●リプレイ本文
傭兵達が高速移動艇で島の海岸に着陸したとき、大蜘蛛を思わせるキメラは小高い山の斜面を這い登るように移動し、島民達が避難した頂上の神社へあと半分という距離に迫っていた。
「キメラを放っての無差別攻撃か。地味だが確実に効くやり方だ‥‥バグアの連中め」
浜辺に降りた寿 源次(
ga3427)が忌々しげに呟く。
「‥‥キメラにはお正月はありませんからね。まだ大きな被害が出ていないのは幸いでした。早々に片付けてしまいましょう‥‥」
真田 音夢(
ga8265)は海岸から神社へと続くルートを素早く確認した。
島の高台にある神社へは長い石段の一本道しかないが、立ち木もまばらな山の斜面もそれほど急勾配というわけでないので、バイクや徒歩なら何とか移動できそうだ。
「蜘蛛‥‥わー、半年前に退治して以来だなー。戦い方忘れてる気がするよ」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)はカウ・スパイダーの外観から、以前に討伐した別の蜘蛛型キメラとの戦闘を思い出そうと首を捻る。
「‥‥糸に気を付ける、って事だけは覚えてるけど」
「カウ・スパイダー、牛蜘蛛ですか‥‥牛鬼の一種ですね、妖怪で言うならば割とメジャーな方でしょう」
「妖怪の牛鬼‥‥か? よく創ったもんだ、ったく」
九条・嶺(
gb4288)の言葉に、源次も相づちをうった。
一部例外もあるが、バグアの生物兵器であるキメラはなぜか地球人の神話・伝説に登場する怪物を模したものが多い。ヨリシロから得た知識や占領地域で入手した資料を元に、人類側の潜在的恐怖心を煽るのが目的という説が有力であるが。
「体長5mくらいというところか。自分等傭兵には見慣れた? 大きさだが、この島の方々はそれどころじゃ無いだろう。キッチリ始末してやろうじゃないか」
「大きい‥‥。でも‥‥巨体のせいか‥‥素早くないのが‥‥幸い‥‥」
双眼鏡でキメラの移動力を観察しつつ、幡多野 克(
ga0444)がいう。
「辿り着かれる前に‥‥決着をつける‥‥」
まずは、いかにしてキメラの神社到達を阻止するか。
作戦の鍵を握るのはドラグーンのAU−KVだ。移動時はバイク形態、戦闘時には全身を覆うアーマーに変形する能力者用パワードスーツの機動性は、通常KVが使えない生身戦闘において大きな力を発揮する。
傭兵達はメンバーをカウ・スパイダーの前面に回り込む先行班、背後から追いかけて攻撃する追跡班に分けることにした。つまり前後からの挟み撃ちである。
先行班のうち2名はドラグーンの夏目 リョウ(
gb2267)、彩倉 能主(
gb3618)。
リョウのミカエル、能主のリンドヴルムをバイク変形させ、克とフィオナ・シュトリエ(
gb0790)がそれぞれのバイクに相乗りする。
さして早くないキメラの移動速度や彼我の距離から計算して、何とか神社襲撃の前には間に合いそうだ。
「蜘蛛が神社に着く前に追い付かないとだから、急がないとね」
そういいながら能主の後席にまたがるフィオナ。
「すぐに追いつくつもりだが‥‥少しの間、頼む。」
「がんばれー」
源次やユーリの声援を受けつつ、バイク形態のAU−KV2台に分乗した4名はエンジン音を轟かせ先行班として出発。
引き続き、残り4名も覚醒するとキメラの後を追い、山の斜面を走り始めた。
所々岩の転がる斜面を、時に大きく飛び跳ねつつ2台のAU−KVが駆け上る。
バイク形態とはいえ本来1人乗りを前提とした設計、しかもオフロード。当然、後ろの乗り心地は快適というにはほど遠い。
克とフィオナは振り落とされまいとドラグーン達の背中にしがみついていたが、さすがに前進する大型キメラの脇を通り過ぎる時は尻の痛みさえ忘れて敵の巨体を凝視した。
