●リプレイ本文
●奄美沖、敵影見ゆ
UPC東アジア海軍空母「光竜」から索敵機として発進したウーフーが、北上するバグア軍艦隊を捕捉したのは、奄美大島西方およそ2百kmの海上だった。
10万t級の超大型空母「H・トールマン」を旗艦に、その前方約10kmを先行するイージス艦2隻。
見かけはたった3隻の「機動部隊」だが、実際は周囲の海面下に数多くの水中ワームと水中キメラが潜航し、艦隊を護衛しているのであろう。
既に沖縄からはビッグフィッシュ1隻を母艦とするバグア軍が出撃し、現在は五島列島周辺において佐世保を拠点とするUPC軍と陸海空に渡る攻防を展開中だ。バグアにより機関部を改造されて若干速度を増したといえ、所詮は水上艦の鹵獲空母では足が遅いため、後発の第2艦隊として出撃したものと思われる。
単純に距離だけを問題にするのなら、既に九州全域が「トールマン」艦載機とイージス艦搭載トマホーク・ミサイルの攻撃範囲に入っている。にもかかわらず未だに攻撃を開始しないのは、バグア側もUPC軍による迎撃を警戒し、福岡からの援護を受けられる九州近海まで接近した段階での空爆を目論んでいるのであろう。
それを阻止するため東シナ海に派遣されたUPC・プリネア連合艦隊のうち、護衛艦3隻を率いて最前衛を航行する空母「サラスワティ」の通信室にも敵艦隊の動向は伝えられていた。
間もなく後方の「光竜」から制空部隊が発進する。それにタイミングを合わせ「サラスワティ」からもKV部隊と対潜ヘリ部隊を発艦させ、まずは協同で2隻の敵イージス艦――元タイコンデロガ級巡洋艦「ジャイロ」、元アーレイ・バーク級駆逐艦「ステイザム」を叩こうという作戦だ。
●東シナ海海上〜空母「サラスワティ」艦橋
戦闘を前にした艦橋内の指揮所で、伊達・正風(
ga8681)は初対面となるプリネア王女にして空母艦長ラクスミ・ファラーム(gz0031)に礼儀正しく、しかし手短かに挨拶していた。
「今回の作戦の成否が、この後敵空母を攻撃する友軍部隊の安全にも大きく響くであろう。よろしく頼む」
本来は一国の王女だが、今は艦長として提督服に身を包んだ少女が海軍式の敬礼で応えた。
「お任せ下さい。俺は水中班としてビーストソウル(BS)で出撃しますが、必ずや2隻とも沈めてご覧に入れましょう」
このとき正風は自らのBSに水中用兵器のDM5B4重量魚雷を支給して貰えるか尋ねてみたが、ラクスミは少し難しい顔つきで答えた。
「すまぬ。今回は急な出撃ゆえ、その方らへ支給する武器まで積む余裕がなかった。重魚雷なら、正規軍の護衛艦搭載のW−01が装備しておるはずじゃが‥‥」
残念だが仕方がない。手持ちの熱源感知ホーミングミサイルで凌ぐしかないな――と正風は思った。
「龍深城・我斬(
ga8283)だ、よろしく頼む」
続いて、まだ大学生の様な若者がきさくな口調で王女に挨拶する。
「サラスワティか、噂には聞いていたが凄い船みたいだな」
「軽空母じゃが最新の装備を備えておる。‥‥とはいえ、空母の最大の武器はやはりそなたらが搭乗する艦載機じゃ。期待しておるぞ」
「ところで、俺は今回が初めての水中戦なんだが。誰か経験者はいないか? よければ話を聞いておきたいんだが」
「私でよければ‥‥」
そういって進み出たのは、プリネア海軍少尉で同艦の専属搭乗員マリア・クールマ(gz0092)。彼女自身は今回空戦班で出るが、W−01からBSまで水中用KVは一通り乗りこなし、海戦経験は豊富といえた。
