●リプレイ本文
潜水艦から降りる間際、ちょっとしたハプニングがあった。
最後のミッションブリーフィングの際、全員の行動計画を突き合わせたのだが、どういうわけかグループ行動の班分けが各人の計画書によってまちまちだったのだ。
「何かの手違いかね?」
野戦服姿のラザロ(gz0183)が肩をすくめて薄笑いを浮かべた。
「まあ、よくある話さ。班としての共通行動やローテーションは合意ができてるんだろ? ならメンバーの構成自体はそれほど重要な問題じゃない」
結局、食い違いのある部分はメンバーを入れ替える形で、改めてラザロを含む9名は3名×3班に分かれて行動することとなった。
A班:UNKNOWN(
ga4276)、須佐 武流(
ga1461)、ラザロ
B班:叢雲(
ga2494)、霧島 亜夜(
ga3511)、レールズ(
ga5293)
C班:アイリス(
ga3942)、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)、月神陽子(
ga5549)
そして今、人目につかぬカメル南岸の岸壁からゴムボートで上陸した傭兵達は、元反政府ゲリラで現在は反バグア抵抗グループのリーダーだというディアゴ・カイロスと接触のため、この島国の中央部分を占める広大なジャングルを密かに行軍している。
「あの時受け取った情報を元に、ですか」
以前、UPC側の軍使(といっても情報部がお膳立てした偽装だが)としてバグア占領後のカメルを来訪した叢雲は、首都を視察中に監視役のカメル軍人から密かに託されたメモリーカードの中身を知らされ、やや感慨深い心境だった。
同じB班に所属する亜夜もまた、その依頼に参加し大統領官邸でバグア軍司令官・シモン(gz0121)と会見している。
「といっても、どうやら影武者だったようだけどな。バカにしてるぜ、全く」
それが腹立たしいという事もあるが、亜夜としては何よりこの国をバグアから取り戻す力になりたいと考えていた。
「カメル奪還後の事まで考えると、俺達傭兵だけでなく、この国を導いていける人物の協力が必要だ‥‥」
ディアゴなる男がそれに値する器か否か――これは本人に会ってみなければ判らないことだが。
「元反政府ゲリラが今や対バグアのレジスタンスね‥‥」
行く手を阻む草木をイアニスでなぎ払いつつ、レールズが呟く。
「しかしどうなんだろうな? カメルの政府軍ならまだしも、ゲリラの装備でキメラやワーム相手にどこまで戦えるものか」
「これでも現代ゲリラの元祖は我が祖国でしてね‥‥想像以上に優秀ですよゲリラは‥‥」
亜夜の疑問に答えるレールズの父親は中国人だ。
バグア軍はカメル政府が無条件降伏した時点で市街地に投入したキメラを全て回収したらしいが、以前から競合地域だったこのジャングルにはまだ多数の中小型キメラが徘徊している。しかし今回の任務の目的を思えば、最大の敵はキメラではなく、この奥深い密林そのものといえた。
「こんな場所だ。キメラ以外にどんな危険な生き物や病原体がいるか、判ったもんじゃないからな」
覚醒中の能力者ならば、通常の毒蛇や毒蜘蛛などにかまれても殆どダメージを負うことはないとされる。それでも念のため、UPCに申請して潜水艦内で全員が風土病などのワクチン接種は受けていた。
さらに厄介なのは、友軍の潜水艦が再び迎えに来るまで4日と時間が限られていることだ。闇雲に歩き回っていてはとても回れる広さではない。一応SIVAから提供された地図を参考に、ディアゴの組織が使用していた複数のゲリラ拠点にあたりをつけてはいるが。
