●リプレイ本文
「チェラル、もし時間が作れたらなんだけど、サラスワティのWDパーティに一緒に行ってみないかな?」
『‥‥ふぇ? ふわぁいとどぇい?』
勇姫 凛(
ga5063)が握る受話器の向こうで、チェラル・ウィリン(gz0027)の眠たそうな声が答えた。どうやら寝坊していたらしい。
『どうかなあ‥‥今度、軍の任務で中国の方に‥‥』
ごそごそ。スケジュールをチェックしているようだ。
『あ、だいじょーぶ。14日はまだL・Hにいるよ?』
「‥‥それからね、出し物するんだけど、凛と一緒に歌って踊ってみない?」
『踊り? エヘヘー、あんま自信ないけど‥‥凜君、教えてくれる?』
同じ頃、空母「サラスワティ」艦内KV格納庫では、ツナギ姿の百地・悠季(
ga8270)が、フェリア(
ga9011)、アルジェ(
gb4812)、ルノア・アラバスター(
gb5133)の人呼んで『無言実行シスターズ』3人娘の余興演奏リハーサルに裏方として協力していた。
リーダー格のフェリアは
「無言実行シスターズに気づいたら入ってた・リーダーにされてた。恐ろしい10歳ロリっ子同盟の片鱗を味わったです‥‥」
といいつつも練習に精を出し、
「サラスワティ‥‥報告書、で、何度か、目に、しま、した、が‥‥。実際に、乗れる、なんて、思って、も、みま、せん、でした」
たどたどしい口調でルノアがいえば、
「ちょっと、恥ずかしい‥‥けどがんばる」
懸命に歌とフリを確認するアルジェ。
10歳ロリっ子達に服の裾をギュっとつかまれ「お願い‥‥」と涙目でねだられた挙げ句協力するはめになった同艦整備員達が見守る中、ガランとした格納庫内に少女達の歌声とステップの靴音が木霊した。
そして、パーティー当日――。
「なぜ、わらわがこんな格好を‥‥?」
パーティー会場である「サラスワティ」飛行甲板上。
全身タイツに猫耳カチューシャと猫尻尾姿という出で立ちのラクスミ・ファラーム(gz0031)が、釈然としない表情で呟いた。
その背後では色違いで同じコスプレ姿のチェラル、ヒマリア・ジュピトル(gz0029)、マリア・クールマ(gz0092)、ついでにヒマリアの弟テミスト、そのGFミーティナまで参加している。
「2・22(にゃん・にゃん・にゃん)は猫の日という宣伝の仮装なのです♪」
御坂 美緒(
ga0466)が朗らかに説明した。
「もうひと月近く前のことではないか?」
「本当ならバレンタインにやりたかったのですけれど‥‥でもこれだけの美人揃い+美人艦長のラクスミさんなら、時期外れでも宣伝効果バッチリです♪」
向日葵のごとき笑顔を浮かべつつ、美緒は事前にマリアと共に撮影した猫タイツ姿の宣伝ポスターを広げた。
「ラクスミさんの猫姿も撮影して、艦長さんバージョン猫の日ポスターも作っておくですね♪ ついでに艦内中に貼るのです」
「‥‥ううっ‥‥艦長としての威厳が‥‥」
「いえとんでもない。なかなかお似合いですぞ、殿下」
副長兼侍従武官のシンハ中佐が、うるうる落涙するラクスミに耳打ちして慰める。
――もっとも、その表情は吹き出しそうになるのを必死で堪えている様にも見えたが。
「組合員の皆さん!」
後方でしきりにフラッシュを炊いて猫娘ガールズを撮影する「サラスワティ福利厚生組合」の面々にクルリと振り返り、
「今月は無理でしたが、来月こそは『ドキッ☆猫娘だらけの花見パーティー』の開催を提案したいと思います♪」
高らかに宣言する美緒の言葉に、「うおぉーっ!!」と上がる嵐のごとき歓声。
「ヒマリアさんにはマスコットキャラになって貰うですよ♪」
「ええっ? あたしが〜?」
驚くヒマリアを捕まえ、すかさずふにふに。
耳もとで何ごとか囁きつつ、彼女の敏感そうな部分を揉んだり、くすぐったり、フッと息を吹きかけたり。
