●リプレイ本文
●奄美大島近海〜空母「H・トールマン」艦橋
「『ジャイロ』と『ステイザム』が沈められただと!?」
ブリッジの指揮所で、「トールマン」艦長が怒声を張り上げた。
「バカモンッ! 護衛のワームどもは何をやっていた!?」
(「ちっ。敵を少し甘く見ていたか‥‥?」)
彼はかつて「トールマン」艦長だった米海軍大佐の肉体をヨリシロにしたバグアである。その点では人類側の軍事力に精通しているといえたが、それはあくまでバグアが絶対優位にあった20世紀末の時代の知識だ。名古屋防衛戦やアジア決戦において人類軍と本格的に戦うこともなく、人類側KVの急速な進歩についての認識も浅かった。
同じ軍人の体をヨリシロにしながら、常に前線で戦い能力者の脅威を学び続けたハワード・ギルマン(gz0118)とは対照的に、沖縄のバグア拠点で長らくぬるま湯のような時間を過ごしていたのだ。
だがアジア・オセアニア地域の実質的な総司令官であるジャッキー・ウォン直々の命令で出撃した以上、今さらおめおめ沖縄へ引き返すわけにもいくまい。
元より、鹵獲兵器にすぎない改造イージス艦を2隻ばかり失った所でバグア軍全体に及ぼす影響は何ほどのこともない。しかし、トマホーク・ミサイルの先制攻撃を皮切りに南九州空爆を開始する当初のプランは大幅に狂ってしまった。
「‥‥艦載機の発進準備はできているか?」
「はっ。ご命令とあらば、いつでも」
副官を務める親バグア士官が答える。命惜しさからバグアへ帰順したものの、ヨリシロや強化人間になるだけの「素質」を認められない地球人の1人だった。
本人は「うまく取り入ってバグア軍内に地位を得た」と勘違いしているようだが、バグア艦長から見れば親バグア派だろうが所詮は「猿」の1匹に過ぎない。それでも副官に取り立ててやったのは、ただ書類作業など面倒な雑務を押しつける部下が必要だったからだ。
(「何しろ洗脳兵はいわれた事しかやらんし、強化人間は自分が将来のヨリシロ候補とも知らずエース気取りで口答えしおる‥‥単に家畜として飼うなら、素の地球人の方がまだ扱いやすいというものよ」)
そこまで考えてから、再び目の前の戦況に思考を戻す。
「予定より少し早いが、20分後に全機発艦だ‥‥目標、鹿児島及び熊本!」
格納庫と飛行甲板に待機したおよそ百機に及ぶ戦闘爆撃機はやはり元米軍からの鹵獲兵器だが、その機体には人類側でいえばフレア弾に相当する特殊焼夷弾が満載されている。
フレア弾との違いはピンポイントの施設破壊ではなく、空中爆発により遙かに広範囲の無差別破壊を目的としている点だ。
「こうなれば報復だ‥‥南九州一帯を焼け野原にしてくれるわっ」
「よ、よろしいのですか? ウォン様のご命令も、そこまでしろとは――」
「かまわん! どうせろくな資源もない島国だ。生き残りの猿どもを統治するなら、福岡だけ残しておけば充分だろうが」
外見は初老の白人男性であるバグア艦長は、ニタリと歯を剥いて悪魔のごとき笑いを浮かべた。
●東シナ海洋上〜UPC軍空母「光竜」
大型空母の艦内や甲板上で、「敵イージス艦2隻を撃沈」との報告を受けたUPC軍の将兵が一斉に歓声を上げていた。
海戦の第一段階は、まず人類側が勝利したといえる。
だが全てが終わったわけではない。奄美大島沖合の海上では、引き続きバグア艦隊旗艦「トールマン」が水中ワーム群を率いて北上し、既に九州全域を艦載機による攻撃範囲に収めているのだ。
また「光竜」自体、位置を知られている以上、いつ敵のマンタ・ワームから空襲を受けるかも判らない。
イージス艦攻撃任務を終えて帰投した第1航空戦隊の収容が終わり一息つく暇もなく、UPC艦隊司令から直ちに第2航空戦隊、KVおよそ40機による敵空母攻撃の命令が下された。
その中で直接「トールマン」撃沈を任務とする10名の傭兵達も、パイロット待機所を出てエレベーターで飛行甲板上へと向かった。
「決戦だな」
