●リプレイ本文
●ウダーチヌイ近郊〜UPC陸軍野営陣地。
「アグリッパの防空網がある限り、KVも含めて我が方の航空機はとても近づけん。数日前は地上軍による突撃も試みたが、結果はほぼ全滅‥‥全く、お手上げ状態だよ」
ラインホールド外周部を取り巻く6基のアグリッパ――その1つ、西北西に位置する「ガムビエル」攻略を担当する極東ロシア軍指揮官が、忌々しげな口調でいった。
生還した僅かな将兵の証言によれば、現在ガムビエルを守るバグア軍はあのゾディアック「蟹座」、ハワード・ギルマン(gz0118)のFRを始め少なくともゴーレム8機、超低空を浮遊するCW8機の存在が確認されているという。
「あと数は判らんが、EQも何匹かいるようだ‥‥頭部のドリルを強化してるらしく、固い永久凍土をものともせず動き回っているらしい。こいつにも要注意だな」
一般人主体の陸軍部隊で突入を繰り返しても被害は増すばかり。ただしバグア側も本格的な戦力の集結を待っているらしく、今の所向こうから積極的に攻めてくる兆候はない。
不毛な消耗戦を避けるため、陣営内ではいったん兵を後退させハンパ方面の友軍と合流する案も出ていたが、最後にもう一度だけ「少数精鋭の傭兵部隊による攻撃」に賭けてみようという事になったのだ。
●凍土の戦場へ
かくして招集された14名の傭兵達は各々のKVに乗り込むと野戦陣地の仮設飛行場から離陸。ラインホールドからのミサイルを避けるため、いわゆる「アグリッパの結界」外縁からおよそ1km離れたツンドラ地帯に着陸すると、そこからは各自陸戦形態でガムビエルを目指した。
「ある意味恋い焦がれた奴と会えるのはうれしいが‥‥目的が違うというのはなんと歯がゆい事か‥‥これも奴との定めか我の業か‥‥」
漆黒の雷電「闇天雷」を装輪形態で走らせながら、かつてギルマンと数々の死闘を繰り広げてきた漸 王零(
ga2930)が憮然とした表情で呟く。
「奴らの目的を‥‥『ゲート』ってのをぶっ潰すためには、どうやらあのラインホールドからなんとかしないといけないようだな。そのためにも、まずはあの厄介な兵器を!」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)の言葉通り、空を飛べば数十km後方のラインホールドから発射されアグリッパが誘導する長距離対空ミサイルの餌食。そして地底にはEQ。これから始まる戦いがいかに過酷なものになるか、僅かでも戦闘経験を積んだ傭兵なら想像が付こうというものだ。
「‥‥」
王零と同じくギルマンとは少なからぬ因縁を持つ聖・真琴(
ga1622)は言葉少なだった。
できる事なら「ヤツ」とはここで決着をつけたい。戦場で「ヤツ」と再び出遭ったら、叩きつけてやりたい言葉や思いが山ほどある。
だが今回の依頼は事実上大規模作戦の「一部」といっていいほどの重要任務であり、それを考えれば個人的な因縁にこだわって独走するのは禁物だ。
(「まずは『ゲート』攻略の最大の障害にもなるアグリッパ‥‥何が何でもコイツだけは墜とさせて貰うっ!」)
「ラインホールドにゾディアック。バグアもついに本腰を入れてきたか‥‥」
眼鏡の位置を直しつつ、鋼 蒼志(
ga0165)が独りごちる。
彼自身は別にゾディアックやギルマン個人と何か因縁があるわけではない。ただし全く別の事情から、何としてもギルマンを倒さねばならない――その決意を固めてこの依頼に参加したのだ。
「大分昔にもらったあったかマフラーと手袋が役立ち、そして我が一族が大打撃を受けたロシアか‥‥クルクスでは祖父の戦友が多く死んだんだったな」
