●リプレイ本文
「本艦の各種武装は全てナイトフォーゲルと同じSES兵器である。つまりキメラやワームに対する攻撃力は、ほぼ同等と考えて差し支えない」
空母「サラスワティ」艦内のブリーフィング・ルームで、8人の傭兵たちを前に副長のシンハ中佐が告げた。
「‥‥問題は射程距離にある。これはKVについてもいえることだが、現在の人類側の技術力では長射程兵器によるワームへのアウトレンジ攻撃はほぼ不可能。例えばミサイルの場合、2kmを超えると殆ど命中は期待できないといわれる。従って――」
中佐は指示棒の先で卓上の海図に置かれた空母の駒の周囲をぐるりとなぞった。
「本艦を中心とした半径1km圏内が対空火力の支援が及ぶ有効範囲として、諸君らにはなるべくこの周縁部付近に留まって上空の警戒にあたってほしい。もちろん、実戦中の判断はパイロット側の裁量に任せるが」
「キメラどもは本艦の火力で充分対応できるじゃろう。問題は、ヘルメットワーム‥‥き奴らへの対応を、その方らへ願いたい」
中佐の隣に立つ、小柄な少女がいった。プリネア王国王女にして海軍提督、「サラスワティ」艦長ラクスミ・ファラーム。今日は普段の民族衣装でなく、王国軍の正規の提督服に身を包んでいる。長い黒髪を後ろで結ったその姿は、まるで少年のようにも見えた。
現在「サラスワティ」は東シナ海を突っ切り、一路九州を目指している。佐世保にもUPC海軍の艦艇が待機しているが、地理的に佐世保じたいがバグア軍の反撃を受ける怖れもあり、最終的には単艦で戦場となる博多湾沖合へ突入することになるだろう。
「今回の作戦名『プライウェン』は『盾』という意味だそうじゃな‥‥」
誰にいうともなく、ラクスミがつぶやいた。
「つまりは名古屋の日本本部防衛のため、参加する全将兵に文字通り盾となって砕け散れということか‥‥とはいえ、UPCも馬鹿ではあるまい。あの地には単なる本部機能以上に、そこまで犠牲を払ってでも守る価値を持つ『何か』がある‥‥わらわも、それを信じて今回の作戦への参加を決めた」
「間もなく作戦海域へ到着する。パイロット諸君も、デッキ上で配置について頂きたい」
シンハ中佐の言葉を受け、傭兵たちを代表するように緑川 安則(
ga0157)が進み出て敬礼した。
「ラクスミ王女。貴女を護るために私は喜んで武器を手に取りましょうぞ。あなたはあなたの望むことをなさってください。私は貴女の騎士として戦います」
「感謝する。わらわの望みは、ただひとつ――この戦いに赴く勇士たちを1人でも多く生還させることじゃ。むろん、その方たちも含めてな」
そういって、ラクスミも初めて軍隊式の敬礼を返した。今の彼女は王族ではなく、あくまで「艦長」の立場にあるからだ。その表情に、先の見学会で見せた子供のような無邪気さは微塵もない。
傭兵たちがデッキに上がるため次々部屋を出る中で、最後に残った綾峰・透華(
ga0469)がおずおずと問いかけた。
「王女様は怖くない‥‥? 自分の指揮で部下が死んじゃうような事があるかもしれない事がさ」
「怖くない、といえば嘘になるな‥‥じゃが」
海図に目を落とし、ラクスミが答えた。
「今でこそ石油で潤っているといえ、我がプリネアは小国じゃ。建国以来、常に周辺の大国から侵略を受け、そのたび王家の父祖たちは先陣に立って戦い、血を流して独立を守ってきた。よその国の事は知らぬ。だがプリネアにおいて王族に生まれるということは、すなわち兵たちに死を命じ、自らも戦場に命を晒す義務であり責任だと‥‥わらわはそう思っている」
透華に向き直って微笑し、