皮肉にも「トールマン」と同じく旧米海軍ニミッツ級空母、現在はUPC東アジア海軍に所属する「光竜」の広大な飛行甲板で潮風に吹かれつつ、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が呟いた。
「敵は強大だが、引けない戦いだ。勝利のために全力を尽したい」
「少し前に空港を攻めに来たかと思えば、次は改造空母でおでましか。ったく、九州のバグアどもははしゃぎ過ぎだってのっ」
男勝りの口調で、腹立たしげに鹿島 綾(
gb4549)がいう。
「やれやれ、たった10機でニミッツ級を沈めて来いとは無茶を言ってくれる。まあ、忙しいのはここだけじゃないか。」
苦笑いしつつ肩をすくめるのは河崎・統治(
ga0257)。
確かに十万t級の超大型空母、かつて超大国の「力の象徴」でもあった「トールマン」を、正規軍KV部隊の援護があるとはいえただ10機のKVで沈めろというのだから、常識で考えれば無茶な依頼である。
とはいえ、友軍の空母「サラスワティ」から出撃した仲間の傭兵達が、同じ10機で敵の改造イージス艦2隻を見事撃沈したのだ。
(「こいつは俺達も負けられないな‥‥」)
バグア襲来前の時代であれば世界最強の戦略兵器ともいえたニミッツ級空母だが、SES兵器や能力者搭乗のKVが主戦力となった現代の水準から見れば、もはや「前世紀の遺物」である。「光竜」にしても対バグア戦用に大幅な改造を加えているといえ、KV部隊の護衛付きでなければ危なくてとても洋上には出せない。
それでもバグア側が鹵獲兵器として引っ張り出してきたのは、その強大な攻撃力が――少なくとも一般の都市に対しては――充分「有効」と判断したからだろう。
「ここで敵の空母を撃沈しなければ、マールデウの悲劇が繰り返されるな‥‥それだけで全てを賭けるには十分過ぎる程の意味がある」
鯨井起太(
ga0984)は、かつて北部インドの「あの町」で目撃した惨状を思い返していた。
「今度は間に合って良かった。後は僕らがクールに決めれば良いだけの話さ」
「この作戦の成否で九州の運命が決まるわけですね‥‥悲しみをこれ以上増やさない為にも絶対成功させます」
固い決意を胸に秘めつつも、優雅に微笑む美環 響(
gb2863)。
「大分は大親友の故郷で、これは聖戦です。絶対譲れません」
遙か九州のある方角を見やり、キャル・キャニオン(
ga4952)がぐっと拳を握り締める。
「このまま放っておいたら、街や人々が大変な事になる‥‥凛、そんなの絶対に嫌だから」
傭兵兼アイドル、愛称「ヒメ」として普段はTVで明るい笑顔を振りまく勇姫 凛(
ga5063)も、今日ばかりは真剣な面持ちだ。
さて、いかにして「トールマン」を沈めるか?
イージス艦撃沈に成功した別働隊は、主力兵器として遠距離兵器のロケットランチャーと水中用KVの重魚雷を使用したらしい。
しかし今回の依頼では百Km以上の彼方にいる敵空母の攻撃に水中用KVを同行させるのは速度の問題で難しいし、またFFで防御されているであろう10万tの巨艦をロケット弾のみで撃沈できるかも定かでない。飛行甲板だけ破壊して使用不能にする手もあるが、そのまま沖縄へ逃げ帰られては修理されてまた出撃してくる怖れもある。
「奴」を確実に海の藻屑とするため、傭兵達が選んだのはフレア弾による爆撃だった。
具体的には2機1組でペアを組み、1機が爆撃担当、もう1機が予想されるマンタ・ワームや敵空母の対空兵器から僚機を守るべく援護する。
編成は以下の通り。
援護担当/爆撃担当
統治(ディアブロ)/凜(ディアブロ)
ホアキン(雷電)/起太(アンジェリカ)
南雲 莞爾(
ga4272)(ディアブロ)/カーラ・ルデリア(
ga7022)(イビルアイズ)
キャル(R−01改)/響(バイパー改)
綾(ディアブロ)/櫻小路・あやめ(
ga8899)(雷電)
「やあ! みんな、今日はヨロシク〜♪」
ミカガミに搭乗、正規軍KV部隊の指揮をとるチェラル・ウィリン(gz0027)軍曹が、長い筒状の書類入れを振り振り歩み寄ってきた。