祖父から伝え聞かされた戦史の1頁を思い起こし、緑川 安則(
ga0157)は何時になく感傷的な気分を覚えた。
そう、敵はバグア軍だけではない。3月でさえ平均気温−20°前後というシベリアの凍土。KVに搭乗している限りは支障ないが、万一撃破され外に放り出された場合、その酷寒は能力者の行動にさえ影響を与える。そんな所をあのEQに呑まれでもしたら、ひとたまりもあるまい。
そのため、殆どの傭兵は何らかの形で生身用の防寒装備を整えていた。
また参加者に小隊長クラスの者が多いことから、後に控える「本戦」への影響も考慮し今回の作戦には2重の撤退ラインを設定してある。すなわち「友軍機の2/3が撃破された場合」もしくは個人で設定した損傷率。後者の方は個人差はあるが、だいたい7〜8割を撤退基準にしている者が多かった。
「FR‥‥ゾディアック、か」
「モーニング・スパロー」と命名したディアブロの機上で、鹿島 綾(
gb4549)は己の掌を見つめ、やがてぐっと握り締めた。
「半端じゃないが、やれない相手じゃぁ無いさ。信じないとね、自分を」
戦場へ向かうにつれて傭兵達の口も次第に重くなる。互いに周囲の状況を知らせる短い交信を別にすれば殆ど沈黙に近い行軍が続く中、KV各機の無線にまだあどけない少年の声が明るく響いた。
「初陣にしては厳しいですけど、御先祖様の様な立派な男になれる様に頑張ります!」
今回が傭兵としての初依頼になる上杉 怜央(
gb5468)だ。
出撃前はさすがに緊張を隠せなかった怜央だが、KVに搭乗してからは覚醒による影響か、急に溌剌となり恐怖の欠片も感じさせない口調に変わっていた。
その言葉を聞きながら、傭兵達の胸中に一抹の不安が芽生える。
怜央がまだ幼い子供であること、姉のお下がりだという服装を身に付け外見上は女の子にしか見えないこと等は、この際どうでもいい。能力者としての戦闘能力に年齢や性別は無関係だし、傭兵登録する前の時点でKV操縦を含む必要最低限の初期訓練は受けているはずだろう。
だがそれを考慮しても、今回の依頼は――どう考えても新人傭兵が「初仕事」として受ける性質のものではない。しかも怜央の機体は若干の強化を施しただけの岩龍改だ。
「上杉様。ご存じとは思いますが、今回の敵はバグア軍きってのエース、それも名にし負うゾディアックの『蟹座』です。くれぐれもお気をつけ下さいね?」
自らも幾度か刃を交え、ギルマンの脅威を身に染みて知る櫻小路・なでしこ(
ga3607)が心配そうに忠告した。
「ハイ! 彼もボクの御先祖様同様、清廉潔白な戦人であったと聞きます。バグアの手から解放してあげたいですね」
臆する気配も見せない怜央の返信。
単にアンチジャミングだけが目的なら、たとえば10km後方のUPC軍陣地上空で待機させるという手もあった。しかし怜央は自ら対EQ戦支援のため地殻変化計測器を装備して最前線に同行を志願したのだ。
能力者の中には、時に覚醒変化の影響が精神面にまで及び、文字通り死をも怖れぬ性格に豹変する者達がいる。それ自体は決して悪い事ではない。戦闘中に怯えて取り乱されるよりはマシだし、仮にこれが単純なキメラ討伐依頼であれば、むしろ先輩傭兵として微笑ましい気分で支援してやれたことだろう。
だがこれからぶつかるハワード・ギルマンはゾディアック・メンバーに選抜される以前から一介のバグア下級指揮官として傭兵達と戦い続けてきた、いわば能力者の優秀さと弱点、その双方を知り抜いた敵なのだ。
「俺となでしこが日本の海上エネルギープラントでギルマンと戦ってから、そう時間は経っていません。彼のFRにはまだその時のダメージが残っているはずです」