「初めて」といえば、そもそも同じ人類が建造したイージス艦と戦うこと自体、能力者達にとっては初体験である。
明星 那由他(
ga4081)は副長のシンハ中佐からイージス艦のウィークポイント、戦闘機による優先攻撃目標などのレクチャーを受けていた。
「貴官の歳では実感が湧かぬだろうが、まだバグア襲来前の時代、イージス艦こそが最も進化した軍艦、世界最強の水上艦艇だった。対空・対艦・対潜の各種ミサイルを搭載し、しかも高性能レーダーにより200個以上の目標を同時追尾できる」
歴戦の海軍軍人でもある中佐が、鼻の下にたくわえた髭を撫でつつ説明する。
「僕らの乗るKVで‥‥通用する‥‥でしょうか?」
「まあ、あれらの艦が建造された時代の戦闘機と現代のKVでは性能がケタ違いだから、それほど心配する必要はないと思うが‥‥問題はバグアの手でどの程度改造されているか、であろうな」
その上で、空から狙うなら優先目標はやはりレーダーを備えたブリッジやVLS(垂直ミサイルランチャー)。そして増設が予想される対空プロトン砲、接近してからはCIWS(近接バルカン・ファランクス・システム)に充分警戒するように――というのが中佐からのアドバイスだった。
●「サラスワティ」甲板上
「組合員の皆さん、この戦いの後に艦でバレンタインパーティーを開くべく、全力で勝利を掴むです!」
「おおーーっ!!」
飛行甲板の上では、艦内クルー有志により結成された親睦組織(?)「サラスワティ福利厚生組合」のリーダー、御坂 美緒(
ga0466)が、頭に勇ましく鉢巻を巻いた組合員一同を集め気勢を上げていた。
(「そしてクリシュナ様に褒められて、ゆくゆくは‥‥♪」)
「あの〜、どうかしましたか? 組合長」
「あ! こっちのことなのです。アハハ」
つい妄想に耽りトリップ中の所を組合員から不思議そうに尋ねられ、慌てて赤面し取り繕う美緒。
「とにかく、何としても九州‥‥そして日本を護るのですよ♪」
やや離れた場所では、
「海に虎がOKなら、海で熊もイケるですかな?」
熊のビーストマンである鈴葉・シロウ(
ga4772)が、出撃を前にした雷電のチェックに余念がない。
「ジャイロ」「ステイザム」両艦の攻撃を担当する「サラスワティ」艦載のKV部隊は、対空火力に優れたイージス艦を攻略するにあたって部隊を空戦班・水中班の2班編制に分けていた。
空戦班
美緒(ウーフー)
那由他(岩龍改)
シロウ(雷電)
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)(シュテルン)
烏谷・小町(
gb0765)(ディアブロ)
マリア(アンジェリカ)
李・海狼(ウーフー)
李・海花(ウーフー)
水中班
威龍(
ga3859)(W−01改)
我斬(BS)
エメラルド・イーグル(
ga8650)(W−01改)
正風(BS)
須磨井 礼二(
gb2034)(BS)
このうち水中用KVに搭乗する者達はウェル・ドックからの発進となるので、既に機体と共に艦尾格納庫へと移動している。彼らが装備する水中用兵器は全て対艦攻撃への使用が可能だ。
問題は空戦班KVの武装である。
そもそもKVには「空対艦攻撃」を前提とした兵装が殆ど存在しないのだ。一応空対潜ミサイル「爆雷」はあるが、これも水上艦に対してどの程度有効か判らない。
幸いイージス艦や空母は巨大な上、ビッグフィッシュなどと比べて回避も極端に鈍いので、地上施設などの破壊に使われるロケット弾、フレア弾などによる爆撃が有効と考えられるが。
「装填数でこっちにしたけど‥‥果たして正解やったのか‥‥」