「えーと、これカーラ君に頼まれてたヤツ」
元々同じニミッツ級空母であった「光竜」の艦内コンピュータには、旧米軍時代の古いデータとして姉妹艦である「トールマン」の船体構造図も残されていた。現在ではバグア側の手で何らかの改造強化を施されていると思われるが、それでも敵のウィークポイントを推測する手がかりとして、カーラはチェラルを通しUPCにプリントアウトした図面を申請していたのだ。
カーラが特に関心を抱いていたのは、改造前の「トールマン」が装備していた電波式レーダーの位置だった。巨大な艦体に比べると小さく思えるが、それでもちょっとしたビル並みの大きさを持つブリッジと、その上にそびえ立つレーダーマスト。
「人間の作った装置なんて増設するとも思えないしねん。この位置にあると思っていいんじゃないかな? かな?」
もちろん電波レーダーを潰しても、バグア艦には重力波センサーが増設されている可能性が高い。だがカーラの搭乗機は、その重力波センサーを妨害するロックオン・キャンセラーを装備したイビルアイズだ。
「それさえ壊せば私のジャミングが効果を発揮するやね」
「たとえ改造されていたとしても、艦船として使用している以上、基本構造はそう大きく変えられないはずです」
チェラルが広げた図面を覗き込み、あやめもまた旧米軍時代の機関系、動力伝達系等の位置を確認した。
「艦の動きを止めるなら‥‥狙い目は、やはり機関部からの動力伝達系でしょうか?」
それからあやめはチェラルの方へ顔を上げ、
「作戦行動時の情報共有を密にするべきです。第2航空戦隊の電子戦機に情報中継をお願いできますでしょうか?」
「いーよ。キミ達の編隊とデータリンクできるよう、ボクからウーフーのパイロットさんに伝えておくね」
「俺が頼んだ方は持ってきてくれたかい?」
「ああ、ホアキン君はこっち‥‥ついさっき『光竜』の偵察機が撮った写真」
チェラルが差し出した数枚の偵察写真には、かなり画像は荒いものの、戦闘開始前にウーフーのカメラが捉えた「トールマン」最新の姿が映っていた。
遠くからの撮影なので細かい所までは判りづらいが、改造前の図面と照合する事で、ホアキンは対空プロトン砲・電波レーダー・アイランド・弾薬庫・バラストタンクの位置にあたりをつける。
「確実に仕留めるなら、やはりここ‥‥弾薬庫だな」
「チェラル、今回も宜しく‥‥凛、頼りにしてるから」
「まーかせて♪ 制空権はこっちでガッチリ抑えておくよ。あ、でも何機かとりこぼしちゃったら‥‥その時は援護担当のみんな、ヨロシクぅ」
そういって笑うチェラルの指に光るガーネットの指輪は、去年のクリスマス・イブに凜が贈ったものだ。
凜は嬉しく思うと共に、心の中でそっと祈る。
(「チェラル、怪我なんかしちゃ絶対駄目なんだからなっ‥‥頼んだよ、指輪の魔法」)
やがて出撃を報せるサイレンが鳴り響き、チェラルと傭兵達も飛行甲板状に翼を並べる各々の搭乗機へと駆けだした。
「あらまあ可愛いバディさんね」
「よろしくお願いします。本来なら僕の方がエスコートすべきなんでしょうけどね」
互いにロッテを組むキャルに向かい、優雅に一礼してから響がバイパー改へと乗り込む。
第2航空戦隊――チェラルら正規軍KVおよそ30機が飛び立つのを待ち、傭兵達のKVも順次「光竜」のカタパルトへと移動した。
「河崎統治、行ってくるぜ!」
機体ごと打ち出される衝撃と共に、統治のディアブロが蒼空へと駆け上がる。
続く凜はコクピット内に御守りとして張り付けたチェラルの写真をちらっと見やり、やはりカタパルトで空へと舞い上がった。
やがて全機が無事発艦した傭兵達のKV10機は改めて担当の者同士がロッテ編隊を組み、正規軍KV部隊の後に続く形で南方へと向かった。
●燃える東シナ海
南西諸島に沿って南下する形で飛び続けると、やがて友軍艦隊――護衛艦3隻を伴う空母「サラスワティ」の上空を飛びすぎた。ほんの一瞬だが、飛行甲板の上で大きく手を振るクルーやパイロット達の姿が過ぎる。