「すまぬ。つまらぬ話をしたな‥‥次に会えた時は、もっと楽しい話をしよう。‥‥いつぞやの食事会のようにな」
そう言い残すと、シンハ中佐を従え艦橋へ通じるドアの奥へと姿を消した。
「王女殿下の船‥‥ねぇ? ただのドン亀かと思っていたんだが‥‥大層な装備だな」
対空レーザー砲塔や近接用ガトリング砲、さらにはミサイルのVLSでハリネズミのごとく武装した、まるで重巡洋艦を思わせる武骨な「サラスワティ」の艦橋を眺めやり、須佐 武流(
ga1461)が肩をすくめた。
「ドン亀だろうが何だろうが、これから行く博多沖でパイロットの救助にあたるのは、この船ただ一隻だ」
驚いて振り返ると、背後にUPCのマークを付けたパイロットスーツの男が立っていた。
今回、電子戦機「岩龍」に乗り込み、傭兵たちと行動を共にする正規軍パイロット2名のうちの1人だろう。
「ああ、すまん。俺はこういう性格なんでな‥‥だが、仕事はきちんとしてやる。そのために俺は来た」
「ときに‥‥海上に脱出して、救助され損なったパイロットがどういうことになるか、あんた知ってるかい?」
「‥‥いや」
「昔、怖かったのは鮫だがな‥‥今はその前にキメラの餌になる。前に一度、飛行中隊もろとも墜とされてな‥‥俺だけ残して全滅したよ」
そういいながらヘルメットを脱いだ男の顔一面に、鋭い獣の爪で引き裂かれたかのような、醜い傷痕が残されていた。
「まあ俺も今日は『仕事』‥‥上からの命令だから、あんた方の指示に従うさ」
男はヘルメットを被り直した。
「だが、忘れるなよ。この空母が沈めば、艦のクルーも脱出したパイロットも、皆キメラどもの嬲り殺しに遭う。あんたのお仲間の能力者も含めてな」
低い声でいうと、「岩龍」パイロットは踵を帰して自機の方へ立ち去った。
「今日はお願いね。一緒に頑張ろう」
十六夜 紅葉(
ga2963)は愛機の機体を撫でながら話しかけた。出撃までの時間は残り少ない。それまでに操縦法など、基本的な事を確認しておくつもりだった。
その近くで、
「沢山の人の命が、私達の腕にかかっているんだよね‥‥。それはどんな依頼でも同じだけど、今回は失敗すればこれ以上ない程明らかな形で目にする事になるよね‥‥」
改めて今回の任務の重責を思い、透華は胸苦しいまでの緊張を感じていた。
「‥‥でも、やります‥‥やりとげてみせる」
今回、傭兵たちは飛行隊を2班に分け、補給と練力回復のため30分交代で上空護衛任務にあたることになっていた。
Aチーム:透華(リーダー)、武流、安則、明星 那由他(
ga4081)
Bチーム:沢村 五郎(
ga1749)(リーダー)、雪ノ下正和(
ga0219)、藤田あやこ(
ga0204)、紅葉
※敵のジャミング対策として、各チームに1機ずつ岩龍が随伴。
博多に近づくまでの間、沖縄や中国方面からの敵機を警戒し、まずは透華隊の5機が発艦する。
最初の30分は特に異状なく、交代のためAチームが艦に戻ったとき。
「始まったぞ! 長崎と宮崎から出撃した友軍機が、現在福岡上空でバグア軍と交戦中!」
艦内のCDC(戦闘指揮センター)から連絡を受けたデッキ上の士官が怒鳴った。
それを合図のように、沢村隊5名が発進体勢に入る。
「セランガン(出撃)!」
プリネア公用語であるインドネシア語で五郎が叫ぶと、デッキクルーたちが一斉に拳を突き上げ歓声を上げた。
エンジンを始動させ、五郎の隊長機を先頭に次々とスキージャンプ甲板から蒼空へ向けて駆け上っていく。
「サムライソード、発進!」
その叫び通り、パーソナルマークに日本刀をあしらった正和のKVR−01が甲板から飛翔した。
