●リプレイ本文
「お菓子屋さんを占拠するなんて、バグアはどうするつもりなのでしょう‥‥?」
現地に向かう移動艇の中で、石動 小夜子(
ga0121)は訝しげに首を傾げた。
「通報があったのは、有名なケーキ屋さんなんですね〜。バグアもケーキを買いに来たんでしょうか?」
アイリス(
ga3942)の言葉に、「いや〜、まさか」と爆笑する傭兵達。
とはいえ、L・Hでは例の「バレンタイン中止メール」が賛否を呼んでいるさなかである。目的地「パステール」の目玉商品がチョコレートケーキという事もあり、一同の話題は自然とバレンタイン関連の話題で盛り上がった。
そんな艇内の座席で櫻小路・なでしこ(
ga3607)はふと思う。
(「皆様はどの様にされているのでしょう‥‥?」)
脳裏を過ぎる何人かの友人知己の中に、あの結麻・メイ(gz0120)の姿もあった。
異星人のバグアにバレンタインなど関係ないだろうが、少なくともカメル共和国であの惨劇に巻き込まれるまでは、彼女も普通の女の子だったはずだ。
よもやこれから向かう先にそのメイ本人がいるとは、なでしこ自身にも予想外の事であったが。
現地の町に到着すると、既にUPC軍も出動し「パステール」周辺に住む一般市民の避難誘導にあたっていた。何人かの市民が同店の上空を飛び回る「悪魔の様な姿のキメラ」2匹を目撃し、町はパニック状態に陥っていたのだ。
「店主が人質に取られている可能性がある‥‥一刻を争いそうだ」
急いで店の方へ駆け出そうとするファブニール(
gb4785)を小夜子が呼び止めた。
「変な通報も気になりますし‥‥何かの罠かもしれないので、用心して行きましょう」
「おかしな通報ってことだけど、一体どんな状況なんだ‥‥?」
直接通報を受けたULTオペレーターの話によれば、電話をかけてきたのは店主ではなく客らしい幼い少女。しかも、なぜか開店2時間前の事だという。
「何だか不自然なのですよ。ちょっと注意して行くですよ」
「開店前のケーキ屋にいる女‥‥着々と勢力増大中のDQNってヤツか!?」
九条・運(
ga4694)がぐぐっと拳を握り締める。何しろVD1ヶ月前からチョコケーキの予約が殺到する有名パティシエの店だけに、開店前に押しかける非常識な客がいても不思議ではない。
「まあ、その辺は現場に行けば解るか!」
目撃者の証言から推測して、敵キメラはおそらくバフォメットだろう。バグアの意図も判らず、他に伏兵が潜んでいる危険もある。
そこで傭兵達は、偵察も兼ねて現場に急行する先行班、対バフォメット戦の本命班、そして店内に突入して主人と客を助ける救出班と部隊を3つに分けて行動を開始した。
「慌てず焦らず、されど急いで現場に急行、だな!」
「何が待っているか分からないし、気を引き締めて行かないといけませんね」
運とファブニールが言葉を交わしつつ、ハルカ(
ga0640)も伴い街路を走る。
そのやや後方に続き、本命班のアイリス、小夜子、ロジャー・ハイマン(
ga7073)が先行班と無線で連絡を取りつつ進んでいく。なでしこと御坂 美緒(
ga0466)も同行しているが、彼女らは救出班として店へ直行する手筈だ。
「パステール」の看板が見える場所まで来たとき、店の屋根すれすれの低空で輪を描くように旋回するバフォメット2匹の姿が見えた。
「あいつら、あんなとこで何やってるのかしら?」
ハルカが首を傾げる。キメラ達の動きは店を攻撃するというより、むしろ守っている様に見えた。
「さあな。とにかく、外に誘き出す手間が省けたぜ!」
そう叫ぶなり、覚醒し黄金の龍人へと変貌する運。他の傭兵達も一斉に覚醒した。
