●リプレイ本文
●成都近郊〜UPC空軍基地
「チェラル、凛達が敵を抑えてるから、準備を慌てちゃ駄目だからなっ!」
整備中だった自機KVの出撃体勢を整えるためハンガーへ取って返すチェラル・ウィリン(gz0027)の背中に向けて、勇姫 凛(
ga5063)は大声で叫んだ。
「‥‥そして、待ってる」
ふと立ち止まったチェラルが、凜に振り向くと歯を見せてニカっと笑い、親指を立てる。
再び踵を返すや、瞬天足でハンガーの中へと駆け込んでいった。
傭兵達は滑走路に駐機させていた各自のKVへ飛び乗り、UPC中国軍のパイロット達と共に次々とスクランブル発進をかけていった。
「女神型ワームですか‥‥」
ソード(
ga6675)は搭乗の直前、ふと立ち止まり呟いた。
「こちらには勝利の女神がいるんです。負けるわけにはいきませんよ」
彼にとっての「女神」――それは青くカラーリングされ12枚の翼を持つ北欧神話の女神フレイアのエンブレムを掲げたシュテルン、愛称も同じく「フレイア」。
ケルト神話の女神を詐称するバグア軍のワームなどに負けるわけにはいかない。
「‥‥むむっ。死を呼び込む女神ですか。害なす女神はこちらだって手加減しませんよっ」
悪しき女神に対抗するかのごとく、天使の名を持つKV・アンジェリカのメインブースターを吹かし、ヴァシュカ(
ga7064)が空へと駆け上る。
「先の陽動の報復ってとこかしら?」
同じくアンジェリカの操縦桿を操りながら、ラウラ・ブレイク(
gb1395)は先に自ら参加した依頼、ウランバートル基地への陽動攻撃を思い出していた。
「バグア側があのまま黙っているとは思えなかったけど‥‥まさか遙々重慶を狙ってくるとはね」
ウランバートル攻撃に参加したラウラの部隊は、KV航続距離の問題からGDAB(ゴビ砂漠航空基地)から出撃したのだ。人類側とは技術体系からして違うバグア軍のワームにとって「距離の障害」などあってないようなものなのだろうか?
「それにしても、50機近くも飛んでると敵ながら壮観ね‥‥まるで決戦じゃない」
こちらも傭兵側KV10機、正規軍KVが9機と数だけは揃っているが――。
『UPC中国軍の隆中尉だ。正規軍飛行小隊の指揮を執る』
機体にUPCマーク、翼に赤い星を描いた岩龍から、中国側指揮官の通信が入った。
『我々もできるかぎりの協力はするが、果たしてどこまで持ち堪えられるか‥‥』
中国側KVは指揮官機の岩龍、及び初期型R−01が8機。機体改造も殆ど施されておらず、兵装も奉天製の長距離バルカンにロケットランチャーのみと貧弱だ。
これはKVを含め、一線級の兵器はその殆どが激戦区である北京防衛の最前線に投入されているという事情もある。UPC軍上層部の目が極東ロシアに向けられている今、臨時首都・重慶への直接攻撃は、中国側にとってまさに悪夢と呼んでいい事態であろう。
「おかしいですね。通常、如何に強力とはいえ先発に女神たちをこんな感じに投入するとは。特にプロトン砲を反射するエリンを‥‥?」
ディアブロの戦術コンピュータに転送されたデータ――GDABの偵察機が撮影した敵ワーム群の画像を改めて見直し、緑川 めぐみ(
ga8223)が訝しげに呟く。
「‥‥まるで爆撃機の進路をクリアーにするためのような」
「後方の小型HW群がその『爆撃機』かもしれないね。HWを超低空飛行で都市攻撃に使用するのはバグアの常套手段だ」
岩龍改に搭乗の錦織・長郎(
ga8268)が無線を通して自らの見解を示した。