「こういう危険な依頼に出る度に思います。安心して背中を任せられる相手がいることは幸せですね」
しみじみとした口調で、響が僚機に通信を送った。
「敵イージス艦に対しては同じL・Hの傭兵部隊を。周囲の援護はチェラルさん正規軍を――人類の希望は能力者ではなく、こうした絆なのかもしれないですね」
さらに飛び続けると、間もなく沖縄方面からこちらに向かう巨大な艦影が視認できた。
「見えたぜ。『奴』だ」
凜と共に先頭を行く統治が後続の僚機に短く告げる。
「光竜」と形が似ているので一瞬母艦に戻ってきたかの様な錯覚を覚えるが、あれこそがバグア軍艦隊旗艦、元ニミッツ級空母「ヘンリー・トールマン」だ。
通常の空母決戦ならこの時点で相手側からも迎撃機が上がって来るはずだが、バグア空母はKV編隊など眼中にないかのごとく一路九州方面を目指し北上している。
いや、バグア軍にとって鹵獲空母など戦闘爆撃機を運ぶ「輸送船」に過ぎない。真に危険な相手は周辺の海中に潜んでいるはずだ。
不意に眼下の海面が泡立ち、通常の小型HWをやや扁平にした様なマンタ・ワームが水飛沫を上げて次々と空中へ飛び上がってきた。
先行する正規軍KV部隊も高度を下げ、たちまち東シナ海上空を舞台に両軍入り乱れてのドッグファイトが始まる。
正規軍のKV数機がホーミングミサイルを発射すると、その噴煙に紛れるようにして1機のKVがブーストをかけマンタ編隊のど真ん中に突入した。
チェラルのミカガミだ。
元々人型形態での挌闘戦を主眼に開発され、装備量などの問題からあまり空戦向きとはいえないミカガミを巧みに操り、近接してのレーザーとガトリング砲のみでたちまち数機のマンタを撃破していく。
一方、傭兵側KV10機は密集隊形を取り、乱戦の中を一気に突っ切っていった。
彼らの使命はあくまで「トールマン」撃沈なのだ。
それでも海面下から待ち伏せの様に飛び上がって来たマンタの1機が、凜の試作リニア砲に射抜かれて再び海中へと逃げ込んだ。
「邪魔をするな、凛はお前達に構ってるような暇はないんだからっ!」
起太のアンジェリカも近寄ってきた敵ワームにソードウィングの一太刀を浴びせるが、それ以上の深追いはしない。
翼刃以外の兵装を対艦攻撃仕様で固めているという理由もあるが、何より今は高まった破壊衝動を下手に発散させず、全て空母へとぶつけたい。
そんな起太機とロッテを組むホアキンは、「Inti」と名付けた雷電のSライフルD−02により相棒に接近を図るマンタを排除。
響からやや距離を置いたキャルのR−01改は僚機を追尾するマンタを発見するや、アグレッシブファング併用のヘビーガトリングで弾幕を浴びせた。
「今日はお上品返上で派手に行きますよ」
敵機がこちらへ向かってくれば、自機のタフさを信じて急激なロールや機動で回避。
カーラ機の護衛につく莞爾のディアブロも、距離に応じてレーザー砲とSライフルG−03を使い分け、接近してくるマンタを牽制する。
あやめの雷電を狙うマンタの機影を察知した綾は、すかさず通信を送った。
「離脱だ、あやめ! 後は俺に任せな!」
マンタの背後をとってUK−10AAMを発射。敵が慣性制御で回避した所でなおも食らいつき、スラスターライフルの弾雨をお見舞いする。
だがやはり深追いはせず、マンタの逃走を確認後は再びあやめ機の傍へと取って返した。
「熱くなりたい時こそクールに‥‥ってな」
若干の妨害はあったものの、迎撃に上がったマンタの大半が正規軍部隊が引きつけてくれた事もあり、間もなく傭兵達のKVは大きな損害もなく「トールマン」の近辺まで取り付く事に成功していた。
「んじゃ、行くか」
統治と凜のディアブロが接近すると、空母からシースパローミサイル、CIWS(近接バルカン・ファランクス)、そしてバグアによる改造兵器・対空プロトン砲が一斉に発射された。
いよいよ海の怪物、ニミッツ級空母本艦が牙を剥いてきたのだ。特にプロトン砲は空母のレーダーシステムと連動しているらしく、あのタートルワームよりも命中精度が高そうだった。