リヒト・グラオベン(
ga2826)が仲間達に先の戦闘について説明する。
その直後、KV部隊は進軍を止めた。
どんよりとたれ込めた灰色の雲の下。荒涼と広がるツンドラ地帯の彼方に、ガムビエルの名を持つ異形の装置と、それを守るバグア軍守備隊陣地が姿を現わしたからである。
●「殉教者」の門
「あのヘンテコ装置を壊してギルマンさんを倒すのですね‥‥」
ウーフーに搭乗、怜央と共に部隊の電子支援を担当する御坂 美緒(
ga0466)が、初めて見るアグリッパ(ガムビエル)の姿に目を瞬かせた。
むろんバグア軍もそう易々と破壊させてはくれないだろう。
まずガムビエルのすぐ側に、大盾を持ったゴーレム2体が直衛として控えている。そして地上30mほどの超低空を、半透明のサイコロのようなCW8機が円を描くようにゆっくり回転していた。
百mほど手前にはガムビエルを取り囲む様に円形の塹壕が掘られ、やはりゴーレムらしき巨体が半身を乗り出し銃器らしき兵装を構えている。その中にはあの赤い悪魔――「蟹座」FRの姿も見えた。
「EQの数が不明と言うのは不気味だな、ただFRが存在している点で十分脅威だが」
R−01改の操縦席で時任 絃也(
ga0983)が低く唸る。
「ともあれ、アレを落とせば戦況が幾分楽になる。成功させたいものだ‥‥そのためには、まず手前の陣を突破する必要があるがな』
周囲は身を隠すものさえない平坦なツンドラ地帯。無闇に突入すればどうなるか――それは、先に突撃を敢行し全滅したという極東ロシア軍の数知れぬ戦車や装甲車、そして兵士達の屍が凍てつく大地に累々と重なる光景を見れば一目瞭然だ。
KV14機の戦力を以てすれば、CWの妨害を受けたとしてもゴーレム部隊は排除できるだろう。数の判らないEQについても、位置さえつかめれば後は何とでもなる。
だが問題は――。
「FRが相手であろうと、やらねばならない。通させてもらうわよ」
覚醒変化による炎のような黒い模様を全身に浮かび上がらせ、アズメリア・カンス(
ga8233)が仲間達に覚悟を促すように雷電から通信を送る。
ディアブロのコクピットで堕天使の如き黒い片翼を広げたレティ・クリムゾン(
ga8679)は、ちらりとSASウォッチの文字盤に視線を落とした。
「‥‥時間だな」
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
純白に染め上げたミカガミB型、その名も「白皇」を駆る終夜・無月(
ga3084)が、静かに瞑目し祈りの文句の様に唱え――。
そして、14機のKVは2手に分かれて行動を開始した。
ガムビエル防衛のバグア陣地を突破するため、傭兵側は部隊を2つに分け、右翼と左翼の両側面からの攻撃を意図していた。1機しかないFRが左右どちらかに向かえば、そちらの班が全力で足止めし、残る1班がゴーレム部隊を撃破しガムビエルへ突入する。
ただし必要に応じて双方の部隊が互いに支援し合えるよう、2つの班は常に適度な間隔を保つよう留意しなければならない。
左右両翼の担当として各7機。このうち前衛4機、後衛3機に分かれ、さらに電子戦機を除く各機は各々攻撃役と援護役でペアを組んだ。
ガムビエルに近づくにつれCWの発する怪音波が頭痛という形をとって能力者達に影響を及ぼし始め、間もなく手前のバグア陣地から猛烈な砲撃が開始された。
それはスナイパーライフルでもガトリング砲でもない。最近人類側で普及し始め、実戦でも大きな効果を上げている試作型スラスターライフルのコピー改造品――すなわちバグア式チェーンガン。
