●リプレイ本文
「う、嘘でしょう‥‥こんなところにステアー!?」
小型HW迎撃のため飛び立ったディアブロの機内で、如月・由梨(
ga1805)は思わず声を上げていた。
それは彼女のみならず、その場に居合わせた傭兵全員の心境でもある。
南の方角から弾道ミサイル並みの速度で迫ってくる機影を見つめ、葵 宙華(
ga4067)の脳裏にあの「戦士」の面影が過ぎった。
(「何故か背中がチリチリす‥‥まさかね‥‥」)
だがステアーがやや減速し、その機体が近づくに従い搭乗者の正体もやがて判明した。
「射手座のエンブレム‥‥カメルにいるはずのシモン(gz0121)が何故!?」
「こんなところにステアーで直々に出てくるとはな、シモン!」
かつてカメルや中国上空で戦った仇敵との再会に、リディス(
ga0022)が闘志を剥きだしにして叫ぶ。
「シモンか‥‥貴様とはカメル関係で縁があるものだ」
やはりカメルでの友軍救出作戦に参加した緑川 安則(
ga0157)も呟いた。もっともあの時戦った機体はFRだったが。
「カメルで蟹座が取った戦術だと‥‥、負傷兵は‥‥KV部隊を誘き寄せる人質だった‥‥」
明星 那由他(
ga4081)は突如出現したステアーの意図を懸命に推理する。
「今回も‥‥、船団には手を出さないかも‥‥。でも期待はしないほうがいいか‥‥な」
(「予想は外れか‥‥」)
我知らず息を吐く宙華。
「へぇ‥‥アレがステアーか‥‥」
今回が初遭遇となる聖・真琴(
ga1622)は、口許にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「いいね‥‥綺麗だ。欲しいな‥‥アレ」
「HWたち相手だけなら何とかなるとも思っていましたが、これは‥‥いえ。四の五の言っていられませんね。とにかく、あれを止めませんと」
CWのジャミングのためひどいノイズ混じりで伝わる由梨の通信を受け、他の傭兵達も我に返る。
このままでは、民間人数千名を乗せた船団の全滅――。
「それだけはさせません‥‥!」
「失敗すれば低空に降下してのHWの砲撃で船団は沈められるだろう。とにかくHWを落とすしかない。問題は急速に接近する奴、あのステアーが介入することだ」
改めて状況を分析した安則が、雷電から僚機へ通信を送った。
「とにかく時間を稼ぐしかない!」
臨機応変の判断により、傭兵達は直ちに編隊を組み直した。
対ステアー班/搭乗機
リディス/ディスタン
鯨井昼寝(
ga0488)/雷電
由梨/ディアブロ
レティ・クリムゾン(
ga8679)/ディアブロ
対HW・CW班/搭乗機
安則/雷電
真琴/ディアブロ
宙華/ワイバーン
百地・悠季(
ga8270)/ディアブロ
烏谷・小町(
gb0765)/ディアブロ
那由他/岩龍改
(「ステアーの回復は遅い。少しでも被害を与えられれば良し、か」)
ディアブロを南に旋回させつつ、レティは過去の戦闘記録からUPC情報部が分析した見解を思い出していた。
「その前にこちらが墜とされては無意味だがな」
ステアーの機首付近で噴煙が上がり、早くも多目標誘導ミサイルが嵐のごとく襲いかかってきた。
4機のKVはすかさず散開。同時に、各々煙幕やラージフレアを展開してミサイルの回避を図る。
が。それらの努力を嘲る様に4つに分かれたミサイル群は、伝説の飛行鬼グレムリンのごとく各機に追いすがり炸裂していた。
「まさか‥‥高性能ラージフレアも効かない!?」
一撃で機体生命の3割近くを削られたレティが歯ぎしりする。