ディアブロの兵装スロットに装備した127mm2連装ロケット弾ランチャーを見つめ、小町は首を捻った。
これまで親バグア兵等が人類側の鹵獲兵器を使用した例はあるが、さすがに軍艦まるごとというのは珍しいケースなので、傭兵達にとっても試行錯誤の連続である。
とはいえ、出撃の刻限は迫っている。
後方およそ百kmの距離にいる「光竜」からも、KV約30機からなる制空部隊が出撃準備を終えたとの通信が入っている。
攻撃のタイミングを合わせるため、傭兵達はまず移動に時間のかかる水中班から先に発進を開始した。
●海中の攻防
「空中攻撃からの防衛に長けたイージス艦を攻略するのはいかに精鋭のKV部隊とは言え、分が悪いだろう。日露戦争の当時はいざ知らず、潜水艦が発明されて、戦争も変わったんだ。水上艦の天敵ぶりを遺憾なく発揮するのが懸命だろうぜ」
W−01改テンタクルズの操縦席で不敵に笑い、威龍が空母艦尾の発進口から海面に滑り出る。
「さて、これから長い付き合いになる。気合入れて行こうぜ獣魂!」
初陣となる愛機BSに声をかけ、我斬もその後に続いた。
水中班5機のKVがセンサーで海中を索敵すると、後方に水中移動物体が9つ。これは友軍――正規軍護衛艦隊から発進したW−01部隊だ。
水中用KVは戦闘機形態のまま、正規軍W−01部隊を後方に従える形でバグア艦隊へと水中航走を開始した。
やがて、前方約7kmに巨大な移動物体が2つ、その周囲をわらわら取り巻く数多くの遊泳物体が、モニタースクリーンの光点となって浮かび上がった。
海上を進む「ジャイロ」と「ステイザム」。そして両艦を護衛する水中ワーム・水中キメラの群である。
5kmほどの間隔をおいて並行する2隻の軍艦。少し小さい方が駆逐艦の「ステイザム」だろう。
「思った通り、かなりの数ですね‥‥」
エメラルドは敵の兵力と布陣を把握、そこからバグア側の戦術を読み取ろうと試みた。
ヨリシロか強化人間かは知らないが、これだけの兵力を動かす以上、バグア側指揮官もそこそこの人物なのだろう。つまりワームやキメラも統率された行動を取ってくると見た方がよい。
イージス艦にとっても初めてであろう、水中KVという相手を前にどのような動きを見せるのか――侮らず過大評価せず、客観的に敵将の力量を把握する。これから始まる戦闘の勝敗を分ける判断といってもいい。
奇妙なのは、人類側の艦隊も既にイージス艦のレーダー圏内に捉えられているにもかかわらず、未だに攻撃をかけてこない事だ。
敵の指揮官はよほど慎重派なのか、逆に艦隊を護るワーム部隊に全幅の信頼を寄せているのか。
「いずれにせよ‥‥あの水中ワーム部隊を排除しないことには、2隻の撃沈は覚束ないでしょう。そしてさらに先にいる敵空母も‥‥」
エメラルドが僚機に通信を送ったとき、前方のワーム・キメラ群のど真ん中で激しい水中爆発が炸裂し、海中が沸騰したように泡だった。
『こちらクールマ少尉。いま敵の水中部隊に空対潜爆雷を投下したわ』
無線を通してマリアの声が響く。
ほぼ同時に、李兄妹が操縦するウーフーを介し、「光竜」KV部隊(第1航空戦隊)とマンタ・ワームが空戦に突入した模様も伝えられてきた。
それを合図に、傭兵と正規軍、計14機の水中用KVも戦闘態勢に入る。
泡立つ海中の彼方から、爆雷攻撃を生き延びたメガロ・ワームと水中EQが突入してくるが、これを傭兵KV5機で迎え撃つ。
「さて、まずは邪魔者の掃除から始めるか!」