スナイパーライフルを上回る射程と高火力の砲弾が雨あられと降り注ぎ、地表の地衣類を跳ね上げその下の永久凍土までを穿った。
「皆さん、3秒後に前方へ煙幕を張りますので視界に気を付けて下さい」
容赦なく機体装甲を削る弾雨の中を辛うじて敵陣地前方近くに接近したとき、リヒトが全員に忠告した後煙幕銃を発射した。
もうもうと白煙が立ちこめる中、一瞬敵陣地からの砲撃が止む。
その間隙を衝き、KV部隊は一気に左右から突入した。
バグア側も白兵戦を決意したのだろう。塹壕内に立てこもっていた陸戦ワーム達がフワリと浮き上がるように全身を現わし、そのまま迎え撃つかのように前進してくる。
左側には武骨な人型の影が6つ。
そして右側には――ヤドカリに両手を生やしたような異形の影。
その姿を見て安則がほくそ笑んだ。
「グリーンランドのMI騒ぎ以来だったかな? あの時は初めて重傷になったものだ。仕留めさせてもらう!」
ギルマンのFRは左翼の守りを配下のゴーレム部隊に任せ、右翼のKV7機を目指しまっしぐらに突撃してきた。
●右翼の戦い
突入に移る少し前、まず安則と怜央は敵の砲火に晒されつつも地殻変化計測器の設置に着手した。
「対EQ相手のおもちゃだが使えるか?」
槍のような外観の計測器を、固い凍土に勢いよく突き立てる。怜央の岩龍改もそれに習い、手持ちの計測器3個を間隔をおいて設置した。
地殻計測器はその設置数・強化レベルに応じた範囲で地底を移動する大型物体の位置を測定できる、いわばソナーの地中版だ。ただし予め特定KVと電波の波長を合わせておく必要があり、直接計測情報を受けられるのはそのKVのみ。
仮に右翼班で計測を担当する安則と怜央、左翼班の美緒の機体が撃破されてしまった場合、EQの位置を測定できる者がいなくなってしまう。その意味でやや扱いに注意を要する装備といえた。
ともあれ、怜央が3個目の設置を終えて間もなく、半径およそ1kmに渡る地底データが岩龍改から仲間の各機に転送された。
足元深く、永久凍土の中を動き回る大蛇の様な影――EQだ。数は2機。
スラスターによる移動で接近するEQを巧みに避けつつ、安則は上空(といっても少し高いビル程度の高さだが)のCWに向け超伝導アクチュエータ併用で220mm6連装ロケットを立て続けに放った。
「スターリンオルガンは嫌いだが私からの歓迎の花火だ」
本来大型ワーム撃破を目的に開発された大口径ロケット弾である。当たればひとたまりもないはずだが、CWのジャミングによりKV自体の照準装置が狂わされている事もあり、狙いは全て逸れて遙か後方で爆煙が上がった。おそらくガムビエル本体を狙っても結果は同じだろう。
「ううむ。やはりあの装置を破壊するには、直近からの攻撃しかないか‥‥」
その間にも、右翼前衛のKV4機と「蟹座」FRの交戦は始まっていた。
「久しぶりだな‥‥ギルマン!! 我の事を覚えているか? 我は汝と相対するのを待っていたよ」
『その声は‥‥漸だな?』
喧しくノイズが混じる無線機のスピーカから、聞き覚えのある声が妙にはっきりと聞こえた。
『こんな場所までノコノコやって来るとは‥‥貴様も殉教者になりたいクチか?』
FRのアームが左右に大きく広げられる。片手にはバグア式機斧。そしてもう片手には銃でも槍でもない、レールを2本合わせたような奇妙な武器。
(「あの形‥‥まさか?」)
王零の脳裏に嫌な予感が走る。中距離からスラスターライフルでFRの足元に牽制の砲撃を加えつつ、敵の武装と間合いを計ろうと試みた。
