●リプレイ本文
「ウルフパックねぇ‥‥。ゴールドラッシュ(
ga3170)さんは覚えてるわよね? FR捜索の時の‥‥」
南九州の沖合を佐世保目指して航行中の輸送船の甲板上で、ファルル・キーリア(
ga4815)は以前に伊万里湾のFR捜索依頼を共にした仲間の1人に問いかけた。
「ああ、あの有人タイプのEQ‥‥ひょっとして、輸送船を沈めてるのも同じエース機だってこと?」
「こんなレトロな戦術を使うバグアが、何人もいるとは思えないわ。恐らくあいつでしょうね」
配下のメガロワームをあたかもUボートの如く操り、自分達のKV部隊を襲撃した敵エースを思い返しながら、ファルルは答えた。
「知将という言葉がぴったりな感じの戦法だったわね。『彼』やEQの戦闘能力自体よりも、罠に気をつけた方がいいと思うわ」
(「九州の海に敵エースが出た、と‥‥」)
特に表情は変えないものの、アグレアーブル(
ga0095)もまた内心興味深くファルルの体験談に耳を傾けていた。
これまでバグア軍の水中ワームは専ら無人機が主体だった。仮に「海戦専門のエース」が出現したとすれば、その影響は大きい。事実、北九州の最前線に新型95式戦車を送る輸送船を次々と撃沈され、UPC側は多大な損害を被っているのだ。
「やれやれ、九州方面はどうしても輸送に時間がかかるな。激戦区を抱えて仮装KV母艦を使って輸送か。時代は第2次世界大戦のころに戻ってしまったな」
通商破壊戦の家元ともいうべきドイツ系の血を引く緑川 安則(
ga0157)は、複雑な心境で肩をすくめた。
「とにかく、伊万里湾での戦闘データは後でみんなのKVに送っておくわ。今回共同作戦をとる正規軍やSIVAの指揮官機にもね」
一同を見渡しながら、ファルルがいう。
「ULTの傭兵に加えて私設軍まで雇い入れてとは豪華だよなあ、それだけ事態が切迫してるって事か」
一見穏やかに凪いだ九州沖の海原を見やり、龍深城・我斬(
ga8283)が呟く。
福岡バグア軍の激しい攻勢に押され、ジリジリと戦線後退を余儀なくされている北九州のUPC軍。今度こそ95式30両、その他大量の軍需物資を搭載した輸送船を意地でも佐世保に送り届ける決意なのだろう。
「‥‥新型戦車、無事に届けてやらねえとな」
「戦車を心待ちにしてる兵隊さん達の為にも、頑張ってお船を護らなくちゃね!」
ファルルから伊万里湾での戦闘、それにこれまで沈められた戦車輸送船についてのブリーフィングを受けながら、潮彩 ろまん(
ga3425)は準備運動に余念がない。
「ろまん、おまえさっきから何やってんだ?」
不思議そうに我斬が尋ねる。
「海で戦うの久しぶりだから、足釣ったりしたら大変だもん」
「いや、水泳じゃないんだから‥‥」
「それにしても謎のスクリュー音ってのも気になるねぇ」
マートル・ヴァンテージ(
ga3812)が腕組みして首を傾げた。
「潜水艦、音はすれども姿は見えず‥‥ホントに幽霊だったりしてな?」
ちょっと脅かすような声音でいうジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)。あいにくそこで「キャー!」と叫んで抱きついてきてくれる女の子はいなかったが。
「行方不明の潜水艦のスクリュー音‥‥おばけ‥‥おばけだったら怖いな‥‥でもきっと大丈夫‥‥‥‥たぶん」
代わりに火茄神・渉(
ga8569)がブルっと身震いした。
まあ100%バグア軍の仕業だとは思いつつも、念のためお清めの塩をビーストソウル(BS)の機体に撒いたりしてみる。
「姿が見えない、ね。見えているのに気付かなかった事なら覚えがあるが」
