●リプレイ本文
●ウラジオストック〜UPC空軍基地
L・Hからウラジオへの飛行は順調だった。
散発的に遭遇する飛行キメラはKVの敵ではなかったし、たまに単機の小型HWをレーダーに捉えることはあっても、なぜか攻撃はせずさっさと飛び去っていった。
「バグア側に監視されている」という不気味な印象はあったものの、ともあれ極東ロシア東端の基地まで無事到着した輸送部隊は、そこで補給と整備、休息のため2日間を過ごすことになった。
そして2日目の朝――。
「たまに例外もあるが、おまえ達は傭兵だ。つまり原則として軍が『命を捨てても戦え』とは命令できねえ。だから撤退の潮時についちゃ、そちらに任せる」
滑走路に整列した10名の能力者達を前に、UPC軍の松本・権座(gz0088)少佐が改めて説明した。
「‥‥もっとも俺ら正規軍はそうもいかんがな。特に俺みたいな一般人は、輸送機が墜とされたらまず生きて帰れんだろう。めでたく2階級特進ってわけだ」
「縁起でもない事を申さないで下さい」
半ば冗談めかした松本少佐の言葉に、困った顔をする櫻小路・なでしこ(
ga3607)。
「少佐はご家族がいらっしゃるんですか?」
ラウラ・ブレイク(
gb1395)の問いに、
「ああ。女房とまだ小学生の娘が、な」
「じゃあ尚更生き残らないといけませんね」
「できればな‥‥では、ヤクーツクで会おう」
険しく表情を引き締めた松本は傭兵達に敬礼し、部下の兵士達を率いてガリーニンへと乗り込んでいった。
「G4弾頭を届けるのは勿論だが‥‥己の未熟を知る先達には生きていて欲しい」
その姿を見送りつつ、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が呟く。
「決め手になる可能性のあるG4弾頭、例えダミーだとしても運び込んでやるさ」
「極めて重要な任務‥‥おそらくは敵もゾディアック級のエース‥‥」
月影・透夜(
ga1806)の言葉に改めて任務の重責を感じ、赤宮 リア(
ga9958)は思わず身を震わせた。
「怖い‥‥でも負けません。私にはいつだってあの人が付いています!」
胸の裡に愛しい夫の顔を思い浮かべ、護り刀をぐっと握り締める。
「重大な依頼には変わりありませんが、元よりどの依頼でも気を抜く事はできませんしね」
平素と変わらぬ冷静な口調で鋼 蒼志(
ga0165)がいう。
だがその眼鏡の奥では、青い瞳がひときわ鋭く輝いていた。
(「敵エースの襲撃‥‥『奴』が来る可能性は大いにありますね」)
「この任務の成否によって、大規模の勝敗が左右される‥‥例え機体が著しく損耗したとしても、G4弾頭を積んだガリーニンの安全が確保される迄、戦闘可能な限りは撤退する事は出来無い」
「例えフェイクでも本気で守らなきゃ意味がないわ。ガリーニンが墜ちる時、失うのはG4弾頭じゃない。人の命よ。必ず死守しましょう」
煉条トヲイ(
ga0236)とラウラが頷き合い、傭兵達も各々のKVへと向かった。
●ロシア領〜アムール州上空
ガリーニンと護衛のKV10機は交戦区域である中国東北部を避け、北に迂回するコースでヤクーツクを目指した。
「敵も大きくは戦力を割けないみたいだし‥‥、正攻法より奇襲のほうが確率高いか‥‥な?」
ホアキンと組む形で輸送機の右舷を直衛する明星 那由他(
ga4081)が、自らの推測を僚機へ通信した。既に極東ロシア地域での大規模戦闘が始まっており、また陽動として複数の輸送部隊が動いていることから、バグア側もそう大兵力を出せないだろう。従って、警戒すべきは少数精鋭部隊による奇襲だ。
