●リプレイ本文
●四月の晴れた日に
「そう‥‥‥そうなの。道連れは彼女にしたの。本当に、本当に下衆ね。殺さなければよかった」
エメリッヒ中佐から事情説明を受けた水雲 紫(
gb0709)はパイロット待機所のテーブルに拳を落とし、独り言の様に呟いた。
いつもの如く淡々とした口調。だがそこに彼女にしては珍しい若干の狼狽と動揺、そして怒りが込められている。
自らバグアに魂を売った相馬・展也が遺したのは、余りに残酷な置き土産だった。
その場に居合わせた他の傭兵達も、驚きと怒りを隠せない。
事情さえ知らなければ、今日の任務はごくありふれた哨戒飛行――それだけで終わるはずだったのだ。
「‥‥感傷に浸る偵察という処かね」
錦織・長郎(
ga8268)も、複雑な面持ちで軽く肩を竦める。
櫻小路・なでしこ(
ga3607)は表向き平静を装いつつ、同席する高瀬・誠(gz0021)の様子をそっと窺った。
少年は青ざめた顔で、じっと俯いている。
「そんな‥‥どう見たって元気そうなのに‥‥勝手にそんなコトしたくせに許せない」
柿原ミズキ(
ga9347)は怒りの余り拳を震わせた。
ミズキ自身は萩原・真弓とは初対面である。滑走路でちらっと見かけた時は「新人の傭兵かな?」と思った程度だった。
だがその真弓はUPC軍兵士の護衛付きで別室に移され、そのあと中佐の口から彼女の素性と今回のフライトに同行する経緯を明かされたのだ。
(「ボクに何が出来るのかな‥‥はっきり言って関わり自体ないしでも、何もしないわけにいかない」)
「バグアが強化人間を造る手段は1つなのですか? それとも複数の技術が存在しているのでしょうか?」
なでしこが中佐に尋ねた。
「それは未来研の科学者達にも判らないそうだ。何しろエミタ適性もない一般人に覚醒した能力者と同等、あるいはそれ以上の身体能力を与えるほどのオーバーテクノロジーだからな」
「お手上げだ」といわんばかりに頭を振る中佐。
「あのDF計画と、何か関わりがあるのではないですか?」
「直接の関連はないようだ。あれはバグアの技術とはまた別の、カメル軍による人体実験だったからな」
そんなやりとりを横に、紫は懐から取り出した【OR】割れた狐面【右狐】を見やりながら思案に暮れる。
(「運命は、流れる水の如く。流水は多岐あれど、流れ着く先は皆同じ‥‥か」)
やがて出発時刻が近づき、傭兵達も各々席を立ち部屋から出て行く。
そんな中、長郎は他の仲間に気取られぬ様さりげなくエメリッヒ中佐に近づき、一枚のメモを手渡した。
「‥‥任せよう。今回のフライト中に起きた出来事については、私が全責任を負う事になっている」
メモを一読した中佐は、軽く頷きそう答えた。
「今日はヨロシクお願いしまーす!」
滑走路上で再び合流した傭兵達に向かい、真弓は元気よくお辞儀した。
「あ、先日はお付き合い頂き、どうもありがとうございました♪」
先にL・H公園での花見に同行した鷹見 仁(
ga0232)、リヒト・グラオベン(
ga2826)、緋桜(
gb2184)、その他顔見知りの傭兵達を見るなり、1人1人に挨拶していく。
「えーと、こちらの皆さんははじめまして、ですよね?」
次いで初対面となるミズキ、ソーニャ(
gb5824)にも自己紹介した。
「わー、ソーニャさんも傭兵なんですか? あたしや高瀬君より年下なのに」
「ごめん。ボク、これでも大人なんだけど‥‥」
やや戸惑い気味に答えるソーニャ。
見た目こそ14歳くらいだが、彼女は立派な成人女性だ。
「え!? ご、ごめんなさい‥‥」
「バカ‥‥失礼だろ?」
「だーってぇ」