2機のディアブロはいったん高度を下げて対空砲火をかいくぐり、ブースト&アグレッシブフォース併用で艦首正面から突入。127mmロケットランチャーを掃射しつつ艦尾側から離脱。
その直後、飛行甲板上で発艦準備に入っていた戦闘爆撃機が何機か爆発し炎が舞い上がった。自動消火装置が作動し、燃え上がる甲板上に数カ所から消化剤が振りまかれる。
ただしバグア側も甲板を特殊合金の装甲に張り直したらしく、ロケット弾のみで飛行甲板を貫通するのは難しそうだった。
続く起太とホアキンのペアはやはり低空から左右両舷に分かれ、ロケットランチャーを撃ち込んだ。ホアキンが専ら敵艦のプロトン砲座やレーダーマストを狙うのに対し、起太の方はあえて目標を絞らず撃ち放す。
これだけ的が大きければ、適当に撃ってもどこかに当たり損害を増やせる。そして何より「本命」であるフレア弾爆撃を悟られないカモフラージュでもあった。
「‥‥頼むぜ、相棒‥‥アグレッシヴ・フォース起動‥‥!」
カーラ機と共に突入した莞爾はディアブロの機体得能を発動、やはりロケットランチャーをプロトン砲座に叩き込む。練力付与で破壊力を増したロケット弾が砲座の1つに命中、周囲の設備もろとも炎の爪でプロトン砲をえぐり取った。
その間、カーラは飛行甲板上の航空機を127mmロケットで掃射。バグア式フレア弾を抱え込んだ戦闘爆撃機は次々誘爆を起こし、焦熱地獄と化した甲板状をパイロット達が逃げ惑う。
強化人間か洗脳兵か、それとも一般人の親バグア兵かは知らない。いや知る必要さえない。いずれにせよ「バグアに魂を売った者たち」という段階で、彼女は敵にかける情けなど覚えなかった。
「裏切り者には死の制裁やね。とっとと消えて?」
プロトン砲の光条をかいくぐって突入したあやめの雷電がエレベーターを狙いロケット弾を発射。すぐ後に続く綾のディアブロも高度と機動をこまめに変えつつ対空砲火をかわし、やはり同じ場所へロケット弾を撃ち込み、今度こそ完全に潰した。
飛行甲板は劫火に包まれ、カタパルトやエレベータも使用不能。もはや「トールマン」は空母としての機能を喪失していたが、それでも艦そのものは悠然と航行を続け、なおも生き残りのプロトン砲で反撃してくる有様は、やはり怪物としか言い様がない。
だが艦橋上のレーダーマストが僚機のロケット弾でほぼ吹き飛ばされているのを、カーラは見逃さなかった。
「イビルアイズの正しい使い方、見せてあげるよん」
Rキャンセラー、起動。
電波レーダーを失った「トールマン」は、残る重力波センサーさえもジャミングで狂わされ、対空プロトン砲の命中率がガクリと下がった。
ジャミング効果の持続時間はほぼ1分。
だが爆撃班全機が任務を遂行するのに、1分あれば充分だった。
●水底で眠れ
再び高度を上げ、上空で編隊を組み直した傭兵部隊は、正規軍ウーフーからの情報によりマンタ・ワームがチェラル隊に完全に足止めされていることを確認後、改めてフレア弾爆撃の態勢に入った。
ここまで来れば、もはや奇手は不要である。
「まさか本当にこんな半端な代物で、ボク達をどうにかできるとでも思ってたのかい?」
急降下した起太はまずアイランド型の艦橋を狙い1発。ローリングシザースで反転上昇し、甲板に向けてもう1発を投下した。
10万tの巨艦を包み込むかのような、2つの炎の華。艦橋は半分がた吹き飛んだが、よほど頑丈な装甲を張っているのか、甲板は大きく歪んだだけだった。
続いてホアキンの「Inti」が超伝導アクチュエータを起動し、艦橋目がけて1発。
これで残りの半分も完全に消し飛び、同時にアングルド・デッキの重みでバランスを崩した「トールマン」は大きく傾いた。
いったん低空で旋回したホアキンは、バラストタンクをロケット弾攻撃、さらに傾斜を拡大させる。既に高熱で溶解しかけた戦闘機がバラバラと海面に落下、水上気の白煙が沸き起こった。
「紅い悪魔の名に恥じず‥‥噛み砕いてみせる‥‥!」