我斬は僚機と共にKVを人型へ変形、初体験となる水中戦に備えた。彼らの機体にも熱源感知ミサイルや重魚雷といった水中遠距離兵器は搭載されているが、これはあくまでも「本命」であるイージス艦2隻を叩くための切り札だ。
右前方から突入してきたメガロ・ワームに対し、移動先を狙う形でガウスガンを発射。敵の足を止めた所で接近し、ツインドリルで土手っ腹を穿った。
「こんなもんかな? ‥‥しかし、あのマリア少尉がいってた通り陸戦とは勝手が違うな」
そのすぐ傍では、足元の深みから襲ってきたEQの呑込み攻撃を辛くもかわした正風が、サーベイジ併用の水中ディフェンダーで反撃している。
「何匹いるんだ? まったく、ちょっとした大規模作戦だな!」
正規軍の援護が受けられる空戦班に比べると、数の点で水中班はどうしても苦戦を免れない。それでも爆雷攻撃で敵の出鼻を挫いたこともあり、正風は無理な突出は自重しつつも、ここぞという時は敵ワームへと勇敢に攻撃をしかけていった。
「スマイル、スマイラー、スマイレージ! 水の中でも笑顔貯金〜♪」
「名は体を表す」とばかり戦闘中でも笑顔をたやさない須磨井 礼二(
gb2034)は、正規軍W−01を狙うメガロの進路に回り込んで挑発。大鮫型ワームの体当たりをサーベイジ起動で耐え、さらに攻撃を上げたツインジャイロで反撃する。
続いて接近してきた水中EQが、ドリル状の牙を剥いて襲いかかってきた。
「仕方ないなあ。これは対艦用にとっておくつもりだったけど‥‥」
やむなく対潜ミサイルR3−0を発射し牽制、呑込みを避けつつ大蚯蚓の様なワームの横腹に水中練剣「大蛇」の斬撃を入れた。
「とっておきだ。よーく味わえ!」
周囲の水中ワーム・キメラをあらかた掃討した頃、やや後方に展開した正規軍W−01部隊の指揮官より、全機が敵艦を魚雷の射程圏に収めた旨の報告が入った。
「チャンスですね」
自らもB4重魚雷の発射管に注水しつつ、エメラルドが呟く。
SES兵器としては群を抜く射程距離を誇りつつ、命中率の問題から「実用性に難あり」といわれてきた重魚雷だが、目標がワームに比べて遙かに低速の軍艦となれば話は別だ。
正規軍9機を含め、魚雷装備の全KVが敵艦の側面に回り込み発射態勢に入る。
正風は僚機と連絡を取り合い、互いに誤爆を起こさないよう慎重に位置を調整した。
「しっかり狙って‥‥いくら何でも、水上艦に慣性制御はないだろうしな」
最初の目標は、駆逐艦「ステイザム」。
「よし、捉えた! 全機魚雷発射準備‥‥撃てぇ!!」
我斬の号令と共に、第1波、十数発の魚雷や水中ミサイルが白い航跡を引いて海中を走る。
わずかの間を置き、海水を伝播して返ってくる爆発の衝撃波。
モニタースクリーンの中で「ステイザム」の動きがガクリと落ち、対照的に「ジャイロ」は泡を食ったように回避運動を開始した。
敵イージス艦から反撃のアスロックが撃ち込まれてくるが、元々は巨大な潜水艦を標的として設計された対潜ロケットを、小回りの利く水中用KVで回避するのは難しいことではなかった。
ジグザグ航走で逃げ惑う「ジャイロ」の艦影を狙い、第2波の魚雷攻撃。
バグア指揮官の指令を受けたのか、今度は生き残ったメガロやEQが自ら盾となって魚雷を受け止め、海中の各所で爆発が巻き起こった。
この時点で魚雷を撃ち尽くした正規軍部隊は、友軍艦隊の直衛にあたるため後退。
「巡洋艦は空戦班に残しておいてやれ。俺達は駆逐艦にとどめを刺すぞ!」
傷ついた水中ワームをガウスガンで蹴散らしつつ、威龍が叫ぶ。彼の機体はまだ熱源感知ミサイルの残弾を温存してあるし、さらに近づけば近接兵装で艦底を切り裂くことも可能だ。
