●リプレイ本文
●極東ロシア〜2009年5月
「双子座ならともかく、蟹座が2機‥‥な。‥‥ギャグか?」
出撃前に正規軍から提供された情報を思い出し、鋼 蒼志(
ga0165)は吐き捨てるようにいった。
心当たりはある。いや、むしろその事が彼を激しく苛立たせていた。
中国北部で作戦行動中に行方不明となったUPC軍士官、エリーゼ・ギルマン(gz0229)とフィリップ・ガーランド。
両名が自らの意志で寝返ったとは思えないので、洗脳されて強化人間に改造されたか、あるいはヨリシロにされたかどちらかという事になるが、真相は未だ不明である。
「さて面倒だ‥‥どっちが奴を継いだのだろうな‥‥エリーゼだったら告げなくては‥‥我が決意を」
漆黒の雷電「闇天雷」の機上で漸 王零(
ga2930)が呟く。
死亡したハワード・ギルマン(gz0118)の後釜として彼の娘を拉致し、2代目「蟹座」に仕立て上げる――ありそうな筋書きであるが、そこには幾つか疑問も残る。
(「迷彩‥‥? ホントの蟹座だとしても、拘る必要ねぇだろ?」)
聖・真琴(
ga1622)はその点を訝しんでいた。
「片割れはエリーゼ少尉だとしても‥‥もぉ1機‥‥まさか‥‥いや。この目で遺体を見てるンだ。アタシの考え過ぎか?」
中国の寒村で発見されたハワードの遺体は、彼がかつて米陸軍大佐時代に登録していたDNA情報との照合から「本人」である事が確認されている。だが「迷彩」はヨリシロのハワードが好んだパーソナルカラーでもある。
そしてあの村でエリーゼに同行していた結麻・メイ(gz0120)の意味深な言動――。
真琴の心中にはある「疑惑」があった。それをはっきり確かめるため、今回の依頼に参加したといっても過言ではない。
「奴ら、何が目的かは知らんが‥‥無茶はするなよ? 真琴」
「うン、わかってるよ」
気遣うような月影・透夜(
ga1806)からの通信に頷く。
同じディアブロの翼を並べて飛ぶ恋人の存在が、今の彼女にとっては大きな支えだった。
「蟹座、ねえ。俺はその辺り因縁とかないんだけど、倒した相手が二機に増えた、なんて事はないはず、だよな?」
龍深城・我斬(
ga8283)がもっともな疑問を口にする。「蟹座」ゴーレムのうち少なくとも1機はダミーという事になるが、わざわざそんな欺瞞を弄するバグア側の意図も不明だ。
「分裂でもしたか? だが、アレは今までの蟹座じゃない」
と須佐 武流(
ga1461)。
「だからって‥‥何かある訳じゃないけどな」
相手が誰であろうが、彼はいつものごとく自らの信条に従い戦うだけだ。
「何にせよ、大規模作戦の勝利に水を差さないためにも、きっちり撃退しておきたいな」
先日もバグア軍追撃戦に参加した霧島 亜夜(
ga3511)は、傍らを飛ぶ僚機をちらっと横目で見た。
(「夜叉姫、また無茶すんのかな〜?」)
その朱塗りのバイパー改「夜叉姫」の機内で、月神陽子(
ga5549)は言葉少なだった。
かつて彼女が仲間達と倒した「牡牛座」ダム・ダル(gz0119)がバグアのヨリシロにされて復活し、九州の春日基地新司令に就任した事は既に聞いている。
ゾディアックの一員だったといえ、あの誇り高いラゴン族の戦士が自らヨリシロ化を望んだとは思えない。
(「‥‥許せません」)
戦士の誇りを踏みにじってまでも「道具」として利用し続けるバグアのやり方、そしてヨリシロという存在自体に、陽子は激しい怒りを覚えていた。
●2体の「蟹座」
雲間を抜けた直後、KV部隊の眼下に北上するバグア地上部隊の姿が現れた。
横1列に散兵線を敷いて前進するゴーレム7機のやや後方に、方陣を描くように配置されたタートルワーム(TW)4機とゴーレム1機。