何か身に覚えがあるのか、時枝・悠(
ga8810)はぶっきらぼうな口調でいう。
「バグアの技術なら絶対不可能ともいいきれないけど‥‥まあ行けば分かるか。余計な事は考えず、とりあえず仕事だ」
「鹵獲潜水艦を魚雷のキャリアーとして使ってくる可能性はないかしら? EQには遠距離攻撃手段がないはずだし」
ゴールドラッシュは自らの予想を口にしたが、
「どうかしらね? それならEQ自体を改造した方が効率的だと思うけど‥‥」
今の所はファルルにもそれくらいしか答え様がない。
情報が少なすぎるのだ。
危険海域である大隅海峡に近づくにつれ、甲板上の動きもにわかに慌ただしさを増してきた。
宮崎方面より上空援護を担当するSIVAのKV部隊が飛来し、同時に甲板上の仮設ヘリポートより正規軍の多目的ヘリ・サイレントキラー(SK)6機が飛び立っていく。といってもSIVAのKVは空戦仕様、正規軍のSKは主に索敵任務なので、水中ワームに対応する戦力は実質的に傭兵達の水中用KV10機となるが。
その傭兵達も、甲板上に駐機する各々のKVへと走った。
「さぁて、久々の水中戦だ。腕が鳴るねぇ」
操縦席で計器類をチェックしながら、マートルが豪快に笑う。内陸部の戦いである極東ロシア戦線では活躍の場がなかったBSの出番だ。
安則は水中用キットを装備した雷電の機上から、SIVA側指揮官機・イビルアイズに乗るラザロ(gz0183)へ通信を送った。
「噂には聞いている。メイやマリアちゃんの同僚だった男か‥‥今回はよろしく頼むぞ」
『確かに同じDF隊員出身だが‥‥同僚といえるかねえ? マリア・クールマ(gz0092)は一度顔を見たきりだし、結麻・メイ(gz0120)とは会った事すらない‥‥』
ラザロからの返信。僅かに間を置き、
『今は片やどこぞの空母搭乗員。片やバグアの工作員か‥‥どうもあの計画に関わった連中は平穏な人生と縁が無くなるらしいな。俺を含めてね』
人型形態で起動、輸送船の両舷に増設されたクレーンから相次いで着水した水中用KV部隊は、さっそく母艦を護るためのフォーメーションを形成した。
・先行班
我斬(BS)
アグレアーブル(KF−14改)
ゴールドラッシュ(BS)
・遊撃班
マートル(BS)
悠(BS)
ファルル(KF−14改)
渉(BS)
・直衛班
安則(雷電)
ジュエル(W−01改)
ろまん(W−01改)
「さて、今回はスピード重視のセッティングだが、上手く機能してくれるかね?」
直衛班の1人、我斬はSIVA所属のウーフーを介してヘリを含む全機体のデータをリンク、ソナー情報をリアルタイムで受信した。
「ボク達が最後の砦、責任重大だよね。ボク、頑張るから!」
ろまんも転送されるデータや自機KVのセンサーで輸送船周辺の警戒にあたる一方、サブアイカメラのモニター映像から、機械的なセンサーだけでは感知できない潮の流れ、怪しい水泡などにも注意する。
「海はボクの友達だもん、様子を見てたら色んな事を教えてくれるよ」
先の輸送船攻撃に際しバグア側は魚雷、もしくは水中ロケットと思しき遠距離兵器を使用した形跡がある。
「ゴールドちゃん、アグちゃんそっちは大丈夫かい?」
低速の輸送船に合わせ人型形態で併走しつつ、ジュエルは先行班の2機に確認を求めた。
「音響ソナー、水中センサー共に異状な‥‥え?」
ゴールドラッシュの言葉が途中で止まる。
前方、ほぼ11時の方向。受動式のパッシブソナーが微弱な反応を拾ったのだ。ほぼ同時に、アグレアーブルと我斬の機体も同様の反応を探知している。
潜水艦のスクリュー音。しかもその音紋は事前にUPCから提供された「ヴォールク」のものと一致する。