「むむ、ここが弱いのですね♪ 集中してふにふに攻めなのです♪」
「や‥‥やらせてください‥‥お姉様ぁ♪」
何やら回を追う事に要求がディープになっていくのは気のせいか。
そうこうするうちに、甲板上には招待された傭兵達が次々と現れ、まず今回の主催者であるラクスミに挨拶し始めた。
「久しぶりに、サラスワティに乗ったな」
雪ノ下正和(
ga0219)が懐かしげに空母のブリッジを眺めやり、ラクスミに謝礼の辞を述べた。
「おお、久しいのう。達者でおったか?」
王女の威厳を以て鷹揚に頷くラクスミ。でも猫スーツ。
「そういえば例のVD中止騒動。そなたはどの陣営で参戦したのじゃ?」
「はい。バレンタインは中止派として戦い、推進派の愛に敗れました‥‥」
正和はあえて「今日がホワイトデー」という事は忘れ、パーティーを楽しむことに徹するつもりであった。
顔は笑顔だが、心の中は涙雨。
(「愛なんて、愛なんてぇぇぇぇぇっ!!」)
「パーティーに参加するか迷いましたが‥‥サラスワティの皆さんとクリスマス以来に会う機会でもあるので参加する事にしました」
と、リヒト・グラオベン(
ga2826)。
近々、彼の故郷でもあるロシアの地で大規模作戦が発令されるらしいという情報は、L・Hでも既に広まっている。そのためリヒトも戦闘訓練に時間を割くべきかと迷ったのだが、「出陣前だからこそ気分転換も必要」と思い、あえて本日のパーティーへ出席を決めたのだ。
そのためか、普段生真面目な彼には珍しく着ぐるみの仮装姿である。
「そういえば、海狼と海花が祖国の北京にチョコを贈るために動いた一件の終始は聞きました。俺も共感してぜひ手助けをしたかったのですが、その時は別の依頼に就いていて無理だったのが心残りです」
「まあ傭兵は忙しい体じゃしの。いずれ本艦も北京解放の戦に加わる時も来よう‥‥その時は頼りにしておるぞ」
「このところ、バタバタとしてゆっくりと出来ませんでしたので、ここでゆっくりとお話をと思います」
櫻小路・なでしこ(
ga3607)がしとやかに頭を下げる。
本日、彼女は妹の櫻小路・あやめ(
ga8899)、そして従妹の天小路桜子(
gb1928)も同行していた。
なでしこはボーイッシュにジャケット&パンツルック、対照的にあやめはパステル調の華やかなドレス、桜子は派手にならない程度に色彩豊かで清楚な和装という出で立ちである。
「ほほう。そなたら3人がそろい踏みとは珍しいのう」
「クリスマス以来ご無沙汰しておりました。いつも姉がお世話になってます」
普段は結っている髪を下ろしたあやめが挨拶する。また、彼女は極東ロシアでの戦闘に「サラスワティ」が参戦できないことをしきりに残念がった。
「まあ戦場がシベリアの奥地では、本艦の出る幕はないしな。その方らの武運を祈っておるぞ」
「ありがとうございます。極東ロシアでの戦いはこれまで以上の激戦とお聞きしていますので、それに向けて英気を養いませんと」
桜子もお辞儀し、3人は他のクルー達にも挨拶すべくひとまずその場を離れた。
「お初にお目にかかります、サイエンティストで衛生兵の高坂聖(
ga4517)です。今回はパーティを開催していただきありがとうございます。粗品ですが、これをどうぞ」
「サラスワティ」へは初の来艦となる聖は、手土産としてホワイトチョコレートをラクスミに贈呈した。
「おお。これはかたじけない」
また初対面となるチェラル、マリア、李・海狼、李・海花の双子にもやはり持参のホワイトマシュマロを1個ずつ手渡す。
「報告書でご活躍を知っているので‥‥」
(「‥‥どうでもいいがホワイトデーは金が掛かるイベントです。今回は準備に5万くらいは軽く使ってるなぁ‥‥」)
そんな事を思いつつ、気を取り直してシンハ中佐に向き直り、
「色気も何もない話ですが、奉天が開発中のKVH−126P『骸龍』はご存知ですか?」