FRがレール型の武器を向けるや、マズルフラッシュもなしに激しい衝撃が「闇天雷」を揺さぶり、とっさにかざした機盾アイギスが砕け散った。
バグア式リニア砲。人類側ではまだ試作段階の兵器だが、バグア側では既に完成の域に達していたのだろう。
『貴様ら地球人はなかなか面白い玩具を作る。残念ながら、それを完成させるだけの知恵が足りない様だがな』
「よぉ‥‥ギルマン」
そのまま2発目のリニア砲を放とうとするFRの側面にスラスター噴射で回り込んだディアブロから、高分子レーザーの光線が迸った。
操縦席の真琴がニヤリと笑う。
「逢いたかったよ‥‥覚えてっか?『小娘』だぜ」
『おまえも来てたのか? ‥‥全く、揃いも揃って』
やや呆れた様な声と共に、FR本体のスロットに装備されたプロトン砲から走る光がディアブロの装甲を灼いた。
「くっ‥‥!」
北九州で戦ったステアーほどでないにせよ、その威力はHWなどの比ではない。
「私のこともお忘れなく!」
真琴の後方に控えるなでしこのアンジェリカがレーザー砲を照射。
これはかわされたが、つい先日もギルマンと戦ったなでしこの目には、同じFRの動きがやや鈍っている様に映った。
(「やはり、あの海上EPでのダメージが残ってますね‥‥」)
「ゾディアック? ‥‥エース? ‥‥名声に勲章ぉ? ‥‥ンなモンにゃ興味ねぇ‥‥アタシが墜としたいのは『ハワード・ギルマン』‥‥アンタだっ!」
態勢を立て直した真琴のハイ・ディフェンダーの切っ先が、僅かながらFRの赤い装甲を掠めた。
「『英雄』と言われた歴戦の戦士の‥‥身体を解放する事‥‥言ったよな? ‥‥アンタの首はアタシが『狩り獲る』ってよぉ!」
「ワハハ! 俺も憎まれたものだ。といって、そう簡単に大事なヨリシロを壊されてもかなわんがな」
「ハワード・ギルマン――俺にはお前との縁は無いし、正直な所お前の存在自体はどうでもいいと思っている」
王零とコンビを組む蒼志が、ヘビーガトリングの掃射を加えつつ通信を送った。
「しかし‥‥お前に興味は無いが、お前が存在している――その事実が邪魔だ」
『‥‥どういう意味だ?』
「お前がいるというだけで‥‥正当に評価されない人物がいる。それは、酷く面白くないことだ」
『いってる事がよく判らんな』
「あんたが、そうやって敵として現われるたびに‥‥あんたの娘やあんたを尊敬していた人たちが、今どこでどんな思いをしているか‥‥お前に分かるかっ!?」
後方からスラスターライフルで援護射撃にあたっていたブレイズが、耐えかねてマイクに怒鳴った。本当なら突っ込んでFRの片腕なりとも切り落としてやりたかったが、あいにく怜央の岩龍改を護衛する立場上、無闇に離れるわけにいかない。
『娘‥‥?』
「アタシらは『護る』為に戦う‥‥アンタも以前はそぉだったろ? 帰りを待つ『家族』の為に…アンタは忘れちまったか?」
『‥‥』
ふいにギルマンからの通信が止んだ。
といって、FRの動きが鈍ったわけではない。王零や真琴の攻撃を機斧で受け流しつつ、至近距離から容赦なくリニア砲やプロトン砲を撃ち込んでくるその機動力は「普段のFRに比べて遅い」というだけで並のエース機ゴーレム等とは比べものにならない。
ダメージの蓄積した王零と真琴が下がり、代わって蒼志となでしこが前衛に交代した、そのとき。
『くっ‥‥くふふっ‥‥ふぁっハハハハハハ!!』
唐突に、ギルマンの高笑いがKV各機の無線機に響き渡った。
『そうか、ようやく思い出した! ハワードには娘がいたんだっけな? 俺が欲しかったのは奴の体と軍人としての知識だけだったから、すっかり忘れていたが――』
