タイトル:【VD】北京への贈物マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/27 13:32

●オープニング本文


●台湾〜基隆港
 奄美大島沖合の海戦に参加、UPC軍と共に沖縄バグア軍艦隊を撃退した空母「サラスワティ」は、ここ基隆(キールン)のUPC海軍基地ドッグに船体を休めていた。
 アジア決戦以来各地でバグア軍の攻勢が活発化しているアジア地域にあって、台湾は(今の所)その領土をバグアに侵されていない貴重な人類側拠点の1つであり、治安もそこそこ良い。
 修理や補給、メンテナンス等はULT提携の業者に任せ、クルー達は当直の兵を残し休養のため基隆の街で羽を伸ばしている。プリネア王女にして艦長のラクスミ・ファラーム(gz0031)は特にやることもなく、艦長室のデスクで新聞「日刊ラストホープ」のバックナンバーなど広げていた。

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『バレンタイン中止のお知らせ』

知っていますか?
そもそもバレンタインデイとは、

 〜 中 略 〜

以上の理由から、2月14日のバレンタイン中止をお知らせします。
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「‥‥何じゃ、これは?」
「さあ‥‥何でも似たような内容のメールやらチラシがラスト・ホープの傭兵達の間にばらまかれて、いま向こうではVDチョコ賛成派・反対派・中立派その他の勢力に分かれて騒動になっているとか」
 ちょうど3時の紅茶とアイスクリームをトレイに載せて運んで来た侍従武官兼副長・シンハ中佐が説明する。
「ほう‥‥」
 さして興味もなさそうな顔で、ラクスミは紅茶を一口飲んだ。
「しかし、L・Hの者達も妙な事で騒ぐのう。チョコが駄目というなら、宝石か金塊でも贈れば良いものを」
「畏れながら殿下。そんなことばかり仰ってると、そのうち革命が‥‥いえどうでもいいですが」
「‥‥ま、本艦には関わりのない事じゃ。14日はまだこの港にいる予定じゃからな」
 そういって新聞を畳み、おやつのアイスにスプーンをつけようとしたとき。
 扉が開き、どこか人形めいた士官服の少女、マリア・クールマ(gz0092)が入室してきた。
 その背後から双子の兄妹、李・海狼(リー・ハイラン)、李・海花(リー・ハイファ)も何やら思い詰めた表情でついてくる。
「どうした? 3人そろって」
「海狼と海花が、艦長に話したいことがあるって‥‥」
「?」
 マリアに促されるように前に出た双子は、意を決したように頷き合うと、2人して小さな袋を王女のデスクに差し出した。
「これは確か‥‥今年の正月、わらわがやったお年玉じゃな?」
 見かけは幼稚園児のように幼い李兄妹だが、実は能力者のグラップラーであり、れっきとしたプリネア海軍パイロットでもある。
 つまり軍人としての給与は毎月支給されているのだが、何しろ2人はまだ小さいし、艦内で生活する分にはお金を遣う必要は殆ど無い。そのためラクスミは兄妹の将来のため、L・Hの銀行に定期預金の口座を開き積み立ててやっていた。
 ところが去年の暮れ、親しい能力者の傭兵から日本の「お年玉」の話を聞いた李兄妹は、年が明けると早速王女におねだりしてきた。まあ特に買いたい物があったわけでなく、単なる好奇心が理由だったようだが。
 そこでラクスミも、自分のポケットマネーからいくらか包んで小遣いとして与えていたのだ。
「このお金で‥‥チョコレート買っていいアルか?」
「? 別にかまわんが‥‥そなたらの金じゃ。艦内のPX(売店)で好きに買えばよかろう」
「あの、そうじゃなくて‥‥」
 兄の海狼が、おずおずと妹の言葉を受け継ぐ。
「クルーの人達から聞きました。バレンタインのチョコを、そのまま戦災地の子供達に贈るための運動があるって‥‥」
(「ああ、例の意見広告か‥‥」)
 ラクスミは眉をひそめた。
「あれはL・Hの傭兵達の間で言い争っている事じゃ。本艦はプリネア義勇軍としてあの島に滞在しているのじゃから、一切関係はないぞ?」
「でも、あたしたちはこの船で何不自由なく暮らしてるけど‥‥」
「故郷の中国‥‥特に北京の子供達は、チョコも食べられずにひもじい思いをしてるんです‥‥」
「――いや、ちょっと待て」
 めそめそ泣き始めた双子に、慌てて声をかけるラクスミ。
 むろん「戦災地の子供達にチョコレートを贈ろう」という運動そのものに異存はない。
 問題は場所が北京であるということだ。