「名前は聞いた事がありますな」
「装甲が非常に薄い代わりに回避性能が高い機体で、強襲偵察機として開発されてます。もう試作機まで仕上がって、実戦も経験済みです。ただUPC側の事情でまだロールアウトされていませんが、この艦は偵察任務に就くことも多いみたいですから、搭載を考えてみては如何でしょうか?」
「ふむ‥‥いわれてみれば、UPC軍には今の所『岩龍』の後継機となる偵察用KVがありませんな。本艦の場合、電子戦機のウーフーを偵察機兼用で運用しておりますが。まあ正式発売されたら、性能次第では検討してみましょう」
「ここがサラスワティかー。アーちゃんがこの船に乗るのは初めてだけど、なかなか気合いの入った性能みたいだね」
聖と同じく、本日が初来艦となるアーク・ウイング(
gb4432)は甲板上やブリッジをキョロキョロ見回した。
とりあえず初対面となる艦長ラクスミの前へと行き、
「初めまして、殿下。アーク・ウイングと申します。今後ともよろしくお願いします」
「うむ、子供にしてはなかなか礼儀を弁えておるな。よしなに頼む」
(「おちょくったら面白そうな感じの人だねー」)
と、つい内心で思ってしまうアーク。まあ初対面がいきなり猫スーツではそう思われても仕方がないが。
「ところで、アーちゃん今日は救護班やりたいんですけど。けが人は出ないと思うけど、食べ過ぎや飲み過ぎで体調崩す人がいるかもしれないし」
「本艦には軍医もおるし医療センターもあるが?」
「でも、本物の軍医さんが酔っぱらいの世話までやってたら、何人いても足りないでしょ?」
「それもそうじゃな‥‥では許可しよう。担当部署の責任者に伝えておくゆえ、必要な物があったらそちらに申請するがよい」
「フルートと音響機材をお貸し願えますか?」
青いカーネーションを差し出しつつ、仮染 勇輝(
gb1239)が尋ねた。
「よろしければ、後ほど宴の座興に演奏などしたいと思います」
「苦しゅうない。軍楽隊の者に用意させよう」
立食形式の会場には各種オードブルやドリンクの他、ホワイトデーらしくデザートのケーキやパイ、クッキーなど様々なスイーツも並べられ、招待客の傭兵や非番のクルー達が好みに応じて飲食や仲間同士の談笑に興じている。
「はわっ、忘れる所だったですよ」
幸せそうにお菓子を頬張っていたアイリス(
ga3942)は、あたふたバッグの中からホワイトケーキを4つ取り出し、王女達の元へと小走りで急いだ。
海狼と海花にケーキを贈るためである。
「北京の人たちの代わりに、ホワイトデーのプレゼントなのですよ」
「わぁ、ありがとうございます」
「美味しそうアル!」
ちょうどマシュマロを食べ終えた幼い双子が目を輝かせた。
「ちゃんと1個ずつ買ってきたので、喧嘩しちゃダメなのですよ?」
「「はーい」」
続いてアイリスはマリアとラクスミにも同じケーキを贈呈した。
「ありがとう‥‥」
「すまぬのう。思えばわらわは今年誰にもチョコを贈ってないのに、自分ばかり貰って申し訳ないな」
「いいえ。受け取って頂けて嬉しいのですよ〜」
そんな光景を遠目に眺めつつ、
「‥‥ハッピーホワイトデーといったところだな」
イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)はのんびりとグラスを傾ける。
「また大きな嵐が近付いてきたが‥‥その前の平和なひととき、存分に楽しもうか」
既にラクスミ達には一通り挨拶は済ませたが、イレーネとしてはマリアとゆっくり話をできるのを楽しみにしていた。もっとも彼女はいま別の傭兵と話しこんでいたので、一段落着いた後でもいいだろう――と料理の皿に手を伸ばす。
その傍らでは、
「はじめまして。私実は今回が初めての依頼でして‥‥どうぞよろしくお願いします」