「ここで重慶を攻撃し、中国をUPC陣営から脱落させる――実に見え見えの策だね。しかし成功させてしまえば、他のアジア諸国にも疑心暗鬼が広がり、大規模作戦にも少なからず影響するだろう。僕らの手で彼らの目論みを打ち砕き、極東ロシア戦線で戦う友軍を支えようじゃないか」
一方、水雲 紫(
gb0709)はシュテルンを操縦しながら思案に耽っていた。
(「ふむ‥‥『あの娘』が来るような、そんな気がしたのですが‥‥外れた?」)
「あの娘」とは、かつてカメル共和国で出会ったバグア工作員の少女、結麻・メイ(gz0120) 。
「女神型」と総称される人型飛行ワームが最初に確認されたのはアジア決戦直前の関東偵察作戦においてだが、それはあくまで試作機だったらしく、その後本格的に生産・配備されてるのは現在のところ親バグア化したカメル国内のみとされている。
そんな事もあり、女神ワーム襲来の報を聞いたとき、一瞬(「もしや‥‥」)と思ったものだが。
「‥‥やはり『キツネ』でないと勘が鈍って読めないのかしら」
いま、紫は自らが生きる目的を模索していた。
とある事情から「キツネ」である事を止めた彼女が今被っているのは、修羅のごとき般若の面。
だがキツネを止めても、初午の願いは尽きてはいない。
(「そう‥‥勘と機会が合わさる限り、望みは繋がる。切れぬ限り、諦めはしない」)
気を取り直し、紫はシュテルンの機首を北東へと向けた。
●成都北東部上空
紫の「勘」は外れていなかった。
メイは来ていたのだ。
露払いの女神ワーム部隊に、後続の小型HW部隊。その間に挟まる形で、光学迷彩をまとった専用中型HW「サロメ」の操縦席で、少女は全軍の指揮を執っていた。
むろん、彼女とてこの兵力でアジア最大国家の臨時首都を攻略できるなどとは考えていない。しかし今回の陽動攻撃で中国政府に揺さぶりをかければ、ただでさえ長年に渡る北京防衛戦で疲弊した同国は大規模作戦への協力をますます渋り、結果的にはアジア地域におけるUPC加盟国の亀裂はいっそう深まるだろう。
「口先じゃ『地球防衛』なんてキレイ事いったって、本音じゃどこも自分の国が一番可愛いもんね〜。そんなものよ、人類なんて。あのカメルもそうだった‥‥」
まだバグアに占領される以前、カメル軍内部における「DF計画」のモルモットとして受けた数々の苦痛を思い出し、まだ小学生のようにあどけない少女の顔が、一瞬激しい憎悪に歪む。
だがその怒りの形相も、「サロメ」のモニタースクリーンに映る人類側迎撃機の機影を確認すると共に、ネズミを捕らえた猫の様に残酷な薄笑いに取って変えられた。
「早速邪魔しに来たわね‥‥いいわ、蹴散らしてやる!」
「人型で飛べるなんて、絶対ずるいと思うですよ〜」
有視界に現れた「女神」達の姿を見るなり、雷電の機上でアイリス(
ga3942)が不満そうにこぼした。
それぞれ色違いの鎧をまとったワーム達は、翼を広げた人型形態のまま中に浮き、人類側KVならば陸戦でしか使用できない槍や剣、盾などで武装している。
現在のところ人類側KVが戦闘速度で空中人型形態を取るのはほぼ不可能。もし強引に変形すれば確実に失速・墜落は免れない。せいぜいスラスター噴射で低高度を短時間ジャンプできる程度という事を思えば、確かに「反則」である。
これも「慣性制御」「反重力装置」というオーバーテクノロジーが敵側の手にある間はやむを得ない事だが。
見たところ敵の陣形は青い鎧のヴァウブ、赤い鎧のマハが各2機ずつ前衛に並び、やや後方に白い鎧のモリグーがやはり2機。
問題は、ヴァウブ&マハとモリグーの中間に十数機、フワフワと浮かぶ黄色い鎧のエリン。
大きさは他の女神のほぼ半分、鏡の様に磨かれた盾以外武器らしいものを持たぬ幼天使のごとき姿だが、実は「彼女達」こそが最も警戒すべき敵なのだ。
