タイトル:満開の桜の下でマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/22 12:06

●オープニング本文


 その日は高瀬・誠(gz0021)にとって久々の休日だった。

 極東ロシア地域では既に大規模作戦の火蓋が切って落とされているが、ULT所属傭兵であると同時にEAIS(UPC東アジア軍情報部)外部エージェントも兼任する誠は、ここ数日情報部オフィスに籠もりきりで最前線から送られてくる戦況や人類・バグア両軍の動向などのデータ収集・分析のアシストにかかり切りだったのだ。
 ‥‥といえば何やら聞こえはいいが、誠自身のやっていたのは「本職」の情報部員達に指示されるまま、コピーやらお茶くみやら、機密書類のシュレッダー処分やら、そんな感じの雑用が殆どだったが。
 昨日の深夜になってようやく情報部の仕事から解放されたのはいいが、今度は傭兵として直接極東ロシアへ赴かねばならない。
 その前に1日だけでもいいから、とにかく休もう――と思い、たっぷり寝坊して目を覚したのが朝の10時過ぎ。
「ふわぁ〜」
(「まだ10時かぁ‥‥いいや。いっそ昼まで寝ちゃえ」)
 二度寝しようと再び布団に潜り込んだ誠の耳に、キッチンの方からカチャカチャと食器を洗う音がする。
(「うるさいなあ‥‥母さん、こんな時間に洗い物なんかしなくても‥‥」)
 ハッと目が覚め、慌ててベッドから飛び起きた。
 ここはラスト・ホープの傭兵用兵舎。実家の母親がいるはずがない。
「だ、誰‥‥?」
 恐る恐る1Rマンションに相当する自室のキッチンを見やると、誠と同年配の、見覚えのある少女がワンピースドレスにエプロンという出で立ちでキッチンの前に立っていた。
「‥‥ま、真弓?」
「あ、ごめーん。起こしちゃった?」
 肩の辺りまで降ろしたセミロングの黒髪を揺らして振り向いた少女は、他でもない。
 つい先日海上エネルギープラントの戦闘で拘束され、現在はUPCの保護下(実質的には監視下)にある強化人間、萩原・真弓――誠にとっては、中学時代のクラスメイトでもある。
「鍵開いてたから、勝手に入って来ちゃった♪ 一応声かけたけど、高瀬君よく眠ってたから‥‥」
「え? な、何で君がここにいるんだよ!? 確か、UPCの‥‥」
「ウン。今は『特別施設』とかいうトコにいるわよ? 中で勉強もできるし、生活は不自由ないんだけど‥‥あんまり退屈だから、情報部の偉いヒトに頼んで、1日だけ外出許可もらちゃった。てへっ☆」
「情報部の‥‥?」
 ようやく状況を把握した誠は、気を取り直し改めて真弓の姿を見直した。
 バグアに洗脳されていた間――いや、日本で入院していた頃が嘘の様に快活な笑顔を浮かべる少女の首に、一見アクセサリのチョーカーを思わせる「首輪」がはめられている。
(「‥‥まさか!?」)
「にしても、やっぱりダメねー、男の子の独り暮らしって。ちゃんとご飯食べてるの?」
「そりゃあ‥‥兵舎には食堂もあるし」
「あ、起きたんならさっさと着替えてね? この洗い物が済んだら、ついでに掃除と洗濯もやっちゃうから」
「あ、ああ‥‥って、わわ!?」
 その時になってようやく自分がTシャツとトランクス1丁という格好である事に気づいた誠は、大慌てで手近のジーンズを履く。
「‥‥」
 鼻歌を歌いながら洗い物を再開した真弓をチラっと見やり、枕元の携帯からこっそりEAIS部長、エメリッヒ中佐へ電話した。
「あ、あの‥‥いま真弓が僕の部屋に来てます。一体どうなってるんですか?」
『ああ、問題ない。本人が外出したがったので私が許可した。ただし今日の午後6時までの間だがね』
「真弓の首に何か付いてますけど‥‥あれって、まさか」
『発信器内蔵の小型爆弾だ。仮に彼女が約束の時間まで施設に戻らなかった場合、自動的に作動する。また何らかの形で人類への脅威となった場合も、こちらの判断で遠隔作動させる‥‥むろん本人も承諾済みだ』
「そんな! それじゃ、バグアがやってた事と同じじゃないですか!?」
『すまんがこれは規則なんだ。洗脳が解けたといえ、彼女がバグアの強化人間だということを忘れてはいかん。正直、今回の外出許可も私の権限でかなり無理をしたのだよ?』
「‥‥なぜ僕の所に寄越したんです?」
『君がL・H内で数少ない顔見知りであり、なおかつ能力者のファイターだからだ。残念ながらこの島でさえ百%の安全は保障できない。一般市民に紛れてバグア側のスパイが潜入している可能性もある‥‥君の役目は、いわばナイト役だな』
「な、ナイトっていわれても‥‥」
 中佐の最後の言葉はやや冗談めかしたものだったが、なぜだか誠は顔が火照るのを覚えた。