傭兵達のKVは戦闘機形態に戻ると、動きを止めた「ステイザム」を目指しブーストをかけた。
●空の戦い
その少し前――。
「さぁて。水泳部の皆さんが泳ぎやすくいけるよう。一丁キバっていきましょうか」
覚醒して本当に「海のクマ」と化したシロウの雷電を始め、「サラスワティ」から発艦したKV部隊は、「光竜」から飛来した正規軍部隊の援護を受けつつバグア艦隊目指して一路飛行していた。
鹵獲兵器のイージス艦が電波レーダーも残していることからRキャンセラーの効果が薄いと判断した那由他は、ウーフーと電子支援が重複できるメリットを選び、乗り慣れた岩龍改による出撃である。
「前は‥‥ずっと岩龍だったのに‥‥、イビルアイズにも乗るようになったら、岩龍だとちょっと不安だな‥‥」
先行するマリアのアンジェリカ、そして李兄妹のウーフーが、対潜仕様サイレントキラーからのソナー情報に基づき水中ワームの上空から空対潜「爆雷」を投下。
2隻のイージス艦から垂直に打ち上げられたSAM(艦対空ミサイル)十数発がKVを狙うが、同じく「サラスワティ」のVLSから発射されたSAMがこれを迎撃する。
その直後、海面から水飛沫を上げ数十機のマンタ・ワームが出現。正規軍KV部隊も急降下してたちまち乱戦に突入した。
長く煙の尾を引き空中を乱舞するミサイルとミサイルが激突。レーザーとプロトン砲の光線が飛び交い、東シナ海上空に幾つもの炎の華を咲かせる。
そんな中、美緒のウーフーは李兄妹と位置取りを調整し、戦域全体をアンチジャミングでカバーすべく務めた。
また敵艦の射程が長いことから、目標にされないよう常に大きく動き回る。マンタに対してはレーザー砲とHミサイルで応戦。
「私達が頑張れば、そのぶん水中の人達が楽になるですよ♪」
爆雷攻撃を終えたマリアは制空部隊に合流し、レーザー砲、スナイパーレーザーでマンタ牽制に回った。
傭兵側KVの目標はもちろん敵イージス艦だが、その前に次々と海中から飛び上がってくるマンタを片付けないことには敵艦に近づくこともできない。
「ロケランは対艦用や。お前らにゃこっちをやろう!」
小型HWをやや扁平にしたようなマンタに対し、小町のディアブロはレーザー砲で牽制を加えつつ、間合いを詰めてスラスターライフルの連射を浴びせた。なるべく敵ワームをひきつけ、また友軍機を狙うマンタを優先して叩くことで、味方の損害を極力減らすことを意識しつつ彼女は戦闘を続ける。
「少しはこちらが脅威であると思わせてやらねばな」
最新鋭KVシュテルンで参加のヴァレスは巧みに機首を振りながらスラスターライフルの弾幕を張り、イージス艦のSAMとマンタ・ワームを迎撃。
さらにすれ違い様、ソードウィングでマンタに斬りつける。
「伊達に12も翼が付いている訳ではない」
上空を飛び回るマンタの数が半分以下に減ったとき、イージス艦の1隻――駆逐艦「ステイザム」の舷側で数本の水柱が高々と持ち上がり、その艦体がグラリと傾いた。
水中KV部隊の魚雷攻撃が成功したのだ。
それをきっかけに空戦班のKV5機もブーストをかけ、「ステイザム」の側から回り込む形で一気に敵艦へと突入した。
●海獣たちの挽歌
半ば航行不能となり、SAMも撃ち尽くした「ステイザム」は、いよいよKVが迫ってくると近接防空用のCIWS、バグア側が増設した対空プロトン砲を乱射し死にものぐるいの抵抗を続けた。