KV部隊は重慶方面への侵攻を防ぐ形で防衛ラインを形成した。
小型HW部隊を叩くには、まず前衛にあたる女神ワーム部隊を排除せねばならない。
敵ワームもKV部隊が接近するや、2機のモリグーが口を開き、あたかもオペラ歌手が歌うかのような仕草を見せた。
同時にKVのレーダーが乱れ、能力者達を頭痛が襲う。あのCWと全く同じ「怪音波」だ。友軍側にも長郎の岩龍改、中国軍の岩龍と2機の電子戦機を擁するが、残念ながら敵のジャミングの方が遙かに強力だった。
「おいでなすったね、団体さんが! こっちも花火で出迎えよう?」
まずは先制攻撃で敵の戦力を削ぐため、新条 拓那(
ga1294)がシュテルンの翼をバンクさせ僚機に合図を送る。
「3、2、1‥‥た〜まや〜!」
拓那のかけ声と共にKV全機がミサイル、ロケットランチャー、G放電装置やレーザーライフル「アハト・アハト」などの遠距離兵器を一斉に発射。
「さてさて、まずは小手調べ。ミサイルをちょちょいと発射しますよ」
このタイミングに合わせ、ソードはまず前衛に並ぶヴァウブ&マハ4機をロックオンして500発を撃ったところ、ヴァウブは回避しマハは被弾、円形の盾と赤い鎧を黒い弾痕が穿った。
「‥‥なるほど」
モリグーのジャミング下で殆どの攻撃は避けられてしまったものの、回避の鈍いマハには何とか当たるようだ。
ソードはすかさず機体得能を作動スタンバイした。
「PRM起動確認。レギオンバスター発射します!」
練力消費で攻撃を上げた「フレイア」から、再度K−02ミサイルを全力斉射。
超小型ミサイルの嵐を浴びたマハの盾が砕け、白い翼が千切れ飛んだ。
「そこっ」
ミサイルを回避したヴァウブを狙い、凜や長郎のスナイパーライフルが火を噴く。
それでも初撃を凌いだヴァウブは剣を構え、マハは被弾をものともせず機槍を振りかざして一直線に突撃してきた。
そして後方のモリグーの放つプロトン砲が、エリン達のかざす盾に反射・増幅された凶暴な光線となってKV部隊に襲いかかる。
一瞬で中国軍のR−01、3機が撃墜された。
「な、何だあれは!?」
女神ワームとは初の交戦となる隆中尉が愕然として叫んだ。
「落ち着いて。‥‥大丈夫、捨て石になんかしないわ」
ラウラは隆中尉に通信を送り、中国軍部隊をいったん後方へ下がらせた。
2機のモリグーはKV部隊の有効射程からやや離れた位置から、周囲に散開したエリンのアンプ・シールドを介して反射光線を撃って来る。
その援護射撃に紛れて突っ込んできたヴァウブ&マハ4機と傭兵側KV10機が乱戦状態となった。
拓那、ソードが主にマハを、アイリス、ヴァシュカ、ラウラ、櫻小路・あやめ(
ga8899)がヴァウブを迎撃。
長郎、めぐみ、紫はモリグーを狙うも、まずその前方に展開したエリンからの反射光線に阻まれ、なかなか「白い女神」に近づけない。
紫のアハト・アハトなら何とか狙える距離だが、モリグーの怪音波もCW同様に知覚攻撃を減衰させるらしく、今ひとつ効果が認められないので以降は牽制のみで使用。
「あの黄色いのがいる限り、迂闊に近づけませんね‥‥」
やむなく紫は目標を手近のエリンに切替え、スラスターライフルの弾幕を張った。
「隊長さん、エリンの動向から各機へ指示をお願い」
ラウラが隆中尉に要請すると、間もなく中国軍の岩龍からエリン達の位置、アンプ・シールドの反射角度についての観測情報が転送されてきた。もっともエリンの盾はそれ自体で光線の反射角を調整可能らしいので、これはあくまで参考にすぎないが。
それでも凜はエリン達の動きから狙われそうな友軍機に当たりを付け、全力で仲間のカバーに回った。