 かねてバグア軍の包囲下で籠城を続ける北京市街へは、これまでもUPC軍やメガコーポの奉天公司の手により幾たびも空中輸送による援助物資投下(市街地偵察も含む)が行われていたが、その度に部隊から少なからぬ被害を出している。
 あのラインホールドは東京へ移動したものの、依然として北京周辺にはバグアの大軍が展開し、特に輸送機や偵察機はタートルワーム等対空砲火の格好の的となる。別にチョコに限った話ではないが、北京への物資輸送はそれだけで非常に危険なミッションとなるのだ。

「気持ちは判るが‥‥まさかチョコを運ぶためだけに、そうそう危険な依頼を出すわけにもいかんからのう」
「できるわ」
 口を挟んだのはマリアだった。
「今まで空中輸送で被害が多かったのは、低速の輸送機を護衛しなければならなかったから。チョコレート程度なら、KVの輸送用コンテナでも充分運べるわ」
 何か頑丈な容器に詰め、パラシュート投下する。別に偵察写真撮影や精密爆撃が目的ではないのだから、TWの対空プロトン砲の射程外高度から高速で通過しながら市街地へ投下すればいい――というのが彼女の意見だった。
「だから‥‥私も2人に協力する」
 そういって、マリアは制服のポケットから無造作に札束を取り出し、やはりデスクに置いた。
「‥‥あいわかった。そこまでいうなら、わらわも一肌脱ごうぞ」
 現在、カカオ原産地の多くをバグアに占領されているためチョコレートもある意味「貴重品」なのだが、台湾にある各メガコーポ支社を動かせば何とか確保できるだろう。
 もちろん李兄妹やマリアのカンパ程度ではとても追いつかないが、そのあたりはファラーム王家の財力とコネで何とでもなる。
(「ただし、今年の艦上パーティーは中止じゃな‥‥クルー達には悪いが」)
 密かに思いつつ、ラクスミはULTに依頼を出すべく卓上の電話を取り上げるのだった。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
アイリス(ga3942
18歳・♀・JG
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
常夜ケイ(ga4803
20歳・♀・BM
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
水葉・優樹(ga8184
23歳・♂・DF
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN

●リプレイ本文

●黄海洋上〜空母「サラスワティ」飛行甲板上
「チョコをお届けするですよ〜」
 プリネア軍整備兵の助けも借り、アイリス(ga3942)は楽しげに雷電の副兵装スロットのうち空けた2つに空母側から貸与された特注コンテナを取り付けていた。
 KVスロットのサイズに合わせた小型コンテナなので、中に積めるのはおよそ百Kg程度。それでも北京の子供達に贈るチョコレートを運ぶ分には充分な容量である。
「サラスワティか‥‥。何かと噂を耳にする艦ではあるが‥‥北京までチョコを届けるなんて、これはまた思い切ったこと考えたな」
 同艦へは初搭乗となる水葉・優樹(ga8184)は、感心しつつ自らのシュテルンにもコンテナを取り付けた。
 聞けば、同艦のパイロットである幼い李兄妹の嘆願が王女ラクスミ・ファラーム(gz0031)の心を動かしたのだという。
「でも、こういうのも大事なことなのかもしれないな‥‥」
 このチョコは絶対に無駄にしない。兄妹の思いを必ず北京の子供達に届けてやろう――改めて心に違う優樹。
「北京へチョコを、かぁ‥‥こういうバレンタインもいいよね。バレンタインは皆が幸せになる日、甘い希望を北京へ!」
 鷲羽・栗花落(gb4249)は最近乗り換えた新鋭KV、A−1ロングボウを晴れやかな笑顔で見上げる。ドローム・カプロイア社合同開発の火力重視型KVは鮮やかなブルーにカラーリングされ、彼女は「アジュール」と名付けていた。