再びAフォースを起動し舞い降りた莞爾のフレア弾が艦首付近に命中、その言葉通り紅蓮の牙で食いちぎる。
「過去の遺物は歴史からご退場なさい」
響のバイパー改が空戦スタビライザー起動でフレア弾を投下するのに合わせ、キャルはAファング併用の84mmロケット弾を叩き込んだ。
凜はディアブロの機首をいったん天に向け、可能な限り高度を上げた。
「ごめん、トールマン‥‥でも、お前も利用されたままなんて我慢出来ないよね。その誇り、凛達が守るから」
空を感じきった所で、そのまま太陽を背にして、フレア弾の急降下爆撃を敢行。
「キラリ光って、急降下‥‥凛達が居る限り、バグアの好きには絶対させないんだからなっ!」
充分に落下速度を乗せて投下されたフレア弾がついに強固な装甲甲板を貫き、空母の艦内で炸裂した。
「こ、こんなバカな‥‥猿どもの戦闘機ごときに、この私が‥‥」
「トールマン」艦内CDC(戦闘指揮センター。通常の軍艦のCICに相当)に立ち尽くし、艦長のバグアは掠れた声で呻いた。
既に艦内の温度は数百度に達し、ただの人間に過ぎない副官は蒸し焼きの焼死体と化して足元に転がっている。
彼がまだ生きていられるのは、ヨリシロの特殊能力により自前のFFで身を護っているからだ。だが、それにも限界がある。
「ク、クソッ! やはり猿どもの鹵獲空母などに乗るのではなかった!」
腹立ち紛れに副官の死体を蹴飛ばし、艦長はCDCの出口へと足早に向かった。
格納庫に予備のマンタ・ワームが置いてある。あれで脱出し、何としても沖縄に帰り着くのだ。
「覚えてろよ、猿ども! この借りは、必ず――」
そう叫びながらドアを開けたその瞬間、凜の投下したフレア弾が艦内で爆発。
ドッと押し寄せた炎の奔流が、艦長の肉体を中身のバグアもろとも焼き尽くしていた。
傾斜した空母の各所から炎と黒煙が噴き出す中、なおもKV部隊の爆撃は続けられていた。
「おやすみの時間だよ、トールマン‥‥!」
大きく機首を下げて急降下態勢に入ったあやめの雷電を横目に、綾が呟く。
ロケット弾攻撃の際は専ら動力系統を狙っていたあやめだが、もはやその必要もなさそうだと判断、先に凜が穿った甲板の破損口を狙ってフレア弾を投下した。
黒焦げの鉄塊と化した「トールマン」のあちこちで閃光が走ったと見るや、甲板の大穴から火柱が立ち上がり、同時に艦体そのものが飴のごとくグニャリとねじ曲がった。
傭兵達のフレア弾攻撃に加え、火薬庫や格納庫内の戦闘爆撃機に搭載されたバグア式フレア弾まで一斉に誘爆したのだろう。
もはや空母でも軍艦でもない、現代アートのオブジェのごとき姿に変わり果てた「トールマン」は、膨大な炎と黒煙、そして水蒸気に包まれて海底へと没していった。
8割以上を正規軍に撃墜されたマンタ・ワームが、這々の体で沖縄方面へと逃げ去っていく。
バグア艦隊、壊滅――。
「‥‥汝らの魂に幸いあれ」
バイパー改のコクピットで、響は胸に手を当て静かに祈りの文句を唱えた。
帰還後の空母「光竜」艦上。
「やれやれ、無茶な作戦だったが、何とか生き残ったな」
ディアブロのコクピットから降りながら、統治が苦笑する。
「いざとなったら反跳爆撃を試してみるつもりやったけど。ちょっと惜しいねん」
最後の手段として温存していたといえ、手持ちのフレア弾を使い損ねたカーラは何となく物足りなさそうだ。
「どーも、お疲れっ♪」
先に帰投して待っていたチェラルが、響ら傭兵達の肩を叩いて生還の喜びを分かち合う。
それからふと思い出した様に凜の傍らに歩み寄ると、
「そーいや、いまL・Hで『バレンタイン中止論争』ってのが起きてるでしょ。凜君、どう思う?」
唐突な質問に戸惑う凜の返答を聞く前に、チェラルは何やら可愛らしくラッピングされた紙袋を素早く手渡した。
「いや〜、ボクの周りでも、いま賛成派と反対派に分かれちゃってさぁ。何だかおおっぴらに渡しにくい雰囲気だから。今の内に‥‥ね?」
そういって、いたずらっぽく笑うのだった。
<了>