「その狙い、見え見えなんだからなっ!」
Sライフルの狙撃を受け、他の女神達に比べると遙かに脆いエリンが1機撃墜される。いったんは後退した中国軍のR−01も、外周部に位置するエリンを狙い長距離バルカンによる攻撃を開始した。
「うーん、アンジェリカじゃないですから、あまり効果ないんですよねえ。改造したほうがいいのでしょうか?」
そんなことを呟きながら試作G放電装置でエリンを狙っていためぐみだが、G放電を撃ち尽くすや長距離バルカンとHミサイルの攻撃に切替えた。
「目標補足、いっけぇ!!」
長郎が注意したのは決して2機のエリンに挟まれないこと。そしてアンプ・シールドが光線を反射し得る角度をさけ、なるべく死角へと回り込む事だった。
「いくら調整可能といっても、まさか真後ろには撃てまい?」
幸いエリンの運動性はさほど高くない。背後を取った長郎はスラスターライフルの猛射で黄色い女神を撃破。同時に、岩龍改の電子機能を活かしエリンの位置情報を僚機にも伝え続けた。
「‥‥初めっから全開でいっくよ〜っ!」
やたらと小回りの利くヴァウブに対し、ヴァシュカは空戦スタビライザーをフル使用。SESエンハンサー起動でG放電装置の稲妻を3連発浴びせかけた。
青い鎧を放電光が包み込み、剣を握るヴァウブの細い腕がビクッと痙攣する。
怪音波で知覚攻撃が抑えられているといえ、機体得能で威力を増したG放電はそれなりのダメージを与えたようだ。
「‥‥此処は通行止めです。お引取り願えませんかねっ!?」
残る練力を注ぎ込み、ヴァシュカは距離を詰め高分子レーザーを撃ち続けた。
「あまり近付くと、あの剣でばっさりやられちゃうですよ」
関東偵察飛行の際、初めて女神ワームと遭遇した傭兵の1人であるアイリスが警告のメッセージを送る。
ヴァウブの白兵攻撃、そしてどこから撃ち込まれるか判らぬエリンの反射光線を警戒し、ヴァシュカの機体はバレルロールを基本にスライスターンとシャンデルを多用。極力同じ方向に動かない空戦機動により被弾率の軽減を図った。
「何とか隙を作るから、タイミングを合わせて狙って」
ラウラのアンジェリカから、アイリスとあやめに通信が飛ぶ。
「3、2、1、今!」
G放電、放射。
迸る雷の網に捕らわれたヴァウブの動きが鈍った一瞬を狙い、2機の雷電から放たれた8式螺旋弾頭ミサイルが全弾命中。青い鎧が砕け散り、翼をもがれた女神はあえなく眼下の大地に墜落し爆散した。
その間、拓那とソードのシュテルンはロッテ編隊を組み、同じく2機で連携したマハとドッグファイトを繰り広げていた。
近距離まで近づいた赤い女神が、そのまま一気に加速し刺突してくる機槍の威力は油断できなかったが、ソードのレギオンバスターを食らった時点で2機ともかなりのダメージを負っていたのだろう。
拓那のG放電とレーザー砲がマハの耐久をさらに削った所で、ソードの「フレイア」が剣翼突撃。このコンビネーションで、重装甲の女神ワームもやがて1機、2機と力尽き墜落していった。
「12翼の女神は伊達ではないんですよ?」
「ったく、何もたついてんのよ‥‥」
「サロメ」のコクピットで戦闘をモニターしていたメイは、最前衛で突入させたマハ、そしてヴァウブが相次いで撃破されていく模様をイライラしながら見守っていた。
既にエリンも半数近くが撃墜されている。
このままモリグーまで墜とされると、重慶攻撃前に肝心の電子戦ワームを失う事になってしまう。
「仕方ないわねえ‥‥エリン第2分隊、発進!」
後方に控える小型HW群の機体底部が開き、各々1機ずつエリンが分離されるや前方に加速。
モリグー撃墜に向かった傭兵たちの前に、たちまち20機を超す増援のエリンが立ちふさがった。