 ガチャンと何かが壊れる音を耳にして、誠は振り返った。
 キッチンの真弓が、己の掌を見つめて呆然としている。
「ごめんなさい‥‥まだ、『力の加減』がうまくできなくって‥‥」
 ガラスのコップを素手で握り潰したのだ。普通なら掌が血まみれになっておかしくないが、FFで守られた彼女の手には傷ひとつ残らない。
「あたしの体‥‥もう、元に戻らないのかな‥‥?」
「そんな事ないって。いま未来研でも、バグアに改造された人を元に戻す方法を研究してるっていうし」
 割れたコップの片付けを手伝いながら慰める誠。とはいえ、その方法が発見されるのがいつの日になるかは彼にも判らない。
「‥‥」
「あ、あのさ‥‥真弓、夕方になったら戻らなきゃいけないんだろ? だったら、家事なんかいいから‥‥桜でも見に行かないか?」
 ふとした思いつきだった。既に季節は春、ここL・Hの公園もちょうど桜満開の花見シーズンだ。この所の慌ただしさで誠自身も忘れていたが。
「お花見? ‥‥高瀬君、それひょっとしてデートのお誘い?」
 急に悪戯っぽい笑みを浮かべ、真弓が肩肘で突いてきた。
「そんなんじゃないって! そ、そうだ、賑やかな方が楽しいだろ? 誰か誘ってみるから――」
 耳まで赤くしながら、誠は再び携帯を取り上げULTへのナンバーをプッシュした。

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

●桜吹雪の下で
「‥‥しかし、だからって俺等も呼ぶか? バシッとエスコートして、男らしさをアピールする所だろ、そこは」
「本当にすみません。でも、顔見知りの皆さんもいた方が真弓も喜ぶかと思って‥‥」
 少々呆れたようなゲック・W・カーン(ga0078)の言葉に、高瀬・誠(gz0021)は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ま、いいじゃないか。デートの邪魔をするほど野暮ではないつもりだが、今回は事情が事情だし」
 と軽く肩をすくめる鯨井起太(ga0984)。
「ええっ!? で、デートだなんて、別にそんな――」
 誠は赤面し、慌てたように両手を振った。
「デートかどうかはさておき、EAISは君たちを『親しい間柄』と認識しているんだろう? だからこそ中佐は真弓君を君の元へ寄越したのじゃないか」
「それは、まあ‥‥」
 逆にいえば、今日1日をすべて2人きりで過ごさせれば、いらぬ嫌疑を持たれる恐れがある――それが起太の懸念でもあった。
(「今後、真弓君の外出許可を取りやすくするためにも、まずは多少なりとも見知った者達と行動させる‥‥こういうのは少しずつ信用を勝ち取るのが肝要だからね」)
「ふむ、誠君から花見の誘いとは‥‥中々風流を心得てるではないかね。彼女の心をケアする為にうってつけとも言えようね」
 真弓がバグアに拉致された元凶ともいうべき相馬・展也の事件に発端から関わってきた1人である錦織・長郎(ga8268)も、感慨もひとしおといった面持ちで眼鏡の奥の瞳を細めた。
 また今回、真弓の外出に能力者達が同行するのは、L・H内に潜伏が予想されるバグア側のスパイから彼女の身柄を守るという「任務」の一環でもある。
「今日は誘って頂いてありがとう。お二人とも息災で何よりです」
 表向き何気なく挨拶するリヒト・グラオベン(ga2826)はショルダーバッグに機械剣を忍ばせ、その他の傭兵達も目立たない形ではあるが各々の武器を携帯していた。
(「この一時の間、コレの出番が来ない事を祈りましょう」)