が、あいにく敵は上空にいるので、この距離から攻撃できる武器が運の小銃S−01しかない。
「こら〜、卑怯だぞ〜。降りてきてよ〜!」
近接武器のボクシンググローブしか装備していないハルカが怒鳴ると、キメラ達は返事代わりに掌の上に発生させた闇弾を投げつけてきた。
やむなく運が小銃で弾幕を張って時間を稼ぐ間、ファブニールは無線で本命班、救助班に救援を要請した。
やがて傭兵達が店の前に集合。射撃武器を持つ者が攻撃に加わろうとした、そのとき。
店の真上から人間とほぼ同じ大きさの、ベニテングダケのような形の物体がフワリと降りてくる。
「あれもキメラ‥‥?」
警戒して銃口を向ける傭兵達。
だが、それはキメラではなかった。
キノコでいえば傘にあたる部分の内側から、タンポポの綿毛を思わせる大量の胞子がブワっとばらまかれる。
何だ? あれは――と思う間もなく、その場にいた8名のうち6名が幻覚に捕らわれていた。
「ふぇ、なんだか様子がおかしいのですよ〜」
アイリスが周囲を見回すと、いつのまにか巨大な板チョコの壁に左右を挟まれていた。
慌てて走り出すも、壁に挟まれた道は幾つも複雑に分岐し、自分がどこに向かっているのかさえ判らない。
そこは広大な板チョコの迷路であった。
「ふぇ〜ん。みんな、どこ〜!?」
ただでさえ迷子癖のあるアイリスはすっかり動転し、半ベソをかきつつ仲間達の姿を求めて果てしないチョコの迷宮を彷徨い続けた。
「え? な、何で‥‥さんがここに‥‥?」
思いがけぬ人物の姿を見るなり、小夜子は呆気にとられて小銃を降ろした。
この依頼が済んで帰還したら、真っ先に会いに行くつもりでいた相手。
(「あなたと一緒に過ごす初めてのバレンタイン‥‥贈り物をして喜んで貰いたいですし、その後も望まれれば‥‥わ、私ってば何てはしたない事を‥‥」)
思わず赤面する小夜子の胸の裡を読んだかの様に、「彼」は優しく微笑み、両手を差し伸べてくる。
ハルカは某メガコーポ女社長の胸に抱かれていた。
「‥‥お姉さま?」
驚くハルカの顔を、女社長が微笑みながらその豊かなバストにぎゅっと抱き締める。
「ふにゃ〜♪」
もはやキメラの事など頭から消え去っていた。
周囲には他にも彼女好みの年下の美少年やらカワイイ女の子も現れ、無言のままにニコニコ笑いかけてくる。
思考がとろけたハルカは、そのまま「お姉さま」に身を委ね、美少年・美少女達も交えてあんな事やこんな事を始めるのだった。
美緒はいつしか空母「サラスワティ」の甲板上で、プリネア皇太子クリシュナ・ファラームとダンスを踊っていた。去年のXmasパーティーの再現の様だが、今そこにいるのは彼女とクリシュナの2人きりだ。
「クリシュナ様‥‥きっと私のチョコに感激して、結婚を申し出てくれたのですね♪」
もちろん現実では、まだチョコは贈っていないのだが。
しかし出発前のバレンタイン気分も相まって、美緒の妄想はKVのごとくブースト状態に入っていた。
なでしこの前に立っていたのは、今まで何度か依頼を共にした傭兵の高瀬・誠(gz0021)だった。
「誠様‥‥?」
傭兵といってもまだ15歳の少年。なでしこにとっては弟分のような誠が緊張した面持ちで俯き、ハート型のチョコレートを両手で差し出してくる。
近頃流行りの「逆チョコ」らしいが、お嬢様育ちでこういう事に免疫の薄いなでしこは、思わず目の前が真っ白になってしまった。
「ここは‥‥?」
運がハッと気づくと、そこは見覚えのない学園の教室だった。なぜか自分も学生服姿に変わり、スチール机に座っている。
周囲では制服姿の女生徒達が、大きく『義理』と書かれたバスケット一杯に百円チョコを盛り、スキップしながら男子生徒達へ配り回っていた。