高高度からか超低空からか、それとも合わせ技か。
上空はもちろん、地上の山陰や河などHWを隠せそうな地形も含め、那由他はイビルアイズのレーダーによる警戒を強めた。
眼下に横たわるスタノボイ山脈を越えれば、目的地のヤクーツクまであと5百km余り――という地点まで到達した時。
輸送機後方でなでしこと共に左舷を哨戒する南雲 莞爾(
ga4272)の目に、前方10時の方角から急速接近する黒い点が映った。
それは見る間に大きさを増し、たちまちHWと似て異なる、あたかも「戦闘用宇宙艇」とでもいうべき禍々しいフォルムを明らかにした。
「中型、しかし形が違う‥‥噂の新型ってやつですか?」
左舷直衛につく周防 誠(
ga7131)が僚機に警戒を促した。
今回の極東ロシア戦線において「従来のHWに比べ高性能な新型機が出現した」との情報は、既に傭兵達の耳にも入っている。どうやらバグア本星から直接送り込まれたらしい事から、俗に「本星型」とも呼ばれているが。
さらにその機体にくっきりと描かれた「蟹座」の紋章。
「あのエンブレム――ハワード・ギルマン(gz0118)か!」
蒼志の口から怒りを孕んだ声がもれた。
「新型と蟹座。最悪の組み合わせね‥‥能力が未知でも全力でぶつかるしかないわ」
ラウラが唇を噛みしめる。
前方の哨戒を務めていた蒼志とリア、後方左舷の莞爾となでしこがギルマン機に機首を向けた。
まず有効射程に入った所で莞爾のディアブロがSライフルD−02、蒼志の雷電が螺旋弾頭ミサイルを発射。だがこれはあっさり回避される。
「新型機のテストのおつもりですか‥‥? 私達を甘く見すぎない事です!」
一気に距離を詰めてきた敵HWに対し、リアとなでしこのアンジェリカがSESエンハンサー起動でそれぞれ高分子レーザー、M−12強化粒子砲を同時に叩き込んだ。
今度は命中した。いやギルマンが避けなかった。
代りにFFらしき赤い光が強く輝き、その後殆ど無傷のHWが現れた。
「そんな‥‥!?」
愕然するなでしこ。並みの小型HWならFFごと貫き、一撃で大破させる程の知覚攻撃が弾かれたのだ。
いや「弾かれた」というのは少し違う。よくよく見れば、ギルマン機の表面が微かに焼け焦げているからだ。威力の大半が「無効化された」というのが正しいかもしれない。
「強化されたFF――これが新型機の能力?」
次の瞬間、HWの機体から無数の小型ミサイル――多目標誘導弾が放たれ、KV4機へ嵐のごとく襲いかかっていた。
「気をつけろ! いくら新型といえ、あのギルマンが単機で襲ってくるのは不自然だ」
トヲイを始め、直衛4機、右舷哨戒の2機はガリーニンから迂闊に離れなかった。
誠は輸送機の周囲を旋回しつつ、改めてワイバーンのIRSTで周囲を警戒。
すると前方に微かな熱源反応がある。
「こいつは‥‥?」
とっさにペイント弾を装填したバルカン砲で掃射すると、空間から抜け出す様に小型HWの姿が浮かび上がった。
「光学迷彩!? 皆さん、ギルマンは囮です!」
僚機に緊急通信を送りつつ、SライフルD−02で狙撃。小型HWの機首付近に弾痕が穿たれたかと思うや、巨大な火球が膨れあがりワイバーンの機体を震わせた。
「何だ、こいつは‥‥機首に爆弾?」
「特攻機か? だが――ガリーニンには指一本触れさせはしない‥‥!!」
トヲイ達が改めて目を懲らすと、ギルマン機の襲来とは反対方向からあと4機。機体表面を周囲の空の色に似せた簡易光学迷彩の小型HWが、次々と加速して輸送機目がけて体当たりをかけてくる。
「‥‥相手が誰だろうと、落とさせやしない!」