「うん、花見か。悪くない」
 咲き誇る桜並木、春風に舞う桜の花びらを眺めつつ、鷹見 仁(ga0232)は小さく呟いた。
 こうしてのどかな花見の風景を見ていると、現在極東ロシアで進行中の大規模作戦さえ何処か別世界の出来事の様に思えてしまう。
 ただし、忘れてはならない「現実」がすぐ目前に在ることも事実だが。
 仁は誠から少し離れた所に立つ萩原・真弓へ視線を移した。
「彼女もL・Hでの生活に慣れてきているようだしな。きっと俺達には見せない辛いこととかもあるんだろうが‥‥」
 元・バグアの強化人間。今はUPC側に帰順したといえ、また真弓の場合バグアによる強制的な洗脳だったといえ、その存在が人類社会の異分子で在ることに変わりはない。本来なら「戦犯」として裁かれてもおかしくない所を、UPCによる超法規的措置で極秘裏に保護されている――というのが実情だ。
(「そういえば、洗脳されていた頃のことは憶えているのかな‥‥?」)
 ふと仁は思った。
 海上EPで真弓を保護する際、仁はあえて己の身を晒して彼女の刃を受け止めている。
(「できれば忘れていてくれた方がありがたいな。あれは彼女を止めるため、俺がやりたくてやったことだ。気にされると‥‥正直困る」)

「お久しぶりです! その節はご迷惑おかけしましたっ」
 一方、真弓はといえば、洗脳中の姿が嘘の様に屈託のない笑顔で、既に面識のある女性傭兵達にペコリとお辞儀していた。
「お元気そうで何よりです」
「真弓様のその後は気になっていましたので、丁度良い機会でした」
 緋桜(gb2184)と櫻小路・なでしこ(ga3607)もにこやかに挨拶する。
「今日は、いい花見日和になりそうですね」
 真新しい狐面の下から声をかける水雲 紫(gb0709)の姿に、真弓は小首を傾げた。
「あれ? あの時は、確か般若のお面‥‥でしたよね?」
「あ、コレですか? ふふ、腐っても稲荷信者ですから。止めはしても、捨てはしませんよ」
 扇子を面の口許に当て、微苦笑を洩らす紫。
 以前に付けていた狐面は相馬を倒した際真っ二つに割ってしまったが、それでもしっかりと保管してある。
 ――過去と今を繋ぐ、重要な支えとして。
「今日は楽しみましょう?」
 紫の言葉に促されるようにして、誠と真弓、そして傭兵達はリヒトがレジャーシートを広げ確保した場所へと移動した。

 一同が輪になって腰を下ろすと、なでしこは3段お重に詰めた手作り弁当を開き、早速シートの上に広げた。
 アクセントに桜の塩漬け入りの稲荷寿司。鶏の竜田揚げ。鰆の西京焼き。竹の子の木の芽和え。塩味のだし巻き。木耳と胡瓜の酢の物。菜の花の辛子和え――旬の食材をふんだんに使った色とりどりのメニューである。
「花見といえば、やっぱりおむすびだろう」
 負けじとばかり、起太は米の味をそのまま楽しめる塩むすびから、梅に鮭に昆布にたらこ等、各々具材の異なるバラエティ豊かなおむすびをどっさり用意していた。
「うわ〜、美味しそう♪」
「こら、行儀悪いじゃないか。そんな大声出して‥‥」
 シート狭しと並べられた料理を目にして歓声を上げる真弓を、誠が窘めた。
「だーって『施設』のメニューって、何だか病院食みたいで味気ないんだもーん」
「そういえば真弓君、誠の兵舎に行ったんだろう? 様子はどうだったんだい」
 起太の質問に少女はクスクス笑い、
「それが凄かったんですよぉ。部屋は散らかり放題、台所はカップ麺の容器で――」
「しょ、しょうがないだろ! ここんとこ忙しくて、まともに掃除や食事する暇もなかったんだから」
「それはダメだなー。あとたまには自炊もしないと栄養バランスが偏るよ?」
 再び赤面した誠を囲み、傭兵達の間から笑い声が上がる。
「今日は未成年者が多いし、アルコールは無しといくかね」
 高級茶葉とポット・湯のみ一式を携えてきた長郎が手順に則り淹れた緑茶を、一同に配った茶碗に注いだ。
「温度と蒸らし加減が大切なのだが、その辺は色々と享受して貰ってるのでね」
 まずは緑茶で乾杯。桜吹雪の下でしばしの宴が始まった。