誠に肩を小突かれ、バツが悪そうに口を尖らせる真弓。
(「こうして見ると、本当にごく普通の女の子‥‥いえ、本来はそうあるべきだったのですが」)
リヒトは痛ましい気分を覚えたが、あまり気を遣うと却って真弓の負担になると思い、その場では極力自然体で接するよう努めていた。
「真弓さん‥‥ちょっとよろしいですか?」
紫が声を掛け、誠と共にウーフーに向かおうとした真弓を呼び止めた。
そのまま他の傭兵達から少し離れた場所へと誘う。
「水雲さん、今日はお面被ってないんですね?」
真弓がいうとおり、紫は右目を覆う眼帯以外は素顔だった。
その件については触れぬまま、懐から取り出した【OR】割れた狐面【左狐】を真弓に差し出す。
元々は紫が被っていた面だが、相馬を倒す際真っ二つに割ってしまったのだ。
「何ですか、これ?」
「私は、これをくれた人に『未来』を託された。貴女も、託せる人。自分でもいいわ。託してあげて」
「え? でも、そんな大切な物‥‥」
戸惑う少女に向かい、紫は儚げに微笑んだ。
「託すという意味で、最高の『曰く付き』の品よ。効果は保証する」
「‥‥」
それで通じたのだろう。
真弓は無言で頷くと、手渡された【左狐】を大事そうに胸に抱いた。
「もう会えないかも知れないけれど‥‥そうね。次があったら友達になりましょう? 貴女に関われて良かったわ」
「‥‥あたしもです。本当に、お世話になりました」
少女は深く一礼すると、踵を返して誠の待つウーフーの方へと走り去った。
●空へ
UPC基地を飛び立った9機のKVは、誠の操縦するウーフーを護衛する形で晴れ渡った周辺海域上空を飛行した。
それ自体はごく日常的に行われている哨戒任務である。ただひとつ違うのは、ウーフーの補助席に傭兵ではない真弓が同乗している事だ。
「わぁー、綺麗!」
遙か上空から見下ろすL・Hの全景を目にした少女のはしゃいだ声が、オープン回線から響いてくる。真弓自身もかつてバグア軍改造KVのパイロットだったが、洗脳中の記憶は殆ど残っていないとのことだった。
「‥‥こんなに良い天気なのに‥‥これが最後かも知れないなんてあんまりだよ」
シュテルンの操縦桿を握りながら、ミズキはたまらない気持になる。
地上のこんな出来事を、この空はどれだけ見て来たのだろう?
何十年も、何百年も――いや何億年もの間。
(「そう言えばボクにも突然こんなこと言われたことが有ったっけ」)
ミズキは子供の頃、母親に先立たれた時の事を思いだした。
(「あの時は‥‥何だかよく分かってなかった。ただそれがもう二度と会えないことだけ」)
そして彼女は仕事以外は不器用な父親と、まだ小さい弟の為に役割を引き受けた。
(「それ以来何が有っても人前では泣かないって決めた‥‥なのに気持ちが高ぶるといつも止めることは出来なくて‥‥それに何故かばれてるし」)
誠機を除く8機のKVは4機ずつ2班編制に分かれ、各々が誠機の護衛、そして敵機に遭遇した際の迎撃役を務める。およそ2時間に渡る飛行中、各班は前半50分・後半70分でその役目を交替するプランになっていた。
α班:リヒト、なでしこ、緋桜、ソーニャ
β班:仁、長郎、ミズキ、紫
「誠、真弓、これから二人に残酷な話をしようと思う」
前半の護衛を担当するβ班の仁が、誠機に通信を送った。
「‥‥もし聞きたくないなら言ってくれ。俺も無理に言うつもりはない」
しばしの間、誠と真弓が小声で相談する気配。
やがて「聞かせてください」と返信が来た。
「諦めるな」
単刀直入に、仁は切り出した。