その直後、敵もこちらの機影に気づいたか、早くも地上からTWのプロトン砲、そしてゴーレムのチェーンガンと思しき対空砲火が打ち上げられてくる。
まだ有効射程にはほど遠いが、指揮官機がいるだけにその狙いはかなり正確だ。
「ウランバートルから来た新手か‥‥戦局を優位にする為とはいえ‥‥まだまだ気は抜けないようだね」
鳳覚羅(
gb3095)が思わず苦笑する。
傭兵側も先に着陸して地上から攻撃する前衛班、対空砲火を突破して強襲降下、敵後衛のTWを直接叩く降下班に部隊を分けていた。
・前衛班
蒼志(雷電)&覚羅(ディアブロ)
武流(ハヤブサ改)&明星 那由他(
ga4081)(イビルアイズ)
真琴(ディアブロ)&透夜(ディアブロ)
・降下班
王零(雷電)&亜夜(ウーフー)
陽子(バイパー改)&我斬(雷電)
※前衛班、降下班共に2機1組で行動。
「あの対空砲火を‥‥何とか、しないと」
那由他がRキャンセラーを起動。重力波ジャミングにより地上からの狙いが乱れた隙を突き、まず前衛班がゴーレム部隊より手前に着陸。降下班4機はそのまま速度を上げてバグア部隊上空を通過、敵ワームの詳しい位置情報を前衛班に報せつつ、いったん後方に抜けてから大きく旋回する。前衛班の交戦開始とタイミングを合わせて敵後衛の直近に強行着陸し、バグア軍を挟撃するのだ。
問題の迷彩ゴーレム2機は前衛部隊の中央、そして後列TW群の真ん中に位置してそれぞれの部隊を指揮している様だった。
陸戦形態へ変形して引き続き前進を始めた前衛班に対し、敵ゴーレム部隊からチェーンガンの砲火が激しく浴びせられる。
「暫く君達の視界奪わせてもらうね‥‥」
覚羅のディアブロ「アズラエル」が煙幕弾を発射、白煙に紛れて6機のKVは装輪走行で突撃した。
「よぉ‥‥蟹座ども‥‥アタシの事知ってっか?」
真琴はオープン回線でマイクに向かい叫んだ。
「前に名乗ったよな‥‥何て名だ? ‥‥覚えてなきゃ、いつもの様に呼んでみな」
『‥‥確か聖だったか‥‥』
若い女の声による返信――エリーゼだ。
ただしどちらのゴーレムに乗ってるかまでは判らないが。
『相変わらず威勢がいいな、小娘』
(「やっぱり‥‥!」)
最悪の予想が的中したことに唇を噛む真琴。
だがすぐに冷酷な笑みを浮かべ、
「そっか‥‥新しい殻は居心地良いかぃ?」
『なかなか良い具合だ。前のヨリシロも、そろそろ乗り換え時だったからな』
くくくっ‥‥と喉を鳴らす様な含み笑い。
「人の想いを弄んで楽しいか? 手前ぇら‥‥許さねぇっ!」
だがそれきり返信はない。
蒼志の発射したグレネードランチャーが立て続けに炸裂、広範囲に撒かれた榴弾が先頭のゴーレム数機を包み込んだ。
ゴーレム部隊も円盾で身を守りつつBCアクスを振り上げ突撃。両軍は白兵戦へともつれこむ。
「背中は任せた‥‥ゆえに、暴れさせてもらうぞ!」
ペアを組む覚羅に声をかけ、蒼志は雷電の超伝導アクチュエータを起動させた。
ツイストドリルを装備した片腕がドリル状に変形するや、唸りを上げて回転し、ゴーレムの構える盾に突き刺さる。
「君の相手はこっちだよ」
斜め後方から襲いかかる別のゴーレムを、覚羅がスラスターライフルの弾幕で牽制した。
「蟹座の亡霊だか何だか知らないけど、ここを通すわけにはいかないね」
武流はハヤブサ改の運動性を活かした一撃離脱戦法でゴーレムに挑む。那由他機からガトリング砲の援護を受けつつ接近、相手の兵装や関節、装甲の隙間などを狙いソードウィングで斬り込んでいく。
が、敵も量産機といえそれなりに強化を施しているらしく、時には盾による防御も交えつつ左右に回避し、なかなかクリーンヒットを許さない。