「周りの気配にも慣れてきたし、そろそろステルスアヤ始動ッスよ」
念のためトラップを警戒しつつ、亜夜は気配を消し、五感をフルに活かして周囲の捜索を開始した。
(「久しぶりのカメルか‥‥懐かしいものだ」)
A班所属として別行動をとるUNKNOWNは、ほぼ1年前「悪魔の部隊」事件でシモン達DF隊員の反乱兵を追跡した同じジャングルを歩みつつ、しみじみと思っていた。
(「あのとき同行した彼は、元気でやってるかね?」)
同依頼に参加した仲間の傭兵の顔など、つい思い出が蘇る。
そういえばあの時も、南半球に位置するこの国は夏真っ盛りだった。
それでも帽子からコート、スラックスまで黒一色で統一し、咥え煙草でいつものダンディズムを崩さないUNKNOWNである。
むろん場所が場所だけに装備に怠りはない。エマージェンシーキットや方位磁石、4日分の食料とミネラルウォーター。
バグア側ジャミングと傍受の怖れで無線機が使えないため、連絡用の照明銃や呼子も準備してある。
道案内役として先行していたラザロがふと足を止め、無言で地面を指さした。
UNKNOWNと武流が歩み寄って覗き込むと、一見細い獣道のようだが、下生えの草と土が長い楕円形に窪んでいる。
「軍靴の足跡だね。まだ新しい」
「カメル軍兵士の可能性は?」
「いや、政府軍の連中がここまで踏み込んでくるとは考えにくい。何せ、キメラが人を襲うとき人類側か親バグア派かなんて区別はつけないからねえ」
「つまり‥‥ゲリラ軍はまだこのルートを使っているってことか」
武流とUNKNOWNは五感を研ぎ澄まして暫く周囲の様子を窺ったが、少なくとも人間らしい気配は感じられなかった。
「反政府ゲリラか‥‥敵の敵は味方‥‥じゃない」
武流が腕組みし、じっと考え込む。
「敵の敵は‥‥新たな敵だ。少なくとも今はまだ」
「いずれにせよ相手は一般人の兵士――たとえ撃たれたとしても、こちらが迂闊に反撃するのは禁物だ」
装備したサプレッサー付きのスコーピオンとエネルギー銃をチェックしつつUNKNOWNがいう。
持参の武器はあくまで対キメラ用だが、それさえも無闇に音を立てない様、しかも必要最小限の使用に留めるよう打ち合わせてある。
とりあえずUNKNOWNはゲリラが通ったと思しき道筋に「逢いたし」「鳥」「―、―、・、―」などと書いたメモ用紙を置いた。これは撤収時に全て回収する予定だ。
3班に分かれた傭兵達の行動は、基本的に1班がベースキャンプに待機し2班で捜索。1日おきにキャンプを移動させる。練力回復のため休憩を取る必要はあるが、夜間は寝ずの番も必要なので、その辺りを考慮し1つの班に疲労が集中しない様ローテーションが組まれていた。
そして肝心なのは、結果に拘わらず4日目には海岸へ戻る事。水中ワームが哨戒するカメル近海にUPC軍の潜水艦が接近できる時間は僅かなのだ。
2日目まではこれといった成果なし。時折足跡や焚き火の跡らしい痕跡は見つかるものの、肝心のゲリラ兵に出会えない。
その代わり中小型キメラには何度か遭遇した。極力身を潜めやり過ごそうとするのだが、スナイパー以外の能力者はやはり気配を悟られ戦闘になってしまう。それでもキメラ以外の敵が出現しない所を見ると、バグア軍にとって密林ゲリラなど「脅威ですらない」と放置されているかの様だ。
そして3日目――その日はA班がキャンプで待機、B・C班が捜索というローテーションだった。