上空で編隊を組んだ沢村隊は岩龍を内側に残し、空母を中心に4機のKVが半径1kmの円型、いわゆるラフベリィサークルを描いて哨戒にあたった。あやこの立案による「シャーウッド」作戦である。
空母上空から望む福岡上空ではいくつもの閃光が閃き、その度に黒煙を引いた炎の塊が市街地や海上へと墜落していく。敵機か友軍機か、それは判らない。
判るのはただ、今日一日で数知れぬ命が喪われること、そしてそれさえもこれから日本本土で繰り広げられる大規模戦闘の幕開けに過ぎないことだった。
「こちらニムロデ! 博多湾方向より機影が向かってきます!」
あやこのサブアイが、煙を引いてよろめくように飛んでくる友軍のF−15JGと、それを追撃する小型ワーム1機、そして夥しい数のキメラの群を捕らえた。
敵機見ゆ――。
艦上で待機していた透華隊も、再び発艦準備にかかる。
沢村隊は空母のCDCからレーダー情報を受けつつ、一気に高度を上げた。
眼下のF−15からパイロットが脱出し、機体は力尽きたように海上に墜落した。
パラシュートに吊り下がったパイロットめがけ、ハイエナのごとく大小の飛行キメラが群がっていく。
その瞬間、「サラスワティ」の艦橋前後に備えられたVLSから十数発のミサイルが垂直発射され、同時に高分子レーザー20門が斉射された。
レーザーになぎ払われた中小型のキメラがバラバラと海面に落下し、致命傷を免れた大型キメラも苦しげな悲鳴を上げて体勢を崩す。そこへ発射されたホーミングミサイルが容赦なく炸裂し、怪物を黒こげの肉塊へ変えた。
並行して艦上から発進した救難ヘリが、海面に浮いたパイロットの救難へ向かう。
「キメラの方は‥‥あちらに任せてよさそうだな」
五郎は目標を小型ワームに絞り、僚機にもそう伝えた。
ミサイルの追尾をかわすのに気を取られたワームを目がけ、上空に岩龍を残し一気にパワーダイブ。ようやくこちらに気づいて回避行動に入るワームに対し、あやこと紅葉が左右に別れ退路を塞ぐ。
「まだだっ‥‥まだだっ‥‥撃てっ!」
「蟲」としか形容しようのないワームのグロテスクな機影がはっきり視認できるまで肉迫し、4機のKVがガトリング砲とミサイルで攻撃する。
ダメージを追いつつも慣性制御で逃れようとするワームを五郎がブーストで追尾、ミサイルポッド45発の斉射で撃墜した。
僚機たちが翼をバンクさせ祝福し、空母艦上のクルーたちも喝采する。
小型とはいえ、在来機では手も足も出なかったワームを撃破したことで、傭兵たちの士気も一気に上がった。
「フェンリルから各機へ、敵を確認。かなり大規模だ。可能な限り、サラスワティに近づけるな」
安則が僚機へ連絡した。
福岡上空の戦闘も佳境を迎えたのか、傷ついた友軍機が次々と海上へ逃れてくる。その殆どは、やはりF−15やMig29といった旧世代機だ。
そしてそれを追い、3機の小型ワームと十数匹の飛行型キメラが姿を現した。
中型以上のワームが姿を見せないのは、バグアの主力部隊があくまで名古屋攻略のため本州を目指しているからであろう。
残敵掃討――とたかをくくって飛来したバグア軍を待っていたのは、サラスワティからの激しい対空砲火だった。
レーザー砲と対空ミサイルの斉射により次々屠られていくキメラを前にして、目標をパイロット狩りから対艦攻撃へ変えようとしたワーム編隊に、高々度で待ち伏せしていたKV8機が再びパワーダイブをかける。
「あなたが欲しがるこの空は、召された人々のものよ!」