「ちっ。図体の割りにチョコマカと‥‥」
舌打ちしつつ武流はいったん後退、レーザーによる砲撃戦に切替えた。
ゴーレム側は量産機が前面でKV部隊を食い止める一方、「蟹座」の紋章をペイントしたエース機はやや後方を素早く動き回りつつ、チェーンガンによる支援砲撃に徹している。
(「こいつなのか‥‥?」)
量産機との交戦を続ける一方、傭兵達はエース機の動きを注視していた。
確かにその運動性や命中の正確さは他の量産機に比べ群を抜いている。だが本物のゾディアック・カスタムか否かは未だ判らない。
「そろそろ‥‥キャンセラーの効果が、切れる‥‥」
那由他は通信の途絶えた降下班の状況が気がかりだったが、敵軍の後衛は煙幕の煙に覆われ、そちらの戦況は確かめようがなかった。
●業を継ぎし者
前衛班がゴーレム部隊と交戦を開始するのに合わせ、旋回・反転した降下班4機もTW部隊を目指し高度を下げた。
強襲に気づいたTWからプロトン砲の光条が迸る。那由他機のジャミング支援によりTWの命中精度は落ちているものの、その中で唯一正確に砲撃を当ててくる敵がいた。
対空陣地の中央で片膝を突き、チェーンガンを仰角に構えた迷彩ゴーレムである。
「確か‥‥エリーゼはスナイパーだったよな」
嫌な予感を覚えつつ、亜夜はロケット弾を撃ち込み地上の敵を牽制。
「さあて、イチバチにも程があるがやってやろうじゃないの! ‥‥降下するぜ」
我斬が雷電に制動をかけ、降下態勢を取る。
防御の高い王零機、陽子機が盾役を務める形で4機は敵前降下を敢行した。
ことに陽子の攻撃は大胆だ。降下時、着陸寸前に人型変形し、ロンゴミニアトを下向けに構えてTWに刺突を仕掛けたのだ。
加速の乗った機槍が亀型ワームを一気に串刺しにする。
が、勢い余って深く刺さり過ぎてしまった。
「くっ‥‥抜けない!」
動きを止めた「夜叉姫」を狙い、迷彩ゴーレムがチェーンガンの砲口を向ける。
僅かに遅れて降下した我斬が煙幕銃、ついで150mm対戦車砲を発射して僚機を援護。
その隙にやむなく機槍をパージ、兵装をセミーサキュアラーに持ち替えた陽子は迷彩ゴーレムと対峙した。
「今まで必要無いと思っていましたから、聞いた事はありませんでしたが――名乗りなさい、蟹座のゾディアックよ」
『元UPC軍少尉、エリーゼ・ギルマン‥‥とでも答えれば満足か?』
「――それは貴方の名前ではありません。借り物の名前、借り物の身体、借り物の記憶‥‥他者の姿を借りる事でしか、この大地に降り立つ事のできぬ哀れなる存在よ。我らに自らの存在を示したいと望むのならば、そんな借り物では無く、貴方『自身』たる『名』で答えなさい!!」
『哀れなのはおまえ達だ。たった1つの体に縛られ、運が良くてもせいぜい百年の寿命とはな』
氷の如き女の冷笑が無線機から響く。
『旧き体を捨て、永遠の時を超え至高の存在を目指す者‥‥我は偉大なるバグアの眷属。名前など仮初めの識別コードに過ぎん!』
ゴーレムが動く。残像を残すほどの素早さで間合いを詰めるや、その片手から伸びたレーザーブレードが「夜叉姫」の装甲を裂いた。
陽子も必死に応戦するが、敵の動きは並のエース機ではない。
(「この太刀筋は確かカメルで‥‥やはり、彼女は‥‥!」)
ゴーレムの片手から特殊合金のワイヤーが伸び、蛇のごとく「夜叉姫」を絡め取った。
レーザー剣の刃が、コクピットを狙い振りかざされる。
「‥‥!!」
陽子が――というより彼女のエミタAIが生命の危機を察知し、KVの脱出カプセルを強制射出した。