遊撃班の渉が音源の方角に重魚雷を放つが、予想された爆発は起こらない。
魚雷は素通りし、「何もない」暗黒の海中から微かなスクリュー音が響くだけだ。
「まさか、本当におばけ‥‥?」
「怪しすぎる駆動音ね。先に偵察へ向かうわ。通信が途切れたらエースがいると思って」
ファルルは僚機に連絡、単機で速度を上げて音源の調査に向かった。
徐々に近づいてくるスクリュー音の方角へライトとサブアイカメラを向けると、モニター画像に奇妙な物体が映った。
直径50cmにも満たぬ、クラゲの様な形状の水中キメラ。とても大型船を沈める様な敵には見えないが、問題は半透明の傘に埋め込まれた何らかの「機械」だった。
スクリュー音はその「機械」から流されていたのだ。
「なるほど‥‥。欺瞞音源とは考えたわね」
その直後、上空のSK編隊より警報が伝えられた。
輸送船の左右両舷より急速接近する所属不明物体、それぞれ3つずつ。
「これは‥‥、ウルフ・パックというよりは釣り野伏かしら?」
急いで輸送船の方へ取って返すファルル。
直衛班・遊撃班の傭兵達も、既に臨戦態勢に入っていた。
海中に白い航跡を引き、輸送船の左右より複数の魚雷が撃ち込まれてくる。
KV各機はガウスガン、水中用バルカン、ガトリング等で一斉に弾幕を張り魚雷を迎撃した。
次々と誘爆する魚雷。湧き上がる水泡の彼方から、大鮫に似たメガロワームが突進してくる。
「幽霊のー、正体見たりバグア野郎ってね!」
先行班の死角を衝く形の襲撃に対し、遊撃班のマートルは渉と共にBSを前進させ、左舷から来るMW3機を迎え撃った。
有効射程に入った所でマートルが熱源感知Hミサイルを、渉が対潜ミサイルR−03を発射。命中弾を受け速度の鈍ったMWめがけ、マートルのレーザークローが振り下ろされる。
「とっておきだ、存分に食らいなぁ!!」
一方、渉は別のMWにガウスガンで牽制射撃を浴びせつつ接近、鮫型キメラのどてっ腹にアンカーテイルを撃ち込んだ。
悠は右舷から接近するMW部隊に応戦していた。
敵が撃ち込んでくる魚雷は直衛班と協力してガウスガンで迎撃。こちらからは長射程のR−03ミサイル、SライフルD−06で足止めを狙う。
「輸送船には指一本触れさせない!」
間もなく先行班の3機も合流し、輸送船の周囲でMW6機とKV部隊の乱戦にもつれこんだ。
(「あるいは彼らも囮‥‥?」)
アグレアーブルは周辺に潜む伏兵を警戒しつつも、後方へ抜けようとしたMWにHミサイルを放つ。
傭兵達が敷いた防衛線を突破し輸送船を攻撃しようと強引に突撃を繰り返していたMW群だったが、やがて3機が力尽きて深海へと沈んでいき、そこで自爆した。
それを合図の様に、ボロボロに傷ついた残りのMW3機が不意に後退する。
「撤退していく‥‥?」
「まだ本命が来てないわ。気を抜かないで!」
無人機らしからぬ敵ワームの動きに、却って疑惑を抱いたファルルが叫ぶ。
その刹那。
戦闘中も輸送船から離れず、主に真下方向を監視していたろまん機のモニターに、海底の泥を跳ね上げ伸び上がる巨大な影が映った。
海蛇ともナマコともつかぬグロテスクな胴体の側面で水泡が弾け、何かが発射される。
「雷撃‥‥いや、ロケット!? くるぞ!」
安則が警告を発し、傭兵達は再び手持ちの射撃兵器を一斉に掃射して真下から打ち上げられた水中ロケットを迎撃した。
弾幕を擦り抜けたロケットに対して直衛班が立ちふさがる。ジュエルはディフェンダーを、安則とろまんは自らの機体を盾にして雷撃を受け止めた。
「これくらい、かすり傷だもん‥‥お船と戦車は、ボク達が絶対守る!」