傭兵登録して間もない弧磁魔(
gb5248)がパーティー参加者1人1人に挨拶して回っていた。
一通り挨拶回りを終えた弧磁魔はテーブルの料理から特に甘そうなお菓子を取り分け、
「甘党として生まれてよかった。この味を感じることができるのだから‥‥」
と、小声でしみじみと呟くのだった。
王女への挨拶も一通り終わり、会場にもすっかりリラックスした空気が流れ始めた頃。
「宴の余興に、何ぞ芸など見せる者はおらぬかえ?」
「よしっ。俺に任せて下さい!」
ラクスミの言葉に応じ、名乗りを上げたのはクラリス・ミルズ(
ga7278)。
元料理長の経歴を持ち、即興で料理ショーを見せるというクラリスの申し出を受け、会場の中央に一段高く据えられたステージ上に料理台とマナ板が用意された。
「ひとつ日本の押し寿司をご披露しましょう」
ネタは空母の食料庫で冷蔵してあった鯖や鯛、マグロやエビなど。
鯖や鯛は3枚におろして、切り身の片側を底に敷く。紅ショウガを敷き詰め、白ゴマをふる。オオバをしいてご飯をかぶせて押す。海老は、刻んだ卵焼きを敷いて押す
ここで大マグロ丸一匹がステージへと運び込まれる。
予め打ち合わせてあったのか、クラリスの指名を受けた正和が愛刀「雲隠」を手にステージへ上がった。
「さて、皆様お立会い♪ これより抜刀術によるマグロの解体ショーをいたします、見事切れたら拍手をお願いいたします♪」
口上を述べつつ、雲隠の刀身をスラリと引き抜く。
「――ハァッ!!」
気合い一閃。
急所突き+豪破斬撃+流し斬りを組み合わせたコンボで見事に捌かれたマグロの切り身が、計算通りそれぞれの皿にピシャっと音を立てて落ちた。
最後に血振りをして、刃を和紙で拭った正和が納刀すると、会場から大きな拍手が挙がった。
正和が観客に手を振りつつ退場した後、クラリスの料理ショーが再開された。
居合いで捌いてもらったマグロはコンロで火をおこして醤油であぶり、肉汁が垂れたのをプラスチック製の型枠に敷いて、完成。
「これが、日本のオシズシか‥‥なかなかに美味じゃのう」
傭兵や艦のクルーに混じってステージに昇ったラクスミが、取り皿に分けた押し寿司に舌鼓を打つ。
料理ショーを終えたクラリスは、観客の中にいた藤田あやこ(
ga0204)を壇上から呼び寄せた。
「え? 私?」
実はこの2人、バレンタインの頃別のイベントで知り合った。というかクラリスがあやこをナンパした。
突然の事だけにあやこの方は態度を決めかね、本日のイベントもクラリスが来ているとは知らず、ただ日頃依頼などで縁のある「サラスワティ」のパーティーということで何となく参加――というのが正直な所だった。
きょとんとした顔で壇上に昇ったあやこは、その場でクラリスからプロポーズを受け、ますます目を丸くした。
「いいじゃないか、VDの返事だよ」
クラリスは甲板を見回し、
「君は何度かここに降り立ったな。今度はここから飛び立ってもいいじゃないか」
「まったく‥‥貴方ったら」
大胆で強引なクラリスのやりかたにいささか面食らうものの、自分もどこか強引な性格なため、その場のノリと勢いでOKしてしまうあやこ。
「さぁ本日お集まり頂いた皆さん、僕達のささやかな出会いを祝福して下さる方はお集まりください」
かくして艦上WDパーティーはその場でクラリスとあやこの結婚披露パーティーをも兼ねる事となった。
「日本じゃ大きな戦いの前にカップルが旗を揚げて結婚を誓うんだって? フラグを立てるとか言って」
「あ、俺知ってる。それってしぼ――」
つい口走りかけたKYな水兵の1人が、周囲の同僚に取り押さえられ艦内の奥へと強制連行。残りのクルー達の手により、クラリスの手配で事前に用意してあった結婚祝賀の大旗が景気よく打ち振られる。
「なるほど。これはめでたい席に居合わせたものだな」