傭兵達の目にも、イージス艦独特の形状――フェーズドアレイ・レーダーを内蔵した箱形の大きなブリッジ、都市攻撃用トマホーク・ミサイルを格納したVLSのランチャー部分までがはっきりと視認できる。
美緒はラージフレアを展開、プロトン砲を回避しつつ127mmロケット弾を浴びせた。
「出血大サービスなのです♪」
マンタ相手の空戦中は専らSライフルによる援護射撃を担当していた那由他も、今度は積極的に突入しレーダーやVLSを狙ってロケット弾を撃ち込む。
「ここを破壊できれば、僕らがやられても‥‥、都市攻撃や空母の援護には接近が必要になるはず‥‥」
続いて小町がロケット弾を放ったとき、「ステイザム」の舷側で再び爆発が起こり、その艦体がさらに大きく傾く。
駆逐艦へたどり着いた水中KV部隊が残りの熱源感知ミサイルを発射、さらに接近してガウスガン、ニードルガン、そして近接兵装での攻撃を始めたのだ。
既に沈没間近――と判断し水中と空のKVが退避した直後、VLS内部に残っていたミサイルが誘爆したのか、「ステイザム」の艦首から約1/3が大爆発と共に消し飛び、8千tの艦体は逆立ちするような格好であっという間に波間に没した。
残るは巡洋艦「ジャイロ」。ちょうど「ステイザム」が盾になって一身に攻撃を浴びたため、その損害はまだ少ない。
「煙幕弾、撃ち込んだろか?」
「いや、その必要はない。奴は俺達で始末する」
ヴァレスは小町に通信を送ると、シロウの雷電と共に「ジャイロ」へと向かった。
「ステイザム」との交戦で鹵獲イージス艦の対空火力をある程度把握したシロウは、敵のSAMをスラスターライフルで迎撃、プロトン砲はラージフレア展開で回避しつつ、ヴァレスと連携してロケット弾を撃ち込み徐々にその火力を削いでいく。
焦らず着実に――僚艦とマンタの援護を失い、丸裸となった「ジャイロ」にチェックメイトをかける時は近い。
「海の道先案内人となるとウンディーネですね。女性型精霊とな。うーん、いいねぇ〜」
殺伐とした戦闘のさなか、束の間男の浪漫に浸るシロウの無線にヴァレスからの通信が入る。
「飛び乗る、援護を」
タイコンデロガ級巡洋艦の艦尾には、本来対潜ヘリを発着させるための短い飛行甲板がある。バグアは対潜ヘリなど使わないので今は対空プロトン砲が2門ばかり増設されているが、ヴァレスはシュテルンの垂直離着陸機能を利用し、そのスペースに直接乗り込もうという破天荒な作戦を実行に移そうとしていた。
「生憎とカンツォーネはまだ歌いきれないんですが‥‥新番組の主題歌じゃ駄目ですかそうですね」
シロウはヴァレス機援護のためまだ付近に残ったマンタを牽制、さらにロケット弾で「ジャイロ」後部の対空火器を潰していく。
必死で回避行動を取る「ジャイロ」のヘリ甲板上空まで到達するとヴァレスは急減速、シュテルンの特殊性能を発動し人型形態で艦上に降り立った。
スラスターライフルの掃射で残る対空兵器を沈黙させた後、「サラスワティ」へ無線で確認を取る。
「一応拿捕も可能だが‥‥どうする、艦長?」
『撃沈せよ』
ラクスミからの返信は単刀直入だった。
『残念だが、鹵獲してもここからL・Hまで曳航する余裕はない。それに‥‥』
やや声を落とし、
『せめてもの情けじゃ。バグアどもに処分される前に、同じ人類の手で眠らせてやれ』
「――了解」
ヴァレスはSES兵器の機杭「エグツ・タルディ」を振りかざし、足元の甲板へと突き立てた。
「この一撃、耐えられるか!」
メトロニウム合金製の高速パイルバンカーが、FFで防御しているといえ所詮は通常合金の船体に深々とのめり込む。
「ジャイロ」の速度が目に見えて落ち、舵のコントロールを失ったように蛇行し始めた。