「間違っても迷子にならない様に、気をつけないとですよ〜」
アイリスが地図と方位磁石を首っ引きで陽子、イレーネら仲間の女性陣と共に密林を掻き分けて進む。日頃から迷子癖のある彼女だが、さすがにこのジャングルで迷子になってはシャレにならない。
時折襲ってくるキメラに対しては陽子が前衛に立ち、イレーネとアイリスが後方から援護射撃。
そうやって何匹目かのキメラを仕留めたとき――。
「誰かいるですよ〜」
アイリスが、次いでイレーネと陽子も周囲に生い茂る樹木の奥にキメラとは違う気配を感じ取った。
「誰です?」
陽子の呼びかけに応えるようにして、密林の奥から古びた野戦服をまとい、旧式のAK−47自動小銃を構えた兵士達が姿を現わした。顔には黒く泥を塗っているため、全員男らしい――という他には年齢さえよく判らない。
「‥‥あんた達こそ、何者だ? 人間なのか?」
覚醒した能力者を見るのは初めてなのか、兵士達は敵意というより驚きに目を丸くしている。
「我々はULTの傭兵だ。UPCの依頼で派遣されてきた‥‥で、貴公らは?」
兵士の中でもリーダー格らしき男が部下に手で合図して銃口を下ろさせ、慎重に歩み寄ってきた。
「我々はカメル人民解放‥‥いや、もう違うんだったな」
少し考え直す様に首を傾げ、
「カメル人類戦線(HFK)の者だ‥‥このメモを残したのはあんた達の仲間だな?」
そういって男の差し出した指先には――。
「逢いたし」と書かれたUNKNOWNのメモ用紙が摘まれていた。
ほぼ同じ頃、ベースで待機するUNKNOWN達の元にもHFKを名乗るゲリラ兵の小隊が接触を試みていた。
結果的にいえば、HFKのゲリラは傭兵達がカメルに潜入した2日目くらいに置き手紙として残したメモを発見し、以後は遠巻きに監視していたらしい。
単純に身体能力や五感では一般人より遙かに優れた能力者達だが、ことジャングル内に関しては20年以上も闘争を続け草木の1本まで知り尽くしたゲリラ兵の土地勘が勝っていたわけだ。
当初は「バグア軍がゲリラ狩りに乗り出した」と色めき立ったHFKのメンバーも、傭兵達がキメラを倒すのを目撃し、「とりあえず敵ではないらしい」――との判断から接触に踏み切ったという。
別ルートを捜索中だったB班も呼子の合図で呼び戻し、改めて全員が揃った所で傭兵達が「ディアゴ・カイロスに会いたい」との意向を伝えると、HFK側の小隊長は頷いて答えた。
「ああ。俺達もディアゴ司令官の命令であんた達を迎えに来た。‥‥ただし、司令官に会う間はそちらの武器を預からせてもらうがな」
これは最初から予測された要求だったので、傭兵達も覚醒を解き大人しく武装解除に応じる。もっとも相手が一般人のゲリラ兵程度なら、いざとなれば素手で制圧するのも容易い事であったが。
「簡単に信用して貰えないのは仕方が無いのです」
「まあ、今回ですんなり話が成立すると思ってはいないが‥‥」
アイリスと武流が小声で囁き合う。傭兵達はゲリラ側にいわれるまま、両手を頭の後ろで組み捕虜のような格好で歩き出した。
ベースを離れ、さらに密林の奥に連行されること、およそ2時間。
空からの偵察で発見されないよう、入り口を樹木で巧みにカモフラージュした地下壕の中にHFKの拠点はあった。
粗末な木製テーブルを前に悠然と座った野戦服の男――ディアゴを前に、UNKNOWNはまず相手の様子を冷静に観察した。
顔、声、表情。物言いや理念――。
影武者ではなく本人か?
そして今後協調できそうな相手か?