ファランクス・テーバイの自動防御により辛うじて被弾を最小限に抑えたリディスは、続いて放たれるであろうあの凶悪な20連装プロトン砲を予想したが、なぜかステアーは主砲の光線を撃ってこない。
そして気づく。奴にしてみれば、ちょうど真向かいに位置する味方のHWやCWが「邪魔」なのだと。
「こんな形で再び相見えるとはな‥‥だが輸送船は絶対にやらせん、シモン、私たちと踊ってもらうぞ!」
遠距離レーザーライフル「アハト・アハト」で牽制しつつ、本命の一撃を叩き込むべく徐々に距離を詰めていく。1分1秒でも持ち堪え、HWに向かった友軍機と合流を果たすのだ。
「しかしやつの動きが妙だな。こちらばかり見ていて装備も対地用があるとは思えない‥‥」
同様の疑問を、昼寝も覚えていた。
「奴の狙いは何なのだろう?『射手座』の気質から考えて、輸送船団が目標なら自分達には構わないハズ‥‥」
HミサイルD−01で牽制しつつ様子を見るも、いまひとつ確証がつかめない。
沖合に停泊するUPC海軍の護衛艦隊がちらっと視界の端を過ぎる。既にステアー襲来には気づいているだろうが、残念ながら彼らの貧弱な対空兵装では援護さえ出来ず空戦を見守っているのだろう。
とっさの思いつきで、昼寝は艦隊へ通信を送った。
ノイズ混じりの通信の中、傍受されるのも構わないといった態で。
「こちらがステアーに突破されるまでそれは使うな!」
むろんハッタリである。友軍に強力な対空兵器があると疑わせ、高速戦闘下でコンマ1秒でも敵の気を逸らせれば儲けもの――そのはずだった。
その刹那、昼寝の視界からステアーがかき消えた。
「‥‥え?」
正確にいえば、シモンは慣性制御と高加速によりステアーを東方向の艦隊付近へと強引に横スライド。海面から30m程の超低空で機体を陸戦形態に空中変形させていた。
「!? やめ‥‥っ!!」
淡紅色のシャワーが海面を舐めるように走り、護衛艦の一隻が炎に包まれ爆沈する。
『やはりブラフだったか‥‥が、たとえ1%の脅威であれ徹底的に排除させてもらう』
冷ややかな男の声が、ノイズの中で妙にはっきり聞こえた。
『インドではただ1機の偵察機に欺かれ、デリーを落とし損ねたものでね。同じ過ちは繰り返さんよ。ふふふ‥‥』
「各機気をつけろ、やつの狙いはどうやら最初から私たちのようだ!」
リディスの警告が僚機に響き渡る。
昼寝は唇を噛んで超伝導アクチュエータを起動。ソードウィングによる近接攻撃の態勢でステアーを狙う。ともあれ、奴にとって輸送船団が眼中にないと判った以上、後はひたすら僚機と連携して牽制と足止めに徹するまでだ。
しかし再び飛行形態に戻ったステアーの機体下部でスナイパーライフルのマズルフラッシュが閃いたと思うや、昼寝の雷電は激しい衝撃の後、錐もみ状態で制御不能に陥っていた。
「くっ‥‥何とか、捉えてみせます‥‥!」
由梨はブーストオンでステアーを有効射程に収め、エネルギー集積砲をメインに攻撃するも、尽くかわされる。
「せめて、仲間がHWを片付けるまでは――!」
試作G放電作動。射出された装置から迸る稲妻がステアーを包むが、惜しむらくは威力が足りなかった。
高加速で一機に距離を詰めてきた赤黒い機体が眼前に迫る。至近距離から撃ち込まれたニードルガンがディアブロの機体に無数の穴を穿ち、由梨の意識は暗転した。
「死んでも使われる、か。哀れな悪魔だな。シモン」
ラージフレアと煙幕を展開。さらにブースト&Aフォース併用でG放電を放つレティの耳に、笑いを堪える様な声が届いた。
『使われているのではない、私が使っているのだよ? 貴様らがシモンと呼ぶヨリシロをな』