 周囲に怪しい者はいないか等さりげないチェックは怠りなかったが、傭兵達もこの機会に日頃の戦いの疲れを癒すべく、満開の桜、そして料理と飲み物を味わいつつしばし歓談に耽る。
 紫は面を少し上にずらすと、好物のだし巻きや稲荷を箸に取り口へと運んだ。
「ありがとうございます。素晴しいお手前で」
 一頻り弁当に舌鼓を打った後、長郎は誠を傍らに呼び寄せた。
「真弓君の件では色々ご苦労だったね」
「いえ。僕の方こそ、皆さんにご迷惑ばかりおかけして‥‥」
「むろん皆のお陰でもあるけど、君の心も折れず貫いて進んだ事が一番だね」
 温かい緑茶を一口啜り、長郎が微笑んだ。
「こういう諜報戦ではこの先も心を捻じ曲げ、闇を覗く事も多々あるだろう。それでも何かしらの信念や支え有れば切り開けると思うよ」
「‥‥はい」
 いまはフリーの傭兵といえ、かつては内閣調査室の一員だった長郎は、ふと遠くを見るような眼差しになった。
 いずれは正規の諜報部員としての復帰を願う彼である。だからこそ、まだ中学生のような歳で正規軍諜報戦の一端を担う少年を羨ましく思うと共に、陰ながら応援したくなってしまうのだ。
「あれから、お父様とはゆっくりお話しされたのですか?」
 なでしこが真弓に尋ねた。
「ええ。いま父は会社のL・H支社に転勤になって‥‥忙しいのは相変わらずですけど、日に一度は必ず面会に来てくれます」
 花見の最中、また力の加減を誤った真弓がコップを握り潰すアクシデントが起きたが、すかさずリヒトが機転を利かせ、
「おや、早速一芸を披露されましたか。では、二番手は俺がいきましょう」
 と空き瓶を大袈裟に手刀で斬ってフォローした。
「能力者の会合」と判ればL・Hでは珍しい事でもないので、周囲の花見客もさして奇異に思うこともない。
「あー、やっちゃったぁ‥‥ごめんなさい、リヒトさん」
「誠や俺達も能力者になった当初は、慣れるまで苦労しましたよ」
「気をつけろよ、真弓」
 ペロッと舌を出して謝る少女を、冷や冷やして注意する誠。
 そんな2人を見守りつつ、
(「つい忘れがちになるが‥‥あの2人は、命の遣り取りなんかに手を染める歳じゃないんだったな」)
 ふとゲックは思う。
(「本来なら楽しく学生生活を謳歌してた筈なんだろうが‥‥言いたかないが、生まれた時代が悪かったな」)
 日本人でない彼は花見の慣習というのが今ひとつ判らないので、乾杯につきあった後は芝生にごろりと横たわり、専ら昼寝がてら日光浴としゃれこんでいた。
 とはいえ、何気に見上げた先を無数の花弁が舞い散る様は‥‥何処か心の奥を刺激するものがある。
「‥‥考えてみれば、この風景とこの一時を護る為に俺達は戦ってるんだったな‥‥そんな単純な事さえ忘れちまうくらい、余裕が無かったって事か。 ‥‥ふむ、そうと気付けば、花見とやらもそう悪くは無いな」

「桜は良いですわ‥‥心の奥深くに、訴えかけるものがありますわね」
 そういいながらまったりと料理を摘んでいた緋桜が、ふと真弓を「飲み物の買い出しに行きませんか?」と誘った。
「あ! それなら、僕も一緒に行きます」
 一応中佐から命じられた「任務」を思い出し、慌てて立ち上がる誠。
 その姿を見て、傭兵達は意味ありげに目を見交わし、忍び笑いをもらした。これは「2人きりの時間」を作ってやるため、予め全員で密かに打ち合わせた「計画」なのだ。

「‥‥あ。用を思い出したので先に‥‥お2人は後からゆっくりと来てくださいね」
 公園内の人気のない場所にさしかかった時、突然緋桜はそういって小走りに去っていった。
「ゆっくりっていわれても‥‥なあ」
 困ったように頭をかく誠に、真弓がいった。
「ねえ高瀬君? この近くに、さっき鷹見さんから『すごく景色がいい』って教わった場所があるの。よかったら行ってみない?」

 そこは一日にほんの数回、10分程度だが海から吹いてくる風と近くの山から吹き下ろしてくる風がぶつかる場所だった。ちょうどこの季節には桜の花びらが渦を巻き、その中に入るとまるで世界が桜に染められたような錯覚すら覚える。
 そんな幻想的な光景の中で、誠と真弓は並んで腰を下ろした。
「高瀬君‥‥ケガの具合、どう?」
「‥‥え?」
 驚いた誠が振り返ると、少女の顔からは先刻までの明るい笑顔は消え、何か思い詰めた表情で地面を見つめていた。
「情報部の人から全部聞いた‥‥あたしがバグアに洗脳されてる間、いったい何をしでかしたか‥‥」
「き、君は全然悪くないよ! 悪いのは全部バグアと相馬の奴で――」
「‥‥言い訳になんないよ、そんなの」
「‥‥」
「高瀬君だけじゃない。お父さんや、あの傭兵さん達。それに銀河の工場やプラントの人達‥‥大勢の人達を傷つけて‥‥多分亡くなった人もいる‥‥」
 揃えた両膝に顔を押しつけ、いつしか真弓は啜り泣いていた。
「どう謝ったって‥‥許して貰えるようなコトじゃないよ」
「そんな――もし誰かが君の事を非難するなら、僕が代わりに説明する! ぼ、僕が君を守るから‥‥!」
「高瀬君‥‥手、握ってくれる?」
「え‥‥」
 つっと差し出された少女の掌を前に、思わず息を呑む誠。だがすぐ気を取り直し、両手でそっと包み込むように真弓の手を握ってやった。
「そう。そうしてくれるだけで‥‥少しだけ、安心できるから‥‥」