だが光の刃は「夜叉姫」を貫く寸前に消滅。エリーゼは搭乗者を失ったバイパー改の機体を素早く持ち上げるや、傍らのTWの上へ放り投げる。甲羅から突き出た数本のアームが機体を捕らえ、TWはその外見に似合わぬスピードで南へと走り出した。
罠だと気づいた次の瞬間、カプセルごと地面に叩きつけられ意識を失う陽子。
「汝が誰であれ‥‥その星座を引き継ぐという事はそれが持つ業すら引き継ぐと知れ!!」
地上の陽子を庇う形で、王零がすかさず割って入った。
チェーンガンの砲弾をアイギスで受け流しつつ肉迫、ハイ・ディフェンダーを抜いてエリーゼのレーザー剣と激しく切り結ぶ。
「我は汝を滅する‥‥その体の本来の主を救うためにな‥‥押しつけと言われようが‥‥偽善と言われようが‥‥ただ‥‥我が業の為に‥‥」
その間、亜夜と我斬は残りのTWからの砲撃と体当たりに晒されつつも、知覚兵器メインで反撃を加えていた。
BCアクスの知覚攻撃が盾を貫通してイビルアイズを直撃する。那由他は苦痛に耐えながらカウンターでヘビーガトリングを叩き込み、脇から飛び込んだ武流が機爪プレティシモでゴーレムの膝関節を砕いた。
「動けなきゃ‥‥ただの鉄屑だな」
既に量産機のうち4機が撃破されている。
業を煮やした様に前進してきたエース機に蒼志が立ちふさがり、BCアクスの一撃を知覚兵器にも抵抗のあるアイギスで受け流した。
「はっ、どうした‥‥? 先代撃墜者の1人とはいえ、他ほど強くはないぞ? さっさと俺を落としてみせろ――!」
その挑発に乗ったかどうかは定かでないが、再びBCアクスを振りかざして蒼志へ突進する迷彩ゴーレムの前に、左右から回り込む様に2つの赤い影が飛び込んだ。
「やっと追いつけたよ‥‥行こう! 透夜さん」
「真琴、行くぞ。一気に撃破する!」
蒼志機へ気を取られたエース機の手前に滑り込んだ真琴は至近距離からショルダーキャノンを発射。
続く透夜の機槍アテナによる突撃は回避されたものの、彼は後ろへ抜けた所で槍を地面に突き立て急速反転。
「ここで挟み込む!」
前からは真琴の試作剣「雪村」が。背後から透夜のアテナが。それぞれブーストオン&AF付加で迷彩ゴーレムのボディに深々と突き立った。
知覚と物理、双方の大ダメージを受けてグラリとよろめくゴーレムの胸部を目がけ、蒼志機の片腕がドリルと化して叩き込まれる。
「乗ってるのが誰かは知らんが――そのエンブレムを見るとイラついてな。だから、エンブレムごと穿ち壊す!!」
『――うがっ!』
3人が聞いたのはエリーゼではなく、あの監察官の声だった。
『もういい。退くぞ、ガーランド』
『イ、イエス・サー!』
地面に倒れていたゴーレム4機、TW3機が一斉に自爆。吹き出した大量の黒煙が周囲を包み込む。
エリーゼと交戦していた王零も一瞬視界を失った。
「ぬぅ!?」
眼前の敵が急速に遠ざかる気配。無線機から女の声が囁く。
『折角だから、私もひとつ約束してやろう。次のヨリシロはおまえだ‥‥今はまだその時ではないがな』
煙が晴れた時、戦場に残されていたのは量産ワームの破片のみだった。
「バグアに‥‥とっては、ヨリシロが変わるなんて、僕らがKVを乗り換える程度のこと‥‥、なのかも‥‥」
救出した陽子に錬成治療を施しつつ、那由他が暗い表情で呟く。
幸い脱出が早かったため重体には至らない。鹵獲された機体も軍から補償されるだろう。しかし――。
エミタAIの機能を逆手に取った罠。KVの中でも最強レベルの改造機である「夜叉姫」を狙った事――いずれも能力者について深い知識を持つ者でなければ考えつけない策略だ。
「蟹座、この先も厄介な展開になりそうだ」
エリーゼ達が去った南の方角を睨み、透夜は深くため息をついた。
<了>