聞き慣れた声にラクスミがはっとして振り向くと、そこに民族衣装をまとったプリネア皇太子、クリシュナ・ファラームが立っていた。
「あ、兄上!? いつからそこに‥‥?」
「いま到着したばかりだが。何を驚いておる? そなたが招待したのではないか‥‥ときにそなた、何故その様な格好をしているのだ?」
「あ、いや‥‥これには、色々と事情が‥‥」
凝固したまま口をパクパクさせる妹姫はとりあえず放置し、クリシュナは自ら乾杯の音頭を取って若い2人の門出を祝った。
「さぁ‥‥本番、いき、ましょう!」
格納庫に設置されたモニター画面から頃合いと見たルノアが整備員に合図。飛行甲板の機体用エレベーターがせり上がると同時に、甲板上に姿を見せた『無言実行シスターズ』の3人にブリッジからスポットライト代りの探照灯が当てられる。
「ご結婚、おめでとう、御座い、ます」
最初に「結婚式の定番」として有名な某フォークソングを歌った後、
「皆、おういえー! ‥‥耳を塞ぐな目を背けるな口に物含むなですよー‥‥」
フェリアがマイクを取って叫び、いよいよオリジナルソングの演奏開始だ。
『無言実行シスターズ』
無言実行(だだだん)シスターズ♪(イェイ)
アルジェぇ・ルノアぁ・ふぇ・り・あ♪
ルノアぁ・フェリアぁ・あ・る・じぇ♪
フェリアぁぁ・アルジェぇ〜・る・の・あ♪
三人娘はシスターズ♪(ヘイッ!)
(アルジェパート)
無言実行アルジェさん、冷徹寡黙なえすぴーさ♪
マントのしぃたは凄いです♪ 見ようとしたら、千切りさ♪(ハイ)
(フェリアパート)
無言実行フェリアさん、きぃみは無言なのですか♪
国士無双の二刀流、どうやって持ってるんだあんたさん♪(ヘイ)
(ルノアパート)
無言実行ルノアさん、今日も今日とて迷子さん♪
ガトリンライフルお任せあれ♪ 天下無敵のスナイパァ♪(オー)
(間奏・セリフ)
「この世界に」
「平和をもたらす為に」
「戦いましょう!」
『皆で!』
三人皆で無言実行♪
三人合わせフェルノアジェ♪
天下無敵の姦(かしまし)トリオ♪(嘘だッッ!)
今日も元気に‥‥(だだだん)大爆発ッ♪(ォゥィェー)
パーティー会場から割れんばかりの拍手喝采、指笛が響く。
演奏を終えたシスターズは再びエレベーターで格納庫へと降下していった。
「大成功よ! みんなよく頑張ったわね」
楽屋裏――というか甲板下のKV格納庫では、男装スーツ姿の悠季が拍手しながらルノア達を出迎えた。悠季自身はステージに上がらなかったものの、舞台監督として音響や照明の操作を細かく指示することでシスターズのコンサートを陰からサポートしていたのだ。
「はふ‥‥緊張、しま、した」
額にうっすら浮かんだ汗を拭いつつ、ルノアがほっと一息つく。
ちなみに悠季を含む4人の胸には、本番前に勇輝から贈られた青いカーネーションが飾られている。エレベーターには演奏用の機材の他に、甲板上のクルーが乗せてくれた料理やデザート、ドリンク類も並んでいた。
「お疲れ様、今回はこの子達の為に有難うね」
リハーサルから本番の裏方までを手伝ってくれた空母整備員達に礼をいい、その場でコンサートのお疲れ様パーティーが始まる。
ちなみにエレベーターにはシスターズの他、なぜか夏野 桃(
gb3865)が一緒に乗っていた。
「ほーい、こんちは♪」
同性の「かわいい女の子」が大好きな彼女は、3人娘の愛くるしさに見惚れてつい一緒に降りてきてしまったのだ。
「何だか上の会場は知らない人ばっかりだし。よかったら混ぜてくれないかな?」
と、ちゃっかり宴席に加わる。実は煙草の煙が苦手な桃、「火気厳禁の格納庫の方が居心地がよい」という理由もあったが。