すれ違いざまにガトリング砲の一連射を浴びせたあやこは即座に反転急上昇。その際、背後から別のワームが追ってくるのに気づき、すかさず機体をテールスライドさせ追い抜かれ様に反撃した。
「高分子、レェーザァーー!」
あやこが先に攻撃した敵を狙い、紅葉が長射程のスナイパーライフルで狙撃。
さらにブーストで急接近し、ブレス・ノウによりミサイルを命中させる。
ダメージによりがくりと減速したワームに、正和の放ったホーミングミサイルがとどめを刺した。
一方、透華隊の4機は空母を狙って肉迫する小型ワーム2機を相手に苦戦していた。
当初は岩龍の護衛についていた隊長機の透華も「空母の護衛を優先してくれ」という岩龍パイロットからの通信にやむなく降下し、何とか4対2で数の優位に持ち込む。
透華の指示に従いガトリング砲による牽制、隙を見て高分子レーザーで狙撃、と基本に沿ってワームを攻撃していた武流だが、ついに対空砲火を突破したワーム1機が空母の至近距離まで到達するのを目にしたとき、かねて考えていた「奥の手」を実行することを決意した。
いったん高々度まで上昇し、太陽を背にした状態で機体を人型に変形。ユニコーンズホーンを持って急降下で突撃をかけようとしたのだ。
が、これは致命的なミスだった。
確かにKVの空中変形は不可能ではない。しかし超音速での飛行中にいきなりそれをやったため、機体は大きくバランスを崩し失速してしまった。
「うわぁあああ!?」
必死で空戦形態に戻そうと試みるが、こんな格好の「獲物」を見逃すワームではない。
慣性制御で急速転換、目標を須佐機に切替えた。
コクピット一杯に広がる敵機。収束フェザー砲の先端が不気味に輝き、発射のためのエネルギーを充填していく。
初めて武流の脳裏に「逃れようのない死」のイメージが刻みつけられる。
目も眩む閃光と爆発。
が、それは武流の身に起こったことではなかった。
やはり高々度からダイブをかけてきた岩龍が、ワームに体当たりをかけたのだ。
岩龍の機体は爆散。またフォースフィールドで被害をギリギリに抑えたといえ、慣性制御機構に異常を来したらしいワームは亜音速にまで減速した。
海面激突すれすれで辛うじて空戦形態に復帰した武流は、機体を反転急上昇させた。
「逃がすかよぉーっ!!」
あえぐように逃走を図るワームに向かい、高分子レーザーとガトリング砲を乱射。武流とペアを組んでいた那由他の発射したホーミングミサイルが吸い込まれるように命中し、バグアの円盤はバラバラとなって海原に四散した。
最後の1機となったワームは形勢不利と見たのか、M6のスピードで戦線から即時離脱。主の姿を見失ったキメラたちも、あたふたと福岡方面に向け撤退していった。
既に福岡上空の戦闘は終わりを告げていた。
バグア航空軍主力は大阪方面へ移動し、残りの部隊は再び春日部基地に立てこもった。
地上ではまだ戦闘が続いているようだが、両軍の詳しい被害状況は不明。
およそ3時間に及ぶ戦闘で「サラスワティ」は30名を超すパイロットの救出に成功していた。海上からキメラの姿が消えたため、佐世保から出てきたUPC海軍に後の捜索を任せ、傭兵たちのKVを収容した空母は南に向けて進路を取った。
艦内では、那由他が救助されたパイロットや負傷したクルーを優先に錬成治療を行っている。
「ぼ、僕にもっと力があれば全員に出来るんですけど‥‥ごめんなさい」
空母に帰還した武流は、ワームに体当たりした岩龍パイロットが、出撃前わずかに会話を交わしたあの男だと知らされ、言葉を失ったままデッキ上に立ち尽くしていた。
メトロポリタンX陥落以来の大規模戦闘「名古屋攻防戦」の幕開けとなる一日は、こうして幕を下ろした。
<了>