「キャハハハ! この子達で重慶の街を焼き払うつもりだったけど‥‥まず、あんた達から血祭りに上げてやるわ!」
「あぅ、何だかんだで数が多いのですよ」
アイリスはロケットランチャーでエリンを攻撃したが、やがて残弾が底を尽きヘビーガトリングの掃射に切替えた。
2機や3機の撃墜にはお構いなく、エリン達は一斉にアンプ・シールドの反射角を調整して傭兵達のKVに狙いを定め、モリグーがプロトン砲発射態勢を取る。
そのとき、成都方向の空で何かが光った。
それはM6超のブーストオンで接近するや、あっという間にエリンの群に突入。黄色い女神達が次々爆発して中国の空に破片をまき散らした。
「お待たせーっ!」
翼型推進装甲「荒鷹」とソードウィングに身を固めたミカガミB型。ようやく準備を整えたチェラルが戦列に加わったのだ。
「はは、ヒーローは遅れてやってくるってことかな? 助かった、チェラルちゃん。それじゃ、鏡野郎の相手は任せた!」
「チェラルさん、みんなの事よろしくね」
「OK♪」
拓那やラウラを始め、傭兵達のKVは敵ワーム編隊の混乱に乗じ、各々ブーストオンでモリグー目指し突入した。
「凛の女神が到着だ‥‥もうお前達の好きには、絶対させないんだからなっ!」
目の前のエリンが慌てたようにアンプ・シールドをかざすが、モリグーのAI追尾システムがチェラルの動きを捉えきれず混乱しているのか、肝心のプロトン光線が来ない。
「鏡遊びはもう終わり‥‥砕け、アグレッシブフォース!」
機体得能を乗せて放たれた凜のリニア砲が、鏡の盾を持つ黄色い女神の腕を粉砕した。
「何のつもりであんなデザインにしたかは知らねぇが、勝利の女神にさせてはやらん! 吠え面かいてお家に帰んな!」
円盾で身を隠し、なおもプロトン砲で抵抗するモリグーに対し、ブーストで一気に距離を詰めた拓那が高性能バルカンの弾雨を浴びせる。
「その下手な歌、止めて貰えるかしら」
ラウラもSESエンハンサーと空戦スタビライザーを駆使し、限界まで強化したレーザー砲を連射。
KV10機からの集中砲火を浴び、純白の鎧を孔だらけにされたモリグー2機が相次いで墜落。同時に、能力者達を悩ませた頭痛も嘘の様に消えた。
「そこに何かいる! ほら、小型HWの手前」
岩龍改によるジャミング中和でクリアになった無線を通し、ヴァシュカが大声で報せた。
光学迷彩――しかしFRに比べると不完全なのか、周囲の背景に半ば溶け込む様な形でカモフラージュする飛行物体の存在は、能力者の動体視力ならばすぐに判別できた。
「逃がすかっ!」
これだけの兵力。おそらく指揮官のエース機が必ずいる――と踏んでいた拓那は、温存していた螺旋弾頭ミサイルを全弾発射。
『――っ!』
「サロメ」はとっさの慣性制御でこれを回避。もはや無用となった簡易光学迷彩を解除し、漆黒の機体を紅薔薇のエンブレムで飾る中型HWの姿を露わにした。
(「やっぱり‥‥来ていましたね」)
般若面の内側で、紫はふぅ‥‥と軽いため息をつく。
「もしかして、結麻メイ‥‥殿?」
オープン回線を開いたまま、あやめは思わず声に出した。
『‥‥誰よ、あんた?』
自分の名を呼ばれた事に驚いたのか、メイからの返信が入った。
「櫻小路・あやめと申します。あなたのお噂は、姉からかねがね聞いております」
『櫻小路? ああ‥‥』
何か思い当たる節があるのか。傭兵達の攻撃を巧みにかわしながらメイが答える。
『道理で声が似てると思ったわ』
「姉がどう思おうと、姉に危害が及ぶ事があれば、あなたを許しません」
『キャハハ! いいわよぉ? キミを助けたい――な〜んて言われるより、そっちの方がよっぽどキモチいいわ♪』