「おい! おまえら、何をしてる!?」
思わず運はカッとなった。彼は決してVD反対派ではない。女性が好きな男性に本命チョコを贈るならむしろ応援していいくらいだ。
ただしあの「義理チョコ」だけは許し難かった。
舞い上がって自爆した事3回、お返しで財布の中身が軽くなった事3回。
美人局同然の仕打ちを受けた事1回。
これら全ては己の未熟と義理チョコ文化の為に起きた惨劇である。
「やめろ! やめろ! 義理チョコ配布の慣習など滅びてしまえ!」
運の叫びにも拘わらず、女生徒達は声もなく笑いながら義理チョコをばらまき続ける。
――彼1人だけをガン無視して。
「み、皆さん! 一体どうしたんですか!?」
幻覚を免れたロジャーとファブニールは、それぞれ赤面したり恍惚となったり泣き出したり怒り狂ったりしている仲間達の姿に驚いて声を上げた。
そしてキノコ型物体の正体が、胞子を媒介に能力者を幻覚に陥れる小型ワーム『MI』である事に気づいた。
見れば2匹のバフォメットも路上に舞い降り、幻覚に囚われた傭兵達に攻撃を加えようとしている。
「いけない!」
すかさずロジャーが月詠を抜き、キメラ達を引きつけるため派手な動作で斬りかかった。
振り下ろされる敵の爪をレイシールドで防ぎつつ、月詠の刃を一閃。一撃離脱で飛び退く瞬間、翼を狙いアーミーナイフを投げつける。
一方ファブニールはカミツレでMIを狙った。ワームといってもMIに武装らしきものはなく、ただ傘を閉じて身を護ろうとするだけだ。
普段は防御重視の戦闘スタイルを取るファブニールだが、敵が非武装のトラップと判るや積極攻勢に転換、まもなく破壊に成功した。
その瞬間、傭兵達の幻覚も一斉に解けた。
「あたたたたっ!」
正気に返ったハルカが、地上にいるバフォメットの1体に肉迫しパンチを繰り出す。
プロボクサーほど洗練された動きではないものの、グラップラーの俊敏さを活かして手数による勝負だ。
「義理チョコを滅ぼし! 世界を滅ぼし! 全てを滅ぼす! あの宇宙怪獣の様に!」
悪夢から醒めても怒りの冷めぬ運は、まさに逆切れバーサーク状態でキメラへと躍りかかっていった。
蛍火の鞘を払い、バフォメットの胴を狙い、斬り・抉り・貫き潰す!
「バレンタインに御店を襲った罪です‥‥可哀想ですけれど、手加減はしませんよ」
小夜子もまた、瞬天足で一気に距離を詰め、蝉時雨で敵の翼に斬りつけた。
路上で戦闘が続いている間、やはり我に返ったなでしこと美緒は「パステール」に直行した。玄関前でそっと中を窺うと、硝子越しに長い黒髪の少女らしき背中が見える。
他にキメラの気配はない、と判断した2人はドアを蹴破って突入。
――そこでメイとばったり出くわした。
互いに目を丸くして見つめ合うこと、数秒。
「あらあら、こちらのチョコケーキをお求めにいらしたのですか?」
MIの幻覚の影響か、まだ頭のポーっとしているなでしこにペコリとお辞儀され、傍らのテーブルにがくっと突っ伏すメイ。
「あら? メイ様じゃありませんか」
「『あら』じゃないでしょ‥‥」
「お知り合いなのですか?」
美緒に尋ねられ、
「ええ、まあ知り合いといいますか――」
「この時期に『チョコの店+女の子=バレンタインの告白』という図式は当然♪ これは応援しなければ♪」
「誰よ、あんた?」
ちなみに美緒とメイは以前にカメル上空で戦っているのだが、KV戦だったのでなでしこの様に面識はない。
ちょうどその時、表のキメラ達を片付けた他の傭兵達もどやどや店内へ踏み込んできた。
「はわっ、通報したのって、メイさんだったですか」