「雷電は装甲が厚いからな。後は水中での火力と機動力があればいいんだが贅沢な注文だな」
ロケットの水中爆発に紛れるように、全長20mを超すEQが急浮上してくる。
「あんたなんか逢いたくなかったんだけど‥‥。やるしかないわね!」
『その声は伊万里湾にいた傭兵だな』
ファルルにとって聞き覚えのある声が無線機から響いた。
『あの時は浅い湾内だったから大して相手もできなかったが‥‥いいだろう。EQの本当の戦い方を見せてやる!』
突進してくるEQにガウスガンの砲弾を浴びせつつ、水中用太刀「氷雨」を構えるファルル。だが敵は間合いに入る寸前に回頭、その長い尾でKF−14の機体を横殴りにした。
「‥‥くっ!」
一度地中から引きずり出してしまえば何とでもなる相手――それが、人類側のEQというワームに対する一般的な評価だった。しかし、眼前に出現したエース機は水中用KVを遙かに上回るスピードと運動性で傭兵達を翻弄し始めたのだ。
ゴールドラッシュは敵の頭部に見える操縦席らしきユニットを狙いサーベイジ起動でツインジャイロを叩き込んだ。だがEQは頭部の巨大なドリルでジャイロを弾くと、胴体各部から伸びるブレードで斬りつけてくる。
練剣「大蛇」によるカウンターアタックを狙ったジュエルの一撃もかわされた。
「アレがファルルの言ってた大物か、確かに一筋縄じゃいかなさそうだ」
我斬が上空にいるラザロのイビルアイズにRキャンセラーの電子支援を要請。
『了解だ。20秒後にジャミングを開始する』
傭兵達は無理な接近戦を控え、敵と輸送船の間に「壁」を作る形でKVを並べ、戦術を中距離兵器による砲撃戦に切替えた。
EQの側もいったん後退、再び水中ロケット発射の体勢を取る。
しかし次の瞬間、戸惑うようにその動きが止まった。ラザロ機からのジャミングで重力波レーダーが乱れたのだろう。
その機を逃さず、KV部隊の集中砲火が殺到する。EQの被弾孔からどす黒いオイルが広がり、長大な胴体が苦悶するようにのたうった。
HWやゴーレムの様な外部装甲を持たないEQの場合、エース機としてチューンナップしても「防御の脆さ」という致命的な弱点まではカバーしきれなかったようだ。
『ちっ。春日の連中、航空戦力を出し惜しみしたか‥‥!』
一度は撤退したMW3機がKV部隊とEQの間に割り込むや、一斉に自爆した。
伊万里湾と同じパターン。無人機の自爆に紛れて深海に逃れるつもりだろう。
「貴方は、一人?」
沸き上がる水泡の中に姿を消したEQに、ふとアグレアーブルは通信で問いかけた。
『‥‥なぜそんな事を聞く?』
訝しげな声が応える。
「私達傭兵は統率面では劣るかもしれない‥‥ですが、各々が判断し、行動できるのが強みだと思います」
『仲間か‥‥それなら俺にも居たよ。何百人とな』
若い男らしき敵エースの声が、不意に険しさを増した。
『UPCのお偉方に伝えろ。俺はアナトリー・セルゲーエフ‥‥ヴォールクの名と共に、貴様らの犯した罪は永遠に消えないとな!』
大隅海峡を抜け、出迎えのUPC海軍と合流を果たした輸送部隊は無事佐世保へと入港した。
「『ヴォールク』って潜水艦について、会社のコネでちょいと調べてみたんだがね」
佐世保基地で合流し、煙草を誘った安則にラザロがいった。
「公式の記録じゃ行方不明って事になってるが‥‥実は戦闘中座礁して、UPCもSOSを受信してたらしい」
「軍による救助は行われなかったのか?」
「できなかったんだよ。何せBSでも潜れない水深四百mの海底。専門の救難船は水中ワームが怖くて出せないからな」
煙草の煙を吐きながら、ラザロがニヤリと笑う。
「‥‥つまりあんた方は、本当に『幽霊』と戦ってたわけだ」
<了>