(「助ける‥‥?」)
通信を傍受しながら、ふと紫は自問自答した。
そもそも、自分は何のために「あの娘」に会いたかったのか。
「彼女を助けてやりたい」――何か違うような気がする。
「あなたがメイさんですね?」
めぐみが通信に割って入った。
「そんなに死を恐れずに戦えるあなたは怖いですね。それほどまでにシモン(gz0121)さんのことを愛しているのですか? シモンと呼ばれるヨリシロ、すでに肉体は死んでいるのに」
逆上したメイに撃墜される事を覚悟の発言だったが――。
「知ってるわよぉ。それがどうかしたの?」
こともなげな「サロメ」からの返信。
『だって、ハリ・アジフの家にいたあたしを迎えにいらしたとき、あの方はもうヨリシロだったもの。どーだっていいわよ、生前の事なんか』
再び、KV各機の無線にメイの渇いた笑い声が響いた。
『嫌いたければ、好きなだけ嫌えばぁ? どうせ、今のあたしはいずれ消えてなくなるんだし。そう。いつかヨリシロに、シモン様と同じ体に――』
ふいに「サロメ」からの通信が途絶えた。
女神ワーム部隊が壊滅した事で「そろそろ引き際」と判断したのか。中型HWは慣性制御で急速反転、後方の小型HW部隊と共に北の方角へと後退していった。
「撤退していく‥‥いつでもこの規模を出せるという示威目的? 中国軍の派兵抑止って訳ね」
「何度来ても同じだよ。こんな小細工でUPCの結束を崩そうとは笑止だね」
ラウラの言葉に、長郎が苦笑して応じた。
(「助ける? おこがましい」)
去りゆく「サロメ」の機影を見送りつつ、紫は思う。
(「私は‥‥彼女が欲しい。建前は偽善。独善こそ貴女の本質でしょう?」)
「そしてまだ、その時ではない‥‥か」
少しだけ――己の生きる目的が見えてきた様な気がした。
「ちょっと、ウランバートル基地! あんた達の諜報部、真面目に仕事してんの? 『ブルーファントム』が来てるなんて聞いてないわよ!」
撤退する「サロメ」の機内で、メイは無線機に向かいヒステリックに怒鳴った。
「こんな兵力じゃ全然足りないわ! 大型も入れてHW50機、あとCWも2ダースばかり用意なさい。帰ったらすぐ部隊を再編成して第2次攻撃よ!」
『落ち着け、メイ。たかが陽動作戦にそんな無駄遣いができるか』
無線の向こうから応じる声を聞き、メイは操縦席で硬直した。
他ならぬ彼女の『主』が、ウランバートルまで来ているとは知らなかったからだ。
「シ、シモン様‥‥!? いえ、あの、これは‥‥」
『弁解はいい。そんな事より、すぐ戻ってこい。緊急任務を与える』
「緊急‥‥ですか?」
メイはきょとんとした。よく判らないが、重慶への陽動作戦を打ち切るくらいなら余程の「急用」なのだろう。
「サロメ」を中心にしたHW編隊は、ゴビ砂漠の彼方にある基地を目指し超音速で飛び去った。
バグア軍の撤退を確認した傭兵達は、なおも残敵の逆襲に備えて周辺上空を哨戒。
その間に紫を始めシュテルン搭乗の者はVTOL機能を活かして着陸し、撃墜された中国軍パイロット達を救出した。
女神ワームとの空中戦やエリンの反射光線により機体は傷だらけだが、傭兵部隊の撃墜機はゼロ。重傷者も出さずに済んだ。
「やれやれ、今日も何とか無事に戻れるか‥‥サンキュー、こいつの御利益だな」
相方から貰った御守りを見つめ、拓那はふっと安堵の笑みを浮かべた。
重慶防衛を果たした傭兵達の功績に対し、後日中国政府より感謝の意が表明された。
同時に今回の極東ロシア派兵に批判的だった同国政府も方針を変更、改めて「我が国も可能な範囲での支援策を検討する」とのコメントが発表されたという。
<了>