「メイって‥‥あのシモン(gz0121)の部下!?」
とっさに月詠を構えたロジャーをアイリスが止めた。
「彼女の地位を考えると、これだけの戦力と言うのはちょっと考えられないですよ〜。余り手を出すのは得策じゃないと思うです」
対するメイの方も一瞬は身構えたが、すぐハァ〜っとため息をつき。
「‥‥もういいわよ。ケーキさえ出来たら、あたしはさっさと引上げるから」
(「本当にケーキが目当てだったのか‥‥」)
傭兵達も一気に脱力し、そのまま武器を降ろす。
「男の人に渡すチョコに美味しい物を選ぶ‥‥これだけでは80点なのです!」
唐突に、美緒が大声を上げた。
「な、何でよ?」
「想いを伝えるにはナンバーワンよりオンリーワン‥‥自分の手作りチョコが一番なのですよ♪」
「でも、あたしはチョコ作りなんて‥‥」
「幸いここには道具が揃っているのです。よかったら、ここでチョコの作り方を伝授するのですよ♪」
「‥‥」
確かにここでメイを捕らえれば大手柄だろう。だが近場に増援のワームやキメラが控えていた場合、町全体が被害に遭うことになる。
結局、厨房でケーキを焼いていたデェイブを保護して外へ連れ出すと、傭兵達は美緒に教わりながらチョコを作るメイを監視した。
「‥‥何で、シモンって人にそこまで拘るんですか?」
それはロジャーがメイに会ったら一度尋ねたい質問だった。
「答える必要なんてないわ。別に解って貰おうとも思わないから」
返って来たのは、予想通り素っ気ない返事。
ヨリシロのシモンがそこまで人を惹きつける人物なのかは判らない。だがロジャーはシモンの影に囚われたもう1人の少女、マリア・クールマ(gz0092)の事を思った。
(「シモンの件を片付けないと‥‥マリアさん全く前に‥‥いや、周りに目が向かないでしょうからね」)
一方ファブニールは、ぎこちない手つきでチョコを型抜きするメイの姿を眺めつつ、
(「‥‥敵とはいえ、好きな人に良い物を送りたい気持ちは理解できる‥‥」)
そんな事を考えていた。
もし美緒が手作りチョコの話を出さなかったら、自腹を切ってデェイブのケーキをプレゼントしてやってもいいと思ったくらいだ。
やがて出来上がった手作りチョコをラッピングすると、メイは「もう帰る」と言い出した。これ以上町に被害が出ることはなさそうなので、傭兵達も「キメラ殲滅」のみを本部に無線連絡する。
別れ際、なでしこは持参のトリュフチョコを1個、メイに手渡した。
「‥‥敵に贈ってどうすんのよ?」
「それは解ってますが‥‥。友チョコとお考え下さい」
にっこり笑うなでしこだが、ふと真顔に戻る。
「萩原・真弓様の件‥‥メイ様も関わっているのでしょうか?」
メイは小首を傾げたが、
「聞かない名ね‥‥あたしここんとこずっとカメルにいたから。他の基地で何やってるかなんて、知ったこっちゃないわ」
嘘をついてる様には見えなかった。
メイが片手を挙げて合図すると、一見何もない空間から新たなバフォメットが舞い降りた。一瞬緊張する傭兵達だが、少女を抱いたキメラは再び飛び上がると上空で姿を消し、光学迷彩をまとった中型HWが町を離れていく気配があった。
とりあえず一件落着――ということで、世話になった他の仲間達にもチョコを配るなでしこ。
「俺は義理チョコ反対派なんだがな‥‥ま、いいか」
苦笑いしつつ、運が口に放り込む。
「本当に助かりました。今から焼けば、予約のお客さんのケーキも今日中に間に合いそうです」
主のデェイブが礼を述べ、改めてケーキ作りを再開する。
お土産に「パステール」名物のチョコケーキを贈られ、傭兵達はVD論争の渦巻くL・Hへの帰途につくのだった。
<了>