背後から近づいてくる走行音に気づいたか、カウ・スパイダーの動きがピタリと止まった。
尖った尻が左右に動き、その先端から何か白い液体を散布し始める。
「――危ない!?」
リョウと能主は、各々のハンドルを左右に切り、キメラの両脇を大きく迂回した。
白い液体は空中で投網のごとく広がり、一瞬前までAU−KVの走っていた場所へ粘着糸となって舞い降りた。ある程度距離をとっていたから回避できたものの、あの糸に捕らわれていたら転倒は免れなかっただろう。
左右からキメラの前方へ回り込んだ所で、克とフィオナが地面に飛び降りた。
「これ以上は、進ませない。行くぞ騎煌‥‥武装変!」
『騎煌』と名付けたミカエルをアーマー形態に変形、白き鎧として身に纏ったリョウは【OR】AU−KVレッドマントをなびかせ、インサージェントを構えてキメラの進路に立ちはだかる。
「大きくて攻撃的なだけで、滲み出るおぞましさがない」
覚醒変化の影響により、ぶつぶつ独り言をもらしつつ能主もリンドヴルムをアーマー形態で装着した。
獲物(島民)を目の前に前進を阻まれたキメラが、般若の顔面から牙を剥き、2本の角を振り立て怒ったような唸りを上げる。
「漁船を襲ったのもコイツ‥‥? これ以上、被害は出させない」
克は小銃S−01を構えて銃弾を浴びせた。後方から追ってくる仲間達と合流するまでは、無理に突入せず牽制と足止めの方針だ。
克、フィオナ、リョウの3人がキメラ前方を半包囲する形で展開、能主は単身背後へ回り込んだ。
「ここから先には行かせないよ!」
足を狙ってフィオナの繰り出したイアリスの刃がキメラの角に防がれ、FFの赤い火花が飛び散る。反撃の体当たりをエルガードで受け止め、危うく弾き飛ばされそうになるのを彼女は歯を食いしばって耐えた。
体当たりや噛み付きを主体とした敵の攻撃パターンからして一番危険なのは真正面と思われたが、それでもキメラの前進を阻むため、自身障壁で防御を上げてその場に踏みとどまるフィオナ。
リョウはレッドマントをしきりにはためかせ、あたかも闘牛士のごとくキメラの気を引いた。
2m超とリーチの長い槍斧で牽制しつつ、キメラが強引に囲みを突破し神社へ向かおうとすれば、竜の咆吼で元の位置へと押し戻す。
「おっと、おまえの相手は俺達だ!」
そう叫びながら、赤いマントを再びバサっと翻した。
一方、後方に回った能主は粘着糸の攻撃を避けるため左右に大きく動きつつ、前方のメンバーが攻撃した直後――すなわちキメラの注意が反射的に前面へと向けられたタイミングを狙ってセリアティスの刺突を加え、敵の攪乱と足止めを図った。
「後続が追いつくまで無理するな。踏み込みすぎるな。突いて引く。突いて引く。突いて抉って引く」
相変わらず淡々と小声で呟きながら、槍による一撃離脱を繰り返す。
時にキメラの後肢に蹴られ地面に叩きつけられるが、覚醒した彼女にとってその痛みはむしろ心地よいものとして感じられた。
やがて徒歩で追いついてきた残りの4名がキメラの後方から側面にかけて展開、ようやく完全包囲の態勢が整った。
「待たせたッ!」
第1声と共に源次の超機械ζから電磁波が迸り、味方の武器に錬成強化を、敵キメラには錬成弱体を施し総攻撃に備える。
「あの糸を早めに封じないとな‥‥」
ユーリは側面からキメラの腹を狙い、射程の長い魔創の弓を引き絞り、アウトレンジからの矢を立て続けに浴びせ続ける。
やはり後方から攻撃を始めた嶺の両手に握られた武器は――。
門松だった。
別にふざけているわけでなく、こう見えても銀河重工が開発したれっきとしたSES搭載小銃。その名も「門松ブラスター」!