「正直言ってバグアの奴らから真弓の身体を正常に戻す技術を手に入れられる可能性は限りなく低いだろう。例えその時が来る前にバグアを地球から撃退できたとしても、な。それをそう割り切ってしまえば残りの時間を心穏やかに過ごせるかも知れない」
「‥‥」
「だけど諦めてしまえばただでさえ少ない可能性は限りなくゼロへ近付く。わずかな可能性のために辛い思いをしろってのはきっと酷い話で俺のエゴだ。だけどそれでも、生きることを諦めないでくれ」
「あたし、諦めてなんかいません」
返信したのは真弓の声だった。
「たとえ身動きできなくなって、延命装置に繋がれても‥‥どんなに苦しくても、1分1秒でも長く生きてやるつもりです。それが‥‥この先あたしにできる、たった1つの戦い方ですから」
「それを聞いて安心したよ」
仁は少し笑った。
「もし何か手がかりがつかめるなら‥‥俺はその為ならいつでも力を貸すし戦う。命だって掛けてみせる。だから諦めるな」
「誠君、この一連の事象で君が得た事はおそらく差し引きマイナスに値するだろうね」
岩龍改の機上から、長郎はまず誠に語りかけた。
「だからといって自棄に成らぬ事だ。今は苦くてもいずれは振り返られる時が来るだろう。故に何か後悔が少なくなれる選択が見出せる筈だね」
「‥‥はい」
「それに君は決して1人ではない。色々な事柄は見られており、この様に手を差し伸べられている。なので廻りを良く見てから行動すべきであろうね」
「皆さんにお世話になった事は‥‥決して忘れません」
続いて真弓に代わって貰う。
「真弓君、保護すべき大人の立場として苦難から庇えず申し訳ない」
「いえ。いま世界中で苦しい思いをしてるのは、あたしだけじゃありませんから」
「その申し出と勇気には感謝と尊敬の意を込めて頭を下げるしかない。なので今この時を良き思い出として体験して欲しいね」
「ええ。あたし、元々日本ではずっと入院してましたから‥‥こんな形でも、最後にこの空を飛べて、本当に良かったと思います」
「真弓ちゃん初対面だからどうか分からないけど、何だか僕みたいに背負ってるみたいだから‥‥辛いなら泣いても良いんだからね」
「ありがとうございます。ホントはお医者さんから話を聞いた晩、ベッドで泣き明かしたんですよ? でも、それで何だかスッキリしちゃったから‥‥」
「誠くん、これからきっと辛いことも有ると思うけどさ、一人で背負うことはないよボク達も背負うからさ‥‥何か有ったら相談ぐらいには乗るから‥‥」
「すみません。初対面の柿原さんにまで‥‥」
「っでどうなの本当は好きなの?」
「ええっ!? そ、そんな‥‥」
「あれぇー。高瀬君、どうしたの? 声がうわずってるぞぉ?」
真弓が茶々を入れ、暫く他愛のない口論が始まる。
既に真弓へ要件を伝えた紫は、あえて沈黙を守っていた。
最初の50分は何事もなく過ぎ、交替のα班がウーフーの護衛についた。
「先日、貴女に頂いたプロミスリングに何を願うか迷っていましたが‥‥決めました」
リヒトが真弓に通信を送る。
「また来年、皆で一緒に花見を過ごす事です。もちろん、貴女も一緒に」
「綺麗でしたね、あの桜‥‥また、皆さんと見に行きたいです」
(「願いは力になると‥‥俺も信じていますからね」)
「私は諦めてはいません、諦めの悪い方なのですよ。ご一緒に精一杯に足掻いてみませんか?」
少し照れながら、なでしこは2人に語りかける。
それはまた、彼女自身の決意でもあった。
「あたしは大丈夫ですから‥‥高瀬君のこと、よろしくお願いします。彼、中学時代からトロくって」
「よ、余計なこというなよ」
「それと、あのお弁当美味しかったです。今度また会えたら、ぜひ作り方教えてくださいね?」
「私には結果を恐れるな、とは言えません」