 一方、月神陽子(ga5549)は、甲板上に姿を現わしたプリネア王女にしてサラスワティ艦長のラクスミ・ファラーム(gz0031)に姿勢を正し挨拶していた。
「お久しぶりです、ラクスミ艦長。今回の作戦を手伝わさせていただいて、本当にありがとうございます」
「おお、カメル戦以来じゃのう。またよろしく頼むぞ。‥‥ときに、L・HではVDの賛否を巡って大論争になっていたと聞くが?」
 論争どころか、傭兵同士の大規模模擬戦にまで発展したその戦い(?)で陽子は中止派に属していたが、結果は健闘虚しく推進派の勝利に終わっている。
「あのイベントでは世界中の子供達にチョコを配れると思い、張り切って戦いましたのに残念ながら負けてしまって‥‥」
「まあ勝負は時の運じゃ。チョコレートは本艦で大量に用意した故、本日はその方らの志を存分に果たすがよかろう」
「光栄に存じます。私もそう思い、微力ながら慰問の品を持参して参りました」
 そういうと、陽子はプリネア側が提供したコンテナの余剰スペースに、子供達への贈物として自ら持ち込んだチョコや各種ぬいぐるみ等を詰め込むのだった。
「この甲板をまた踏めるなんて!」
 やはり久々の乗艦となる藤田あやこ(ga0204)も、感激しつつ王女との再会を喜んだ。
「北京には残して来た友人がいるのです。何としてでも彼の耳にこの歌を届けたい」
「ほほう?」
「獅子座生まれの元彼。二人ともライオングッズが好きで意気投合した‥‥そんな彼を励ます歌、『レーヴェ・アウェイクン』です」
 今回、あやこは同じ小隊【SMS】に所属する常夜ケイ(ga4803)を同行している。
「広大な中国を征服した侵略者は未だ居ないそうです。深奥まで引き摺りこんで疲弊させ獅子の如く喰らう勇壮さに敬意を表してこの曲を作りました」
 傭兵とアイドル歌手を兼業するケイはあやこの依頼で『レーヴェ・アウェイクン』の作曲と歌唱を担当。そのCDを緩衝材に包み、取得者への手紙を添えて自機のコンテナへと積んでいた。
 すなわち「これは希望と解放の戦いの歌です。出来る限り大勢に伝えてください」と。
「あたしも一緒に行くアル。よろしく頼むヨ」
 小さな体をパイロットスーツに包んだ李・海花が、エメラルド・イーグル(ga8650)を見上げてちょこんと敬礼した。
「とんでもない。これをお手伝いせずして、何が名誉騎士かということです」
 いつものごとく、淡々とした口調で敬礼を返すエメラルド。だが内心では「日頃お世話になっている李さん達の手助けが出来れば‥‥」とも考えていた。
 その様子を遠目に眺めつつ、
(「ウーフーに乗るのは、妹さんの方か‥‥まあ、バレンタインは女の子から送るものだしな」)
 優樹はふと今回のメンバーで男が自分ひとりという事に気づき、ちょっぴり肩身の狭い気分を覚える。
「‥‥まあ、これはあの子達からの贈り物であって、あくまで俺は代理で届けるだけだしな」
 と、己自身を納得させるのだった。

「報告。本作戦の参加KV、10機。チョコのコンテナは計17個」
 プリネア軍少尉のマリア・クールマ(gz0092)が、参加KV各機の武装とコンテナ搭載状況を確認後、ラクスミに報告した。
「ふむ‥‥まあ妥当な所じゃな」
 マリアから差し出されたファイルに目を通し、ラクスミが頷く。
 依頼の主旨からすれば、運べるコンテナが1つでも大いに越したことはない。だが目的地は現在バグア軍の包囲下にある北京市である。ある程度以上の高度を取っていけば対空砲火の危険は避けられるといえ、途中HW等による妨害は必至と考えてよいだろう。
 つまりチョコを積みすぎて武装を減らせば当然危険度は高くなる。そこで傭兵同士話し合い、対ワーム戦も想定した上で決定したコンテナ数であった。


 やがて空母が青島沖合に到達した時、10機のKVは中国大陸を目指し、スキージャンプ甲板を蹴って次々と発艦した。
「此方は北京への最短距離を突っ切ることとなる。下手に遠回りをしてゾロゾロと来られては敵わぬのでな。余計なことをせずに目的を果たして直ぐ帰るのが今回は良いであろうな」
 僚機に通信を送るイレーネ・V・ノイエ(ga4317)の言葉通り、これより北上して渤海に入ると水中型ワーム・キメラ多数が展開しているものと思われる。つまりこの海域からの発進が、現在のところ空母艦載機としては事実上北京への最短ルートといえた。
 山東半島、大黄河の河口があっというまに眼下を通り過ぎる。
 そして天津上空を無事通過、間もなく北京という空域まで到達したとき――。
 ふいに能力者達を襲う頭痛。ウーフー2機の電子支援で良好だったレーダースクリーンが乱れる。
「早速、現れたか‥‥」
 雷電のコクピットから睨むイレーネの視界に灰色の小型HW6機、その後方に展開するサイコロのようなCW8機の敵戦力が映った。
 北京包囲のバグア陣営から迎撃のため上がって来たのだろう。
「大切なチョコを守るためにも。行くよアジュール、君の名の通り北京の青空まで!」
 栗花落が愛機ロングボウに語りかけ、全兵装のセーフティを解除。
 KV部隊はそれぞれ対HW、対CW戦のため編隊を3つに分けた。