対空砲火も含めて殆ど沈黙した巡洋艦目がけ、傭兵達のKVが残ったロケット弾を惜しみなく叩き込む。
足元が大きく揺れ始めたため、ヴァレスは4連バーニアを吹かして再び空へと舞い上がった。
その直後、彼の穿った甲板上の穴から噴火のごとく爆発の火柱が立ち上がる。
機関部から始まったその爆発は火薬庫やVLS内に残されたミサイルにも連鎖して次々と誘爆を引き起こし、やがて1万tに及ぶ艦体そのものが炎に包まれた。
炎上する「ジャイロ」が徐々に沈み始めると、残存のマンタ・ワームは再び海中へと逃走し、他の水中ワーム共々後方の旗艦「トールマン」へと撤退を開始した。
「『彼女たち』にとってもこれが幸せでしょう。このまま、バグアの手先として使われるくらいなら‥‥」
「サラスワティ」艦橋より沈没する2隻から立ち上る黒煙を眺め、シンハ中佐がゆっくり敬礼した。
「皮肉なものです。まだ駆逐艦艦長だった頃、いずれイージス艦を指揮する事が自分の夢だったのですが」
「そういえば、そなたじゃったな? 本艦の建造計画が公表されたとき、『KV空母なんぞ作る予算があったら、その前にイージス艦を造れ!』と海軍司令部に怒鳴り込んだというのは」
「いや、その件はもうお忘れを」
ラクスミの言葉に、中佐はバツの悪そうな顔で苦笑する。
「時代が変わったのでしょうな‥‥これからの戦線を支えるのは、やはり殿下や彼ら傭兵の様な若者達なのでしょう」
ワーム部隊の撤退後、しばらく周辺海域の哨戒と水中キメラ掃討にあたった傭兵達は、ラクスミからの指示を受け「サラスワティ」へと帰投した。
「皆の者、大義であった。後の事は後方の友軍に任せ、ゆるりと休むがよい」
空母の甲板上にテーブルと椅子が並べられ、KVを降りた傭兵達をラクスミが紅茶とケーキでもてなした。
ついでに傭兵達の功績を称え、「プリネア王国名誉騎士章」を王女手ずから授与して行く。ただし美緒と那由他には先に別依頼で授与された品だが。
一応、1人1個のみの限定アイテムなのだ。
「うわ〜これって何か特典あるん? ULTのショップで割引とか‥‥」
メダルにリボンのついた、一見勲章に似た記念章を珍しげに手に取り、小町が尋ねる。
「特にない。‥‥まあいずれプリネア本国を訪れることでもあれば、それなりに尊敬の眼差しで見られるじゃろうが」
「なーんや」
「無事艦隊を撃退できたら、敵艦の残骸を‥‥回収できないでしょうか?」
サイエンティストとして、那由他は撃沈した敵艦の一部でもサルベージできないかと考えていた。簡易改造とはいえ、うまくいけば敵のFFや重力波センサーについて何か情報を得られるかもしれないからだ。
「バグアは‥‥技術が漏れないようにやられた機動兵器を念入りに爆破しますから‥‥、今回も当然そうするでしょうけど、あれだけの大きなものを完全にっていうのは出来ないと思うんです‥‥」
「それが出来れば良いのじゃが、ちと難しいな‥‥この辺りの海域は、下手すれば水深3千mはある。残念ながら、水中用KVの行動できない深海での作業は危険すぎるのう」
そのとき、一同の頭上を40機に及ぶKVの大編隊が轟音を上げて通り過ぎた。
後方のUPC軍空母「光竜」から飛び立った第2次攻撃部隊。その中には、バグア艦隊旗艦・空母「トールマン」撃沈の特命を帯びた仲間の傭兵部隊も混じっているはずだ。
「後は向こうの人達がきっとやってくれるです♪ 成功を祈るですよ♪」
南に飛び去る友軍機の編隊を眩しそうに見上げ、美緒が大きく両手を振った。
<了>