ホアキンの雷電がマルチロックオンでK−02ミサイルを発射。巨大な爆炎がさらに4つ華開き、その衝撃波はガリーニンの巨体さえ揺るがせた。
「ガムビエルは実際に破壊して借りを返した――次に返してもらうのは、エリーゼさんだ」
蒼志はリアの援護を受けつつ強化型ホールディングミサイル、続いてソードウィングによる斬撃を仕掛ける。だが傭兵側KVの攻撃の殆どは回避され、また命中しても物理・非物理を問わず強化FFに無効化されてしまった。
『エリーゼ? さて、誰の事かなぁ?』
嘲る様なギルマンの声。
「知らぬというのならば別にいい。穿ちコロすだけだ――」
だがHWの機体左右から伸びた角の様な砲塔からプロトン砲の光線が立て続けに放たれ、雷電を打ち据える。
「あの強化FF‥‥もし練力を使った一時的な能力なら‥‥!」
リアは凶暴な淡紅色の槍に機体を灼かれながらも、敵の練力消耗を狙ってG放電装置とレーザー砲による攻撃を続行。
そして、ふと気づく。ギルマン機のFFが輝きを強めるのは、ある一定レベル以上の攻撃を受けた時に限られる事を。
「守りさえ崩せれば、攻略の余地はある‥‥!」
機体を立て直した莞爾は機体得能併用でパンテオンをロックオン。
「行くぜ相棒‥‥アグレッシヴフォース起動、爆ぜろ‥‥散華‥‥!」
練力を注がれた小型ミサイル百発が槍衾のごとくHWへ殺到する。ギルマンの機体に多数の細かい孔が穿たれるも、大ダメージというにはほど遠い。
その直後、損傷に耐えつつ機会を窺っていたなでしこ機がブーストで肉迫、エンハンサー起動で再チャージした強化粒子砲を撃ち込んだ。
HWの装甲が黒く焦げ、怒ったように拡散フェザー砲を撃ち返してくる。
「確かに効いてる‥‥皆様、あの強化FFには何か弱点があります!」
そのとき、ガリーニンの方向で立て続けに巨大な爆発が発生した。
「――やったか!?」
嬉々としてモニターに見入るギルマン。
が、依然として健在のガリーニンを確認し、仮面から覗く目が怒りに血走った。
「ちっ。所詮は急ごしらえの改造機か‥‥ならば俺の手で墜とすのみ!」
なおも食い下がる4機のKVをマルチロックオンし、ギルマンは2度目の多目標誘導弾を発射した。
直衛部隊が小型HWを全滅させた直後、左舷方向で相次いで爆光が閃き、4機のKVが煙の尾を引いて墜落していった。
「――来る!」
直衛部隊のKV4機は右舷にいた透夜、ラウラを加えた6機で吶喊してくるギルマンの前に立ちふさがった。
「ギルマンか、彼女の因縁を持ち込むつもりはないが、新型だとしてもやらせん!」
透夜のディアブロはブーストオンで螺旋弾発射。他のKVもタイミングを合わせ、各々有効射程に入った順から手持ちの高火力兵器を放った。
それらの攻撃のあるものは慣性制御で回避し、あるものは強化FFで無効化し、悪鬼と化したギルマンがガリーニンに迫る。
ガリーニンからも対空レーザーが猛然と撃ち出されるが「そんなものは避けるのもバカらしい」といわんばかりに突っ込んできた。
一瞬停止したかと思うや、半円を描くようにプロトン砲を掃射。射線上に立ちはだかるKVを弾き飛ばす。
『このデカブツめ‥‥観念しろ』
ガリーニンの機関部を狙いプロトン砲を放とうとしたHWの照準が、突然ぶれた。
重力波ジャミング。那由他のイビルアイズがRキャンセラーを起動させたのだ。
『邪魔だ!』
機首を翻したHWから光線を浴び、イビルアイズの耐久が大きく削がれる。
それでも那由他はRキャンセラーを起動させたままHWにまとわりつき、パンテオン、ロケット弾、ヘビーガトリングとあらゆる火器を浴びせ続けた。
「イビルアイズなら‥‥保ってくれる」