・α班(対CW)
 陽子(バイパー改)
 あやこ(アンジェリカ)
 ケイ(ウーフー)
 マリア(アンジェリカ)
 海花(ウーフー)

・β班(対HW)
 優樹(シュテルン)
 栗花落(ロングボウ)

・γ班(対HW)
 アイリス(雷電)
 イレーネ(雷電)
 エメラルド(シュテルン)

 人類側兵器より射程の長いプロトン砲装備の円盤群が3機ずつ2つの編隊を組み、先手を取って淡紅色の光線を浴びせてくる。
「――退きなさい。この中身は北京で待つ子供達のための物です。貴方達ごときが、立ち塞がって良いものではありません!!」
 僅かに遅れて敵HWを有効射程に捉えた陽子は、6機中5機にロックオンしK−02ミサイルを発射。小型ミサイル250発が嵐のごとくHWへ襲いかかり狼狽させるが、惜しくも全弾命中とはいかなかった。
「やはりCWのジャミングは侮れませんわね‥‥皆さん、あまり無理をされないように」
 最近では人類側KVのミサイルも赤外線誘導や画像認識などを導入する事で徐々に電子ジャミングへの対策を進めているといえ、単体では何の戦闘力も持たないあの奇妙な飛行物体が依然として厄介な障害であるのに変わりはない。
 朱塗りのバイパー「夜叉姫」の強大な防御力に任せて敵前衛を突破すると、陽子はK−02の第2波をCW編隊へと叩き込む。
 後に続くマリア、海花のプリネア軍機もロケット弾によりCW攻撃を開始した。
 編隊上空に高度を取っていたあやこはケイと連携して互いにリロードの間隙を補いつつSライフルD−02の狙撃を間断なく続ける。
 ジャミング効果重複を狙い密集隊形を取っていた事が仇となり、KV5機からの波状攻撃を受けたCWはみるみるその数を減らしていった。

「増援が来る前に、手早く終わらせるのですよ」
 当初127mmロケット弾でHWに対して牽制を続けていたアイリスは、CWが数を減らしある程度レーダーが回復した段階で超伝導アクチュエーターを起動、虎の子の8式螺旋弾頭ミサイルを発射した。
 銀河重工製のドリル型ミサイルが敵ワームのFFと装甲を貫き、大穴を穿たれたHWが黒煙を吐いて大きくぐらつく。
「武装が限られている分、連携が重要だな」
 ある程度敵HWから距離を取ったイレーネは後方からSライフルD−02で僚機を援護射撃し、逆にエメラルドはソードウィングによる近接攻撃を基本としつつ、チャンスと見れば短距離高速型AAMをHWへ撃ち込み追加のダメージを与えた。

「こんな場所で時間をかけるわけにはいかないからな」
 β班として栗花落とロッテを組む優樹は当初回避に専念していたが、CWのジャミング効果が低減した頃合いを見計らい一気に攻勢に出た。
 遠くのHWにはレーザーライフル、近接したHWには高分子レーザー砲と距離に応じて2種類のレーザーを駆使して応戦する。
「頑張ろう、もう少しで北京が見える!」
 やはりジャミング中は被弾に耐えていた栗花落も、友軍機の攻撃で損傷を負ったHWをロックオン。機体得能の複合式ミサイル誘導システム併用で射程と命中、そして威力を増幅した多目的誘導弾を発射した。
 2種類の新鋭KVから知覚・物理両面の攻撃を浴びたHWの1機が耐えきれずに爆散する。

 やがてCWを一掃したα班5機も合流し、残り3機に減った小型HWへとどめの追い込みをかける。
「如何な慣性制御とて、予め高度差が有れば、少ない仰角で距離を稼げるわ!」
 予めHWに対し高く位置を取っていたあやこは敵の急峻な動きに対しコンパスを開く様に急降下で先回り、空戦スタビライザーも併用しつつ可能な限りレーザーを照射する。
 間もなく最後の1機となったHWを夜叉姫のソードウィングが一閃して切り裂くと、それを合図のごとく地上に展開したタートルワーム群から一斉に対空プロトン砲が打ち上げられてきた。
 いったん高度を上げ対空砲火を逃れたKV10機は編隊を組み直し、改めて北京を目指す。いよいよ視界に入ってきた北京市は、包囲のバグア軍を防ぐため高い城壁を築き上げた、まるで中世の城郭都市のごとき姿と化していた。未だに多数の人口を抱える大都市であるが、20世紀末のあの繁栄ぶりは見る影もない。
 ケイはコクピット内のオーディオにスイッチを入れ、『レーヴェ・アウェイクン』のCDをスタートさせた。

