討し制海権を確保した傭兵達のKVに見守られ、正規軍の特殊作業船がFR墜落地点のサルベージを開始する。
およそ1時間後――唯一発見されたのは、縦横50cmに満たぬ赤い金属片だった。
おそらくFR外部装甲の破片だろう。
「このラインは何でしょう? まるで何か記号の一部のような‥‥」
シメイが不思議そうに呟く。
だがかつてダム・ダルと死闘を繰り広げた者達にはすぐピンときた。
――ゾディアック「牡牛座」のエンブレム部分だ。
(「策は成功したけど‥‥結果的には、あいつに命を助けられたんだよなあ‥‥」)
FR本体とダム・ダルの遺体はバグアに持ち去られたといえ、彼の遺品を一部だけでも回収できたことに、亜夜は言いしれぬ感慨を覚えていた。
「これは私からの手向けです。お口に合うか分かりませんが」
帰港の直前、セラは「牡牛座」FRの墜落ポイントにW−01改を浮上させ、持参のワインを1本海へと投げ入れた。
バグアが「彼」の亡骸をどう利用しようと、あの誇り高き戦士の魂は互いに槍を交えた自分達と共にある――そう信じて。
「いつか私達がそちらに行ったら、その時はまた皆で飲みましょう。それまで待っていてください」
回収された破片は未来研で分析に回される手筈となっている。
「FRか‥‥少しでも何かが掴めれば良いのですけれど」
「そうですね。破片とはいえ、貴重なサンプルですし‥‥」
一真の言葉に、一葉も頷いた。
『ご苦労だったな。とりあえず白黒ついただけでも助かったぜ‥‥これから湾内に侵入するキメラやワームどもには、遠慮無く爆雷を食わしてやれるしな』
KV各機の無線に、松本少佐から労いの通信が入る。
『‥‥しかしバグアの連中、まるでFRが墜ちる事を見越してやがったみてぇだな‥‥どうも面白くねぇ』
松本少佐や傭兵達の懸念をよそに、北九州の覇権を巡る攻防戦は新たな局面を迎えようとしていた。
<了>