時ならぬ出張パーティーで盛り上がる格納庫の目立たない一角を1人ぶらつく聖の姿があった。あの名古屋防衛戦(プライウェン作戦)の際、この空母から「岩龍」で出撃し、福岡沖の空戦で戦死したという正規軍パイロットに黙祷を捧げ、持参したワインを飲む。
生前は一度も会ったことのない、名前さえ知らぬ相手だが、同じ岩龍乗りとして敬意を表してのことであった。
さて、シスターズのミニコンサートが終わった後も、会場のステージ上では次々と傭兵有志による演し物が披露されていた。
勇輝は空母側から借りた銀のフルートで演奏会を披露。
(「先生には日本トップクラスになれると言われてたけど‥‥ここ数年吹いてないからな。不安だ‥‥」)
あやことクラリスの結婚を祝う曲を手始めに、4〜6分程度のゆったりした曲を適度に休憩を挟みつつ演奏する。先程のハイテンションとは一転し、パーティー会場はホテルのラウンジのごとく落ち着いた空気に満たされた。
「もし良ければ、一緒に演奏でもしませんか?」
勇輝は舞台上からアイリスを誘った。
「ならアイリスもフルートにするです。普段は篠笛ばかり吹いてるですけど、フルートだってちゃんと吹けるのですよ」
即興のバンドなので、曲目を決めている時間はない。
「えとえと、何かリクエストは無いですか?」
そこで客席からリクエストを募集し、2人並んでメジャーな曲をいくつかフルートで奏でた。
「おつかれさまでした。とても良かったですよ」
拍手を浴びながらステージを降り、勇輝はアイリスに礼を述べた。
続いて舞台に上がった凜とチェラルは、お揃いのローラーブレードを履き、マイクを握って、ステージ狭しとアクロバティックに舞いながらデュエット。
「じゃあ、次は凛とチェラルから、春を呼べるような歌をみんなの心へ‥‥『桜舞う道へ―ふたり―』」
「隠し芸と言える程の物は身につけていませんが‥‥」
養親の武道家夫婦に仕込まれて腕に覚えのあるあやめは、空母のクルーに頼んで舞台に瓦を積み上げてもらった。
「強いて言えば‥‥まあ、素で瓦割りなどが出来る事でしょうか」
見た目はたおやかな少女の手刀が一閃。瓦三十枚を一気に叩き割ると、
「OH! ジャパニーズ・カラテ!」
「ベリグー! クロオビ!」
なぜか欧米系のクルー達から大いに喝采が上がった。
「隠し芸という訳ではありませんが、幼少より仕込まれました舞を一差し披露致します」
桜子はカンパネラ学園入学まで鍛錬していた舞――能と日本舞踊を合わせたような踊りを一差し舞う。
(「暫く稽古していましたので、ちょっと不安ですが‥‥」)
だが長年の稽古で身についた芸とあっていささかも衰えは見せず、流れる様な優美な桜子の舞に、客席から惜しみない拍手が贈られた。
一通り傭兵達の芸が出尽くした所で、なでしこ・あやめ・桜子の3名から提案のビンゴ大会が開催された。
賞品も3人からの提供で、1等賞から順に「でぃあぶろのぬいぐるみ」「キリマンジャロ・コーヒー」「クマのぬいぐるみ」「家庭用工具セット」「ポットセット」「こねこのぬいぐるみ」「グルグルメガネ」「高級煙草」。
会場の来客にビンゴカードが配られると、去年のXmasパーティー同様にあやめがガラガラを回し、なでしこが番号を読み上げる。
やがて会場のあちこちから「ビンゴ!」「くそっ、Wリーチてんぱってるのに!」と悲喜こもごもの叫びが上がった。
当選者には、桜子がにこやかに賞品を手渡していく。
果たして誰に何が当たったか? それは帰ってのお楽しみ。
メインイベントのビンゴ大会が終わると、パーティーは再び和やかな談笑の場と変わった。
料理ショーで残った押し寿司を宴会料理として切り分けるクラリスのアバウトな切り方、大胆かつ大雑把な盛りつけを目にしたあやこは、
「あー見てらんない」
とついつい横から手を出し、もうすっかり新婚ムードである。
自ら救護役を志願したアークは飛行甲板の隅の方に臨時の救護所を設立。テントの中に簡易ベッドを並べたシンプルな内容だが、なぜか担当者のアーク本人はバニースーツに着替えていた。