緋桜が2人に通信を送った。
「ただ‥‥お互いを、お互いの大切に思っている方を信じてください。貴女が必死で生きようとすれば、必死で治療法を探す人が居るはずです‥‥だから、そのお互いの必死の結果が‥‥最高の結果になると信じて、絶望しないで、待っていてください」
「あたしの首輪爆弾を解除してくれたの、緋桜さんですよね? せっかく頂いた残りの時間‥‥決して無駄にはしませんから」
「明日の予定は人間には知りえないけれど、きっと良い明日があると信じて‥‥待っていてください。誠様が‥‥いえ、私も、貴女と面識のある皆様が…その明日を作りますから」
「はい‥‥必ず」
「え、ボクみたいのがなんで戦闘機に乗っているのかって?」
真弓の方から通信を送られたソーニャは、少し驚いて答えた。
「次の瞬間にでも死んでしまうかもしれないボクだけど、それでもきっと、ボクは無駄じゃない。この青い空の下にいるボクの両親や兄弟、親しい友人たち、そして将来のその子供たちが安心して暮らせる‥‥」
空と海が溶け合った様な深い青。
とても綺麗な青、宝石みたいだ――そんな事を思いつつ、彼女は言葉を継ぐ。
「そんな時がくるなら、今のボクは無駄じゃないって信じることができるの。戦う事でボク(貴女)は終わらない。なにかに受け継がれていくんだよ。きっと」
(「なんてね、ホントは、全部ウソ」)
胸の裡でソーニャは思う。
(「ホントはボクの中に守りたいものなんてなんもないのかも。でも、この青を見ると優しい気持ちになるのはホント。ボクの右目を幸せの青い鳥って言った人がいた。ならば、幸せの奇跡を運ばないとね‥‥こんなボクでも存在意義のひとつくらいほしいんだよ」)
ソーニャが真弓との通信を終えた直後、KV編隊に緊張が走った。
レーダーが捉えた侵犯機。おそらく偵察用の小型HW。
「あれらは『君』の敵だ。そう認識してるだろうね?」
長郎が誠に尋ねた。
「判ってます。‥‥いえ、ようやく判りました」
あえて真弓に聞かせないためか、低く押し殺した少年の声が返る。
「バグアが何者なのか、何のために地球を侵略するのか‥‥もうそんなのどうだっていいです。奴らは『敵』‥‥僕は、奴らを絶対に許さない‥‥!」
「なら、いいんだ」
長郎は再び肩を竦めた。
中佐に渡したメモの提案。万一誠が真弓を延命させるためバグア側への亡命を図るようなら、彼は躊躇なくウーフーを撃墜する覚悟だったのだ。
β班4機が一斉に攻撃を開始。HWは逃げる暇もなく蒼空に爆散した。
「今から通信回線を切ります。緊急時だけ連絡を下さい」
L・H帰還間際の20分前、リヒトが誠に提案した。
「え? でも‥‥」
「情報管制は岩龍改が行いますから。それより、お二人でゆっくりお話しを」
「‥‥はい」
「何だか結局何か出来たのかな」
「どうなんだろ?」
通信を封鎖したウーフーを見やり、ミズキとソーニャは言葉を交わした。
今回、たまたま誠や真弓と依頼を共にした2人は、詳しい経緯を知る者達に比べ、当然感じ方も受け止め方も異なる。
一期一会。
それでもこの僅かな時間、お互いに何かを与え、何かを得る事ができたのなら――。
最後の20分間、傭兵達は言葉少なにL・Hへの帰還コースを辿った。
●託された未来
その夜。兵舎に戻った誠は、夕食もとらずぼんやりベッドに寝転んでいた。
基地に戻った真弓はそのまま軍の車で何処かへ護送され、その行き先は中佐も教えてくれなかった。
全てが唐突すぎて、涙さえ浮かんでこない。
ただポッカリと胸に穴の開いた様な虚脱感。
「でも‥‥何で真弓は、僕にこんなモノくれたんだろ?」
その手には、割れた狐面の左半分があった。
<了>