那由他機を再度攻撃しようとしたHWにホアキン、次いでトヲイの雷電がソードウィングで斬り込み、その射線を狂わせた。
「貴様にも負けられない理由がある様に、俺達にも絶対に退けない理由がある‥‥此処は通して貰うぞ、ギルマン‥‥!」
『そうはさせん!』
その間にも、トヲイのバックアップにつく誠がSライフルの狙撃を繰り返す。
「ガリーニンさえ墜ちなければいい、ひたすら奴の喉元に食らい付くだけよ! 攻撃が通じなくても、死んだって退く訳にはいかない!」
練力が続く限りアンジェリカのエンハンサーを起動し、ラウラはレーザー砲とG放電の雷撃を浴びせ続けた。
「回避軌道の内側へ飛び込む!」
透夜のディアブロもAフォース起動、ヘビーガトリングの牽制から剣翼突撃。
ガリーニン1機に全ての照準を合わせ、ギルマンが3度目の多目標誘導弾を斉射。
6機のKVはすかさず盾となり、自ら小型ミサイルの弾雨に身を晒した。
ラウラと那由他の機体が力尽きて墜落――。
ガリーニンにも何発かは命中したが、重装甲が幸いし損傷軽微に留まる。
その直後、HWを覆っていた強化FFの光がふいに弱まった。
HWの操縦席でギルマンは舌打ちした。
これ以上FFの強化を繰り返せば、練力切れで飛ぶことすらままならなくなる。
一瞬「撤退」という言葉が脳裏を過ぎるも、悠然と飛ぶガリーニンの機影を前にその考えを振り払う。
「ここで引き下がれるか‥‥あの輸送機さえ墜とせば、この戦争は我がバグアの勝利だ!」
なおもガリーニンを狙い射撃体勢に入ろうとするHWに対し、ホアキンとトヲイ、誠と透夜が続けざまにソードウィングで斬りつけた。
剣翼4連撃を食らったHWが大きくはね飛ばされ、錐もみ状態から辛うじて慣性制御で体勢を立て直し――。
そこをトヲイのリニア砲が直撃。動きを止めたギルマン機にブースト加速でダメ押しの剣翼突撃を極めた。
「もう一度いう――ここは押して通る!!」
『‥‥』
ギルマンからの返信はない。
本星型HWの機体各所が爆発。やがて炎に包まれた機体が、ウランバートル方面に向けて長く黒煙を引いて墜落していった。
「終わったとしても気を抜くな、奴なら伏兵もありえる」
痛む体を耐Gシートに預けつつ、それでも透夜は仲間達に通信した。
「‥‥戦闘直後が一番隙ができるからな」
ガリーニンの機体後部が開き、機内に搭載されていたサイレントキラーが空中発進していく。撃墜された傭兵達の救出に向かうためであった。
●ヤクーツク〜UPC軍基地
「ったく無茶しやがって‥‥おかげで大佐になり損ねたじゃねぇか」
ヤクーツク到着後、松本少佐は憎まれ口を叩きつつも、目に涙を滲ませ傭兵達と握手して回った。
撃墜された者達も全員救出され、サイレントキラーで基地に向かっているという。墜とされながらもラウラが最後までガリーニンへ送信し続けた戦闘記録と位置データにより、迅速な救助活動が可能となったのだ。
「それとな、さっき総本部から連絡があった。俺達の運んでたのが‥‥『本命』だってよ」
傭兵達は松本の肩越しに駐機するガリーニンを見上げた。
大規模作戦の命運を決するG4弾頭。そしてそのキャリアーとなる巨人輸送機は、夕闇の迫るヤクーツク基地の滑走路上で黒々とその機体を横たえていた。
UPC総本部より通達:ゾディアック「蟹座」撃墜の功績を称え、以下の者を褒賞する。
鋼 蒼志
煉条トヲイ
月影・透夜
ホアキン・デ・ラ・ロサ
櫻小路・なでしこ
明星 那由他
南雲 莞爾
周防 誠
赤宮 リア
ラウラ・ブレイク
なお「G4弾頭輸送計画」への功績については、大規模作戦終了後に別途通達する。
<了>