Sライフルの連射がディアブロを粉砕する。だが次の瞬間、レティの張った煙幕を突き破るようにして肉迫したリディス機が、切り札のDR−2荷電粒子砲を3連射で叩き込んだ。
効果は――判らない。返事の様に撃ち返されてきたニードルガンの嵐で、ディスタンの耐久もついにレッドゾーンを切った。
「あの日の約束と悔しさを私は忘れていない‥‥だから今は無理でも必ずお前を倒す! 幾らどれだけ強かろうと貴様にだけは負けるわけにいかない‥‥そう誓ったからな!」
悪魔の戦闘機に向かって叫びながら、リディスは最後の気力を振り絞り不時着水の態勢へ入った。
ステアー対応班が死闘を続けている間、残りのKV部隊もHW5機・CW8機の編隊に対し応戦を開始していた。
「まずは歓迎の花火だ。受け取れ!」
安則の雷電がHW全機をマルチロックオン、K−01ミサイル発射。タイミングを合わせ、小町のディアブロもCW群に向けてK−02ミサイルを放っていた。
小型ミサイル計500発の猛射もCWのジャミングにより殆どかわされてしまうが、むしろそれが彼らの狙いだった。
回避運動のため散開したHW、CWを孤立させ、各個撃破の体制を整える下拵えだ。
そのまま安則は分散したHW1機に狙いを定めてG−01ミサイルを撃ち込み、小町はブーストオンでCW編隊に突進、K−02の第2波で3機を撃墜する。その後はスラスターライフルによる掃討に移った。
「人間ってのは都合のイイ生き物だな♪」
ディアブロの操縦席で、怪音波による頭痛に顔をしかめつつも真琴が苦笑する。
「苦痛は相変わらずだけど‥‥さすがに慣れたよ。さっさと墜したる☆」
小町の初撃で編隊を崩したCWに向けて84mmロケット弾を連射。群をなせば厄介なCWも、分散させてしまえばいいカモだ。
「ジャミングは厄介だけど、落とされるわけにはいかないっ!!」
ワイバーンの翼を光らせ、宙華はHWへ向けて加速した。機体に装備したソードウィングは、敬愛する渡鴉の長よりの頂き物である。
「漆黒の闇よ、鴉羽よ、あたしに力をっ!!」
輸送船団を目指して急降下していくHWに追いすがり、剣翼の一閃で敵円盤の外部装甲を切り裂く。
再度の攻撃のため旋回しながら、宙華はHWの奇妙な動きに気づいた。
奴らは明らかにKVとの交戦を避け、戦略的には何の価値もない避難民の船を狙っている。否、何者かが無人機にそういう指示を与えているのだ。
「まさかジャッキー・ウォン‥‥!?」
アハト・アハトでCW掃討に当たっていた悠季の胸中に忌まわしい名前が浮かんだ。
現在、バグア春日基地に滞在が噂されるアジア・オセアニア地域総司令官。その残虐さは、他のバグア大幹部さえ霞むほどといわれる。
「あたしはアルを嵌めた事を忘れない‥‥これ以上奴の嗜虐心なんか満足させてあげないんだからね!」
CWの数が減るに伴い、那由他の岩龍改によるアンチジャミングが功を奏し、レーダー・通信も徐々に機能を回復して来た。その一方で那由他自身も船団の直衛につき、Sライフルやロケット弾で接近するHWを狙い撃つ。
「僕だって‥‥守るためにここにいるんだから。それに‥‥、危険な北京行きを決めた海狼くんたちにも‥‥負けていられない‥‥よね」
友軍機の追撃を擦り抜けたHWが2機、船団めがけて急速に高度を下げてくる。
「‥‥!」
那由他はとっさにブーストをかけ、身を盾にしてHWの前に立ちふさがった。
岩龍改の片翼が砕けて海上へ不時着水、ダメージを負ったHWも大きくバランスを崩す。手負いのHWに対し宙華の剣翼がとどめを刺すが、残る1機が海面上の低空で急停止。プロトン砲の光条が輸送船の1隻を貫いた。