「うぇ〜、飲み過ぎちまったぜぇ〜」
などと口を押さえてフラフラ入ってきたプリネア兵の1人がその姿を見て呆気にとられるが、
「苦しくなった人はバニーガールが優しく介抱してあげるよ」
と平気な顔でベッドまで案内するアーク。
もちろん悪ふざけが過ぎていやらしいことをしてくる不届き者がいたら、覚醒して叩き出すつもりである。
‥‥まあ十歳のバニーガールに手を出す時点で、それはもう立派な犯罪者だが。
「申し訳ありませんでした。去年のXmasパーティーでは、無理に気を遣わせてしまったようで‥‥」
「ううん。気にしてないから‥‥」
ひとしきりリヒトと話していたマリアがジュースを取りにドリンクバーに向かうと、途中でやや緊張気味で待つスーツ姿の井出 一真(
ga6977)と出会った。
「一真も来てたの?」
「発令間近の大規模作戦に向けて、決意を新たにするために来ました」
「サラスワティは参戦できないけど、私は義勇兵で【若葉】弐に参加するから‥‥よろしくね」
「いえ、こちらこそ‥‥」
僅かに躊躇った後、一真は持参したホワイトマシュマロ、【Steishia】ファーマフラーを差し出した。
「あの、プレゼントです‥‥WDの」
「もらっていいの? 私、バレンタインに何も贈ってない」
「構いません! 気持ちの問題ですから」
「‥‥ありがとう」
少女の青い瞳が、受け取ったマフラーに向けられる。
「極東ロシア‥‥寒いのかな? 行ったことないけど」
「撃墜されるつもりはないですけど、万が一ということもありますから。防寒着は少しでも用意しておいた方が良いですよ」
そうアドバイスしながら、一真はスーツのポケットからもう一つ、レフトハートペンダントを手渡した。
「これは‥‥?」
「ま、まあお守りみたいなものと考えてください。ほら、こっちと対になってるんです」
赤面しつつ、自分のライトハートペンダントを見せて説明する一真。
「ふうん‥‥面白い」
「作戦を終えた後に一つにできるように‥‥お互いに無事に戻れるように、と」
「じゃあ、御守りだね?」
「え、ええ。まあ、そんな所です」
「ありがとう。無事に戻れるといいな‥‥みんな一緒に」
「大事な話は済んだかな?」
一真と別れて会場へ戻ってきたマリアに、イレーネがグラスを掲げて隻眼でウィンクした。
「え? 大事な話‥‥だったのかな?」
「まあいい。これは私からのプレゼントだ」
イレーネから渡されたドイツ風クッキーの香りに、人形のような少女の表情が僅かに緩んだ。
「美味しそう‥‥嬉しいな。今日は、何だかみんなに優しくしてもらえて」
そのまま二人は会場を歩き、少し香辛料の利いたプリネアの民族料理などを味見して回った。
「これは少しピリッとするが‥‥マリアはこういう料理も食べるか?」
「うん。これくらいなら‥‥あまり辛いのは苦手だけど」
「マリアと居ると素の自分が出せて楽しいし‥‥可愛い妹分の貴公が一緒に居てくれると、自分が凄く癒されるのだよ」
普段は冷徹な軍人気質のイレーネが微笑すると、つられる用にマリアもぎこちなく笑う。
「私もイレーネのこと、何だかお姉さんみたいに‥‥あれ? でも、本物の『お姉さん』ってよく知らないな‥‥」
小首を傾げて考え込む少女を見やり、
(「ふふふ。美味しそうな料理をよそってあげたり、おかしなことを言ってマリアを微笑ませてみたり‥‥そういう何気ない幸せを満喫できれば自分は嬉しいぞ」)
そう思いつつ、イレーネは自分より頭ひとつ分小さなマリアの銀髪をくしゃりと撫でてやった。
「先日お送りした『体験! お仕事してみ隊』のビデオ、観てもらえたですか?」
「うむ。あの番組、そなたがスタッフを務めたそうだな? 大したものだ」