●夜桜、散る
 午後4時、少し前。
「失礼、名残惜しいですが‥‥そろそろ戻る時間になります」
 再び帰ってきた誠達を加え、賑やかに歓談していた仲間達にリヒトが告げた。
「また外出許可が取れたら、こうして集まろうじゃないか」
 やや不安げな真弓を元気づける様に、起太が笑いかける。
「偶の息抜きができて私も嬉しかったです。また機会があればどこかに参りましょうね」
 と緋桜。
「何があっても真弓様を護ってさし上げて下さい。そして、助けが必要な場合はいつでもお声掛け下さい。私たちもご尽力を惜しみません」
 そう誠に伝えるなでしこは、真弓と並んで立つ可愛い「弟分」の様子を嬉しくもあり、ちょっぴり寂しく感じつつも微笑んだ。
「あの、よかったらこれ、皆さんに‥‥」
 バッグの中を探っていた真弓が、色とりどりの刺繍糸で編まれた手製のプロミスリングを人数分取り出し、傭兵達に手渡した。
「『施設』で退屈しのぎに作ったんです。これを腕に嵌めて、紐が自然に切れると願い事が叶うって‥‥能力者の皆さんには非科学的かもしれませんけど、あたし、割とこういうの信じちゃう方だから‥‥」

「ナイトなら、ちゃんとお姫様を送っていけ!」
 照れる誠の背中を叩いて2人を送り出したゲックは、「やはり酒がないと締まらん」と馴染みの店へ足を向ける。
 かくして傭兵達のある者は兵舎へ帰り、ある者はその場に居残って思い思いに夜桜見物を続けた。

「しかし桜はやっぱり良いな」
 改めて呟く仁。
「あの王女さんもこれを知っているのかね? いや‥‥花より団子の口かな?」

 長郎は散会後も独り桜の下に佇み、夜風に散る桜を眺めていた。
 見ごろ過ぎれば散り往くのみ。
 感傷を受けるのは人の我侭か、それとも感じ取る心の所為か――。
「思い入れしてしまうのも仕方ないかね? 相馬君、一つ間違えれば僕もその立場だったかもだ」

 そこから少し離れた場所で、紫もまた【OR】割れた狐面【右狐】を傍らに、日本酒を入れたコップを前に置き、自らも別の酒杯を口に含んでいた。
「御免なさいね、痛かったでしょう。でも、自業自得ですよ? 私を置いて逝った罰というものです」
 それは独り言ではなく、そこにいない「誰か」へと語りかける言葉。
「気になる子がね、いるの。昔の私みたいな子。でも、あの子は力を持ってる。だから、途中で諦めた私とは違う。あの子は、きっと更に深みに行ってしまう」
 脳裏に浮かぶ、あのバグア工作員の少女。今頃は世界の何処かで、また何か邪な企てに荷担しているのだろうか?
「それをね、止めたいの。引っ張りあげたいのよ。あの子が、あの子であるうちに」
 紫の手が右狐を取り上げた。
「初午に誓ったの。だから‥‥そっちに行くのは、もう少し待っててね‥‥『あなた』」

●UPC極秘施設
「楽しかったかね?」
「ハイ。ご無理をいって、申し訳ありませんでした」
 施設のオフィスで出迎えたエメリッヒ中佐に礼を述べる真弓。
 歩み寄った女性士官が、慎重な手つきで首輪爆弾の時限装置を解除した。
「ところで、例の件は高瀬に?」
「ごめんなさい。やっぱり‥‥」
「そうか。なら彼には‥‥折りを見て私から伝えよう」
 そう答える中佐の視線が、デスク上に置かれた書類袋に落ちる。

『未来科学研究所医療部 萩原・真弓に関する精密検査所見』

 袋の表には、ただそれだけ印刷されていた。

<了>