おかしくて堪らない、という様に軽く咳き込みながら「蟹座」の声が続く。
『あの娘は、エリーゼはまだ生きてるんだな? で、いま何をやってる? 親父と同じ軍人か? それとも、貴様らと同じ――』
「黙れ!」
敵のバグアに取り返しのつかぬ情報を与えてしまった事を悟り、蒼志は歯ぎしりしてツイストドリルを振りかざした。
「だから――穿ち貫く! この螺旋の鋼角でな!」
雷電の片腕が鋼鉄のドリルに変形し、その切っ先が初めてFRの外装甲に食い込んだ。
しかしその代償として、振り下ろされた機斧でドリルの片腕ごと切り落とされる。
『‥‥お喋りの時間は、ここまでだ』
なでしこはとっさに温存していたM−12強化粒子砲のトリガーを引いた。
勝負を賭けた一条の光がFRの機体を貫き、一瞬その巨体が揺らぐ。だがギルマンは傾いた姿勢のまま、リニア砲を上げて発射した。
音速を遙かに超えて射出された砲弾の向かう先は、なでしこと蒼志の間を擦り抜け――。
ホールディングミサイルで上空のCWを狙い撃っていた怜央の岩龍改。
「え‥‥?」
片脚を吹き飛ばされた怜央の機体が動きを止め、大きく傾く。大地に倒れる前に足元の地面が陥没し、機体そのものがすっぽり呑み込まれた。
脱出装置が作動する余裕すらない。暗黒のコクピット内で己のKVが噛み砕かれる音を聞きながら、怜央は意識を失った。
地面の穴から、原形を留めぬ鉄塊と化した岩龍改が吐き出されてくる。
「上杉ーっ!?」
急ぎ救出に向かったブレイズの雷電も、続けてEQに呑まれた。
「くそっ! 頼む――耐えてくれ、雷電!!」
さしものEQも、雷電の重装甲を一度に噛み砕くわけにはいかなかった。
吐き出される瞬間、地底ワームの腹の中に反撃のC−0200ミサイルポッドを叩き込むブレイズ。だが機体の損傷も大きく、破壊された岩龍改からコクピット部分のみ取り外すと、怜央の生死を確かめる間もなく急遽後方へと離脱した。
それまで怜央機がカバーしていた半径1km圏に及ぶ地中データの転送がピタリと止まる。まだ安則と美緒から転送されてくるデータはあったが、戦域全体をカバーするには至らなかった。
地殻計測データに空いた死角をつくように、2機のEQがKV部隊に真下から食らいついて来る。実のところは、ギルマンの指示により「食らいつくような動き」を見せただけだったが。
傭兵達が足元に気を取られた瞬間、赤い疾風と化したFRが彼らのど真ん中に突入した。かまいたちのごとく振り回される機斧がメトロニウムの装甲を切り裂き、なでしこ、蒼志、真琴の機体損傷率がたちまち撤退ラインを割り込む。
やむなく後退していくKVを、ギルマンはあえて深追いしなかった。
ちょうどそのとき、左翼の攻勢を支えていたゴーレム部隊の最後の1機が倒れたからである。
●左翼の戦い
煙幕に紛れて左翼から突入したKV部隊7機を待っていたのは、ゴーレム小隊6機が一斉に放ったバグア式グレネードランチャーによる迎撃だった。
煙幕の効果に関係なく襲いかかってくる榴弾を受けて進撃の足を止めた傭兵達に対し、BCアクスとスラスターライフルを構えたゴーレム達が突撃してくる。
前衛の無月とレティがこれを迎え撃ち、絃也とリヒトが援護射撃を加えた。
純白のミカガミ「白皇」は搭乗者の無月と一体化したかのごとき俊敏、かつ柔軟な動きでゴーレム達を翻弄し、ロンゴミニアトの連撃がその1体の脇腹に風穴を空けた。
ダメージを追ったゴーレムに、レティのディアブロがスラスターライフルでとどめを刺す。
慣性制御で側面から回り込もうとするゴーレムを確認、
「レティ! 10時方向から敵機です!」