一溜まりもなく転覆した船から避難民が海上へと投げ出される。周辺海域に展開していた正規軍のW−01が直ちに救助活動に向かうが、脱出の希望から一転して絶望へ引き戻された人々の恐怖の表情、喉を枯らす絶叫は、何故か上空のKVからもはっきり判るかの様だった。
「こんのぉーーっ!」
ようやくCWを駆逐した真琴がディアブロの機首を翻して残りの船団とHWの間に割って入り、レーザー砲でワームを射抜く。
「お前らに奪わせる『命』なンざ、ねぇンだよっ」
「ウォン! これ以上あんたの好きにはさせない!」
悠季もまたAフォース併用の螺旋弾頭ミサイルを撃ち込み、また1機HWを墜とした。
残り5機のKVが船団の上空へ取って返し、残存のHWを寄せ付ける事無く撃破する。
その直後――プロトン砲20門の火線が蒼空をなぎ払い、KV全機を打ち据えた。
4機のKVを撃墜したステアーが、残りの傭兵達に牙を剥いたのだ。
『あの輸送船、何か重要物資でも積んでいるのですか?』
『いいや、ただのつまらん避難船だ。これは私の個人的な座興だから、君は春日司令の要請通りKV狩りに専念したまえ』
『‥‥そうさせて貰いましょう』
再度のプロトン砲掃射により、宙華機と安則機が機体大破のダメージを被る。
「三十六計逃げるにしかず‥‥とはいかなかったな。ステアー相手では」
無念そうに呟き、安則は操縦席の脱出ボタンを押した。
死角から回り込んだ悠季が、射程ぎりぎりからアハト・アハトによる狙撃を試みる。
逆に小町は高性能ラージフレアを展開、接近してスラスターライフルの弾雨を浴びせた。
しかしステアーはそれらの攻撃を避けようともせず、ただ慣性制御で静かに空中静止していた。果たしてダメージを与えているのか、それさえ定かでない。
次の瞬間、バグア式Sライフルの砲口が立て続けに火を噴き、2機のディアブロの機関部を正確に撃ち抜いた。
爆発する機体から意識不明のまま脱出カプセルでイジェクトされる悠季。
「はぁ‥‥強化した甲斐もなかった様やね」
強制射出されるカプセルの中、小町も思わずため息をもらす。
「アンタがシモンかぃ? ‥‥知人から託されてるから、一発入れさせて貰うよ!」
最後の1機となった真琴が、ブーストオン&Aフォース併用で、ソードウィングによる渾身の一撃を叩き込んだ。
一瞬、ステアーの機体が妖しい赤光を放つ。
鈍い音と共に、翼刃もろともディアブロの片翼が砕け散った。
「そんな――!?」
『その知人とやらに、伝えておけ‥‥』
失速して墜落する真琴の耳に、地の底から響く様なシモンの声。
『私に用があるなら、自分で会いに来いとな』
視界を覆う淡紅色。全身を灼かれる様な熱さと、強制射出の衝撃を感じながら――。
真琴の意識は薄れていった。
水平線の向こうに福江島が遠ざかっていく。
撃墜された傭兵達は、W−01に救助され輸送船上で応急手当を受けていた。
海に投げ出された避難民も幸い大半が救助され、その意味で民間人への被害は最小限に留まったといっていい。
だが、傭兵達の表情は暗かった。
撃沈された護衛艦クルーのうち百名以上が生死不明。いつバグア軍が襲来するか判らぬこの海域で、これ以上の捜索は絶望的だという。
佐世保基地の松本・権座(gz0088)少佐からは、さらに悪い報せが入っていた。
あの後シモンのステアーは五島列島で戦っていた正規軍の主力を壊滅させ、そのままカメルへと飛び去った。
同島では未だに残存兵によるゲリラ戦が続けられている。だがこの敗戦で、事実上九州と朝鮮半島の連絡線は分断される事となった。
<了>