 ♪時空(とき)を巡れ宴(うた)え、銀河を杯にして
 ♪遥か未来で胡蝶遊べば、眠れる獅子目覚める
 ♪敵の攻める智略如何様
 ♪辛酸の苦杯重ねても獅子は不死身

 ウーフーのジャミング中和効果によって一時的に回線が開かれたといっても、リアルタイムで通信できる時間はせいぜい十数秒――それでも、歌に込めた想いが侵略者に抗う市民達に伝わる事を願って。
 HWの増援に警戒しつつ、KV部隊はコンテナ投下の態勢に入った。「投下」といっても実際は慣性に従い放物線軌道となるため、投下目標である北京市中央よりやや前方で「射出」する形になるが。

 ♪ウィーアサバイバー
 ♪サバイヴァー
 ♪イッツソーサヴァイバリティ(リバティ)

「少し遅めだが‥‥ハッピーバレンタイン、だな」
 イレーネが呟き、投下ボタンに指をかける。
「プリネア王国、ラクスミ王女とサラスワティ艦員及びULT有志一同より、北京の皆様へ愛を込めて」
 陽子の通信と共に10機のKVから相次いで射出されたコンテナは、17個全てが首尾良く北京市城内へと投射され、一定高度に落下した時点で目立つ様に色鮮やかなパラシュートを開いた。
 後は風に流されるまま、バラバラになって市内の何処かに着地するだけだ。
(「なるべく市内各地に分散して落ちた方が良いでしょうね‥‥」)
 ちょっと醒めた気分でエメラルドは思う。
 自分達傭兵は投下に成功すれば報酬が貰える。しかし戦災地に救援物資を投下した場合、それらが願い通り子供達の元に届くかとなると――必ずしもそうとは言い切れない悲しい現実があるからだ。

 ♪因果律に抗う希望の光、二人の瞳つらぬく
 ♪まだ負けないよ、絶望の壁を、人間(ひと)の認識(おもい)が穿つ〜
 ♪必殺の歯牙、咆哮枯れるまで
 ♪獅子は覚醒続ける〜

 ケイの歌声に紛れ、KVの通信回線に押し殺したような啜り泣きが混じる。
 プリネア軍のウーフーを操縦する海花が泣いていた。
「‥‥みんな‥‥もう少しの辛抱アルよ‥‥今度は、必ず助けに来るから‥‥」
「きっと喜んでくれるですよ」
「気になるなら聞きに行けば良いさ。今すぐは無理だが‥‥俺達が行ける様にするんだ、いつか必ず、な。きっと誰かは覚えていてくれるさ」
 海花を元気づける様に、アイリスや優樹が通信を送った。
「今回はチョコだけだけど‥‥今度来る時は本当の青空と笑顔も取り返してみせるんだから!」
 自らに言い聞かせる様に笑顔で宣言する栗花落。
 無事投下任務を終えたKV部隊は北京上空で旋回、帰還コースを取った。


「北京も出来ればゆっくり見ていきたいんだけどなぁ‥‥」
 バグア陣地上空を抜けて安全空域に入った時、名残惜しそうに栗花落がいった。
「チャイナ服とかもまた欲しいし。それはバグアがいなくなってからかな? イレーネさん、何時か一緒にここでショッピングしようね!」
「北京でのショッピングか‥‥」
 イレーネは僅かに思案し。
「バグアが居なくなった暁には、喜んで一緒に行かせて貰おう。ただ、自分はファッション系は少し苦手なので、栗花落が良さそうなのを選んでくれよ?」
 それから翼を並べるマリア機に回線を開き、
「マリアは中華料理は好きかな? 若しも食べたことがなかったり好きだったりするなら、今度一緒に食べに行こうか。おねーさ‥‥自分が美味しそうな店を見繕うからさ」
「うん‥‥料理の事はよく知らないけど、イレーネが案内してくれるなら‥‥行ってみたいな」
 少しはにかんだ様なマリアの返信。
 かくして北京へささやかな贈物を届けた能力者達は、空母の待つ黄海へ向けて帰路に就くのだった。

<了>