リヒトがライト・ディフェンダーを振るって妨害する。
さらに絃也も機槌「明けの明星」を振るって陸戦ワームに打撃を与えた。
ゴーレム側も外部装甲を強化する等して防御を高めていたようだが、数で勝るうえ、エース級パイロットが集まったKV部隊の敵ではなく、1機、また1機と討ち取られていく。
「あと一息か‥‥」
EQを警戒するウーフーを護衛しつつ、アズメリアが彼方にそびえるガムビエルを見やる。
そのとき、異変に気づいたのはウーフーの美緒だった。
「あれ? 上杉君からのデータが途絶えたのです‥‥」
サブアイカメラで確認すると、百mほど離れた場所でFRを足止めしていた右翼班が大混乱に陥っている。同時に傍受した無線で、同班7機のうち1機が撃破、4機が撤退した事を知る。
「皆さん、大変です! FRがこっちに来るです!」
前方のゴーレムを排除し、いよいよガムビエルに向けて前進しようとしていた矢先、左翼班は後方からFRの奇襲を受ける形になった。
「まずは電子戦機から墜ちてもらう! 悪く思うな!」
リニア砲の1撃を受けてウーフーも大きく傾くが、美緒は辛うじて踏みとどまった。
「例えエースが相手でも、恋する乙女はちょっとやそっとでは倒れませんよ♪」
ライトスピアを構え直し、突入してくるFRにレーザーで応戦。
機斧を振りかざしウーフーのレドームを破壊しようとしたギルマンの前に、アズメリアの雷電、そして綾のディアブロが立ちはだかった。
アズメリアの自動攻撃バルカン「ファランクス・アテナイ」が火を噴くが、ギルマンは避けるのも面倒とばかり距離を詰め、狙いを変えて雷電に機斧を振り下ろした。
とっさに受けたセミサキュアラーが音を立てて折れる。だがアズメリアはすかさず試作剣「雪村」を実体化させFRに斬りつけた。
大抵の物理攻撃なら素で受け止めるFRの外装甲に、黒い横筋が走る。
『ぐっ‥‥!』
その直後――。
「FFごとぶち抜かれた所に追い討ちをかけたら、さてどうなるかね‥‥!」
好機とみた綾の「モーニング・スパロー」が、その傷痕を狙いAフォース付与でスラスターライフルの2連射を叩き込んだ。
「殉じろ、骨の髄まで撃ち抜かれてな!」
手応えはあった――はずだった。
ほんの一瞬動きを止めたFRの被弾孔から、微かな白煙が上がったが――。
次の瞬間には再び動き出したFRの機斧が、綾の目にはひどくゆっくりと振り下ろされる様に映る。
実際には目にも止まらぬ機斧の連撃を浴び「モーニング・スパロー」は大地に伏した。
「御坂、鹿島の救出を頼む!」
再び前に出たアズメリアが、練剣を実体化。
雪村とバグア式機斧の凄絶な斬り合いが始まる。
「ダメージは与えてるはずなのに‥‥こいつ、バケモノか!?」
前衛班4機が引き返してくるのを確認後、練力をギリギリまで消費したアズメリアはやむなく撤退を決意。撃破された機体から綾を救出した美緒が煙幕を展開、Sライフルを撃ちながら援護しつつ、共に戦場を離脱していった。
「あの状態でまだ持つのか。さすがはゾディアック――だが!」
レティは共に引き返してきたリヒトと通信を取り合い、ブーストオン&Aフォース併用でグングニルの刺突を浴びせた。
機槍の切っ先が深々と敵のボディに突き立ち、FRを縫い止める。だが動きの止まったレティのディアブロもまた立て続けに機斧で斬りつけられ、みるみる装甲が削られていく。
「すまん、リヒト。後は頼んだ!」
ここで行動不能に陥れば、確実にEQの餌食となる。グングニルをパージしたレティは余力のあるうちに後退を開始。
「カメルとEPでは、貴方に借りがありますが‥‥今この場にいるのは私怨ではありません」