美緒は久しぶりの再会となるクリシュナと食事を共にし、接近のチャンスとばかりあれこれ話しかけていた。
「ところで殿下は猫ってお好きですか?」
「嫌いではないな。王宮でもペルシャ猫を飼っておる」
「私は猫大好きなのですよ♪」
――と雑談に取り混ぜ、
「好みのタイプ」とか「結婚についてどう考えてるか」とか色々聞き出そうと試みる。
しかし皇太子の方は間近に迫った大規模作戦の方が気がかりらしく、
「全く、よりによって戦場が冬季のシベリアとは厄介なものだ。場所が場所だけに、UPC加盟国の足並みもなかなか揃わん」
と難しい顔でブランデーのグラスを傾ける。
「今回は出撃できないラクスミさん達の分まで、北で頑張ってくるですね♪」
「それは頼もしい。何しろこの空母はUKの様に空を飛ぶわけにいかぬからな」
鷹揚に微笑んだクリシュナは、ふと思い出した様にポケットから小箱を取り出した。
「‥‥そうそう。いつぞやは日本より紅葉の入った手紙を送られたな。遅くなってしまったが、これはささやかな礼だ」
と、美緒にそっと「桜のイヤリング」を差し出すのだった。
「チェラル、今度は凛からバレンタインのお返し‥‥」
ビンゴ大会の後、会場からやや離れた甲板の端で2人きりになった凜は、ホワイトチョコで包まれたミルフィーユをチェラルに贈った。
「わっ、美味しそ! ありがとう♪」
「これ、凛が昔から大好きなお店のお菓子なんだ」
「へぇー、そうなんだ。凜君は物知りだねえ。ボク、甘い物は好物だけど、スイーツがどうとかいう話になるとサッパリだもん」
頭をかいて苦笑するチェラルを、不意に優しく抱き締める凜。
「え‥‥?」
一瞬驚くチェラルだが、やがて頬を赤らめつつも、そっと恋人の腕に身を委ねた。
(「チェラルの体、暖かい‥‥でも、この暖かさ凛からチェラルにも‥‥」)
そう思った凜は、彼女を抱き締める腕に少しだけぎゅっと力を込める。
――次の戦場は極東ロシア。3月でも平均気温−20°前後という酷寒の地だ。
(「これからのどんな寒さだって、凛が吹っ飛ばしてみせるんだからなっ」)
やがて夜が更けても、ドック内でライトアップされた「サラスワティ」甲板上では宴が続いていた。
ダンスタイムとなり、空母付きの軍楽隊がムーディーな音楽を奏でる中、清楚可憐な男装のなでしこはドレス姿の凛々しいあやめと手を取り合ってステップを踏み、その姿を桜子がうっとりと見守っている。
「ありがと助かった、これ上の食べ物と飲み物もらってきた、みんなで食べる」
アルジェ達『無言実行シスターズ』はコンサートの世話になった整備員やブリッジのクルー達を回り、料理を配りながら感謝と労いの言葉を述べた。
行く先々で可愛がられて、頭など撫でられる。
「ん、くすぐったい」
そうやってあちこちで適当に愛でられて癒しを振りまいていたが、やがて挨拶回りも済むと3人揃って艦内休憩所で待つ悠季の元へと戻った。
「リア、ノア、ももちー‥‥楽しかった、ハッピーホワイトディ」
そういって、仲間達にホワイトマシュマロをプレゼントするアルジェ。
そのうちウトウトしてきたのか、
「大丈夫‥‥眠くない‥‥zzz」
休憩所のソファに座る悠季の膝を枕にすぴすぴと眠り込む。
フェリアとルノアも、悠季を挟んで身を寄せ合う様に眠り始めた。
「お疲れ様。今日はゆっくりお休み‥‥」
寝こけた三人に毛布をかけてやり、悠季は優しく頭を撫でてやった。
「んー、さすがに疲れたっ」
酔っぱらいの世話に一段落ついたアークが救護所のテントを出ると、夜の甲板上では照明の下、人々のある者はダンスを楽しみ、ある者は恋人同士で穏やかに流れる時間を慈しんでいる。
「これから人類の命運をかけた一大決戦が始まるのか。未来がどうなるかなんてわからないけど、負けるつもりも命を落とすつもりもないね」
夜空を見上げ、ふと呟くアークであった。
<了>