UPC側から資料として見せられた写真(ただし20年近く昔のものだが)と比べる限り、どうやら本人に違いはなさそうだ。無精髭に覆われてはいるものの、男の顔つきは「ゲリラ司令官」というイメージとはやや異なる、むしろ知的といっていい風貌だった。
一方、レールズはエメリッヒ中佐からの協力要請書――強制ではなく、なるべく穏やかに協力を呼びかける内容のもの――を渡し、陽子は身の証として己の所持するUPC鉄菱・銅菱両勲章を示した。
「なるほどね‥‥ところで、俺の名前を誰に聞いた?」
「‥‥ロベルノ大統領です」
自ら「大統領の伝言」を持ち帰った叢雲が、事の次第を説明した。
「立場は違えど、国を思う気持ちは同じ、なのでは?」
そしてUPCと提携することで得られるHFK側の利益――物資援助、傭兵の派遣、バグア軍についての情報提供――等々を小出しにしつつ説得に入る。
「俺はあのカメル侵攻のときもバグアと戦った。何とかこの国を救う手助けがしたいんだ」
亜夜もまた、これまで係わってきたカメルへの想いを伝えようと言葉を尽くす。
「私たちで力になれることがあったら言って欲しいのですよ。ただし最終的な判断はUPCが決めるですけど‥‥」
とアイリス。
「資金の方は心配ないよ? シ‥‥いや、UPCがいくらでも援助するから」
「その男は?」
「ああ、UPC情報部の人間だ。今回の交渉の見届け役でな」
訝しげにラザロを見やるディアゴに、急いでイレーネが取り繕った。
「ふむ。確かに魅力的な提案には違いない‥‥いま俺達HFKが敵と戦うには、全てが足りない状態だしな」
「敵か‥‥あなたにとっての敵とは何ですか?」
「決まってる。人民を抑圧する存在――その全てだ」
レールズの問いかけに対し、ディアゴは躊躇わず答えた。
「あなたがこの国のため、あるいは人民のために戦うのであれば、我々はこの星のため、人類のために戦っています。もちろん全て理想通りではないですが根本的には同じ目的のために命をかけてるんです」
「ディアゴ‥‥だったか‥‥」
ふいに武流が口を挟んだ。
「今のカメル‥‥いや、今のこの世界に‥‥アンタの求めている正義はあるのか?」
「俺の信じる正義は俺の中にある。だからこそ、この20年間同志達と共に闘ってこられた」
「自分を助けて欲しいなどとは一言も言わず、大統領は言いました。貴方を援助して欲しいと」
陽子がいった。
「自らの身などよりも、貴方の国を想う心に、大統領は国の未来をかけたのです」
「ロベルノか‥‥」
「貴方の心にはまだ、祖国を想う『愛』が残っておりますか? 貴方の心にはまだ、強大な敵にも立ち向かう『勇気』が残っておりますか?」
じっと黙り込むディアゴに向かい、さらに訴える陽子。
「貴方に頭を下げるつもりはありません。また、貴方もわたくし達に頭を下げる必要はありません。わたくし達が望むのは、利害では無く信頼で結ばれた、共に戦う戦友なのです」
「‥‥次に交渉する時の合図を決めておこう」
やがてディアゴが口を開いた。
「何しろ急な話だ。俺も同志達と話し合って、援助の希望をまとめておきたい」
いつしか時刻は夜半を過ぎていた。朝までに出発しなければ、潜水艦の迎えに間に合わない。
レールズがいくつかの方法を提案、判りやすさから「左腕に青いバンダナを巻く」事に決まった。
さらに叢雲は、自分のUPC銅菱勲章を「割り符」として提供し、ディアゴと次回交渉グループの代表者が片方ずつ持つことを進言した。
「構わないのか?」
「私の名誉なんかで『仲間』が増えるなら、安いものです」
微笑を浮かべ木箱の上に置いた叢雲の勲章を、陽子が「鬼蛍」の一刀で真っ二つに割った。
「お見事。‥‥これが『仲間』の証というわけだ」
半円となった勲章の片割れを手に取り、ディアゴが頷く。
「協調するという事は、今後より厳しく潜み動かないといけないという事だが。覚悟、あるかだね」
「それは任せろ。俺達にとって、このジャングルは庭みたいなものさ」
決意を促すUNKNOWNの言葉に、HFKの司令官は歯を見せて笑った。
<了>