入れ替わりに相対したリヒトがライトディフェンダーを構えて吶喊。振り下ろされた機斧を受け止めた弾みに砕け散るが、それさえ時間稼ぎとばかりにブーストで肉迫、レティの機槍が貫いた部分目がけて練剣「白雪」の斬撃を浴びせる。
「――一人の戦士として‥‥俺にとって敵とは何か‥‥その答えを得るためです」
返し切りと見せて「白雪」は捨て、代わってFRの傷口に押し当てた片手から試作型掌銃「虎咆」を放った。
だが残念ながら、回避と物理攻撃に特化したリヒトの機体による知覚攻撃はFRに対して得策ではなかった。
『で、どうだ? 答えは出たか?』
至近距離からのプロトン砲連射。「虎咆」を撃ったディアブロの腕が肩口から吹き飛んだ。
続いて絃也がAファング併用の機槌で打撃を浴びせた。
慣性制御でこれを避けたFRはリニア砲の速射でR−01改を大破に追い込む。
だが、くずおれる絃也機の背後から白い影が飛び出した。
無月の「白皇」――ブーストオンで接敵した白きミカガミは、機体得能併用で練剣「雪村」を2連撃。
今度は膨大な知覚攻撃を叩きこまれたFRの機体が、ふいに妖しい赤光を放った。
踊るような動きで、再び「白皇」が舞う。
「貴方にも‥‥月の恩寵を‥‥」
内蔵雪村発動。さらに手にした雪村も加えた練剣二刀流――。
だがこれほどの攻撃を以てしても、特殊強化で一時的にパワーアップしたFRの命脈を絶つには至らなかった。
鈍い音を立ててミカガミの両腕が切断され、血のように流れ出すオイルが「白皇」のボディを黒く染める。
FRの背後へ、急速に迫る影があった。
漆黒の雷電「闇天雷」。EQに足止めされていた王零が、ようやく地底ワームを振り切りギルマンを追ってきたのだ。
「この刻を待っていた‥‥逃しはしない‥‥勝負だギルマン!!」
『‥‥望むところだ』
振り返ったFRが、赤光をまとったまま機斧を構え直す。
決め技に使うつもりだった機盾を砕かれてしまったので、やむなく体勢を低く取りブーストオン&機体得能併用で敵の懐へ飛び込んでいく王零。
だが練力消費で強引に性能を上げたFRはかわしざま、機斧で斬りつけ反撃。
「待て、漸!」
王零を止めたのは、やはりEQ相手に戦っていた安則だった。
「もう残っているのは私と貴公だけだ‥‥判るな、この意味が?」
「‥‥むう」
全機中2/3の撃破――実際には自主撤退したKVもいるが、既に事前に合意した撤退ラインを割り込んでいる。
あと1歩。あと1歩で「奴」を練力切れまで追い込める。
それが判っていながら――。
『どうした? もうゲームセットか?』
「我らは撤退する‥‥負傷した仲間を回収するが、貴様も軍人なら卑怯な真似はすまいな?」
『そんな義理はない。といいたい所だが‥‥まあよかろう。貴様らがとっとと引上げてくれれば、俺もバークレーへの面目が立つ』
ギルマンが指示したのか、ふいに2機のEQは動きを止め、そのまま地中へと姿を消した。
「しかし、ここで退くとはな‥‥連中が弱腰で助かったわ」
FRの操縦席。大破した友軍機を支え後退していく王零達のKVをモニターで眺めながら、ギルマンが苦笑してため息をもらす。
ちらっと計器を見やると――FRの損傷率は、既に90%近いレッドゾーンに達していた。
●エピローグ
負傷した傭兵達のうち、怜央と綾は意識不明の重体だが命に別状はなかった。
その後正規軍が斥候を出した所、ガムビエルはFRと共に忽然と姿を消している事が判明。
なお中国北部でキメラ掃討任務にあたっていたエリーゼ・ギルマン少尉が「戦闘中行方不明」と公表されたのは、大規模作戦の火蓋が切られてしばらく後の事である。
<了>