キメラ襲来のため正月どころでなくなったこの島のため、わざわざ正月を持ってきた――わけではなく、たまたま手持ちの射撃武器がこれしかなかったというのが理由だが。
ともあれ、おめでたい門松の先から立て続けに銃弾が発射され、大蜘蛛の尻に命中する。
ただし装弾数、僅か3発。たちまち撃ち尽くした嶺は、武器をイアリスとクロックギアソードの二刀流へ持ち替え、側面から正面へ回り込んでの近接戦へ移行した。
「糸に巻かれるくらいなら角や牙の方がマシです!」
近接攻撃にはスキル円閃を多用。
脚に仕掛ける際には防御を考えクロックギアソードで一閃
腹に仕掛ける際にはスマッシュを併用しイアリスを叩きつける。
ただ腕力だけに頼った斬撃は行わず、フットワークに腰の捻り、体の回転を連動させ最大限効果的な攻撃でキメラの体力を削っていく。
音夢は粘着糸対策としてトルネードを活用した。キメラの尻から糸が降りかかれば竜巻で吹き散らす。
「迷子の迷子のキメラさん、貴方のお家はここではありません。‥‥黄泉の国へ、お帰りなさい」
敵の動きを睨みつつ、チャンスと見れば間合いを詰め、両断剣を付与した竜巻でカウ・スパイダーの巨体を切り刻んだ。
傭兵達の包囲・波状攻撃が徐々に効いてきたか。カウ・スパイダーの動きが目に見えて鈍り、さかんに吹きだしていた粘着糸も弾が切れたように途絶えた。
リョウが竜の翼で一気にキメラの頭部付近に接近、敵の眼前に大きくマントを広げる。
「真紅の残像‥‥みんな、今だっ!」
一瞬視界を遮られ戸惑うキメラに対し、傭兵達は一気に攻勢へ出た。
「この能力者の檻‥‥抜け出せるならやってみろ!」
源次が超機械で、ユーリが弓で援護射撃する中、威力の大きな近接兵器を持つ者達が最後の攻撃を開始する。
「陸に上がった事、後悔するといい!」
武器を月詠に持ち替えた克が、素早く側面から懐へ飛び込み流し斬り+紅蓮衝撃の大技を叩き込み。
「被害を抑える為にも、ここで終わらせる!」
それまで防戦一方に耐えていたフィオナも、紅蓮衝撃で全身を炎のごとく輝かせイアリスの一撃を決めた。
グフォオォオォォ――‥‥
咆吼とも悲鳴ともつかぬ低い鳴き声を上げ、カウ・スパイダーの巨体がベタリと地面に腹をつける。8本の長い節足をビクビク痙攣させていたが、それもじきに動きを止めた。
「造られた者の思いは、やはり造られたものでしかないのでしょうか‥‥? 命を奪うことも許されませんが、命を弄ぶのも‥‥私には許せません」
音夢は哀しげに呟くと、自らが倒した怪物の亡骸に向かいそっと手を合わせた。
キメラ殲滅を無線で本部へ報告した後、頂上の境内へと上った傭兵達を、島民達が歓呼の声で迎えた。
戦闘で傷を負い、自力で回復するスキルのない仲間達を源次が錬成治療する。
「大丈夫か? 強がりはいいが無理はするなよ?」
さらに島民達から正月用に作っておいた雑煮を振る舞われ、空腹を満たし体を温めた。
「島民の皆さんにはとんだ年明けになってしまったか。申し訳無い」
「なあに、旧正月にはまだ間に合うさ」
リョウは微笑し、改めて正月祝いを再開する島民達を手伝った。
「‥‥。折角神社に参ったのですから、御参りして帰りましょう。この世界の平和を願って。‥‥いえ、平和にすることを誓って‥‥」
島民達に混じって神社に立ち寄り、静かに手を合わせて初詣を済ませる音夢。
その後に続いて大きく柏手を打ち、
「バグアの脅威を跳ね返す。九州の地、渡すものか」
新たに心に誓う源次であった。
<了>